人数が多いので応接室では入りきらないという理由で、食堂へと案内される。そのことについてカリムがペコペコ頭を下げてきたが、俺達は苦笑いを浮かべ気にしないようにと伝えた。十人と一匹という人数に余裕を持って応対出来る応接間なんて普通無い。高級レストランみたいな食堂に入り、長いテーブルの前に腰掛ける。俺を中心とした高町・八神家連合とカリム一人が向かい合う形で座り、カリムが俺の真正面に来るように座った。「シャッハ、皆様にお茶の用意を」「畏まりました」カリムが廊下に向けて声を掛けるとシスターが一人ゴーカートを押して入室してくる。「失礼します」シャッハと呼ばれたショートカットの髪型のシスターは俺達一人一人に丁寧に茶の用意をし、最後にカリムの分を用意するとそのまま彼女の後ろに影のように付き従った。「こちらは私の秘書を勤めるシスター・シャッハです」「シャッハ・ヌエラと申します。以後、お見知りおきを」恭しく頭を垂れる。それに俺以外の連中も釣られて頭を下げていた。名乗られた以上はこちらもそれなりの礼儀を尽くす必要があるので、簡単な自己紹介をする。それが終わるといよいよ本題となった。「戦技教導………要するに戦い方を教えろってことだろ」「はい」「………」真っ直ぐに見つめられて俺は怯んでしまう。カリムに対する俺のイメージは、箱入り娘という言葉をそのまま体現してしまったような存在で、俺をヒーローか何かと勘違いしている。尊敬の眼差しがその証拠だ。道中、本人から聞かされたがカリムは此処ベルカ自治領に置いて聖王教会本部を預かるグラシア家の一人娘でその跡継ぎ。若干十代半ばでありながら教会騎士団を任され、同時に時空管理局でもかなり高い地位に居る。これまで随分と苦労したようだが、努力を怠らない聖職者らしいスタンスと周囲の助けもあって頑張ってこれたとか。以前クロノから、問題らしい問題を起こしたことが無く逆に優秀だと評価されている、と話を聞いたが本当なんだろう。見た眼優等生だし。そんな人間が俺と関わったら絶対に経歴に傷がつくと思うんだが。本人はそんなこと微塵も考え付いていないのか、曇り無い青い瞳で俺を見ている。リンディのようないかにも腹黒そうなお偉い様だったら化けの皮を剥いでやる自信があるのに。俺みたいなアウトローと関わりを持たない方が彼女の為だと思ってしまうので、どうにもやり難い。「最初に聞かせてくれ。古代ベルカ式の使い手であるシグナム達にそれを頼むは分かる。だが、俺達全員に教導官をして欲しいっていう明確な理由が分からねぇ」教会騎士達のほとんどが近代ベルカ式という、ミッドチルダ式魔法をベースにして古代ベルカ式魔法をエミュレートして再現した魔法を用いているらしい。エミュレーション故にミッドチルダ式と相性が良く、二つの魔法体系を併用している者も居るという。古代ベルカの『聖王』を崇めている教会からしたら、シグナム達が『聖王』の技を使うことの出来る者として映り、教鞭を振るって欲しいというのは分かる。しかし、そこでどうして俺と高町家の連中が付随されるのか分からない。「此処数年で教会騎士の質が落ちているのは申し上げましたね?」「ああ」「私はそれを食い止め、優秀な騎士を育成したいのです」「目的は分かったが、もっと具体的に言え」「失礼しました。優秀な騎士を育て上げる為には優秀な教官が必要です。確かに魔法の術式が合致すれば魔法を教える上ではそれに越したことはありませんが、この広い次元世界で相手が自分と同じ術式で似たような戦い方をするのはごく稀です」確かに、なのはとフェイトとユーノとクロノ、同じミッドチルダ式でありながら全員がそれぞれ全く異なるタイプの魔導師だ。それはシグナム達にも言えるし、法力使いでも使い手によって戦い方ってのは千差万別だ。極端に言えば、似たようなものはあっても完璧に同じなものは存在しない。「はっきり申し上げますと、皆様のようなタイプが異なる優秀な魔導師・騎士を相手に経験を積ませて頂ければと思っています」「つまり、模擬戦の相手をしろってか?」「教導ですのでそれだけとは言いませんが無理強いはしません。模擬戦の相手になって頂けるだけでも十分ですが、欲を言えば基礎と応用、戦う時の気構えなど、そういった諸々のものを含めてご鞭撻して頂ければと思っています」流石に組織を預かる者として要求はしっかり言うか。若い割にはしっかりしてる。箱入りの小娘と少し侮っていたかもしれん。腹の探り合いをするよりも、こういう風に素直に何を求めているのか言ってもらえる方が好感を持てる。リンディと初対面した時に比べるとカリムの態度の方がよっぽど良い印象に映る。「知ってると思うがシグナム達の四人は管理局で無償奉仕中、俺達子どもは義務教育の真っ只中、アルフとアインは社会人、はやてなんてついこの前にやっと自力で歩けるようになったんだぜ。もし引き受けたとしても碌に時間は取れねぇし、そっちの期待に応えられるか分かんねぇぞ」「そちらのご都合は十分理解しているつもりです。時間がある時で構いませんし、報酬もしっかりと用意させて頂きます」俺から眼を逸らさずにカリムは言った。「………最後に一つ」「何でしょう?」ゆっくりと眼を細め、威圧するように睨んだ。「俺が戦う上で前提条件としているのは殺し合いだ。生き残る為なら敵を殺す、そういう考えを持って俺は戦場に立ってきた。こいつらの訓練に付き合ってやってるのは自衛手段の向上っていう名目があるが、いざとなったら生き残る為に殺人者にする刷り込みでもある」故意に一部の単語を強調して脅すような口調を作ってやる。「それでもいいなら、考えさせてもらう」言って、出されたハーブティーらしきものを喉に流し込む。さて、どう出る?賞金稼ぎとして生きてきた俺にとって戦いは生活の一部だった。生死問わずの高額賞金首をぶっ殺して報酬を受け取る。世界中を放浪していた俺にとって戦うことは仕事であり、その過程で殺人に手を染めるなんてしょっちゅうだ。勿論、贖罪や復讐の意味合いでギアを狩り”あの男”を追い続けていた日々であったが、それはあまり此処では関係無いので割愛。聖戦時代のギアは殺す以外に選択肢無いし。で、俺は殺し合いが日常茶飯事の生活が長かったので、戦う時はどうしても相手を殺す感じで戦ってしまう。これはもう癖だ。最近では出来るだけ手加減するように気を付けてはいるが。だから、俺が教えられるのは殺し合いだけ。それをオブラートに包んで”生き残る為”と謳っているだけに過ぎない。「どうする?」挑発するように口元を歪め、俺は賞金稼ぎとして残虐な笑みを浮かべてカリムに問い掛けるのであった。背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三「………どうしてこうなった?」俺は今、教会騎士団が保有する演習場の真ん中でセットアップし、聖騎士団の制服を模したバリアジャケットに身を包んでいた。演習場は古代ローマのコロシアムのような造りになっていて、周囲から大量のギャラリーが俺達を見下ろしている。眼の前にはトンファーみたいなデバイスを両手に構えたシスター・シャッハと、カリムの義理の弟とかいうヴェロッサ・アコースという名の優男がそれぞれバリアジャケットを―――いや、ベルカ式だから騎士甲冑か―――を展開して構えてた。<これより我ら聖王教会の教会騎士団が誇る騎士、シャッハ・ヌエラ&ヴェロッサ・アコース VS 暫定戦技教導官ソル=バッドガイ氏の模擬戦を開始します>マイクを通したカリムの声がコロシアムに響き渡ると割れんばかりの大歓声が辺りを包み込む。客席に座っているのは俺の身内のみならず、教会騎士団の連中や敬虔な信徒達、というか此処ベルカ自治領で暇人してる奴ら全員である。どうやら聖王教会って連中はどいつもこいつも血の気が多く、こういう騎士同士の決闘とかには眼が無いらしい。特に高ランクの模擬戦は三度の飯より好きだとか。………それって宗教としてどうなんだよ?聖王ってのはバトルマニアなのか? 戦神として崇め奉られているのか? 信じる者は救われる、じゃなくて信じる者は剣を持て、という教示なのだろうか? だとしたら嫌な宗教だ。そういえば此処に来る最中に通りすがりのシスターが「強い殿方には憧れる」的なことを言っていたのを思い出す。きっとこの地域では強さこそが純粋な憧れの対象になるんだろう。そう考えると、シグナム達を付き従えてる俺にカリムがあのような視線を向けるのも当然なのか。だからっていきなりこんな大観衆の前で模擬戦やらせるこたぁねぇだろ。俺はことの発端となった出来事を思い出して疲れたように溜息を吐いた。結局カリムは覚悟を決めたように頷き、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。交渉成立。しかし、そこへ待ったを掛ける者が現れる。シャッハ・ヌエラだ。驚いたことに彼女は教会騎士で、そのシャッハが言うには「疑う訳ではありませんが、私は皆さんの実力がどの程度のものか知りません。出来ることなら教導を受ける前に実力を見極めさせて頂いてもよろしいですか?」とのこと。教導を受ける教会騎士として至極真っ当な意見と言えるが、その眼は爛々と輝き、実にわくわくとしている。俺と模擬戦する時のシグナムの眼にそっくりだった。「それもそうですね。よろしいですか?」断る理由が無いのでカリムの言葉に頷く。「シャッハはとても優秀な騎士ですよ」場を食堂から演習場へ。その道中で、緑色という地球人では絶対にあり得ない髪の色をした長髪の優男に出くわす。上から下まで白いスーツ姿という、教会に所属する者としては少々場違いな出で立ちだ。「姉さん、この人達が前に言ってたあの?」「ええ。これからソル様達の実力を見せて頂くことになったのです。ヴェロッサ、貴方もいい機会だからついてきなさい」「誰だ?」「あ、紹介が遅れました。こちらは私の義弟になります。ヴェロッサ・アコースです」カリムの紹介に合わせるようにして優男は慇懃に、それでいてキザっぽい仕草で俺達にお辞儀した。「ヴェロッサ・アコースと申します。以後、お見知りおきを。それにしてもお美しい女性ばかりだ」仕草に加えて言ってる内容までキザったらしいヴェロッサがウチの女性陣に、シグナムとシャマルとアインに近付く。シャッハの眉がピクッとひくつき、カリムが呆れたように溜息を吐くのを俺は見逃さなかった。アルフは微妙にヴェロッサの視界に入ってなかったので一人ショックを受けていた………あ、ユーノが慰めてる。「このような田舎の辺境の地でこれ程美しい花々に巡り合うことが出来るなんて、今日の僕はとても運が良い」歯が浮くような台詞を真顔で言うヴェロッサに俺はげんなりした。アクセルが脳内で「だ~んな~、ひっさしぶりだね~、元気っしってたぁ~」と言ったような気がしたからだ。「私達をナンパしようというその度胸と心意気は買うが、残念ながら全員売約済みだ」「軟弱な男に興味は無い」「坊やは少し痩せ過ぎね。ごめんなさい、お姉さん達はもっと逞しい男性が好みなの。鍛え直してね」馬鹿にしたように鼻で笑い、一蹴する三人。何気に一番酷いことを言ってるのがシャマルって事実が酷い。三人の中で比較的まともなことを言ってるのがシグナムってのが既に末期だ。アイン? あいつはもう論外だ。相手にしてもらえずガガーンと落ち込むヴェロッサを、いい気味だと言わんばかりに声を押し殺して笑うカリムとシャッハ。なんとなくこいつらの人間関係がうっすらと分かってきた気がする。「どうしてもと言うのならこの男を倒してみせろ。もし倒すことが出来たなら軟弱という言葉は訂正してやろう。まあ、倒すことが出来たらの話だがな」俺の肩にポンッと手を置きながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるとシグナムは俺に意味あり気な視線を向ける。次の瞬間、ヴェロッサが俺を睨み殺さんばかりの視線を寄越してきた。「ちょっと待て、何勝手に―――」「あらあら、シグナムって意外に意地悪さんよねぇ~」「しかし、坊やはやる気が出てきたようだぞ」抗議の声を無視してクスクスと微笑むシャマルとアイン。シグナムと合わせて最近のこいつらタールみたいに黒いんだけど。真っ黒クロ助よりも真っ黒なんだけど!! 女の汚い部分が透けて見えるんだけど!!!ヴェロッサがとんでもない程可哀想になってきたってのに、俺が鉄槌を下すとか質が悪過ぎる。『どういうことだ!?』『後で覚えていろと言っただろ、ソル?』念話で文句を言っても簡単にいなされて取り合ってもらえない。「ソル=バッドガイくん、でいいのかな? 本局での噂は聞いてるよ。超凄腕の魔導師だって。是非、お手柔らかに頼むよ」やる気と殺気を漲らせたヴェロッサを見て、俺は深い深い溜息を吐くのであった。話が決まると演習場に到着。何故かかなりの人が集まっていて売り子の姿もチラホラ見えた。どういうことか問い詰めると、もし俺達が教導の話を受けた時の為に予め模擬戦は決められていたらしい。それに興味を持った暇人共があれよあれよと言う間に集まってきて、お祭り騒ぎとなってしまったのである。(あいつら、絶対に俺で遊んでるよな)観客席の一角を注視すると、身内の連中が弁当のサンドウィッチ片手に俺に向けて手を振っていた。完璧に高みの見物決め込んでやがる。ついでにそのすぐ近くにカリムを居る。更に言えばそこは観客席の中で一番良い席だ。いっそ此処でわざと派手に負けてやろうか、そんな思いが一瞬過ぎったが後で何を言われるか分かったもんじゃないし、俺の沽券にも関わってくるので負けられない。やるしかない、か。とてつもなく気が進まないが。「クイーン、封炎剣を」<了解>ボッと音を立てて出現した愛剣の重さと手触りを確認すると、俺はシャッハとヴェロッサに向き直った。状況は一対二。ランク差をハンデとして俺は飛行魔法無し。これは陸戦であるシャッハのことを考慮したようだが、はっきり言って何のハンデにもなっていない。確かに俺は空戦出来るし、周りの連中も俺を空戦魔導師だと思っているだろうがそれは大きな間違いだ。何故なら俺は空戦よりも陸戦の方が得意だからだ。剣を突き刺し、足で踏み締める大地が存在した方が俺の戦い方を最大限に活かせるから。「お願いします!!!」「………」大声を気合と共に放ち一礼するシャッハと、それとは対照的に静かに俺を睨むヴェロッサ。「死なない程度に流す。適当に来い」HEVEN or HELL<では、バトルフィールドに居る三人の準備が整ったようなので、始めたいと思います>凄くノリノリなカリムの声。どうやらあいつも血気盛んな連中の一人らしい。DUEL封炎剣を持つ左腕を一度大きく回し、次に首を回してゴキゴキッと音を鳴らす。<状況開始!!!>Let`s Rock