パチリと目を開ける。「………妙な夢を見たな」確か、いくつか忘れたが、何十個もの青い石が散らばる夢だ。………意味が分からない。昨日の夜になのはと弾幕ゲームでもやった所為だろうか? 敵ボスの中にそんな攻撃をしてくる奴が居なかったか?「起きるか」視線を机の上のデジタル時計に向けると午前四時半。いつもより少し早いが寝直す気もしない。傍で寝ているなのはを起こさないようにベッドからそっと抜け出すと、着替える。気持ち良さそうな寝顔のなのはを撫でると、部屋を出た。1話 全ての始まりの青い石 前編「いただきぃぃぃぃ!!」「ぐっ」左手に持った木刀を振り下ろす。俺の一撃を恭也は避けることが出来ず、何とか防御するものの、後方に大きく弾き飛ばされて態勢を崩す。すかさず間合いを詰めると、逆手に持った木刀を横に薙ぎ払う。「!?」捕らえたかと思った刹那、恭也が視界から一瞬で掻き消える。神速を使ったか。だが甘い。「オラァ!!」先の薙ぎ払った姿勢そのままに、重心を左足に移動させてから背後に向かって右足で蹴りを放つ。丁度そこには木刀を振りかぶる恭也が居た。「がぁぁ!?」完璧に勝ったと油断していたのだろう。カウンターで蹴りが入って吹っ飛ぶ。何とか空中で態勢を整えて獣のように四つん這いになって着地するが、「俺の勝ちだ」顔を上げたそこへ切っ先を突きつける俺が居た。「そこまで!」士郎の声が響く。「くそ、今日は勝てると思ったのに」「う~ん、相変わらずソルは凄いな~」「今朝は此処まで」悔しさそうにする恭也と完全に他人事な美由希、今日の早朝稽古の終わりを告げる士郎。「ふぅ」俺は身体の緊張を解くと、美由希から渡されたタオルで顔を拭きながら息を吐く。場所は高町家の道場。これは『小太刀二刀御神流』を受け継いでいる士郎と恭也と美由希がいつもしている早朝稽古。週に三回、俺もこれに参加している。法力の鍛錬と肉体のみでの戦闘訓練を両立させたい俺は、月水金を士郎達と体捌きを、火木土は一人で法力の訓練をすることになったのは四年前。俺が士郎を治療し、自分のことを少し打ち明けて以来続いている。「でもいっつも思うけど、ソルってほんと闘い方上手いよね」「俺は常に多対一で囲まれて闘うことが多かったからな。当然背後から狙われることもよくあった。対処法は、まあ慣れだな」「慣れって簡単に言うけど、それって凄く難しいんじゃない?」「すぐに出来る訳無ぇだろ。経験を積まないと出来ねーから慣れって言ったんだからな。な、親父?」美由希が振ってきた話を士郎に振る。「ソルの言う通りだぞ、美由希も感心ばっかりしてないでそれくらい出来るようになれ」「無茶言わないでよお父さん………」士郎の言葉に美由希がぐったりとしている横で恭也が木刀を構え直した。「ソル! もう一本付き合え!!」「………兄貴は親父が『今日は此処まで』っつったの聞いてなかったのか?」「今なら勝てる気がする!!」「人の話聞けよ」「こら恭也、今日はもう終わりだ。ソルもお前も学校があるんだから、これ以上やると疲れを残すぞ」「しかし父さん………」「じゃ、俺はシャワー浴びるぜ、お先」「あ、じゃあ私も一緒に「断る」ですよねー」「待てソル!! まだ決着はついていないぞ!!」「いい加減にしろ恭也!!」へこむ美由希とまだ何か喚く恭也と、それに拳骨を食らわせる士郎を尻目に道場を出る。これがいつもの早朝稽古の光景だった。シャワーを浴びて着替えると、俺の部屋で寝ているなのはを起こす。「起きろなのは」「んう~~、朝ごはんが出来るまで~」こいつは相変わらず朝に弱い。いつも俺が起こさないと自発的に起きようとしない。そろそろ自立できるように一緒に寝るのをやめようか。それとも一度放っておいて遅刻でもさせようか。これからの教育方針に悩みながら、とりあえず今日はいつも通りに起こそうと決める。「なのは、頭にゴキブリが居るぞ。今からゴキジェット持って来るからちょっと待ってろ」「にゃ!? えぇぇぇ!! にゃ嗚呼ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」ベッドから飛び起きたなのはは涙目になりながら猛烈な勢いでヘッドバンギングし始める。「取れた!? ちゃんと取れた!? 居なくなったの!?」鏡で必死に頭部を確認するなのはの姿に満足すると、「おはようなのは、朝飯先食ってるからな」言って、部屋を後にした。階段を下りる途中、「お兄ちゃんにまた騙された!!!」という声が聞こえた気がした。いつも騙されるお前が悪い。ちなみにこれ、騙す言葉を俺は一切変えたことは無い。いい加減学習しろと思う。「お母さん、お父さん、恭也お兄ちゃん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、おはよう」「「「「「おはようなのは」」」」」朝の挨拶が交わされると、なのはは俺の隣の席に着く。昔からこれは変わらない。朝食を食べ始めると、なのはが口を開いた。「ねぇお兄ちゃん、今日ね、ちょっと変な夢見たんだ」「あん?」夢?「うん、その、なんていうか、見たことも無い服を着た男の子が森の中に居てね」俺が見た夢と何か関連があると思ったがそうでもないらしい。普通の夢っぽいので聞き流すことにして、俺はテレビのニュースを聞いていた。「その男の子、なんか変なお化けみたいなのと戦ってたんだけど負けちゃうの」財政赤字ねぇ、就職氷河期とは。ウチの売り上げにも少なからず影響あるだろうな、きっと。「でね、その男の子が助けを求めてるところで目が覚めたの」次のニュースは、何々…某人気タレントが猥褻物陳列罪で逮捕? 夜中に一人全裸で酒飲んでいたところを通報されてあえなく御用。何があったんだこいつ?「お兄ちゃん、聞いてる?」「あ? ケチャップくらい自分で取って来い、冷蔵庫に入ってんだろ」「そんなこと一言も言ってないよ!! 本当は聞いてなかったんでしょ」膨れっ面になるなのは。「ちゃんと聞いてたって。その男の子が化け物の餌食になってハッピーエンドだろ?」「なんか話が変わってる!? ていうか、何処がハッピーエンドなの!?」「化け物的に腹を満たすことができて?」「うう、もういいよそれで………」いいのかそれで。「いってきまーす」「いってくる」「はーいいってらっしゃい、気を付けてね」桃子に見送られ、なのはと共に学校に向かう。俺となのはが通う小学校は『私立聖祥大附属小学校』とかいう。私立で授業料も高いことがあり俺個人としても小学校なんて行きたくもなかったのでこの話が出た時に断ったのだが、笑顔の桃子となのはの『お兄ちゃんはなのはと学校に行きたくないの?』という涙目攻撃とのコンビネーションで迫られたので、渋々承諾した。私立で金掛けてるだけあって、スクールバスなんてもんが出てる。まあ、アメリカとかの他の先進国なら珍しくないが、日本では珍しい気がする。公立とかだと集団登校ってやつらしいしな。んで、俺となのははその停留場でバスが来るのを待っていた。なのはは楽しそうに鼻歌を唄いながら(音痴だ)繋いだ俺の手を小さく振る。手を繋いでやるだけでこいつはいつも上機嫌になる。やがてバスがやってきたので乗り込む。「おはよう、あんた達はいつも仲良さそうね、なのは、ソル」「ふふ、おはようなのはちゃん、ソルくん」と、一番奥の席から声が掛けられる。金髪で活発かつ生意気そうな少女と、黒髪でおしとやかで大人しそうな少女、二人の少女が挨拶してきた。「うん、おさはようアリサちゃん、すずかちゃん。私とお兄ちゃんが仲良しなのは当然なの!!」「おはよう、アリサ、すずか」金髪がアリサ・バニングス、黒髪が月村すずか。なのはの親友にして、一応俺の友人にもなる。こいつらとの出会いは衝撃的だった。小学一年生の頃のある日、アリサがすずかを苛めていた姿を目撃した。俺は弱い者イジメしている奴を好きにはなれないが、イジメを受ける側も自力でなんとかしろと思っていたので、華麗にスルーしようとしたのだが、此処でなのはがとんでもないことをしたのだ。アリサに詰め寄ると、いきなり顔を殴ったのだ。グーで。その時、アリサの口から小さくて白いもの―――恐らく歯―――が飛んでった気がするが見なかったことにした。次に右ボディ、左ストレート、右フック、左フック、と何処かで見たことあるような、それでいて惚れ惚れする連続コンボを決めるなのは。なのはの思わぬ不意打ちと連撃にキレたアリサが反撃、そこからは大喧嘩、というよりはなのはが一方的にアリサをタコ殴りにしていた。俺は初め唖然としていたが、段々面白くなってきて「もっと角度決めて打て」とか「顎狙え顎」とか完全に野次馬モードになっていた。だがその瞬間、俺すら存在を忘れていたすずかが大きな声で『やめてっ!!』と叫んで二人の動きを止めた。丁度二人は、なのはがアリサにコブラツイストを決めていて、泡を吹いているアリサが落ちる寸前だったのをよく覚えている。その件以来、三人は何故か仲良しになってしまい、そこになのはのオプションパーツ的な感じで俺が組み込まれるのだった。後でなのはに、『どうしていきなり殴りかかったんだ?』『何処であんな腰の入ったパンチ覚えたんだ?』と聞いてみると、不思議な顔をされた後に、『お兄ちゃんが見せてくれたの』と無邪気に言いやがった。つまり、俺が恭也にかつてしたことをしっかり覚えてたんだなこいつ。んで、早朝以外でたまに付き合わされる組み手も見てたのか? ………え? つーことは俺の所為?俺の回想が終わるとバスが動き出した。「将来かぁ………」昼休み。俺となのはとアリサとすずかはいつものように屋上で弁当を食ってる時、ぽつりとなのはがそう言った。「ああ? どうした?」「えと、さっきの授業で将来何になりたいか? って先生が言ってたでしょ?」「知らねぇな」「アンタが先生の話全く聞かないでなんかの論文読んでた時よ!」「ああ、あん時か」「もう、頭良いからって授業ちゃんと聞かなきゃダメだよお兄ちゃん」先公の話を聞かないのはいつものことだ。元科学者―――しかも当時は法力学を学ぶ上では俺の名前を知らない奴など存在しない程のレベルの知能と知名度を持つ俺が―――小学校の授業を真面目に聞いてるぐらいだったら、寝るか読書してる方が有意義だ。だから、図書館から借りてきた学術書とか、恭也が通う大学の教授の論文を借りてきてもらったりとかして、適当に時間を潰している。「まあ、んなこたぁどーでもいいから、その将来がどうしたって?」「うん、将来どうしたらいいのかなぁって」将来ねぇ。俺がこいつらくらいの頃なんて、そんなこと真面目に考えもしなかったな。「アリサちゃんとすずかちゃんは、だいたい決まってるんだよね?」「私は一杯勉強して、お父さんとお母さんの会社を継がなきゃいけないかなって思ってるけど」「私は機械系の………工学系の専門職かなって」「二人とも凄いなぁ………」感心するなのは。「ところでソル、アンタ他人事って顔してるけどなんか無いの?」「あ? 俺か?」「あ、ソルくんがどんな将来考えてるのか気になるかも。いつも難しい本ばっかり読んでるし、聞かせて欲しいな」アリサとすずかが俺に聞いてくる。なのはも俺がどう答えるのか気になるようだ。「特に無ぇよ」「へ~、そうなんだ、特にな………無いですって!?」「え? どうして?」「お兄ちゃん?」どうやら俺の返答が意外だったらしい。三人共びっくりしている。「どうしてって、無ぇもんは無ぇとしか答えられねーぞ」「だってアンタ、いつも先生達ですらよく理解できない難しい本とか読みまくってて、いつも学年トップなのに将来の夢みたいなもんが無いの?」「何度も同じこと言わせんな。無ぇもんは無ぇんだよ」「だったらなのはは!?」俺の答えに業を煮やしたアリサはなのはに八つ当たり気味に矛先を向けた。何怒ってんだこいつ?「にゃ!? 私? 私は………よく分かんないかな?」「もうなんなのよ兄妹揃って!!」「アリサちゃん、ちょっと落ち着いて」困った表情を浮かべるなのはに癇癪を起こすアリサ、それを宥めるすずか。「お兄ちゃんはきっと何でも出来ちゃうからやることが決まらないんだよ。でも私はお兄ちゃんと違って取り柄って無いから、自分に何が出来るか分からないんだ」ちょっと落ち込んだ風に心情を吐露するなのは。だが、この発言はアリサの逆鱗に触れることになる。「このバカチン」「にゃ!?」「自分に取り柄が無いですって!? アンタどの口でそんなこと言うの? なのはにはなのはにしか出来ないことが絶対にある筈よ!!」「私にしか出来ないこと?」「そうよ、それが何かはまだ分からないけど取り柄が無いなんて言うもんじゃないわよ。ていうか、理数系は私よりも成績上の癖して生意気言うのはこの口!?」なのはの頬がアリサによって引っ張られる。「ひひゃい、ひひゃいよありひゃちゃん」「そうだよなのはちゃん、取り柄が無いなんてことの方が無いと思うよ」「………う、うん。分かったの。アリサちゃん、すずかちゃん、ありがとう」ようやく離してもらった頬をさすりながら二人に礼を言うなのは。仲良いなこいつら。「それに、翠屋の二代目になるって選択肢がまだあるじゃない」「それも一つの将来の形だと思うんだけど」「ま、焦る必要は無ぇさ」俺は食い終わった弁当箱を仕舞って、なのはの頭にポンっと手を置いた。「考えてもみろ。俺達まだ小学三年生、まだ八歳か九歳だぜ? 大人になるまでに時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり考えりゃいい」「お兄ちゃん………」「それに、もしなのはが将来プーになっても俺が養ってやるから安心しろ」「その気持ちは嬉しいけど、その言い方はあんまりだと思うの!!」なのはの叫びが屋上に響いた瞬間、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。学校の帰り道。「今日の授業、終わる寸前に先生泣きそうになってたよ?」すずかが俺を咎めるように言う。「アンタって本当に容赦無いわね」アリサも同様だ。「にゃはは、お兄ちゃんだから」なのははもう諦めたらしい。「フン、あの程度でへこたれるんだったら教師なんて辞めちまった方が幸せだ」俺が今日最後の授業の算数で何をやらかしたかと言うと、相変わらず授業を聞かずに論文を読んでいた俺の態度についにキレた先公は『そんなに先生の授業がつまらないなら、ソルくんが授業をやってみなさい』と言われたので、言葉通りに俺が教鞭を執ってやっただけ。フェルマーの最終定理をいかにして証明するかをチャイムが鳴るまでツラツラと説明してただけだ。勿論クラスメートは理解してる者が居らず全員ポカーン、先公唖然、アリサとすずかは『またか』みたいな表情で頭を抱え、なのはは終始苦笑いだった。ま、法力を使うにはある程度の数学的知識が必要だからな。必ずしもフェルマー云々を理解出来なければいけない訳では無いが、俺自身元々科学者だったからか、必要以上にああいった高レベルな数学に触れる機会が多かったから自然と覚えていっただけなんだが。とまあ、こんな感じに今日学校であった出来事をだべりながら歩いていると、アリサが『塾の近道なのよ』と言って脇道にそれたのでそれに続く。しばらく歩くと、「此処、今日夢で見た………」なのはが呟く。そして、『助けて』何か聞こえた。法力による表層意識通信? いや、聖騎士団時代に何度も使われた通信法術とは何か違う。魔法の類であることは分かるが、違和感がある。俺の知らない法力か? 全六百六十の『聖天貸法』を理解している俺が? 確かに禁術に関しては詳しく無いが納得出来ん。可能性は低いがそうなのかもしれない。「お兄ちゃん、何か聞こえなかった?」「何かって何だ?」どうやらなのはにも聞こえたらしい。相手を定めていない? 魔力を持ってる人間に片っ端から送信してるのか?『助けて!』「ほらまた、こっちから!!」「おい、待てなのは!!」『声』の主の元へ駆け出すなのは、それを追う俺。アリサとすずかはそんな俺達に一瞬ポカンとすると、『急にどうしたってのよ!? って待ちなさい!!』と慌てて追いかけてきた。「お兄ちゃん見て!」なのはの指差す場所には、怪我をして衰弱しているフェレットっぽい何かが居た。俺は警戒しながらゆっくり近づき、注意しながら解析法術の術式を構築、展開、必要な魔力を計算して流し発動させる。士郎を治療した時に使った医療用じゃない。あれは肉体の何処の部分がどのような状態なのかを診るものである。今このフェレットもどきに使っているのは『法力を解析する為』の法術だ。こいつがもしこの状態で何か用意しているようであれば、これで見破れる筈。そして一つ見破る。こいつ、今はフェレットもどきの格好してるが本来は人間の男、しかも今のなのは達と同じくらいの年齢のガキだ。完全に気絶しているようだし、周囲を警戒して見渡すが罠らしいものも無い。変身で遊んでいたら事故か何かで怪我をして気絶、ってところだろうか? しかし見たことも無い術式だ。俺の知らない法力が存在するのは信じ難いが、俺はまだこの世界に来て四年ちょっとしか経ってないし、裏社会についても碌に調べようとしなかった。なのはみたいな高い魔力持ちが存在して代々一子相伝で魔法を教えてるってのも否定出来ないからな。とりあえず危険は無いみたいだが、どうするか? っと思ってたらなのはがフェレットもどきを抱え上げてしまった。「どうする気だ?」「もちろん助けるよ!!」「言うと思った」「何暢気に構えてんのよ、獣医よ獣医!!」「とりあえず119番………」「それはやめとけすずか。確か近くに動物病院があった筈だ、そこに行くぞ」何故変身してぶっ倒れてるか知らねぇが、このまま放置するのもなんだかなぁ………面倒くせぇ。