<前方のビルの屋上にターゲットが存在します>クイーンのナビゲートに従って街を疾走すること二分弱。人混みを跳躍してやり過ごし、車の上を跳び移りながら駆け抜け、ようやく追いついた。<転送魔法の術式を確認>このまま他の次元世界に逃亡するつもりか? なるほど、上手いな。身体強化を使って犯行現場から一気に離脱、その後機を見て転移か。捕まらない訳だ。どうやらタッチの差で間に合わなかったらしいが、クイーンが術式を確認出来る位置まで近付けたのならまだ負けていない。「捕捉探知は?」<既に完了しています。ターゲットが指定した座標に飛びますか?>「当然だ」<了解。転移開始>転送魔法ではなく転移法術を発動させ、眼の前の空間に”ゲート”が出来上がると俺はそれに飛び込んでミッドチルダから姿を消す。転移した場所はいかにも犯罪組織が使ってそうな地下倉庫のような場所。かびの臭いと埃だらけの薄暗い一室だ。「なっ、誰だお前? 何処から――」突然背後に現れた俺の存在に気付いた中年の誘拐犯は驚愕に眼を剥き、何処から入ってきたのか聞こうとしているのだがそんな言葉を最後まで聞いてやる気にもなれず、無言で踏み込み、左ボディブローを叩き込んだ。骨が砕けて内臓が潰れる感触が拳に返ってきた。誘拐犯は声も上げずに動きを止める。俺は即座にそいつが倒れる前に小脇に抱えていた子どもを奪還する。運ぶ途中で眠らされたのかぐったりと動かないが、特に外傷は無いようだ。「また後でな」そのままうつ伏せに倒れ込んだ誘拐犯を捨て置き、俺は母親がまだ居るであろう自然公園に転移した。背徳の炎と魔法少女 家出編 その二「ありがとうございますっ!! ありがとうございます!!! ……良かった、無事で」何度も礼の言葉を述べながら子どもを抱き締め泣き崩れる母親の姿を見て、やはりあの時決断して良かったと思う。「じゃあな」俺は親子と老人共に背を向けて歩き出すと、転移法術を発動させた。まだ事件が発生してからそれ程経過していないが、もたもたしてたら管理局の連中が来てしまう。事実、もうすぐそこまでそれなりの魔力がいくつも近付いてきている。通報によって駆けつけた管理局員に違いない。「待ってください!! まだ碌にお礼もしていないのに――」「別に礼が欲しくて助けた訳じゃ無ぇ」話が長くなりそうなので母親の話を言葉をぶった切ってそのまま”ゲート”を潜ろうとすると、「なら、ならせめてお名前だけでも教えてください!!」呼び止められてしまった。無視すればいいものを、一瞬なんて答えようか考えてしまった所為で足を止めてしまう。「……ただの賞金稼ぎだ」本名も名前も二つ名も名乗る気にはなれなかったので、俺は素っ気無くそう答えるだけにすると、今度こそ”ゲート”を潜った。とりあえず先程の誘拐犯のアジトで昏倒させた中年の男を叩き起こそうとして、肋骨を粉砕して内臓を潰したのを思い出す。仕方が無いので癒してやり、その後はバインドで拘束してから情報を強制的に――具体的には手足の関節を順番に踏み砕いたりして――吐かせるだけ吐かせると、他の仲間を呼ぶように命令した。ノコノコとアジトに戻ってきた残りのメンバーを盛大に歓迎してやった後、誘拐犯達の顧客や手を結んでいる他の非合法組織の情報を手に入れることに成功した。その後誘拐されたがまだ何処にも売られていない子ども達を十数名発見し、無事を確認する。「胸糞悪ぃ」クイーンに手に入れた情報をコピーさせながら、それを見て吐き気がしてくる。違法研究所、テロリスト、強盗団、マフィア、ギャング、密輸業者、違法魔導師を使って異常な利益を得ている企業、悪徳政治家、反管理局組織、etc……犯罪者同士のネットワークの広さに嫌気が差す。随分と手広くやってたんだな。余罪だけでも掃いて捨てる程出てきやがった。何処の世界に行っても人間の犯罪ってのは似たようなものが繰り返されるのは重々承知だったが、管理世界は魔法と科学技術が発展しているだけに俺の故郷よりも酷い。というよりは、いくつもの世界が存在するだけあって数が半端無いのか。時空管理局が万年人手不足なのも納得出来なくも無い。あっちこっちの世界で犯罪者が居たらそれは確かに対応し切れないと思う。おまけにロストロギアの存在だってある。猫の手借りたいってのは本当なんだろうな。法力使いにも違法な犯罪者ってのは存在していたが、数が桁違いだ。比べるのも馬鹿馬鹿しい。溜息を吐くと、情報のコピーが終了したクイーンに命令して管理局に現在地の座標や捕らえた誘拐犯達の情報、攫われた子ども達を無事確保したことを匿名で通報した。「何があったんだ……?」現場に辿り着いた管理局員達はとても戸惑っていた。まるで火災現場の跡地のような場所で、倒れ伏してピクリとも動かない数人の男達と、此処最近のニュースで話題になっていた誘拐された子ども達の無事な姿。「あ!! 管理局の人だ!! あのお兄ちゃんが言ってた通りだ!!」「えっと、確か『助けてください、僕達はこのオジさん達に誘拐された子どもです』って言えばいいんだっけ?」状況の把握が上手く出来ないながらも、たどたどしい口調で説明しようとする子ども達から事情を聞く。そして聞かされたその内容に驚愕する。たった一人の魔導師によって、管理局では尻尾を捕まえられなかった誘拐犯達が一人残らず無力化されているということに。「そのお兄ちゃんってのはどんな人だったの?」他の局員が犯人達を確保する中、とある管理局員が膝を着き、子ども達と視線を合わせながら聞いてみる。「えーとね、スゲーかっこ良かった」「やさしかった!!」「……でもちょっとこわかったな」それぞれ違った反応を見せる子ども達に苦笑し、聞き直す。「いや、そうじゃなくて、どんな見た目だったかな? 出来ればお話を聞きたいから会いたいんだけど」「白と赤のバリアジャケット!! そんでね、デッケー剣のデバイス持ってんの!! ボク、大人になったら絶対にあのお兄ちゃんみたいな魔導師になるんだ!!」「どっか行っちゃった!!」かなり興奮した様子の子ども達。「白と赤のバリアジャケット、剣型のデバイス……分かった、ありがとう」何故姿を現さないのか。管理局員ではない、もしくは管理局と関わりを持ちたくないのか、その理由は分からない。確かなことはその魔導師が犯罪者を捕らえ、子ども達を救ったという事実のみ。礼を言うと管理局員は子ども達の無事に純粋に喜びながらも、一体何処の誰がこんなことをしたんだろうと疑問を抱くのだった。アジトに突入した管理局の魔導師達を遠く離れた場所から確認すると、俺は現場に背を向けて転移法術を発動させた。事後処理は管理局任せでいいだろ。表向きにも、実質的にも手柄は全て管理局行きだが、そんなものに興味は無い。好きなだけ持ってけばいい。「クイーン、次は違法研究所だ」<了解>手にした情報を基にリストを作成し、潰すべき非合法組織の名を心に刻みながら命令した。そこでまた新たな情報を仕入れることにしよう。こうやって犯罪者同士の間に存在する繋がりを辿って行けば、自ずと潰すべき者達に遭遇するだろう。ただ働きはしない主義なんだがな、とやれやれと溜息を吐く。(まあいい。気に入らねぇから潰す……理由なんざそれだけで十分だ)首を回してゴキゴキと音を鳴らし、俺は次元跳躍した。『こんばんわ、ニュースをお伝えします。本日の午後一時頃、首都クラナガン近辺の○○地区にて、高い魔力資質を持つ子どもばかりを狙った誘拐事件の犯人が逮捕されました。尚、犯人一味は人身売買に関与しており―――』『本日、とある無人世界にて不審な火災が発生しました。駆けつけた管理局員によると、現場は違法な研究を行っていた非合法組織の本拠地だということが判明し――』『速報です。第○○管理世界にてテロリズム行為の容疑で指名手配されていたテロリストの集団が逮捕されました。管理局からの詳しい報告によりますと――』『昨夜、広域次元の強盗やロストロギア不法所持、及び違法取引の容疑で管理局から広域指名手配されていた強盗団が逮捕されました。逮捕した管理局員から詳しいお話を今聞くことが叶いましたので、現場から中継でお送りします――』『今朝、第○○管理外世界を根城にしていた反管理局組織が逮捕されたことについて――』『魔導師を使った違法行為によって不当な利益を上げていた企業団体が――』これらのニュースは管理世界で流されたが、世間に大きく取り立たされることはなかった。人々にとってテレビなどから提供される事件や事故のニュースなど、自分には関係の無いことであり文字通り遠い世界の話であるから。誰もが「そんなこともあったんだ」「これで少しは平和になったかな?」「ふーん」くらいにしか思わず、特に気にも留めなかった。十数秒から一分程度で次のニュースへと移行してしまったのなら尚更。更に言えば、メディアが流す情報というものはいくらでも加工の余地があり、その結果全てのニュースで『犯罪者を捕らえたのは管理局』という形になっている。また、犯人達は『逮捕された』としか報道されなかったのも大きい。実際は拷問を受けた者が多々存在する。確かに犯罪者を逮捕したのは管理局員であるが、その結果をもたらした人物のことを当事者や一部の者を除いて知る者は存在しない。それを知ったところで、その人物は管理局の人間が確認する前に姿を消しているのだ。それ以上知りようがない。違法魔導師が使っていたデバイスや犯罪組織に設置されていた監視カメラといった、謎の人物に関する情報媒体は一つ残らず破壊され、犯罪を犯していたという”証拠”と犯罪者と被害者の証言のみしか残っていないのだから。ソルがミッドチルダに来てから一週間が経過。その間、彼は一日に片手では数え切れないが両手でなら数えられる程度のペースで犯罪組織を潰して回っていた。普通の人間から見たら異常なまでのハイペースであるが、やってることは非常に単純である。転移→戦闘→その場で情報収集→管理局に匿名で通報→管理局員が到着したのを確認→転移→戦闘→その場で情報収集……これらの繰り返し。といった風に事後処理は全部管理局任せ、悪く言えば丸投げしているのだ。移動と戦闘と情報収集、最後に管理局が来るのを待つこと以外に時間を掛けていない。ソルにとって都合が悪い情報は管理局を待っている間に自ら物理的に破壊することに加え、クイーンを介してハードに侵入し情報媒体のシステム面でも破壊しておく。残るのは証言と犯罪者達の証拠のみ。彼なりに用意周到にしているつもりだった。しかし、残しておいた証言が噂となって広がるのはどうしようもないことである。「ねぇリンディ、知ってる? 管理局内で噂になってる謎の魔導師のこと。白と赤のバリアジャケットに身を包み、剣型のデバイスを手に紅蓮の炎を操る凄腕の魔導師、証言によると十三歳から十五歳くらいの少年らしいわ」「ぶっ!!」「ちょ、汚いわね!! 急にどうしたの?」「ご、ごめんなさいレティ。ちょっと気管にお酒が入っちゃったみたいなの」平静な態度を装い誤魔化しながら、リンディは心の中で大いに焦っていた。(どう聞いてもソルくんじゃないの!? 一体何やってるの彼は!!)まさか世直しとでも言うのだろうか?あの面倒臭がりが?あり得ない。しかし、気に入らないことに対してはとことん我を貫く我侭でおまけに傍若無人。気に入らないという理由だけでとんでもない行動力を持って実力行使に出るような傲岸不遜にして唯我独尊な性格だ。きっと彼の逆鱗に触れるようなことがあったに違いない。「続けるわよ。詳しくは私も知らないんだけど、此処最近ニュースでやたらと管理局の活躍で犯罪者が逮捕されたって報道されてるけど、実際に捕まえてるのはその炎の魔導師みたいなのよ」汚い話だけど私達管理局が美味しいとこ取りしてるのよ、とレティはグラスを傾けながら続けた。「……へー」と相槌を打ちつつ、彼に関する情報を闇の書事件の時に片っ端から抹消しておいて良かったと安心するリンディ。提出した報告内容はエイミィが巧妙に編集したおかげで、”ソル=バッドガイ”という人物は管理局内ではその名前が売れているだけ、実質誰もどんな人物なのか知らないのである。管理局の人間で、彼の姿形、バリアジャケットやデバイスの外見、戦闘スタイルなどを知っているのはアースラクルーのみ。まだ現段階では”ソル=バッドガイ”イコール”謎の炎の魔導師”ではない。それからレティの話に口数少なくうんうんと頷くだけにしておく。下手なことを言わない方が良い。絶対に後で後悔するに違いない、自分が。「で、どう思う?」「……え? 何が?」「だから、その魔導師のこと。確かに功績はエース・ストライカー級だというのは認めるけど手加減を知らないっていうか、容赦無いことによ。今時殺傷設定で犯人達が半殺しよ? 彼程の実力者ならもっと穏便に、違う優しく、変な言い方ね、とにかく何とかなる筈でしょ?」「……」それはそうだろうが、死が常に隣り合わせで、殺し合いが日常茶飯事な世界で、自分達が生きてきた時間の数倍は長い年月を血に染まりながら戦い抜いた男なのだ。管理世界で生まれ育った人間が彼の価値観を理解するのは難しいかもしれない。闇の書事件を解決後、ヴォルケンリッターの判決が言い渡された時の彼の驚いていた表情を思い出す。――こんな甘い判決があり得んのか?最低でも数年は檻の中だと思っていたと言う。最悪、封印刑と。まあ、もしそんなことになったら全力で控訴や上告をする気満々だったみたいだけど。――はっ、魔法主義様々って奴か。皮肉気に笑う彼は、何処か複雑そうな表情だった。恐らく、司法取引によって罪を償わせる時空管理局を甘いと思っているが、その甘い考え方のおかげでヴォルケンリッターとはやてが辛い目に遭わずに済んで良かったということだろう。彼は身内にはとてつもなく甘い反面、敵には一切容赦しない。レティの話を聞いている限り、犯罪者達はソルに殺されても文句を言えないようなことに手を染めている重犯罪者だ。彼の過去や人となりをある程度知っているリンディとしては、確かにやり過ぎだと思うが死ななかっただけ御の字ではないか? と思ってしまう。罪、罰、贖罪、そういったことに関して異常なまでに固執している人物なのだから。そんな彼に徹底的に痛めつけられたということは、更生出来る余地無しなのでは?PT事件の時のリンディを看破したこと、グレアム提督の本質を見抜いたこと、彼の冷酷で観察するような真紅の眼は恐ろしいまでに相手の心の奥底を映す。実際は皆が皆、重傷患者になった訳ではない。比較的軽傷の者も少なからず存在している。その者達は自分がした過ちを大いに反省しているとレティは言ってたから、更生させられると判断されたのだろう。勿論、犯罪者を殺すというのを善しとすることは出来ないけど、彼は彼なりに信念を持って戦っているし、実際に彼の行為によって救われた人達もたくさん存在する筈。彼の全てを否定することは出来ない。それでもやはりこの話を聞いた管理局員は大抵は眉を顰めるらしい。もし自分が彼に出会っていなければ似たような態度を取っていた筈だ。別に彼は誰かに認められたくてこんなことをしているのではない。単に気に入らないだけ、絶対にそうだ、そうに決まっている。「まさに背徳の炎、ね」「え?」思わず彼の二つ名を口にしてしまう。背徳の炎。彼の二つ名の本来の意味とは違うが、今の彼にはピッタリの名だ。モラルもへったくれもないやり方で犯罪者を断罪する紅蓮の炎。まるで自身が必要悪とでも言うように。レティにそう説明すると、彼女は納得したように頷いた。「背徳の炎、言い得て妙だわ。リンディにネーミングセンスがあったなんて意外ね」「失礼ね……どういう意味よそれ?」リンディは抗議の声を上げると、グラスを傾けてアルコールを飲み下した。それにしても、この炎は何時鎮火することになるのやら……日本で言うところの草木が眠る丑三つ時。つまり深夜、首都クラナガンから遠く離れた辺境と言ってもいい森の中、一つの精鋭部隊が作戦の為に展開し、今か今かと作戦実行の合図を待っていた。後ろ暗い部分が見え隠れする施設に対しての突入捜査である。部隊長を勤めるゼストの睨みでは、ほぼ間違い無く違法な研究が此処で行われている筈だ。彼はテキパキと部下に指示を送って一部の隙も無く部隊を展開し終えた後、今まさに突入の合図をする瞬間に、「!?」それは起こった。展開された結界魔法らしきもの。ミッドでもなければベルカでもない、全く見たことが無い未知の術式。それが施設をすっぽりと覆い尽くす。次の瞬間、施設の一部が大地を揺るがすように爆発し閃光と轟音を伴って二つの光が飛び出した。「誰だ!? 指示を待てずに先走った者は!!」『いえ、それが、誰も動いてません!!』「何だと!?」通信機に向かって怒鳴るゼストに返ってきたのは部下であるクイントの戸惑った声。じゃあ、一体誰が?思考を巡らせている間にも爆発と同時に施設から現れた二つの光は――片方は紅蓮の炎を纏った赤、もう片方は銀――空中を高速で激しくぶつかり合い、「オラァァァァッ!!!」紅蓮の炎が銀を力任せに大地へと叩き付けた。「あれはっ」銀色の光は確か、金さえ払えば女子どもでも情け容赦無く――むしろ喜んで殺す違法魔導師であり、魔導師ランクはAAAランク、今回の任務で最も危険な要注意人物だ。資料によると三十台前半の中肉中背の男と聞いたがもっと若く見える。「く、くそ」ダメージを負い、それでも何とか杖型のデバイスに身を預けるようにして立ち上がった違法魔導師から少し離れた場所に、紅蓮の炎が舞い降りる。「子ども?」それは少年だった。まだ十代前半と言っても過言ではない。白を基調にしていながら赤が目立つバリアジャケット、その体格では不釣合いな程大きな剣、そして剣に纏わせた紅蓮の炎。「隊長、もしかしてあの子どもが最近噂の”背徳の炎”ではないのですか?」「……」メガーヌの言葉に黙考するゼスト。「貴様、一体何者だ! 管理局か!?」違法魔導師が口の端から血を流しながら疑問を口にする。だが。「あの世で考えな」少年は氷のように冷たい、刺すような殺気を滲ませ見下すように鼻で笑うと、地面を割るかの如き勢いで踏み込んだ。咄嗟に杖を盾のように構え防御魔法を展開するが、炎を纏った右ストレートが衝突した瞬間に銀の壁は粉々に打ち砕かれ、「くれてやるぅぅぅっ!!!」怖気が走る程に莫大な魔力が発生し、突き出した右腕に剣を逆手に持った左腕が添えられ、それが振り上げられた瞬間に巨大な炎の渦が生まれ違法魔導師を呑み込み爆裂した。眼を灼く閃光と熱気、耳朶を叩く轟音と肌を炙る熱風。火達磨になって吹っ飛ぶ違法魔導師は、その身体を施設の壁面に強か打ち付け、それだけに留まらず壁を破壊して内部に入っていった。強引に出来た”入り口”を潜るように違法魔導師を追う少年。「……」「……」いきなり眼の前で起きた戦闘に、誰もが呆けたように我を忘れてしまったのは無理もないのかもしれない。歴戦の勇士であるゼストとその部下であるメガーヌですら戦慄していた。あの違法魔導師の魔導師ランクはAAA。それを秒殺した少年は一体何なのか? 戦闘技術と発生した魔力反応から見て、明らかに魔力量もランクもオーバーSだ。だが一番驚いたのは彼の強さよりも、その魔法が殺傷設定であるということ。初めの爆発で出来た穴も、先の技で生まれたクレーターも真っ黒に焼き焦げている。あの少年は目撃情報に一致している。その上殺傷設定での魔法攻撃。管理世界で犯罪組織を潰して回っている謎の魔導師……”背徳の炎”の噂は本当だった。ゼストが何か言おうとして口を開きかけたその時、またもや施設内で爆発音。振動が此処まで伝わってきていた。『こ、今度は何!?』通信機越しに聞こえるクイントの慌てた声。それを聞いて初めてゼストは我に返り、内心で思わぬ事態に遭遇して固まってしまったことを恥じると、部下に指示を送る。「クイント、メガーヌ、一度全員合流するぞ」「隊長?」「あの少年が本当に噂通りの”背徳の炎”であれば少なくとも俺達の敵ではない。だが、此処で俺達が突入して万が一彼の敵だと誤認されてみろ?」殺傷設定で魔法を放つオーバーSランクの魔導師との遭遇。想像なんてしたくもない。結果なんて火を見るよりも明らかだ。同じオーバーSランクのゼストや、その部下であるクイントやメガーヌなどのエース級が揃っているとは言え、部隊に多大な被害が出るに決まっている。まだ死人は出ていないということだが、もしかしたら今度こそ出るかもしれない。ゼストの指示に逆らう者は誰一人として居なかった。「見るべきもんはこれで最後か?」独り言を呟きながらクイーンにこの施設のメインコンピューターへのクラッキングをやめさせる。「それにしても人体実験とはな……テメェら犯罪者は俺を怒らせるのが得意らしいな、ああ?」「ぐげ」研究者らしい白衣を着た男の顔面を蹴りつけると、涙を零しながら命乞いをしてきた。「ゆ、許してください、許してください!! なんでもします、なんでもするから命だけは!!!」「じゃあ死ね」俺はそう言って側頭部を爪先で蹴ると、白衣の男は面白いように転がって壁に頭を打ち付けるとそのまま沈黙する。たぶん、まだ死んでないと思う。死のうが生きようが知ったこっちゃねぇが。「ハァ、クソが」溜息に続いて毒を吐くと、額に手を当て歩き出した。やはり魔法が実在するとそれを用いた違法な研究ってのは何処でも行われてしまうのは最早人間の性らしい。かつての自分もこの研究所に居た人間達と同じようなことに手を染めていたかと思うと、とてつもなくドス黒い気分になってくる。それから俺は実験体が保管されている区画に足を向けると、頑丈で重そうな金属の扉を素手でこじ開け、一つ一つ檻をぶっ壊して回る。「その内管理局の連中が助けに来てくれる筈だ。此処でもうしばらく待ってろ」出来るだけ安心させるような声を出しながら、俺は囚われていた者達を残してその区画を後にした。と。「ああン?」しばらく歩いていると、何かの気配と小さな小さな魔力反応を感じて振り返る。「?」視界の中には、小指の先程度の大きさの羽虫が一匹飛んでいた。見たことも無い種類の虫だが、地球以外の生命体には詳しくないので特に気にすることは無いと思いつつも、何か怪しいものを感じてクイーンに命令を送る。「俺達から半径百メートル以内に存在する体温が人間程度の生き物を割り出せ」<了解。法力場を展開します>命令を忠実に実行するクイーン。俺は何か嫌な予感を感じつつ、なんとなく羽虫を駆除しておく。炎を纏った封炎剣を一閃、それだけで羽虫は蒸発する。やがて俺はクイーンの報告を聞き、嫌な予感が的中してしまったのを目の当たりにすることになった。「おいおい、俺はまだ管理局に通報してないぜ」施設のエントランスホールで俺を待ち構えていたのは、三人の魔導師。一人は身長が高い体格がごつい三十前程度の男。その手に一振りの長大な槍を持ち、油断無く俺を見つめている。黒茶の髪を短く刈り込み、顔の彫りが深く、それなりに修羅場を潜って生きてきたのか眼つきはなかなか鋭い。もう一人は長い青い髪の二十代くらいの若い女。ローラーブーツを履き、両の拳にやたらごついナックルのような物を装備している。残った一人も二十代若い女。こちらは髪の色は紫で、先の女同様長い。見た目他の二人と比べて武器らしいものは装備していない。精々バリアジャケットを纏って、両手にグローブを填めているくらいだが、先の妙な羽虫の件がある。明らかに近接戦闘が向いてなさそうな感じがするから、警戒して損は無いか。「貴方が、”背徳の炎”?」青髪にそう問われて、俺は眉を顰めるだけの表情の変化をしつつ、内心でぎょっとする。この二つ名を知っているのは身内とアースラクルーのみの筈。誰かが情報を漏らした?「何のことだ?」とぼけながら、もしそうなら絶対にそいつをぶっ殺してやると心に決める。身内の連中ってのはあり得ないからアースラの連中か? 一体誰だ?「最近管理局内で噂になってる謎の魔導師のことよ」紫髪が補完するように説明した。「”背徳の炎”は犯罪組織を無力化した後に匿名の通報を管理局にしてくる謎の人物。彼のおかげで最近では様々な非合法組織のメンバーが逮捕出来たし、たくさんの命も救われた」「被害者とかその家族からお礼がしたいって電話が管理局に殺到してるのよ」微笑む青髪。「しかし、その”背徳の炎”とやらは犯罪者に対して一切容赦しない性格らしい。事実、犯人の大半は重傷を負った状態で逮捕された。管理局内では殺傷設定の魔法を平気で使う危険人物だと噂されている」此処に来て初めて槍男が口を開く。「そうそう、本局のお偉いさんが言ってたらしいのよ。犯罪者に対してまるでモラルの無いようなやり方と炎を操る魔力変換資質から”背徳の炎”って呼ばれるようになって、それが局内で一気に広まった訳」若干緊張感が欠ける暢気な感じで青髪が教えてくれる。それを聞いて俺は内心、安堵の溜息を吐く。なるほど、そういうことか。どうやら裏切り者が出た訳じゃ無いらしい。恐らく”背徳の炎”って呼び方自体はリンディからだろうが、そういうことなら丸焼きコースは勘弁してやる。しかも、今の話を聞く限り”ソル=バッドガイ”イコール”背徳の炎”って訳じゃ無さそうだ。「目撃情報から外見は十代前半から中盤の少年、黒茶の長い髪、真紅の眼、白と赤のバリアジャケットを纏い、剣型のデバイスを持ち、紅蓮の炎を操ると聞いた……お前で間違い無いな?」問い詰める、というよりは確信している事実を確認するような口調。さて、どうする?はっきり言って何も答えずにこのままトンズラこくのが無難っぽいが、そう簡単に逃がしてくれるか? それなりにやりそうだぞ、こいつら。相手が眼の前に居る三人だとは限らない。半径百メートル内には居なかったが、その範囲外は伏兵が控えているかもしれん。口ぶりからして十中八九管理局の人間だから、戦うとなったら手加減してやる必要があるのが非常に面倒臭ぇ。「やれやれだぜ」俺は深い溜息を吐くと、逃げるか戦うか悩みながら首を回してゴキゴキと音を鳴らすのだった。後書きGG2やったことある人なら分かると思うけど、ソルは走るのメッチャ速いです。普通に高速を走る乗用車以上に。GG2がレースゲームだと言われる由縁。なのはが飛ぶよりソルが走った方が速い、という設定ですのであしからず。……いや、本編にあんま関係無いけど。ソルがゼスト達に気付かなかったのは、ギリギリでクイーンが展開した結界の範囲外だったのと、訓練された魔導師が気配を殺し、かつ認識阻害の魔法を使っていたからです。