「うむ。温泉とは実に良い」スキーで冷えた身体を温泉で暖める。そんな贅沢を満喫しながら、シグナムは安らぎの吐息と共に独り言を呟く。「そうねぇ~」誰かに同意を求めた訳では無いのだが、傍に居た桃子がそれに頷き、周囲に居た他の女性達も満足気に首肯した。時刻は午後七時前。場所は宿泊する旅館の目玉である温泉、その露天風呂だ。女性用の露天風呂からは先程スキーを堪能したゲレンデを見下ろすことが出来、ナイトスキーの為にライトアップされたその様を一望することが可能だった。山々が雪化粧を施され月光に照らされる光景は絶景の一言である。気温は当然低いのだが、お湯が温かいので首までしっかり浸かれば寒くない。誰もが温泉に癒されていた。「シャマルちゃんには感謝しなきゃね。もし福引に当たってなかったら来れなかったもの」「………そんなことないですよ」純粋に感謝している桃子の言葉にシャマルは恐縮するしかない。理由は推して知るべし。「そんなことありますよ。だってソルが初めて自分から旅行の話を皆に振って今の結果があるんですから」「ソルくんって自分が興味無いことにアクティブになることって無いですし」アリサが感心したように言って、すずかが補足するように付け足す。「やっぱり彼としては、本当の自分を曝け出して皆に受け入れてもらったことが大きいんじゃない? 私も恭也に受け入れてもらった時に世界が変わって見えたから」忍の非常に実感が込められた言葉。それは夜の一族でありながら恭也と結ばれた彼女だからこその言葉と言えた。「此処最近のソルの態度の変化ってやっぱそれが一番の理由だよね~」温泉に癒されたことによって出てきてしまった犬耳を手で隠そうとしながらアルフが笑う。「うん。お兄ちゃん前より少し優しくなった」「笑顔も頻繁に見せるようになったよね」なのはとフェイトが嬉しそうに微笑む。二人の言う通り、ソルの態度は眼に見えて変わった。何処となく態度が丸くなり、人付き合いも良くなり、以前にも増して包容力がある。とても良いことだ、と皆は喜んだ。かつて修羅道に堕ちた男が、今は過去のしがらみに囚われず平穏な生活を送っている。家族として、仲間として、友人としてこれ程微笑ましいことは無い。「それにしてもソルくんから借りたクイーン。これ凄過ぎやわ。魔力送るだけで何から何までオートでやってくれるさかい」首から下げたクイーンを弄りながら、はやては驚きと感心を込めた声を出した。クイーンはソルから『この旅行中はずっと持っていろ』と渡されたのだ。そしてはやてはクイーンを身に付けることによって健常者と全く変わらない動きを可能としていた。先のスキーもクイーン無くしては楽しむことが不可能であり、クイーンがありとあらゆる面で補助を行っているおかげだ。攻撃力は無いに等しいが、『それ以外に関しては全てを担う』というコンセプトの基に作られた補助専用デバイスなのだ。無駄に多機能なところに制作者の性格が大きく反映されている。「はやてちゃんもそう思いますか? 私もクラールヴィントと引き換えに以前借りたことがあるんですけど、逆に凄過ぎて一部の機能しか使いこなせなかったんですよね」「元々クイーンは法力使いであるソルが使うことを前提としているからな。デバイスであると同時に神器でもある。魔導師が使いこなすことは不可能だ」残念そうな表情になるシャマルを諭すようにアインが静かに笑みを浮かべる。「それ作ったのってソルくんなんでしょ? そういうもの見ると彼が元科学者ってことに納得出来るわ」はやての手の中のクイーンを危険な視線で見つめる忍。何か琴線に触れたのかもしれない。「アイツ自覚無ぇーけどかなりのマッドだぞ」「確かにあの時のソルの眼つきはマッドサイエンティストと呼ぶに相応しかったな」「私のクラールヴィントなんてよく分からない理由で指輪から腕輪にされちゃったんですから」ヴィータが呆れたように言い、シグナムとシャマルが苦笑する。そんな風に女性陣が談笑している時だった。「うわぁー、さっきのゲレンデが此処から一望出来るんだ。ねーソルーッ!! ちょっとこっちこっちっ!!」不意に、近くでユーノのはしゃぐ声が聞こえた。………え?誰もが声をした方に眼を向けると、そこには木材で作られた壁。男湯と女湯を遮る境界線。「喧しい。聞こえてる」「ほら見てよ。凄い綺麗な景色」「絶景だな」ユーノに続いてソルまで居る。女性陣の一部は心臓が高鳴った。大人数であった為、他の客に迷惑が掛からないようにと壁の端の方に寄り集まっていた。まさか壁一枚隔てたそのすぐ傍までソルとユーノが来ているとは予想外だったので誰もが黙り、示し合わせたように口に人差し指を当てアイコンタクトする。二人がどういう会話をするのか気になった、というのが実は最大の理由だったりする。この二人、仲が良いだけあってよくザフィーラを連れて男だけで何処か行ってしまうことがよくあった。その時にどんな会話が交わされているのか、さっきの自分達がソルの話題で盛り上がっていたように、この二人も男同士で女性の話題でもするのかもしれない。女として気になる部分ではあったし、半ば出歯亀根性も手伝って女性陣は固唾を呑んで意識を壁の向こうに集中させる。「あそこで滑ったんだよねー」「ああ」先程のスキーなど、他愛の無い話が続く。しかし、女性陣が聞きたいのはこの後の食事の席で聞けるようなものではない。普段は女性に聞かせないような男の本音とか、男性陣から見た女性陣の話とか、こう、もっとわくわくする話題が聞きたいのである。「でも良かったね、はやてがちゃんと滑れて。本人も凄く喜んでたし、皆もそれを含めて楽しそうだったし。結構そこら辺心配してたでしょ?」「ま、あいつらが喜んでれば俺はそれで良い。クイーンを渡しておいて正解だったぜ」出来の良い息子と包容力溢れる父親みたいな会話を続けるユーノとソル。気遣ってくれていたのは非常に嬉しいのだが、今聞きたいのはそういう話じゃない。もっと”男”の会話をしろ!!!旅行で、温泉で、しかも泊まりだぞ!? もっと話すべきことがあるんじゃないの!?「温泉って気持ち良いね~」「そうだな」それっきり二人は黙りこくってしまった。期待していただけにガッカリ度も大きい。ついに痺れを切らしたアルフが二人に向かって念話を飛ばした。否応無しに意識を女性陣に向けさせようという魂胆だ。『二人共、湯加減はどうだい?』『あ、アルフだ。とっても良いよ』『急に念話なんてして、どうした?』アルフ以外の魔法関係者はいきなりの行為の意図を理解出来ず呆然となる。『いやね、アンタ達が覗きとかしないように釘刺しておこうと思って』『ああ?』『し、しないよ覗きなんて!!!』あからさまに動揺するユーノの声を聞き、アルフはほくそ笑んだ。だが、動揺したのはユーノだけではなくアルフ以外の魔法関係者も同じである。他の者は急に全身を震わせて驚いたような表情をしているなのは達を見て訝しんでいる。『それを聞いて安心安心。これから皆で気兼ね無く露天風呂に入れるよ。じゃあね』『え? それだけの為に念話繋いだの!?』念話を切ったアルフになのは達が詰め寄り小さな声で文句を言った。(アルフさん何してるの!?)(一体どういうつもり!?)なのはとフェイトの言い分はもっともだ。あれでは覗いてくれと言っているようなものである。(だって悔しいじゃないか。男達の間でアタシら女の話題が一切出てこないなんて)(それはそうだが、限度があるぞ!! あのような会話内容、出てくる話題と言ったら一つしかないだろう!!)顔を真っ赤にさせたシグナムがどうしてくれる、とアルフを恨めし気に睨みながらタオルで自分の身体を隠す。顔を赤くしてアルフを睨んでいるのはシグナムだけではなく、なのは、フェイト、はやて、シャマル、ヴィータ、アインも恥ずかしげにタオルで身体を包んだ。それを見て他の女性陣もどういうことか察したのか、それに倣う。「覗くなって………このタイミングだと覗けって言ってるようにしか聞こえねぇぞ」「そ、そうだね」呆れたような口調のソルと、興奮してるのか緊張してるのかガチガチな喋り方のユーノ。シグナムの悪い予感は的中し、覗きについて話し始める二人。「皆が、この壁の向こうに?」「居るんだろうな」方向は違えど、確かに向こうでは”男”の会話がなされている。女性陣に緊張が走る。え? まさか?覗きにくる? あの草食動物みたいな人畜無害のユーノと、こういうことに興味無さそうな硬派のソルが?やっぱり二人共男なのか? 男の本能には逆らえないのか?覗いてくるとしたら何処から? やはり壁の上から頭を突き出して? それとも魔法や法力を使って?いくつもの疑問を頭の中で悶々とさせながら、女性陣は警戒しつつ、一部の者は私を目的に覗きにくるのかと期待する。しかし―――「ソル、僕まだ死にたくないよ」「安心しろ。代償として殺される以前に覗きなんて真似出来るかってんだ」面倒事は御免だと言わんばかりの口調で吐き捨てるソル。「上がろっか」「ああ」バシャバシャと水を掻き分ける音共に二人の声が遠ざかっていく。「お腹空いた~」「もうしばらくすれば蟹が食えるぜ。それまでの辛抱だ」「海の幸かぁ、楽しみだなー」「酒に合えば何でも構わねぇが、美味いに越したことはないな」既に二人の興味は夕飯に移っていた。悩む様子すらほぼ無いに等しい、清々しい程の即離脱。……………………………………………………………………………………………………………………………はい?彼らの行為は人として常識的に非常に正しい。正しいのだが………―――この腰抜け共がっ!!!女としては腸が煮え繰り返る程悔しかったのであった。背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その二夕飯は新鮮な刺身に加えて、蟹尽くしの豪華な料理で溢れ返っていた。しかもおかわり自由とかいう出血大サービスである。流石は海の幸食い放題というだけの触れ込み。さぞかし騒がしい食事風景になるだろう、食事前はそう思っていたのだが。「なんか微妙に不機嫌だったよな、あいつら」窓を開け、アルコールを摂取したことによって火照った身体を冷ましながら浴衣姿のソルが不思議そうに呟いた。「女性陣の間で何かあったのかな?」こちらも同様に浴衣姿で、荷物整理をしながらユーノが疑問を口にする。「ザフィーラは何か知ってるか?」「むしろ俺も知りたい」布団を敷きながらザフィーラは首を振る。食事中、何故か女性陣は誰一人として喋ろうとせず、妙なプレッシャーを放ちながら黙々と箸を進めるだけだったのであった。桃子、美由希、月村家、アリサはまだマシな方で少し虫の居所が悪い程度だったのだが。「何だったんだろうな?」「何だったんだろうね?」「う~む」特に酷かったのがなのは、フェイト、はやて、アルフ、シグナム、シャマル、アインの七人。所謂魔法組の女性陣だ。明らかに不機嫌なオーラを纏っていた。アルフなんてユーノが箸を伸ばしたものを先に横取りするという嫌がらせまでしていたのだ。流石に眼に余る行為だったのでソルが蟹の甲羅をアルフの口に無理やり叩き込んで止めさせたが。唯一人ヴィータのみが、何かを諦め切ったような表情で蟹に食らい付いていた。彼女達はそれぞれ苛々しているというよりは落ち込んでいるような雰囲気で、何かあったのかと問えばなんでもないの一点張り。男性陣は頭に?を浮かべながらも、どうせ女同士の間でトラブルでも発生したんだろう、一過性のものだから放って置けば元に戻るだろと勝手に決め付けて、不機嫌な女性陣を触らぬ神に祟りなし的な感じで視界になるべく収めないようにし、眼の前の料理を楽しむことにしたのだった。微妙な空気からやっと解放された男性陣は各々用意された部屋へと早々に向かい、今に至るのである。ちなみに部屋割りはこんな感じ。ソル、ユーノ、ザフィーラの三人部屋。士郎、恭也、鮫島の三人。桃子、忍の二人部屋。これがペアチケット分だ。ノエル、ファリン、美由希、アルフの四人部屋。なのは、フェイト、はやて、ヴィータ、アリサ、すずかの子ども六人を無理やり詰め込んだ部屋。シグナム、シャマル、アインの三人。「ま、明日になれば機嫌直ってんだろ」「女性の悩みが僕達男に分かる訳無いから、女性の間で解決してもらうしかないし」「俺達が知ったところで何も出来んだろうしな」そう結論付けると三人は早いと思いつつも床に着くことにした。なのは、フェイト、はやての三人は生まれて初めて万引きをする中学生のような挙動不審な動きで旅館の廊下を歩いていた。別に悪いことをするつもりなど更々無いのだが、勝って知ったる自分の家ではないよく知らない場所で、誰かに見られているかも、という心理が三人に緊張を持たせていた。目的地は当然、ソル達野郎三人の部屋である。そこからソルを引き摺り出し、自分達の部屋に連れ込むのだ。これは断じて拉致ではない。保護だ、と自分を納得させる。何故そんなことをするのかというと、旅行の話が持ち上がった時の淑女同盟”大人組み”のあからさまに怪しい態度の所為だ。顔を紅潮させた三人。その時に会話に出てきたドラゴンインストール、ロマンス、アバンチュール、期待、そして何より『子どもは知らなくていい』という発言。これで疑うなと言う者は至近距離で砲撃魔法をくれてやる。桃子に何のことなのか問い詰めても『あらあら、まだなのは達三人には早いわ。せめて中学校卒業するまではソルに待ってもらいなさい』と生暖かく微笑ましそうにするだけで、答えらしい答えを得ていない。一つ分かったことは、子どもはダメで大人はいいということだけ。まだまだ純粋な三人は何のことか想像すら出来なかったのだが、乙女の勘が告げてくるのだ。あの三人の企みを粉砕しろ。さもないと大きく差をつけられる、と。ただでさえ三人は子どもである所為で、百歳を越えるソルから見たら眼に入れても痛くない孫にも等しい存在でしかなく―――だからこそ無邪気に甘えることが出来るのだが―――子ども扱いされている。シグナム、シャマル、アインの三人のように一人の女性として扱われたことなど皆無だ。これは致命的な差である。そしてあの三人はこのアドバンテージを最大限に利用としている。必ず阻止しなければ。桃子が言ったように最低でもあと六年近くは向こうにアドバンテージがある以上、邪魔し続ける必要があるのだ。ただでさえあの三人は何かにつけてソルの傍に居ようとし、攻撃力が高そうな女性のそれで何時もソルを誘惑している、許しまじ、と思っている。三人は自分達だって何時もソルの傍に居て甘えているのだが、彼女達の中では棚の最上段に自分を置くことが既に暗黙の了解となっていた。ソルに分からせてやろう。アインはシグナムとシャマルにそう言った。先程の露天風呂での態度は女として許せん、と続けた。シグナムとシャマルもそれには同意を示す。しかしどうすればいいのか?簡単だ。あの男は長い間戦闘以外に関するものは切り捨てて生きてきたので筋金入りの戦闘者であるが、幸い今は違う。ならばソルには自分が男という生き物であることを思い出させて、私達三人がとても魅力的な女であることを分からせてやればいい。と自信満々にアインは宣言する。では具体的にどうすればいいのか?まず、酒盛りにソルを誘う。それから酔わせるだけ酔わせてから、こちらも酔った勢いで過剰なスキンシップを敢行する。それだけ?十分だろう。此処で重要なのはそのまま本番に移行することではない。ソルに自分は男であると自覚させ、私達三人を意識させるだけでいい。これだけならば傍に他の者が居ても作戦は実行出来るので困らない。題して『ソルに自分は男であると自覚させ、私達三人を意識させる作戦』。そのまんまのネーミングだった。作戦決行の為に旅館のお土産コーナーで酒とつまみを買い、仲居からグラスを借り、ソル達野郎三人組の部屋へと急いだ。「「「「「「あ」」」」」」そして二組の乙女達が目的地を目前にして相対する。しばらく沈黙が続き、「こんな所でどうした?」口火を切ったのはアインだった。「それはこっちの台詞です。もしかしてお兄ちゃんにご用ですか?」なのはが先頭に立ち、真正面からアインに立ち向かう。「ああ。これから私達はソルと”大人の付き合い”をしようと思ってな」一部言葉を強調させ、長い銀髪をかき上げながら手に持つ酒瓶を見せ付けるアイン。「へ、へ~」気にしてることを容赦無く抉られ、頬を引き攣らせる子ども三人。「………私達もソルとお話したいなぁ、って思って」「そうなんよ。普段と違うシチュエーションだと珍しい話聞かせてもらえるかもしれへんし」「確かに、主はやての言う通りかもしれませんね」「でもスキーって自覚してない疲れが溜まるスポーツですから、三人共早く寝た方が良いかもしれませんよ? 明日に響きますし、特にはやてちゃんは身体のこともありますから」フェイトとはやてが目的を告げるとシグナムが頷くも、シャマルがオブラートに包んで部屋に戻れと言う。「でも、今日のこととか明日のこととかで一杯お話したいし」「そ、そう」「ちょっとくらいならえーやんか」負けじと返す。「しかし、今此処で欲張って夜更かしでもすれば、明日のスキーの途中で思わぬ怪我をするかもしれない。そうなってしまえば元も子もない」「夜更かしが原因で怪我でもしたらソルくんが怒りますよ? 最悪、旅行が終わるまで治してくれないかもしれないわ」「シャマルの言う通り、教訓として治療しないと思います」実に大人の対応で夜更かししようとする子ども達をやんわりと諭すアイン、シャマル、シグナムの三人。相手が正論なので進退窮まってきたことに歯噛みする子ども組。早く子どもは部屋に戻って寝なさい、という態度の大人組。どちらが有利かは一目瞭然だった。と、その時。「大人って汚い」ボソッと呟いたフェイトの言葉にビクッと身体を震わせる大人三人。「な、何のことだ!?」「急に何を言い出すんだ、テスタロッサ!?」「………驚かせないでよ」苦笑いを浮かべるが、眼を細めたフェイトの真紅の瞳には三人が下心を押し殺しているようにしか見えない。「とばけないで。ソルをどうするつもり?」「どうするって………どうすると思う?」フェイトの懐疑的な視線に対してアインはしばし黙考した後、下手に言い返したりせず挑発的な物言いをする。「ちょっとアイン!?」「おいっ!!」慌て始めたシャマルとシグナムを手で制止すると、アインはなのはからフェイトに向き直る。その瞬間、ガラッと音を立てて部屋のドアが開けられた。「「「「「「!!」」」」」」六人が視線を向けるそこには、「うるせぇ」流氷よりも冷たい視線で不機嫌そうに眼を細めるソルが居た。「テメェら人の部屋の前で何騒いでやがる?」こめかみに青筋を立てているソルは、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すこの世の何よりも恐ろしい威圧感を放っている。六人は今更になって竜の尻尾を踏ん付けた上に逆鱗に触れていたことに気付き、凍りついた。ソルの後ろは電灯が点けられておらず真っ暗で、ユーノとザフィーラの姿を確認出来ない。まだ十時前だというのに三人共寝ていたらしい。この男、移動中に散々寝ていた癖にもう床に着いていたのだ。「騒ぐんなら他所でやれ。次騒いだら雪山に埋めてからタイランレイブぶち込むぞ」最早殺人予告とも雪崩予告とも取れることを宣言し、ピシャッっとドアを無慈悲に閉める様子はこれ以上の干渉を徹底的に拒否していた。寝起きのソルは無茶苦茶機嫌が悪い。それはよく分かっていた。しかし、まさか十時前には就寝しているとは思いもよらなかった。何故なら何時もの就寝時間より二時間も早いからだ。「………部屋に、戻りましょう」シャマルが冷や汗を垂らしながらそう言うと、それぞれが「あ、ああ」とか「うん………」とか返事してその場から離れた。こうして一日目が終了する。二日目。深夜から朝にかけて吹雪いていたようだが、起きる頃には既に止んでいて本日も絶好のスキー日和となった。スキー初心者達はその肩書きを返上し、それなりに滑れるようになると思い思いにリフトに乗り込む。そして俺とユーノとザフィーラは野郎三人でリフトに乗り込み、ゲレンデの頂上に居た。すると、偶然にもこれから滑り出そうとしている士郎と恭也を発見する。向こうもこちらに気付いたのか近寄ってきた。「この面子でただ滑るだけだと面白味に欠けるから、勝負でもしないか」士郎が悪戯小僧のような笑みを浮かべて言うことに、俺は口元を歪める。「いいぜ。だが、ただ勝負するってだけじゃ面白くねぇ。何か賭けるか?」「賭けか、面白そうだね」「リスクがあればそれだけ緊張感も高まる………賛成だ」俺の意見にユーノとザフィーラが賛同し、士郎と恭也も受けて立つと頷いた。「ルールは簡単。此処から下まで誰が速いか競い合う。で、問題の賭けるものだが、何がいい?」士郎に促され、しばらく考え込むと俺は無難なことを提案した。「ビリが他の奴らに昼飯を奢る」「ソル、それじゃあ父さんが負けた時のリスクが少な過ぎる」「それ以前に俺は無一文だ。主に立て替えてもらえと言うのか? 俺にはハイリスク過ぎる」恭也とザフィーラが文句を言う。確かに二人の言うことはもっともだ。ザフィーラを除いた四人の昼飯代は士郎の懐から出ているし、普段から飼い犬をしているザフィーラはそもそも収入源が無いので死活問題だ。「夕飯抜き」「そんな殺生な」第二の提案はユーノに却下される。確かにあんな豪華な料理を抜かれるのは誰だって嫌か。「昼飯抜き」「飯から離れろ」恭也に諭されたので素直に止めることにする。「じゃあ何がいいんだよ?」この面子で平等なリスクを負うとなると、賭けの対象となるものは自ずと限られてくるのだが。「ならさ、ビリの人が今日お風呂入った時に女湯覗くとかは?」「「「「………」」」」ユーノの言葉に誰もが黙り、言った本人ですら発言した内容の恐ろしさに気が付いたのか、俺達は揃って顔を真っ青にする。―――死ねと?「………女湯なんて覗いたら確実にぶっ殺されるぞ。ジョークでもそんなこと言うんじゃねぇ。もし女共にこのことが聞かれてたら罰ゲームどころかDEATHゲームだぞ」「自重するよ………」俺はユーノの両肩を掴むととても反省したようだった。だが。「それはそれでありだな」信じ難いことに士郎が賛成の意を示す。「馬鹿か親父、死ぬ気か!?」「父さん、俺達を置いて逝かないでくれ!!」「士郎さん、僕は貴方を忘れません」「受けた恩を返すことも出来ず、ベルカの騎士として恥知らずな俺を許して欲しい」「死亡確定、というか罰ゲーム俺決定みたいな言い方はやめてくれ。まだ俺と決まった訳じゃ無い」慌てたように手を振る士郎。「皆覗きはしたくないんだな?」「当たり前だ」「まだ死にたくありません」「騎士としてそのような真似が出来るとでも?」「というか、妻子持ちの父さんがそんなこと言うとは思ってなかったぞ。そもそも忍にこんなことがバレたら俺は………」「じゃあ罰ゲームはそれで決定ってことで」「「「「何ぃぃ!?」」」」どうしてそうなる?「皆何をそんなに恐れているんだ? バレた後のことか?」それ以外に何があるってんだよ!!「確かにそれは恐ろしいな。俺の場合は桃子が般若の笑みで襲い掛かってくるだろう」よく分かってるじゃねぇか。「しかし、それを恐れて壁一枚隔てた桃源郷を拝まないのは男が廃るというものではないか?」「俺達覗きがしたいけど土壇場になって尻込みしてる訳じゃ無ぇぞ。お前が言う桃源郷を拝むって行為自体が罰ゲームだから嫌だっつってんだ」冷静に突っ込みを入れたが華麗にスルーされる。ていうか、こいつは自分の妻と娘達を覗けって言ってるようなもんだということを分かってるんだろうか?分かっているのか分かっていないのか………士郎の性格上、ただ単にスケベ心で言い出した訳じゃないだろう。怪しい。一体何を企んでやがる?その後、しばらくの間士郎の覗きや男という生き物に関する微妙な演説が続き、結局は『皆が一番嫌がる』という理由でなし崩し的にビリの奴が”覗き”を罰ゲームとして行うことになってしまった。決定的だったのは士郎の『やる前から負けることを恐れているとはソルらしくないな』という挑発に『上等だ』と簡単に乗ってしまったのがいけなかったのだが。賭けを言い出したのは俺だし、それにユーノは面白そうと賛同した。ザフィーラなんてリスクが高い程緊張感があっていい的なことを言ってしまった所為で碌に反論出来なかったのも一因か。別にバレる必要性は皆無なので、”覗き”という行為を一瞬でもすればいいとのことである。まあ、チラッと覗く程度なら。その時に誰も居なければ精神的にとても助かるし、罰ゲームはそこで終了となるのでいい………のか?もし俺が負けたら覗き言いだしっぺのユーノと士郎に全力で責任を擦り付けてやる。絶対に、必ず、士郎のさっきの妄言を桃子に言い付けよう。そして俺達はスタートラインにつく。ただの競争が人としての尊厳とか、今まで積み上げてきた女性陣に対する信頼とか、そういった諸々を賭けることになるとは思ってなかった。誰一人として下心は無いので、全員がマジになる。じゃあ覗きなんて罰ゲームでやらせるなよ、と言いたいが時既に遅し。ゴーグルを装着し、ストックを握り締め、俺を含めた皆が全身から殺気染みた気迫を立ち昇らせた。もう勝てばいいんだよ勝てばっ!!! 俺以外の他の誰かが女湯覗いてボコボコにされて女性陣から虫けらを見るような眼をされたって知ったこっちゃねぇんだよ!!!覚悟を決める。「「「「「ヨーイ」」」」」前傾姿勢になり、ストックを持つ手に力を込めて、「「「「「ドンッ!!!」」」」」俺達は全く同時に雪の斜面を駆け下りた。「ゲレンゲの帝王は俺だ!! 最速の俺は負けん!!!」「随分勝手な罰ゲームにしてくれるじゃねぇか、しかも俺より速くスキーを滑るだと? どっちかって言うと後者の方が気に入らねぇ!!!」「ビリになったら恨むぞ父さん!!」「僕はまだ死なないぞぉぉぉぉ!!!」「騎士の誇りに懸けて、というより男として負ける訳にはいかんっ!!!」疾風の如き勢いで滑走しながら、男達の色々なものを賭けた戦いが始まった。後書きなんか、長くなりそうです。で感想版に質問があったので、此処で答えておこうと思います。ZERO◆13ee31fdさんからご質問。質問1:確か明記はされていませんが、ジャスティスって『終戦管理機構』に改造されたアリアじゃありませんでしたっけ?『ジャスティスの素体がアリア』っていうのは原作ではあくまでそれっぽく描写されているだけなので、この作品でのソル個人の解釈は『ジャスティスは”あの男”が造った』というところで留めています。GG世界のキャラクターも皆『ジャスティスの制作者は”あの男”』と言ってますので。初代GGにてソルのエンディングでのジャスティスの遺言『また三人で語り合おう』や、GG2のエンディングにて”あの男”の台詞で『彼女(アリア)は僕も、キミも殺した』という発言から十中八九ジャスティス=アリアじゃないかな? とは私個人が思ってるんですけど。ソルはもしかしたらジャスティス=アリアって思ってるかもしれません。でも口には出さない。ついでに、この作品に出てきたジャスティスはあくまでソルの記憶を基にして生み出された偽者であるということをご理解ください。質問2:此方も明記されているわけではありませんが、木陰の君(多分ディズィー)の両親はジャスティスとソル(フレデリック)だった筈ですが? 注)アリアがジャスティスに改造される前にギア化したフレデリックとの間に儲けた子供だった筈ですが。これについてはノーコメント、というのはダメだと思うので私なりの解釈を。ジャスティスが木陰の君と親子である、というのは公式設定ですが、木陰の君=ソルの子どもというのは確証が全くありません。やはりそれを匂わせる描写などはシリーズを通して存在しますが、私はそれを公式設定として扱いこの作品で描写することを控えています。それに関して確証が持てないというソル個人の心理も影響してると思います。確証があったとしてもソルの性格を考えれば名乗り出ないでしょう。やはりこちらもゼクスのソルのストーリーモードで”あの男”が『あいつの面影がある』『また一つ殺される理由が増えた』という発言をしてますので非常に怪しい話ではありますが。質問3:神器というのは本来、法力を要して形成された物ですが・・・確か、法力要素を取り込むことによって起動してるのではなかったですか? ※)多分リリなのの世界には法力要素を形成する物は無いと思いますが・・・?あれはギアの理論の元になった物ですから、ソルが発見したわけではないですし・・・かなりの未来でなければ確立されていない原理・法則の筈です。(確か理論を発見したのはギアメーカー(あの男)だった筈ですし)(殆どは小説版ギルティギアで知った知識です)この質問は私の描写不足だと思われるので、此処ではっきりと登場したデバイス達と法力について説明をしておこうと思います。『クイーン』デバイスとしての機能、神器としての機能を併せ持つ『半デバイス半神器』。他のデバイス同様、登録された魔法や法力を手にした人間から命令を受けて、もしくは術者の危機に反応して脊髄反射のように発動させることが可能。命令が無くてもクイーンの意思で魔法や法力を行使出来る。マスター権限は登録制。登録すれば誰でも使用可能。登録者以外の者の手に渡ると『神器』としての機能にのみロックが掛かり、ただの補助専門デバイスになる。特筆すべき点は、法力使いではなくてもクイーンに登録された法力なら誰でも使えること。ただし魔導師が法力を使えるようになるのではなく、あくまで『クイーンが法力を使っている』のであって、魔導師は魔力を供給しているだけということになる。『ソルに改造されたデバイス達 レイジングハート・バルディッシュ・レヴァンティン・グラーフアイゼン・クラールヴィントの五つ』レヴァンティン、グラーフアイゼンはカートリッジシステムを除去され、クラールヴィントは指輪から腕輪になってしまっている。神器の機能を真似て付与された『魔法の増幅機能』はあくまで魔法を増幅させるものであって、法力を増幅させるものではない。『法力を増幅させる』という神器の機能を模写、応用させたものである。作中でもソルが『その機能を普遍化し、汎用性を持たせた上で法力を魔法に置き換えた』と言ってるので、法力が使える訳では無い。作中の『半分神器』という表現は『魔法の増幅機能』のことを表している。分類的には『神器のノウハウを活かして改造された”デバイス”』である。『封炎剣』作品中、唯一の純粋な神器。鍔を展開すると小さなスリットがあり、そこにクイーンを填めることによって『ドラゴンインストール・完全解放』の発動キーとしている。別に封炎剣とクイーンを合体させなくても『ドラゴンインストール・完全解放』は使用可能だが、あの状態だと服着てないので首から下げたクイーンが邪魔でしょうがない。法力は『火・水・風・雷・気』の五大元素から構成されている。また法力を行使する為に一時的にアクセスする仮想空間『バックヤード』は現実の世界ではなく、『あらゆる情報が高密度の素子となって運ばれ、集約され、絶え間ない再構築が行われ続けている』情報世界です。普通の人間には認識することの出来ない世界。バックヤードは所謂アカシックレコードのようなもの、概念の世界とも言い換えていい。石渡氏曰く『海のように情報が錯綜している空間で、たまたまそこで文字のようなものが形成され、意味を成すと、それが現世にあらわれたり、意識やカタチを持ったりします』とのこと。GG2からソルの台詞を持ってくると、『(バックヤードとは)100年も前から理論的には存在が推定されていた五大元素の構成に理由を付ける為の特定言語。もしくはこの世の原理という原理を定義付けする情報が内包された「何か」』『この世界の事象もまた「何か」がなければ起こりえない』『(法力を行使するには)その「何か」から強引に「理由」を借りてくる』とあるので、法力とはバックヤード内に”理由付け”をすることによって”事象”を現実世界に顕現させる技術である、と私は解釈しています。”あの男”はあくまで法力の基礎理論を完成させるのに一役買った人物であって、法力を理論化したり発見した訳では無い。ソルと同じ科学者であり、法力が世に広まった時にソルと同時期に法力に関わったとGG2でソルが語っている。法力と魔法は全くの別物。小説版の設定はあまり覚えていないので、この作品の法力の設定は原作準拠にしています。