こんな状況に陥ってしまったのは自分のミスだ。しかも致命的な。と、ティーダ・ランスターは唇を噛み締める。複数の次元世界で殺人や強盗を繰り返し指名手配された次元犯罪者の男。管理局員も既に五人も殺している。この筋金入りの凶悪犯罪者がミッドに降り立ったという情報が入ったのは三日前。地上本部では警戒しろという命令が下される。そして、その男を偶然見つけたのは一時間前。喫茶店で一人ランチを摂っている時に視界の中を歩いていたのが始まり。これは大変だと思いすぐに食事を切り上げ、所属する部隊長に連絡し尾行を開始した。応援が到着するまで自分は男から眼を離さず、一定の距離を保っていればいい。取り押さえるのは皆が着てからで構わない。しかし、此処でティーダの思惑は裏切られる。男の勘が良いのか、それとも自分の尾行が下手糞だったのか、はたまた管理局の制服のまま尾行していたのがいけなかったのか、群衆に紛れていたというのに尾行していたということがバレてしまったらしい。男は突如として飛行魔法を発動させると、高速で街の中を飛び立った。馬鹿か。あれでは自分に後ろ暗いことがありますと言っているようなものだ。さり気無く自分を撒けば良いものを。追うか、それともこのまま見逃すか、一瞬迷いつつも連絡を入れると『飛行許可は既に取ってある、追え。必ず我が隊の手柄にしろ。犯罪者を取り逃した海に我々の力を見せ付けてやれ』という命令が下る。命令に従い拳銃型のデバイスを起動させ、バリアジャケットを展開しティーダは男を追った。自分が管理局の人間に追い掛けられている、という事実を改めて認識した男は自身を追うティーダを一瞥すると舌打ちし、更に速度を上げる。ティーダもそれに倣った。一応、聞いてくれないとは思うが停止勧告を行う。「こちらは時空管理局だ。お前には強盗と殺人の容疑がかかっている。大人しく止まれ、止まらないと撃墜する」威嚇射撃を一発二発、男に掠めるようにして撃ち込むが当然止まってくれる訳が無い。街の中、高速で追いかけっこをする二人の魔導師。こちらを振り切ろうとしてビルの死角に逃げ込むのを射撃で許さず、人が少ない方へ誘導しながら追い続ける。景色は見る見る内に移り変わり、やがて二人は賑やかな雑踏から薄ら寂しいスラムのような地区にまでやって来た。(そろそろ仕掛けるか)決断すると、飛行しながらという体勢で一発ぶち込む。魔弾はティーダの狙いに寸分狂うことなく男の足に命中。空中で体勢を崩したところへ更に二発。魔弾を食らった男は陸に揚げられた魚のようにビクビクと身体を痙攣させると、羽をもがれた鳥のように力を失い堕ちていく。その姿を確認するとティーダは油断無くヒビ割れた大地に足を着ける。蹲る男にデバイスを向けながらゆっくりと近寄り、武装を解除するように口を開こうとした瞬間だった。突然男が起き上がり、灰色に輝くピンポン玉サイズの魔力球を路面に叩きつけたのである。「っ!?」同時に眼を灼く光量が生み出され、視界を光が埋め尽くし、そのあまりの光の強さにティーダは反射的に眼を閉じた。閃光弾。視覚を潰す魔法だと理解してから心の中で舌打ちする。こんな小細工を用意していたとは。眼が見えていない状態だと何をされるか分かったものではない。ティーダは咄嗟にその場から大きく距離を取り、間髪入れずにその身を空へと上げる。「くっ、奴は何処だ?」ようやく回復した視力で上空から先の場所を見渡すが、男は当然、人っ子一人居ない。「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」逃げられた、そう歯噛みした瞬間少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。女の、しかも子どもの悲鳴だ。嫌な予感を感じながらも放っておけず、声が聞こえたほうに向かって急行する。そこには――「ヒャーッハハハハハ!! ようこそ俺のフェイールドへ。 オメーはこいつを見捨てるか? それとも俺が殺してきた管理局員みてーに守ろうとしてくれるか? どっちだと思う? 見ものだな。精々俺を楽しませてくれよ」小さな女の子――恐らくこのスラムに住むストリートチルドレンだろうか――を人質に取る男が下卑た笑みを浮かべていた。背徳の炎と魔法少女 空白期9 狩人と魔弾の射手 前編「随分物々しいな。デカイ捕り物でもあんのか?」自分達の横を通り過ぎた首都航空隊の面々の背中を見送りながらソルがクイントに問い掛ける。「うん。なんでも”海”の方から凶悪な次元犯罪者がミッドに来てるらしくて、ついさっき街中で目撃情報があったらしいわよ」クイントは隣を歩くソルの管理局員の制服姿を相変わらず似合わないなぁ、と思いながら返す。「海から? どんな奴だ?」興味を引かれたのかソルは更に問いを重ねる。「えっとねぇ、確かこんな奴」ゲンヤの執務室に向かいながら手の平サイズの空間モニターを映し出すとソルに渡した。「……こいつ」その犯罪者の情報を眼にした途端、ソルの表情が一気に険しくなり真紅の瞳がキュッと細くなる。「知ってるの?」「最低最悪のクソ野郎だってことくらいにはな」ソルは不機嫌に吐き捨てた。「魔法を用いた強盗や殺人、強姦なんてのを十数件犯してやがる。殺人に至っちゃその内の五人が管理局員だ」「……確かに貴方が言う通り最低最悪のクソ野郎ね、この男」眉を顰め、改めてモニター内の情報を見つめる眼に嫌悪が滲む。「だが、こいつのクソ具合は犯した罪だけじゃねぇ。やり方が本当にクソだ」「やり方?」疑問に思ったクイントはソルの横顔を覗き込むように首を傾げる。「言ったろ、管理局員を五人殺してるって。どうやってだと思う?」「え? どうやってって、当然殺傷設定の魔法でしょ。推定魔導師ランクは総合AAってそれなりに高いみたいだし、結構強いんでしょ?」「総合AAだからって戦闘能力が高い訳じゃ無ぇ。どっちかって言うとこいつはウチのシャマルみてぇに、補助に特化したタイプの魔導師だ」「……」「本来なら戦闘を主とするタイプの魔導師じゃねぇ。だが、もう既に五人も殺されてやがる……こいつには絶対に裏がある。ただ単に実力を隠してんのか、他に何かあるのか知らんがな」クイントは違和感を覚え思わず口を噤む。自分が持つ情報とソルの持つ情報の差異に気付いたからだ。どうやら海からもたらされた情報は若干抜けている部分があるらしい。ソルに言われるまでどういうタイプの魔導師か知らなかった。罪状と推定魔導師ランク程度しか聞いていない。こんな所まで海と陸の仲の悪さが如実に現れているのかと思うと、管理局員として情けなくなってくる。海は陸に干渉するとうるさく言われるのであまり干渉しようとしない。陸は陸で海の手助けなんて不要と思っている所為だ。(馬鹿じゃないの?)権力とか覇権争いとか、はっきり言ってクイントにとってはどうでもいい。下らない人間の醜い部分の一欠けらでしかない。勿論、確執の元々の原因が人事や予算の面から来る不平不満が長い期間を経て積もり積もったものであり、それが両者の間に深い溝となって横たわっている所為だというのは分かっているのだが。考えるのも馬鹿らしい内輪揉めに心血を注ぐくらいだったら、とっとと仲直りしてお互いに協力し、情報を共有化して任務の成功率を上げつつ現場の局員に降りかかる危険度を下げ、一人でも多くの人を犯罪や苦しみから救ってあげたいと思わないのか。――人故に愚かなのか、愚か故に人なのか。かつてソルが戦闘機人事件の後に呟いていた独り言を思い出す。禅問答をする趣味は無いがなかなか深い言葉だったなと思考を巡らせると、ソルの言葉に耳を傾けた。「こいつは”処刑”が好きらしい」「処刑?」殺された局員のデバイスデータを見る限りな、と苦虫を噛み潰した顔になる。「人質を盾にデバイスを捨てさせて、バリアジャケットを解いたところに笑いながら攻撃魔法を叩き込むらしい。勿論死ぬまでな」「じゃあ、その殺害された五人って」「ああ。奴の言い方をすれば”処刑”されたことになる」いくら魔導師と言えど、バリアジャケットが無ければ殺傷設定の魔法には耐えられない。生身でそんなものを受ければ死ぬのは火を見るよりも明らかだ。「それにしても不自然だ」「何が?」ポツリとソルは呟く。「相手のやり方はとっくに海の連中には知れ渡ってる。なら何故今までに一度も対処出来ずにいる? 五人も殺されてるのに? 何度も失態を繰り返す程海の連中もボンクラじゃねぇ……だからこそ不自然なんだよ」話している内にゲンヤの執務室に辿り着く。自動ドアが開き部屋に入るや否や、ソルはゲンヤのデスクの上に鎮座する端末にデバイスのクイーンを翳す。突然のソルの行動に、部屋の主であるゲンヤは苦言を呈した。「おい、挨拶も無しに何してんだお前さんは?」「ようゲンヤ。端末借りるぜ、ハッキングするから」「もう借りてんだろうが、って何!? ハッキング!? いきなりどういうことだ!?」「うるせぇ」ゲンヤの言葉にソルは一切耳を貸さずにハッキング作業を開始したので、ナカジマ夫妻は一度お互い視線を合わせると肩を竦めて待つことにする。ソルがこうなったら基本的に周りの意見なんて聞かない。それをこれまでの付き合いでよく分かっているからだ。やがてソルは端末から離れると、やはり唐突にバリアジャケットを纏う。「今度は何だ?」半眼のゲンヤ。「……ハッキングして分かったのは、今首都航空隊の内の一人が野郎を追ってるらしい。応援も向かってるらしいが野郎は本来戦闘が得意じゃない分、逃げ足や撹乱、ジャミングが得意だ。今まで海の連中も捕まえられてねぇしな……こんなクソ野郎を逃がさねぇ為に、一応俺も出る」情報を閲覧しながら表情を険しくさせ、鋭い眼を更に鋭くさせるとソルは何か考え込むように顎に手を当てた。「話が見えねー。クイント、掻い摘んで説明してくれ」ウンザリしながら問われた内容にクイントは溜息を吐きながら答える。「あー、つまり、ソルは現在首都航空隊が担当してる事件に首突っ込もうとしてるってことかな」「気に入らねぇクソ野郎を潰す、それだけだ」アハハハ、と乾いた笑いを浮かべるクイントの横でソルは転送魔法を発動させた。「まだ何のことかさっぱり分からんが、マジかそれ?」「マジだ」「だってさ」なんでソルは俺の妻と俺よりも息が合っているんだろう? ゲンヤはそんなことを思いながら、赤い光を伴って執務室から何処かへ転移しようとしているソルに「後始末手伝えよ、お前が暴れた後って色々と大変なんだからな」とだけ言うのが精一杯だった。こいつの命が惜しかったらデバイスを捨てろ、バリアジャケットを解除しろ。男は人質を取り、まさに絵に描いたような悪役振りをして見せてくれた。ニヤニヤと嫌らしい笑みは浮かべた男は自分の絶対的優位を信じて疑わず、その顔を醜悪に歪めて命令してくる。拳銃型のデバイスを男に向けたままティーダは動けない。普段の自分だったなら、相手が魔導師ではなく一般人だったなら冷静に対処出来たのかもしれない。得意の精密かつ鋭い早撃ちで人質を傷付けず、男の四肢を打ち抜き無力化させる。自惚れでもなく事実としてティーダにはそれを実行し得るだけの技量はある。しかし、男の腕で首を絞められるようにして拘束されている女の子の怯えた眼が、助けを求める眼が、引き金に込めようとする指の力を霧散させていく。何より人質にされている女の子が、自分のたった一人の肉親である妹と同い年くらいの所為で彼は焦り、少しだけとはいえ躊躇してしまい、躊躇したことによって迷いが生じたのだ。あの子は違う、俺の妹じゃない、何度も自分にそう言い聞かせているが、頭で分かっていても心は平静を保てない。――妹と同じ年くらいの娘を見捨てるのか?(クソ……!!)結局彼は男の言う通り、相棒であるデバイスを投げ捨て、バリアジャケットを解除してから両手を上げた。「良い子だ、動くなよ、指一本でも動かしたらこのガキの首をへし折るからな」言って、男は片手で女の子の首を掴んだまま、もう片方の腕に持っていた一般的な杖型のストレージデバイスをこちらに向け、杖の先端から灰色の魔力弾を放つ。一瞬、反射的に避けようとして足に力込めようとした時、男が絶妙のタイミングで首を掴む手の力を強くしたのか「ウグッ」という女の子の呻き声が聞こえてしまった所為で動きを止めてしまう。しまった、そう思った時点で全てが手遅れだった。「……っ!」灰色の魔力弾はティーダの両手足首を貫き、肉を抉り骨を砕く。焼くような激痛が生まれ、全身が震えてまともに立っていられなくなるが――「ヒィィィィィハァァァァァァァァッッッ!! まだ死ぬなよ!? 死ぬんじゃねぇぞ!? 俺がイクまで遊んでやるからなぁぁぁぁぁっ!!!」けたたましい哄笑を上げながら男は次々と魔力弾をティーダに撃ち続ける。一発受ける度にティーダは下手糞な人形師に操られる人形のように踊り狂い、身体を右に左に振られ、倒れることを許されない。制服が見る見る内に血で染まり、斑に染まっていく。それでも魔力弾の豪雨は止まらず、急所を微妙に外しながら彼の身体を貫いた。「ヒャハハハハハッッ!! 最高だぜ!! 無抵抗の人間に魔法を叩き込むのは!! お高くとまった管理局の人間相手には得意によ!!」急所をわざと外し、すぐにトドメを差そうとしないのは文字通り遊んでいるからだろう。男にとってティーダは好きなだけ殴っても文句を言わないサンドバッグである。やがて、男はある程度満足したのか魔力弾を撃つのを一旦止めた。「良いぜぇぇ……てめーは俺が殺してきた中でも一番骨がある奴だ……でも残念だ、もうお終いだよ」一際大きい魔力弾を生成すると、奇跡的に立っている状態のティーダの心臓目掛けてそれを放ったのである。目前に迫る死を、虚ろな瞳で捉え霞む視界に収めながらティーダは思う。こんなところで終わってしまうのか?妹を――ティアナを残して?(……ティアナ)ティーダの大切な大切な、それこそ命に代えても守らなければいけないたった一人の肉親。自分が此処で死んでしまったら、あの子は天涯孤独になってしまう。守ると誓ったのに、幸せにすると誓ったのに、お兄ちゃんはずっとティアナの傍に居ると約束したのに。(死にたく……ない)死ぬのが怖いんじゃない。妹を泣かせるのが、辛い思いをさせてしまうのが怖い。あの子を独りにしてしまうのが、どうしようもなく怖い。だから――(ティアナ、すぐに帰るからな)彼は朦朧とする意識の中、自身の命を断つであろう死から決して眼を逸らさなかった。「ガンフレイムッ!!」そんな彼の諦めない心が天に届いたのか、救いが降り注いだのは次の瞬間である。突如真上から降ってきた一条の火炎が灰色の魔力弾を押し潰し、食らった。地面に着弾した火炎はそのままティーダと男を遮るように炎の壁となり、視界を埋め尽くす。ティーダは勿論、犯罪者の男も、人質となっている女の子も突然何が起こったのか分かっていない。「いただきぃぃぃ!!」今度は炎が降ってきた上空から、己の身を弾丸と化して猛スピードで次元犯罪者に強襲する若い男。眼にも留まらぬ速度で肉迫すると、彼は手にした剣を振り下ろしティーダに向けられていたデバイスを犯罪者の手首ごと斬り落とした。「あ? ああああ!? 手が、俺の手がああああああああああああああああああああああああ!!!」抱えていた人質の少女を放り捨てると男は断末魔のような悲鳴を上げてのた打ち回る。ソルは少女を確保しようと踏み出したその時、そこら中の空間に視界を遮るようにしてヒビが入り、ガラスが砕け散る耳障りな音と共に世界が”崩壊した”。男が擬似的に作り出した世界から、元の現実世界へと戻る。それにつられるように、少女はまるでその存在が幻であったかのように姿が霞み、忽然と姿を消した。(やはり思った通りか。結界に似た亜空間、いや、自分にとって都合の良い限定的な”世界”を作り出すレアスキル……幻影まで使うとは思ってなかったが一般の術式じゃねぇな、レアスキルの副次的要素か? ……高ランクが集まった海の連中が捕まえられない訳だ)冷静に犯罪者の能力を分析すると、ソルは暴れるようにして路面を転がっている犯罪者を一瞥する。手首を斬り落とされた――真っ黒に炭化して塵になったとも言う――ショックとダメージ、デバイスを破壊されたことによって自身のレアスキルと幻影を維持出来なくなったのだろう。とりあえずこれでもう逃げ切れねぇ、とソルは安堵の吐息を漏らす。クイーンを介して首都航空隊の情報端末をハッキングして得た情報。それに違和感を感じたことによって、おかしい、と思いこのことに気付けたのは偶然に過ぎない。『ターゲット、及びターゲットを追跡中のティーダ・ランスター一等空尉をロスト』管理局員が使用しているデバイスは例外問わず、任務中は常に局員の位置を把握することが出来るように設定されている。目まぐるしく状況が変化する前線で部隊として行動する以上、逐一、位置情報や状況報告は必要だからだ。だというのに存在をロストとはどういうことだろうか?初めはデバイスを破壊されたのかと思った。しかし、長年培った経験と勘がどうしても違和感を無視することを許さず、すぐに思い直す。犯罪者の男は戦闘に特化したタイプではない。先程ソル自らクイントに伝えたように、シャマルと同じ補助を専門とする後衛タイプらしい。それが仮に本当で推定魔導師ランクが総合AAとはいえ、空戦ランクAAのティーダ・ランスターとまともにやり合って即決着がつくとは思えない。二人をロストしたらしい場所に転送魔法で赴き、クイーンを発動させる。もし犯罪者の男がユーノのような……ユーノを超える優秀な結界魔導師だとしたら?現実世界から魔力資質を持たない者だけを排除するような封時結界が存在するように、特定の条件が揃えば他者に――たとえ魔導師でも――認識されなくなる亜空間を作り出す結界魔法が存在してもおかしくない。そういう能力を持っている者が存在しないとは言い切れない。此処ら一帯の魔力の流れは変ではないだろうか? この付近の魔力素に何か不自然な点は無いか? 空間の歪みは? 何かしらの痕跡は残っていないか?些細な情報でも構わないのでクイーンに探させると、ある地点で、言葉では何と表現すればいいのか分からない程小さな、小さな空間的な違和感を感知する。この違和感に気付くことが出来たのは本当に偶然であった。恐らくソル以外の人間であれば絶対に気付けなかったであろう。かつてバックヤードという情報世界に生身で入った経験を持ち、イズナから空間転移系の法術について手解きを受け、”こちら”に来てからユーノからミッド式の、シャマルから古代ベルカ式の転送魔法を修得し、補助専門デバイスであるクイーンのサポートがあってこそ気付けた違和感なのだから。その違和感を解析した結果、どうやら何処かへの出入り口らしい。小癪にも侵入者を防ぐ為の”施錠”がなされていたが、ディスペル効果を付与したタイランレイブで強引にぶっ壊した。侵入するとそこは現実と何一つ変わらない、だが一人の人間によって作り出された擬似的な空間。封時結界に似ているようではあるが、現実世界と寸分違わぬ世界を眼にしてソルは舌を巻く。結界の中だというのに、それを全く感じさせない。こんなものを戦闘中に展開されでもしたらいくら自分でも気付けない。それ程のものであった。これだけハイレベルな空間操作、否、”空間創造”と隠蔽、結界魔法……間違い無くレアスキルの類だ。努力や修練の積み重ねで手にすることが出来る範疇をとっくに飛び越している。流石のソルでもこれは真似出来ないと思わせる程の。まあ、建築物や無機物は再現することは出来ても生物は無理なようで、他の生き物の気配を全く感じ取れない世界であったが。補足をすれば、他にもソルが知り得ることの無い秘密が犯罪者の男には存在する。能力を行使している間に一度限り、自分がイメージした幻影を一体だけ生み出せること。幻影である少女の外見はティーダのような若い局員には一番効果的であると判断した為。追い詰められ、攻撃を食らったかのように見せたのは演技であり、最初からティーダは罠に嵌められていたのだ。街の中で飛行魔法を使って逃げ出したのも計算の内。レアスキルさえあれば自分は絶対に逃げ切れるという自信があったから。人気の少ない街外れのスラムのような場所に逃げ込んだのは、一つの例外を除いて生物までは複製出来ないレアスキルを最大限活かす為だ。道理で管理局が捕まえられない訳だ、とソルは内心で納得しつつも苛立たしげに唇を噛む。何が推定魔導師ランク総合AAだ、節穴共め、明らかに総合AAAはあっても不思議ではない、一体何処に眼をつけてやがる、管理局員が五人も殺されている時点で何故評価を改めようとしない? 何故戦闘を不得手とするタイプでありながら五人も殺されたのか、そこまで理由を考えようとは思わなかったのか? 眼球はガラス玉で頭蓋に浮かんでるのは脳みそじゃなくてスポンジか?この犯罪者の実力を見誤った海の連中に胸中で毒を吐く。ソルですら偶発的に発見出来たようなもので、一つ間違えれば違和感など無視していたかもしれないのだ。大雑把なようで意外に神経質な一面がある自分の科学者気質な性格にこの時ばかりは感謝する。此処で逃がしたらもう二度と絶対に捕まえられない。ソルはそう結論付けてから覚悟する。慎重に行動することを心に決め、自身に認識阻害の魔法と法力をこれでもかと施すと雑居ビルの屋上に降り立ち、そこから屋根や屋上を足場に跳躍して犯罪者の男とティーダを探す。魔力の元を辿ればよかったので、探すこと自体はそれ程難しくなかった。だが――到着した時点でティーダが殺されそうになっているのを見てしまい、ひっそりと近付いて背後から不意打ちをかまして一撃で決めようという考えはあっという間に彼方へと消え去る。考える前に身体が動く。人質として捕らえられている少女なんて気にしている時間すら無かった。というより、人質として盾にされたら人質ごと纏めて非殺傷設定で丸焼きにしてやると心に決めていたので、気にする必要が無かったというのが正しい。最終的に少女は幻影で、レアスキルの一部だと判明するのだが。走り出し、屋上から跳躍。八階建てでそれなりの高さを誇る雑居ビルから地面に向かって放物線を描きながら、犯罪者の男へと一気に接近する。(間に合え!!)それでも間に合いそうにない。視線の先では魔力弾が生成され、棒立ち状態のティーダへと今にも発射されそうだ。――させるか。ソルは半ば勘に従いガンフレイムを放った。結果的に魔力弾からティーダを守り、奇襲は成功し男の能力を解除することには巧くいったが、もう一度同じことをやれと言われたら無理だと答えるだろう自分にソルは自嘲した。こんな無鉄砲で無計画で運頼りな奇襲は二度とご免だ、と。もう一度大きくやれやれと溜息を吐くと、右手首から先を失いながらも必死に立ち上り飛び立とうとしている男に向き直り、ソルは野球の投手のように振りかぶって封炎剣を投擲する。獲物を狙う矢の如く真っ直ぐと、空気を裂き、燃え盛るミサイルと化した封炎剣は吸い込まれるように男の左膝の裏に命中、膝から下を吹っ飛ばした。「……っ!!」今度は声も無く転倒し、ゴロゴロと転がってから仰向けの状態で動かなくなる。それを確認するとおもむろに近寄って倒れた男を見下ろす。睥睨する真紅の眼は獲物にトドメを差す狩人のように冷酷で、血も涙も無いかのような表情は男の心を恐怖で凍りつかせ、なのに身体から放たれる威圧感は何もかも焼き尽くすマグマのようで、男はあまりの恐怖に自身が失禁したことにすら気が付かなかった。「た、助け――」「断る」無駄だと分かっていながら息も絶え絶えに命乞いをする男の言葉を、ソルは殺意溢れる冷たい一言で遮り『旅の鏡』を発動させて男の体内からリンカーコアを無理やり抉り出した。「ぐぁ、ああ」「安心しろ、殺さねぇ……許してやらねぇがな」摘出した灰色に輝くリンカーコアに封印術を施すと、そのショックで男が気絶する。封印自体は命に全く別状は無いが、これでもう二度と魔導師としては生きて行けないだろう。法力、魔法、複合魔法を用いた三重の封印術式。ディスペル出来るのはこの世でソル以外にアインしか存在しない。リンカーコアを体内に戻してやってから男を捨て置くと、うつ伏せになって倒れているティーダに急いで走り寄る。(こいつは酷ぇな)回復魔法と治癒法術を複合させた魔法で治療を施してやりながら、意識の無い青年の容態にソルは顔を顰めた。犯罪者の男がサディスティックな性格のおかげで、全身蜂の巣のように穴だらけであるが微妙に急所を外している。かと言って楽観出来るものでもない。身体のあちこち撃ち抜かれた所為で関節や筋組織、骨がズタボロだ。ソルは自分の技量では後遺症が残らないように治すのは不可能に近いという考えに至る。一命を取り留められる、と自信を持って断言は出来る。その点だけを見れば致命傷となる攻撃を一度だけ食らったクイントの時よりも遥かにマシだが、生き残った後に後遺症の有無を問い質された場合閉口するしかない。ティーダは全身に何十箇所と食らっているので、そういう意味ではクイントよりも悪いのだ。(まず魔導師として復帰するのは無理だ)兎にも角にも他の連中に連絡する必要がある。ソルはティーダを抱え上げ、首都航空隊とゲンヤに通信を入れることにした。後書き一番要望が多かった『ティーダ生存ルート でも何かしらハンディがあって戦線復帰無理』を適用させていただきます。皆さん、たくさんのご意見ありがとうございます。長くなりそうなんで、前後編に分けて一旦此処で切らせていただきますね。ちなみに、>ディスペル効果を付与したタイランレイブで強引にぶっ壊した。という描写がありますので、「あれ? 何それ、そんなのありかよ?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際にGG2本編で似たようなことやってますよ~。P,SXXX板進出とか無理ww