「キミとは一度会って話してみたかったんだ。立ち話もなんだから、どうかな? 私の部屋で紅茶でも飲みながら―――」「その必要は無ぇ」俺はグレアムの誘いの言葉を遮る形でバッサリと切り捨て、敵意と嫌悪を込めて睨んだ。こいつが言った通り、俺達の情報が掴まれていたことはクロノとリンディから漏れたとハナっから目処がついていた。問題は何処まで知られているか。法力が知られているのは間違い無い。最悪、ドラゴンインストール状態の所為で生体型ロストロギアとして見られていたらマズイ。もし管理局への勧誘だった場合、スカウトという理由で俺達を駒扱いしたいか縛り付けたいかのどちらかだろう。どんな難癖つけられるか分かったもんじゃねぇし、こいつの面を見ていると胸糞悪くなってくる。「悪いが、爺の暇潰しに付き合ってられる程暇じゃねぇんだ」「「「「っ!!!」」」」猫姉妹とクロノとリンディが大きく眼を見開いて驚愕の表情をし、次の瞬間には顔を怒りで染め上げた。「お、お前、よくも父様を!!」「訂正してもらわないと痛い目見るよ?」「ソル!! お前が礼儀知らずだとは分かっていたが、此処までとは思ってなかったぞ!!! グレアム提督に謝れ!!!」「そうよ、いくらなんでも今のは私も聞き流せないわ。ちゃんとした断り方くらい弁えてる筈よ。謝りなさい」「ヤバイよソルくん、いくらなんでも初対面の人に言い過ぎだよ、謝った方が絶対に良いって」それぞれが激昂する中、エイミィが一人ビクビクしながら呟く。後ろでなのは達が「やっちまったよこの人!!」と頭を抱えているのが雰囲気で分かる。「ハハハハッ、話に聞いていた通り元気が良い男の子じゃないか。皆もそう怒ることはない。この年頃くらいなら、このくらいが丁度良い」当の本人は全く気にした様子が無く、逆に頭を沸騰させた連中を諌めるくらいだ。渋々といった感じで怒りの矛先を仕舞う四人を見て、俺は笑いを堪え切れなかった。急に腹と口元を押さえクツクツと笑い出す俺に、誰もが不審な眼を向ける。「そうやって良い人ぶって周りの連中を欺いてるのか。その仮面は演技か? それとも素か? どっちにしろご苦労なこったな」同属嫌悪している所為で意図せず皮肉たっぷりになってしまう。完全にキレた猫姉妹とクロノが食って掛かろうとしたが、猫姉妹はグレアムが、クロノはリンディが手でそれを制す。「理由は分からないがどうやら私は彼に嫌われたらしい。残念だが、また日を改めるとしよう」「理由ならあるぜ」「?」この場に居る誰もが俺の態度を訝しんでいる。まあ、この”匂い”を嗅ぎ分けることが出来る程皆堕ちてないので、無理もない。「何がそんなに憎い? 誰を殺したいんだ?」俺の言葉で、グレアムがかっと眼を見開いた。本当の顔が垣間見え始めた決定的な瞬間だった。憤慨していた連中も驚いたように眼の色を変える。今まで穏やかだった視線が、人の良い面が俺を未知なるものとして警戒し、困惑と憎悪で醜悪に歪む。良い面構えになったじゃねぇか。「………キミは」「知らねぇよ。知りたくもねぇし、興味も無ぇ。ただ、かつての同類として一つ言っておいてやる。今の面の方が”らしい”ぜ?」グレアムの本当の顔が見れたことに満足した俺は歩き出し、固まって動かなくなったその横を通り過ぎた。慌てたようにガキ共が追従してくる。それぞれが「失礼しました」と謝罪の意を込めて。こうして俺達は本局を後にした。背中に刺さる憎悪の視線を浴びながら。背徳の炎と魔法少女A`s vol.11 人故に愚かなのか、愚か故に人なのか管理局に協力するようになった次の日の夕方。授業を終え帰宅すると、クイーンが通信ありと伝えてきたので急いで地下室に向かう。通信機を起動させると、雇ったスクライアのバイト達のリーダーが映った。何か分かり次第、クロノ達のよりも前に俺に情報を渡すように根回ししておいたのだ。<ういっス、ソルの旦那>空間モニターに映ったのは筋骨隆々で何故か常に上半身裸の男三人組の内の一人。「随分仕事が早いな」まだ二十四時間も経ってない。精々二十二時間程度か?<まあ、やってる人数が人数ですし、歩合制なら気合も入るってもんっす。それに、ユーノ一人よりも早いのは当然じゃないですか>なんせ人数は十三人。単純計算で労働力十三倍だ。これでユーノ一人の方が仕事が早かったら同じスクライア一族として立つ瀬が無い。そして、やはり金の力は偉大だと改めて認識した。「違いねぇ。で、何か分かったのか?」<闇の書の本名と、本来の製作された目的が判明しました>「本名と本来の製作された目的?」俺は昨日渡された資料を思い返した。・魔導師の根源となるリンカーコアを食ってそのページを埋めて増やしていく魔力蓄積型ロストロギア。・全ページである六百六十六ページが埋まると、その魔力を媒介に真の力―――次元干渉レベルの巨大な力―――を発揮。・本体が破壊されるか所有者が死ぬと、白紙に戻って別の世界で再生する。・様々な世界を渡り歩き、自らが生み出した守護者に守られ、魔力を食って永遠を生き、破壊しても何度でも再生する。・停止させることの出来ない危険な魔導書。・完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。・完成前であれば、所有者は普通の魔導師らしい。以上が今のところ俺が知り得る闇の書の情報である。しかし、スクライアが掴んだ情報はこれとは根本的に違うと言う。<古い資料によれば、正式名称は”夜天の魔導書”。本来の目的は、偉大な魔導師達の技術を蒐集してその研究をする為に作られた、主と共に旅する魔導書なんです>「研究資料を保管しておくもんだったってことか?」<そんな感じだったみたいっすね。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変するっていう要らんことを仕出かした所為みたいで>プログラムの改変か。何時の時代のどの世界でも余計なことをする馬鹿は居る。<ロストロギアってのはそれ自体が莫大な”力”っすから、何時でも何処でもそれを悪用しようとする連中は少なからず存在するってことです>―――「やはり人類は度し難い程愚かだな」鳥野郎がかつて、『木陰の君』をジャスティスのバックアップだと突き止めた時に人類全てを侮蔑するように吐き捨てた言葉を思い出す。あいつの言う通りだ。自我を手に入れた―――取り戻した―――ギアが人間を嫌う一番の理由がこれだ。自分達を勝手に創造しておきながら悪と決め付け、断罪する。ギアからすれば人類は傲慢な愚者でしかない。口が裂けても俺がそんな台詞を言うことは許されないが。顔を顰めた俺を見て、バイトリーダーは呆れたように笑った。<その改変の所為で、世界を旅する機能と破損したデータを自動修復する機能が暴走してるらしいんです>転生と無限に再生する性質はそれが原因か。<古代魔法ならこの程度あり得ますね。でも、一番酷いのが持ち主への性質の変化。一定期間蒐集が無いと持ち主自身の魔力資質を侵食し始めて、完成したらしたで無差別破壊の為に際限無く魔力を使わせるんです>「疫病神以外の何物でもねぇな。所有者はまさしく死神に取り憑かれたって訳だ」<仰る通りです。だから、これまでの主は皆完成してすぐに………>肩を竦めて首を振り、『お手上げ』のポーズを取るリーダー。「完成させる前にプログラムの介入や停止、封印については?」<それはまだ調査中っすね。でも完成前の停止はほぼ不可能です>「何?」<闇の書が真の主と認識したマスターではないとシステムへの管理者権限が使えないからっす。つまり、プログラムへの介入や停止は出来ません。しかも、無理に外部から介入しようとすると主を吸収して転生しちまうんです>「………なるほど。それが闇の書を今まで封印出来なかった理由か」<現時点では目ぼしい情報はこのくらいです。また何か分かったら連絡入れますんで>「ああ、頼む」俺はやれやれと溜息を吐くと、リーダーに礼を言い、このことをクロノ達にも伝えるように頼んでおいた。元々健全だったものが他者からの介入で周囲に破壊を撒き散らす危険物へと成り下がる………か。(やはり、何処となく境遇がギアに似てるな)シグナム達とその主に、共感に近い同情を抱く。かと言って、俺達がやることは何も変わらない。闇の書が完成する前に守護騎士達を捕らえて、主を引きずり出す。まずはそれからだ。闇の書については主を確保してからどうにかすればいい。今の話を聞いた以上、出来ることなら無理やり力ずくで、というのはなるべく避けたい。問題は、管理局に一時的とはいえ属することになった俺の話を聞いてくれるか、そもそも俺に説得なんて出来るのか、もし聞いてくれたとしてもあいつらがこちらの話を信じて協力してくれるか。最悪、力任せに全員戦闘不能にして尋問、主を引きずり出すことになる。気が進まねぇなぁ。(俺ってこんなに他者に感情移入するタイプだったか?)フェイトの時にも思ったことだが、昔の俺だったらやはり問答無用なんだろうか。今の自分は気に入っているが、かつてのような情け無用容赦無しには程遠い。ようするに不安なのだ。今と昔のギャップにジレンマを感じてしまい、昔のように振舞うことが出来れば此処まで不安は無くなると思いつつ、それが出来ない。あちらを立てればこちらが立たず。どうしたもんかね。頭の中のもやもやを払拭するように首を振り、情報の整理をする。”夜天の魔導書”。元は害の無い研究資料本。悪意ある改変を受けて”闇の書”へと堕ちる。完成前の停止や封印は不可能。完成すれば次元干渉レベルの破壊を振り撒き、その行為に主も巻き込んで被害を出す。暴走したプログラムの所為で転生と無限に再生する性質を持つ。一定期間蒐集しないと主の魔力資質を蝕む。………ん?思考に埋没しそうになったその時、意識を浮上させるようにクイーンに通信が入る。エイミィからだ。<ソルくん。出番だよ!! すぐに司令部に来て!!!>噂をすれば影が差す、か。「ま、出来る限りのことはやってみるしかねぇか」面倒臭ぇがな。すぐに頭を戦闘に切り替え、ガキ共を地下室の前に集めると転移した。司令部のモニターに映っていたのはシグナムとザフィーラの二人だった。「文化レベルゼロ。人間は住んでない砂漠の世界だね」「シャマルとヴィータは?」「ごめん。まだ見つからない」エイミィが首を振る。「スクライアからの情報はもう眼ぇ通したか?」「えっと、それが、ついさっき通信を受けた時にアラートが鳴ったから、まだ見てないんだけど………」言葉尻がどんどん弱々しくなっていくエイミィの返答に俺は舌打ちした。「後でいいから眼ぇ通しておけ。俺が出る」「はい………ってええ!? ソルくん一人で?」今この場にクロノもリンディも居ない。お偉いさん共は昨日の顛末の後始末やらアースラの整備後の追加武装やら何やらで奔走中らしい。実質的な責任者はエイミィ一人となる。本来ならエイミィの指示に従って動くべきなんだろうが、俺はあいつらを戦って捕らえるよりも話し合いたい。力ずくはその後でも遅くない筈だ。「お兄ちゃんが行くなら私も行く」「私も」「お前らは控えだ。此処で大人しくエイミィの指示に従え」「「えええええ~っ!?」」案の定口出ししてきたなのはとフェイトに釘を刺す。俺の言葉に不満タラタラといった感じで頬を膨らませる。「私の指示に従えって、ソルくんは―――」「ユーノとアルフも控えだ。状況が動き次第、エイミィの言うことに従えよ」いいな、と言いつけると返事も待たず俺はモニターに背を向け転送ポートに向かう。後ろでそれぞれが何か文句らしきものを言っていたが、俺の耳には入っていなかった。SIDE ザフィーラ管理局の追っ手から逃れて蒐集をする為に、我らは無人世界へと来訪した。眼下に広がるのは地平線まで続く砂漠地帯。ヴィータはあの夜以来、謎の”力”を手に入れたのだから管理局なんて気にせず蒐集した方が早い、と主張するが無用な戦闘は控えるべきだと俺を含めた三人に諭される度に大人しくなった。確かに今の我らならば誰が相手でも負ける気はしない。ヴィータの気持ちも分かる。その方が蒐集速度は早いだろう。急がなければいけないのは重々承知している。だが、必要以上に管理局相手に派手に動く必要も無い。地球から遠く離れた世界で、少しずつ確実に蒐集した方が危険は少ないのだ。ただでさえ我らは管理局の所属する部隊に接触した。あの時は運良く撃退出来たが、次はそうとは限らない。大部隊を率いた高ランク魔導師に囲まれてしまえば勝機は薄い。「この世界での蒐集対象はこいつか」隣に居たシグナムが砂の中から顔を覗かせる巨大な芋虫を見下ろしながら不敵に笑う。「すぐに終わらる。此処は私一人で十分だ。ザフィーラはヴィータの方に―――」俺にシグナムが指示を出そうとした刹那だった。突如、遥か上空から濃密にして巨大な魔力反応が出現した。「っ!!!」シグナムが真っ先に顔色を変える。見上げると、太陽を背に人型のシルエットが浮かんでいた。逆光である為シルエットしか確認出来ないが、誰だか一目で分かる。「ソル!!」その人物の名を叫ぶシグナム。人型、いや、ソルは以前見たバリアジャケットを纏い、ゆっくりと我らと同じ高度まで降りてくる。シグナムは剣を構え、俺は拳を向けそれぞれ臨戦態勢に入った。「話がある。少し待ってろ」一言呟くと下を指差し、高度を落とすと殺気立つ巨大な砂虫の群れの中に平然と降り立った。「我らに話だと………あいつは一体何を考えている?」「分からん」俺は奴の行動に首を振ることしか出来ない。ソルは自身を餌と勘違いした砂虫を数体を前にすると、「失せろ」言って、左手に逆手に持つ剣を横薙ぎに振り払った。纏った炎が剣のリーチを異常なまでに延長し、文字通りの炎の剣となって砂虫達を斬り裂き、焼き払う。「駆除はこんなもんか」視界に映る全ての虫達を殺し終え、周囲に何も居ないことを確認すると、ソルはこちらを手招きした。「こっちに来い。話がしたい」手にした剣を肩に担ぎ、もう片方の手を腰に当てる姿は我らに対して敵意が無い。「どうする? シグナム」「………」明確な敵対をしていた訳では無い。我らが襲い掛かったから迎撃しただけ。その後わざわざ気絶したシグナムとシャマルを抱きかかえて連れてきたような男だ。一応信用は出来ると思う。管理局に雇われた身ではあるかもしれないが、我らを捕まえるつもりなら話し合いなどせず、その強大な戦闘能力で問答無用に攻撃してくれば事足りる。アルフという女が言っていたように、ソル本人はあまり管理局が好きではないらしく、以前はそれなりの思惑があって協力という形を取っていたらしい。そもそも眼の前の人物が組織の枠組みに大人しく収まるような男には見えない。「………話を聞こう」暫しの黙考の後、迷いを振り切るようにシグナムは口を開いた。「このまま蒐集を続けたら闇の書の主は死ぬぜ」「「!?」」砂の大地に足を着けた我らを待っていたのはソルの無慈悲な言葉だった。いきなり何を言い出すんだこの男は!?「………それはどういう意味だ?」シグナムが困惑と警戒を込めてソルを睨む。「主を死なせたくなきゃ大人しく投降しろ。完成前ならまだ間に合う」完成前なら間に合うということは、闇の書が完成すれば主は死ぬということか? この男の言葉を鵜呑みにするならばそういうことになる。信じ難い内容だ。俺もシグナムも当然信じることが出来なかった。第一、蒐集をしていなかった所為で主は闇の書の呪いに蝕まれてしまっているのだ。だからこそ闇の書を完成させ、真の主として覚醒すれば病も治る筈。そうでないならば、今まで我らがしてきたことは一体何だったというのだ?「ふざけるな!! 何を根拠にそんなことを―――」「闇の書のプログラムはとっくの昔に壊れてんだよ」シグナムの言葉を最後まで言わせないつもりで言い切るソル。しかし、シグナムは怯まなかった。「我らはある意味闇の書の一部だ。闇の書について一番理解しているのは我らだ!! 世迷言を言うな!!!」「シグナムの言う通りだ」我らの反論にソルはあからさまに溜息を吐いた。まるで我らを哀れむように。「………だったら、なんで闇の書って呼んでんだ?」「何?」「思い出せ。闇の書となる前になんと呼ばれていたか。本当の名前があった筈だ」その声音は悪戯をした小さな子どもに言い聞かせるように穏やかで、父性溢れる優しい声だった。「本当の………名前?」闇の書の本当の名前?剣を持たぬ方の手を額に当て、シグナムが何かを思い出すように思案顔になる。隣に居る俺も、忘れていた大切な何かを思い出しそうだった。