「やああああっ!」幼いながらも勇ましい声と共に突き出された金属の棒。それを封炎剣で力任せに弾き、大胆に一歩踏み込むと態勢を崩している相手――エリオ――の額に向かって手を伸ばす。ビシッ、とデコピンが炸裂した。「痛っ! ってうわあああ!?」怯んだところで軸足を払うと悲鳴を上げながら横転する。引っ繰り返って仰向けになったエリオの喉元に封炎剣を添え、俺は口を開いた。「ま、こんなもんか」「……うぅ」子どもの癖して一丁前に悔しがっている表情を見せる姿に苦笑しながら手を取って立たせてやると、服を払いエリオが金属の棒を構え直す。「もう一本お願いします」「まだやんのかお前」「だってさっきから僕を簡単にあしらうだけで、父さんちっとも真面目に相手してくれないじゃないですか」「ガキが生意気言ってんじゃねぇ」……誰に似たんだろうか? 俺は負けん気の強いエリオの言葉に対して呆れたように溜息を吐いた。何時もの早朝訓練。今日は魔法の使用を前提とした訓練日なのでかなり規模の大きい結界を張り、各々がそれぞれの訓練メニューをこなしている。で、俺はエリオに取っ捕まって近接戦闘の訓練をつけてやっているのだが、如何せん子どもである以上加減してやる必要があるので言われた通り適当にあしらっていた。デコピンしてこかす、デコピンしてこかす、これの繰り返しだ。しかし、エリオはそれが気に食わないらしい。曰く、他の皆と同じように扱って欲しいとのこと。かと言ってそんな要望に応える訳にはいかない。初めて魔法を手にした時のなのはよりも小さい子どもを、炎の鉄拳で殴れと?「……なら、無理やりにでも」エリオは何やら眼をマジにすると魔力を漲らせ、全身を帯電させながら渾身の突きを放つ。「ビークドライバーッ!!!」「っ!?」刺突と共に繰り出された雷撃とその技名に俺は驚きつつ、縦に構えた封炎剣で咄嗟に防ぐ。稲妻が爆ぜる、大気が震える、魔力と魔力の鬩ぎ合いで視界が明滅し、俺は思わず一歩退いた。(シンの技だと! 何故エリオが?)本家本元の威力には遠く及ばない、法力ではなく魔法である、という差はありこそすれ今のは間違い無くシンの技だ。「お前、今の技……」「へへっ、驚きました? アインさんに教えてもらったんです。僕がこの技を修得すれば絶対に父さんを驚かせることが出来るって」もうとっくに忘れかけていたが、アインは闇の書事件の際、俺の記憶を転写したことによってそれまで俺が歩んできた過去全てを知っている。「何時の間にこんなもん覚えやがった?」「父さんが家に居ない時に」得意気に答えるエリオは子どもらしい笑みになる。俺を驚かせることが成功して嬉しいのだろう。学校へ行き、聖王教会で教導をし、スクライア一族と共に遺跡を発掘し、管理局の契約者達から請け負った仕事をこなす俺は家に居る時間が昔に比べて圧倒的に少ない。その間にアインが俺の昔話を子ども達に話していても不思議じゃない。別にそのことに対しては文句など何一つ無いが、まさか技まで教えているとは思っていなかった。いや、もしかしたら話を聞いてエリオが教えて欲しいと頼み込んだのかもしれない。「他に何が出来るんだ?」「えっと、実はまだこれだけで……今はスタンエッジを修得中です。雷撃が散らないように上手くコントロールして飛ばすのが難しくて」エリオは実際に法力を修得した訳じゃ無い。あくまで法力を魔法で模倣したコピーでしかない。だが、同じ結果に至るまでの過程が違うという点を除けば法力と魔法に大した差は無い。つまり、今のエリオが放ったものとオリジナルであるシンの技は術式は違うが結果は同じということ。恐らくエリオが電気の魔力変換資質を持つからこそ、再現しようと思えば再現出来たんだろうな。それにしてもウチに来てまだ一年も経ってないのに、十に満たない年でデバイス無しにこれだけのことを出来るだなんて……こいつ、将来化けるぞ。ん? この理屈でいくならフェイトも出来るんじゃねぇか? だとしたらシグナムも?ふとそんな考えが過ぎった瞬間、上空から慣れ親しんだ魔力の波動と共に、金の雷と紫の炎が絡み合いながら爆発と共に降り立った。背徳の炎と魔法少女 空白期8 お父さんは忙しい耳を劈く爆音が鼓膜を叩く、稲妻が飛び交い、炎が空気を舐める、触れる空気が熱を孕み、金と紫、二色の魔力光が激しくぶつかり合う。噂をすればなんとやら。フェイトとシグナムだ。「エリオ、こっちに来い」「あわわわわ」いきなりの出来事に泡を食ったエリオを呼び寄せ、後ろに庇う。「しぶといな! テスタロッサ!!」「シグナムこそいい加減諦めたら!?」視界の先では二人が鍔迫り合いをしながら相手に向かって叫んでいる。「模擬戦ですかね?」「見りゃ分かんだろ、それ以外に何があるってんだ。お前にはあの二人が今筋トレしてるように見えるか?」フェイトとシグナムは弾かれたように同時に距離を取ると、再び接敵し打ち合い始めた。「いえ……でもなんか、模擬戦にしては二人共殺気立ってません?」「……む」魔法を繰り出す二人を恐る恐る指差しながら指摘するエリオの言葉に、俺は改めて二人を注視する。確かに二人共模擬戦にしては表情が険しいというか、眼つきが悪いというか、やたら必死というか、そんなもんを感じる。二人に何があった?疑問に感じていると、二人は技を放ちながら答えを叫んでいた。「シグナムは何時もソルのお仕事の手伝いで一緒に居るんだから来週の日曜日くらい譲ってくれてもいいでしょ!!」ハーケンフォーム状態のバルディッシュから発生した鎌状の魔力刃、ハーケンセイバーが高速で回転しながらシグナムへと飛ぶ。<シュランゲフォルム>対するシグナムは連結刃を鞭のようにしならせ、薙ぎ払うことによって金の魔力刃を撃ち落とす。「それは出来んな。ただでさえ私はアインやシャマルと比べて一歩遅れているのだ……此処は退けん!!」言って、連結刃を通常の剣の状態、シュベルトフォルムに戻す。「そんなこと言ったら私達三人はどうなるの? 管理局から来るお仕事手伝わせてもらえないから一緒に居る時間が少ないんだよ!?」バルディッシュをザンバーフォーム、大剣に変えてフェイトは自慢のスピードで突っ込む。それを迎撃する為に構えるシグナム。お互いが上段に構え、己の相棒を相手に向かって振り下ろした。金の魔力刃と白銀の刀身がぶつかり合い、甲高い金属音と共に二つの魔力が荒れ狂い、激しく火花を散らす。「文句ならソルに言え!!」「言ってもどうせ聞いてくれないもの!! まだ中学生だからダメの一点張り。私、もう子どもじゃないのに!!」「フッ、ソルが子ども扱いするのは当然だ。自分は子どもではないと主張する者に限って精神は意外に幼いからな」「何ですって!?」「つまりお前も、なのはも、そして主はやても、ソルにはまだまだ認めてもらうに至らないということだ!!!」シグナムは強引にフェイトを後方へ弾き飛ばすと、剣を鞘に収める。弾かれた勢いを逆に利用してくるくる回りながら体勢を整えたフェイトは、左手をシグナムに向けた。それに応じるようにして、シグナムは鞘から魔力を伴わせた剣を解き放つ。「プラズマスマッシャーッ!!!」「飛竜、一閃!!!」金の閃光と紫の劫火が衝突し、熱と衝撃波が生まれ、お互いを食らい合う。込められた力はほぼ互角であり、両者は共に霧散した。粉塵が舞い上がる中二人は睨み合い、それが当たり前のようにまたしてもぶつかり合った。「……父さん」「……何だエリオ」「フェイトさんとシグナムさんに構ってあげてください」「……」「二人はきっと寂しいんです。あの二人だけじゃありません。なのはさんとはやてさんも」上空を見上げるエリオにつられて青い空に視線を向けると、桃色の光と銀の光が飛び交っている。「……」「皆焦っていると思うんです。母さんには僕が、アインさんにはツヴァイが居ます。実際よく三人で一緒に寝たり、出掛けたりしてもらってます……でも」なんでこいつこの年でこんな気遣い出来んだ?「父さんがお仕事で忙しいっていうのは分かっています。お仕事がどれだけ大切なことかということも。だけど――」「分かったよ、皆まで言うな。考えておく」「僕とツヴァイのことは大丈夫です。何時も二人一緒だし、母さん達も居ますから」「分かってるって」エリオ、お前は良い子過ぎる。そのまま心置きなく真っ直ぐ育ってくれ。頼むからなのは達やツヴァイみたいにネジが一本外れた感じに成長するなよ。特にシンみたいにはなるなよ、絶対になるなよ!!とにかく問題は時間だ。今の俺は多忙過ぎて時間が無い。タイムイズマネーとはよく言ったもんだ。仕事のおかげで金ならいくらでもあるんだが。出来ることならその金で時間を買いたい。こうなったら仕方が無い。学校サボッて仕事行って、無理やり土日を空けるしかない。優先順位の違いだ。家族が一番大事。でも仕事も大事。だけど学校はぶっちゃけどうでもいい。俺に義務教育とか意味無いし。土日祝日は学生側にくれてやる。残りは仕事が無い平日に学校を休む他無い。(よし、サボろう。なのは達はともかく俺は進学するつもりなんざ更々無ぇ)こうして俺の出席日数はどんどん減っていくのであった。「バッドガイ、ソル=バッドガイ、また居ないのか? スクライア、バッドガイはどうした!?」「先生、ソルなら休みですよ」朝のホームルームにて、出席簿を片手にスーツ姿の担任教師に向かってユーノは例によって例の如くお決まりの台詞を返した。「あいつはまた何時ものサボリか。学園始まって以来の天才児だかなんだか知らんが素行は最低最悪だな。そこら辺に居る不良と何ら変わらん」「まあ、ソルにとっては学校の勉強なんてママゴト同然ですから。素行云々に関してはノーコメントで」愚痴る教師を尻目にユーノは嫌味ゼロで苦笑するが、嫌味が無いからこそ教師にとっては嫌味に聞こえる場合もある。しかし言い返せない。言い返しても相手がユーノでは意味が無い。それに加えてソルのクラスの授業を受け持った教師の大半は、ソルに叩きのめされている。勿論、授業内容やテストとかで。ソルは小学校の頃と同様に入学以来授業態度が底辺だった。彼の態度に腹を立てた教師が授業中にどんな無理難題を吹っかけても余裕綽々でこなし、逆に指摘され、問い詰められ、論破され、誰もがプライドごと踏み躙られたのは入学して間もない頃。一年生の一学期が終わる頃には既に、教師の中で自分からソルに関わろうとする者はほとんど居なかった。特に問題を起こすような生徒ではなかったので空気として扱うことが一番良いということに気付いたのであった。ただ、ソルが賞金稼ぎ活動を始めた時期から授業をサボリがちになり、先のように『不良』だの『素行が悪い』だの言われるようになってきたのである。今までの鬱憤を吐き出すように。別にそのこと対してユーノはいちいち腹を立てたりしない。ソルを第三者の視点で見れば不良にしか見えないのは確かで、素行も良くないのは事実だ。かと言って庇い立ても特にしない。ソルのことを碌に知りもしない連中の言うことなど所詮有象無象の戯言。耳を貸すだけ無駄だ、と。こういう考えをするようになった辺り、ユーノも相当ソルに染まっている。(学校サボる理由が皆に構ってやる時間を作る為、だもんなぁ……本格的に”お父さん”が板についてきたよね、ソル)最早出席するよりも欠席するのが多くなってきたソルをユーノは微笑ましく思うと、退屈な授業に耳を傾けるのであった。一方その頃。「ほ、本当に今日一日私に付き合ってくれるのか?」「さっきからそう言ってんだろ」「……すまなかったテスタロッサ。日曜日は譲ろう」グッと小さくガッツポーズして独り言を呟くシグナムが居た。そんなこんなな日々が続き――久しぶりに学校に行くと、生徒指導室に連行される破目に。授業は出なくていい、先生が他の先生に頼んで出席扱いにしてやる、だから先生の話を聞きなさい、とのことだ。授業も授業で面倒臭いが、こっちはもっと面倒臭そうだったので勘弁願いたかったが、此処で逃げればもっと面倒臭いことになるので諦めた。「なぁバッドガイ。お前が優秀な生徒だということは先生よく知ってる。けどな、最近のお前は流石に目に余るぞ」この中年の教師は比較的どの生徒からも慕われるタイプで、俺に対してもある程度理解ある態度を取っていた。珍しいことに他の教師と違って俺を空気として扱わず、一人の生徒として世話を焼いてくれている。なんでも若い頃は暴走族になってブイブイ言わせてたらしいので、不良というものに偏見が無いとか。「特に最近はあまり良い噂を聞かない」「ほう?」「なんでも学校をサボッて女遊びしているだとか、もう子どもが居るだとか」「……」俺は顔色一つ変えなかった。否定しても意味があるとは思えないし、聞こえは悪いが全部事実だからだ。「率直に聞こう、これは根も葉もない噂か? それとも事実か? 答えなさい」一度天井を仰いでから溜息を吐いて頭をポリポリかくと、俺は教師に向き直る。「まず一つ目、そもそも女遊びって言葉に語弊がある。相手は一緒に暮らしてる家族で、そいつと一緒に居る場面を見られただけだろ。二つ目、子どもつっても血が繋がってる訳じゃ無ぇ、ガキ共が勝手に俺を父親呼ばわりしてるだけだ。これで満足か?」「嘘じゃないだろうな?」「こんなのに嘘吐いてどうすんだよ。真偽を確かめたかったら親父とお袋に連絡でも何でも勝手にしやがれ」嘘は言ってない、嘘は。その後、とりあえず俺の答えに満足したのか教師は解放してくれたが、今更授業に出る気にもなれず、そのまま帰宅することにする。『面倒臭ぇから帰る』『了解』ユーノに念話だけ送ると、素っ気無い返事が返ってきた。何処にも寄らず真っ直ぐ帰路に着く。誰も居ない家の中、俺は碌に着替えもせずに居間のソファに寝っ転がった。今初めて、俺は二足の草鞋ってのが思っていたよりも大変だと実感している。此処最近はそれなりに忙しかった所為もあり、精神的に疲れていたのもあり、一度瞼を閉じると再び開くのが億劫だ。自分の部屋に行く気力も無ければ睡魔に抗う気力も無く、ゆっくりと意識を手放し、安息の時間を楽しむことにした。「ただいま」挨拶をしながら家の中に入るが、誰かの「おかえり」という言葉は返ってこなかった。きっと誰も居ないのだろう。そう結論付けると、今朝桃子から頼まれていた小物の雑貨用品を運ぶ為に居間へと向かう。「あ……」誰も居ない筈だと思ったそこには、ソファの上で制服を着たまま気持ち良さそうに寝ているソルが無防備な姿を晒していた。物音を立てないようにゆっくりと買い物袋をテーブルの上に置き、抜き足差し足で傍まで近寄る。スー、スー、と規則正しい寝息を立てるソルはしばらく起きる気配が無い。――疲れているんだ。あっちこっちの次元世界を行ったり来たり、現場で戦って、教導や発掘をして、毎日毎日忙しく飛び回って疲れない訳が無い。それでも彼は一切の弱音を吐かず、自分を含めた家族皆の面倒を見ている。何よりソルが学校をサボッてまで働いているのは、自分達との時間を作る為だ。彼がどれだけ自分達を大切に思ってくれているのか痛い程分かっているので、此処はそっとしておいてあげるのが一番良い。しかし――――トクンッ。彼の穏やかな寝顔が、普段の表情と比べてとてつもない程に可愛らしく見えたから、胸が高鳴ったのは仕方無いことだと思う。溢れる想いを抑え切れず、思わず彼の後頭部を両手で丁寧に起こさないように持ち上げると、その隙間に腰を下ろし、自身の膝の上に持っていた後頭部を置く。所謂、膝枕だ。きっと今の自分の顔はだらしなく緩んでいるに違いない。膝に感じる体温と重さが愛おしい。ソルの髪を手で梳き、額を撫でていると、ふと、あるものに気付く。普段は前髪に、ヘッドギアに隠れている為見ることは出来ないが今はその存在を曝け出している。それは古い傷跡のように薄っすらと残っている程度のもので遠目では視認出来ないが、これだけの至近距離だとその存在をはっきり確認出来た。五つの線――内三つが長く、残りの二つが極端に短い――で構成された刻印。ギアマーク。ソルをソル足らしめる存在。ギアである証。生体兵器の証明。彼にかけられた不老不死の呪い。彼が犯した罪の証拠。彼にとっては背負った業の証でしかない忌々しい烙印。だが、ソルには悪いが自分達にとってこの刻印はある種の絆である。ソルが不老不死のギアだからこそ自分達とこうして巡り会えた。こうして触れ合うことが出来るのだ。非常に不謹慎ではあるが、実は皆ほんの少しだけ”あの男”に感謝している。だから――「少しくらい……」ギアマークに感謝の印をつけても罰は当たらない……と思う。ソルが知ったら怒るかもしれないが。エンジンのように激しく動く自分の心臓の音を聞き流し、彼の額をロックオン。「……ん」感謝の印をつけてもソルは目覚めない。そのことに苦笑しつつ、ソルが起きるか、もしくは誰かが帰ってくるまでずっとこのままで居ることにした。唇に残った余韻に浸りながら。後書き最後の部分は、自分のお好きなキャラに当てはめて読んでください。男性キャラでも可(ウホッ)次はキャロ編、とか予告しておきながら今回は全然違う話でした。ごめんなさい。でも、原作の時系列を見てみると、順番的に次はティーダが殉職する時期なんです。キャロがル・ルシエを追放されるのはだいたいSTS本編が始まる三年~四年くらい前、つまり空港火災の後。意外に遅い。なのでティーダ編に入る前にちょっとワンクッション入れてみました。というのは嘘で、実はティーダ編を書こうとして展開に詰まったwww詰まったと言うより、ティーダを生存させるか、生存させても魔導師としての力を失ってしまうか、原作通り死ぬか(だったら書かないかもしんない?)、この三つの内のどれかにしようか迷ってしまって。生存の場合、どっちもプロット考えてるんですけどね、一応……皆さんはどれがいいと思いますか?どのルートでもティアナの今後に関わってきますので、安易に決められない。クイントも最後の最後まで死ぬか生き残るか悩みましたけど、こっちはもっと悩んでます。ファントムブレイザー!!