SIDE クロノその報告を聞いた時、質の悪い冗談かと思った。しかし、それは悪い夢でも冗談でもなく厳然たる事実であったことを、この眼で―――戦闘データを見て思い知る。リーゼ達が、グレアム提督が僕達を妨害していること。一体何故? 疑問が頭の中で渦巻く。そして、ソルを狙ったリーゼ達が返り討ちにされ、仮司令部で捕縛されている。エイミィの話によると、リーゼ達は辛うじて生きてはいるが意識は当分戻りそうにないらしい。更に、闇の書の守護騎士達はソルの説得を受け、非常に協力的な態度を取っているという。スクライア一族から送られてきた情報によると闇の書を完成させると主が死んでしまう可能性があるので、それを知った守護騎士達はこれ以上犯行を重ねないと断言出来るとエイミィが言った。リーゼ達が言っていた『我々の計画』と『用済みとなった守護騎士諸共………死ね』という言葉が僕の思考を嫌な方向へと無理やり導いていく。父さんの死後、グレアム提督達が僕の面倒をよく見てくれた。彼らが居てくれなかったら、此処に執務官としてのクロノ・ハラオウンは存在しない。恩義もある。尊敬もしている。誰よりも信頼している。だからこそ、どうしてこんなことを仕出かしたのか理解出来ない。グレアム提督は、闇の書を完成させて何をするつもりなんだ?もう、何が正しくて、何が間違っているのか分からない。僕が信じていたものは、一体何だったんだ?―――『何の為に”力”を振るうのか』そう諭してくれたあの人が何を思い、何を考え、これからどうしたいのか分からない。僕は暗鬱を胸の内に抱えながら、転送ポートを利用して母さんと共に仮司令部に到着する。僕の隣に居る母さんはさっきからずっと黙って何かを考え込んでいるようだ。出迎えてくれたのは複雑な表情をしながらも僕を気遣う眼をするエイミィ。「クロノくん、その………」「僕は大丈夫だ。それよりリーゼ達は?」僕は何時もの冷静な仮面を張り付けたまま、執務官として必死に振舞う。エイミィはそれ以上何も言おうとせず、僕と母さんをリビングへと通した。背徳の炎と魔法少女A`s vol.16 誰が為の正義「来たか」ソファに座り、腕と足を組んで貫禄ある態度のソルが呟いた。戦闘データでは潰れていた右眼と切断した右腕は既に完治しているようだ。どうせまた法力の”力”だろう。気にするだけ無駄だ。壁際に佇んでいる守護騎士の四人が僕と母さんを警戒するような眼差しを向けてくる。その隣に居るなのは達は少し冷たい印象がある眼で僕を見ると、睨むように眼を細めた。無理もない。リーゼ達がソルを傷つけるようなことをしてしまった以上、なのは達にとってグレアム提督は敵だ。そのグレアム提督の使い魔の弟子である僕を警戒するのは当然かもしれない。(ん?)そんな中、守護騎士の中の二人、シグナムとシャマルに僕の視線が一瞬だけ固定されてしまう。シグナムが大事そうに抱える布に包まれた剣のようなものと、シャマルの首から下げられている歯車の形をしたネックレスが原因だ。何処からどう見てもソルの封炎剣とデバイスのクイーン。ソルがどういうつもりで二人に自分の愛剣とデバイスを渡したのか理由は不明だが、今はそんなことはどうでもいい。「リーゼ達は?」「意識戻らねぇし、邪魔くせぇから隣の部屋に移動した」一応逃げられないようにはしてある、とソルは付け加えた。僕はそうかと頷くと、ソルの正面に仁王立ちした。立っている僕がソルを見下ろしている筈なのに、逆に見下されている気分になる。「で? これからどうするつもりなんだ?」「………グレアム提督を、捕縛する」即答したつもりが、若干声になるまで遅くなってしまう。「意外だな。真っ先に庇うと思ってたんだが、仕事にプライベートは持ち込まないタイプか」「これでも一応、執務官だ」「仕事熱心で何よりだ」唇を吊り上げ、ソルが残虐な笑みを作る。何がそんなに可笑しい!?内心、その笑みに苛立ちを感じながら平静な態度を装う。「エイミィからある程度のことは聞いている。グレアム提督が此処のシステムを一時的にダウンさせ、リーゼ達がお前を襲撃した。それだけで捕縛する理由は十分だ」「ま、それだけじゃないがな」「何?」片手を自身の顎に当て、ソルは鋭い眼つきで守護騎士に視線を向けた。「あいつらの主、八神はやてはな、幼少の頃に事故で両親を失って以来天涯孤独に暮らしてきたそうなんだ」「それがグレアム提督と何の関係がある?」僕の質問にソルは答えない。無視して闇の書の主について語り続ける。「物心ついた頃にはもう既に闇の書の悪影響を受けた所為で下半身不随。身寄りも無く、障害を持った状態でたった独り、生きることを余儀無くされた」「………」「だが、幸いなことに日常生活を送る為の資金援助と財産管理をしてくれる人物が現れる。しかも、子ども一人養うには十分過ぎる程の金額を、だ」「遠回しな言い方はやめろ。何が言いたい」歯噛みしながら先を促すと、ソルは「それもそうだな」と肩を竦め、言った。「シグナム達によると、その人物の名はギル・グレアムというらしい」ドクンッ、と心臓が高鳴る。過敏に反応する身体とは裏腹に、思考は酷く冷め切っていた。―――やっぱり、と。「どうもキナ臭ぇもんを感じてな、ついさっき前回の闇の書事件と、ギル・グレアム個人についてエイミィに調べさせた」忘れもしない。あの忌まわしい、僕と母さんから父さんを奪った事件。「今から十一年前、クライド・ハラオウンが、お前の親父が死亡した事件。それにグレアム達は関わっていた」「父さんが死んだのはグレアム提督の所為じゃないっ!!!」気が付けば僕は感情に任せて怒鳴っていた。そんな僕を見て、ソルは呆れたように「まだ何も言ってねぇ。落ち着けよ」と溜息を吐いた。「その事件から数年後、新たな闇の書の主が誕生する。はやてはすぐに両親を亡くすが、図ったかのようなタイミングで現れた『ギル・グレアム』という人物によって生きていく上では困らない施しを受ける。死んだ両親の友人って話らしいが、まだ一度も実際に会ったことも無ければ、やり取りしている手紙に写真を添付してくれたことも無い怪しい奴だそうだ。不自然だろ? 死んだ両親の友人を名乗るくらいなら顔くらい見せてもおかしくないってのに」ソルの口調は淡々としていて、静かに事実を語っているだけなのに、僕には嘲笑しているように聞こえる。「ちなみに手紙はイギリスからの国際便。グレアムの出身もイギリス。ますます怪しいな。さて、これは果たして偶然か?」「はっきり言ったらどうだっ!! 今回の闇の書事件はグレアム提督達が仕組んだものだってっ!!! お前はそう考えているんだろう!?」我慢が出来なくなった僕はソルの襟首を掴もうと手を伸ばす。しかし、ソルはその場から全く動こうとせず自身に伸びてきた僕の腕を、手首を容易く掴み上げた。骨が軋む程強い力で手首を握り締められながら、それでも僕は激情を眼の前のソルに叩きつける。「リーゼ達がお前のことを襲って、それを補助するような形でこの仮司令部がクラッキングされた!! 防壁も警報も、全部素通りという時点で明らかに内部犯だっていうのは分かってる!! ああそうさ!! 何かの間違いだと思いながら調べてみたさ!! だけど、リーゼ達が捕まった時間帯のアリバイがグレアム提督には無かった………そしてグレアム提督はいつの間にか雲隠れしていた!! これで満足か!?」「人の話は最後まで聞くもんだぜ、坊や。ま、そうなんだがな」ゆっくりと僕の手を離すと、よく出来ましたという風に小馬鹿にするソル。「二人のギル・グレアムが同一人物だと仮定したとする」「何が仮定だ。確信している癖に」「援助している理由は十中八九、闇の書を持っているからだろう。じゃあ、何故グレアムは数年前から闇の書の所在を掴んでいながら今まで何もしなかった? いや、この場合は隠蔽し続けていたというのが正しい言い方か」「何?」「闇の書の”力”を悪用する為か? それとも、親友を奪った闇の書に積年の恨みを晴らそうってか? 主のはやてに孤独という名の生き地獄を味合わせて?」「………」違うと否定したいのに出来ない。ソルの言葉を否定する材料が見当たらない。僕達に協力するソルが『我々の計画には邪魔だ』という発言、襲撃とクラッキング、他者からそう思われても仕方が無いことをグレアム提督達はしている。もし違っていたとしても、闇の書を数年も放置し続けていた事実は変わらない。明らかな計画的犯行。僕にはもう既に反論する気力が無かった。SIDE OUT沈黙が部屋を満たす。黙りこくったクロノと、さっきから何一つ言い返してこないリンディの姿を見て、何故か苛立ちが湧き上がってくる。ギリッ、と歯軋りする音が響く。「気に入らねぇ………」ゴシャッ!!!苛立ちに任せて拳を振り下ろしテーブルを粉砕した。唐突な行為に誰もが唖然とするが、俺は一切気にしなかった。「はやてはな、あの野郎の金銭的援助を受けながらも一度たりとも顔を見たことが無いそうだ。シグナム達が闇の書から出てくる今年の六月まで、たった独りで生きてきたんだとよ!!!」俺ははやてのことを碌に知らない。だが、はやてが苦しんできた孤独がどういうものか知っている。「あの野郎が闇の書で何をしたいのかなんて知らねぇが、どうせ闇の書に復讐してぇだけだろ。あの眼つきは復讐者の眼、昔の俺と同じ眼ぇしてんのが良い証拠だぜ………だがな、その為だけにはやてが野郎の手の平の上で生かされてきたって思うと虫唾が走る!!!」はやてがグレアムに一体何をしたってんだ? 何もしてねぇだろうが!! ただ闇の書の主になっただけ、それだけだ。その所為で生まれながら下半身が不自由になって、親まで居ないってのに。―――「行っとるんやけど、あんま良くならんからなぁ………」どうしてあいつがあんな顔をしなきゃいけない? 時折襲ってくる発作に苦しまなけりゃいけない?「恨みたかったら闇の書を恨め、憎みたかったら闇の書を憎め、はやては闇の書の被害者………野郎の復讐の為に生贄にされるなんざお門違いだ」俺は手を伸ばし、クロノの襟首を掴んで引き寄せ、立ち上がった。「テメェはどう思ってやがる?」「はっ?」「父親を闇の書に殺されたテメェはどう思ってるかって聞いてんだよっ!? 闇の書の主のはやてが憎いか?」言葉に詰まるクロノ。瞳孔が大きく開かれ、口をパクパクさせる姿が年相応のガキだった。「言ってることが理解出来ねぇか!? だったらもっと分かり易く言ってやる。殺人犯が犯行に使用した凶器を本人の意思に関わらず持たされた九歳の女の子が憎いかって聞いてんだよ!?」「お兄ちゃんっ、ストップ!!」「落ち着けソル!!」なのは達とシグナム達全員が慌てた様子で俺を押さえつけようとするが、俺はそんなことに気を留めない。感情の抑制が利かない。心の奥底からドロドロとした汚物が排出される。それは憎しみであったり、怒りであったり、嫌悪であった。「それともこれがテメェら時空管理局のやり方か? 予防措置を一切執らずに事件が起きるまで何もしない。事件が起きたら大の為に小を切り捨てる、人の人生を踏み躙る、それがテメェらの正義かっ!?」「違うっ!!!」やっと、クロノが反論した。「グレアム提督がしてきたことも、しようとしていることも、正義じゃないっ!!!」その言葉を聞いて、手に込めていた力が少し緩む。此処までボロクソに言われて反論しようとしなかったらぶん殴るつもりだっただが、そうならずに済みそうだ。「今更その八神はやてという子を僕が憎んだとしても、父さんは帰ってこない。憎悪の捌け口にしたって時間は巻き戻せない。起きてしまったことを無かったことになんか出来ない!!」クロノの眼は先程の死んだ魚のような眼から、段々と強い意志の光を宿してきた。「確かに世界はこんな筈じゃないことばっかりだ。認めたくない現実や、受け入れたくない事実だってたくさん存在する。闇の書の所為で父さんを失った僕にはグレアム提督の気持ちが痛い程分かるさ。だけどっ!!!」俺はクロノの襟首から手を離す。「ソルの言う通り、その子だって闇の書の被害者だ。それを分かっていながら闇の書の存在を隠蔽して今回のようなことを犯した以上、僕は執務官としてグレアム提督を、いや、ギル・グレアムを許さない」そして、クロノは覚悟を決めたように宣言した。「管理局が唱える正義じゃない。僕は、僕の信じる正義に従って、ギル・グレアムを逮捕するっ!!!」後書きのような形で読者の皆さんの質問に答えるコーナー感想版で質問があったので、いくつか答えておこうと思います。Q はやてとメアドいつ交換した?vol.1の初対面の時です。お互い自己紹介してからソルがCD屋に行くまでしばらくの間は雑談をしていたので、その時にすずかと一緒に、という感じでメルアド交換しました。Q 今のソルの身長はどれくらいなんでしょうか?なのは達が日本人の九歳児の平均身長130cm前後だとすると、ソルは頭一つ分大きいので、だいたい155cm前後になります。小学生としてはでかい。で、シャマルが成人女性なのでだいたい160cm前後。ソル(子ども)とシャマルは約5cm程度の差があります。まあ、ソルはドラインすると184cmに戻りますが。今回はこの辺で。ではまた次回!!