『常に最悪を想定しろ。現実はその斜め四十五度上を行く』誰の言葉か忘れたが、俺は昔からこの考えを念頭に置き行動している自負があった。しかし、百年単位で生きている俺ですらまだまだ未熟であるらしく、今目の前に広がる光景を一遍たりとも想像していなかった。「えい! えい!」可愛くも気合が入った声と共に、バシッとか、バコッとか、ボコッとか、ビシッとか打撃音が聞こえる。先程フェイトと別れて、急ぎ家に帰ろうとすると魔力反応を感知。どうやら移動しているようで、初めは槙原動物病院、それからはあっちこっち移動して現在は人っ子一人居ない公園という経路を取る。それはいい。問題があるのは、黒い影のような獣(昔戦ったことのある禁獣じゃなくて恐らくジュエルシードの暴走体)を物凄く良い笑顔で手に持つ杖で引っ叩いてるなのはの姿だった。背徳の炎と魔法少女 2話 格闘系魔法少女?の誕生 前編ドゴッ、と鈍い音が響く。なのはが杖で黒い影をぶん殴った音だった。素早い身のこなしで黒い影の猛威を捌くと、すれ違い様に一撃入れる。「手応えあり!! 今のは効いてるんじゃないかな?」なのはの今の姿は聖祥小学校の制服をイメージした服装に、フェイトが持っていた黒い杖と似た白い杖を握り締め、黒い影と対峙している。「………あの、使い方、違います」「え!? そうなの!?」少し離れた場所に居たフェレットもどきの言葉に、なのはは「何を今更」みたいな顔をする。「いえ、ちゃんとした使い方を教えなかった僕も悪いんですけど、いきなり殴りかかるとは思っていなかったから………」まあ、杖を手にした瞬間いきなり殴りかかる奴なんて居ないよな、普通は。と、フェレットもどきに同意しておく。「だってお兄ちゃんが言ってたよ、『相手を倒す、その言葉を頭に思い浮かべた時点で既にその行動は終わっている』って」言って無ぇよ! アレは単に漫画に出てきたその台詞がなかなか深いなって話をしただけであって、少なくともお前にそんなことを教えたつもりは一切無ぇ!!「………凄いお兄さんだね」お前もドン引きしながら納得してんじゃねぇ。「じゃあ、本当の使い方ってどうするの?」「それは、って危ない!」「え!?」会話に集中していた所為で意識が逸れた瞬間、黒い影が突進してくる。なのはは反応出来ていない、ヤバイ!!『protection』激突する寸前、桜色の壁が発生し黒い影を弾き飛ばす。どうやら咄嗟に杖が勝手に防御障壁を発動させたようだ。「あ、あなたが守ってくれたの?」『Yes,Master』「ありがとう」礼を言うなのはの無事な姿に俺はホッと安堵の溜息を吐いた。あの杖、横で何もしないフェレットもどきよりずっと役に立つな。「分かった。これが本当の使い方だね?」「は?」何言ってんだコイツ?「ええええええい!!」「ちょ、ええええええ!?」桜色の防御壁を展開しながら黒い影に体当たりをかましやがった。黒い影はトラックに撥ねられたように高々と吹き飛ぶと、グシャッ!!っと非常に嫌な音を立てて着地。「やった! 凄い、さっきよりも全然効いてる!! これが本当の使い方なんだね?」「違うよ!!」(違ぇよ!!)「何処が?」え~おかしいな~という顔をして首を傾げるなのは。「う……それは」実際に物理攻撃としての効果は見ての通りなので返答に困るフェレット。俺も内心困っていたが、具体的には言えないが色々と間違ってると思うぞ。似たような技は知ってるが。黒い影がまだダメージが抜けない様子ながらも立ち上がる。足が笑ってるぞ、あいつ。「あんまりしつこいと嫌われるよ?」あれだけ嬲っておいて何言ってやがんだなのはの奴。敵とは言えなんか可哀想になってきたな。早くトドメ差してやれよ………「ねぇ、どうすればいいの?」「あの黒い影はジュエルシードというロストロギアが原因でああなってしまったんです。青い菱形の魔力結晶体。それが封印できればあの思念体を無力化できる筈です」「よく分かんないけど分かったよ」どっちだ。フェレットもどきに元気な声で応えると、杖の先をズタボロの黒い影に向ける。「さっきみたいに攻撃や防御などの基本魔法は心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には呪文が必要なんです」「呪文?」「心を澄ませて。心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」「面倒くさいね、無くていいよそんなの」それはダメだろ!! どんな法力も、術式を構築・展開・必要な魔力を式に流してからトリガーを引いて発動させるってのに面倒だと!! 法力学ナメてんのか!?「えええ? ちゃんと聞いてくださいよ!?」「レイジングハートだっけ、よろしく」『sealing mode、set up』杖の先端部分が変形、桜色の羽が出てくる。すると、杖から桃色のリボンが何本も伸びて黒い影に絡み付き、縛り付ける。絞め殺さんとばかりにぎゅうぎゅうと。『standby、ready』「ジュエ、なんだっけ? もうなんでもいいや、なんか封印!!!」おい! なんかって何だ!? テキトーにも程があんだろ!!『sealing』一際強く桜色の光が輝くと、リボンの圧力が増したのか何かの魔法効果か不明だが、黒い影は無残にもズタズタのバラバラになって空気中に霧散した。…………えぐい。後に残ったのは青い菱形の石。ジェルシードだった。「そ、それがジュエルシードです。レイジングハートでジュエルシードに触れてください」おっかなびっくりなのはに進言するフェレットもどき。なのはは言われた通りにすると、杖の先端部分にある赤い宝石の中に吸い込まれていった。『receipt number XXI』「あ、入っちゃった」同時に、なのはの服装は普段着の革ジャンと青いジーパンという姿になり、杖も赤い宝石部分のみの形になった。「終わり?」何故か不満気な顔をするなのは。「ええ、ありがとうございます」「なんか味気無いなぁ、もっとこう、魔法って言うんだから特撮っぽく爆発とかすると思ってたのに」殴るだけ殴っておいてまだ足りないのか。ていうか爆発って………「あなたの、おかげで………」言い終わる前にフェレットもどきが気絶する。「あ、大丈夫?」フェレットもどきを抱え上げるとガクガク振る。しばらくシェイクするが一向に意識を取り戻さないことに諦めると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。「えっと、もう帰らなきゃ………時間も遅いし」自分を誤魔化すように一言呟くと、脱兎の如く家の方に走っていった。帰りの道中、目を覚ましたフェレットもどきはなのはと互いに自己紹介し、その後謝っていた。無関係のなのはを自分の都合で巻き込んでしまったこと。なのはは「それなりに面白かったから気にしないで」と言って笑っていた。尾行しながら盗み聞きしていた俺は、たとえどんな理由があろうとなのはを魔法に関わらせたフェレットもどきを、これからどう料理(ミディアムかウェルダン)してやろうか悩んでいた。とりあえず反省はしているようだし、真摯な態度で謝罪しているので、”今はまだ”様子を見るだけで留めておいてやる。それにしても今日は妙なことが起きる日だ。学校帰りに拾ったフェレットもどき、先程助けたフェイト、そしてさっきのなのは。奇しくも俺の知らない理論と術式で組み立てられた魔法を使う人間が三人。元科学者である俺が、こいつらの使う魔法に興味が無いと言えば嘘になる。だからフェレットもどき、”今はまだ”泳がせておいてやる。いつか必ず覚悟してもらうが。なのは達が家の前に着くと、玄関の前で仁王立ちしている恭也が居た。その隣には苦笑している美由希が。「おかえり。こんな時間に何処へ行ってたんだ?」「あ、えと、お、お兄ちゃんを迎えに………」「ほう、ソルを迎えにか。で、そのソルは今何処に?」「此処に居るぜ」「ソル! お前何処行ってたんだ!?」「お兄ちゃん!?」「あ、おかえりソル」ご立腹の恭也の前に姿を現してやる。とりあえず矛先をなのはから俺に向けておかないとな。「いつものCD屋に行ってただけなんだが、どうした?」事実だが他のことは一切言わずにしれっとした態度を取る。「またそれか、お前がそういうことをする度になのはが真似したがるから止めろと言ってるだろ」「善処はしてるさ」ガミガミと噛み付いてくる恭也を適当に流す。「ところでなのは、そのフェレットみたいな子は一体どうしたの?」可愛いわ、ちょっと抱かせてと美由希が話を変える。「えっと。この子はさっき道端で拾ったの」「へ~」いや、さっきの話した時に獣医に預けといたって言った奴をどうやって拾ったのかとか疑問に思わないのか美由希は?「ね~恭ちゃん、なのははソルが心配で飛び出して行っただけなんだからいいじゃない? 二人共無事だったんだし」「ソルのことはこれっぽっちも心配してないがなのはは………」「なのはは良い子だからもうこんなことしないよね?」「うん、その、恭也お兄ちゃん、お姉ちゃん、こんな時間に無断で外出して、心配かけてごめんなさい」ぺこりと頭を下げるなのは。その姿を見て、恭也は頭を掻きながら「今後気を付けるんだぞ」と許してやった。「はい、これにてこの話は終了!! 早く家に入ろ」美由希に促されて俺達は家の中へと入っていった。ちなみに俺はいつものことなので謝ってない。後編へ続く!!!