開始の合図と共にシャッハがソルに向かって飛び掛かった。「はああああっ!!」手にしたトンファーのような形をした双剣ヴィンデルシャフトを振りかざす。それに対し、ソルは逆手に持った封炎剣を縦に構えて受け止める。火花を散らし、金属同士がぶつかり合う耳を劈く音が響いた。シャッハはそのまま身体を回転させるように次々と攻撃を加えるが、冷静に一つ一つ丁寧に攻撃を防がれる。それでも構わず攻撃を続けるシャッハの後方で、ヴェロッサは足元にベルカ式特有の三角形の魔法陣を浮かび上がらせ己の稀少技能を発動させた。無限の猟犬―――ウンエントリヒ・ヤークト。ヴェロッサの魔力で生成された複数の獣、形はまさに名の通り猟犬と呼ぶに相応しく、唸り声を上げて彼を守るように展開し、「行け」掛け声と共に攻防を繰り広げるソルとシャッハを取り囲む。猟犬達は配置に付くと、その身体が次第に半透明になり、やがて目視が出来なくなる。「ほう」ソルは感心したように声を漏らし、怒涛の勢いで攻撃してくるシャッハの攻撃を危な気無く防ぎながら視線を猟犬達に向け、内心舌を巻いた。騎士というくらいなのだから彼も眼の前のシャッハ同様近接戦闘に特化した魔導師かと思えば違ったらしい。何らかの能力か特殊な魔法か分からないが、魔力を擬似生命にして遠隔操作する、しかも十以上の数を同時かつ自在に操るなど、そう簡単に出来ることではない。しかもかなり高度なステルス機能を持っている。透明となった猟犬達を目視確認するのは難しい。魔力も巧妙に隠蔽されているのか、察知し辛い。(あの犬はヴェロッサのサーヴァントみてぇなもんか。中々高性能だな)かつて振るっていた己の力を思い出し、少し懐かしくなる。恐らく接近戦が得意なシャッハが足止めと隙を作ることを担当し、ヴェロッサがそこを突く、という役割分担なのだろう。「どうしました!? 防戦一方ではありませんか!!」挑発するような口調のシャッハ。これはつまり攻撃して来いという意味だ。ソルが防御から攻撃に転じた瞬間、周囲をぐるりと取り囲んだ猟犬達が一気に襲い掛かる、そういう算段だ。しかし、あえてソルはその挑発に乗ることにした。「じゃ、行くぜ」防いだ双剣を弾くようにかち上げ攻勢に移ろうとした瞬間、シャッハはそれを待っていたとでも言うように笑みを浮かべ後ろに退がる。「ロッサッ!!」「了解!!」示し合わせたように十を超える殺気が一斉に襲い掛かるのを自覚しながら、ソルは眼を瞑り殺気だけを頼りに回避しようと試みる。まず半歩退がり、半身になり、這い蹲るように屈み込み、両手を地に着けてそのまま腕力のみで地面を滑走するように更に退がり、最初に居た場所から十足程距離を離すと何事も無かったように立ち上がる。「………な!?」「凄い………」曲芸染みたストリートパフォーマンスのような一連の動作だけで猟犬達の一斉攻撃を避け切ったソルを見てヴェロッサは眼を剥き、シャッハは驚きのあまり呆然としてしまう。瞑っていた眼を開くと、ソルは標的を失い主からの命令が一瞬途切れてしまった猟犬達に鋭い踏み込みで肉迫し、「オラァァァァァァァァッ!!!」刀身を燃え上がらせた封炎剣を振り下ろした。大爆発と共に眼を灼く閃光と衝撃、おまけに巨大な火柱が生まれる。今の一撃で猟犬達は悲鳴を上げることも許されず一匹残らず消滅してしまった。視界を遮るような炎の壁を前にして、シャッハとヴェロッサはどうすればいいのか迷ってしまうが、考える間も無く爆炎の中からソルが飛び出し二人に向かって殺気を迸らせながら一直線に突っ込んでくる。ソルはシャッハに突進の勢いと体重を乗せた喧嘩キックをお見舞いする。これはデバイスでなんとか防がれてしまうが、彼女は威力を殺し切れず大きく体勢を崩してしまう。そこへ更に仰向けになるように姿勢を低くしたソルからの足払いにより両足を薙ぎ払われ、彼女の身体は宙に浮く。「バンディット―――」仰向けのような状態から一瞬で立ち上がるとシャッハの腹に向かって左飛び膝蹴り。跳躍した時の慣性そのままの勢いで腹に膝をめり込ませながら移動する。身体を”く”の字にしたシャッハに追い討ちを掛けるように身体を空中で回転させ、ソルは右の足で踵を落とす。「―――リヴォルバー!!」流石に顔はマズイと思ったのか踵はシャッハの右肩に命中し、彼女を地面に叩き付けた。炎の中からソルが飛び出してからこの間約二秒。シャッハが攻撃されたことで我に返り、ヴェロッサが慌てて猟犬を呼び出そうとするが、「うぜぇ」手首の動きだけで投擲された封炎剣が地面と平行に高速で回転しながらヴェロッサに迫る。「うわぁぁっ!?」デバイス(本当は違うが聖王教会の者達はそうだと勘違いしている)を投げるという魔導師にあるまじき行為と、明らかに直撃したら上半身と下半身が一生離れ離れになってしまうような攻撃に悲鳴を上げながら必死に交わすヴェロッサ。回避に成功したが猟犬を呼び出す為に構成していた術式は霧散してしまう。そんなヴェロッサに既に踏み込んでいたソルが眼前に迫っていた。首に吸い込まれるようにして伸ばされたソルの右手が万力のような力で蛇のように締め上げる。「悪いが、終いだ」疲れたように吐き出されたその言葉の意味を理解する前にヴェロッサの額にソルの頭突きが決まり、彼は意識を失った。背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三の勝負の行方 ~道化~犠牲肉のような可哀想なことをしたな。そう思いながら気絶して倒れそうになるヴェロッサを支える。<………ソ、ソ、ソル=バッドガイ氏の勝利!! お、お見事です!!>上擦った口調のカリムが勝利宣言をすると、静まり返っていた演習場から拍手と大歓声が響き渡った。「う、あ………私達の、負けですね」肩と腹の激痛に顔を顰めながらシャッハがゆっくりと立ち上がり、俺に向き直る。「何がなんだか分からない内にあっという間にやられてしまいました………何も、出来なかった………お強いとは聞いていましたが、此処まで何も出来ずにやられるなんて思ってもみませんでした」「敵が最大戦力を見せる前に叩き潰す、基本だぜ? 実際の戦場じゃ待ったは無しだからな」「勉強に、なります」悔しそうに唇を噛みながらもお辞儀をするシャッハに俺は背を向ける。「攻撃の思い切りの良さはあるが太刀筋が素直過ぎるし、相手に真正面から突っ込み過ぎだ。それを悪いとは言わねぇが、俺みたいな邪道な戦い方をする連中には通用しねぇ」「邪道………言われてみれば確かに」以前、剣士の癖して斬撃よりも殴る蹴るの方が圧倒的に多い、と身内の連中に言われたのを思い出す。さっきのも猟犬を始末した斬撃以外蹴りと頭突きだったからな。「ま、さっきの連撃はまだ改良の余地ありだがそれなりに良かった。これから頑張んな」「は、はい!! ありがとうございます!!!」礼を言うシャッハをそのままに、俺はヴェロッサを抱えて身内とカリムが居る客席に向かう。「お疲れ様です。噂に違わぬ強さですね、思わず我を忘れてしまいました」褒め称えてくれるカリムを無視してその手からマイクを奪い取ると、まだ熱気が冷めない演習場に向かって宣言する。<次の対戦カードは古代ベルカの騎士、ヴォルケンリッターの戦いをお送りする。烈火の将シグナム VS 鉄槌の騎士ヴィータ>「何っ!?」「アタシかよっ!?」ワァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!ヒートアップするギャラリーの歓声にシグナムとヴィータの驚愕の声が掻き消される。何故この人選か。古代ベルカ式同士ということもあるが、俺は割りと根に持つタイプの人間だからだ。俺同様、精々見世物になってくれ。「ギャラリーが白ける前にとっとと行け」文句を封殺してヴェロッサを横たえると治癒を開始した。シグナムは別に嫌がった感じではないが、ヴィータは渋々とデバイスを取り出しセットアップ。二人が会場の真ん中に降り立つとカリムにマイクを放り投げる。マイクをキャッチしたカリムが開始の宣言をすると二人がドンパチし始めた。それを視界の端に収めながら治癒し続けると、ヴェロッサが呻きながら意識を取り戻す。「おい、大丈夫か?」「うぅ、ダメ」「大丈夫だな」「酷くない?」額に手を当てて上体を起こしてヴェロッサは苦笑した。「お前の模擬戦前の態度、あれ演技だろ?」「………何時からバレてたのかな?」意外そうに眼を見開くヴェロッサの態度に俺は口元を歪めた。「俺の知り合いにお前と性格が似たタイプが居るんだよ。で、シグナムに挑発されてからの態度の豹変、今冷静になって考えてみると微妙に違和感があった。だからカマ掛けてみただけだ」「アハハハハ、そういうことか!! これは一本取られた!!」ひとしきり笑うとヴェロッサは悪戯小僧っぽい表情になる。「いや、ただ模擬戦をするだけじゃつまらないと思って何か面白い演出は無いかと考えていたところに、シグナムさんが挑発してきてくれてね。これは使える、キミが絶対に負けられない状況を作って全力を引き出させてやろうって思い付いてさ。結果は底を見せてもらえず僕達の惨敗だけど」そんなこったろうと思った。悪ふざけ好きそうだもんなこいつ。「でも、純粋にキミに興味があったのは本当だよ。本局の上層部が欲しがっているのにハラオウン家が必死になって管理局からの干渉を防いでいる謎の人物。一体どんな魔導師で、どんな戦い方をするんだろうってね」あんなパワーファイターで剣士とは思えないような戦い方をする魔導師だとは思ってなかったけどね、とヴェロッサは付け加えた。「茶番の為に状況を上手く利用して舞台を用意し、自分も道化を演じるってか………大した演出家だ」「お褒めに預かり恐悦至極」要するに、俺は途中からヴェロッサに踊らされていた訳だ。「でもナンパは半分以上本気だったろ?」「あ、分かる?」「そういうところまで俺の知り合いにそっくりだ」やれやれと溜息を吐くと、ぶつかり合うシグナムとヴィータに向き直ったのだった。