「今までお世話になりました」ヴィータは自分を取り囲むようにしている”元”同僚や”元”上司を相手に、その小さな身体を折り曲げて綺麗にお辞儀をした。「いやいや、こちらこそお世話になったよ。しかし今日でキミが居なくなると寂しくなるな」部隊長はそう言って笑い周りの者達にも「なぁ?」と促すと、皆が揃って頷く。いい年こいたオッサン達や若い男女の群れが一様に自分との別れを惜しんでくれていることに内心で感動しながら、ヴィータは部隊の仲間達一人ひとりに別れを告げた。「それにしてもキミが賞金稼ぎとはねぇ……どうして賞金稼ぎなんだい?」「賞金稼ぎをやるってのは半年くらい前から決めたことなんです……どうしても放って置けないバカが一人身内に居まして」仕事用の敬語を使いながら少し呆れたようにヴィータは進言する。「そのバカが賞金稼ぎとして活動し始めたのはいいんですけど、色々とそいつ無茶苦茶で、なんというか、上手く表現出来ないんですけどとにかく誰かが常に傍に居て手綱を握ってないとすぐに暴走するような奴でして」「へぇ~、それでその人をサポートするってことかい」「はい。アタシ一人って訳じゃ無くて、家族皆でですけど」「その人、管理局に入局しようとは思わないの?」「……いや、あの、入局するしない以前に性格が集団行動に全くと言っていい程向いていなくて。管理局が嫌いな訳でも認めてない訳でも無いんですけど本人曰く『性に合わん』とか、なんとか」苦笑いを浮かべ後頭部をポリポリとかく。「そういう訳なんでアタシらこれから賞金稼ぎとして、つーよりは何でも屋みたいなことしてると思うんで、もし縁があればまた会えると思ってます。そん時はよろしくお願いします」そう言って、ヴィータはもう一度深々と頭を下げたのであった。背徳の炎と魔法少女 空白期6 Bounty Huntersレストルームで退屈そうに雑談しているソルとザフィーラに急いで駆け寄る。「ワリィ、待たせた」管理局の制服に身を包んだソルと狼形態のザフィーラはヴィータを確認すると揃って「ああ」とだけ答えた。「何度見ても似合わねーな、お前のその姿」自販機にコインを投入し缶ジュースを買いながら冷やかすヴィータに対してソルは憮然と返す。「うるせぇな、似合ってねぇのは百も承知だ……仕方無ぇだろ、管理局内をうろつくのに普段着とかバリアジャケット姿じゃ目立つんだよ」「バリアジャケットは仕方が無いが、普段着は赤ずくめだから目立つのだろう?」「アタシもそう思う。お前って普通に突っ立ってるだけで目立つから今更気にするだけ無駄じゃね? その制服もわざわざエイミィに用意してもらう必要あったのか?」「だがな――」「別にいーじゃねーか。お前が、”ソル=バッドガイ”がハラオウン家お抱えの賞金稼ぎで、オーバーSランク魔導師の外部協力者ってのはもう半年前から知れ渡っちまってるんだからよ。いっそのことバリアジャケット姿で堂々と局内練り歩けば? 良い宣伝になるかもしれねー」「……」二の句を継げなくなるソルの隣に座り、ヴィータは二人と共に他の連中が来るのを待つことにした。戦闘機人事件から半年。管理局内にて”海”ではリンディから、”陸”ではナカジマ夫妻から、そして最後に聖王教会から外部協力者のような形を取って賞金稼ぎとしてソルが活動し始めて半年が経過したのである。流石に情報の流れを完璧にコントロールすることは叶わず、”ソル=バッドガイ”の名は少しずつ、確実に売れていく。今やソルは知る人ぞ知る次元を股に掛ける賞金稼ぎ。まだ知らない者も多々居るが、数年前の闇の書事件である程度知名度があるので時間の問題と言えた。ついでに戦い方とバリアジャケット姿に関して、実際にレティ・ロウラン提督から一発で”背徳の炎”だということを見破られていた。これ以上有名になるのを嫌ってか、ソルは管理局内を出入りする時はエイミィに用意してもらった制服を着てこっそりと契約相手(ハラオウン親子やナカジマ夫妻)に会っているつもりなのだが、一度現場で顔を合わせた人間にはバレバレである。閑話休題。今日でヴォルケンリッターの四人は無償奉仕の期間を終え、晴れて自由の身になった訳である。で、何故ソルが管理局に居るかというとただ単に仕事とかぶったついでに迎えもしてやろうという彼なりの気遣いだったりする。しばらくの間三人で今日の夕飯であるカレーについて語り合っていると、パタパタとシャマルが走ってきた。「ごめんなさーい、遅れちゃいましたー」「あとはシグナムだけか」シャマルが加わり四人でシグナムを待ちつつ、俺はシーフードカレーが食いたい、いや此処は我らの脱管理局を祝ってビーフカレーだ、アタシは食えれば何でもいいけど辛さは中辛な、えー私辛口がいいですー、となんとか雑談しながら要望を載せたメールを家に送った。二十分後。「遅ぇ……もうとっくに終わってる筈だよな?」待ち人が何時まで経っても来ないので流石に待つことにだれてきたのか、ソルがソファに身を沈めながら天井を仰ぐ。「おかしいですね、いい加減来てもおかしくないのに」頭の上にクエスチョンマークを浮かび上がらせながら、シャマルが首を傾げる。「送別会でもしているのでは?」「あー、あり得る」シグナムのことだ。お別れ会めいた模擬戦とか普通にやりそうだ。ザフィーラの疑問にヴィータが応じると、横で気だるそうにしていたソルが溜息を吐いて立ち上がった。「仕方無ぇ、とにもかくにも様子を見に行くか。此処で待ってても埒が開かねぇ」「え? 念話送るか電話すればいいじゃねーか」ソルはヴィータの言葉を最後まで聞かず、「面倒臭ぇ」とぼやきながら早足でさっさと行ってしまう。残された三人は顔を見合わせた後、ソルの後姿を眺めながらクスクスと笑うのだった。一方その頃。「シグナム姐さん、本当に管理局辞めちまうんですか?」「お前達が私との別れを惜しんでくれているのはよく分かっているが、すまんな」大方の予想通り模擬戦をしていたようで、誰もがバリアジャケット姿の中、先のヴィータのように部隊の仲間達に囲まれながらシグナムは何時もの凛とした佇まいで瞳に決意を宿らせ呟いた。「私に背を預けると言ってくれたソルの為に、私はこの剣を振るうと決めたのだ」レヴァンティンを掲げ、瞳を鋭く細める彼女の脳裏を過ぎるのはソルの不敵な笑み。男女問わず皆がシグナムの勇ましい姿に見惚れていると、一人の女性局員があることに疑問を思ったのか挙手をしてから口を開く。「あの~シグナムさん、ソルって誰ですか?」「私にとって大切な家族であり、仲間であり、友であり、目標だ」間を置かずに迷い無く答えると、更なる質問が飛んでくる。「もしかして彼氏ですか?」……………………………………………………………………………………ザ・○ールド、時よ止まれ!! と言わんばかりに周囲の時間が止まり、沈黙が訪れた。「……か、彼氏? そ、それはもしかしなくても恋人のことを言うのか!? わ、わた、私とソルが恋人関係……」やがて壊れかけているブリキ人形みたいな動きで再起動するようにシグナムは急に慌てふためき、しどろもどろの口調になり、終いには俯き黙りこくる。手にしたレヴァンティンがぶるぶる震え始めると、前髪から覗く頬が徐々に赤く染まっていく。「……シグナムさん?」「シグナム姐さん?」「は!?」我に返り顔を上げると、バタバタと手を振って誤魔化すように声を張り上げる。「勘違いするな!! べ、別にまだそこまで関係は進展していない!! アイツはそういう色恋沙汰にはストイックな面があってなかなか進展しないのも事実だが、何よりアイツは皆の共通財産という同盟間での約束事があってだな、勿論いずれは背だけではなく身も心も私に預けて欲しいと――」シグナムが盛大に自爆している傍で、「姐さんに……男だと?」とかなり凹んでいる男性局員がチラホラ居たとか居ないとか。「あいつはもうしばらく時間が掛かりそうだから放って置こう」訓練ルーム内で顔を真っ赤にしながら何やら喚いているシグナムとその同僚達を遠目に見つつ、ソルは踵を返す。「悪いがお前らは此処でシグナムのこと待っててやってくれ。俺は先にリンディとレティの所に顔出してグエェッ」「待てよ」三人にそう言って歩き出そうとしたところ、ポニーテールのような後髪をヴィータに背後から掴まれて動きを止める。その時にカエルが轢き殺されたような悲鳴が漏れたが誰も気にしなかった。「……いきなり何しやがる!?」「此処まで来たんだからちゃんと迎えに行ってやれよ」抗議の声を無視してヴィータがシグナム達を指差す。「いや、明らかに邪魔だろ」首を巡らせて背後のヴィータを窺うと、彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。「あそこにソルが乱入したら面白そうじゃん」「そう思ってんのはお前だけだ!! っていうか髪を離せ」「……スゲー、なんで男の癖してこんなにツヤツヤなんだ? 使ってるシャンプーは同じ筈なのに……皆がお前の髪触りたがる気持ちが分かった」「ギアだから身体が常に最適化されてるからだろ。分かったら髪を離せ」「ツヴァイは何時もだけど、はやてもなのはもフェイトもよくお前の髪引っ張って遊んでるよな」「どいつもこいつもことあるごとに俺の髪を玩具にして遊びやがって。この前なんてパソコンで作業してる間に気が付けばシャマルに三つ編みにされてて驚いたぜ……つーか髪を離せよ」「ソルが三つ編み? アハハハハハ、ダサ!!」「そんなことありません!! ただゴムで纏めるくらいなら三つ編みにして――」「髪をはな……もういい、好きにしろ」「何をやっているんだお前達は……」ギャーギャーとうるさくしていたら騒ぎを聞きつけたのか、すぐ傍まで来ていたシグナムが半眼になって睨んできた。「よっ、もーいいのかー?」「ああ。先に遅れると伝えるべきだったな、すまない」ようやくヴィータがソルの髪を離して問い掛けるとシグナムは首肯した。「そういえばシグナムってソルくんと似たような髪型よね」「いきなりシャマルは何を!? 別に、た、他意は無いぞ!!」それ以前に二人共出会う前から似たような髪型である。たまたま似たような髪型をしているだけで、どっちがどっちを真似た訳では無い。「嘘吐き。前にソルくんが髪切るって言った時何故か一人で反対してたじゃない。結局シグナムの要望が通って今のままだけど」「それは……」反論しようとして出来ないシグナムと勝ち誇るシャマルを尻目に、ソルはザフィーラとヴィータを連れてさっさとその場を黙って後にしようと試みる。周りからの眼が痛かったからである。特に男性からの視線が。自分達に集まる視線が語っている具体的な内容としては、なんだあの野郎、何処の所属だ? 俺達の姐さんと親しげにしやがって、ぶっ殺がす! おい、しかも隣に居るのは怪我した時に出会える白衣の女神シャマル先生じゃねぇか、両手に花だとあの野郎ぉぉぉぉっ!! なんて羨まけしからん!! 金ならいくらでも払うからそのポジション譲ってくれぇぇぇ!!!(……面倒事はご免だぜ)しかし、こっそりと身体の向きを変え一歩踏み出そうとした瞬間に二人が逃がすまいとソルの髪を掴む。「……なあ、流行ってんのか? 皆の間で俺の髪を掴むのが流行ってんのか?」ツヴァイには毎日のようにじゃれつかれて髪を引っ張られる。アインには犯罪者にトドメを差そうとして「その辺にしておけ」と引っ張られる。他の連中からも何かにつけて髪を引っ張られるのだ。自他共にスキンシップの一環だと分かっているし、何時ものことなので最早どうでもいいのだが。急に引っ張られるとちょっと驚くだけで別に痛くないから構わないが、男の髪なんて弄って何が楽しいんだろうか? 最近の女性陣の趣味嗜好についていけないソルだった。「特に理由は無いが、こうするとお前は動きを止めるからな」「なんとなく触りたくなるんです」「……そんなこったろうと思ってたぜ」掴んだ髪をそのまま弄り始めた二人を背後に感じて、彼は疲れたように溜息を吐いたのであった。「はぁぁぁぁぁぁ~、高ランク魔導師が一気に四人も辞めちゃうなんてあんまりよ~」テーブルに突っ伏して口から瘴気を発生させるレティ・ロウランは傍目から見れば、恋も仕事も上手くいかず失敗続きでネガティブになって自棄酒をした後に二日酔いを起こしたOLのようだった。「レティ提督にはこれまで大変お世話になりました。これからはお得意様としてよろしくお願いします」シグナムが代表して謝辞を述べてから商売人みたいなことを付け加えてレティに深々と頭を下げると、それに倣ってシャマルとヴィータとザフィーラが頭を下げる。「アインさんにも言ったけど、皆でしっかりとソルくんの手綱を握っておいてね。私達じゃまず不可能だから」「はい、当然です」リンディの嘆願に、シグナムはソルの髪を握る力を強めることで応じた。その横で「手綱……髪のことなのか?」とぶつぶつ呟くソル。「それと、なのはさん達はどうなるの?」「あいつらはまだガキだからダメだ」「でも、その内そうも言ってられないんじゃない?」「ちっ、んなことたぁ言われなくても分かってんだよ」茶化すような口調のリンディにソルはあからさまに眉を顰めて舌打ちをする。ヴォルケンリッターの四人がソルに協力するようになったことにより、三人娘が自分達もと思うようになるのは自明の理。一応条件を付けたが、あの三人なら難無く条件をクリアしそうで怖い。ソルの個人的な感情としては、自分のことを手伝ってくれるという気持ちは非常に嬉しい。だが、三人には普通に幸せを掴んで普通に暮らして欲しいとも思っているので家族としてはとても複雑だった。三人の意思は尊重したい。やりたいことをやらせてやりたい、しかし危険なことには巻き込みたくない。保護者として兄として板挟み状態なのだ。士郎や桃子と比べると、ソルはまだそういう部分が割り切れていない。「まあ、どうにかして諦めさせるさ」前髪をかき上げ難しい表情を作るソルに対して、ヴォルッケンリッターの四人とリンディは「絶対に無理だ」と口にしそうになったが心の中で留めておくことにした。「失礼します。陸上警備隊第108部隊所属、部隊長ゲンヤ・ナカジマ、入ります」「同じく陸上警備隊第108部隊所属、部隊長補佐クイント・ナカジマ、入ります」自動ドアが開くと同時に堅苦しい敬礼をしながら入室してくる二人の男女。「よう、わざわざこんな所まで来させて悪かったな」「おっ待たせー!! つい訓練に熱が入って遅れちゃったわー」「……何が”つい”だ。お前の所為で一時間近く遅刻しちまったじゃねぇか……」「だって久々に身体動かしたから嬉しくって」「はぁ」二人に向かってソルが声を掛けた瞬間、今の管理局員としての真面目な姿は何処へ行ったのやら、やたらと親しみ溢れる態度に変わったことに誰もが苦笑する。「身体の具合はどうだ? クイント」「もうバッチグーよ! 完全復活ね!! ソルには本当に感謝してるわ……今までみたいに最前線で戦えないのはちょっと残念だし不満だけど」グッ、と力強く親指を立てて豪語するクイントの背後からアイン、カリム、シャッハが続いて入室し、それぞれ名乗り挨拶した。「私が先程クイント女史の模擬戦相手を勤めたが、お前が懸念していた後遺症も特に見られない。もう心配は要らないだろう」「ソル様の応急処置が良かったおかげです」「しかも今日初めて手にしたデバイスを問題無く使いこなしていました」三人の言葉にソルは「そうか」と短く頷くだけで答える。戦闘機人事件にて死ぬ程の重傷を負ったクイントはつい先月無事退院。ソルの懸念事項が一つ潰えた訳だが、ゲンヤの口から事件後の捜査の杜撰さについて聞かされていた為、そこまで楽観視出来なかった。何故、地上本部で最もエース・ストライカー級が揃っていると言われていたゼスト隊が一人を除いて全員殉職したにも関わらず、徹底した捜査を行わないのか?この時点で誰もがただの違法研究事件ではない、この場に居る全員が話を聞いて断定した。何か裏がある。直感がそう告げている。そもそも不可解なことが多過ぎる。まるで魔導師を迎撃する為に施設内に備え付けられたAMF発生装置、AMFを保有している機械兵器、その機械兵器が以前ロストロギアを求めていたこと、未だに遺体が発見されないゼストとメガーヌ。――事件の黒幕は、まさか管理局内部に影響を及ぼすことが出来るのか?キナ臭いものと目に見えない陰謀めいたものを感じ取って、生き残ったクイントをそのまま地上本部に戻すことに気が引けたソルはあることを思いつく。クイントは唯一生き残ったが負傷したことにより魔導師としてはもう戦えない、そういう虚偽をすることに。早い段階でこのことをゲンヤに伝え入院期間をわざと延ばし、病院が聖王教会お抱えであったおかげで嘘の報告はそのまま通った。拍子抜けするぐらいにあっさりと。当の本人であるクイントは現場を引退ということになる。そのことに不満がある様子だったが、此処でソルがある提案を持ち掛けた。局で登録されたリボルバーナックルの代わりとなるデバイスを俺が用意する、だからリハビリが終わったら地上で俺が仕事をする時に手助けをして欲しい、お前だってこのままじゃ納まりがつかねぇだろ、と。クイントは表向き最前線からゲンヤのデスクワークの補佐という立場に異動。その身はいざという時に動いてもらう隠し玉だ。「よし、全員揃ったな……始めるぞ」ソルはリンディの執務室に集まった面子を一通り見渡す。アイン、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの八神家五人。”海”側のリンディ、レティの二人。”陸”側のゲンヤ、クイント。聖王教会のカリム、シャッハ。計十一名。当初はクロノとエイミィ、ヴェロッサも参加する予定ではあったが、此処に居ないのは単に時間が合わなかっただけだ。「まず、全ての発端はこいつだ」クイーンに命じて空間モニターを表示させると、白衣を着た長髪の男が映し出される。「名前はジェイル・スカリエッティ。こいつは俺のとの会話中、戦闘機人を自分の娘呼ばわりしていたことから製作者であることに間違い無い」続いて例の機械兵器が映ったも画像が表示された。その数は二枚、一枚は事件の際のもの、もう一枚はスクライアの仕事の時のもの。「次に、事件で出現したこの機械兵器が、以前俺達がスクライアの仕事を請け負った時に偶然眼にしたものと同タイプのものであるというのは知っての通りだな」改めて事実を確認するように見渡すと、皆が頷く。「つまりこいつは戦闘機人を製作するのと同時進行させて機械兵器を使ってロストロギアを求めている。ミッドで戦闘機人を、他の次元世界でロストロギアをといった風に。まあ、戦闘機人はミッドだけとは思えん……戦闘機人とロストロギアの関係性は現段階では不明、目的も不明……ただ、どれだけの危険性を孕んでいるのかくらい、言わなくても分かるな?」皆が一様に首肯するのを黙って見守ると、ソルは続けた。事件が起きたのは陸が管轄するミッドであっただけで、海も全く関係無いとは言えない。ロストロギアが他の次元世界で手に入れようとしている時点で海の管轄内だからだ。むしろ陸での事件は氷山の一角に過ぎず、管理局の監視が行き届き難い海だからこそ眼に見えない場所で違法研究が行われている可能性が非常に高い。海側がこの席に参加している理由がこれだ。「まず俺達の間で重要なのが情報の共有化。今後の方針としては海チームは海で、陸チームは陸で違法研究とロストロギアの二点に関して些細なことでも構わない、情報を集めて欲しい。だが、深入りはするなよ。そういう時は必ず俺を呼べ。ゼスト達の二の舞はご免だからな」「ソル様、我々聖王教会は如何致しましょう?」カリムの質問。「教会は海と陸のサポートに回って欲しい。特に陸の方はゼスト隊が壊滅したことによって事件の事後処理がなあなあになっちまってるし、何故か上から圧力が掛かってる所為でクイントとゲンヤはまともに動けない場合がある、特にクイントがな。そういう時にバレないように探ってくれ」「了解しました。それならばロッサが適任だと思いますので彼にやらせましょう」ソルの返事を聞いてカリムは一つ頷く。「なるべく教会の人間が、査察部の人間が動いているというのを周りに悟らせないように頼む。内部犯の可能性もあるからな」「ロッサには私からよく言い含めておきます」気合を込めて拳を作るシャッハを見て微妙な顔をしながらも、気を取り直して続けようとした時、クイントが不安げな眼で挙手をした。「ねぇソル……今、内部犯の可能性もあるって言ったでしょ?」「それが?」「レジアス・ゲイズ中将のこと……どう思う?」レジアス・ゲイズ。殉職したゼストの親友にして上司。クイントから聞いた話によると、戦闘機人や違法研究を捜査していたゼストに対して『お前にはもっと重要な案件がある』と言い、遠ざけようとしていた人物。ミッドチルダを守る為に地上本部の戦力増強に余念が無く、治安維持に努めているという。反面、陸から優秀な魔導師を引き抜いていく海が嫌いで、折り合いは悪く衝突が絶えないだとか。その名を聞いてソルの瞳が細くなり、剣呑な光を放ち始める。「俺もそれなりに調べてみたが、良い噂聞かねぇな、あの野郎」豪快、と言うよりも強引な印象がある政治手腕や、質量兵器を是としている点から批判も多いが結果を出しているのは事実であり、”平和の立役者”やら”地上の正義の守護者”とか呼ばれているのを思い出す。「やっぱり怪しいって思う? 隊が全滅したのも、その後の捜査が杜撰に見えるのも、全部レジアス中将の指示なのかな?」「怪しいことは怪しいが、俺は少し違うと思うぜ」「え?」戸惑いながらも頷くクイント。「考えてみろ。本局と比べて予算や戦力、優秀な魔導師の数が少ない地上本部が、首都防衛隊の中でもエース・ストライカー級が揃っている部隊を失ってまで戦闘機人にこだわるメリットはあるのか?」「あっ」「結果から見ればお前以外は皆殺しにされた訳だが、魔導師に対して戦闘機人の優位性を示す為に一つの部隊を壊滅させる必要なんて皆無、ナンセンスなんだよ。戦力として優劣を比べるんだったら他にいくらでもやりようがある筈だ」「……」「それにゼストとレジアスは個人的な友人関係でもあったんだろ? ダチを殺して、違法研究に手を染めてまで地上の平和が大事か? もしそうだってんならそんな平和はクソ食らえだ……何より死んだ連中が、ゼストが浮かばれねぇよ」不機嫌な声音で吐き捨てた後、ソルは気持ちを切り替える為に一度大きく溜息を吐く。先の言葉通り、ソルはレジアスのことを調べた。ゼストの直属の上司である以上調べない訳にはいかなかった。調べていく内に分かったことは、地上と本局の間にある深い溝と確執。海は取り扱う事件の規模の大きさ故にどうしても考え方が大局的なものになりがちで、陸で起きる事件に対して軽視しているような節がある。取り扱う事件の規模故に海は多くの予算と人材を確保する必要があり、それらを陸から吸い上げているような面も無きにしも非ずなので、両者の仲があまり良くないものだというのは納得せざるを得ない。そんな不遇な状態の陸で、レジアスは良くやっている方だとソルは純粋に思う。むしろ眼の前の事件を決して”小さな事件”と捉えず、必死に足掻く様は好感を覚える。基本的にソルは組織の考え方が気に入らない。組織というものが個を優先するということはまず無い。常に大局を見据え、必要最小限の犠牲で最大の成果を得る。それが組織として正しい在り方だ。そこに一個人の感情や意見は入らない。入ってはいけない。だからこそ”組織の人間”は個人的な感情で動かない。頭ではそれが正しいと分かっている、理解している。しかし、ソルは一個人として納得出来ないのだ。何かを、誰かを”必要な犠牲”と称して見過ごすことがどうしても出来ない。それがソルの最大の欠点であり、最大の美徳でもある。故に彼はかつて”木陰の君”を見逃し、何度も助け、カイや他の者達と同様に庇い続けた。そういう点は”こっち”に来てからでもあまり変わっておらず、PT事件の時のフェイトとアルフ、闇の書事件の時の八神家にもお節介を焼いた。ソルにとっては世界云々などよりも眼の前で苦しんでいるものを救うことの方が遥かに優先度が高く、世界なんてものは二の次ではっきり言ってしまえばどうでもいい。なので、多少強引に感じる政略的な手法でミッドの治安を必死になって維持し犯罪を減らそうとしている様は、ソルにとって悪くないものである。少ない犠牲すら許すことの出来ないレジアスだからこそ、地上の予算や人材の獲得、戦力強化を図ろうとしているのは理解出来る。確かに本局と比べれば地上は貧弱だから。かと言って、いくらなんでも戦力欲しさに違法研究に手を出すだろうか? 友人とその部下がそういうものを追っていると知っていて?実際に会って話した訳では無いのでなんとも言えないが、普通なら手を出そうとは思わないだろう。そんなことをすれば本末転倒、今まで何の為にやってきたんだと問い詰めたい。もしかすると、レジアスも何らかの圧力を掛けられているのではないか?それがレジアス個人に対するものなのか、地上本部上層部に向けられているのか知らないが。ゼストに対して戦闘機人の件から手を引けと言っていたのは、圧力に対するせめてもの抵抗では?……考え始めると泥沼だ。レジアスから黒い噂が出ているのは事実だが、ゼスト隊を邪魔者として消す理由がイマイチ理解出来ない。それに加えてクイントは事件から半年経ったってのに口封じされていない。事件の事後処理はお粗末そのもの。確証の無い噂は権力争いや派閥争いでよくある話ではあるが、火の無いところに煙は立たないと古来から言う。叩けば埃が出てくるかどうかは叩いてみるまで分からない。(まあ、今は様子見だな)トカゲの尻尾切り、という可能性も高いのであまり構っていられない。そう結論付けると、改めて皆に向き直った。「海チームは基本的に今までの仕事内容と変わらないが、違法研究に関しては最優先で俺達に情報をくれ。戦力が欲しければ俺達か教会に要請しろ、すぐに向かわせる」「ロストロギアに関しては?」レティの質問にソルはもう一つモニターを表示させる。「ロストロギアに関してはスクライア一族と連携して封印、回収に当たって欲しい。先方には既に話を通してある。無限書庫で働いているのもスクライア一族が大半だから、もし何か情報が欲しい場合はそっちを頼れ。こちらも同様にお前達を最優先にするように言ってある」スクライア一族の連絡先などのデータを閲覧しながら、リンディとは内心で舌を巻いていた。レティなんてヒュ~ッと口笛を吹くくらいだ。「次に戦闘機人だが、こればっかりは詳しく知らん。俺もクイントも実際にこの眼で見て戦った訳じゃ無いからな……次はAMFだが――」こうしてプレゼンのような形で始まった会議は一時間程続いた。「やはり問題はAMFだな」腕を組んで溜息を吐くソルに皆が賛同する。話し合った結果、最終的にAMFをどうにかしない限り魔導師では戦闘機人どころか機械兵器にすらまともに太刀打ち出来ないという話になった。「そういえばソルは私を助けてくれた時、どうやってAMFを克服したの?」「俺がAMFの処理能力限界を超える魔力量を保有していた、それだけだ」「そっか……って、どんだけ魔力持ってるのよ!!」クイントの叫びは実に最もな意見である。「俺のことより、AMF対策で誰か良い案はあるか?」「陸はこんな機械兵器が街中で大量に現れたらお手上げだ。ただでさえ海と比べて魔導師ランクの平均値が低い。AMF状況下で戦闘することなんてそもそも前提としてねぇ」ゲンヤの苦言を聞いてから首を海チームに向ける。「こっちも陸と同じようにAMF対策なんて碌にしてないわ」「もし対策を取れたとしても、AMF下で戦闘可能な魔導師を育成するにはコストと時間が掛かり過ぎる上、適性の問題もあるからあまり期待は出来ないわよ」レティとリンディはすなまそうに首を振った。「ちっ……質量兵器は当然ダメなんだろ?」舌打ちしながら問い掛けると、カリムが額に手を当て眼を瞑って答える。「はい、新暦以来質量兵器が原則禁止となりましたから、今は何もかもが純粋魔力頼りです」「ハッ、質量兵器は禁じられた技術ってか。魔導師じゃなくてもロケットランチャーがあればあの程度の装甲しかねぇ機械兵器なんざ楽に破壊出来るんだがな」魔法主義社会の弊害だな、と苛立たしげに吐き捨てた。ソルの故郷も法力が理論化された当時、科学技術は環境に悪影響を及ぼす旧世代の技術として世界的に保有することを禁止され、ブラックテックと呼ばれた。まあ、人々が知らないところで秘密裏に使われていたが、百年続いた聖戦のおかげでそのほとんどは失われたも同然である。武装科学皇国ツェップが失われた科学技術を取り戻そうと躍起になっているのは余談。「いや、これはもしかしたら今の社会に対する反逆か?」反逆? と皆が疑問に思う中、ソルは思ったことを言葉にする。「AMFがある限り魔導師の戦力は著しく減退する、そんな中で魔導師以上に働くことの出来る戦闘機人と機械兵器。魔法主義社会のこのご時世、まるで魔導師なんて要らねぇとでも言うように、な」沈黙が降り、誰もが黙りこくる。管理局で勤めているからこそ、魔法主義社会が持つ歪みを実感しているのだろう。魔法の適性が無ければ、どんなに努力しても戦場には出れない。適性があったとしても、余程の功績を挙げない限り才能が無ければ這い上がるのは難しい。逆に言えば、魔法の才能があればどんなに若くて子どもでも上に行くことが出来る。管理局内でのステータスは全て、魔導師として実力があるか無いか、これで大きく左右されるのだ。勿論、才能=実績ではないし、これが全てではない。実際に魔法の適性を持たないゲンヤやレジアスは高い地位に就いている。ソルが元居た世界でもこれは変わらない。合法非合法問わず、法力使いとして腕が良ければそれなりに給金の良い職種に就くことは出来た。世の中平等なんてものは存在しない。持っている者と持っていない者というのは必ず現れ、格差が生まれる。これは魔法に限った話ではない。どんなことにでも言えること。人は常に自分と他人を比べて見てしまう、優劣をつけたがる生き物だ。”力”ある者は無い者を見下す、無い者はある者を妬む。これはどうしようもないことだ。AMFはそんな格差社会である魔法主義に真っ向から挑戦状を叩き付けているようにも見える。「……まあ、個々人の練度を上げればなんとかならねぇ訳じゃ無ぇ。この話はまた今度だ」幸い、AMFは魔力の結合を分解するだけで、術式そのものをキャンセルするものではない。術式の構成そのものを阻害するタイプの法力――ジャミング――と比べればまだマシだ。「今日はこれで終いだ。これからは通信越しでのやり取りになる。定期連絡を忘れるなよ」こうして会議は終了することになった。『おめでとう!! 脱管理局!!!』という名目で始まったドンチャン騒ぎは翠屋で一次会を終え、地下室へと場所を移し二次会に突入した。そこまでは良かったのだが、一次会でアルコールを口にしていなかった者達が二次会で調子こいてそれを摂取してしまったことから事態は乱痴気騒ぎへと移行。羽目を外し過ぎて過激な行為に及ぶもの続出。酔った勢いに任せて過剰なスキンシップを求める者が次から次へと……途中で何の脈絡も無く糸が切れた人形のようにリタイヤする者がポツリポツリと出始めて、死屍累々となっていく地下室をソルは悟り切ったような眼で見ているしかなかった。「ソルの背中は~、私が、守る、ぞ~」うわ言のような口調で紡がれた言葉とは裏腹に、強力なツインバーストでソルの背中を攻め立てるシグナムは、妖怪子泣き爺のように背中に張り付いたまま体重を掛けてきて離れようとしない。もう意識があるのか無いのかすら判別出来ない。他の連中も似たり寄ったりで、投げ出した両足は完全に拘束され、動かせない。しかも、夕飯がカレーだったのでカレー臭がする。おまけに酒臭い。地下室は散らかり放題。あっちこっちにゴミやら空き瓶やら空き缶やらが散乱している。色々と酷い。泣きたくなってきた。「酒を飲むなとは言わねぇ……だがな、呑まれてんじゃねぇよ……」そうだ、禁酒令を出そう、その為には俺も当分禁酒しよう、と心の中で誓うソルだった。とある某所にて。「ハハハハハハ、アーッハハハハハハハハハハハハ!!!」一人狂ったように笑い続ける白衣の男。その名をジェイル・スカリエッティと言う。「……またドクターは発作を起こしているのか」三番目が疲れたように額に手を当て溜息を吐く。部屋に入室してきた彼の娘達は何時ものことだと分かっていながら、生みの親のあまりにも鬱陶し過ぎる発作にいい加減辟易していた。「やあっ! 皆揃ったね、ドゥーエからの報告を聞いたかい!? ついに彼が、”背徳の炎”が、”ソル=バッドガイ”が動き始めたことを!!!」大画面の空間モニターを背に両手を広げるジェイルは、狂喜しているような笑みをその貌に張り付かせて声高々に叫ぶ。映し出されているのは全身を赤く輝かせ、紅蓮の炎を身に纏い、機械兵器を次々と蒸発させているソルの姿。「ククク、彼は実に素晴らしい。まさか闇の書事件で一時期有名になった魔導師”ソル=バッドガイ”が”背徳の炎”と同一人物だったなんて思いもしなかった」「あのドクター、その話、もう三十回目です」五番が呆れたように進言したが聞いていない。「恐らく、いや、確実に彼はPT事件にも関わっている筈だ!! 公式の記録には残っていないが闇の書事件が発生したのと同じ管理外世界で、半年前に起きたPT事件に彼程の魔導師が関わっていない訳が無い!!」「ですから随分前から何度も――」「プレシアと相対した時彼は一体どんな心境だったのかな? モニター越しに私を見る彼の眼が憎悪に塗れているところからして……フフフフフ」「……」どうやら止めるのは無理と諦めたらしい。「彼を見たまえ! スキャナを通して見れば驚愕すべきことに全身のありとあらゆる細胞が活性化し、リンカーコアと全く同じ、否、それ以上の役目を果たしている!! こんなことは人間では決してあり得ない!!!」「つまり人間じゃないと?」続きを促さないと終わらないのでさっさと続きを促す。「そうだよチンク、彼の憎悪の理由が判明したのと同時に分かったことさ。彼が違法研究を憎む最大の理由は自身もその犠牲者であるからだ!!」モニターに映るソルの眼は真紅に輝きながら殺気を放っていた。画面越しなのに、過去の映像なのに殺意を間近で感じるのだ。その姿を何度も眼にしたとはいえ、あまり気分が良いものではない。「彼を作った人物は私など足元にも及ばない程の天才だろう。画像を見る限りAMF下で、これ程莫大な”力”を継続的に使用しているというのに非常に安定している……非の打ち所が全く無いんだ。今製作中のレリックウェポンなんて彼と比べることすらおこがましい」上には上が居るものだね、と自嘲するようにスカリエッティは笑う。「だが私は諦めない、どれだけ時間が掛かっても何時か必ず、私はこの手で彼を超える存在を作ってみせる」大きく息を吸うと、天才狂科学者は高らかに声を張り上げた。「彼こそが、人型生体兵器の究極形にして、私の理想像だ!!!」