かつて俺の世界の人類は無限のエネルギーを生産する超自然的な力の制御法、『魔法』の理論化に成功した。後にそれは『法力』と名を変える。法力。本来物理学上あり得ない、限りなく万能に近い”力”。公式では理論化に成功したとあるが、全ては発信源の知れない情報だった。しかしそんな疑問の余地など与えない、革新的なリソース。当時、技術進歩と環境倫理の狭間で立場が不安定だった学者達は、光に群がる蛾のようにただ飛びついた。俺も、そんな学者の一人だった。そしてこの世に存在し得ないその力を研究する内に、俺は研究仲間と共にある計画に手を出すことになる。法力を用いた既存生物の生態強化計画。人類が新たなステップへと進化する為の人工進化計画。それらの総称としてGEAR計画、GEARプロジェクトと呼ばれた。その計画はかなりヤバイ研究であった為非公式とされた。計画が発足してから二年後。俺は同僚の策略によりギアの人体実験の第一被験者とされ、人間とはかけ離れた外見へと変貌し、実験動物のような扱いを受けることになる。その後、俺はギアの生命力と強靭な肉体を利用して研究所から逃走した。逃走せざる得なかったのだ。己の研究成果、地位と名誉、友情と信頼、科学者としての矜持を奪われ、そして何より自分自身が人間ではなくなったことで全てを失い、俺は俺を化け物に変えたかつての友人を憎んだ。逃亡しながら心に誓った。必ず殺してやる、と。俺の長い長い復讐と贖罪の始まりだ。それから俺はギア細胞抑制装置を制作し、それを装着することによって元の人間の姿へと戻ることに成功する。人間の姿に戻った俺は、人間社会に旅の賞金稼ぎとして紛れ込みながらギア計画に関わった研究者達を捜し求めた。もう二度と俺のような犠牲者を出さない為に。だが俺が逃走してすぐに研究員達全員の姿は消え、計画そのものが”無かったこと”にされていた。手がかり一つ見つけられぬまま捜索し続け、それから約六十年の時が経つ。俺をギアに変えた男が某先進国で再びギア計画を発足し、ついに人類に従順なギアが誕生してしまう。更に悪いことに一年足らずでギアは軍事利用されることになる。生体兵器ギアの誕生。俺はそれを阻止することが出来なかった。強靭な生命力と他の兵器を凌駕する攻撃力を有したギアを某先進国は独占的に軍事利用し他国の制圧に乗り出した。そんな中、自らの意思と強大な”力”を持ったギアが一体誕生する。『ジャスティス』。奴は知性を持つだけではなく、製造元を問わず他のありとあらゆるギアを自分の支配下に置き自在に制御する能力を持っていた。種の存在意義を唱え、ジャスティスはその指揮能力を用いて全世界のギア達を統率し人類に反旗を翻す。これに対して人類は急遽一致団結し『聖騎士団』を創設。人類とギアとの全面戦争。百年近く続く『聖戦』の幕開けだ。ちなみに聖戦初期の段階で日本は壊滅した。大量のギアを率いたジャスティスによって一気に攻め込まれ、その後は奴の砲撃で消し飛ばされたからだ。俺はギアに対抗する為に『アウトレイジ』という兵器を開発するが、作った本人ですらハイスペック過ぎて扱えない代物になってしまった。しかし、後にアウトレイジは八つに分割されて『神器』へと姿を変え、人間でも扱えるようになる。百年近く続く聖戦時代、俺はギアを駆逐する賞金稼ぎとして生計を立てながら放浪の旅を続けていた。やがて聖戦末期になると聖騎士団からスカウトされたので「ギアの情報が手っ取り早く入るなら」という理由だけで入団するが、色々あって脱退。その時に『神器・封炎剣』をもらって行く。脱退してからしばらくして、運良く一体で活動しているジャスティスと遭遇し戦闘を仕掛け無力化に成功した。後からやってきた聖騎士団が無力化したジャスティスを封印し、司令塔を失ったギアは発見され次第駆逐され、ようやく終戦となる。しかし、聖戦終結から五年後。封印劣化からジャスティスの復活を懸念した国連は『第二次聖騎士団』結成の為に世界規模の武道大会の開催を決定した。『第二次聖騎士団選考大会』。国連が強者を切望するあまりか、優勝者には如何なる望みのものでも与えられることが約束されていた。しかし、その大会の内容は罪人の出場や試合中の殺人を認めるといった過酷なものであった。俺はこの話を聞いた時にキナ臭いものを感じ取ったので参加を決意する。予感は見事に的中し、決勝まで勝ち進んだ俺を待っていたのはジャスティスの復活を目論む一体の人型ギア。そいつを倒したと思ったらジャスティスが復活し、そのまま戦闘となったが辛くも勝利。ジャスティスを完全に破壊することに成功した。此処まで語り終えてから俺は溜息を吐いた。「これが俺の世界で法力とギアが歩んできた歴史なんだが………何泣いてんだよ」アースラ内部にある会議室には、今回の件に関わった俺を含む高町家と、中心となったはやてとヴォルケンリッター四人、夜天の魔導書の本体であるリインフォース、そして管理局側のクロノ、リンディ、エイミィの三人が揃っている。「だっでお゛に゛い゛ぢゃんがわ゛い゛ぞう゛だよぅぅぅ」話を聞いてわんわん泣き喚くなのは、フェイト、はやて、アルフ、シャマル。眼に涙を溜めながらもなんとか堪えようとしているユーノ、ヴィータ、シグナム、エイミィ。通夜のように項垂れて沈痛そうな時化た面をしているザフィーラ、リインフォース、クロノ、リンディ。別に不幸自慢じゃないんだがな。闇の書の闇として生まれ変わった偽のジャスティスを倒した後、元の子どもの姿になってアースラに乗艦した俺を待ち受けていたのは勝利の歓声だった。皆に揉みくちゃにされて胴上げまでされたのには驚いたぜ。流石に今回は多少の説明をしないと誰も納得しないと思ったし、知られてしまった以上は白状しようと思ったので勝利の余韻もそのままに事情説明ということになった。で、話が一段落したところで今に至る。「貴方が法力と自分の身体を知られないようにしていたのにはそんな事情があったのね」リンディが申し訳無さそうに口を開く。「で、どうする? この話を聞いてギアや法力について上に報告するか?」「しないわよ。出来る訳無いでしょ………ただでさえ万年人手不足の管理局がこの話を参考にギアに似たものを開発してしまったら軍事利用されるのは眼に見えてるし、もし聖戦が次元世界レベルで勃発したらこの世の終わりよ。アースラの乗組員達にも今日見聞きしたものを忘れるように言わなきゃ」たとえ頼まれても報告なんてするもんですか、とリンディはぶんぶん首を振った。「エイミィ、後でさっきの戦闘データを一つ残らず抹消しておいて。会話データもよ」「了解しました」そんなやり取りが交わされるのを見て、俺は満足して頷く。「賢明な判断に安心した。もし変な考えを起こしていたら、危うくアースラは衛星軌道上で謎の爆発事故が起きるとこだった」「お前は本気で実行に移すから怖い」クロノが苦い顔で呻いた。「ま、俺の話はこれくらいでいいだろ。それより夜天の魔導書はどうなんだ?」俺の言葉に全員がはっとなる。どうやら話にのめり込み過ぎて忘れていたらしい。視線をリインフォースに向けると、彼女は物憂げな表情でゆっくりと首を振る。「破損は致命的な部分にまで至っている。防御プログラムは停止したが………歪められた基礎構造はギアコードに侵食されたままだ」「ふむ」「私は、夜天の魔導書本体は遠からず新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」「修復は?」特に期待も込めずに問い掛けた。やはり彼女は力無く首を振る。「無理だ。管制プログラムである私の中からも、夜天の書本来の姿が消されてしまっている」「なるほど」それを聞き顎に手を当て思案していると、ザフィーラが口を開いた。「元の姿が分からなければ、戻しようもないということか」「そういうことだ」ザフィーラの言葉にリインフォースは頷いた。「主はやては大丈夫なのか?」シグナムが心配そうに口にした問い。「何も問題は無い。主ははやてはギアコードの侵食から守り通した。私からの侵食も完全に止まっているし、リンカーコアも正常作動している。不自由な足も、時を置けば自然に治癒するだろう。騎士達も自動防御プログラムと同様、あの時に私から切り離した………多少とはいえギアコードに侵食されたのは私だけだ」「なら問題はお前だけか………ちっ、予想していたとはいえ面倒臭ぇなぁ」「予想?」リインフォースを含めた全員が俺にどういうことかと視線を向けるので、説明してやる。「俺がスクライアの人間使って無限書庫で調べものさせてたのは知ってるだろ。改悪される前の夜天の魔導書の詳細データがあれば書を元の正しい形に修復出来ると思ったからだ。だが、どうにも作業は芳しくなくてな」やれやれと首を振って溜息を吐く。「このまま見つかりそうもなければ、最悪俺の手で弄くっちまおうって考えてたんだ」「何を言っている!?」血相を変えたリインフォースが椅子を蹴倒すように立ち上がった。「ギアコードに侵食された私が以前の闇の書と比べて桁違いに危険なものだというのはお前が一番分かっているだろう!?」「ああ」「なら何故そんなことを言う? 私が存在する限りまたジャスティスのようなギアが生まれる可能性がある。防御プログラムが存在しない今の内に私を破壊すれば全てが終わる………そうだろう?」「まあな」「そもそも、ギアコードに侵食された書を簡単に修復出来る筈が無いと分かっているんだろう?」「そうだな」「だったら―――」「ゴチャゴチャうるせぇっ!!!」いい加減腹が立ってきたので心情を吐露するように拳を振り下ろしテーブルを粉砕する。いくつもの悲鳴が聞こえてきたが気にせず、俺はリンフォースに近付くとその襟首を掴んで引き寄せた。「俺の記憶持ってんだ。お前は俺がどれだけ諦めが悪くてしつこい男か知ってるだろ」「あ、ああ」「だったら考えなくても分からねぇか? 確かに安全性を求めるんだったらお前が言う通り今の内に破壊しちまえばいい。だがな、そんな選択肢を選ぶんなら俺は『木陰の君』をあの時殺してる!!」「そんなことは―――」「無い、って言い切れるか?」俺から視線を外すように顔を背けるリインフォース。その横顔は酷く苦悩しているように見える。こいつだって本当は生きたいのだろう。やっと呪縛から解き放たれたんだ。主の為、仲間の為、世界の為に自ら消えるという選択肢を苦渋の決断で導き出したのは痛い程理解出来る。だが、それがとてつもなく気に入らない。こうなったら他の連中も巻き込んでやる。「おいフェイト。前に話した化け物の女の話覚えてるか?」「え!! も、勿論覚えてるよ。その女の人が自分の生まれに眼を逸らさず前を進んで、最後に結婚したって話」急に声を掛けられて驚きながらも答えるフェイトに俺は内心良い子だと思った。「ちょっと此処に居る全員に話してやってくれ。今すぐに」「分かったけど、今? どうして?」「いいから」「分かった」不思議そうに首を傾げるフェイトにとりあえず納得してもらって話させる。「ソル、まさかお前―――」「お前は黙ってろ」文句を言おうとするリインフォースの口を手で無理やり塞いで黙らせるとバタバタ暴れたので後ろに回り込んで羽交い絞めにしてやった。抵抗は無駄と悟ったのか大人しくなったのでそのまま頭を撫でてやる。少し不満そうにしていたが気にしない。フェイトは俺が話した内容をそっくりそのまま綺麗に皆に伝えると、これでいい? といった感じで俺に向き直る。視線で十分だと返す。「今の話を聞いて察しがつくと思うが化け物を専門に狩る賞金稼ぎってのは俺で、その女『木陰の君』はギアだ。しかも人間とハーフの」誰もが俺の言葉に理解が追いついてないのか、「………ハーフ?」とぼやいている。「ちなみに母親はジャスティスだ」!?なのは達の驚愕の表情が笑える。「俺は第二のジャスティスになる可能性を持った危険因子を、再び聖戦の引き金になるかもしれないギアを見逃した」全員の顔をゆっくり見渡してから問い掛ける。「『木陰の君』は母親と違って温厚な性格だったから問題を起こすようなことは無かったしな。さて、問題はこっから。過去にそんな選択をした俺はこいつが消えるのを黙って見過ごせると思うか?」俺の問いに皆が一様に首を振ったことに満足した。「それに、お前らだってこいつがこのまま消えるのは納得出来ねぇだろ。特に八神家は新しい家族なんだし」「そうやリインフォース。マスターは私なんやから言うこと聞かなアカン。一人で死ぬなんて許さへんで」はやてを中心とした八神家が強く頷き、他の者達も首肯した。「だとよ」リインフォースを離して真正面から向き合う。「しかし、私は………」瞳に涙を溜めてまだ何かグダグダ言おうとしているリインフォースの肩に手を置いて言葉を紡ぐ。「もし暴走したら俺がまた止めてやる。何度でもな」「………」「俺がお前の全責任を負う」「………私は」「ん?」「生きていて………いいのか?」「ああ」「お前に、多大な迷惑を掛けることになるぞ?」「んなこたぁ百も承知だ」「出来るかどうかも分からないんだぞ?」「出来る出来ないじゃねぇ、やるんだよ」「本当に、いいんだな?」「しつけぇぞ!! いいからお前は俺に全てを委ねてりゃあいいんだよ!!!」思わず怒鳴るとリインフォースの真紅の瞳からポロポロと涙が零れたので、慌てて指で拭ってやった。「………いきなり泣くなよ」「すまない」「ったく。で、どうすんだ?」「………一つ、聞かせてくれ」「ああン?」「どうしてそうまでして私を救おうとしてくれるんだ? 私だけではない。お前は最初から主はやてを、騎士達を救おうと必死になっていた。どうしてお前はそこまでして赤の他人にその身を捧げることが出来るんだ?」馬鹿正直に答えるには実に困る問いだ。けど、答えはとっくに出ているので口にするだけだ。「俺は見ず知らずの誰かの為に命懸けられる程聖人君子でもなければ殊勝な人間でもねぇよ。例えばフェイトの時なんて、フェイトがあまりにも初めて会った時の『木陰の君』にそっくりだったもんだからつい肩入れしちまったんだよ」「あれが、”つい”?」ユーノがぼやく。PT事件に関わった連中は俺を珍獣でも眺めるような視線を寄越してくる。「今回だってそうだ。俺はお前を含めた八神家全員を途中から昔の自分に重ねて見てた。他者からの介入により進むべき道を歪められたなんてとこがそっくりだったからな」初めは友人であるはやてに対する善意だったかもしれないが、気が付けば目指すべきものが変わっていた。「俺は罪人だ。このギアの身体は取り返しのつかないことをした罰だと、この身体が朽ち果てるまで贖い続けるべきだと思ってる」それが何時になるか分からんが。「だがお前は俺と違う。お前は十字架を背負って生きる俺とは違って、もう自由になっていいんだよ」ずっと独りで苦しんできた気持ちがよく分かる。「だから俺にチャンスをくれ。お前を自由にする為のチャンスをな」なるべく優しい声を出すように努め、悲しそうに細められた真紅の瞳を見つめる。すると、リインフォースは泣きながら嬉しそうに微笑んでこう言った。「そこまで言うならば………これから世話になる。よろしく頼むぞ、ソル」それは誰もが見惚れてしまう程に魅力的な女性の笑みだった。背徳の炎と魔法少女A`s vol.24 罪と罰の狭間で「さて、次に今後の方針を伝える」俺は元の席に着席する。「はやては事件の被害者として、その生い立ちを交えつつ悲劇のヒロインとして仕立て上げる。シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの四人は主を救う為に過ちを犯してしまうが途中でそれに気付き自首、という悲しい運命に翻弄されたって感じを印象付けろ」「私はどうなる?」リインフォースが聞いてくるので、俺は暫し黙考した後答えた。「管制人格であるリインフォースは闇の書の闇に封印されていたということにしておく。正常起動したことによって表に出てこれたという形だ。そうなるとしばらく俺の家の地下室で缶詰になるがいいか?」「いや、問題無い。了解した」「でも意外だね。ソルくんだったら前のフェイトちゃんとアルフみたいに『最初っから存在しなかったことにしろ』って言うのかと思ってた」エイミィの言葉に八神家以外の者が揃って頷くので、とりあえず反論しておく。「そうしたいのは山々だが、シグナム達が魔力蒐集で出しちまった被害の所為で隠蔽し切れないだろ。PT事件の時みてぇに地球の中だけで起こったことならいくらでもやりようがあるが、こいつら実際に管理局員襲ってんだろ? だったら誰かに操られていて襲わざるを得なかったってことにした方がいいだろ」罪を擦り付ける相手はちゃんと存在するのだから。「元凶はギル・グレアムとその使い魔が仕組んだことだ。全部こいつらが悪いことにするぞ。筋書きはこうだ」 ”奴が偶然見つけた闇の書の主。両親が居ないのを利用して、まだ赤ん坊だったはやてを騙すような形で養育権を手に入れ数年間監視し続けた。 何故そんなことをしたかというと、奴は管理局員にあるまじき野望を抱き、私利私欲の為に闇の書の完成を望んでいたからだ。 やがて第一の覚醒を迎えたはやての元にシグナム達四人が現れるがグレアムの思惑に外れて、常識的な”倫理観”と”モラル”を持っていたはやては蒐集を望まなかった。 しかしグレアムは諦めず、平穏に暮らしていたはやての身体に変調が出たところでこれ幸いと騎士達を誑かす。『このまま魔力の蒐集をしなければ主は死ぬ。だが闇の書が完成すれば主は健康な身体になる』と。 主思いの騎士達は血の涙を流しながら犯罪行為に手を染める。 自分達が騙されたと知らない騎士達は主の命を救う為に魔導師を襲撃し魔力を蒐集するが、ある管理外世界で謎の人物に諭されたことによって自分達の間違いに気付き、自首。書の主を保護する。 往生際の悪いグレアムは使い魔に命じて書の強奪と謎の人物の殺害を目論むが、あえなく使い魔達は逮捕となる。 それでも諦め切れないグレアムは逃走するがその後逮捕された。 そして闇の書は謎の人物の手によって元の形へと修正される。”「後は猫姉妹の会話データをセットで提出すれば―――」「色々と突っ込みたいことが存在するがその前に一言だけ言わせてくれ」「何だよクロノ?」「この鬼!! どれだけの罪をグレアム提督に擦り付けるつもりだ!?」立ち上がってズカズカと俺の前に早歩きでやって来る。「出来れば全部」「清々しい返事だなオイ!! でも『私利私欲の為に闇の書の完成を望んでいた』とか『騎士達を誑かす』ってのは虚偽じゃないか!!」「それ以外は事実だ」「虚偽がダメだって言ってるんだ!!」「分かった。第三者が客観的に事実だけを見てグレアムが極悪人だと思うような報告書に仕上げればいいんだろ?」「………もう何言っても無駄か」諦めたクロノがスゴスゴと自分の席に戻り、頭を抱えた。腕の良い弁護人がどうたらと、ぶつぶつ言ってるのが聞こえる。「つーことで黒幕には出来るだけ罪を被ってもらう。シグナム達は自分達に向けられる心象を良くする為にリンディ連れて被害者全員に頭下げに行って事情を説明しろ」「わ、分かったわ」少し引いているシャマル。「………容赦ねー」こめかみから汗を垂らすヴィータ。「この男を敵に回さなくて本当に良かった」「全くだ」心の底から安堵しているらしいシグナムとザフィーラ。「私らの為とはいえ、やり過ぎなんやないの?」はやては苦笑いを浮かべていたが、俺はこのくらい当然だと思う。因果応報だ。「クロノとエイミィはすぐに俺に関する全てのことを抹消、隠蔽しろ。それから報告書の下書きが終わったらクイーンに転送するように。チェックしてダメだったら書き直しだ。リンディは明日からリインフォースを除いた八神家を連れて被害者のところ回れ。なのは達は今からリインフォースを家に連れて帰って事件終了の報告と事情説明を」それぞれに指示を飛ばすと文句も聞かずに俺は立ち上がり会議室を後にした。「ちょっと!! 言うだけ言って何処行くの!?」リンディの抗議の声に対し、「何か分からないことがあったらクイーンに通信を入れろ」それだけ返して会議室を後にした。医務室に入ると丁度良い具合に誰も居ない。ほくそ笑みながらグレアムが横たわっているベッドまで近付くと、クイーンに命じて治癒を行う。「早く治れ、クソが」十分程治療を続けると、グレアムがゆっくりと眼を開いた。会話が出来れば十分なので、そこで治癒を止める。法力で隠蔽結界を張り音と衝撃を外界からシャットアウトしてからベッドに向き直る。「キミは………暴走した闇の書はどうなったんだ!?」「俺が此処に居る時点で全て片がついたと理解出来ねぇか」息を呑むグレアムを無視して話を進めた。「ま、そんなこと今はどうでもいい。それより聞かせろ」ベッドの脇にあった椅子に座ると足と腕を組む。グレアムは断罪される死刑囚のような全てを諦め切った眼で俺に視線を向けてくる。「何故はやてを救おうと思わなかった?」時間的余裕は十分あった筈だ。こいつには権力もあれば金もあり、本局には無限書庫なんていう使い勝手は悪いが利用価値が非常に高い情報源もあった。人材も優秀な者を用意出来ただろう。それらを全て有効に利用することが出来れば早い段階で闇の書の解析は出来たのではないか? 少なくとも闇の書なんて代物の完成を待ってから封印するという確実性に欠けたナンセンスなことをしようとは思わない筈だ。―――普通なら。「そんなに闇の書の主になったはやてが憎かったのか?」「そうでは、ない」掠れた声が微かに鼓膜を叩いた。「私は、友を奪い、私の人生を狂わせ、友の家族を狂わせたロストロギアを―――」「で、闇の書なんてもんに取り憑かれたはやてを氷付けにしようと思ったってか? テメェの眼から見てはやてはクライド・ハラオウンと同じ闇の書の被害者に見えなかったのか?」「………」見える訳が無い、か。こいつにとってクライド・ハラオウンは無二の親友で、はやては見ず知らずの赤の他人だったんだから。こいつはこいつではやてを生贄にすることに悩んだだろう。しかし、それでも生贄に選んだということは、こいつにとってはやてはその程度の存在だったに違いない。悲しみは時に怒りへと変わる。悲しみを作った具体的な原因があるのなら、その悲しみが怒りに変わるのはとても早い。そして怒りはその原因に注がれる。怒りは容易く憎悪へと変貌し、憎悪は人を狂わせ修羅と化す。復讐者の出来上がり。俺がそうだった。反論もせずに黙り込んでしまったことについて俺はあからさまに溜息を吐く。俺は何を期待して此処に来たのだろう?こいつが心の底からはやて達を憎んでいればこの手で断罪出来ると喜んだだろうか?こいつから謝罪の言葉をはやて達に聞かせたかったのだろうか?それとも全く別の何かか?自分でもよく分からない。「今更私が何を言ったところで、キミは私を許すつもりはないのだろう」「許す訳無ぇだろ。テメェは今回の事件の首謀者だ。ありとあらゆる罪を出来る限り被ってもらう」闇の書の主とその守護騎士、という理由だけであいつらに向けられるであろう負の感情を全部こいつに背負わせるつもりだ。「テメェは豚箱で死ぬまで臭い飯を食うことになるが、それだけじゃ俺の腹の虫が収まらねぇ。だから―――」「ぐわっ!?」俺は立ち上がりシャマルのクラールヴィントからラーニングした『旅の鏡』を発動させ、グレアムのリンカーコアを抉り取った。魔導師の心臓。これが無ければ魔法を行使出来ない、魔導師にとってなくてはならないもの。蒼い硬貨サイズの光球を親指と人差し指で摘む。「こいつは預かっておく」「なっ! 待ってくれ!! それが無ければ娘達は、ぐああああああああああああああああああああああああっっ!!!」「おいおい、少し爪を立てて強く握っただけじゃねぇか」もう少しだけ力を強くする。「がああああ、ぐ、ぎゃああああああああああ!! あああああああああああああああああ!!!」「はやての苦しみが少しは分かったか?」法力を行使して裁縫針のような細い小さな氷の棘を生成すると、リンカーコアに突き刺す。更に刺した状態のまま針を捻ってやると、グレアムは陸揚げされたばかりの新鮮な魚のように元気にベッドの上をのた打ち回ってくれた。「なぁに、潰しはしねぇよ。面白くねぇからな………ただ」リンカーコアを弄るのは止め、殺気を漲らせる。「もし何か変なことを考えたらこれは潰す。お前の大切な使い魔を殺す。その後は俺が直々にテメェを殺してやる。俺は敵には容赦しねぇ主義だ。ついでに言えば身内の為ならどんなことにでも手を染めるぜ」荒い呼吸を吐きながら聞いてるのか聞いていないのか分からないグレアムに構わず、俺は恫喝した。「刑期が終わったら俺のところに取りに来いよ。返してやる」唇を酷薄に歪め虫けらを見るような眼でグレアムを見下ろすと、肉食獣の群れに囲まれた哀れな獲物のように怯える老人がそこに居た。その無様な姿に俺は少し溜飲が下がると、魔法と法力の二重封印式でリンカーコアを包み込む。ある程度魔力が外部に流れるようにしないと使い魔が死ぬ可能性があるな。ま、後で考えよう。「じゃあな………ああそれと、無くなったリンカーコアはテキトーに自分で誤魔化せ」声を殺してくつくつと嗤い、俺は医務室を後にした。転送魔法を使って家に帰る。魔力の気配からして既になのは達は全員地球に帰ってきてるようだ。念話でリインフォースを地下室前に呼び寄せる。「何処へ行っていたんだ?」「気にするな。それよりこっちだ」階段を降り、扉を開け電灯をつけ、リインフォースを招き入れた。「ようこそ、俺のラボへ。誰かを入れるのはお前が初めてだ」「そうなのか?」「まあな。早速始めるぞ」「ああ頼む。だが、まずどうすればいいんだ?」「とりあえず人の姿だと解析とか持ち運びとか面倒だから本になれ」白衣と眼鏡を装着しながら言った俺の言葉に従い、リインフォースは一冊の古いハードカバーになり虚空に浮く。それを手に取りパソコンを起動させ、気合を入れると手始めに解析を開始した。夜天の魔導書の修復。それはウィルスに感染したパソコンを修理するような作業だったが、問題はそれだけではない。ギアコードの侵食も存在した。解析した結果、既存のプログラムは原型が分からない程破損していて、おまけにギアコードの侵食の所為で制御不能に近い状態。いくつものプログラムが完璧にギア化している所為でどうしようもないという絶望的な状況。俺は諦めずギアコードに侵食されている部分を削除して新たなプログラムを構築しようと試みたが、それは不可能だった。侵食された部分は夜天の魔導書のあちこちに点在し、それらを全て削除すれば致命的な量のプログラムをデリートすることになる。もし実行に移せばリインフォースという人格そのものが失われてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。解析中にもたらされたスクライアからの情報も碌に役に立たなかった。もし闇の書がギアコードに侵食されていなければその情報で修復可能だったかもしれなかったというのに。全ては俺がこの件に関わった所為だ。夜天の魔導書を元の姿に戻すこと、ギアコードに侵食される前の状態に戻すこと、この二つを同時に解決することが俺には出来なかった。なんて情けない。何が自由にしてやるだ、笑わせる。俺が関わった所為で直せるものが直せないなど、いくらなんでも業腹だ。これは何の因果だ? クソが!!!リインフォースが身を挺してはやてと守護騎士プログラムを守っていたおかげであいつらには何の支障も無いが、当のリインフォースは手遅れな段階にまで来ていたのだ。いずれ新たに壊れたプログラムが生成されて暴走するのは時間の問題だという事実が改めて浮き彫りになっただけ。いくら考えても打開策が見つからない。残された手段はリインフォースの完全なるギア化。元の姿に戻すことが叶わず、ギアコードに侵食されたリインフォースを救う手立てはこれしか思いつかなったのだ。既存生物を素体とするのではなく、魔導プログラム体を素体にギアへと改造するという前代未聞の試み。魔導プログラム体は極端に言ってしまえば情報が受肉した存在。それを問題無くギアに改造出来るのかと問われれば答えに窮するしかない。成功するかどうか分からない。正直半ば賭けに近い試みなので失敗する可能性は非常に高い。俺みたいに肉体が変貌する可能性も十分ある。しかし、もし成功すれば確実に救うことは出来ると断言する。正常なギアの肉体になればギアコードの侵食は全く無害な生命活動の一環、新陳代謝へと成り代わる。そうすれば全身を構成するギア細胞が肉体の最適化をしてくれるだろう。むしろ不要なプログラムを削除する筈だ。俺にはこれ以外にリインフォースを救う手立てが思い浮かばない。しかし躊躇している時間は無い。とはいえ、俺はすぐに決断出来なかった。リインフォースに謝罪し、全てを話した上で改めて問い掛けた。「スマン………侵食したギアコードの所為で修復は不可能だ」「………そう、か」「だが一つだけ手段がある。魔導プログラム体であるお前がギアになれば、ギアコードの侵食は止まる。むしろギア細胞が破損したプログラムをお前が望む通りの形で修復してくれる」「それは、つまり」「俺と同じ存在になる」驚いたように眼を見開くリインフォースに説明を続ける。「しかし成功するかどうか分からん。もし成功したとしてもお前は夜天の魔導書じゃなくなる。はやてとの繋がりは消える。ユニゾンも出来なくなれば、デバイスとしての機能も全て失う………何故ならギアとして生まれ変わることになるからだ」「………」「あれだけ偉そうに啖呵切っておいて、俺が出来るのはこれだけ………そもそも俺が関わらなければこうはならなかった。本当にスマン」俺は頭を下げ、心から謝罪した。リインフォースはしばらくの間眼を瞑って考える。やがて静かな口調でこう言った。「お前は私の全責任を負うと、全てを委ねろと言っただろう? お前に任せる。それしか無いというのなら、試して欲しい」全幅の信頼が込められた視線が俺を射抜く。「俺がこんなことを言うのもアレだが、本当にそれでいいのか? 俺の記憶を見てるだろ。ギアがどういうものか、俺がどんな人生を送ってきたか知ってるだろ? 後戻りは出来ねぇぞ」「ああ」「やっと手に入れたまともな主との主従関係が切れると同時に、ヴォルケンリッターとは全く別の存在になるんだぞ? しつこいようだがそれで本当にいいのか?」「それしか手段が無いというのならそれで構わない。今の内に主はやてには私の魔導の全てを移しておこう」銀色の三角形の魔法陣が作業台に横たわるリインフォースの下に浮かび上がり、しばらくしてそれが消える。「随分、あっさりと決断したな」「そこまであっさりと決断した訳ではない。私なりに葛藤があったし、主に断りも無く勝手に繋がりを切ってしまうのも心苦しい。ただ、お前の言葉を思い出した」「?」よく分からず首を傾げると、リインフォースは小さく吹き出した。「もう忘れたのか? お前はこう言っただろ。私を自由にする、と………それに、お前の同胞になるというのならそれも悪くない」澄んだ眼で恥ずかしそうに微笑んだのを見て、俺は迷いを捨て実行に踏み切った。リソースは俺のギア細胞、血液に含まれたギアコード、それらを用いてギアへと改造する為の移植手術。一つ一つの工程を慎重に、丁寧に行う。この世で俺が最も憎んだ忌むべき技術。俺を人間からギアへと変えたものが、リインフォースを救うことになるかもしれないという皮肉を感じながら。手術自体は無事終了。その後は経過を見守りながら細かなデータを取る作業に移る。不測の事態がもし発生した時に対応出来るように、片時も眼を離さなかった。俺自身が内心怖くて離れられなかったし、一人不安そうにしているリインフォースから離れる訳にはいかなかった。かといって他の奴らには任せることが出来ない。此処十日程、ずっと二人きりだった。幸い、俺みたいに全身が変貌するようなことはなかった。背中から一対の黒い堕天使みたいな翼と一本の黒い尻尾が生えてきたこと以外。そして、術後の経過が非常に安定していることに俺はようやく安堵する。壊れたプログラムはギアコードが”癌細胞”と判断し駆逐され、自動防御プログラムを生成しようとする存在そのものが消え去り、二度と生成されないことが判明した。事件から十日程経過した十二月二十四日。クリスマス・イブ当日。午前十時。「………なんとか、間に合ったか」盛大に溜息を吐き、作業台に寝そべっていたリインフォースの手を取り立たせてやる。「ソル、私は………」不安そうに瞳を揺らすリインフォースに自身を持って頷く。「結論から言う。もう二度と自動防御プログラムが生成されることもなければ、暴走する心配もない」「なら!!」喜色に染める顔に俺は笑いかけてやった。「成功だ」「!!」眼に涙を溜めると、嬉しそうに泣き出すリインフォース。「ソル、あ、ありがとう………なんと礼を言えばいいのか分からない」両手で顔を覆い声を押し殺して泣く姿を見て肩の荷が降りた気がするが、内心は本当にこれで良かったのかと不安で一杯だ。泣き止んだ彼女に作成しておいた専用のギア細胞抑制装置を手渡す。それは銀のチョーカータイプの輪。「まるで首輪だな」「首に装着するからな」「………ほう」一瞬きょとんとすると、次の瞬間には意味あり気で艶やかな視線を向けられたので勘違いされる前に言っておく。「出来れば俺みたいに額に装着するのが一番良いんだ。脳に近ければ近い程効果があるからな。ただ、日常生活で女がヘッドギア着けてるのは見掛けが悪い。俺並みに”力”の制御が利くんだったら普通に生活する分には抑制装置は必要無いが、いざって時に”力”を使って暴走したんじゃ本末転倒だからな」それとも孫悟空みたいに額に装着するか? と聞いてみる。「だから戦闘中はバリアジャケットと共にヘッドギアを装着していたのか」銀の輪の手触りを確かめながら納得しているようだ。「どうする? 形が気に入らないなら作り直すぜ」「いや、このままでいい………着けてくれないか?」「ん」俺は銀のチョーカーを受け取ると少し恥ずかしそうにしているリインフォースに真正面から向き合い、首の後ろ手を回す。「着け外しはお前の意思に反応するようにしてある」「ああ」カチッと音を立てて輪が開き、その細い首にピッタリ合わさると、再びカチッという音と共に輪に戻る。「ど、どうだ? 変ではないか?」少し頬を染めて聞いてきたので、俺は苦笑した。「似合ってるよ」「そうか。似合っているか」俺の返答に満足したのか、リインフォースは優しい笑みを浮かべる。それを見て俺は心の中で罪の意識と後悔が湧き上がってきたので視線を逸らす。本当にこれで良かったのか。もっと別の手段があったのではないか。いっそのことあのまま望み通り死なせてやった方がこいつにとって幸せだったんじゃないのか。頭の中で俺を責める声が聞こえる。また繰り返す気か。お前はまた過ちを犯した。許されると思うな。もう二度と自分のような犠牲者を出さないと誓ったのは嘘だったのか。ふざけるのも大概にしろ。俺如きが安易に救うなんて出来ると思ったのか。偉そうなことを言ってこの様か。「ソル」「っ!?」いきなり、不意打ちのような形で抱き締められた。「なっ」「後悔しているのか?」優しい声が吐息と共に耳元に掛かる。「………ああ。俺には、こんな方法しか思いつかなかった。あの時管理局に大人しくお前を引き渡せばこうはならなかったかもしれない………本局の技術者ならもしかしたら―――」「それはあり得ないな」ピシャリと言い切られた。「第一に私はお前が引き止めようとしなければ消えるつもりだった。第二に、ギアコードに侵食された私をギア開発者であるお前が修復出来ないとなれば、私を修復出来る者はこの世に存在しない」「だが、そもそも俺達がこの件に関わらなけりゃ」「その場合、私と主は騎士達共々氷付けにされて次元の狭間に落とされていた。もしくは地球と周囲の次元世界を巻き込んで次元断層が発生させ、また転生と破壊を繰り返すだけだ」二の句を継げなくなってしまう。「ソル。お前は最善を尽くした」「………本当か?」「結果を見てみろ。誰も死んでいない。死ぬ筈だった私がギアとなって生き残った。それだけだ」「だがお前はギ―――」「ギアもこの世に私とお前だけ。聖戦は起き得ない」「………」「確かに昔のお前は過ちを犯した。だがそれを今までずっと後悔し、贖い続けてきただろう?」黙って頷いた。「だから私をギアにしたことを忘れろとまでは言わない。お前の苦悩は記憶を奪ってしまった私が誰よりも理解している。ただ」「ただ?」「ただ、私を救ってくれたことを後悔しないでくれ。私はお前に感謝している」その言葉を聞いて、胸の内から熱いものが込み上げてくると同時に酷い眠気が襲ってきた。そういえば、あの戦いから一睡もしてない。碌に休憩も入れなければ飯も食ってない。口に入れたのはブロック系の菓子くらいか。いくら俺でも流石に限界だ。リインフォースの言葉に安心して緊張の糸が切れたんだろう。俺はあの野郎みたいに恨まれてない。抱き締められた温もりの心地良さと共にそれを実感する。「なあ、ソル」「んだよ?」朦朧としてきた意識の向こうでリインフォースの声が聞こえてきた。「名前をくれないか」「………名、前?」「ああ、ギアとして生まれ変わった私に親であるお前が名前を付けてくれ」そんなことを求められるとは思っていなかった上、霞が掛かってきた脳では少々難題だった。「自分の、好きにしろよ」「頼む」「あーそんな顔するな………俺がプロトタイプだから、そのリソースを使って生まれ変わったってんなら勝手に一号とでも名乗ってろ」自分でもかなりテキトーなことを言いつつ、俺は意識を手放した。SIDE リインフォース「一号、か………お前らしい名付け方だ。それともジャスティスの存在を忘れない為の自戒か? まあいい。お前がそう言うのであれば私は今日からリインフォース・アインと名乗ろう」腕の中で眠りについてしまったソルを抱きかかえると、地下室を出てソルの部屋へと向かう。現在の高町家は無人だ。何故かと考えようとして、ソルの記憶が自然と脳に浮かび上がりそれが教えてくれる。なのは達は学校で終業式、美由希も同様の理由で高校へ、大学生である恭也は既に冬季休暇に入っているので翠屋を手伝っている。アルフと桃子と士郎も翠屋だ。主はやてと騎士達はリンディに連れられて魔導師襲撃事件の被害者の所へ謝罪しに行っているだろう。ソルをベッドに横たえると布団を掛けてやる。「お前も私も少し臭うな。これは後でシャワーを浴びなければいかんな」安らかな表情で眠り続けるソルの頭を撫でながら独り言を吐く。「安心しろ、私はお前を恨んでいない。こうなったのは私の責任だ」書がギアコードを取り込んでしまったのは、ソルの魔力供給に私が惹かれたからだ。魔力を蒐集するという特性上、強い魔力に対して磁力に吸いつく砂鉄のような面がどうしても存在する。生物学的な言い方をすればそれは本能だ。それは書が改悪されたことによって拍車が掛かり飢餓感に近いものになり、蒐集が一定期間行われないと主に牙を剥いてしまうのだ。そんな状態の私にソルが触れた時、流れ込んでくる魔力に陶酔した私は異常な程お前が欲しくなった。甘美な魔力、そう表現するのが適切なそれの”味”を知ってしまった私は、もっともっととソルを求めた。だからこそ、手を離そうとしたお前を離すまいと魔力で棘を生成しソルを侵食しようとした。あの時の私は飢えた獣に近かった。自分の意思でソルを食い尽くそうとしていたのだから。「お前が私のことで悔やむことは何一つ無い」ソルの頭を撫で続ける。誤算はギアコードが私の手に負える代物ではなかったという点と、ギアコードが自動防御プログラムを支配してしまった点。もう片方の手をソルの頬に添えた。「迷惑を掛けた主はやてと騎士達、なのは達と管理局の者達には勿論、お前にも私は謝るべきなのだ」全ての原因はソルを取り込もうとした浅ましい自分。だからこそ全ての罪を背負い、自分に下された罰だと思い消えようとした。呪われた自動防御プログラムと共に。「しかし、お前はそんな私を必死に救おうとしてくれたな」お前の言葉がどれ程嬉しかったか分かるか?そしてこの十日程の間、お前が本気で私を救おうという気持ちが伝わってきて、言葉ではとても表せない程感激した。「すまない………そしてありがとう」ソルと同じ存在になった以上、これから先は何があってもお前の傍を離れない。「以前、ギアコードに乗っ取られた自動防御プログラムに支配されていた時に言ったな。『お前は私のものだ』と。あれは訂正しておく」両手でソルの頬を挟み込む。「私はお前のものだ」そのままソルの唇を―――「「「ただいまー!!」」」「っ!!」と思ったら下の階から響いてきた元気な子どもの声。私は苦笑すると立ち上がり、ソルから離れる。「また今度だ。今はゆっくり眠ってくれ………愛しい我が同胞」そう言葉を残すと、私は子ども達を出迎えにソルの部屋を後にした。