「次元世界、ダーツの旅!!!」アルフがニヤニヤしながら手渡してきた一本のダーツを思わず手に取ってしまったことが全ての始まり。「何? ダーツの旅?」「そう、ダーツの旅!!」「テンション高ぇなお前。もう就寝時間近いってのに」「アンタが低いんだよ。ユーノ、こっちはオッケーだよ」「りょーかーい」風呂上り、地下室に戻ってきたソルを待っていたのは何やら企んでいるらしい家族の面々。何時もの地下室にこれと言った変化があるとすれば、風呂に入っている間に壁に設置された大きな円グラフのようなボード。中央から放射線状に間隔の細かい線が引かれており、それぞれ『管理1』『管理2』といくつも番号が振られている。(……次元世界、ダーツの旅ってそういうことか)ソルと一緒に風呂に入っていたツヴァイとエリオはまだよく分かっていないのか眼を白黒させ、とりあえず楽しそうなことが始まると期待しているのか、それぞれ母親の元に駆け寄っていった。「で、どういうことだこれは?」タオルで髪の水分をわしわし吸い取りながら皆に向かって問うと、代表するかのようにヴィータが前に出て、えっへんと無い胸を張って説明し始める。「へへ、アタシらからソルへの家族サービス」「誰か通訳頼む」「最後まで聞けよ!!」脛にローキックを食らった。しかし蹴ったヴィータの方が痛かったのか、足首を押さえて声を殺してのた打ち回っていた。「しゃあない、ヴィータの代わりに私が分かり易く説明したる」ヴィータがシャマルに泣きついているのを視界の端に収めながら、はやてが人差し指を立てて口を開く。「ソルくんは毎日毎日忙しく働いとる」「ああ」「学校サボってまで仕事して、なんというワーカーホリック!!」グッと拳を握るはやてを見てソルは苦虫を噛み潰したような顔になる。「アカン。このままじゃアカン。いくらソルくんがスタミナ人外でも疲労は溜まる筈や」おお、なんて嘆かわしい、と両手を広げてから自身の身体を抱くような仕草をする。「お前らが構ってくれって言うから、その為の時間を捻出するのに仕事のペースを――」「常日頃から仕事で疲れたソルくんの心と身体をリフレッシュさせてあげたい、家族思いの私達はそう思ったんや」聞いてない。というか、聞こえていたとしてもはやては無視して続けるだろう。「そうや、だったら今度の連休を利用して皆で旅行に行こう、そこでアバンギャルドな思い出を作っゲフンゲフン、つまりそういう訳や!!!」「今無理やり纏めたな」本音がダダ漏れしていたが、はやてが言いたいことと、手渡されたダーツの経緯は分かった。分かったのだが。「仕事に穴が空くから無理だろ」ソルは冷静に懸念事項を指摘。聖王教会、スクライア一族、管理局、三つの契約先から仕事を請け負っているソルには旅行に行く暇など無いに等しい。シフト上なら週に一、二日は休日が存在するが連休というのは皆無だ。しかも緊急で仕事が飛び込んでくる場合だって多々ある。聖王教会やスクライア一族からの仕事であればシフトの組み直しや待ってもらったりして対処出来るが、管理局からの仕事はそうもいかない。何より、身分が学生である四人とアルフを含めた五人は管理局の仕事を手伝わせていないので、必然的に人数が減る。連休を捻じ込む余地なんぞ無いのだ。「大丈夫。カリムさんが協力してくれるって」「うん。今回の旅行に関しては聖王教会が全面的に支援してくれる手筈になってるんだ」「ソルくん達の代わりに騎士団の貸し出しを行うらしいで」なのは、フェイト、はやてが順に自信満々の表情で楽しそうに語る。「カリムが?」なんでまた? と疑問を頭に浮かべるソルに答えるようにシャマルが言った。「此処数年で騎士達はかなりの数が育ってきましたし、一人ひとりの完成度も高いですから何処に出しても恥はかかないだろうって」「騎士達も少しでも私達に恩が返せるならと自ら買って出てくれたのだ。既にスクライアと管理局側には話を通しておいた」「仕事に関してはしばらくの間、特に心配は要らないから安心しろ。一週間は遊んで暮らせる」シャマルの後にシグナムとアインが続く。「つまり、時間的な余裕が出来たから旅行に行こうって訳だ」最後に、立ち直ったヴィータが偉そうに両手を腰に当てのたまった。それにしても何故ダーツなのだろうか?「此処でダーツが出てきた理由と旅行の規模が次元世界になっている理由は?」「そんなの普通に決めたら面白くないからに決まってるからじゃないか。まさかアンタ、地球の温泉行って帰ってくるだけの旅行で満足しちまうのかい!?」純粋な質問をぶつけるとアルフが手をヒラヒラさせて笑う。「……勝手な真似しやがって」「とかなんとか言いつつ内心では喜んでいるソルでした」余計なことを言いながら口元を手で押さえて笑っているユーノに向かってダーツを投擲する。「危なああああっ!?」悲鳴染みた情けない声を出す割には、飛んできたダーツをしっかり眼で見て片手で危なげなく掴むユーノ。「僕にじゃなくてボードに向かって投げろ!! 今回すから」全力で投げ返してきたが問題無く受け取った。そして言葉通り、ユーノはボードを回し始める。回転する的に向かってダーツを投げ、刺さったゾーンに書かれた場所が旅行先になるってことか。一昔前のバラエティ番組みたいな演出だった。やけに的であるボードが手作り感漂うものだと思っていたら、この為だけに作ったらしい。パジェロッ、パジェロッ、と手拍子と共に皆が投げろと囃し立てる様はバラエティ番組の一部分を切り離したかのようだ。パジェロなんて無ぇーよ、本当はこれがやりたかっただけなんじゃないのか、色々とツッコミどころ満載ではあるが、ダーツを投げないと話が進まないのでとりあえず狙いも定めずテキトーに投げた。カツン、と回転しているボードに突き刺さると皆が、おおう、と唸る。やがて回転が止まり、ダーツが刺さった場所、行き先が判明する。『地球』「ま、無難だな」ソルは腕を組んでそう言うと、皆が空気読めよ、何の為に作ったんだよこれ、という視線を飛ばしてきたが無視した。背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Haven`t You Got Eyes In Your Head?ありきたりな場所に行ってもつまんねーよ、ヴィータの一言にソルを除いた誰もが納得し、もう好きにしろと言わんばかりにさっさと床に着いたソルとツヴァイとエリオの三人を抜いた面子が会議を始める。「キャンプ行こうぜ、キャンプ」ヴィータの言葉に誰もが面白そうだと頷くが、それもそれでありきたりなので、なのはが「じゃあサバイバルキャンプにしよう、食料は現地調達で」と発言した。それは良いアイディアだ、そうしようとあっさり決まってしまう。理由は簡単、その方が面白いからだ。「懐かしいなぁ、小学生になる前はお兄ちゃんに色んな所で色んなこと教えてもらったなぁ~」「例えば?」昔を思い出しているなのはにフェイトが若干羨ましそうにしながら聞く。「え~とね、例えば魚とか小動物の捕まえ方に捌き方でしょ、食べられる草と毒物の見分け方、釣り、素潜り、野宿の仕方、遭難した時の対処法、あと他には……」なのはが記憶を探りつつ言葉にしている様を見て、なんてサバイバルなんだ、流石ソル、いやこのくらいなら当たり前だ、それもそうか、とそれぞれ反応を示す。「ほな、サバイバルキャンプだから場所は無人島、食料は現地調達で、持ってく物は服とかキャンプに必要な道具一式だけ……アリサちゃんとすずかちゃんのこと考えるとこれで本当にええんやろか?」「いいんじゃない?」「なんとかなるって」はやての疑問の声にユーノとヴィータが能天気に答える。「無人島ならやっぱり海だよ、泳げる場所が良い!!」フェイトが楽しそうに挙手し、場所は南国の無人島に決定する。「水着が必要だな、そうなるとソルも水着か……はぅ」恥ずかしそうに頬を染めるシグナム。どうやら本来の体格をほぼ取り戻したソルの肉体美を幻視したらしい。「来たわ……」「ああ、来たな」その両隣で気合を入れまくるシャマルとアイン。何に対してかは推して計るべし。「話は決まったね、じゃあアリサにバニングス家で南国の無人島持ってないか聞いてみるよ…………あ、アリサ? アタシさ、アルフだよ。旅行の件なんだけど、アリサの実家って南国に無人島の別荘とか持ってない?」携帯電話を耳に当て、無理難題なことを喋り始めるアルフ。「ああ、うん、持ってる? マジ!? さっすがアリサ、恩に着るよ。ん? 移動は時間もお金も勿体無いから魔法でいいよ魔法で……バレない反則は高等技術、文句なら私達にそう教えたソルに言っておくれ……うん、うん、詳しい話はまた後で、あっ、勿論水着は要るからね」アリサと会話しながら素晴らしいサムズアップをしてみせるアルフに皆がわーいと歓声を上げる。話し合う皆を少し離れた場所から見守っていたザフィーラは、俺からは特に無いので好きにしてくれと言わんばかりに丸くなった。でも尻尾は嬉しそうにフリフリ動いていたのである。「常夏の海を満喫するサバイバルライフにレッツゴー!! 」おおおおおおっ!!!アルフが掛け声と共に拳を振り上げると、旅行バッグを手にした面々が応える。ソル以外。「……旅行じゃねぇのか? 訓練に行くのか?」「細ぇーことは気にすんな」細かいのか、これ? 腕を組み頭を捻るソルの肘をヴィータが叩く。「はいはーい、転送するから集まってー、五秒以内に僕の傍に来ないと自力で行くことになるよー」ユーノ本人は冗談のつもりなんだろうが、魔法を使えないアリサとすずか、転送系てんでダメなエリオとなのはの四人が荷物を抱えると血相変えてユーノの隣に立つあたり、割と本気なのかもしれない。「ワープ」「沖○艦長の真似? 似てないから止めな」明後日の方向に向かって指差すユーノにアルフが冷静に突っ込んだが、ソルには何のことかさっぱり分からなかった。そして常夏の無人島にやって来た。「うあ~、綺麗な海ですぅ~」何処までも澄み渡る青い海と空にツヴァイが感嘆の声を上げる。「早く泳ぎましょうよ!!」「まだよエリオ、水着に着替えてからね」海面に反射する太陽の光のように眼を輝かせたエリオをシャマルが微笑みながら窘めた。「どう? なかなか良い場所でしょ。アンタ達が言う条件に合う島探すの大変だったんだからね。それにしてもアルフの言うことは滅茶苦茶だったわ……ま、ウチの実家がたまたま持ってたから良かったけど」髪をかき上げながらアリサが皆に問うと、一部を除いて誰もが頷いた。「アリサちゃん、ウチに来て愚痴ってたんだよ。『サバイバルがしたいのかキャンプがしたいのか海水浴がしたいのか、どれかはっきりしなさいよ!!』って」すずかがクスクス笑いながら言う。「これ程のものを提供してもらったのだ、感謝せねばいかんな」燦々と降り注ぐ太陽の光にシグナムは眩しそうに手を日除けにする。「ザフィーラ、脱皮しなくていーのか? 暑くねー?」「……」ヴィータに言われて無言で狼形態から人間の姿になるザフィーラ。「ねぇねぇ、早く泳ごうよ」「ダメだよフェイトちゃん、食料は現地調達なんだから遊ぶ前に今日のご飯確保しないと」「なのはちゃんの言う通りや、いくら魔法が使えるからってサバイバル舐めたらアカンで」「で、でもソルに水着姿見てもらって似合うかどうか聞きたいし、ソルの水着姿見たいし」「「……」」「はいはいそこの三人、着替えるんだったらあっちにロッジがあるから私について来なさい。他の女性陣もよ」言外に野郎は此処に居ろ、覗いたらぶっ殺すわよ、と睨みを利かせてからアリサが女性陣を率いてこの場を離れようとする。しかし――「待て」低い、真剣なソルの声が呼び止めた。「な、何よ?」瞳を鋭く細め、まるで見えない何かに対して警戒しているソルが纏う緊張感を感じ取ってアリサが戸惑いがちに振り返る。その隣に居るアインまでもがソル同様に――バリアジャケットは展開していないが――臨戦態勢の一歩手前の状態だ。バカンス気分の皆と打って変わって明らかに場違いな雰囲気を醸し出す二人の様子に皆が不審に思った時、ソルが重苦しい口調で問い掛けた。「此処は、本当に俺達だけか?」「……どういう意味よ」「微かな気配……私達に似ているようで、全く異なる存在を感じる」「母様?」ソルの発言に、アインが警戒心を最大にしていることに、アリサとツヴァイがそれぞれ不安そうに反応し、他の皆も眼を戦闘時のそれにすると何時でも動けるように荷物を砂の大地に降ろす。刹那、――っ!!全員が巨大な”何か”の存在感を感知する。眼で見た訳でも、音を鼓膜が捉えた訳でも、脳がその存在を知覚した訳でも無い。本能だった。生命ならどんなものでも持っている生存本能が、”それ”の存在を教えてくれたのである。人智を超えた何かの存在を。感じたのは恐怖に似ているが、厳密に言えば恐怖ではない。例えるなら、人間が底の見えない谷を見下ろした時に感じる大自然に対する脅威。それを前にすれば人間など卑小な存在でしかないと悟らざるを得ない絶対的もの。言うなればそういう感覚だ。「な、何今の?」「……あれ? おかしいな? 私、”これ”、知ってる気がする?」今にもへたり込んでしまいそうなアリサと、知らない筈なのに知っている感覚を覚えるすずか。「この感覚、気配……まさか」ポツリと独り言を呟くと同時に、ソルは急に走り出した。置いてけぼりは嫌だと言わんばかりに皆も慌てて彼の後姿を追い、全員が白い砂浜を走り出したと思った瞬間、彼は走り出した時と同じように唐突に立ち止まる。そして、彼はある一点から視線を外さない。そこには何時の間にか日除けのパラソルが掲げられ、白い丸テーブルに腰掛ける二人の男女が居た。片方は赤い袖無しのワンピースに身を包んだ妙齢の美人。片手にはアイスティーのようなものが入ったグラスを手にしている。残る一人は片眼鏡を装着した初老の紳士。この南国の熱帯気候だというのにスーツを涼しげに着こなす姿は、まるで英国紳士を絵に描いたような優雅さとダンディズムを持っていた。「馬鹿な、今まで俺達以外に誰も存在していなかったというのに」気配も匂いも感じさせず、いきなりそこに現れた二人組みの男女にザフィーラが戦慄する。それは他の皆も同じだ。唯一ソルと、ソルの記憶を持つアインを除いて。「野郎……」野獣が唸るような声をソルが出す。彼の声が耳に入ったのか、初老の紳士はこちらに顔を向けると立ち上がり、実に優雅な動作で手に持っていたパイプを咥え、愛しい孫にそうするようにとても楽しそうに手招きしながらこちらに歩いて来る。「クイーン、セットアップだ」<了解>突然ソルが氷点下の声で己のデバイスに命令し、戦闘態勢に入ったことに皆が驚く中、彼はそんなことなど全く気にも留めずに初老の紳士に向かって爆発的な勢いで駆け出した。一瞬で全身に紅蓮の炎を纏わせバリアジャケットを展開し、一発の弾丸と化したソル。初老の紳士は自身に真っ直ぐ突っ込んでくるソルに対して嬉しそうに口元を歪めると、彼もソルに応えるような形で踏み込んだ。次の瞬間、ソルと初老の紳士、二人から途方も無い魔力が吹き荒れる。「ロックイット!!」「マッパハンチ!!」炎を纏わせたソルの右ストレートと、初老の紳士の腰の入った右ストレートがぶつかり合い、雷が落ちたと錯覚する程の轟音が耳朶を叩く。強大な”力”と”力”が真正面から鬩ぎ合う。両者の拳に込められた力がどれ程のものか、人類を遥かに超越したレベルであることには想像に難くない。二人はそのまま動きを止めず次の攻撃に移行する。ソルは左手の封炎剣を袈裟懸けに振り下ろし、初老の紳士は紫の魔力を迸らせた左の拳をアッパー気味に振り上げた。剣と拳が衝突し、またしても轟音が発生。しかし二人は眼の前の相手を倒すことにしか意識を傾けていないのか、更なる攻撃のモーションに入る。己の軸足――ソルは右足、初老の紳士は左足――を基点にして腰を捻り、渾身の力を込めて炎の右拳を振り上げる、紫の魔力を纏わせた右拳を振り下ろす。爆発にも似た衝突音と共に二人の周囲を”力”の余波が竜巻のように渦巻き、白い砂浜を衝撃波が抉る光景はカマイタチの群れが暴れ回っているかのようであった。拳を振り抜いた体勢からすぐに姿勢を元に戻すとソルはバックステップを踏み、距離を開ける。と、初老の紳士はその身体を霧のように大気に溶け込ませ姿を消し、今まで居た位置から数歩退がった場所に再び姿を現す。「これはまた……随分と懐かしい格好をしているじゃないか」ネクタイを締め直しながら紳士がソルのバリアジャケット姿をしげしげと眺めつつ問い掛けると、ソルは苛立たしげに吐き捨てた。「うるせぇ。なんでテメェがこんなとこに居やがる?」「人の話を聞く前に殴り掛かるところは相変わらずだね、キミは。まあ、口よりも拳で語り合う方が私達らしいと言えばらしい」「御託はいい」イライラしているような態度のソルとは対照的に、紳士は久しぶりに会った友人に接するような親しさでソルとの会話を楽しむ。そんな二人を遠くから見守っていた他の面々は訳が分からず呆然とするしかない。「えっと、知り合い?」「みたい、だね……」アリサとすずかが戸惑うように声を漏らしているすぐ傍で、なのは達は驚愕に眼を見開いていた。「お兄ちゃんと真正面から殴り合って、互角……」「あり得ない」小刻みに身体を震わせるなのは、信じられないと首を左右に振るフェイト。他の者達も反応は似たり寄ったりだ。ギアであるソルは法力や魔法を使わなくても人類とは比べ物にならない膂力を持っている。純粋な筋力や肉体の頑丈さだけで巨大な岩を軽々持ち上げたり、殴って粉々に砕いたり、電信柱を引っこ抜いて小枝のように投げ飛ばしたり振り回したりと非常識な真似が可能だ。だから、単純な力勝負でソルに勝てる人間はこの世に存在しないのである。もし存在するとしたらそれはソルと同じ、人ならざる者だということだ。つまり――「先に説明しておこう。あの御仁の名はスレイヤー。ソルの喧嘩仲間の吸血鬼、と言えば誰だか分かるな?」溜息を吐き、皆が今一番知りたいであろう情報をアインが提供すると、ええええええええええ!? という絶叫にも近い驚きの声が一斉に響き渡る。スレイヤー。あのソルですら最後まで勝負を着けることの出来なかった唯一の人物。話を聞く限り、ギアであるソルに匹敵する程の”力”を持つという吸血鬼。「っ! だから……」すずかが先程感じた、知っている筈が無いのに知っている感覚とは同属同士の共鳴のようなものだったのだ。とは言え、姉や自分が知っている夜の一族と桁違いに異なる存在感。比べることすらおこがましい。一族の祖先に当たる真祖。”彼”は文字通り雲の上の存在と言っても過言ではない程に、上位の者であると理解した。「……あの人が、千年単位で生きてる本当に本当の吸血鬼」優雅にパイプの煙を吐き出す初老の紳士を、すずかは畏敬の念を込めて見つめるのであった。「自己紹介が遅れてしまって申し訳無い。私はスレイヤー、こっちは妻のシャロンだ。以後、よろしくお願いする」醸し出す空気はダンディー、一つひとつの挙動は優雅。まさしく紳士然とした振る舞いで恭しく一礼するスレイヤーは、お世辞にもソルの友人とは思えないくらいに出来た人間である。隣でゆっくりとシャロンが頭を下げた。そんな二人に対して皆は慌てて自己紹介をし始める。「アクセルさんとは偉い違いね」簡単な自己紹介が終わりアリサが感心したように呟くと、彼を知る者は苦笑いを浮かべ、その横でソルが顔を顰めた。「で、さっきの質問に答えてもらおうか。なんでテメェが此処に?」ソルが気を取り直して口にした疑問に、スレイヤーは別に特別なことなど一つもありはしないといった口調で言う。「なに、シャロンと二人で旅行だよ」「嘘吐いてんじゃねぇ」バッサリと切り捨てると胡散臭いものでも見るような視線になる。「異種お得意の世界間転移を使って人間の世界に遊びに来る……テメェが享楽的なものの考え方をしてるのは知ってるが、わざわざ狙ったように俺の眼の前に現れる時点で、何か企んでいないか勘繰らない方がどうかしてる」「旧知の仲を深めに来た友人に向かって酷い言い様だね」「ただの腐れ縁だろうが」「フフフフフ、何、ちょっとしたお節介を焼きに来ただけだよ」「ああン?」非常に嫌そうな顔をするソル。だが、そんなことなど眼中には無いとばかりにスレイヤーは話し始めた。「キミは、元の世界に帰りたいと思わないのかね?」「……」え?スレイヤーの言葉を聞いた瞬間、ソル以外の全員が声無き声を漏らす。ソルが元の世界に帰る?初めは意味が分からなかった。だが、次第に意味を理解してくると、どうしようもない程に不安と寂寥感が募ってきた。常に傍に居てくれるから忘れていたが、彼は元々異世界からやって来たのだ。普通に考えれば元の世界に帰るのが当たり前。当然と言えば当然のことを誰もが何年も考えなかった、否、考えようとしなかった。考えたくなかったのである。しばらく黙っていたソルが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。「……全く帰りたくねぇ、と言えば嘘になる」真面目な口調と表情で本音を語るソル。「俺が”こっち”来てからイリュリア連王国がどうなったのか、あのバカ親子はどうしてるかとか気にはなるが……」皆の不安に拍車が掛かるが――「今更帰る訳にはいかねぇ、”こっち”で背負った荷物を放り捨ててまで帰りたいなんて思わねぇ……こいつら置いて帰れねぇよ」静かではあるが、はっきりとソルは”こちら”に居ると意思表示をした。その意思に皆が安堵の吐息を漏らす中、スレイヤーは好々爺のように高らかに笑う。「ハハハハッ、いやはや安心したよ。もしキミが帰りたいと言っていたら、私はキミの愛しい姫君達を泣かせるところだった」「試しやがったな……」「まあそう怒らないでくれたまえ。キミの意思を確認したかっただけなのだから」「俺の意思だと? そんなことをして何の意味がある」訝しむソルの表情の変化にスレイヤーはもったいぶるように煙を吐き出した。「お節介を焼きに来たと言っただろう」「何が言いたい?」「帰りたくない訳では無いと言うのであれば、帰郷してみるのもいいんじゃないかと思ってね」「んだと!?」驚きに染まった声を上げながらソルがスレイヤーのネクタイを掴み引き寄せる。「どういうことだ?」「言葉通りの意味だが、とりあえず離してくれないかな?」「……」やんわりと諭されるように言われてソルは手を離すと数歩退がる。確かに、スレイヤーを含めた異種が持つ特殊能力を利用すれば元の世界に戻ることも可能であろう。”あちら”について管理局の無限書庫で調べたことがあったが、何一つ痕跡を見つけることは出来なかった。しかし例えるなら、宇宙や世界とは無限に枝分かれした一本の大樹。平行世界、並行世界、あり得たかもしれない可能性、選ばなかった選択肢、特定のものが存在する世界と存在しない世界。原初や起源が同じでもそれぞれが独自の道を進み、あらゆる過程を経たことによって全く異なる結果へと導き出された姿が世界の在り方だと思われる。次元世界間での転移というのは、この枝から枝へと飛び移る技術のようなものだというのがソルの考え。Aという枝からBという枝に飛び移ることが出来ても、何処にあるのか分からないCという枝を発見出来るとは限らない。だからこそ”あちら”の痕跡は無限書庫で見つからなかったと思っている。”こちら”が天に向かって伸びる日の当たる”枝”部分だとしたら、”あちら”は養分を求めて土を抉る”根”なのかもしれない。これでは外から見つける方法など皆無だ。……もし、転移魔法以外でも次元世界間での移動を可能としたら?枝から枝へと飛び移るのではなく、全く違う方法で。(理論上は、可能だ)かつてイズナがソルとシンをイリュリアまで運んだ転移法術を思い出す。あの妖狐が使った方法は、バックヤード上でのみに形成された”黄泉平坂”と呼ばれる現世には存在しない世界を通ることによって時間や距離を短縮し移動するというものであり、地球の角速度と慣性を無視するという法力学を根底から覆すとんでもない代物であった。バックヤード。現世の法則を定めるべき高次元世界。あらゆる情報が高密度の素子となって運ばれ、集約され、絶え間ない再構築が行われ続ける世界。法力を行使する際に、一時的にアクセスする世界。常人なら数秒の内にバックヤードの情報密度によって自我が圧壊する、人類の常識の範疇から外れた世界。同時に、異種のような”人ではない知的生命体”が生まれる世界。簡単に例えるならば、ソル達が暮らす世界が三次元――”縦””横””高さ”の三つが同時に存在する世界――だとすると、バックヤードは更に上の次元――此処では便宜的に四次元とする――である場合、”縦””横””高さ”に加えて”時間軸”が存在する世界だ。三次元の世界に住む者は二次元的な視覚を持ち、四次元の世界に住む者は三次元的な視覚を持つことになる。時間軸も同時に存在する世界で三次元的な視覚を持つということは、時空間を自由に移動出来ることになり、二次元的視覚では遠くに感じられる事象に直接干渉することが可能だ。バックヤードの三次元的視覚を利用して世界同士を繋ぎ転移を行う、スレイヤーを含めた異種が使っている世界間転移とはまさしくこれだ。ちなみに、因果律干渉体であるアクセルやイノの時空転移もこれを特殊な形で応用したものである。――帰れる? あいつらにまた会える?眼の前の人を食ったかのような態度を取る吸血鬼がそう言うのであれば、”こちら”から”あちら”に行くことは可能なのだろう。しかもスレイヤーは帰郷と言った。つまりそれは、自分の都合で行き来を可能にするのと同義。今の今まで一度も帰ろうとしなかっただけに、いざ往来の可能性を提示されるとソルは戸惑ってしまった。「そこまで難しく考えることかね? 余暇を使って里帰りするものだと思えばいい」「……」「勿論、キミ達もご一緒に如何かな?」「何!?」スレイヤーはソルの背後に居る皆に向かって声を掛けると、今日何度目の衝撃か分からない驚愕が襲う。ソルが生まれ育ち、戦い、生きてきた世界。興味があるどころか、今まで行ってみたくても話を聞くことでしか知ることが出来ない世界だ。「……行ってみたい、私、お兄ちゃんの故郷に行ってみたい」「私も、行けるのなら行きたい」「私もや」なのはとフェイトとはやてがいの一番に興味を示す。「アタシはフェイトの使い魔だから、フェイトが行くって言うならついてくよ」「法力使いの世界……興味が無いとは言えないね」アルフ、ユーノも行く気満々だ。「ソルの故郷か。”こっち”よりも全然面白そうじゃねーか」「そうね。今日のこれだって地球なら何時でも来れるし」「結構怖い世界だって聞くけど、皆が行くって言うなら私も……」ヴィータの言うことにアリサが頷き、すずかも興味を持った様子。「私はソルが行くと言うのであれば何処へでもついて行く。死ぬまでな」「元よりそのつもりだ」「私達は一蓮托生ですから」アインが己の決意を表明し、シグナムとシャマルが同意する。「行く!! 行ってみたいですぅー!! 父様の故郷がどんな所か見てみたいですぅー!!」「僕も僕も!!」ツヴァイがテンション高く両手を振り上げると、エリオも一緒になって騒ぎ始めた。「お前が決めろ、ソル。俺はお前の下した決定に従うまでだ」ザフィーラは腕を組みつつソルに決定を促す。「ったく、お前らは……」深い深い溜息を吐いてからソルは俯いて眼を閉じしばしの間黙考すると、顔を上げ、安全を確認するようにスレイヤーに問い詰める。「転移に伴うリスクは? 俺が”こっち”に来た時みたいに、肉体に何らかの変化が起きたりしねぇだろうな?」「変化? 例えばどんなものかな?」「若返りだ……俺が初めて”こっち”で眼を覚ました時、外見年齢が五歳児まで若返っていた」「は? それはまた随分珍妙なことだね」顎に手を当て自分の髭を撫でるスレイヤーは物珍しそうに耳を傾けた。「しかも、ご丁寧にギアの”力”はそのままにな。当時はごちゃごちゃ考えたが、いくら考えても理由が分からねぇから気にすることをやめたが」「ふむ、それは奇妙な話だ。”力”はそのままなのに、外見年齢だけが若返る……」数秒間スレイヤーは考え込む仕草をした後、おもむろにこう言った。「もしかしたら、”あの男”の仕業かもしれん」「……なんで此処で野郎が出てくる」”あの男”の話になった途端、ソルから殺気が溢れ出す。だが、スレイヤーは全く気にせずにのたまった。「さあ? 知らんよ。キミの身体に関することなのだから、”あの男”のことだと思って言ってみただけだ」「テメェ……!」「まあ、真面目な意見を言うのであれば、キミをギアに変えたことに”あの男”が負い目を感じていて、全てが終わった後にキミが人生をやり直せるようにそういう仕掛けを施していたんじゃないかな?」「何を根拠にそんな戯言を――」「根拠は無いさ、キミの言う通り私の戯言に過ぎないので鵜呑みにしないで欲しい。私は”あの男”ではないし、”あの男”をキミ程知っている訳じゃ無い……だが、その方が浪漫があるだろう?」パイプの煙と共に吐き出された言葉にソルは固まり、脳裏で”あの男”と再会した時に交わした言葉の数々を思い出していた。――『……もう、こんなに……それがキミの業か……でも、嬉しいよ。やはりキミは僕だけを見てくれてる』ドラゴンインストールを完全開放した時。少し悲しそうに、それでいて嬉しそうに紡がれた言葉。――『諦めが早いな、それでは困るよ』バックヤードに取り残され、半ば途方に暮れていた時に後ろから掛けられた言葉。――『生きろ、”背徳の炎”よ』まるで心から祈り、願っているかのような言葉。「そんな、そんな筈は……」あいつは……裏切り者だ。百年以上も先の出来事に対応する為に、ただそれだけの為にソルの信頼を裏切り、全てを奪い、化け物に変え、ジャスティスを造って聖戦を起こした独り善がりのクソ野郎だ。もしこの身体に訪れた変化が”あの男”の思惑通りだとしたら、自分は何処まで奴の手の平の上で踊っているのか?思い返してみれば、ソルは”あの男”がどんな気持ちでソルをギアに変え、聖戦を勃発させたのか知らない。考えたことも無かった。考えようとすらしなかった。ひたすら憎しみを叩きつけるだけで、彼の心情など気にも留めなかった。あの時、ソルが「次が……次が、貴様を殺す時だ!」と言ったことに対して――――『ああ。待ってるよ、フレデリック』(クソが……)心の中で舌打ちをすると、このことについて考えるのをやめることにする。何故なら、もう自分は過去に囚われないと決めたのだから。頭痛を堪えるように額に手を当て首を振り、”あの男”や身体に関わることを頭から締め出して、仕切り直す。「……本当に危険は無いんだな?」確認の問いにスレイヤーは鷹揚に首肯した。詳しい話を聞くと、バックヤードを利用することはするが、直接バックヤードに入る訳では無いので自我の圧壊の心配は無いらしい。「行ってみたいか?」今度は振り返って聞いてみる。全員が揃って首を縦に振ったのを見てソルは疲れたように、降参したかのように大きく溜息を吐いた。「やれやれだぜ」後書きたくさんのご意見、本当にありがとうございます。皆さんが提供してくれたご意見は、これからより良い作品作りをする為の糧とさせていただきます。以下、今回の話についてちょっとしたことと反省。「サービスだ、見とけ」とサービスマンが眼の前を横切った夢を見たので、リクエストに応える形でくぁwせdrftgyふじこlpぶっちゃけまたやっちまった感が否めない作者を許してくれ!! 前に散々、GGキャラは出さねーって豪語してた癖して……続き希望の人が居たら感想に「ギップリャッ!!」と書き込みを、逆にとっとと空白期の続きを書けという場合は「嘘だと言ってよバーニィ!!」と書き込みを。今回の作中である世界が枝分かれしてるやら第三視点やら、三次元、四次元についてはあくまでソルが自分自身の中で解釈した考えを分かり易く解説する為にした例え話ですので、真に受けないでください。元ネタは二つあります。両方ビンゴした人はスゲー。ではまた次回!!!