(なんでこうなったんだ?)純粋に不思議に思いながら、顔面に迫り来る拳をギリギリまで引き寄せてから上半身を少し横に傾けて交わす。頬をかすめ、鼓膜に風切り音を轟かせる拳が通り過ぎた直後に俺は踏み込んだ。左足を軸に腰を回転させ、下半身の力を拳に集約させ、打ち抜く。「がはっ!」人体急所の一つ、肝臓を殴られて身体を”く”の字にし、悶絶するクイントから二歩退がると冷酷に宣言した。「大きいのいくぜ? ちゃんと防げよ」両手で腹を押さえていたクイントが、はっとして顔を上げたそこへ俺は後ろ回し蹴りを放つ。インパクトの寸前に交差した両腕で十字ブロックを作りなんとか防ぐものの、勢いを完全に殺し切ることは不可能で、そのまま吹き飛ばされて引っ繰り返るも上手くショックを吸収し、後方一回転するようにして立ち上がる。どうやら防ぎ切れないと悟って自分から後ろに跳んだな。「「お母さん!!」」「大丈夫、安心して」悲痛な叫びを上げて駆け寄ろうとする子ども達。クイントは俺から視線を逸らさず片手でそれを制すると構え直した。まだまだやる気を衰えさせないクイントの眼を見て、俺は深い溜息を吐きながら忠告する。「その辺にしとけ。休暇中に怪我して出勤出来ませんなんて、社会人として笑えねぇぞ」「あら? 心配してくれてるの? 優しいのね。でもご生憎様、この程度で勤務に差し支える程柔な鍛え方してないの」口の中が切れたのか、ペッ、と血を吐きながら微笑むクイント。格好も相まって壮絶な笑みに見えた。バリアジャケットは何度も倒れたおかげで泥だらけ。長くて美しい青い髪も土化粧で見る影も無い。露出している腕の肌は内出血しているのか青タンが出来ていて、頬の一部が少し腫れて赤くなっている。こりゃ、バリアジャケットの下も相当酷いだろうな。一方的に殴ったり蹴ったりしてるのは俺なんだが。「……テメェも大概しつけぇな。自慢の面が変形する前に退けっつってんだよ」つーか、食ったばっかなのにこんなにボコられてよく吐かないな。俺はクイントのタフさに感心を通り越して呆れ果てている。あの定食屋でクイントに自己紹介されてから一緒に食わないかどうか誘われた時は、普通に戸惑った。俺は初め警戒し、次の瞬間にはトンズラしようと思ったのだが「安心して。私オンとオフの切り替えはちゃんとしてるから。今日は管理局員としてではなく、クイント・ナカジマという一個人として話を聞かせて欲しいの」と言って微笑んだ。しばらくの間は付き合っていられるかと言わんばかりに無視していたのだが、勝手に俺の正面に座るとそこで飯を食いながらしつこく一時間近く話しかけてくるので結局折れた。なんか、初めて桃子と会った時を思い出す。後半なんて俺は茶を啜って気の無い生返事をするだけなのに、こいつは追加注文しながら話しかけてくるのだ。既にその時点で俺は底無しの食欲を見せ付けられてげんなりしていたので根負け。食い終わると俺の伝票を掻っ攫って勝手に会計を済ませ、「ついてきて」と言われたのでホイホイついていってしまった。つくづく桃子を思い出す。何故こうも管理局の人間を信用して後をノコノコついていったのか、自分でも未だによく分からない。ま、例にとって例の如くただの勘なのだが、俺はクイントの眼を見て信用出来ると思ったから、という言い訳を自分にして納得する。道中、やはりクイントは俺にひたすら話し掛けてきた。その大半は管理局の仕事ではなく夫や二人の娘といった家族の話ばかり。自慢しながらとても嬉しそうに話すクイントの横顔は幸せそうだった。で、到着した先には立派な一戸建てと、あからさまに俺を警戒している三十代前半の男。それとクイントの面影があるガキ二人。先の話に出てきた夫と二人の娘だ。男は俺のことを知ってるような視線を向けてきていた。俺がミッドに来てから何をしたかある程度理解しているのだろう。警戒するのは当然か。姉の方。ギンガとかいうガキは物怖じしない性格なのか俺のことをひたすらジーっと見てきた。上から下までジーっと珍しい生き物を観察するように。一体何を考えているのか分からない。ただ単に何も考えて無いだけかもしれんが。妹の方。スバルってのは姉の影に隠れて俺を怯えながら見ている。俺と視線が合うとビビッて姉の後ろに隠れる癖して、チラチラと俺のことを観察してくるのだ。正直鬱陶しい。人見知りする性格か。クイントの家族と俺の間でピリピリと空気が張り詰めていく中、そんな空気をぶち壊すようにクイントが「これが私の愛しい家族!! はーい、自己紹介!!」と底抜けに明るい声を出す。「……ゲンヤ・ナカジマだ。聞いてるだろうがクイントの夫だ」「ギンガ・ナカジマです。こっちが妹のスバル、ってスバル!! ちゃんと挨拶しなきゃダメでしょ!!」ギンガはどうやら性格がクイント似らしい。元気が一杯だ。ガタガタブルブル身体を震わせながら姉の腰にしがみついて離れようとしないスバルを姉のギンガは無理やり引き剥がし、俺の真正面に立たせて自己紹介するように肩を叩く。「ス、スバ、スス、スバ、ル、ナナナ、カ、ジジマででです」緊張してるのか怯えているのかイマイチ分からない様子で滅茶苦茶噛みまくるスバル。「「はい、良く出来ました!!」」今ので? 褒めて伸ばす教育方針だろうか?母と姉の言葉が見事に唱和する。と、スバルはすぐさま俺の前からギンガの後ろに回って、再び俺を怯えるように見るのだった。雛鳥を刷り込みしたかのように即座に懐いたなのはとは対照的である。ま、当時の俺の外見年齢はなのはと大差無かったからかもしれないが。「で、俺をこんな所に連れてきて一体何のつもりだ?」「えー、貴方も自己紹介してよー」「うるせぇ。そんなもん必要無ぇ。それよりも質問に答えろ」「あー、それがね」なんとクイントは俺をかなりの格闘技者だと見ているらしく、俺と魔法無しの近接格闘をメインに模擬戦したいと言い始めたのである。シューティングアーツとかいう格闘技の使い手であるクイントは、俺の筋肉の付き方や立ち居振る舞いを見て興味を持ったらしい。娘のギンガの方は最近になってシューティングアーツを教え始めたから、その参考にもさせて欲しい、と。俺は盛大に溜息を吐いて鼻で笑った。「下らねぇ、付き合ってられるか」一蹴し、踵を返す俺にクイントの意地悪い声が届く。「あら? 逃げるの?」「安い挑発には乗らん。テメェらのお遊戯に付き合ってられる程暇じゃ無ぇんだよ」此処まで付き合っておいて何を言ってるのかと自分で自分に突っ込んでやりたいが、それは言いっこなしだ。「!!」背を向けて歩き出そうとした刹那、殺気を感じたので咄嗟にその場から一瞬で離脱。数歩間合いを離して振り返ると、拳を振り抜いた格好のクイントの姿があった。「いきなり何しやがる!?」「完全に不意を突いたと思ったのに……やっぱり只者じゃないのね」文句を言って凄むと、全く悪びれてないどころかやたらと嬉しそうな笑顔が返ってくる。そのクイントの表情を見て、一瞬、シグナムと恭也が俺と模擬戦する時に見せる顔が脳裏をチラつく。これ程楽しいことはない、という期待に打ち震えているバトルマニアの顔だ。薄々感付いていたが、嫌な予感は的中した。「ハナッからこういうつもりだったってのか」「そう。今日の私は管理局員のクイント・ナカジマではなく、シューティングアーツの使い手であるクイント・ナカジマよ。だからプライベートのことまで管理局に報告する義務は無いの」別に犯罪者を見つけた訳でも無ければ、今追ってる事件の情報を掴んだ訳でも無いしね~、と腰に手を当て偉そうに胸を張る。バリアジャケットを展開し、両の拳にナックル型のデバイスらしきものを、両足にローラーブーツを装着し、いかにも格闘技者のような出で立ちになりファイティングポーズを取るクイントは不敵に俺を睨む。「でも、貴方にその気が無ければ私の気が変わっちゃうかもねぇ」私真面目だし、といけしゃあしゃあと続けやがった。「ちっ」つまり、模擬戦に付き合えば今日俺と遭遇したことは報告しないが、付き合わなければ報告すると俺に脅しを掛けている訳だ。今はまだ表立って管理局に眼を付けられていないが、もしもということもある。そうなったらこれから先動き難くなることを考えると今日のことは見なかったことにして欲しい。それにしても随分と肝っ玉が据わってる上、面倒臭くて厄介な女に眼を付けられたもんである。どうして俺が知り合う連中はこういう手合いが多いんだろう?元の世界ではカイや爺を筆頭に出会い頭に戦闘になるような連中とばっかり付き合ってたような気がするし、この世界に至ってはシグナムと恭也、そしてクイントだ。そういう星の下に生まれたのか? もう運命だと思って諦めろってことか?「おいクイント!! こんな話聞いてないぞ!!」しかし、俺の味方は思わぬ所に存在した。成り行きを見守っていたゲンヤが怒り半分驚き半分でクイントに詰め寄る。「何よ貴方?」「何よじゃない!! いきなり”背徳の炎”と魔法無しの模擬戦だと!? 話をするってさっき言ってたじゃねぇか!!」「だから拳で語り合うんじゃない」それ何て肉体言語?いや、確かに肉体言語はある種のコミュニケーションだとは思うが、嫌なコミュニケーションだ。「貴方だって知ってるでしょ? 殴り合いは文化の真髄よ」「「んな訳あるか!!!」」俺とゲンヤが綺麗にハモる。そんな文化消えてしまえと切に願う。その後、ゲンヤが必死に己の妻を説得しようと試みたがあえなく失敗し、結局は押し切られる形で俺はバリアジャケットを展開するのであった。背徳の炎と魔法少女 家出編 その四(強い強いとは思っていたけど、魔法無しで、しかも自分が一番本領発揮出来る近接格闘で手も足も出ないなんて……)唇から垂れた血を手の甲で乱暴に拭いながら、クイントは世界の広さを思い知っていた。推定ランクがオーバーSだというのは分かっていたが、それは魔法ありきの話であり、魔法さえ無い近接格闘のみでならば自分にも勝ち目はあると考えていた少し前の自分を殴り飛ばしたい。見た目は明らかに自分の半分以下の年齢であるというのに、単純な力勝負も技量も雲泥の差がある。(この子は一体、どんな人生を歩んできたの?)自分でも信じられないこととして実感したのは、その経験の豊富さだ。何をやっても、どんなことをしても指一本触らせてもらえない。フェイントに引っ掛からない、容易く間合いに踏み込まれる、こちらの攻撃は当たると思った瞬間に交わされるか防がれるかされ、手痛い反撃が返ってくる。まるで先読みでもされているような動き。こちらが押しては退き、退くと押してくる。空間把握能力が抜群に高い。勝てない。自惚れるつもりなど無かったが、近接格闘だけならば誰にも負けないと自負していただけにショックは大きい。事実、クイントに接近戦で渡り合える者は管理局の地上部隊では数えるくらいしか居ない。おまけに手加減されている。彼は剣型のデバイスを持たず、徒手空拳で自分の相手をしているのだ。クイントが今まで積み上げてきた自信と自尊心は根こそぎ刈り取られ、最早残っているのは「せめて一発だけでも入れてやる」という負けず嫌いな彼女の気質の一つが意地でもそれを実行しようとしているだけ。「はあっ!!」放った右フックをダッキングで――頭を素早く下げて――避けられるが構わない。それは誘いだ。自分の懐に潜り込んだ少年の顔目掛けて膝蹴りをかましてやる。既に手加減など必要無いのは最初の右ストレートをもらって以来承知している。子ども相手だからといって躊躇や情けは不要。渾身の力を込めて膝を繰り出した瞬間、「!?」膝に激痛が走る。視線を下げて見ると、なんと自分の膝に少年の肘が突き刺さっているではないか。痛みよりも驚愕の方が大きい。そんな防ぎ方があるなんて、あんまりだ。「この!!」苦し紛れに左アッパーで頭を引っこ抜こうとするが、やはりそんなものは通用せず、拳はそれよりも早く上体を起き上がらせた彼の頬をかすめるだけ。(あ)拳を振り抜いてしまった所為でガラ空きになってしまったそこへ、「オラッ」カウンター気味に左ストレートが胸の中心部分を打ち抜かれる。背中まで衝撃が貫いたかのような感覚と激痛。「……ッ!!」声も上げられずにヨロヨロと数歩下がり、尻餅をついてしまった。「ぐ……ハァ、ハァ」荒い自分の呼吸音がうるさい。心臓もエンジンみたいにバクバクしてる。足なんてさっきからずっと震えっ放しだ。身体は受けたダメージと体力の消耗で限界に近い。もうすぐ動けなくなるだろう。このまま立ち上がらずに座り込んでいたい。ポンコツ寸前のクイントとは対照的に、少年はつまらなそうな表情で欠伸なんぞしている。その態度に少しカチンときて、軋む身体に叱咤激励して立ち上がると構え直した。「ったく、まだやるのか? ……おい、そろそろ気絶させていいか?」少年は前半を呆れたようにクイントに言い、後半をゲンヤに向けて言った。ゲンヤは複雑そうな顔をしてからクイントをじっと見て、それから少年に向き直ると諦めたように溜息を吐く。「俺としてはそうして欲しいが、そいつの気が済むまで付き合ってやってくれ。今此処で無理やり終わりにしてもクイントは絶対に納得しねぇよ。長い付き合いだ。俺にはそれが手に取るように分かる」「……妻が妻なら夫も夫だな」心の中で夫に感謝すると、クイントは少年をギロリと睨む。そもそも何故こんなことになっているのか?答えは簡単。自分が一方的に持ち掛けたのだ。ボロボロになった状態でクイントは頭を冷静にして思考を巡らせる。最初はちょっと良い勝負が出来るくらいだと思ってた。だが、蓋を開けてみればこの有様。『何がテメェをそこまで駆り立てる?』不意に脳裏に響いた声。眼の前の少年からの念話だ。『もう十分だろ? それにテメェでも分かってんだろ。いくらやっても俺には勝てないって』言われてみればその通りだ。クイントはとっくに眼の前の少年に勝てないと分かっている。何故此処まで力の差を見せ付けられても自分は負けを認めないで立ち向かうのだろうか?「……お母さん」「ひぐ、うぅ」ギンガとスバルが眼に涙を溜めて自分を見ていることを自覚して、ようやく気付く。(ああ……そうか)確かに初めは噂の”背徳の炎”と単純に手合わせしたかっただけ。でも、自分より圧倒的に強いと分かると、いつの間にか目的が変わっていた。管理局の現場の人間が仕事――しかも最前線――で負けるというのは、絶対にとは言えないがほぼ確実に死を意味する。だからこそ、負けることは許されない。何時死ぬか分からない危険な仕事だ。もしもの時の覚悟はしているが、家族の為には何が何でも生きて帰らなければならない。かと言って、敵が自分では敵わないと分かってても退く訳にはいかない。そういう仕事に就いている。もし仮にギンガやスバルがそういう場に直面した場合のことを考えると、それまでに自分は母親として何を教えてあげられるか?これは戦闘に限った話ではない。人間生きていれば必ず逃げることの出来ない苦難や危機と巡り合う。――そう。逃げることも負けることも許されないのだ。『私が……ギンガとスバルのお母さんだからよ』『ああン?』『二人は私がお腹を痛めて産んだ訳じゃ無いんだけどね』『どういうこった?』訝しむ少年の声は少々戸惑いの色が混じっている。『貴方、戦闘機人って知ってるでしょ? あれだけの数の違法研究所を潰したんだもの、知らない筈が無いわ』彼が潰した犯罪組織の中には戦闘機人に関与していた組織がいくつも存在していたのは調べで分かっている。『ああ、知ってる』『ギンガとスバルはね、戦闘機人のプラントから私が任務中に保護したの』『……』沈黙が続きを促しているようなので続けた。『しかも詳しく調べた結果、二人は私のクローンっていうことが分かったのよ』だから養子にした。『戦闘機人。確か……人間の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得た生体兵器って奴か』『そう』『しかし、簡単に人体と機械を融合っつっても運用の際に拒絶反応やメンテナンス面なんかで様々な問題が出てくる。だったら初めっから機械に適した肉体を持って生まれるように遺伝子を弄くっちまえばいい……そういう考えだったな』『私の遺伝子情報が何処かに漏れていたらしいの。だから』『なるほど。この二人はそんな馬鹿な考えから生まれたデザイナーズベビーって訳か』首を動かし少年はギンガとスバルを一瞥した後、クイントに向き直る。『で、それとこれと何の関係があるんだ?』『二人が私達の愛する娘であることは変わらないけど、二人が戦闘機人であることも変わらない事実。そしてこれは二人が死ぬまで一生纏わり付く問題』自分はギンガとスバルの母親だ。だからこそ母親として二人に教えてあげたい。『これから先の人生、二人は普通の人と比べたら辛い道のりになる筈よ。周りからは偏見の眼で見られるだろうし、まともな恋愛だって出来ないかもしれない。差別されたり、気味悪がられたりするかもしれない』『……そうかもしれねぇな』『でも、だからって生まれてきたことを後悔して欲しくないし、そこで自分は人間じゃないなんて腐って欲しくない』『ああ』『不安になって、迷って、苦しんで、一杯辛い思いするかもしれない。けど、けど私は二人には身体のことで歩みを止めて欲しくない。しっかりと現実を受け入れた上で、一人の”人間”として前を向いて生きて欲しい』この時、少年の眼つきに変化が訪れたことにクイントは気が付かなかった。『だから二人の前で、投げる、捨てる、諦めるなんて姿見せられない。見せたくない。母親の私が情けない姿を二人に晒してしまったら、二人の人生が暗いものになってしまいそうで怖いから』――全力で抗えばいい、ただそれだけだ。唇をキュッと結び、クイントは拳に力を込め直した。そんなクイントに対し、今までほぼノーガードで碌に構えようともしなかった少年が急に両手を上げて構え、鋭い眼を更に鋭くさせる。「どうやら俺はお前を舐めてたらしい。すまなかった」謝罪しながら足を開き、やや腰を落とすと握り拳を作った。「次の一撃で終いにする。先に入れた方が勝ちだ。全力で相手してやるからお前も全力で来い」言って、殺気染みた威圧感を解き放ちクイントを睨みつける。ついさっきまで呆れながらつまらなそうにしていた少年は何を思ったのか、限界寸前のクイントに勝負を挑んできたのである。クイントはいきなりの展開に一瞬キョトンとするも、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。「ありがとう」「礼は要らねぇ」先程までの仏頂面とは明らかに違う、優しげな、まるで父親のような微笑が返ってくる。「さあ、お前の意地を見せてみろ!! 俺に、お前の夫に、何よりギンガとスバルになぁ!!!」雄叫びを上げ、少年は踏み込んだ。それに応じるようにクイントも踏み込み、吶喊する。「はああああああああっ!!!」「オオオオオオオオオッ!!!」二人は一気に接近し間合いに入ると、ほぼ同時にモーションに移行した。少年は左拳を振りかぶり、ストレートを放つ。クイントは全身全霊の力を宿した右拳を振るう。この世の時間がゆっくりと流れるような光景の中、二人の拳がすれ違い、腕が交差する。ミッドチルダの青い空の下、ナカジマ家の庭にて、芸術的な十字架が描き出されたのはその時だった。