メインモニターに映し出される光景はありとあらゆる意味で常軌を逸していた。”人間の魔導師”を嘲笑うかのような馬鹿げた魔力放出。破壊され尽くす家屋。粉砕され吹き飛ばされる車。根こそぎ蒸発する電信柱。跡形も無く消し炭にされる建築物。流星群が降り注いだように巨大なクレーターが大量に出来上がる大地。真紅の閃光が空間を引き裂き、蒼い稲妻が結界内の既存物を塵に変え、割れた大地から溶岩が噴出し、紅蓮の炎が触れるものを片っ端から灼熱に染めていく。世界の破滅を見ているような光景を生み出しているのは二体の異形。片や白い装甲でその身を包んだ人型の異形。その名はジャスティス。片や赤い人型の竜と呼ぶに相応しい異形。その名はソル=バッドガイ。二体はまるで獣が互いを食らい合うように戦っている。『がら空きだっ!!』ジャスティスの黒い指が伸び細い剣のようになり、蒼い雷を宿したそれがソルの身体を引き裂いた。赤い鱗が剥がれ落ち、血飛沫が舞い、大地を抉る勢いで吹き飛ばされる。追撃を掛けようと、ジャスティスは背中の噴射口から白い炎を吐き出し、異常な速度で倒れたソルに覆いかぶさるように迫った。しかし、『ヴォルカニックヴァイパーァァァァァッ!!!』ソルが大地に突き立てた炎の剣から溶岩が噴出する。声と共に跳躍し、マグマを伴いながら天に昇るようにジャスティスを空高く”持って行く”。溶岩の噴出が止まると、身体を回転させ流れるような動きで踵落としをジャスティスに見舞う。隕石のように地面に激突し、ジャスティスはその身で新たなクレーターをまた一つ生む。『砕けろっ!!』クレーターの中心で仰向けに倒れるジャスティスに、ソルは獲物に狙いを定めた猛禽のように急降下、そのまま蹴りを放つ。着弾と同時に大爆発。尋常ではない熱量と光が生まれ、モニターではソルとジャスティスを確認できなくなってしまう。と、思いきや白い装甲が爆炎から逃げるように飛び出し、赤い竜がそれを追う姿が画面の端で辛うじて確認出来た。それを映像に収めようとサーチャーが動く。追いついたソルは炎の剣を振り下ろすが、ジャスティスが盾のように構えた尾に絡め取られ、攻撃したつもりが逆に投げ飛ばされ大地に叩きつけられる。隙だらけのソルは雷を宿した爪を薙ぎ払われ吹き飛ばされたが、血で身体を更に赤く染め上げながら空中で体勢を立て直し、間を置かずジャスティスへと突撃した。それを迎え撃つジャスティス。両者は激しくぶつかり合い、吹き飛ばし、吹き飛ばされ、またぶつかり合う。異形同士の飽くなき戦い。余波で周囲に破壊を撒き散らしながら続く殺し合い。爆炎が、溶岩が、マグマが相手を焼き尽くそうと猛る。破壊の閃光が放射され、全てを貫かんと荒れ狂う。そんな人間には介入の余地を許さない戦いを、なのは達は呆然と見守っていた。「これが………ギア」全身をガタガタ震わせながらクロノは人知れず呟く。あれが兵器? あんなものが兵器だと!? そう思わずには居られなかった。そしてクロノの思いはアースラでこの戦いを見ている者全員の思いでもあった。管理局員として経験豊富なリンディですら顔面蒼白になっている。次元世界を滅ぼすようなロストロギアには何度も対面したことがある。だが、こんな”生き物”や”兵器”を見るのは初めてだ。ギアはロストロギアのような次元世界を滅ぼす空間的な”力”は持っていなくても、人類を死滅させるだけの物理的破壊力は有しているのだから。もしあれが結界の中ではなく現実世界で振るわれていたなら、海鳴市はもう存在しない。そう考えると恐ろしくて堪らない。高ランク魔導師が本気で戦えば街の一つが消し飛びかねないと言われているが、今見ているものは街が消し飛ぶどころの話ではない。結界の中だけ”世界が終わりを迎えている”。数えるのも億劫になる大量のクレーター。塵となった人工物。谷になったかのように割れた大地。噴出し続ける溶岩。川のように流れるマグマ。撒き散らされる破壊の光。全てを呑み込もうとする炎の大津波。傷ついた瞬間に肉体を再生させ攻守交替し、相手を滅ぼさんと攻撃をし続ける二体の異形。これが悪夢ではなくて一体何なのか?『どうだ? 背徳の炎………自身の力を解放するのは心地良いだろう?』膠着状態が続く中、ジャスティスが不意に問い掛ける。『別に』答えるソルはつまらなそうに、素っ気無く答え剣を振るう。それを真正面から受け止めながらジャスティスは嗤った。『クハハハハッ!! 嘘を吐く必要は無い。我らギアは戦う為に生み出された存在だ。ギアなら誰もが己の内に抱える闘争本能と破壊衝動が、”力”の解放することによって得も言わぬ快楽になるのは分かっているだろうっ!!』『うるせぇ』『何がそんなに気に食わん!? 老いも病も無い肉体、無限の魔力、強大な”力”。人類が有史以来望み、しかし誰も手にすることの出来なかったものを貴様は手にしたというのに?』『うるせぇってんだよ!!』ソルは力任せにジャスティスを後方に弾き飛ばす。『ギアは人間の罪の形、人間の穢れた欲望の産物だ………この世に存在することは許されねぇ』自身に飛び掛ってきたソルをジャスティスは上手くいなし、蹴りを放つ。地味な見掛けとは裏腹に、ビルを粉砕する破壊力が込められたそれをまともに受け、ソルは焦げた地面にクレーターを作りながら仰向けに倒れた。そんなソルの視界を覆い尽くすようにジャスティスが上から足を踏み下ろす。封炎剣を持つ左腕を踏み締め固定し、もう片方の足でソルの腹に何度も何度も足を踏み下ろす。『ふざけるな!! ギアが人間の罪の形!? 人間の穢れた欲望の産物!? 言うにこと欠いて、貴様がそれを口にするのか!? 貴様がギアを生み出したのだろう!? 貴様が全ての原因だろう!? 違うとは言わせんぞ!!!』突然激昂したジャスティスの言葉になのは達は驚きを隠せなかった。ソルがギアを生み出した? ソルが全ての原因? それは一体どういう意味を持つのか?『ぐ、がはっ、があああああっ!!』足が踏む下ろされる度に、グシャッ、と硬いものと柔らかいものが一緒に潰れるような音が響く。『ギア計画!? 法力を用いた既存生物の生態強化!? 人類の人工進化!? そんなお題目を掲げて神を気取った貴様ら人間が、ギアを生み出したのだろうが!!!』『ゴハァッ………そうだ』足が踏み下ろされる。『ぐあああああああっ!!!』『それを自覚していながらギアの存在を否定するのか!? 貴様はギアになっても、その驕り高ぶった愚かな人間の思考を捨て切れんのか!!』尾でソルの首を締め上げ宙吊りにしてから投げ捨てると、ジャスティスはやや前傾姿勢になり両肩の装甲部分が開く。そこに人間では絶対に捻り出せない、とんでもない量の魔力が集中する。『もういい。己が犯した罪に苛まれながらあの世で人類が死滅する様を見ていろ』前傾姿勢から仰け反るように胸を張り、『死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!』肩の射出口から発射されたのは大規模な砲撃。青白い閃光がソルを呑み込み、その後ろに存在した全てのものを塵に帰していく。なのはが使う砲撃魔法など児戯に等しいと思わざるを得ない程の破壊力を込めたそれは、結界の中を蹂躙する。最早破壊するものすら存在しないというのに。やがて砲撃が止み、静かになる。砲撃が通った跡には、何も存在していなかった。ソルの姿も。『フンッ、死んだか』『テメェがな』『っ!?』背後から消し飛ばした筈の人物の声。慌てて声がした方向に振り向くと、既に踏み込んでいるソルの姿があった。『御託は』燃え盛る右ボディブローがジャスティスの腹にめり込み、装甲を砕き、肉を抉り、内部にまで深く侵入して衝撃を留まらせる。『要らねぇっ!!!』更に封炎剣を持ったまま左ストレートが打ち抜かれ、発生した爆炎がジャスティスを包み、爆裂して吹き飛ばす。『掛かって来いよ………第二ラウンドだ』ソルは親指を立て自身の首を掻っ切る仕草をした後、その親指を下に向けて挑発的な言葉を吐くのだった。背徳の炎と魔法少女A`s vol.23 GUILTY GEAR正直、今のは危なかった。なんとか間に合ったと内心で安堵の溜息を吐く。初めは砲撃をフォルトレスディフェンスで防ぎ耐え忍んでいたのだが、攻撃力の高さに加えて放射時間が長かった所為で鉄壁の防御が貫かれるところだった。それを瞬時に悟ったクイーンがオートで転送魔法を発動、ジャスティスの背後を取ることが出来たのだ。本来フォルトレスを使用している間は動くことが出来ない。しかし、術者以外の者が転送魔法などを使って移動させることは可能である。かつての俺の世界の日本を消滅させたジャスティスの砲撃だ。もしクイーンが無かったら良くて死ぬ寸前、最悪塵も残さず消えていた。クイーンを補助のみのデバイスとして制作しておいて本当に良かったと心の底から思う。「相変わらず生き汚い奴だ………背徳の炎」「性分だからな」ジャスティスに応対しながら思考する。さて、どうする?実際問題、こいつはオリジナルより若干強い。俺の血の所為か、闇の書の防御プログラムだった所為か判断出来ないが、此処までオリジナルのジャスティスは強くなかったような気がする。ダメージを与えてもすぐに回復される。それは俺も同じだが、奴の方が幾分か再生が早い。攻撃力はオリジナルと遜色ない。戦闘技術も俺の記憶から生まれている所為で、攻め切れず、決定打に欠ける。かと言って俺以外の連中には任せられない。(やはり、アレしか無いか)再生する間を与えずに大技で”コア”を完全に破壊する。だが、肝心の大技をそう易々食らってくれる相手ではない。中途半端にしか破壊出来なければ、そこで回復されてしまう可能性がある。だから確実に破壊する為には、もっと消耗させる必要がある。結局、やるしかない。俺が負ければ皆死ぬ。地球は滅ぶ。だが、それだけではない。こいつが俺の記憶を有している以上、他の世界へ高飛びする可能性がある。その所為で、下手すると次元世界レベルで聖戦が勃発してしまう。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。この結界からジャスティスを出す訳にはいかない。俺の命に代えても。「消してやる………跡形も無く貴様を消してやる、背徳の炎!!!」咆哮を上げジャスティスが突っ込んできたので、俺もそれに応えるように封炎剣を構えた。ジャスティスとぶつかり合いながら、俺は頭の片隅でこちらの様子を見ているだろうなのは達に思いを馳せる。あいつらは怯えているだろうか。俺のこの姿を見て驚いているのは勿論のこと、もしかしたら怖がっているかもしれない。そう思うと、あいつらには申し訳無いことをした。ずっと家族だと思っていた親しい人物が実はとんでもない化け物でした、俺の正体とはつまりそういうことだ。今更謝っても許される問題ではない。だけど、俺はもう一度ちゃんとあいつらに謝りたい。あいつらが俺を家族と思ってくれていたのと同じように、俺もあいつらを家族と思っているから。(………だったら尚更負ける訳にはいかねぇ)此処には大切な者達が居る。命を引き換えにしてでも守ると誓った者達が。この世界は俺とあいつらが出会い、絆を育んだ世界。こんな俺を慕ってくれた奴らがこれからの未来を紡いでいく世界。たとえ俺が此処で死んだとしても、あいつらを守れなければ何の意味も無い。―――そうだ。守るんだよ。何が何でも………絶対に!!!ゴチャゴチャ考える暇があったら攻撃しろ。倒す方法に悩むくらいだったらジャスティスが倒れるまで戦えばいい。倒す、倒す、倒す、倒す、倒す、倒す、倒す!!!勝って、あいつらを守るんだ!!!「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」「く、貴様、捨て身になったか!?」ジャスティスが驚いたように何か言ったが聞こえない。突撃をかますと見事にカウンターを取られ、胴体を奴の指に貫かれる。怯むのも一瞬、俺は激痛に耐えながらその指を掴み、反対の手で封炎剣を振り下ろす。「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」封炎剣は奴の肩口にめり込み耳障りな悲鳴が聞こえてくるが、俺はそんなものに気にも留めず封炎剣に”力”を注ぎ込む。このまま焼き殺してやる。「死ね」「離れろっ!!」ドスドスドスッ、ともう片方の手から伸びた指が先と同様に胴体を貫くが、急所を微妙に外してるのでやはり気にしなかった。痛みに耐えるのは慣れている。激痛を無視する方法くらい知っている。今更こんなもんで俺が退くと思うなよ。「死ねっ!!」殺してやる。俺の大切なものに害なすものは皆殺してやる。なのは達を殺そうとする奴は殺してやる。俺達が出会ったこの世界を消そうとしてる奴は殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル―――「………調子に、乗るなっ!!!」ジャスティスの額のギアマークが赤く輝き、次の瞬間には絶大な破壊力を持った指向性のある光が俺を焼いた。「………っ!」声も上げられずにぶっ飛ばされ、全身を蝕まれるような痛みに耐え切れず焦げた大地をのた打ち回る。転がりながらジャスティスに対する憎悪を燃え上がらせ、その憎悪を糧にギア細胞が活性化した。立ち上がり、こちらを睨みながら肉体を修復しているジャスティスと眼が合う。憎い。ただそれだけの感情が俺を突き動かす。眼の前の敵を殺す。目的はそれだけ。酷くシンプルだ。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」最早人間の言語として認識不能な意味の無い獣の咆哮を上げ、俺は身も心も闘争本能と破壊衝動に委ねた。映し出される戦いはより激しさを増し、眼を思わず覆いたくなるような凄惨なものへと変貌していく。両者がぶつかり合うたびに鮮血が飛び散り、周囲を赤く染める。『■■■■■■■■■■■■■■■■―――!』『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!』聞こえるのは耳を塞ぎたくなるような断末魔染みた咆哮、肉が焦げる音、肉が引き裂かれる音、硬いものが折れる音、硬いものが砕ける音。最低限の防御しか行わなくなった二体の異形はその無限の再生能力を最大限活かし、肉を切らせて骨を絶つ戦法に切り替えたのだ。俺が先に死ぬ前に殺してやる、お前が死ぬまで殺してやる、一撃一撃にそういう殺意が込められた戦い。なのはとフェイトは知らずに涙を零していた。変わり果てた愛する兄の姿。何時ものぶっきらぼうだけど優しい仏頂面はそこになく、戦う為に生まれた兵器の禍々しい姿がある。自身を一切省みない戦い方。普段なら攻撃よりも防御や回避を優先しろと自分達に教えてくれた張本人の戦い方ではなかった。まるで、相手を道連れにするかのような特攻。この段階になってようやく理解する。どうしてソルが自分のことを打ち明けなかったのか。たとえ家族とはいえ、むしろ家族だからこそ知られたくなかった。こんな姿を見られたくなかったのだ。常に不安を抱えながらそれを悟らせず、ソルは何時だってなのは達の兄で居ようとしていた。家族を守る一人の男として。しかし、今のソルには普段の面影など一片も残っていない。―――このままソルは帰ってこないのではないか?そんな彼女達にとって最悪な考えが頭を巡り、首を振って必死にかき消そうとするが一度浮かんでしまった未来予想図はなかなか塗り替えることが出来なかった。だけど、自分達には見ていることしか出来ない。これ程までに自身の無力を呪ったことはない。「………お兄ちゃん」「ソル………」自分達には祈ることしか出来ないなんて―――「「!?」」そこで我に返る。見ていることしか出来ない?否、断じて否。もう一つだけ、出来ることがある。どうして気が付かなかったのだろう? いや、今はそんなことどうでもいい。それを行ったところで大した意味を持たないかもしれない。戦局は好転しないかもしれない。やることは非常に簡単なことなのだ。だが、やらないよりは遥かにマシだ。「フェイトちゃん」「うん。なのは」そして彼女達は、思いついたことを実行に移した。ジャスティスとの距離が一旦開いてしまう。俺はすぐ詰め寄ろうと四肢と翼に力を込めようとした瞬間、声が聞こえた。『お兄ちゃんっ!!』『ソルッ!!』コールタールのように粘性のあるドス黒い殺意と憎悪に染まり切っていた思考と心を、濁り一つ残さず浄化する聖水のような少女達の声。『頑張って!!!』『負けないで!!!』これは………応援?『終わったらお話一杯するって約束だよ?』『勝って、一緒に帰ろう?』―――ドクンッ。動きを止めた俺をジャスティスは警戒したように様子を窺っている。声が聞こえる度に、心の中を清浄な水で洗い流されているような感覚が広がっていく。『『ソル!!』』次に聞こえてきたのはユーノとアルフの声だ。『そんな奴何時もみたいに一撃で終わらせて早く帰ってきなよ!!』『アンタが居なかったら誰がフェイトとなのはの面倒を見るんだい!!』まるで何時までもチンタラ戦っている俺を叱咤するような声。―――ドクンッ。『ソルッ!! お前が私以外の者に一対一で敗北するなど許さんぞっ!!!』『頑張ってくださいっ!! もうちょっとで勝てますよ!!!』シグナムの激励。シャマルの優しい声援。―――ドクンッ。『皆を悲しませたら許さねーつったろー!! 勝てよ!!』『お前なら大丈夫だ』ヴィータのやや乱暴な応援。ザフィーラの信頼。―――ドクンッ。『ソルくんっ!! 約束破ったら許さへんで!!!』『勝って私達を安心させろ。お前の力はこんなものではあるまい』はやての脅しめいた声援にリインフォースの落ち着いた声。―――ドクンッ。『自分一人でやるって言い出したんだから最後までしっかりやり遂げないと僕が許さないぞ!!』『ソルくんファイト!!!』『貴方が居ないと報告書をどうやって纏めればいいのか分からないわ。だから早く帰ってきなさい』クロノ、エイミィ、リンディの声。―――ドクンッ。あいつらは、俺のこんな姿を見てもまだ兄と呼んでくれるのか?醜いこの姿である俺を家族として扱ってくれるのか?化け物である俺を仲間として見てくれるのか?―――ドクンッ。耳を澄ませばなのは達の声だけじゃない。俺に直接繋げられた念話は勿論、クイーンを介して通信が入ってくる。『ソルさん、負けちゃダメですよ!!』『頑張れっ!!!』『旦那なら勝てますよ!!』『もう一息だ!!!』聞き覚えのある声もあれば、聞いたこと無い声もある。はっきりと分かるのはアースラのクルー達の声だということ。―――ドクンッ。皆が俺を応援してくれている。ずっと独りで戦っていると思っていた。事実、今までほとんどの間独りだった。でも、今はそうじゃない。俺のことをギアとか兵器とか化け物だという眼で見ることをせず、ソル=バッドガイとして見てくれている。―――俺は独りで戦っている訳じゃない。その事実に気付いた時、俺の中の何かが歓喜の雄叫びを上げ、弾けた。それは俺の心を満たしていく。その感覚はとても暖かく、優しく、心地が良かった。闘争本能や破壊衝動に促され力を振るう時に得られる快楽とは全く別物。逆に不思議な程視界がクリアになり、意識がはっきりし、五感が研ぎ澄まされている。(”力”が………”力”が漲る)ギアの力とは違う何か。理解不能な力。俺が今まで知らなかった力。その何かは身体の奥底から溢れ、全身を駆け巡り、眼に見える形で現れる。赤い鱗が黄金に輝く。鱗だけではない、翼も、尻尾も、爪も、牙も、角も、五つの眼も、身体から噴出す炎も、手に持つ封炎剣の炎も、全身のギア細胞までもが、俺を構成するありとあらゆる全てものが黄金の光を放っている。我ながらもっとマシな表現が無かったのかと思うが、それはまるで太陽が竜の形を取ったかのように。「何だその”力”は!? ギアの力ではないな!! 知らん、私は知らんぞそんな力!!」ジャスティスがあからさまに狼狽した。「だろうな。俺も記憶に無ぇから当然だろ………ただ、一つだけ分かったことがある」「………っ!?」「俺もお前も、人間舐め過ぎてたってことだ」四肢と翼に力を込め、突撃する。振り下ろした封炎剣は交差した腕で防がれるが俺はそのまま力任せに振り抜いた、振り抜くことが出来た。縦に一閃、防御ごと斬り伏せたのである。「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」肩から胸に掛けてざっくりと斬り裂かれたジャスティスは悲鳴を上げ、後退する。それを追うように、俺は封炎剣を大地に突き立てた。「ガンフレイムッ!!」発生した炎の津波がジャスティスを呑み込む。それを確認すると跳躍し、右拳に力を込めて振りかぶる。「バンディット―――」怯むジャスティスに向けて右拳を振り下ろす。「ブリンガーァァァァァ!!」見事命中した拳は二メートル超えるジャスティスの巨体を殴り飛ばし、その身体を火達磨にしながら地面を抉り突き進ませた。四つん這いの体勢から立ち上がろうとしているジャスティスに俺は余裕を持って近付く。「ケリを着けるぜ………ジャスティス」「く、またしても貴様に敗北するというのか? 背徳の炎」「”また”じゃねぇ。”テメェ”はこれで最初で最後だ」「そのような結末は認めん………認めんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」咆哮を上げ立ち上がり、両の爪を振りかざしてきたジャスティスの攻撃を俺は冷静に対処する。フォルトレスを展開し、左右から挟み込むように振るわれた爪を防ぐ。耳障りな音と共にぶつかり合った魔力が弾け、火花のようなものが飛び散った。「私が、ギアが貴様のような傲慢な男に負けることは許されん!!」「俺がギアの製作者だからか?」反撃出来ない状況で更なる攻撃が次々と降り注ぐ。「そうだ!! 当時の貴様を傲慢と言わずに何と言う!?」「ああ。お前の言う通り、当時の俺は傲慢だった」一つ一つの攻撃を丁寧に対処しつつ反撃の糸口を探しながら、当時のことを思い出して口を動かす。「おまけに我侭で自分勝手で、常に他人を見下してた」ついでに傍若無人で唯我独尊。その所為であいつら以外の人間からは疎まれていた。「今でもたまに思う。もし俺が法力と出会わなければ」ギアは生まれなかったかもしれない。「あの世界で法力が理論化されなかったら………ってな」俺はギアにならなかったかもしれない。「百五十年以上経った今でも後悔してる」世界は法力によって血に染まらなかったかもしれない。「やり直しが利くんだったらやり直してぇよ」アリアは死ななかったかもしれない。「………だが、もう過ぎたことだ」此処まで割り切るのに、一体何十年掛かっただろう?「過去は変えられねぇ………いくら泣いても悔やんでも贖っても、時間は無慈悲に流れるだけだ」だから俺は前を向いて歩くことにした。「確かに俺はギアから見れば最低の裏切り者だ。自分の都合で生み出したギアを、自分の都合で殺す。最低最悪の”人間”だ………けどな」―――『もう自分を責めるような生き方はしないで』―――『次! 私と彼の分まで必ず幸せになって』―――『最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて』「愛する女と交わした約束を破る程、俺は落ちぶれてねぇ!!!」展開していたフォルトレスをクイーンにバリアバーストの要領で炸裂させ、一瞬の隙を作る。その隙を突いて、踏み込みとほぼ同時に右アッパーで反撃、拳を振り上げると共に溶岩が噴出した。ぶん殴られたジャスティスは火達磨になりながら空高く舞い上がる。追撃する為に跳躍し、無防備な胴体に渾身の拳を繰り出す。「サイドワインダーッ!!!」人間でいう左胸部分に相当する部位に命中し、拳が装甲を砕いた。そしてこれまでとは少し違う手応え。もしかして”コア”にダメージが届いたか?弾丸のような勢いで吹っ飛ぶジャスティスを追って、背中の翼を羽ばたかせる。なんとか空中で体勢を立て直したジャスティスは、手で左胸を庇いながらも突っ込んできた。猛禽のように突き出された足を縦に構えた封炎剣で防ごうとすると、足は急停止し、封炎剣を避けて俺の胴体を鷲掴みした。「ぐっ!?」「死ぬのは貴様だ背徳の炎!!」ジャスティスはそのまま空中で直立するように俺を下に向け、一気に急降下。地面に激突した瞬間に腹と背が同時に圧迫されて、あまりの衝撃に吐血する。「がは!!」返り血を浴びながら、ジャスティスは肩の装甲を展開し、魔力を集中させた。あの砲撃を撃つつもりか? この至近距離で!? 俺諸共自分の下半身も消し飛ぶぞ!? 「ぐ、離しやがれ」いや、俺さえ殺して生き延びればこいつの勝ちだ。ジャスティスの選択は間違ってない。封炎剣を持つ腕を踏み付けられ、固定されてしまう。「背徳の炎。貴様は死ぬべきだ」残った右腕で足をどけようと抵抗するが、ジャスティスの足は空間に固定されたように動かない。全身を使ってもがこうとしても、より力を込められた足がそれを許さない。青白い光が肩口の装甲に集まっていく。まずい!! 早く抜け出さないと殺される!!!「貴様は死ぬことで、やっと償いが終わるのだ」射出口の中で光が収束している。「長かった貴様の”生”に終止符を打ってやる!!!」臨海寸前の魔力が撃ち出されようとしていた。「余計なお世話だクソッタレ!!!」俺は法力ではなく魔法を使い、赤い魔力弾を二つ生成しそれぞれの射出口に放り込んだ。瞬間爆ぜるように光が視界を埋め尽くし、爆音と爆風が発生してジャスティスの拘束から逃れることに成功する。奴は砲撃の為に溜め込んでいた魔力を、撃つ直前で射出口に飛び込んできた魔力弾によって暴発させられ、肩から先が吹っ飛んでいた。ジャスティスはダメージが深刻なのか、俯いたまま動けないで居る。最大のチャンス。(此処で決める!!!)踏み込み、渾身の”力”を込めて左ストレートをジャスティス向けて振るう。「御託は―――」ヒットと同時に爆炎が発生し、両腕を失ったジャスティスを炎の渦が絡め取る。更にもう一歩踏み込んで右ストレートを放つ。「―――要らねぇ―――」ジャスティスの左胸を打ち抜いた右拳から左同様に炎が発生し、標的を掴んで離さない。俺はそのまま突き出した右腕に添えるように、逆手に持った封炎剣を縦に構えた。「消え失せろっ!!!」封炎剣を振り上げると同時に空間そのものを焼き尽くすような巨大な太陽の如き炎が生まれ、それがジャスティスを呑み込んだ瞬間爆裂する。熱と衝撃をまともに受け放物線を描くジャスティスを見据え、俺は四つん這いになるように身を屈めた。「悪いが、終いだ」全身の、俺のありとあらゆる”力”を捻り出す。この一撃で、全てを終わらせる。―――これが俺の、狙いを定め、吼えた。「ナパァァァァァァァァァム―――」―――全力全開っ!!!「―――デスッ!!!」跳躍、そのまま飛翔し、ジャスティスに向かって一直線に吶喊する。体当たりが見事にジャスティスに命中した瞬間、結界の中で太陽が爆発したかのような破壊の光が生み出された。焦げた大地にジャスティスの身体が横たわっている。両腕は肩から先が存在せず、下半身は消し飛び、粉砕された胸の装甲からは握り拳より少し大きい”コア”が露出していた。ドス黒い、闇を凝り固めて具現化したかのような”コア”。先の攻撃が甚大なダメージを与えていたのか、球体には余す所無く亀裂が生じていた。恐らくこれが闇の書の”闇”であり、ギア細胞を統括する中枢だろう。「………はい、と、くの、ほの、お」まだ息があったらしいジャスティスが蚊の鳴くような声を出した。「わた、しがきえても、きさまがギアで、あるという、じ、じつはかわらん」「そうだな」「きさ、まはいつ、までたたかいつづけ、るつも、りだ?」それは何時まで生き続けるかという問いだろうか?俺は迷いも無く答える。「俺という罪が、この世から消えるまでだ」「はてが、ないな」「なぁに、すぐに俺もそっちに行く………あいつらと待ってろ」「わ、かった………あり、あと、あの、おとこの、さんにんで、ま、ている」ジャスティスが事切れたのを確認すると、大量の神経やら血管やらを引き千切りながら素手で無造作に”コア”を抉り出す。「あばよ同胞………来世は親を選んでから生まれることにしろ」炎を纏わせ渾身の”力”を込めて握り潰すと、汚泥のような液体を撒き散らしながらグシャグシャになる。残ったクズとジャスティスの亡骸を念入りに焼却すると、俺は溜息を吐く。「………それが出来れば苦労は無ぇか」静寂を取り戻した結界の空を見上げると、粉雪が舞い降りてくるのを確認する。まるで空がギアの呪われた運命を悲しむように。そんな感傷に浸りながら、俺は俺の犠牲者の冥福を祈った。