古代遺跡に住み着いてしまった魔法生物の露払いをスクライアに依頼され、俺はユーノとザフィーラの三人で現場へと赴いた。ちなみに女性陣は居ない。なのはとフェイトとはやては以前からすずかとアリサの女友達で出掛ける約束をしていたのでそっちへ。ヴィータは管理局へ休日出勤。アルフは翠屋で仕事。シグナム、アイン、シャマルの三人は聖王教会へ教導。ツヴァイもそれにくっついて行った。一部俺達について来たがっていたが、かと言って約束や仕事をほっぽり出す訳にもいかず、渋々諦めることになったのである。ツヴァイは居ると仕事に支障が出る気がするので無理やりアインにお守りを任せたがな。つまり、野郎三人のみ。現在俺達は海の底に存在する遺跡の中だ。遺跡がまだ健在だった大昔はちゃんと陸の上に存在していたようだが、文明が滅んで何百年、何千年という時を経て今では海の底である。海底神殿。ロマンを醸し出す音の響きに、俺達三人は当日、意気揚々と遺跡に潜り込んだのだった。だったのだが――「ソル、あっちにも死体があったよ!!」「こっちもだ」俺達が始末する筈だった魔法生物、その死体が遺跡の入り口から進めば進む程、あちらこちらに存在しているのである。片膝をつき、茶色いキチン質に似た外骨格と甲羅を持つ大の大人よりも二回り程大きい蟹のような魔法生物の死体を検分しながら、俺は思考を巡らせた。どういうことだ?この遺跡をスクライアが眼を付けたのはだいたい一週間程前。しかし、いざ入ってみるとそこは甲殻類の巣窟。おまけに魔法生物というだけあって、身の危険を感じると簡単な魔法を使う。一匹二匹なら実力など高が知れているが、蟹の癖して群れというものを形成して繁栄してきた種族なのか大群で襲い掛かってくるとかで、数の暴力を前にして敗走するしか無かったらしい。一度退却し、態勢を立て直して再びチャレンジするも、沸いてくる蟹が遺跡内に溢れるだけでどうしようも無かったという。で、そこで俺達に駆除してくれという依頼がやってきた訳だ。だが、現場に着いて待っていたのは蟹の死体の山。訳が分からない。この世界は随分昔に文明が滅び、陸地の九割以上が海に沈んでいる。その所為で今までみたいに居住区そのものをそっくりそのまま持ってくる訳にはいかず、スクライアの調査団も遺跡近辺に長く留まっていられない。蟹の群れもあるが、調査がなかなか進まない要因の一つはこれだ。此処に来る前に族長が「何時か必ず船を買う!!」とか言っていたのを思い出す。「スクライアの調査団が退却し、それから俺達が此処に来るまで僅か数日の間……その間に俺達以外の誰かが侵入した?」「俺もその線が妥当だと思うぞ」俺の独り言に狼形態のザフィーラが頷く。「でも一体誰が?」ユーノが死体を踏まないように足元に気を付けながら駆け寄ってくる。「こんな辺鄙な場所にわざわざ来るんだ。スクライアと同じ穴のムジナか盗掘犯じゃねぇのか?」「盗掘……あり得ない話では無いな。この遺跡に眠るロストロギアをブラックマーケットに売り捌けばそれなりの金になるだろう」なんでもこの遺跡は古代文明の中枢を担っていたとかで、かなり重要なものだと聞いた。なんでも天候を制御して人々の生活を支えていたらしい。とは言え、天候を操るということはまさに神の業と言っても過言ではなく、それを巡って人間同士で醜い争いが生まれ、事態は坂を転がるように悪化しついには戦争へと勃発。終いには天候制御システムが暴走して世界が崩壊。人々に繁栄をもたらしていた存在がその手で人類を滅ぼすとは、全く以って皮肉な話だ。人故に愚かなのか、愚か故に人なのか。この世界でかつて覇を唱えていた人間は一人残らず滅んだが、それでも残った遺跡こそが今俺達が居る場所であり、問題の天候制御システムだ。管理局から見たらロストロギアであることに違いは無く、さっさと封印するか厳重に保管するかしないといけないとかで、そのお鉢が何年も前にスクライアに回ってきたらしい。つっても遺跡のほとんどが大昔に海の底だ。しかも詳しい文献も碌に残っていなければ記録も無いに等しい。歴史から消え、世界からも忘れ去られた存在が今まで明るみになることは無く、半ば見つけるのは不可能と決め付けられ放置され続けていた。そんな時、闇の書事件以来管理局の無限書庫で働いていたスクライアの一部の人間がたまたま文献を発見したらしく、その情報を元にスクライア一族内で調査団が編成され、運良く遺跡を見つけ出すことに成功した。と思ったら蟹の襲撃に遭って、なんとかしてくれあの甲殻類ということで俺達に仕事が回ってきた訳だ。情報ってのは漏れるもんだ。そんなことはあり得ない、という考えは捨てた方が良い。むしろ、あり得ないことが跋扈するのが世の中だ。常に最悪を想定して行動する。そうすれば現実はその斜め四十五度上を行くから精神的にショックを受けないで済む。たぶん。「ってことは、この遺跡に僕達以外の誰かが……」「ああ。もし盗掘犯だったなら、最悪戦闘になるかもしれねぇな」改めて死体を一つ一つ注意して観察しながらユーノに応じた。硬くて重い刃物で貫かれたような痕が堅牢な甲殻に刻まれている。近接武器の類だろうか?死体の損傷もそれ程時間が経っていない。精々数時間程度か。「とりあえずこれまで以上に慎重に進むぜ。俺が先頭、次がユーノ、殿がザフィーラだ」「了解」「心得た」立ち上がり指示を出すと、奥へと歩を進めた。背徳の炎と魔法少女 空白期1 歯車は静かに、ゆっくりと廻り始めた「奥に進めば進む程死体だらけになってやがる」蟹の死体が足の踏み場も無い程広がる道を歩きながら、俺はいい加減辟易して吐き捨てた。しかも蟹だけあって生臭い。鼻腔を通る空気に不快感を覚える。ザフィーラなんて狼から人間の姿になって鼻をつまんで歩いていた。そんな道程を三十分以上続けていれば誰だって文句を言いたくなる筈だ。薄暗い空間内で視界に映るのは蟹の死体の山だけ。虚ろな眼が俺達を見つめているような気がする上、さっきからそんなものばかり見続けている所為か、どうにも気分まで滅入ってくる。「ん?」遺跡を出たら絶対に生臭さが身体に染み付いているから風呂にすぐに入ろう、そう思って歩いていた視線の先に違和感を覚えたので足を止め注視する。いかにも甲殻類らしい甲羅の中で、一際場違いな金属らしきものを発見したのだ。俺は慎重に近寄ってから観察してみた。「これは……機械?」それは中途半端に破壊された機械と呼ぶよりも、ロボットと呼んだ方がいいかもしれない。青く塗装された金属の表面は明らかに自然界で発生し得ない滑らかさを備えており、人間の手によって加工された代物だと分かる。奇しくも哀れな死骸となっている蟹に少し似た、多脚生物のようなフォルムをしていて、鋭い足を持っていた。関節からは細いチューブやら金属片やらが飛び出し、胸から腹かどちらか判別つかないがそれらしき部分に大穴が開いている。そこからパソコンの部品のような物が露出していた。完全に機能を停止しているのか微動だにしない。眼を細め、残骸となったその足を睨む。この足を使えば、死んだ蟹に刻まれた傷跡と同じようなものが出来るのではないか。俺達より先に侵入していたのは、このロボット?疑問を胸に抱えながら更に進み、予想が確信へと変わる。ロボットの残骸を数体、ポツリ、ポツリと行く先々で道標のように見つけたのだ。どれもこれも先と同じタイプのものだ。「クイーン」<了解>デバイスに策敵させると、案の定、俺達の目的地である遺跡の最奥付近に複数の、しかも二種類の動体反応がある。一方の動き方はまるで大量の”蟹”だ。残るもう一方は統制された群れのような動きではあるが、何処か機械的で効率的かと問われれば否と答えるような”魔導師の動き”としてはお粗末過ぎた。(考えるまでも無ぇな)俺達以外の侵入者の存在は知ることが出来たのだが、では一体何故この機械共はこんな遺跡に来て、蟹と死闘を演じているのだろうか?機械が存在しているということは、それを作った奴が居るということである。此処には何がある?かつて天候を操り人々の豊かな暮らしを支えていた天候制御システム。暴走して世界を破滅に追いやり、その後陸地の九割以上を海の底に自らと共に沈めたロストロギア。この機械の製作者は、それが狙いか?今此処で考えても仕方が無い。この眼で確かめる為に足を速めた。「それにしてもこの遺跡は広いな」鼻をつまんでいる所為でくぐもった声を出すザフィーラの言葉に俺は苦笑する。「一つの惑星の天候を弄くる施設だ。街の一つや二つくらいの規模があってもおかしくねぇ」「でもさ、此処に住んでる蟹って何を食べて生きてるんだろ? 餌になるような生き物なんて居ないよね?」随分前から疑問に思っていたのか、ユーノが走る速度を少し上げ、俺の隣に並ぶ。「あんなに大量の蟹が生存してるのに、餌になりそうな生き物をさっきから一回も見てない。これじゃ食物連鎖が成り立たない。絶対に不自然だよ」「共食いかもしれぇな」「げぇ、やめてよ気持ち悪い」「しかし、ソルの言う通りかもしれん」とても嫌そうに顔を顰めるユーノと頷くザフィーラ。「とまあ、冗談はさて置き」「冗談だったの? リアルにありそうだから冗談に聞こえないんだけど」「他に何か思い当たる節があるのか?」俺はザフィーラの問いに「ああ」と答えると続けた。「知っての通り、此処に生息している蟹の魔法生物は明らかに異常だ。ユーノの言った通り餌の有無の問題に加えて、あの数。蟹は確かに大量に産卵する生物だが、その全てが厳しい自然界で生き残る訳じゃ無い。産卵した内の何千、何万分の一って確立で子孫を残す為の戦略だ」少なくとも普通だったらそうだ。「だが、此処は蟹共の天敵になりそうな生き物も居なければ、餌になりそうな生き物も居ねぇ。だったら、他の要素しか考えられねぇ」「「それは?」」二人の声が綺麗にハモる。「ロストロギア」その言葉を聞いて二人の顔が驚き、やがて納得したように険しくなった。「これは俺の憶測でしかねぇから鵜呑みにするなよ。かつて此処に迷い込んだ最初の蟹がロストロギアの影響を受けた所為で、遺伝子に何らかの変異が発生した」天候を操る程の”力”を持った施設の中枢、そのエネルギー源に触れたとすれば、それがどんなもんか知れないがあり得ない話じゃない。「突然変異ってこと?」顎に手を当て、ユーノが考える仕草をする。「たぶんな。そしてその突然変異体が進化と繁殖を繰り返し、あれだけの個体になった。恐らく、元々は魔法生物でも何でも無かったんじゃねぇのか?」人類が滅んだ世界で生き延びてきたのだからそれなりに種族としての強みがあると思うが、あんな巨体になる必要が果たしてあるのだろうか?「餌の有無は?」「それもロストロギアだろ。魔法に依存、いや、魔力に依存する生き物へと進化したのなら、普通の食事が必要にならなかったのかもしれねぇ。本来の使い魔や守護騎士プログラムみたいにな」ザフィーラの疑問に答えると、二人は得心がいったようだ。「で、手にした”力”で天敵を排除。天敵が居らず、餌も十分ある。後は増えるだけだ」「ソルの立てた仮説はなんとなく理解出来るんだけど、本当にそんなことがあり得るの?」「遺伝子の変異か?」「そうそう。魔力とかって生物に影響を与えるものなの?」少し疑問に思ったのか、ユーノが先生に質問する生徒のように小さく挙手した。俺は溜息を吐くと、立てた親指で自分の胸を指し示す。「お前らの眼の前にその成功例が居るんだが」「え? ああ!! そうか!!」「ギアってのは生体兵器だが、元々は法力を用いて既存生物を人工的に進化させる計画を基にして生まれた”種族”だ。素体となる生物にギア細胞を植え付けることによって、全身を構成する細胞と遺伝子が代謝を繰り返すごとにギアとして組み換えられ、数日から数ヶ月以内にその素体はギアになる」例えば人間の身体を構成する細胞が全て新しいものになるには約五年を要するが、爆発的な増殖を繰り返すギア細胞は通常なら数年掛けて行うものを僅かな時間で終了させてしまう。ギア計画は人間の手による研究の産物ではあるが、それ以外に天文学的な確立で偶然というものが起きてもおかしくない。おまけにロストロギアだ。法力によって開発されてしまったギア細胞のように、特殊な何かを含んでいても不思議ではないと思う。「案外、この世界が滅んだ根本の原因はロストロギアがそっちの方面で一枚噛んでるのかもしれねぇな」二人に立ち止まるように促し、俺は足を止めた。「万が一の可能性もある。今の内にエフェクトを掛けておくぜ」外部からの魔力に対して強力なキャンセル効果のある法力を二人に掛けてから、俺は自分にも掛ける。「この状態だと魔法は使えないから用心しろ」「ええええ!? どうすんのよ!! 魔法が使えなかったら僕はただのフェレットだよ!!」聞いてない、と叫び出すユーノが喧しい。「馬鹿言ってんじゃねぇ、変身魔法すら使えないからな。体術だけで何とかしろ」「……そんな無茶な。素手でどうやってモ○ハンに出てくる蟹みたいな生き物と、SFファンタジーに出てきそうな兵器っぽいのを相手にしろって言うの!?」「これでカチ割れ」文句をブツブツ言い続けるユーノに無理やり封炎剣を持たせる。「取り回し辛いんですけど……思ったよりも重くて」「ガタガタ抜かすな、無ぇよりマシだろうが。だいたい何時も家の訓練である程度武器の扱い方はやってるじゃねぇか」ジト眼で睨んでくるユーノを黙らせると、ザフィーラに向き直る。「お前は素手で大丈夫か?」「ああ。問題無い」そもそも人間じゃない俺とザフィーラは身体能力の面なら常人より遥かに上だ。注意するに越したことは無いが、たかだが蟹や機械に遅れを取る訳にはいかない。「行くぞ、この先が中枢だ」東京ドーム程の大きさの巨大なホールに出た。その中央にはこれまた巨大な宝石が三つ。此処からかなり離れた位置に居るので目測でだいたい一つ三メートルくらいだろうか。それぞれルビー、サファイア、琥珀といった美しい色である。三つの宝石は、天井に向かって伸びこのホール全体を支えている柱の根元に安置されている。「ビンゴだな」三つ宝石と中央の柱の周囲にて、蟹の群れと機械の群れが壮絶な戦いを繰り広げているのが遠目でもよく見えた。「あの真ん中の宝石がロストロギアかな?」「たぶんな。天候制御のシステムは死んでても、そのエネルギー源は健在らしい」あの宝石の近くだけ、まるで視覚化されたかのように濃密な魔力が漂っているのを感じる。恐らく、距離が離れている分には何も影響は無いが、一定以上の距離を近付くと肉体に影響を与えそうだ。「見ろよ」俺は二人に指差して示した。丁度視線の先には、機械の鋭い脚の一撃を食らった蟹が一体、力無く倒れたところ。そのまま死ぬかと思いきや、全身をブルブル震わせてから数秒も経たずに傷を復元させ、今までのが嘘だったかのように反撃に移ったのだ。「ソルの仮説が当たったな」「ああ。間違い無く生命活動を魔力に依存している生物だ」蟹に飛び掛られた機械は勢い任せに押し倒され、至近距離で鋏から発射された魔力弾をぶち込まれ、黒い煙を上げると沈黙した。魔力を無限に補給することが出来る蟹共は、魔力と身体能力を活かしたゴリ押しで攻める気のようだが、機械共も負けていない。ある程度の離れた距離から放たれた攻撃魔法を、自身に触れる前に無効化させて防いでいる。至近距離の攻撃を防げなかったとは言え、どうやら多少は魔法を無効化させる機能が付随しているらしい。「AMFだ、あれ」魔法が無効化された瞬間を眼にしたユーノが意外そうな声を出す。「確かアンチマギリンクフィールドとか言うフィールド系の上位魔法だったな。魔力の結合や効果を無効化するっていう」「うん」腕を組むと、俺は機械共を観察した。なるほど。魔法生物を相手にするのに、これ程有効な手段は無いかもしれん。「法力にも似たようなもんがあるぜ。こっちは法力の術式の構成そのものを阻害するもんだ。術式阻害用法術、ジャミング」「術式の構成を阻害するの?」「そう。これを発動すると敵味方問わず一定時間法力が使えなくなる」術式は設計図。それが無ければ過程に続かず、結果を生み出すことは出来ない。「ならば、今あの場で機械が魔法生物の攻撃を一部無効化しているように、ギアの攻撃を無効化することが出来たのか?」ザフィーラの言葉に俺は皮肉気に口元を歪めて鼻で笑う。「出来たが、あんま意味無ぇぞ」「何故だ? ギアは法力兵器なのだろう? 法力が使えなければ戦力が半減するではないか」「人間側も使えねぇんだ。お互い法力が使えない状況下で、人間よりも身体能力が圧倒的に高いギアが圧勝するだけだろうが」「「……」」「ギアってのは個体の大きさや能力は千差万別だ。手の平サイズよりも小さい個体も居れば、ジャンボ機並みに身体がデカイ個体も存在した。そんな連中相手に法力無しで立ち向かえなんて、流石の聖騎士団でもそこまで肝っ玉が据わった奴は居なかったな」「ジャンボ機……」ユーノが呆然と口を開く。「想像してみろ。全長が軽く百メートル以上ある竜を眼の前にして、お前ら魔法無しで戦う勇気あるか?」二人は全く同じタイミングで首を振る。「しかも、大型ギアってのは大抵全身のあちこちに小型、中型ギアを寄生させているからな。相手にするのは一体だけじゃねぇぞ」ま、鳥野郎みたいに生命活動を法力に依存しているタイプにだったら非常に有効だろうが、そんな個体は稀有な存在だ。基本的にギアは頭脳派より肉体派だからだ。「最大クラスのメガデス級なんて、たった一体が存在するだけで都市が一つ一時間で壊滅するぜ……そんな”群れ”を相手にするんだ。法力使える方がまだマシだろ?」問い掛けると二人はゆっくりと頷く。俺はそんな二人の態度に満足すると、遠く離れた場所で行われている戦闘を高みの見物することにした。機械と蟹の戦いは両者共倒れという勝者が居ない結末に終わった。静寂に満たされたホールの中央、残骸と死体が転がる場所を踏み締めながら、俺達は三つの巨大な宝玉の前で立ち止まる。一歩近寄る度に濃密な魔力が空間を占めているのが分かる。エフェクトを掛けておいたのは正解だったな。手を伸ばせば届く距離まで来て改めて直感した。――これは、存在してはいけない。「なんか、僕達が何もしてないのに仕事終わっちゃったね」「そうだな……だが、こいつは此処で無かったことにしておいた方が良い」ユーノから返してもらった封炎剣を構える俺を見て、初めから分かっていたという風に頷くと二人は宝玉から数歩離れた。「この三つの宝玉は危険だ。放たれる魔力の高さは勿論、それ以外に放射されている”何か”……確実に生物へと影響を与える代物だ」それがこの遺跡に住み着いた蟹のように進化をもたらすものなのか、逆にこの世界に破滅をもたらしたのかもしれない遠因なのか、俺には判断出来ない。唯一つ言えるのは、俺も、この宝玉も、本来なら存在することを許されない。過ぎたる”力”は人間の穢れた欲望を生み、世界を破滅へと導く悪魔の申し子となる。俺はそれを、見逃すつもりは無い。「ドラゴンインストール!!!」<Ignition>全身を炎が包み、肉体が子どもから本来の大人のものへと戻り、バリアジャケットが聖騎士団を模したものから脱退後の服装に変わる。封炎剣の鍔のギミックが展開し、その刀身に炎が纏う。「俺は今からこの遺跡を破壊する。ユーノ、ザフィーラ、お前らは先に脱出しろ」振り返り、俺は二人に転送魔法を掛けた。二人の足元に赤い円環魔法陣が現れ、淡い光を放ち始める。「その姿、久しぶりだね。前に見た時よりも身長の伸びが少なくなった気がするけど」「そうか?」「そうだよ。確か最後に見たのは闇の書事件の時だったから。えっと、もうすぐ二年くらい経つんだっけ? ソルは今身長いくつ?」「百七十になるかならないかだと思うぜ」元の身長が百八十半ばだから、ドラゴンインストールをすることによって十数センチ伸びたことになる。「道理で身長の伸びが少ないと思った。僕が初めて見た時ってソルは百五十中盤くらいだったじゃない。たった二年ちょっとで十五センチ近く背が伸びてるなんて、良いなぁ」身長高いって羨ましい、とユーノが笑う。「お前はまだまだこれからだ」気付けば俺達も今年度で小学校卒業か……早かったような、長かったような。高町家に拾われてから時間に対する感覚が曖昧だ。それだけ俺にとって濃密な時間だということだ。「話の腰を折るようで悪いが、スクライアや管理局にはどう言い訳をするつもりだ?」俺が感慨に耽っていると、ザフィーラが腕を組んで聞いてくる。「海底火山が噴火したってことにしとく」「相変わらず無茶苦茶だな」「だが、これからその無茶苦茶が事実になる」「……分かった。俺達はそれに巻き込まれて命からがら脱出した、で構わないか?」全く、と言わんばかりにザフィーラは溜息を吐く。黙って頷くと、転送魔法が発動し、二人は遺跡から姿を消した。それを確認すると、三つの宝玉に俺は向き直る。「悪く思うなよ」物言わぬ魔力結晶体はただそこに鎮座するだけ。「俺の独断と偏見で消えてもらう」人は、勝手な生き物だ。愚かで浅慮で、自分にとって都合の良いものしか認めない。勿論、俺も含めて。――『貴様とて、貴様とてギアだろうが!!』かつての敵が――同胞が――俺に向かって血を吐くように、罵るように、憎悪を込めて呪詛の如き言葉を吐いたのを、俺は今でも鮮明に思い出せる。事実、俺はギアでありながら同胞を数え切れない程この手にかけてきた。そのことに後悔は無い。あるのは、もう二度と俺のような存在が生まれないようにと願う気持ちだけ。故に、全身の”力”を解き放つ。「俺が、ギアだからさ……オールガンズブレイジング」ロストロギア。もしお前に意思があり、誰かを恨むと言うのなら、自らを生み出した人間ではなく、お前を破壊する俺を恨め。”傲慢な人間”である俺を、な。突如として発生した海底火山により遺跡は消滅した、ということになった。スクライア一族は皆こぞって肩を落とし、族長なんて歯軋りして悔しがっていたのが印象的だ。皆には悪いと思ったが、俺は嘘の報告をして真実を告げずに黙るだけ。我ながら卑怯だ。一応、謎の機械についてクロノとリンディ達に忠告として報告しておく。誰かが機械を製作し、ロストロギアを狙っているらしい、と。それにしても、俺が独断でロストロギアを破壊しようという考えに至るのはこれで二回目。PT事件の時と事情が大分異なるが、俺はこれで良かったと思っている。しかし、俺はこの時気が付かなかった。今回の一件が謎の機械の製作者との因縁の始まりだった、という事実に。「ドクター、お耳に通しておきたい奇妙な情報があります」ドクターと呼ばれた白衣を着た長髪の男は金の瞳を細めると、自身の部下であり秘書であり”娘”でもある女に続きを促す。「何かな、ウーノ?」「先週、スクライアが見つけ出したロストロギアの遺跡、そこへ送り込んだ機械兵が帰ってきません」「五十機全てかい?」「はい。全機、突然起きた海底火山によって遺跡ごと跡形も無く消えてしまったようです」「……海底火山? それはどうもおかしいな。あの遺跡が存在した場所はそんなことが起きるような地殻だったかい?」訝しい表情を作る白衣の男の様子に、女も同意を示した。「いえ、私も気になって調べましたが、遺跡が存在した場所には何の前触れも無く海底火山が噴火する要素がありません」二人はしばらくの間考え込むと、やがて白衣の男が肩を竦める。「もしこれが自然現象ではなく人為的なものが原因だとしても、私達にはそれを確かめる術は無い」「はい」「ロストロギアが暴走したと考えるのが妥当かな」「私もそう思います」「世界を操り、破滅させたロストロギア。それが一体どんなものか興味はあったんだけどね……消えてしまったのなら仕方が無い」諦めたように溜息を吐き、残念そうに口元を歪める。「報告は以上かな? ならば私は仕事に戻るよ。一年以上前に何処ぞの誰かさんが暴れてくれたおかげで、一部の研究に遅れが出ているんだ。そのことについて最近スポンサーがうるさくてね」「誰かとは、”背徳の炎”のことでしょうか?」女は不機嫌そうに眉を顰めながら、冷たい声で言い放つ。「ああ、そうだよ。短い期間とは言え、当時の彼が片っ端から違法研究所を潰し回ってくれた所為でね」「ご安心を。既に死んだと囁かれています」「それはあくまで噂だろう。被害者や犯人以外は誰もその姿を見たことが無い、自分の姿を決して管理局に晒さない、そんな用心深い人物が簡単に死ぬとは私には考えられないんだ」「ですが」「まあ、彼が表舞台から姿を消したというのは事実だからね。別に怖がってる訳じゃ無いから心配しなくても大丈夫さ」「……」「むしろ私は残念だよ」「何故ですか?」己の主が何を考えているのかイマイチ理解出来ず、女は問い返す。「では逆に問おう。何故、”背徳の炎”は違法研究や犯罪に対してあれ程容赦が無かった?」「分かりません」「これは私の勘なのだが、科学者の私が勘とは我ながらおかしいことを言ってるということは置いといて、彼の行動には憎悪を感じ取ることが出来る」「憎悪、ですか」「そう、彼は激しく憎んでいるんだよ。何を憎んでいるのか具体的には分からないが、狂おしい程にね」白衣の男は興奮してきたのか立ち上がり、劇役者のように両手を広げ大きく掲げた。「だから容赦しない、認めない、許さない。管理局の人間だったら踏み止まらなければいけないラインを容易く踏み越える」眼に狂気を宿し始めた男の姿に、女は自分でも気付かず一歩退く。「知りたかった。”背徳の炎”とは一体どんな人物なのか、一度この眼で確かめたかった。何が彼をそこまで駆り立てるのか、彼の過去にどんなことがあればあれ程までに苛烈な一面を垣間見せるのか!!」そう言って、白衣の男はクリーム色の天井を仰ぐと嗤うのだった。「それに、これもまた勘なのだが私と”背徳の炎”は似ている、どうしてもそう思わずにはいられないんだ、とても、とても不思議なことに……何故かね?」”背徳の炎”と”無限の欲望”。元天才科学者と天才狂科学者。片や、かつて生命操作技術に手を染め、人ならざる者へとなってしまった罪人。片や、現在進行形で生命操作技術に手を染めている者。まだこの時点で、二人はお互いのことを何も知らない。後書き今更ながらに皆さん、あけましておめでとうございます。前回アップした時に↑の挨拶しろって感じですよね。言い訳させてもらうなら年末年始は普通に仕事だったので、年末年始らしいことをあまりしていない所為で年明けした感覚が薄いのです。そして、PV1000000超え、本当にありがとうございます!!!皆さんに支えられているんだというのを改めて実感しています。感謝です!!この作品を書き始めて既に半年以上が経過しています。春になれば一年に。この設定で最後まで書き上げることが出来るのか不安でしたが、此処まで来たならば後は今まで通り突き進むだけ。劇中のソルではありませんが、早かったような長かったような、去年は不思議な年でした。本編はいよいよSTSに向けて動き始めます。歩くような速さでゆっくりとだけどねwwwまあ、しばらくは空白期が続くと思いますので、生暖かい眼で見守ってください。これからもよろしくお願いします!!!