朝食を終えると、タイミング良くクロノから通信があった。<優秀な魔導師だけあって、流石にそう簡単に尻尾を掴ませてくれない>モニターの向こうでクロノは渋面を作る。グレアムの捜索はなかなか進展しないらしい。「猫姉妹の尋問は?」<まだ意識が戻らないからそれ以前の問題だ>容赦無い誰かさんの所為でな、と睨まれる。加減を間違えちまったか? 俺はやれやれと溜息を吐いた。<ただ一つ分かったことがある>「何だ?」<彼はあるデバイスマイスターにデバイスの制作依頼をしていたらしく、つい先日それが完成、納品を終えてその手に渡っていることが判明した>「どんな奴だ?」<氷結の杖デュランダル。その名の通り極めて強力な氷結系のデバイスだ。それを使って書とその主諸共永久封印するつもりなんじゃないかというのが僕の見解だ。書を破壊しても意味が無いことは周知の事実だからな>「氷付けか………」腕を組み、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。クロノの言葉を聞いて、果たしてそんなもんで永久に封印出来るのかという疑問が頭に浮かぶ。俺の世界で使われていた封印用の法術の中で最も脱出するのが困難な檻と称された”次元牢”というものが存在する。重犯罪者や強力なギアを封印して閉じ込めておくそれは、専ら聖戦時代の聖騎士団や国連が使っていたものだ。かの”破壊神・ジャスティス”をも封印することが出来た代物なのだが、割とあっさりテスタメントの手によって解除されたのは苦い記憶として刻まれた。完璧な封印なんてものはこの世に存在しない。何かを閉じ込めておくタイプのものは内部に強ければ外部が脆い、ということはよくある。その逆に、外部を拒絶するものは内部からの干渉に弱い。ギア消失事件の折にカイが『木陰の君』に施した封印は例外中の例外だ。なにせ神器一つを丸々犠牲にしてる。それに比べてグレアムの封印は氷付けだ。炙ればそこで終わりな気がするんだが。それとも氷付けにしてから虚数空間のような次元の狭間にポイ捨てするつもりなのか。<注意しておいてくれ。もしかしたら、グレアムは主ではなくお前を狙っているかもしれないからな>「俺を?」<当然だろ? ソルが介入したことによって彼の計画がご破算になったも同然なんだ。書に対する恨みがお前に向かっていっても不思議は無いと思うが>全くお前は他者から向けられる感情に無頓着だな、と画面越しに呆れられる。「………ま、そうか」俺は頷いた。俺があいつを気に食わないように、向こうを俺を気に食わないのだろう。<どちらにせよ、十中八九地球でことを起こそうとしているのは分かっているからお前達の周辺には牽制の意味も兼ねて捜査員を何人か送ろうと思う>「そうしてくれ」デバイスの改造作業の真っ最中なので、俺はともかくなのはとフェイトは丸腰だ。シグナムとシャマルには俺の封炎剣とクイーンを貸してはいるが、使い慣れないものをいきなり実戦で投入するには不安が残る。護衛の意味も込めて、俺以外の連中の近くに配置してくれと頼むと、クロノは快く了承する。<ああ。それと、なのは達のデバイスはどうだ?>転換した話題に俺は顔を顰めた。<どうした? 修理出来ないのか?>「いや、そうじゃねぇ」苦虫を噛み潰したような俺の態度に訝しむ表情をするクロノ。修理は部品交換した時点で終わったも同然だったので問題らしい問題は無いのだが―――<………なるほど。次から次へと見つかる改善の余地の所為で果てが無い、と。程々にしておけよ? あんまり強力過ぎるものを作ったところで、なのは達がそれを使いこなせなければ意味無いからな>それは”アウトレイジ”を制作した過去から重々承知している。対ギア兵器として開発したはいいが、作った本人の俺ですらハイペック過ぎて扱えない代物だった。結局あれは国連が八つに分割した後に”神器”として制作し直してようやく人間―――それでも法力使いとして実力が高くないとダメ―――にも扱えるようになった訳だし。「それとついでに、こっちからも報告することがある」書の管制人格が自らを内側から封印していることを伝えた。<内側から自分自身を封印する、か。お前はどういうことだと考えている?>話を聞いて思案顔になるクロノ。「さっぱりだ。今更そんなことする見当すらつかねぇよ」<僕もだ。とりあえず今は情報を待ちつつ下手な手出しはせず様子見ということにしよう。また後で連絡する>それを最後に通信が切れた。「よし、続きをやるか」俺は肩を回し、その次に首を回してゴキゴキ音を立てると、中断していた作業に戻ることにした。背徳の炎と魔法少女A`s vol.19 Hunt A SoulSIDE なのはお兄ちゃんは念話でクロノくんが言った内容をそっくりそのまま私達に聞かせると、『当分学校休むぞ』と付け加えて切ってしまった。「ということは、私達も学校休むのかな?」「そこまで言ってなかったからなぁ。そこら辺、どうなんだろ?」私の疑問にユーノくんが首を捻る。「でも、クロノが捜査員を私達の近くに送ってくれたんでしょ?」フェイトちゃんがそれなら学校行ってもいいんじゃないのかな? と意見を述べた。「でもさぁ、相手は単独とはいえ高ランク魔導師じゃん。エイミィの話によるとなんか凄い経歴の持ち主みたいだし。今は家で大人しくしてた方がいいんじゃない?」この繁忙期に士郎さんと桃子さんには悪いけど、と付け加えてアルフさんがフェイトちゃんの意見に反論、安全を第一とした意見を出す。「ソルはどうするつもりなんだ?」恭也お兄ちゃんが心配するように聞いてくる。その後ろでは、お父さんとお母さんとお姉ちゃんも似たような表情をしていた。「当分学校休むって。たぶん、この件が終わるまでずっと」終業式までもう二週間切ってるのに休むことになるなんて。早めの冬休み到来?「外出する時が最も狙われやすいからな。学校よりもなのは達の身の安全を優先するべきだ」それから開催されたお兄ちゃんを除いた家族会議の結果、数日間は様子を見ようということで私達は自宅に居ることになった。もし何かあったらすぐに地下室で作業しているお兄ちゃんに助けを求めるように、と言ってお父さん達はそれぞれのお仕事や学校へ。とりあえずアリサちゃんとすずかちゃんに今日皆が休む理由をメールで簡単に説明すると、やることが無いので四人で家事をする。台所を片付け、洗濯し、天気が良いのでお布団を干し、家の中を綺麗に掃除した。皆で手分けして作業し、昼前になってやっと終わったと一息ついていると、インターホンが鳴る。「はい、高町です」<八神で~す>アルフさんが少し警戒しながら受話器を取ると、微かにはやてちゃんの声が聞こえた。「いや~、もし皆学校行ってて居なかったらどないしよって思っとったから居てくれて良かったわ」「邪魔するぜー」「邪魔をする」「お邪魔します」「わん」どやどやと入ってきたのは八神家の皆。こんな時間にどうしたんだろう? 何かあったのかな? でも、そうであれば真っ先にお兄ちゃんに念話が来るのに。「なんやなのはちゃん? 私らがなんで此処に来たか分からんっちゅう顔してるで」「にゃ!? バレた?」「なるほど。なのはちゃんは嘘が吐けない性格か。アカンなぁ、そんなんやったら大人になった時にコロッと騙されてまう」今のはただのカマ掛けだったみたい。「それで、どうして皆ウチに?」アルフさんがお茶を用意をしながら問い掛ける。「ぶっちゃけ暇だからや」「はやて、ぶっちゃけ過ぎ」ヴィータちゃんがすかさず突っ込む。「本当はソルから連絡があってな」「そうなんです。クイーンの方に直接、ソルくんとクロノくんの会話データが送られてきて」シグナムさんの言葉にシャマルさんが首から下げたクイーンを弄る。「更に言えば此処はソルが居るからな。もし万が一のことが起きても主に危険が及ぶ可能性が低い」「このお家もウチみたいに結界張ってるんですね、しかもかなり複雑な術式の。これってソルくんが張ったんですか?」「うん。ソル、心配性だから」フェイトちゃんが頷いた。皆が席に着くと、お茶の用意が出来たのかアルフさんがお盆に湯飲みを載せてやって来た。「丁度良かったじゃないか。もう今日のやることが無くなっちまったから昼食が終わったらどうやって時間潰そうかと思ってたし」つまり、今の高町家には暇人が揃ったってことなの?その時、ドアが開く音と共に白衣姿に銀縁眼鏡を装着したお兄ちゃんが現れる。「よう」一言だけそう挨拶すると、お兄ちゃんはがさごそと冷蔵庫を漁り始めた。「ちょっとアンタ何してんの!?」「頭使ってると糖分足りなくなんだよ!!」咎めるようなアルフさんに苛々したような声を返し、甘いものを探し続けるお兄ちゃん。そして、一枚の板チョコを見つけ出すと乱暴に包みを剥がし、とてつもなくワイルドに黒茶の固形物に食らい付き、ボキボキと音を立ててから飲み下す。更に開封してない紙パックの牛乳一リットルを一気飲みすると、ゴミを炎の法力を使って一瞬で蒸発させる。「ふう。これであと六時間は戦える」呟くと、ヴィータちゃんに向かって手を差し出す。「デバイス寄越せ。少し余裕が出来たから診てやる」「………お、おう」恐る恐る投げ渡された待機フォルムの小さなハンマーを片手でキャッチすると、お兄ちゃんはリビングを出て行った。「………なんやあれ? 白衣に眼鏡?」誰もが押し黙る中、はやてちゃんが唖然としたように口を開く。「ソルのあの格好は私の趣味」「………あいつ、家の中だと何時もあんな感じなのか?」「地下室に篭ってる時だけ、ね」フェイトちゃんの言葉を華麗にスルーしたヴィータちゃんの質問に私はこめかみに汗を垂らしながら答えた。「地下室に篭っている時とは?」シグナムさんの疑問は当然だった。普通の家に地下室なんてものは無い。「ソルがデバイスの制作作業やメンテナンスを行う為の専用部屋のこと。私達が今居る母屋から少し離れた場所の地下にあるから地下室って呼び方してるんだ」「アイツの秘密基地みたいなもんさ。碌に入れてもらったこと無いからね」「彼って作業に夢中になると地下室に引き篭もるんだ………っていうか、人が変わる」「作業途中に出て来たとしても用事が済めばすぐに戻っちゃうし。あの様子だとたぶん、お兄ちゃん昨日から一睡もしてないんだよ」だって眼が据わってるのに爛々と輝いてるんだもん。絶対にナチュラルハイになる前兆だよ。それとももうなってる?「彼、徹夜なの!?」シャマルさんが驚いたように立ち上がると、ユーノくんが呆れたように答える。「クイーンが完成する時なんてずっとそんな感じだったよ」「それで、段々眼光が鋭くなるんだ。戦闘中とは違った感じに」頬を両手で挟みながらフェイトちゃんがポッと赤くなる。「寝てない癖に動きだけは何時もと同じでキビキビしてんだよね。いや、むしろ日常生活の時より鋭い」アルフさんがお茶の配りながら溜息を吐く。「寝ないの? って聞くと、『睡眠時間が勿体無ぇ。それより今いいとこなんだよ、ククク』って笑うんだ」私はその時のお兄ちゃんの顔を思い出して身震いした。狂気を宿したような眼つき、口元が喜悦に歪んでいる姿。白衣と銀縁眼鏡がマッドサイエンティストを連想させる。あの眼はなんというか、必要以上に踏み込んじゃいけない危険な香りがする。だって、眼が合うと背中がゾクゾクして、凄くドキドキするんだもん。前にお姉ちゃんが徹夜明けのお兄ちゃんのことを真っ赤な顔で指差して『鬼○眼鏡!!』って言ってたけど何のことだろ?はぁ、と釈然としない八神家の人々。明後日くらいになれば分かると思うから今は何も言わない。「それよりさ、ヴィータがデバイス預けちゃった以上は最低でも夜くらいまでは居るだろ? もうそろそろ昼だし、この人数なら早めにご飯作らなきゃね」楽しそうに腕まくりすると、アルフさんは台所へと駆け込んだ。そういえば家事に夢中になってたけど、もうお昼ご飯の時間だ。「私も手伝うで」はやてちゃんが車椅子を操って台所に向かう。「あ、私も手伝います」「「「「却下で」」」」「………酷いです」何故か手伝うと言ったシャマルさんが拒否されて、部屋の隅で体育座りしてしまった。聞き取れない程の小さな声でクイーンにぶつぶつ愚痴ってるけど、八神家の台所で何やらかしたんだろう?はやてちゃんとアルフさんの合作炒飯を皆で「ウマーッ」ってやってると突然お兄ちゃんがやってきて、無言で一人前を平らげると去っていくということがあった。去り際に「ヴィータ、お前のデバイスは浪漫が溢れてるな」と、独り言を呟いて。眼の光がさっきよりも妖しくて、鋭くなってた。あんな眼つきで外に出たら間違い無くお巡りさんに職務質問される。「………アイツこれから誰かを殺しに行くのか?」ヴィータちゃんの言葉に反論出来ない。殺気が出てないだけだからそう思われても仕方ない。「「「「何時ものことだから」」」」「「「「「どんな”何時も”!?」」」」」地下室で人体実験でもしてんじゃねーだろーな、という人聞きが悪いことを言われてしまう。それからは皆で大人数で出来るようなゲームをしたり、お菓子片手に雑談したり、アルバム引っ張り出して鑑賞会したり、道場で身体動かしたりして、そんなこんなであっと言う間に夜になった。SIDE OUT<古代ベルカの遺産、ユニゾンデバイス。術者と融合して魔力の管制・補助を行うことによって、他の形式のデバイスを遥かに凌駕する感応速度や魔力量を得ることができる………というのが夜天の魔導書の特徴であり、主が真の”力”を発揮出来る使い方みたいっスね>「融合?」俺は今、無限書庫からスクライア一族によって送られた情報に眼を通していた。「融合って具体的には? 身体の一部が武器になるのか?」頭の中で、手首から先があの分厚い古ぼけた本になったはやてを想像してみる。………とてもシュールだ。<違いますよ。術者の髪や瞳の色が変わったりとか、そんなもんです>「んだよっ」それで良かったような、見てみたかったような、少し複雑だ。<でも、適性の無い人間がユニゾンすると融合事故を起こしちまう代物で、そういった場合はデバイスが術者を乗っ取って自律行動する危険性も孕んでるみたいです>ま、元科学者から言わせてもらえば、道具と合体しようという考え方自体が何か間違っていると思う。道具は道具。所詮、人間が使う”物”でしかない。”使う側”と”使われる側”が一つになるという発想がぶっ飛んでる。<今日のところはこのくらいです>「夜天の魔導書が闇の書になった経緯や、改悪される前のプログラムとかはまだ見つかってねぇのか?」<申し訳ありません旦那。言い訳するつもりじゃないんスけど、そこまでサルベージが進んでません。今渡した情報も大した内容と量じゃないっスけどさっき仕入れたばっかりのもんでして>なんせ何百年以上も前の資料を手探りで探しているようなものだ。この前みたいに闇の書の本質がすぐに見つかったのは奇跡的だった、と画面の向こうでバイトリーダーは恐縮するようにその巨漢を縮こまらせた。「なら、今まで書が自らを封印した過去とかは無いか?」<はい? それは一体どういうことで?>首を捻るバイトリーダーに、書の現状を掻い摘んで説明する。<いやぁ、そういった報告はまだ無いっスね>「………そうか、分かった。そのまま続けてくれ」<了解です。ではまた>空間モニターが消え、通信が切れる。やはり、そう上手くことは運ばねぇか。俺は溜息を吐く。しかし、書の内側からの封印ってのが何を意味するのか分からん。スクライアに確認を取ってみたが、かつて書が自らを封印したことは無いらしい。あの封印の所為で解析出来ない。解析出来ないと何も出来ない。何も出来ないと書の壊れた部分を修正出来ない。修正出来ないとはやての足が治らない。なんとも悪循環だ。いっそ無理やり封印解いちまうか?「………止めておくか」一瞬過ぎった考えをかき消した。あれは”まだ”闇の書だ。元の”正常な”夜天の魔導書に戻った訳じゃない。管理者であるはやての言う通り、内側から封印された何らかの理由が必ずある筈だ。それさえ分かれば光明が見えてくる気がするんだが。それとも、今代の書は今までと何か異なる要素でも含んでいるのだろうか?だとしたら一体それは何だ?しばらく腕を組んで考えても思いつくことなど無い。というか、つい先日初めて書の存在を知った俺が今までとの違いを見つけ出そうとしても無理な話だ。シグナム達でさえこんな事態は初めてだというのに。その間になのは達のデバイスを修理・改造しているから時間を無駄にしている訳では無い分、まだマシだ。なのに、何か引っかかるというか、忘れていることがあるような気がするんだが―――「面倒臭ぇ」呟いてパソコンに向き直る。すると、レイジングハートのデバイスコアが点滅した。<ソル様。そろそろ夕餉の時間です。一旦、休憩を取ったら如何でしょう?>「ん。そうする」促され、俺は地下室を後にした。母屋に行くと、まだ帰ってなかった八神家と、仕事や学校を終えた士郎達が談笑しながら飯を食っていた。つーか、居間とリビング合わせて十人以上の人間が一度に食事をする光景をこの家に来て初めて見る。部屋に入ってからその場に居た全員にジロジロと不躾に注目されていたが、気にしない。俺は無言で台所に侵入すると、テキトーな食器を見繕ってテキトーによそると、そのまま立ち食いし始める。我が家の女性陣が行儀悪いと文句を言ってきたので、立ち食いそば屋と同じだと思え、と言い返してさっさと食い終わる。「ちょっと待てよ!!」地下室に戻ろうとしたら、口の端に”おべんとう”を付けたヴィータが駆け寄ってくる。こいつは本当に歴戦の猛者なんだろうか? この様子を見る限り年相応のガキにしか見えんぞ。「ああン?」少し屈んで目線を合わせる。「あ、アタシのアイゼンは?」「二、三日掛かるからもうしばらく待て」やれやれと思いながら口の端の”おべんとう”を取ってやり、米粒を自分の口の中に放り込んだ。「………って、あああああ!!!」「「「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」」」」桃子と美由希とアルフを除いた女性陣が一斉に奇声を上げたので、一通り睨んだ。「うるせぇな、いきなり変な声出すんじゃねぇ。つーことで、もし家に帰るのが不安だったら泊まってけ。寝る時は誰かと相部屋すればいいし、なんだったら俺の部屋を使ってもいい。寝間着とか必要なもんを取りに一旦帰るようならユーノをタクシー代わりに使え」何故か頬を染めているヴィータの頭にポンッと手を置くと、俺は地下室に戻る。背後で何やら悲鳴やら非難の声やら怒号などが聞こえてきたが、特に気にしなかった。そして、二日の時が流れた。その間、グレアムが襲撃してくることも、逆に奴が捕まることも、有益な情報が来ることも、書の封印が解けることも無かった。何も起きない穏やかな時間。だが、何も起きないが故に不気味だと思いながらも、俺はひたすらデバイスを弄くっていた。ようやく完成したっぽいデバイス達を抱えて地下室から出る。外で待機していた連中は、夕暮れの光で朱色に染まりながら俺に己のデバイスを手渡されるのを今か今かと心待ちにしていた。その後ろで、デバイスを持っていないはやてとユーノとアルフとザフィーラも興味深そうにしている。「先にシグナムとシャマルとヴィータには謝っておく。スマン」まずシャマルの前に進み、クラールヴィントを手渡した。「気が付いたら指輪が腕輪になってた。しかもこの状態が待機状態であり展開状態でもある。悪ぃ。許せ」「え? えええええええ!?」シャマルの反応は当然であり、予測していたものでもあった。四つの指輪を改造したら一つの腕輪になってるんだもんな。驚かない方がどうかしてる。「どういうことですか!?」「それは後で纏めて説明するから待ってろ」俺の両肩を掴んでガクガク揺するシャマルを宥めて次へ。「シグナムとヴィータ」「レヴァンティンは大丈夫なんだろうな?」「………なんか嫌な予感する」それぞれのデバイスを渡す。「待機状態にシャマルのような変化はこれといって無いが?」「カートリッジシステムを排除した」「へ~………はあ!?」「貴様ぁぁぁぁ、どういうつもりだぁぁぁぁぁ?」地の底から響くようなシグナムの唸り声を手の平をヒラヒラ振ってやり過ごす。「ちゃんとした理由を説明するまで待ってろ」「納得いく理由でなければ斬るぞ!!!」「アイゼンの頑固な染みにしてやる!!!」よっぽどカートリッジシステムという安全性が確立されてない機構を排除されたのが気に食わないらしい。待機状態のデバイスを不機嫌そうな顔で見ている。「それから、なのはとフェイト」「「はい!!」」元気な返事で嬉しそうに受け取ったのを確認すると、俺は五人に向き直った。「ではこれより新たなデバイスの説明に入る。シャマル以外は全員デバイスを展開してみろ」眼鏡のブリッジを上げ直し腕を組んで言うと、全員が言う通りにデバイスを展開する。「え?」「あ?」「お?」「………?」それぞれが違和感に気が付いたらしい。俺は唇を吊り上げると説明を行う。「まず、なのはから。レイジングハート・エクセリオン。命名はレイジングハート本人だ。今まではデバイスモード・シューティングモード・ランサーモードの三つの形態を取っていたが、戦局に合わせていちいち形態を変更するのは面倒だからなんとかしろというレイジングハートの意見を尊重して一括した。それがエクセリオンモード」「………エクセリオンモード」杖の先端が金色の鋭い二等辺三角形のような刃状で、更にその先から桜色の魔力刃が真っ直ぐ発生している。「部品の大部分を封炎剣と同じ素材で作り直した所為で重量は前の約四倍。その代わり耐久度はざっと十数倍、魔力の浸透率と伝導率は八倍、肉体に掛かる負荷は耐久度を上げたデバイスが全て肩代わりしてくれるのでゼロ。使う魔法もランクアップしたから名称が変わってる。後で確認しろ」「あ、ああ、ありがとうお兄ちゃん!!! ちょっと重いかなって思うけどあんまり気にならないし、凄いよ!!!」なのはが眼をうるうるさせて近付いてきたので頭を撫でる。<お褒めに預かり恐悦至極>なんでレイジングハートが偉そうなんだ?「次にフェイト。バルディッシュ・アサルト。命名はレイジングハートと同じくバルディッシュ本人な。今までとあまり機構変化は無いが、一部名称の変更がある。あと、バルディッシュからの強い要望でザンバーフォームという大剣形態を一つ追加した。これも魔法と機構の名前同様、後で確認しろ」「ザンバーフォーム………」「重量、その他諸々はレイジングハートと同じだ」「ソル………ありがとう」感極まってしがみついてきたフェイトの頭を撫でると、シグナム達に向き直る。「次にシャマルのクラールヴィント。クイーンを制作した時のノウハウを活かして改造を施していたら、気が付けば指輪から腕輪になってた。さすがにこれには俺も驚いた」「気が付けばって………改造した張本人が何言ってるの?」<気が付いたら腕輪になっていました>「クラールヴィントはそれでいいの!?」<何か問題が?>その言葉にシャマルは黙り込んでしまう。「外見は見ての通り。重さは普通の腕輪より少し重い程度、あとは前の二人と一緒だ。その状態がリンゲフォルムと同じってことになる。ペンダルフォルムへの機構変化も可能だし、こっちの使い方に大した変化は無い」「………」右手首に装着したクラールヴィントを呆然と見つめる姿は少し怒っているような気がしないでもないが、特に文句は無さそうだ。「その、ありがとう」やがて、少し恥ずかしそうに蚊の鳴くような声で礼が聞こえたので俺は満足して頷いた。「シグナムのレヴァンティン。カートリッジシステムを排除。それ以外はもう、ほとんどベルカ式封炎剣だ。重量、刃渡り、幅、厚みとかは見かけを除いて封炎剣とほぼ同じだ」「確かに外見は以前と同じだが、前より二回り程大きく長い。そして重いな」「その代わり耐久度、魔力の浸透率と伝導率も封炎剣と同等。ぶっちゃけ、封炎剣の改造用の材料を片っ端から流用しただけだったから一番作業が楽だった。あと、鞘も新しく作り直しておいたぜ」「これも素材は封炎剣と同じなのか?」「ああ。シュランゲフォルムとボーゲンフォルムは以前とほとんど同じだが、元がでかくなってる所為で扱い慣れるまで少し時間が掛かるかもしれん。ま、お前なら大丈夫だろ」「その点なら大丈夫だ。この三日間、暇があれば封炎剣を振り回していたからな。重さにも長さにも慣れた」そして最後のデバイスの説明に移る。「ヴィータのグラーフアイゼン。カートリッジシステムを排除したこと以外はレイジングハートやバルディッシュと同じ。それ以外の変更は無し。以上」「待てよテメー!!! アタシだけなんかテキトー、ていうか、カートリッジ取っちまった理由聞いてねーぞ!!」アイゼンを振り下ろしてきたのでバックステップで交わす。「術者とデバイスの両方に負荷が掛かる安全性の低いものをよく使ってられるな。確かにカートリッジを使えば一時的に魔力が上昇、場合によっては補充になるかもしれんが、俺から言わせてもらえばただのドーピングだ。普通の人間があのまま使い続ければいずれ破綻する」眼鏡のブリッジを上げると、俺は俺なりの見解を述べた。技術が進歩すれば負荷が掛からない安全なものを制作出来るかもしれんが、そんな時間は無い。だったら俺が自信を持って提供出来る、慣れ親しんだ技術をてんこ盛りにした方が安全性も期待値も高い。「それにカートリッジの代わりに全てのデバイスに面白い機構を搭載しておいた」口をニヤリと歪めると、誰もが面白い機構? と訝しげな顔をする。「神器の機能の一つ。法力を増幅させるという機能。それを模写する形でお前達の魔法に応用出来ないか実験を積み重ねた結果、それが成功した」三日間徹夜で作業していた所為か自身のテンションがおかしい気がしたが気にしない。ナチュラルハイなんてこんなもんだ。神器? と皆が不思議そうに呟いたのを見て、神器の説明らしいことを何一つしていないことを思い出す。「神器ってのは俺の故郷の世界で法力使いが用いるデバイスと同じようなものだと思ってもらって構わないが、この世に八つしか存在しない大変貴重なものであると同時に、法力使いにとってこれ以上強力な武器は存在しないとまで言われている武器のことだ。封炎剣もその内の一つだ」そして、と続ける。「封炎剣は火属性の法力を増幅する機能を持つが、それだと偏りがあるのでその機能を普遍化し、汎用性を持たせた上で法力を魔法に置き換えた。一番苦労したのはこの部分なんだが、そんなことはどうでもいい。つまり、お前達のデバイスに搭載した機能は神器と同程度のものを有していることになる」五人は改めて自分のデバイスを見つめた。「ただし、この機能は魔導師として高い実力を持っていないと上手く働いてくれない。だが逆に言えば、デバイスに相応しい実力を有していればその力を飛躍的に高めてくれるものだということ。使いこなせるか否かはお前ら次第。どうだ? 面白ぇだろ?」言って、俺は先程返却してもらったクイーンに命じて封時結界を発動させる。「クイーン、結界の範囲は海鳴市全体を覆い尽くす大規模なものを。法力場を展開し奴が逃げられないようにしろ」<了解>「一体何やってんの? 今からデバイスの稼動テストするには結界が大き過ぎない?」唐突に結界―――しかも大規模な―――を展開した俺の態度に、結界魔導師であるユーノがこの結界に疑問を持つのは当然と言えた。確かに稼動テストに海鳴市をすっぽり囲むようなものは必要無い。だが―――更に俺はクイーンに命じる。「この結界に存在する俺達以外の生体反応を検出」<了解>「その中で、予め登録しておいたクロノとアースラの捜査員を除外しろ」<了解………条件に該当する個体が一つ残りました>見つけた。クイーンから送られてきた座標、その個体が現在居る場所は此処から十キロ程離れたホテル街。地球の、海鳴市の何処かで息を潜め俺達のことを単独で付け狙っているのは、同じ復讐者としてハナッから分かっていた。グレアムの存在を広い海鳴市内で発見した方法は実にシンプル。魔力資質を持つ者だけを強制的に閉じ込める結界を張り、その中から生体反応を探せばいい。言うのは簡単だが、クイーンの補助無しでは困難な大仕事だ。法力と魔法を同時行使し、尚かつ発動させた複合魔法を増幅出来るデバイスと神器のハイブリットであるクイーンだからこそ可能なのだ。攻撃力が皆無な分、地味なサポートに特化させただけのことはある。当の本人であるグレアムは、派遣された捜査員やクロノが俺達の周囲に居た所為で手を出そうにも出せず、かと言って復讐を成し遂げる為に離れる訳もいかず、有効な手段を見出せないまま、発見されない付かず離れずの距離を保っていたのだろう。優秀であるからこそ、確実性を求めるが故に土壇場で二の足を踏む。不用意に近付けば即クロノ達に発見され包囲される。たとえ包囲網を突破出来たとして、その後に控える俺達をたった一人で往なせるか? 答えは否。そんな愚挙を十年以上復讐に費やした男が選択肢に入れる訳が無い。管理局という古巣を敵に回した以上、奴に後ろ盾は存在しない。これは奴の管理局内での人柄や経歴、プライベートに関わる人間関係までをエイミィに徹底的に調べさせたことからはっきり言える。グレアムは復讐者ではあるが自ら犯罪組織に加担したりするような人物ではなく、また、アウトローになるような性格の人間でも無い。人間として外道だが。要するに、奴は心の底まで悪に染まり切ることの出来ない人間だということ。最低限のモラルを持っている所為で、復讐以外のことに関しては一切手を染めていない。他の次元世界に高飛びすれば逃げ切れた可能性は非常に高かったというのに、こだわり続けてきた復讐の所為で今更後に引けない。だが、手出しが出来ない。相当のジレンマを感じていたことだろう。優秀な魔導師としての自分が冷静に現状を分析する中で、復讐者としての自分が気持ちを前に前にと押し進めてきた結果だ。奴の忠実な手駒は俺が病院送りにしてやった。今、奴は孤立無援。なのは達のデバイスは無事完成した。上々だ。全てが整った。俺は念話を結界内に居る全ての生体反応に無差別に送る。『よう、ギル・グレアム。そんなところで何してやがる?』『貴様っ!? ソル=バッドガイか!?』ビンゴ。馬鹿が。黙ってりゃあ良かったものを。自分からホイホイと網に引っ掛かってくれた。明らかに動揺し震えた声。絶対に捕捉されない自信があったのか?『居たのか? 試しに言ってみただけなんだが』『………』今更だんまりを決め込んでも意味が無い。すぐにクイーンに命じて、グレアムの現在位置をクロノ達となのは達のデバイスに送信させる。狩りの時間だ。「今送った座標に俺達の敵が居る。そいつに新しいデバイスの”力”を試してやれ」敵、という言葉に全員が緊張した顔になる。「急がねぇとクロノ達に奪われるぜ? シグナム達は主を生贄にしようとした外道を自分達の手で断罪しないのか? なのは達は俺の右眼の借りを返してくれないのか?」実にわざとらしい芝居がかった口調で発破を掛けると、はやてとアルフとユーノ以外が我に返ったように表情を引き締める。否、怒りに顔を歪めた。「主をはやてを生贄にしようとした者が―――」「はやてちゃんに孤独を味合わせた人が―――」「はやてを苦しめた奴が―――」「主はやてを亡き者にしようとした男が―――」「お兄ちゃんの右眼を傷つけた人が―――」「ソルを殺すように命令した人が―――」今まで溜めに溜め込んだギル・グレアムに対する怒り、憎しみ、嫌悪が膨れ上がり、全身から殺気となって滲み出てくる。「「「「「「あそこに居る!!!」」」」」」どうやら腸が煮え繰り返っていたのは俺だけではなかったことに、内心ほくそ笑む。「行け!! そして奴に思い知らせてやれ!! 自分が何を仕出かしたのか、誰を敵に回したのか、その身に刻み付けてやれ!!!」それぞれがバリアジャケットや騎士甲冑を纏い―――ザフィーラのみ狼から人間へと形態変化し―――空を駆けていく。さあ、どうする? 此処は法力と魔法を駆使して作り上げた結界の中。外部からの侵入は可能でも、内部からの脱出は予め登録しておいた人間以外は不可能。結界を展開しているクイーンを破壊するか、クイーンに魔力を供給している俺を殺すか、俺が解除しない限り出れっこない。「ソル、アンタって超が付く程のドSだね」「アルフ、ソルが容赦無いのなんて最初っから分かりきってることだってば」「此処までするんか、ソルくん? いや、私のことを想ってやってくれたんは嬉しいんやけど」魔力光を箒星のように残しながら遠ざかっていくなのは達を見送りながら、ユーノとアルフとはやてが呆れたように溜息を吐く。「僕達も行くよ。一発くらいは殴っておいても文句言われないよね」「アンタはどうすんの?」「万が一に備えて俺ははやての傍に居る。野郎が包囲網を突破することが無いと絶対に言い切れん」ま、あの面子相手では不可能に近いが。「キミはそれでいいの?」「アンタが一番怒ってたじゃないかい」「アルフさんの言う通りや。シグナム達が嬉しそうに言ってたで」意外そうな顔をする三人に、俺は眼鏡を外し白衣を脱ぎ捨てると、チッチッチと指を振る。「奴が地獄を味わうのはもっと後だ」そう言ってこれ以上無い程の邪悪な笑みを浮かべてやると、この人は自身の”敵”に対して真性のSだ、という眼をされ少し引かれてしまった。「………それはともかく、行ってくるよ」「あの親父、死んだ方が幸せなんじゃないかね?」ぶつぶつ呟いているアルフを引き連れてユーノが飛び去っていった。「私は幸せ者やな。皆にこんなに想ってもらって」はやてと二人きりになると、心情を吐露するように言葉が紡がれる。「ホンマおおきにな、ソルくん」「別に礼を言われたくてした訳じゃ無ぇ。つーか、お前はもっと怒っていいんだぞ。よくも今まで孤独を味合わせてくれたな、生贄にしようとしてくれたな、死んだ両親の友人と偽って騙したなこの裏切り者、ってな」「確かに、ソルくんが言ったことは今も思っとる。せやけど、今まで私がグレアム小父さんによって生かされてきたんは事実や」「………」「書の主になった所為で足が不自由になってしまったけど、私はそれを悔やんでへん。どうでもいいんよ、そんなこと」「何故?」はやての言うことが信じられなかった。普通、誰だってはやてみたいな状況に陥ったら恨むだろ。自身の運命を呪うだろ。この世に生を受けたことを憎むだろ。自分以外の幸せそうな人間を妬むだろ。なのにこいつは幸せそうな、柔らかい笑みを浮かべて、そんなことはどうでもいいと言う。その姿は眩しかった。自身の運命を呪い、復讐と贖罪を求めて、血で血を洗うような戦闘を繰り返し、ただひたすら憎み続けた人生を歩んできた俺には、はやての言葉が理解出来なかった。「簡単や。シグナムと、シャマルと、ヴィータと、ザフィーラと家族になれた。すずかちゃんから始まって、ソルくん、なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさんに会えた。友達になれた。 皆が私の為に一生懸命になって、凄く怒ってくれてる。家族や友達に憧れとった私にとって、何よりも嬉しいことや。だから私は、今の状態でも十分に幸せ者なんよ」そう言って、隣に居る俺の手を握り微笑むはやては本当に幸せそうで、その生き様は純粋に美しいと感じる程輝いて見えた。そして同時に、こいつには敵わないな、そう思う。まさか俺が、自分の二十分の一も生きていない小娘に尊敬の念を抱くとは。世の中、何が起こるか分かったもんじゃねぇな。「………お前、将来良い女になるぜ」「なんや急に? 今更気が付いたんか? 嫁に欲しいやろ?」「十年早ぇ」「その台詞が何時まで続くか楽しみやわ」そんな風に俺とはやては軽口を叩き合う。<封印………解除>車椅子に座るはやての膝の上に載っていた書が、自身に施された封印が何かに耐え切れなくなったように強制的に解除されたのは、その次の瞬間だった。後書き天才=嵌まるとディープなタイプ=夢中、熱中すると寝ない=マッドという図式が成り立ってます。ソルは全く自覚無いけど、周りから見たらどう見てもマッドサイエンティストです、本当にありがとうございます。つーか、多少マッドじゃなければギア計画に手を出そうなんて思わないし、仕事終わった後に徹夜で”あの男”と論議してまた仕事、なんていう生活送ろうとしねーよ!!!追記バルディッシュ改造後の名前を思いっ切り間違ってたので訂正