SIDE ヴィータアタシは今此処ベルカ自治領の演習場内を、魔法無しの近接戦闘訓練をしている騎士のタマゴ達を見ながら、時に動きについて指摘をしたり、注意をしながら歩いていた。その中でも一際熱気を発しているのがソルが面倒見ている連中だろう。騎士達の中でも特に気合と根性がある奴らが集まって、一対一で丁寧に模擬戦の相手をしてもらっている。外見はソルよりも年上として映る青年がペコリと頭を下げ、雄叫びを上げながら訓練用の木刀を手に襲い掛かったが、「気合が入ってるのは分かったが、攻撃が大振りで見え見えだ」渾身の一撃をサイドステップであっさり交わされる。更に追撃が来るが交わされる。三度目の正直と言わんばかりに振るわれた攻撃も見事に交わされ、振り向き様に一発良いのをもらって地面に転がった。青年から他の者達へと向き直ると、ソルは厳かに言う。「相手が自分と同じ近接戦闘に特化しているからって真正面から突っ込むのは、カウンターを狙ってくださいと言ってるようなもんだ。今みたいに一撃で決めたいんだったら必ず決まると確信した場面以外にはするな」まずは牽制やフェイントをどうたら、戦う距離がこうたら、武器のリーチがこれこれ、相手のタイプが云々、体格や体重差がある場合や無い場合には……、と一通り説明した後にまた順番に相手をするのを再開し始めた。今度は数合打ち合ってから、隙を見て反撃するソル。どてっ腹をぶん殴られてのた打ち回る騎士に歩み寄って一言二言注意すると、次の相手をする。やっぱりあいつ、面倒臭そうにしてる割に面倒見良いよな。やがて休憩時間となり、今日の訓練の半分が終了した。「で、どーよ? 教官様から見た生徒達は?」「テメェも教官だろうが」教官用に宛がわれた休憩室でソルと二人で飯を食いながら仕事の話をする。呆れたように溜息を吐いて、ソルは魔法瓶に入ったアイスコーヒーをコップに注いだ。「ま、悪くねぇ。魔力量とか抜きにしてどいつもこいつも良い根性してやがる。選考試験をやっといて正解だったな」「あの体力測定に見せ掛けたテストとマークシート式の筆記テストか……あれやるってお前が言い始めた当初は誰も通らないんじゃねーかって心配になったぞ」「あくまでこれから先の人生を戦闘の為に費やせるかどうか、やる気と根性があるかどうかを推し量るもんだ。ある程度の結果を残せば誰でも通るように設定はしたつもりだ」逆にあの程度で落ちるくらいなら魔導師や騎士の道を進まない方がそいつとって幸せだ、と苦笑しながらソルはコーヒーを啜った。ソルを中心としたアタシ達が聖王教会のカリムから請けた仕事。教会騎士団専属の戦技教導官。それを行う前にソルが騎士達にやらせた二つのテスト。まずは体力測定……と言いつつ、実は、それぞれの身体能力では若干厳しい内容で行わせた根性テスト。最初の持久走で体力をごっそり削った後に、腕立てや腹筋、スクワットなどの筋トレを個人に合わせた一定のノルマを課してやらせる。此処で、ギブアップは可能だと事前に言っておく。しかし、ボーダーラインをこちら側で設定しておき、それを超えなかったら不可、超えたら可、合格ラインを超えたら良、更にその上のラインを超えたら優、って評価を付けるのだ。不可、可、良、優ってのはクラス分けする為の評価で、不可はアタシ達の教導を受けられない可能性がある、可より上の場合は教導が受けられる可能性があるってことだ。次に、騎士達がヘトヘトの状態でまともに思考が出来ないような状況下で筆記テストを行わせる。たとえ肉体が疲弊し切っている状況でも、もしくは実際の戦場で怪我などを負った劣悪な状態で冷静な判断が出来るか否か、という精神テストみたいなもんである。問題は一問につき十秒以内で答えられそうなものが全部で三百問。制限時間四十分。マークシート式なので、YES or NO どちらかの回答を塗り潰せばいい。内容は性格診断に始まり、戦いに関してそいつが向いているか否かの適性診断だったりと様々。先の体力根性テストと筆記テストの結果を照らし合わせた上で、最終的に教導が受けられるかそうでないか判断する。もし、体力根性テストの方で不可という不名誉な評価を得ても筆記の結果によっては受けられる場合があり、逆に筆記が悪くても体力の方で優を得ている場合も受けられる。逆もまた然りだが。つまり、生徒に振るいを掛けていたこと。で、二つの試験の結果全体の25%が落ちたが、ソルとしてはむしろ残った方らしい。二つの試験で少なくても40%は削るつもりだったとか。それからは能力別にクラス分けを行い、実際に訓練を開始してみてからまた振るいに掛ける。テストの結果は良くても蓋を開けてみればダメだった、というのはよくあるからだ。この時点でもやはり脱落者というものは出てきてしまうもので、更に三人に一人くらいはサヨナラすることになった。此処に来てようやく、本決まりということになるのだ。最終的に残った人数は、最初の人数の半分弱くらい。週にだいたい四、五回。最初の契約では週に一、二回って話だったのだが、それじゃあ金もらってるのに仕事として成り立たない――騎士が育たない――というソルの言葉によって契約が変更される。前半二時間、後半二時間の計四時間。間に一時間休憩を取る。教官の人数はその日のシフトに応じて二人から四人、最大は全員にまで変動する。全員が揃うのは滅多に無いけど。教官側は、基本的に学校行ってる連中は放課後か土日祝日で、残った働いてる連中は空いた時間に臨機応変にって感じだ。一人週二回、多くて三回程度。疲れを残さない為だ。本業に支障が出たら即解雇する、とソルが宣言したので教官側は週に出れる回数が最大四日と制限がある。ソルは労働にはそれに見合った報酬と休暇が支払われるべきだと言う。デバイス制作時に碌に睡眠取らなかったお前が言うなと皆に言われていたが、あれは報酬を得るために行った労働ではないと言い返されたので誰もが渋々納得した。こんな風に上手く調整して、アタシ達は地球とベルカ自治領を行ったり来たりする生活が続いている。はやてが四月から学校に行けるようになって、だいたいそのくらいから教導を開始し始めたから、もう二ヶ月は経過している。日本じゃジメジメしてて雨ばっかで、天気予報見て鬱になる季節だ。アタシ達ヴォルケンリッターがはやての家族になって一年。翠屋で盛大な誕生パーティーをしたのはこれとはまた別の話。閑話休題。ちなみに今日はアタシとソルの二人っきり。別に誰かが意図してこうなった訳じゃなくて、シフトの調整上偶然こうなったんだということを明記しておく。淑女同盟の方々が羨ましそうにシフト表見てたけど、アタシの所為じゃない。「そういや知ってるか? アタシらが此処で働いてることが管理局でたまに噂されてるぞ」実は教導し始めてから一ヶ月も経たずに噂になってたんだけどよ。今でも噂されてるってのを同僚から聞かされる。「そりゃ噂されるだろ。お前ら管理局内で有名じゃねぇか」アタシははやてお手製のお弁当を、ソルは桃子さんお手製のサンドウィッチを口に放り込みながら話す。「他人事みてーに言いやがって……こっちはお偉いさんに顔合わせる度に問い詰められるんだぞ。『聖王教会に協力しているのか?』ってな」「はっきり答えてやれよ。ギブ&テイクの関係です、金もらって仕事してますって」「その後が面倒臭ぇーんだよ。どんな風に答えたって結局言われることは同じだから」「なんつわれんだ?」「管理局に無償奉仕しなくちゃいけねー立場なんだからもっと真面目にこっちの仕事しろとか、聖王教会の倍は報酬を払うからこっちの面倒を見てくれとか、とにかくそんなんばっか」「確かにそれはうぜぇな」同意するようにソルは頷いて、サンドウィッチを平らげる。「お前らが管理局に居る間はそういうこと言ってくる輩ってのは消えないもんだと思って諦めろ。ヴィータだけじゃなくて、シグナムとシャマルとザフィーラも似たようなこと言われてんだろ?」「ああ」「でも普段から愚痴らねぇってことは、そういうもんだって割り切ってんだろ。だったらお前もそういうもんだって割り切るしか無ぇ。別に愚痴るなとは言わねぇ、ただ、言われ続けることは諦めろ」「けどよ、実際マジで鬱陶しいぜ?」「だったらユーノ並みに高いスルー能力を手に入れろ。あいつ、たまに俺の話全く聞いてねぇ時がありやがる。特に、自分にとって都合が悪いことに関しては聞き流してるし」いや、お前が何時もユーノに無茶振りするからだろ。あれは絶対にお前の所為だ。そう思いつつも、大人なアタシは空気を呼んで口には出さないことにした。その時、アタシはあることを思い出して頭の上で電球がピコンと点る。「あ」「んだよ?」「噂で思い出した。二月の下旬から三月の下旬に掛けて管理局で噂になった”背徳の炎”って十中八九お前だろ」翠屋で桃子さんからもらったキャラメルミルクが入った魔法瓶の蓋を開けながら、アタシはニヤニヤと口元を緩ませながら言ってやる。「バレンタインデーから丁度二週間くらい家出してたし、目撃情報まんまお前だし、間違いねーだろ」それに対してソルはどうでもよさそうにしながら、若干憮然とした様子になった。「……今更だな。正確には十五日間だ」「目立つのが嫌いな癖して随分派手なことしたじゃねーか」「あれってやっぱ目立ってたか?」「当たり前ぇだろ。ミッドじゃほんの少しだけニュースになったくらいだ。お前何回火災起こしたか覚えてねーのか?」「ちっ……昔と同じ感覚でやっちまったのが仇になったか」この言い分からすると、ソルは別に目立つつもりは無かったらしい。詳しい話を聞くと、ソルが賞金稼ぎを現役でやっていた時代というのは法力が理論化したおかげで表向きには科学が全面的に禁止となった元の世界での話。カメラが存在しなければ、ビデオやテレビも存在しない世界だ。その所為で情報媒体は自然と限られてくる。しかも、当時のソルは匿名の賞金稼ぎとして生活していたので、そのおかげで名前が売れるという事態は無かった。名前さえ名乗らなければ有名にはならないと長年思い込んでいたツケが回ってきたのだ。また、管理世界間での情報伝達を舐めていたというのもある。「噂が広まった当時、リンディさんが愚痴ってたぞ。暴れるならもっと穏便にしてくれって」「そもそも俺はハナッから犯罪組織なんざ相手する気は皆無だったんだよ」「その割には凶悪な犯罪グループとか悪質な違法魔導師ばっか付け狙ってたじゃん。しかも、どいつもこいつも半殺しにして」「後腐れ無いように皆殺しにしておけば良かったか?」「違ぇーよ!! あそこまでやる必要があったのかって言ってんだよ!! 大半の連中が今も入院してんだぞ?」アタシが思わず怒鳴ると、ソルは何を怒っているんだといった感じにやれやれと溜息を吐く。「俺の賞金稼ぎ時代のメインターゲットがギアってのは知ってるな」「……急になんだよ」「まあ聞け。無害のギアってのは少ねぇ、居るには居るが皆無に近い。だから賞金首になるようなギアは生かしておく必要が無ぇ。つまり駆除が目的だ」「……」「で、次に俺が一番狙ったのが犯罪者の賞金首、特に生死問わずの、重犯罪を犯した凶悪な奴だ。長旅ってのは金が掛かるから、貴重な生活費の足しになるのが理由だ」急に何時もの仏頂面が、禍々しい残酷な笑みになる。「それとこれとが、一体何の弁明になるってんだ?」とりあえず聞いておく。最低最悪の答えが来るだろうと容易に想像出来るので、あまり聞きたくないが。「換金する時に本当に賞金首かどうか確認する際、何が一番有効だと思う? 勿論、写真やビデオカメラなんて便利な記録媒体が無い時代だ」「……顔、いや……首か?」「察しが良いな」クスッ、と冷笑した後、ソルは子どもが見たら泣き出してトラウマを刻み付けそうな笑みから何時もの仏頂面に戻る。だから、殺さないだけまだマシだとでも言うのだろうか、こいつは?いや、さっきの「後腐れ無いように皆殺しにしておけば良かったか?」という口ぶりから、少なくともソル自身は殺しておくべきだと思っているんだろう。確かにソルが捕まえた連中は強盗殺人、強姦殺人、誘拐、人身売買、そんなことをまるで呼吸をするのと同じように手を染めてきた者達ばかりだ。どいつもこいつもクズ野郎ばっかりのクソッタレ犯罪者だ。管理局法ではなく地球の法律だったら、アメリカとかならほぼ終身刑か死刑になる。何よりソルはアメリカ人って話だし、犯罪に対してそういう滅茶苦茶厳しい面があるってのはよく知ってる。特に、弱者を強者が虐げるような理不尽な犯罪に対しては。被害者が理不尽な暴力を受けたように、自分も同じようなやり方で犯罪者に理不尽な暴力を与える、そういう考え方はソルらしいと思う。ソル=バッドガイ……バッドガイ……悪い奴……”悪”、か。かつてはギアでありながらギアを狩る裏切り者だった男。毒をもって毒を制す――勝手に改造されたという仕方が無い事情があるとはいえ――その言葉通りに戦ってきたのは事実だ。ソルは自身を必要悪だと考えているのだろうか?かつての自分のような人間が存在したからギアが生まれてしまったのだと、そしてギアは――勿論自分も含めて――人間の穢れた欲望の産物と言う。罪を犯したのなら罰を受けるべきだ、という考えを持ちながら百五十年以上も贖罪に――復讐にも――生きてきた。もう二度と自分のような存在が生まれてきてしまわないように。「だからって、あんまやり過ぎんなよ……今度はお前が賞金首になんぞ」アタシにはこれ以上のことをソルに偉そうに言えない。ソルはやり方はあまり褒められたものではない。むしろ真面目な管理局員――クロノとかなら大激怒するのが目に浮かぶ――だったら戦慄する筈だ。そうでなかったらソルが家出して十日程度で噂になったりしない。それだけこいつのやり方ってのは非殺傷設定が常識の管理局からしたら衝撃的だ。魔法は便利な力であると同時に危険な”力”だということを、誰よりも理解しているからこそソルはその”力”を振るったのだろうか?皆にそのことを訴えたいから。SIDE OUT背徳の炎と魔法少女 家出編 その一地球から一気にミッドチルダまで転送魔法を使って到着すると、俺は安堵なのか疲労なのか何なのかよく分からない溜息を吐いた。しばらくの間は地球に帰りたくない。身内にも会いたくない。理由は推して量るべし。此処はクラナガンから少し離れた郊外。それでも車かレールウェイでも使わないとかなり時間が掛かるが――自然は割りと多く閑静な住宅街が続く静かな街だ。とりあえず何処か店に入ってゆっくり飯にしよう。持ち合わせはあまりないが、今までスクライアの発掘作業を手伝った報酬の半分をミッドの通貨にしておいたおかげで、数日は食うに困らない。いざとなったら森にでも入ってサバイバルでもしようか。いっそ日雇いの魔導師の仕事でも見つけて働こうか。(ま、なるようになるだろ)俺は久しぶりに一人で行動することに若干の懐かしさを覚えながら、首都クラナガンを目指して歩き始めた。やがて徐々に賑やかさが増していく街並みを眺めながら、どの店で飯を食おうか頭を悩ませる。(あんまこの世界に来たことなかったのはまずかったか?)特に当てがあった訳では無く、美味くてゆっくり出来る飯屋ならば何処でも良かったので色々な場所をフラフラしていたら、歩けば歩く程、人が増えれば増える程――管理局の本部が存在する管理世界の中枢を担うだけあって――あちこちが異文化コミュニケーションちっくで混沌とした所に出てしまった。何処だ此処?雑居ビルが建ち並ぶ光景を過ぎ、裏道っぽい通路を歩き、気が付くと薄ら寂しい路地裏に居た。食事処を探していただけなんだが、どうしてこう、社会の裏で犯罪が起きてそうな場所に出てしまったんだ?いや、確かに賞金稼ぎ時代はこういう場所に自分から進んで足を運んでいたのは事実だ。獲物が居る場合や、情報屋と交渉する時なんかはこういう人目が避ける場所が一番良い。アウトローだった頃を懐かしみながら来た道を戻る。元の賑やかな雑踏に戻ると食事処探しを再開するのだが、一向に「この店にしよう」と思う店に出会わない。日本やアメリカだったら勘や経験で店を決めたり馴染みで無難なチェーン店に入るのに、ミッドに構えている店というのは他の様々な世界からやって来たであろう店なので、外観で味の良し悪しが分からない。昔は食事など栄養補給の一環だったので食えれば良いって感じが強かったが、高町家に居候して以来食事は嗜好品の一つと言えるようになった。つまり、外れたくないのである。なまじ美味い店で普段飯食ってる所為か、妙な部分で外食するなら美味いのが良い、と高望みしてしまう。あまり贅沢は言えないってのに。全く変な癖がついてしまった。結局、見た目日本の居酒屋っぽい店を見つけので少し興味を引かれて入ってみるとまんま日本料理店だった。もういいやこの店で、って感じに決める。既に探すこと自体が面倒になってきたのである。メニューに『生姜焼き定食』とミッド語で書かれたのがあったので、地球のとどのくらい差があるのか試したくなって頼んでみる。出てきた料理は普通の生姜焼き定食。食ってみた。普通に生姜焼き定食だった。普通に美味かった。(……ミッドまで来てなんで日本料理食ってんだろう……もっと違うもん食えばいいのに……)何故か押し寄せる敗北感を噛み締めながら腹を満たす。会計を終えて店を出ると、テキトーに街をブラブラ歩く。かつてユーノから管理世界は就労年齢が低いと聞いた。当の本人も既に発掘作業のチームを任されていたり、クロノが管理局員として働いていることから分かっていたが、俺くらいの外見年齢の奴がほっつき歩いていても補導されないことでそれを実感する。以前はよく警察(カイじゃないぞ)にとっ捕まりそうになって逃げたので――今もだが――この時間帯の街中を堂々と歩けるのが微妙に新鮮だったりする。コンビニらしき店に寄ってコーヒー缶を買い、テキトーに休める場所を探しながらまたしても当ても無く歩き続け、やがてそれなりに大きな自然公園のような場所に辿り着いた。俺はこれ幸いと公園に入り、テキトーなベンチに座るとプルタブを起こして缶を開け、中身を喉に通す。視界は青い空を公園内の緑の木々に彩られ、平和そのもの。母親が三、四歳くらいの幼児と共にボール遊びをしていたり、爺が日向ぼっこしながら本を読んでいたり、婆がトレーニングウェアを着てウォーキングしていたりする。ゆっくりと時間が流れているのを満喫しながら、さてこれからどうしようか、そんなことに思考を巡らせていたその時だった。今まで気配を殺して隠れていたのか、それとも魔法で転移してきたのか、――恐らく魔力を感じなかったので前者だろう――中年の男が視界の先に突如現れ、「きゃあああっ!?」「ママァァァ!!」ボール遊びに興じていた親子に襲い掛かり、母親と子供の両方をバインドで拘束すると、子どもの方を抱えて走り出した。「ぶふっ!? ゴホッ、ゲホッ!!」いきなりそんな光景を目撃してしまい、俺は驚きのあまり口に含んでいたコーヒーを思いっ切り吹き出して咳き込んだ。さ、さっきまであんなに平和だったってのに!! その平和をぶち壊すようにして誘拐事件が発生しやがった。アメコミみてぇなタイミングだ!!中年の男は子ども一人を抱えながらも見事な健脚で走り去っていく。魔力を感じたので身体強化でも使ったのだろう。あっと言う間にその後姿が遠くなっていく。一瞬追おうとして、此処が管理局のお膝元である首都クラナガンの近辺だということを思い出し、踏み出した足を躊躇させてしまう。その間に男は視界から完全に消え失せた。「ちっ」内心で少しでも躊躇したことに舌打ちしながら、管理局が何とかするだろうと思い直しベンチに座った。騒ぎを聞きつけた、というか見ていた老人共が母親に走り寄り助け起こしていた。「私は大丈夫です、それよりもシェリーが、私のシェリーが!!」顔面蒼白になって暴れるように我が子の名を呼ぶ母親に、老人共が落ち着くように言って管理局に連絡しろだろか何とか言ってるのが聞こえてくる。俺は我関せずを貫きながらコーヒーを啜って成り行きを見守ることにした。しかし、それでも落ち着かない様子で母親は喚き散らし、こう言いやがった。「管理局を待っている間に他の次元世界に連れてかれてしまうに決まってるわ!! 貴方達だって最近色々な世界のニュースで話題になってるから知っているでしょう!! 高い魔力資質を持つ子どもばかりを狙って起きている誘拐事件を……きっとそれに違いないわ!! まさかこのクラナガンで誘拐が起きるとは思っていなかったのに!!」高い魔力資質を持つ子どもを狙う誘拐事件?そんなもんを誘拐してどうするのか?答えは簡単。使い道ならいくらでもあるから売ればいい。きっと高値で買い取ってくれる非合法組織は星の数程あるのではないか?管理世界が魔法主義な世界ってのは、PT事件の時にアースラ艦内の端末から得た情報で嫌って程思い知らされた。クロノが十四で戦場に出ているのがいい例だ。子どもなんていくらでも再教育する余地がある。生後数年なら尚更だ。――……面倒臭ぇ。此処はミッドの首都クラナガンだ。放っておけば管理局が動いて勝手に何とかしてくれる筈。「いやぁぁぁぁっ!! 離してください!! あの子を助けるのぉぉ!!」「無茶じゃよ! 相手は未だに犯人一味の末端すら管理局が捕まえられることの出来ていない犯罪組織じゃ! きっと少数の高ランク魔導師でメンバーが構成されておるんじゃ!」「助けに行けたところで殺されるだけよ!!」「でも……だからと言って、はいそうですかと納得出来ません!!」涙で顔をくしゃくしゃにさせながら暴れる母親。――だが。一生懸命ボールを追いかけていた子どもと、その様子を幸せそうに眺めていた母親。先程の光景を思い出す。爺が言っていた少数の高ランク魔導師でメンバーが構成されている、という言葉。――見ちまった以上は、やるしかねぇな。一度は何とかしようと思ったのだ。だったら最後までやってやろうじゃねぇか。つーか、躊躇する必要など皆無だったってのに、俺は管理局との関わりを持ちたくないが為に足を止めちまった。(なんて情けねぇ)せめて管理局の連中に後を引き継がせるくらいまでなら、俺が民間協力者として犯人を追っても何も問題は無い。「クイーン、さっきの誘拐犯の魔力を追えるか?」<法力場と探査魔法を最大で出力すれば不可能ではありません>もう既に時間的にも距離的にも厳しいだろうが、クイーンは可能性を提示してくれた。「上出来だ……セットアップ!!!」<了解>紅蓮の炎が俺の全身を包み込む。瞬きする間に俺の身体はバリアジャケット――聖騎士団の制服を模した――を纏っていた。左の手の平に現れた封炎剣の重さを確かめながら、クイーンに命令を送り誘拐犯を探す。<ターゲット、発見しました>こっから先は時間との勝負。一秒も無駄に出来ねぇ。次元跳躍でもされたらどうしようもない。その前にケリを着ける。「行くか」俺はそのまま自然公園の地面を抉るように踏み込み、爆発的な速度で走り出した。後書き初代のGGのキャラ紹介で、ソルは命乞いをする賞金首を一切の躊躇無く殺すシーンがありますので、凶悪犯罪者に対して容赦しない、というイメージが非常に強いです。だから、作者的には死人が出ていないだけまだマシだと思っています。感想で犯罪者に対する扱いに対して云々かんぬん言われていますが、むしろこのくらいが普通だろ、と。殺せないのなら、生き長らえて死ぬまで苦しめ、くらいに考えますでしょうし。それが私が思うソル=バッドガイの賞金稼ぎとしてのイメージです。なのは達に出会って丸くなっていなければ容赦無く殺しているかもしれませんが……