「お兄ちゃん、無事!?」「ソル、返事して!!」「シグナム出てきいやっ!! どうせシャマルとアインの三人でまた抜け駆けしとんのやろ!?」なのはとフェイトが文字通り玄関のドアをダブルキックで蹴り開け中に飛び込み、松葉杖だというのに物凄い勢いで家の中に駆け込んだはやてが叫ぶ。三人娘はそのまま玄関で靴を脱ぎ捨て廊下を抜ける。と、リビングに続くドアの前で仁王立ちしているシグナムとシャマルとアインが居た。「残念だが此処にソルは居ない」「嘘っ!! 玄関にお兄ちゃんの靴があったもん!!」腕を組み壁に背を預けたシグナムの言葉をなのはが否定する。「正確には、皆が知っているソルくんは居ません」「……それってどういう意味?」意味深な言い方をするシャマルにフェイトが厳しい表情で問い詰めるが、シャマルは何も言わずに首を振るだけだった。「今は何も知らない方が皆の為。今日のところは何も聞かずに高町家へ戻って欲しい」「そこまで言われて引き下がれるかい。何が何でもソルくんに会うで。折角チョコレート美味く出来たんやから」アインの諭すような口調で紡がれた言葉にはやては不敵な笑みを浮かべて見つめ返す。数秒間沈黙が訪れ場の空気が緊張し始めると、次の瞬間風船が破裂したように事態が進行した。「「「押し通る!!!」」」「「「此処は通さない!!!」」」三対三の押し合いへし合いが始まる。「ど・い・て・よおおお!! お兄ちゃんにチョコ渡すんだから!!」「だからソルは居ないと言っている!!!」「今のソルくんに会っても三人が辛い思いをするだけですから諦めて帰ってください!!」「それを決めるのは私達だよ!! とにかくソルに会わせて!!」「さっきからシャマルは訳分からんことを、ていうか此処私の家やで!!」「訳は後で知ることになるので、今は退いて欲しい!!」大人三人が体格の差を活かして無理やり押し止めようとする。やはり子どもでは大人の力に敵わず、おまけにはやてはまだ松葉杖だ。いくら人数が同じでも初めから腕力で敵う訳が無い。と、その時だった。大人三人の後ろでドアが開けられて、一人の少年がヒョッコリと顔を出したのは。その少年の顔を見て、子ども三人は表情を喜色に染める。「お兄ちゃん!!」「ソル!!」「ソルくん!!」名を呼ばれた少年は六人を不思議そうな眼で見て、パチクリと瞬きした後、呆れたように溜息を吐いた。「廊下で何やってんだアンタら? 客なら居間に通せばいいじゃねぇか。俺のことなら気にするなよ」「「「え?」」」何を言っているのか分からない少年の言葉になのは達は動きを止め、驚きの声を漏らす。「後ろに居る三人も客なんだろ? それにしてもこの家って子どもが、つーか女子がよく集まる場所なのか?」玄関の外から首だけを突っ込んで中の様子を窺っていたヴィータとアリサとすずかを見て、少年は更に続けた。「何の冗談や……?」「……ソ……ル?」「何を言ってるの? お兄ちゃん……」唇をわなわな震わせながら、普段のソルとは全く違う態度――まるで自分達を赤の他人として扱うような態度――に少女達は戸惑う。皆が知っているソルという人間はあまり冗談を言う人物ではない。戦いや敵に関してとてつもない程に苛烈な面を持っているが、良くも悪くも静謐な空間を好み騒がしいのを苦手とし、面倒事を嫌うのに面倒見が良くて世話焼きで真面目な性格である。場を混乱させるような発言を無意味にするような男ではない。「ふむ。どうやら俺がソル=バッドガイって名前の人間ってのは本当らしいな」彼女達の言葉を聞いて、他人事のように自分の名前を自覚しているのか一人納得しているソルであってソルではない少年。「ああ、そういや言い忘れてたな、俺はフレデリック。この三人が言うには、今の俺はソル=バッドガイって奴のガキの頃の姿らしいぜ?」フレデリックはあまり興味が無さそうに面倒臭そうな口調でそう言った。背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その三「「「記憶退行!?」」」事情を聞いた六人の内、なのはとフェイトとはやての三人はやはりというべきか、大声で驚愕する。「うるせぇな。当事者である俺が一番信じられねぇよ」今日何度目か分からない溜息を吐きながらフレデリックは呟いた。しかし、彼女達はそんなフレデリックの態度に構っていられる程心に余裕が無い。「じゃ、じゃあ、お兄ちゃんは私のこと……」「先に言っとく。スマン、記憶に無い。お前が俺の妹ってことしか聞いてねぇ」「……そんな」「ソル、私は!!」「うん、分からん。一緒に暮らしてるらしいな?」「……」「もしかして魔法とか法力とか、ギアのことまで忘れてしまったんやないやろな?」「魔法はさっき見せてもらったけど、俺も魔法使いってことは未だに信じられねぇし、ギアってのもよく分かんねぇ」「冗談とかサプライズとかやなくて、マジなん?」「マジだ」無慈悲な事実を眼の前にして、三人娘はこれ以上無いくらいに精神的ダメージを負う。愛しい人が自分のことを何一つ覚えていない。それはあまりにも悲しい現実だ。これまで一緒に暮らしてきた日々が、共に過ごした時間が、たくさんの思い出が、築き上げていた絆が、想いが、片方だけ一方的にリセットされているのだから。ソルが自分達をどれだけ大切に想ってくれていたか、自分達の為にどれ程尽力してくれていたのか、それらを痛感しているだけに彼女達の悲しみは深い。「う、ううぅ」「こんな、こんなのって無いよ」「嘘やろぅ……冗談きついわ」涙目になったと思ったら啜り泣きが始まり、ポロポロと涙が零れるまで時間は掛からなかった。彼女達にとってソルは良く言えば世界の中心であり、悪く言えば依存先である。誰よりも厳しい父であり、優しい兄であり、心許せる友であり、面倒見が良い仲間であり、愛しい男なのだ。その人物が自分達を何一つ覚えていないという現実は、十歳に満たない少女達にとってはあまりにも辛い。「え? あ? 急にどうした?」三人娘の反応にフレデリックは激しく狼狽し、自分が彼女達のことを覚えていないことが原因だと五秒程掛けて気付くが、同時にどうしようもないことだと理解する。女の涙なんて苦手だし、かと言ってどうすればいいのか分からず、彼は自分の所為で泣かせたという罪悪感に苛まされながら、結局部屋の中をわたわた走り回った挙句ティッシュ箱を発見すると、それを手にして順番に彼女達の涙を丁寧に拭ってやった。「よく分かんねぇけど……泣くなよ。何とかしてお前らのこと思い出すからよ」赤ん坊をあやすように優しくそう言って、三人の頭を撫でる。奮闘の甲斐あって三人娘が泣き止むと、フレデリックは大きく安堵の溜息を吐く。そんな姿に、彼女達はあることに気付かされた。――変わってない。確かに今はフレデリックかもしれないが、根っこの部分は自分達がよく知るソル=バッドガイと全く同じだ。ぶっきらぼうだけど優しくて、面倒見が良くて、冷たい印象とは裏腹に暖かい。その事実に気が付くと身体は勝手に動いていた。「うおっ!?」つまり、彼に抱きついていたのである。「記憶が無くなっててもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ、私の全てを受け入れてくれるって言ってくれたお兄ちゃんと何一つ変わってない」「貴方が自分のことをどう思おうと関係無い。だって、大切なのは私が貴方をどう思うか。私は貴方の味方でいるって、ずっとずっと一緒に居るって決めたんだから」「二人の言う通りや。確かにソルくんが私らのこと覚えてないんは悲しいけど、それだけや。何時までもメソメソしとったら記憶が戻った時に怒られる」吹っ切れたように笑顔を浮かべネガティブから一転して前向きな表情になった三人に、普段のソルならいざ知らず、フレデリックは不覚にもドキリとしてしまった。やはり精神年齢が子ども並みに低いと心が反応してしまうらしい。何か言おうとして結局何も言えずに口を呆けたようにパクパクさせるフレデリック。徐々に頬が染まっていくのが”ミソ”だ。そして彼の態度が普段では絶対に見ることの出来ない、新鮮かつ貴重なソルの照れて困っている表情だということに気が付くと、「お兄ちゃん~」「ソルぅ~」「ソ~ル~く~ん~」主人に甘えるペットのように、彼女達は猫なで声を出して慌てふためくフレデリックに思う存分甘えるのであった。「ゴホンッ……こっちから聞きたいことがあるんだが、いいか?」今までの砂糖を無限生産出来そうな甘々空気を誤魔化すようにわざとらしく咳払いすると、フレデリックは居住まいを正す。「言ってみろ」フレデリックを囲むように扇状に展開した六人の内、アインが代表するように続きを促した。彼の後ろではすっかり野次馬根性丸出しで面白そうに事態を見守るザフィーラ、ヴィータ、アリサ、すずかの四人がそれぞれソファに腰掛けている。何故包囲されてるんだろう? そんな疑問を一瞬口にしようとしてやめると、彼はさっきから聞こうと思って聞いていなかったことを口にした。「俺も魔法使いだって言ったろ。ってことは、俺にもさっきのアンタらみてぇに空飛んだり、結界張ったり、光弾飛ばしたりとか出来んのか?」「無論だ。むしろお前は私達の中で一番の実力者だぞ」「マジか?」「マジだ」全員が真剣な顔で頷く中、フレデリックはそれでも信じられずに問う。「どうやって?」『例えばこうだ』「!? 頭の中でアインの声が聞こえる?」突然起きた謎の現象にアインを見つめるフレデリックに、彼女は微笑みながら念話を送る。『思念通話、念話とも言うな。一種のテレパシーだと思ってくれて構わない』「へぇ、どうやって使うんだ?」『私に向かって何でもいいから言葉を念じてみろ、イメージとしてはメールや電話での送受信に近い。お前ならすぐに出来る筈だ』『こ、こうか?』『上出来だ』『す、凄ぇ、俺にも魔法が使えた!! 皆、聞こえるか!?』子どものように――事実精神は子どもになっているが――喜びはしゃいで念話を飛ばすフレデリックに、魔法を使える者達は微笑ましく思いつつそれぞれ念話で『聞こえてる』と返す。もしかしてソルが初めて法力に触れた時もこんな感じだったのかな? アイン以外の誰もがそんな風に想像を掻き立てる。実際は科学者という職業柄、もっと懐疑的なリアクションだったのが。無邪気に喜ぶフレデリックを他所に、アリサとすずかは頬を膨らませて文句を言った。「良いわよね、アンタは魔法が使えて」「私達には使えないからなぁ~」「あれ? お前ら二人は魔法使えないのか?」「アンタが私達に『お前らには欠片も才能が無いから絶対に無理だ』って言ったんでしょうが!!」「あの時はちょっと、ううん、かなり傷ついたよね。もっと他に言い方があったと思うし」「……そうなのか。それは、その、悪かったな」アリサに怒鳴られすずかにジト眼で睨まれ、フレデリックはもうこの二人に魔法の話題で触れるのはやめようと心に決める。「次行こうぜ、次。もっと他にも教えてくれよ」「ふふ、ならこういうのはどう?」シャマルが手の平の上にピンポン玉程度の大きさの魔力球を生成する。「おお、綺麗だ」翠の光を放つ魔力の塊を見て素直に感心するフレデリックの言葉にシャマルは少し照れた。何故なら、魔力光はその魔導師の魂の色だと言われているのが通例だからだ。つまり、フレデリックは単純に魔力の色を見て綺麗だと評した訳だが、シャマルにとっては「お前の魂の色は綺麗だ」とソルに言われたようなもんである。「ねぇねぇフレデリック!! 私は?」まさに神速。いつの間にか身を乗り出したフェイトが両の手の平の間に生み出した金色の魔力球――魔力変換資質を利用しているのか雷が纏っている――を掲げる。「お、電気帯びてるなんて格好良いじゃねぇか。何だこれ?」「ありがとう……えっとね、これは魔力変換資質って言って、魔力を電気に変換してるんだ」「魔力を電気に? 凄ぇな、そんなことも出来るのか」「私は炎の変換資質だぞ」褒められて表情を綻ばせるフェイトとフレデリックの間に割って入るようにシグナムが魔力球を見せ付ける。フェイトは無粋な乱入者に頬を膨らませたが、フレデリックの興味はフェイトからシグナムに移ってしまったので渋々諦めた。「ラベンダーみてぇな色の炎ってなんか幻想的だな」「そ、そうか?」「ああ」魅せられたように揺らぐ小さな火球に視線を注ぐフレデリック。やはりソルのパーソナリティーが炎に関係しているのか、前の二人よりも興味深そうにしている。放って置くとシグナムとこのまま二人でじっと魔力球を見ていそうな雰囲気である。若干の敗北感を胸に秘め、現状を打破する為になのはがフレデリックの後ろから覆い被さるように抱きつき、彼の顔の前に掲げた手の平の上に桜色の魔力球を生み出した。「お兄ちゃんにも出来るからやってみて? こんな感じに手を出して」「え? ああ、分かった」「丸い球体をイメージして、それに意識を集中させる」「こうか? む、違うな、こうか?」「力まないで。肉体的に力を込める必要は全く無いから。もっとリラックスして、精神的な意味で力を込める」「難しいな」悪戦苦闘しながらもなのはのレクチャーの基、やがて手の平の上に紅く輝く小さな光球が生み出された。本当は知ってるだけにのみ込みが早い。「出来た!!」「あ、そうそうそんな感じ! お兄ちゃん上手! あとはそれを維持することに集中して」初めは点滅したり消えそうになったりと不安定であったが、コツを掴んだのかすぐに安定する。「どうだ?」魔力球を少し自慢気に掲げるフレデリックにパチパチと拍手が送られ、彼は照れ臭そうに後頭部をもう片方の手で掻く。(((やっぱり可愛い)))その姿に大人三人は眼を細め、(((何時ものクールなのも良いけど、こっちもこっちで……良い)))子ども三人は今のフレデリックに萌えていた。「なぁフレデリックくん、こんなんも出来るで」はやては松葉杖を捨てると、飛行魔法を発動させ身体を浮き上がらせた。「うおおっ!! 凄ぇ!! 浮いた!?」「えっへへ~、教えて欲しいやろ?」コクコク頷くフレデリック。その仕草の可愛さといったら、これがまた非常にヤバかった。興奮し頬を上気させ、未知なるものに対する純粋無垢な好奇心と期待を一杯に詰め込んだ眼差しが皆に向けられる。((((((はうぅっ!!))))))――あまりの可愛さに、気を抜くと鼻血が出そうだ。これが真のギャップ萌えなのか?年がら年中機嫌悪そうな仏頂面を顔面に貼り付けているソル。まさか彼の幼少時代が興味のあるものに対してこんな表情を見せるとは……彼女達は信じてもいない神に感謝した。今日、この瞬間にフレデリックが自分達の眼の前に存在していることを。「じゃあ次は飛行魔法について教えるね」「なのはズルイ、次は私だよ!!」「ちゃうねん、明らかに私やろうが!!」「フレデリックくん、お姉さんが優しく教えてあげるわ」「フレデリックは剣に興味は無いか? さっきも言ったが私とお前は常日頃からお互いの技を磨き合う仲でな、後で二人っきりで――」「私が手取り足取り教えてやる……おいで」そして、我先にと魔法やそれらに準ずることについて教えようと迫るのであった。オマケ「ねーすずか、帰りましょ、なんかアタシ達居ても居なくてもどっちでもいいみたいだから」「完全に蚊帳の外だもんね」疲れたように溜息を吐くアリサとすずか。「あー、なんかワリーな二人共。折角来たのに」呆れたようにフレデリック達を見つめるヴィータ。「この埋め合わせはいずれさせよう……ソルに」と、ザフィーラは全てを悟り切ったような口調で宣告した。後書きコンセプトは、「こんな可愛い子が二百歳を超えてるはずがない」だったりwwwロリ婆ならぬショタ爺です。