薄暗い施設内に侵入した瞬間、違和感を感じると同時に発動していた飛行魔法の出力が急激に落ちた。「この感覚……AMFか」かつてユーノとザフィーラとの三人でスクライアの仕事を請けたあの日、機械兵器と魔法生物の戦闘を見物していた時に感じたものと同じだ。しかもかなり濃度が高い。以前見た機械兵器の群れとは比べ物にならないくらいに。魔導師であればこの環境下では大幅に戦力を削られる筈。焦燥感に拍車が掛かる。嫌な予感が的中してしまったことに眉を顰め胸中で舌打ちをし、俺は飛行魔法を止めると乾いた音を立てて床に着地、そのまま自身の足で走り始めた。建築物の中でならこの方が圧倒的に速いし小回りが利く。「クイーン、探せるか?」<このAMF下では制御が難しい魔法と法力の複合魔法は使用出来ません。法力のみでの探索を推奨します>やはりこの状況下で魔法を使うのは難しい。使えないこともないが眼に見えて出力が落ちる上、制御がより困難になる。補助専門デバイスにして半神器であるクイーンでも流石に不可能か。法力で探すよりも魔法や複合魔法で探した方が絶対に早いのだが、無い物ねだりをしている場合ではない。これだけAMFが強いとサーチャーもダメだろう。一応やるだけやってみるが、俺の傍から離れてしまう魔法は使えないと割り切った方が良いかもしれん。「分かった。魔法はバリアジャケットのみで構わん。残りのリソースを全て法力に費やせ」<了解>確かに魔法は使い難いが、”事象”を顕現する法力を使用するのであれば問題は無い。法力が行使されることによって引き起こされる結果は、法力使いの意思でこの世に顕れる現象だ。最初から最後まで魔力で運用される魔法と違い、発動した後はあくまで”自然現象”である。これが魔法と法力を分かつ大きな差。例えば、魔法は純粋な魔力として運用出来るからこそ非殺傷設定という相手を無傷で無力化する利便性を持つが、法力にそんなものは無い。炎に炙られれば熱される。雷に打たれれば焦げる。この当たり前の自然現象を人為的に起こしているだけに過ぎないのだから。流石に原動力となる魔力はAMF下に居れば嫌でも勝手に消費されてしまうが、法力のみを問題無く行使可能ならば俺にとっては大した問題では無い。勝手に消費されるのなら、それを上回る量を生み出して魔力が常に潤沢な状態を保てば良いだけのこと。「ドラゴンインストーォォォォルッ!!!」<Ignition>疾走しながら雄叫びを上げると全身を炎が包み、次の瞬間にはバリアジャケットのデザインが変更される。聖騎士団の制服から袖無しの黒いタンクトップとなった為二の腕が外気に晒され、その上に襟が赤いジャケットを羽織る出で立ちに。肉体を構成するギア細胞一つ一つが活性化し、赤く輝く。封炎剣の鍔のギミック部分が華開くように展開する。「行くか」地下へと続く作りになっている為、こじんまりした外観に反して想像以上に施設の内部は広く、深い。更に速度を上げて走り続けていると、視界の先で大量に動くものを捉えた。あれは遺跡で見た機械兵器と同タイプのもの。どうしてこんな所に?此処は戦闘機人のプラントの筈。機械兵器がこの場に存在する理由が分からない。もしかして、戦闘機人と何らかの繋がりがあるのか?ならロストロギアも? 機械兵器はロストロギアを狙っていた筈だ。少なくともあの遺跡で見たものはそうだった。高速で機械兵器に接近しながら思考を巡らしつつ、封炎剣に炎を纏わせる。俺を敵と見なして迎撃態勢を整えようとしているが、そんな間など与えず一気間合いに踏み込むと、封炎剣を振り下ろす。「オラァァァァァッ!!!」爆発と閃光、灼熱と衝撃が生まれ、それらに飲み込まれた機械兵器が数体粉微塵になって消し飛んだのを確認すると、続け様に剣を横薙ぎに振るう。長大な炎の剣となりリーチが異常なまでに延長された封炎剣が機械兵器の群れを横一文字に焼き斬る。それでもまだ後方には十数体と控えが居り、追加されるようにしてわらわらと何処からともなく集まって来やがった。雑魚の癖して次から次へと、面倒臭ぇ……!!!視界を覆い尽くす程の機械兵器の群れに、クイントの安否が心配で焦っている俺は容易くキレた。そこを、どきやがれ!!!「タイランレイィィィィブッ!!!」逆手に持った封炎剣を両手で眼前に構え、振り上げた。同時に、通路を埋め尽くす巨大な爆炎の渦が発生し、全てを食らいながら突き進み、大爆発を引き起こす。熱によって視界が歪む中、そんなものにイチイチ構って居られず俺は走り出した。後方から追ってくる機械兵器共の足音を置き去りにして。「何処だ? クイントは何処に居る? ……っ!?」不安を押し殺しながら先へ進むと、管理局員らしい数人の男が倒れているのを発見。「おい、生きてるか!?」駆け寄って抱き起こすが、既に全員が事切れていた。どの遺体も血塗れで、鋭くて重い刃物に貫かれたような傷跡がある。恐らく魔法が碌に使えないこの状況下で先の機械兵器に襲われたんだろう。「……クソが」奥歯が砕ける程歯を食いしばると、遺体をなるべく優しく、静かに横たえる。どうしてもクイントが死んでしまった管理局員達に重なってしまう。他の連中も、ゼストやメガーヌもそうなんだろうか?一度しか会ったことがなく、親しい間柄ではないとはいえ、助けない訳にはいかない。(無事で居ろよ……)絶望的な心境の中、最悪の結果を振り払うように俺はその場を後にした。その時――<捜索している個体を発見しました>待ちに待っていたクイーンからの報告に俺は足を止める。<現在位置から前方に約五十メートル、更にその地点から真下へ二十五メートル降りた場所に身体的特長がクイント・ナカジマと99,9%の割合で合致する生物が存在します>「そいつのバイタルは!?」<危険域です。致命傷を負った可能性が高いと思われます。すぐに治癒を施さなければ命に関わります>俺は最後まで聞かず、クイーンの指示にあった場所まで急ぐと、右の拳に魔力を込めた。もう此処からまともに向かって間に合う距離じゃない。だが、直線距離なら経ったの二十五メートル。事態は一刻を争う。無駄なことをしている暇は無い。床をふち抜けばまだ間に合うかもしれん。「てぇやぁぁぁぁぁっ!!」炎を纏った拳を床に叩きつける。爆音と共に炎が爆裂し、施設全体が震え、床が粉々に砕け崩落した。落下しながら、今度は封炎剣を持った左の拳を振り上げ、着地と同時に振り下ろす。一発目と同様に床を破壊して突き進む。次も、その次も、交互に拳を振り下ろし、床を粉砕して下へ降りる。<残り五メートル>「これでラストォォォォッ!!!」声と共に空中で態勢を整え、足先を下に向け炎を纏わせると、獲物を定めた猛禽の如き勢いで降下し全力で床を蹴り砕いた。背徳の炎と魔法少女 空白期4 Ignition鮮血によってバリアジャケットが斑に染まったクイントを抱きかかえると、俺はその場を離脱する。出血が酷い。傷もかなりの致命傷だ。意識も無い。鼓動も弱い。すぐに輸血と治療をしないとこのままではそれ程時間も経たず本当に死ぬ。一瞬、他の管理局員達も助けなければという考えが脳裏を過ぎったが、危篤状態のクイントを応急措置だけ施してこんな所に放置する訳にもいかない。俺にとって優先すべきことはクイントを死なせないこと……それ以外は、後回しだ。今日程一人でベルカ自治領に来たことを呪った日は無いだろう。歯噛みしながら腸が煮え繰り返ってくるのを実感した。「クイーン!!」<了解>転移法術が発動し、”ゲート”が出来たのを確認すると一目散に駆け込んだ。”ゲート”を潜り抜けるとそこは施設の外。此処なら魔法を使うことが出来る。転送魔法を発動させベルカ自治領へと戻り、念話でカリムとシャッハを叩き起こし事情を説明しながらクイントに治癒を施した。やがてカリムとシャッハが血相変えてやって来て、それ程間を置かず聖王教会付属の医療院の車――所謂救急車――がやって来る。「応急措置はやるだけやっておいた、問題は血が足りてねぇことだ、すぐに輸血の準備を」事前に話を聞いていただけに医療院のスタッフ達は俺の後を引き継ぐと、キビキビとした動きで作業を開始する。「ソル様、そのお姿は一体!? というか、この方はどなたでしょうか?」「話すと長い、後にしろ」訝し気なカリムを黙らせると、点滴を施されたクイントの身体を再び抱え上げ、救急車の中へと運んだ。クイントを横たえると――「ソ……ル……」意識を取り戻したのか薄っすらと瞼を開き、クイントが蚊の鳴くような弱々しい声で俺の名を呼んだ。「安心しろ、お前は死なせねぇ」内心で持ち直してきたことに安堵し、安心させるように手を握り締める。「お前は生きてる、だから――」「おね……が……い」「?」俺の励ましの言葉を遮って、クイントは唇を震わせながら必死に何か言葉を紡ごうとしていた。「何だ?」この状態で喋るのは身体に害があるとしか思えないが、そのあまりの必死さに負け俺はクイントの口元に耳を近付かせて意識を集中させる。「たす、けて……メ、ガ……ヌと……ゼス、ト、たい……ちょ……お、ね……がい」メガーヌとゼストを助けて欲しい、クイントはそう言っているのだ。「分かった、俺が必ずメガーヌとゼストの二人を助けてやる。だから、もう喋るな」出来る限り優しい声音でそう言うと、安心したのか眼を瞑る。「ありが……と」そのままクイントは再び意識を失う。握っていたクイントの手を離すと俺は救急車を降り、医療院のスタッフに後を任せることにした。(死ぬんじゃねぇぞ)走り去る救急車に背を向け、俺は一歩踏み出すと転送魔法を発動させる。視界の中でカリムとシャッハが慌てたように何がどうなっているのか説明を求めるようなことを言っていたが、既に俺の耳には入っていなかった。先の施設に舞い戻ってくると、俺は生存者が居ないか捜索を開始する。先程よりも奥へ、もっと下へ、施設内を駆け巡った。探す、探す、ひたすら探す。しかし、人っ子一人見つけられないどころか、あれ程鬱陶しかった機械兵器が一体も襲い掛かってこない。見つけることが出来たのは哀れな管理局員達の亡骸。ゼスト隊の者達だろう。(どういうことだ?)まるで狐か狸に化かされているような気分に陥りながらも足を前に進め、誰か居ないか探し回る。やがて、激しい戦闘が繰り広げられた跡のようなものを発見した。爆発か何かによって抉られた床、壁に出来ている焦げ痕、粉々に砕け散ったデバイスの部品と思わしき金属片。そして夥しい量の血痕。間違い無く致死量だ。乾き始めていたので、床に血が付着してからそれなりに時間が経っているのだと容易に推測出来た。此処で戦闘が行われ、誰かが死んだのは確実である。ならばどうして死体が無い? クイントを探している途中に何度か管理局員の遺体は発見したというのに。死んだのは管理局員ではないのだろうか?今は考えることよりも他に生存者が居ないか、メガーヌとゼストを見つけることが先決だ。頭を切り替え再び走り出そうとした直後、突如として目前に空間モニターが現れた。『何かを必死に探し回っているみたいだけど無駄に終わるよ。”背徳の炎”』モニターに映し出されたのは、濃紺の長い髪と金の瞳を持つ白衣姿の若い男。ニヤニヤと人を食ったような嫌らしい笑みを浮かべ、俺をまるで観察するかのようにジロジロと無遠慮に眺める。『それにしても意外だよ、まさか首都防衛隊にキミと繋がりを持つ人物が居たとはね。当時あれだけ管理局と関わらないようにしていたのはフェイクで、実は裏で繋がっていたのかな』「……誰だテメェ?」このタイミングで現れたことと言葉の内容からして、この男は十中八九敵だろう。警戒心を最大にし、身体を緊張させる。だいたい何故俺の二つ名を知っている? こいつは数年前に俺がミッドやその周辺の管理世界で暴れたことを覚えてやがるのか? 確かに噂を耳にしてから俺のバリアジャケットと戦闘スタイルを眼にすれば一発で分かるが、もうとっくに風化した噂だと思っていた。『私としたことが、キミをこの眼で見ることが出来た嬉しさのあまりについ自己紹介すら忘れてしまったようだね。すまない、私はジェイル・スカリエッティという者だ』本当はこんな映像越しではなく実際に会いたかったのだが今回はこれで我慢しよう、スカリエッティと名乗った科学者風の男は唇を歪めると嗤う。(気に入らねぇな)第一印象は最悪だった。だというのに、何処か酷く懐かしい。久しぶりに大嫌いな野郎に出くわしたような気分。いや、それだけじゃない。これは、昔の俺と同じ匂い?試験管の中身を観察するような視線が癇に障る。『撤収は終えたのでその施設はもう既にもぬけの殻さ』「メガーヌとゼストはどうした?」獣の唸り声のようなものが喉から漏れる。だが、スカリエッティという男は見る者に不快感を与える笑みを絶やさず俺の質問を無視する。『そんなことよりも聞かせて欲しい。キミは一体何者だい?』「……」すっかり忘れていたが、今の俺はドラゴンインストール状態だ。ギア細胞が活性化しているおかげで全身から赤い魔力光が放たれている。薄暗闇の中、光り輝く俺は馬鹿みたいに目立つだろう。『私としては興味が尽きないよ。キミがその状態になってから放出される魔力光といい、AMFの中でも全く減退する様子を見せない魔力反応といい、エネルギー結晶体のロストロギアに似た未知のエネルギー反応といい、不思議なことだらけだ!!』喋っている間に興奮してきたのか、瞳に狂気を宿らせて早口になってくる。『知りたい、解明したい。キミが一体何者なのか、キミの遺伝子がどのような構造をしているのか、何故ロストロギアのような反応が検出されるのか、私はこの手でキミの身体を解明してみたい』「だったらコソコソしてねぇで来い、教えてやるよ……代償は貴様の命だ」『いくら私の娘達が先程オーバーSランクの騎士を相手にその実力を証明して見せたとは言え、キミ相手に現段階の戦闘機人が通用するとは思えない。立場上、分の悪い賭けには乗ることが出来ないんだ、すまないね』全く悪びれた様子も無く、むしろ悦に浸るような口調で男は言葉を紡ぐ。俺は無残な戦闘の痕を一瞥する。騎士、娘達、戦闘機人という単語で導き出された答えはとても分かりやすかった。こいつが作った戦闘機人によってゼストやメガーヌ、隊の連中が殺された。たった一人、俺が助けたクイントを除いて。そして理解した。こいつは昔の俺と同じだ。情熱の全てをギア計画に注いでいた昔の俺にそっくりなのだ。形は違うが、生命操作技術に手を掛けているという点では俺と何一つ変わらない。――道理で眼つきが気に入らない、ムカつく、懐かしい……今すぐにでも殺してやりたい。『私個人としてはもっとキミと話をしていたいが、こちらとしても事情があって時間が押している。また何時か何処かで会おう、”背徳の炎”』施設内のAMFは切っておくよ、私達にはもう意味が無いからね、馴れ馴れしい感じでそう言ってモニターは現れた時と同じように唐突に消える。奴の捨て台詞が証明されたことをクイーンが報告してくるが、最早俺にはどうでも良かった。クイントにゼストとメガーヌを頼まれたってのに、二人は死んだ。俺は二人と親しかった訳じゃ無い、一度顔を合わせた程度。他の連中なんて名前どころか顔すら知らない。だが……何もかもが遅過ぎた。あの時、クイントからこの施設の話を聞いた時、俺が行動していればこんなことにはならなかったかもしれない。ゼスト隊の連中は死ななかった。圧し掛かるような無力感と敗北感、身を焼くような屈辱感が俺を蝕む。俺は神じゃない。全てを救うことなどハナッから無理だというのは聖戦時代から何百回も思い知らされている。そこまで傲慢じゃない。俺一人に出来ることなど痛い程理解している。所詮俺は大いなる海と比べてしまえば、一滴の水に過ぎない。どんなにたくさんの砂をかき集めても、掬うこと――救うこと――が出来るのは文字通り一握りだけ。こんな経験をするのは、こんな自虐的なことを考えるのは一度や二度じゃない。かと言って慣れたという訳でも無い、慣れたいとも思わない。それでも、俺は――「……クソ、クソッ……クソがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」全てが終わってしまったそこで、俺はあらん限りの力を振り絞って咆えた。