高町家の道場、その中央に俺は片膝をついて座っていた。正確には座りながら待っていた。誰をだって? 恭也だ。一時間程前に、美由希を使って呼びに言ってもらった。内容は『俺から大切な話がある』と一言だけ告げて。眼を閉じ、何も考えずに黙して待つ。やがてガラガラと道場の扉が開く。ようやく待ち人が来たようだ。「何の用だ?」これ以上無い程不機嫌極まりない声。ゆっくりと瞼を開いて、立ち上がる。答えようとしない俺に、更に苛立ち、ズンズンと床を踏み鳴らしてこちらに向かってくる。手を伸ばせば届く距離になって、俺は初めて恭也の顔を見た。「おい、人を呼び出しといてだんまりか!? 何とか言ったらどうなんだ!?」恭也が俺の襟首を掴もうとしたその瞬間、「とりあえず、歯、食いしばれ」「!?」俺は恭也の”腹”に左ストレートをぶち込んだ。なのはと美由希には、恭也が道場に来たら俺が出てくるまで近づくなと言ってある。が、あいつらのことだ。何処からか覗いているんだろう。何となく気配がするのが分かる。「ぐ、がはぁ!」恭也は三メートルほど吹っ飛ぶと背中から着地、そのまま勢いを殺しきれず、盛大な音を立てて”縦”に二回転半を決めると、うつ伏せになって嘔吐した。まあ、手加減したとは言えギアの力で殴ったのだ。いくら人間の中で強い部類に入る恭也であろうと、所詮は人間の身(しかもまだ成長期の子ども)だ。法力で耐久力を高めてもそれなりのダメージを与えられる俺の拳だ。平気でいられる方がどうかしてる。骨が折れる感触は無かったので、骨折はしてないと思うが。「どうした? この程度の不意打ち、避けるどころか防御も出来ないのか?」なるべく挑発的に、神経を逆撫でするように言ってやる。「いきなり、何を」激痛と呼吸困難で動けないらしく、立ち上がろうとしているが出来ないようだ。仕方ねぇ、元気が出る魔法の爆弾でも投下してやるか。「今の体たらくがお前の実力かと聞いてるんだ? 美由希の制止を振り切って鍛錬してるって話だが、こんなんじゃ士郎を越えることはおろか追いつくことすら出来ん。もうやめちまった方がいいんじゃねーか?」「貴様っ!!」案の定、ぶちキレた恭也が襲い掛かってくる。何処から取り出したのか、いつも訓練に使っている小太刀の木刀を両手に、床を這うように真っ直ぐ突っ込んでくる。だが遅い。人間にしては速いかもしれんが、あくまでそれだけ。決して奥義の神速を使った士郎のような人外めいた速さじゃない。そもそも恭也はまだ神速を習得していないし、更に俺に殴られたダメージもある。故に俺は、身体に木刀が触れる寸前、あっさりとバックステップで攻撃をかわすと、硬直が解けない恭也に一歩踏み込んでその顎目掛けて右フックを捻じ込んだ。見事な錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ恭也の身体は、先程腹を殴った時とは違い”横”に三回転してからようやく止まった。さすがにダメージが重かったようでぴくりとも動かない。此処まで容赦無くやっていといてアレだが意識が飛んでなけりゃいいんだが。仰向けになって動かない恭也にゆっくりと近づく。どうやら意識は健在のようで、動けない代わりに俺を睨み殺すような視線が飛んでくる。その眼は、自分より遥かに体格が劣りながら理解不能な強さを持つ俺への畏れと羨望、そして今までの努力を踏み躙る侮辱に対する濁った怒りが込められていた。文字通り見下しながら口を開く。「弱いな、テメー」「ッ!!!」此処一番で恭也の心を抉る言葉を吐く。「こんなもんが高町恭也の本気か? だったら期待外れもいいとこだ。俺としては、士郎の息子なんだからもう少し骨のある奴だと思ってたんだが、買いかぶりだったか」「………」身を焦がすような悔しさに唇を噛み、血が出ている。「もう一度言う。テメーは弱い。今の高町家の中で一番弱い」「!?」俺の言ってることが理解出来ないのだろう。その視線が「どういうことだ?」と聞いてくる。ま、普通、いきなりこんなこと言われて理解しろという方が無理だ。「俺や士郎よりも弱いのは当然、桃子にも、美由希にも、なのはにすら今のテメーじゃ勝てねー」襟首を掴んで息がかかるくらいの至近距離まで引き寄せる。「一人で店をやりくりして忙しいのに家事も完璧にこなして、士郎の見舞いを毎日欠かさない桃子の方がもっと強ぇ!! 学校行って、桃子の手伝いやって、テメーの心配してる美由希の方がもっと強ぇ!! 誰にも迷惑かけないように我侭我慢して、『いいこ』演じてたなのはの方がもっと強ぇ!!!」此処で顔を一旦引き離し、ゴキンッ!!「ぐぁ!!」思いっきり頭突きをかましてやる。それでも手は離さず、むしろ両手で襟首を持ち直して高く掲げる。「テメー兄貴だろうが!! 何で一番弱ぇんだよ!?」恭也が息苦しそうにするが気にしない。そのまま押し倒して馬乗りになる。「よく聞け恭也」そこで俺は、恭也が道場に着てから初めて優しく諭すように声を出した。「士郎が居ない今、お前が高町家を、家族を守れるように強くなろうとしてんは分かってる。それは悪いことじゃねぇ、何事も強いに越したことは無いんだからな」だがな、と付け加える。「お前一人が家族を守ろうとしてる訳じゃ無ぇ。桃子も、美由希も、なのはも、勿論俺も、形は違うが、皆が皆、家族を守りたいと思って強くあろうとしてる」俺はゆっくりと丁寧に恭也を離すと、拳を作って恭也の胸をトントン、っと叩いた。「だから、一人で突っ走って無理すんな。自分一人の責務だと思って抱え込むな。少しでいいから、俺達にもその荷物背負わせろ。その為の家族だろうが」馬乗りになっていた恭也の上から降りると、背を向ける。「強くなれ、恭也。肉体的とか物理的とかだけじゃなくて、色々な意味でな」言って、道場を出る為に歩き出す。「お前なら出来るさ、”兄貴”」道場を出て、扉を閉める瞬間、すすり泣く声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。それから数時間後。桃子、美由希、なのは、俺の四人で夕飯を食っている時、突如現れた恭也が全員の前で土下座した。『今まですまなかった』と。そして俺に、『ありがとう。おかげで目が覚めた』と。それに対して、『気にするな、一緒に飯でも食おうぜ』とだけ返した。もう一度深く俺に頭を下げると、恭也は席に着く。桃子と美由希となのはが、泣きそうになりながらも満面の笑みで迎え入れる。少し強くなったじゃねぇか、恭也。その夜、時刻は午後十時。俺はなのはが寝静まるのを見計らって、家から抜け出し、士郎が寝ている病室に忍び込んでいた。「そもそもハナッからこうしてりゃ、ややこしい事態になってなかったんじゃねーか?」手には掻っ攫ってきた士郎のカルテ。部屋に人払いと進入禁止の結界を張る。医療用解析法術の術式を構築、展開、構成された術式に必要な魔力を計算し、魔力を流す。法力を発動。士郎の状態を”見て”カルテと睨めっこ。それからあらかじめ用意しておいたノートに必要事項を書き入れる。「俺が治療すりゃいいってことすら忘れてたってんだから、よっぽど動揺してたんだろうな」全く間抜けな話である。「しっかし、こいつは酷ぇな」解析してみて分かったんだが、士郎の容態は一歩間違えれば本当に死んでいてもおかしくないレベルであった。対応した医者の腕が相当良かったのもあるが、身体を強靭に鍛えていた士郎だからこそ一命を取り留めたのかもしれない。ま、俺のやることに大して変わりは無いのだが。「ったく、これからする治療のほとんどがギア計画に必要だからって取った医師免許と博士号のおかげで出来るってのが皮肉な話だ」そう。ギア計画の正式名称は『人工的生態強化計画』だ。弄くるのは人間だけじゃなくて、既存生物を片っ端から弄り回すのだが、当然その知識も必要となる。「だいたいこの時間から朝までやって元の身体に戻すまで…………早けれりゃ一週間、多く見積もって二週間ちょいか。この貸しはでかいぜ? 士郎」医療用法術の中で、何処の部分にどの術式を使うか吟味する。「さて、始めるか」それから一ヶ月が経過。「ソル」「なんだよ?」「桃子達はまだか?」「知らん」事故(事件か?)から二十日後。志郎は無事に目を覚ました。懸念していた後遺症も無く、リハビリも必要無い状態で退院できた。ま、全部俺がそうなるように影でこそこそ奮闘していたんだが。はっきり言って病院側は目を覚ます見込みは薄いと完全に匙を投げていたようで、実際に目を覚ます士郎を見て「奇跡だ!!」と思ったらしい。本当のところその認識は間違っていない。で、この際だからと、なのはを除く高町家の人間に俺のことを少しだけ打ち明けた。この世界によく似た全く別の世界からやって来たこと。何故この世界に来たのかは原因不明だということ。自分が魔法使いであるということ。魔法を使って士郎を治療したこと。何故なのはには話さないかというと、なのはには魔法使いとしての才能があるが、魔法使いにはなって欲しくないこと。魔法使いとしての人生よりも普通の人間としての幸せを掴んで欲しいこと。俺は信じてもらう為に簡単な法力を幾つか見せようと思っていた。最悪、ドラゴンインストール状態の姿を見せることも考慮していたが、士郎達はあっさり俺の言うことを信じてくれた。『いや、実はそうなんじゃないかと思ってたんだよ』そんな風に笑う士郎は夢溢れる男だなと思った。他の面子も、何となく俺が”普通”ではないことを察していたらしい。確かに怪しい行動をたまにするガキだったからな。『俺が怖くないのか?』と聞くと、『感謝こそすれ、怖がる理由が無い』と返され、逆に、『今まで通り、家族でいられるんだろう?』と聞かれてしまった。俺はその言葉に泣きそうになりながら、『ありがとう』と頭を下げた。で、士郎の快気祝いに旅行に行こうという話になったのだが、士郎は病み上がりだから運転させないということで、旅行の足は電車である。「それにしても遅ぇな、”お袋”も”姉貴”もなのはも」「確かに遅いな」「女性の準備が遅いのは世界の常識だぞ二人共? そんなこと言ってると女の子にもてないぞ」男性陣は準備がとっとと終わったので、女性陣を玄関で待っているのだ。「余計なお世話だ。おい”兄貴”、ちょっと行って文句言ってこいよ」「此処は一番下のお前が行くべきなんじゃないのか?」「面倒くせぇ」「お前な………」「ところで”親父”」「何だ? ソル」「本当に身体はなんとも無いのか?」「その台詞、退院してから二十回くらい聞いたぞ?」「いいから答えろよ。治療した側にとっちゃ重要なんだよ、特に俺は基本研究の人間だったからそもそも畑が違ぇんだよ」「前よりも調子が良いくらいだ」「………なら構わねぇ」「心配性な弟だ」「うるせぇぞヘタレ兄貴。喧嘩売ってんのか!?」「なんだとこの「ごめんなさい、すっかり時間掛かっちゃって」………」桃子を筆頭に美由希となのはがそれぞれ荷物を持って現れる。「遅ぇぞ、もう少しで危うく”兄貴”を血達磨にするとこだったぞ!?」「俺が負けること確定かよ!?」「たりめーだろーが!! 悔しかったら一本取ってみやがれ!!」「言ったな、後悔するなよ」「来やがれ」「やめなさい二人共」桃子が笑顔で言い放つ。「「はい」」俺と恭也は揃って降伏した。「おにいちゃん、ケンカはダメだよ?」「フン」なのはが俺の腕にしがみつく。「恭ちゃんも大人気ないよ」「ああ」美由希が恭也の前で腰に手を当て説教する。「ほら、お説教は後でするから、早く出発しましょ。ね? 士郎さん」「ああ、せっかくの旅行だ。楽しまないとな」桃子は軽く爆弾を落としながら士郎と腕を組んで、甘い空気を発生させながらそのまま二人で歩き出す。「ほら恭ちゃんも、いつまでも膨れっ面してないで」「わかってる」美由希と恭也も歩き出す。「散々待たせた癖して”お袋”め、偉そうに」「おにいちゃん」「おう」俺もなのはに促される。「行くぞ、なのは」「うん♪」共に歩き出した。そして、幾年もの時が流れ、俺となのはは小学三年生になった。後書き此処まで読んで頂いてありがとうございます。如何だったでしょうか!? 百年単位で生きてきた孤独な生体兵器と未来の魔法少女との邂逅をお送りしました。0話を書く時の全体を通したコンセプトは『かつて失った大切な絆』と『家族』です。書き始めた当初はどんな風に叩かれるのかとか、本当に書ききれるのかと不安で一杯でした。しかし、皆様の暖かい声によりやる気が漲ったおかげで0話を全て書き終えることが出来ました。とりあえずは0話はこれで終了です。次からはいよいよ無印突入。なのはとソルがこれからどんな出会いをするのか!? お楽しみに!!おまけ0話終了時点でのキャラデータ『』内はこの作品のオリジナル設定矢印の→は変わったことソル=バッドガイ格闘スタイル:我流出身地: アメリカ 生年月日: 不明 外見年齢:五歳前後実年齢:『210~220歳』身長: 『現在115㎝』(本来184cm) 体重: 『現在23kg』(本来74kg) 利き手:左(両利き)血液型: 不明 趣味: QUEENを聞く事 『良さそうなロックバンドの曲を探すこと』『なのはの面倒を見ること』 『知識を取り入れること』大切なもの: QUEENのレコード 「シアー・ハート・アタック」 『家族』嫌いなもの: 努力、頑張る事→『努力、頑張る姿を誰かに見られること』 『家族に害なすもの』『家族間不和』アイタイプ: 赤茶→『現在 真紅』コンセプトは『ぶっきらぼうだけど優しい』『面倒くさがってるけどなんだかんだ言ってやる』『身内に甘い』『ソルらしくないソルだけどやっぱりソル』本作はGG2から十数年後のソルという設定なので実年齢は200越え。五歳児にしてはでかい。元天才科学者。理由が解明できないことに直面するとキレる→面倒くせぇ→思考停止→放置という思考ルーチンを取る。ソルから見た高町家の人々はこんな感じ。士郎→親友 桃子→逆らえない女友達 恭也→しょうもない息子 美由希→抜けてるけど意外にしっかりしてる娘 なのは→愛娘密着することによって垂れ流しの魔力を他者の体内に無意識に流れ込ませている。なのは(魔導師全般)にとってはその感覚が心地良いのでソルはよく密着されている。高町なのは格闘スタイル:??出身地:日本身長:109cm体重:18kg利き手:左趣味:ソルと一緒に居ること大切なもの:家族(特にソル)嫌いなもの:家族間不和アイタイプ:青コンセプト『甘えん坊』『おにいちゃん大好き』ソルの影響で好きな音楽とかがハードロックとかになりつつある。サバイバル知識豊富。勉強も教えてもらっているので同年代とは比較にならない程知能が高い。普段ソルと走り回っているので運動神経は高くなっている。原作の歪み(他者から必要とされたいという自己犠牲)が無い。ソルのことは尊敬しているし大好きなのだが、実は口調だけは決して真似しないようにしてる。GG用語説明『自己解釈&オリジナル設定っぽい』法力魔法の力のこと。またはその力を行使すること。法術法力学内で体系化された法力を、使用目的に合わせて大雑把に分野分けした呼び方。戦闘用法術、転移法術、治癒系法術という使い方。ここから更に攻撃用法術、医療用解析法術、などに細分化される。ちなみにドラゴンインストールは戦闘用肉体強化法術ではなく封印制御系法術に当たる。術式法力を使用する上で必要な『設計図』。式術式の略語。