「この二人はクロノくんの魔法と近接戦闘のお師匠様達。魔法教育担当のリーゼアリアと、近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。クロノくんの執務官研修を担当したギル・グレアム提督っていう偉い人の双子の使い魔。素体は猫だよ」エイミィの説明を聞くと、顔のあちらこちらにキスマークを付けたクロノに視線を向ける。「………お前も大変だな」「………キミもな、ソル」俺を挟む形で位置取りしているなのはとフェイトを見て、クロノが溜息を吐く。クロノとの間に妙なシンパシーが出来た瞬間だった。「今回の頼みは、彼なんだ」気を取り直したクロノがユーノに向き直り、猫姉妹がそれに倣ってユーノを注視する。当の本人は、「僕にクロノと同じことをしようとしたら全力で抵抗しますから」バリアジャケットを展開し、手にチェーンバインドを顕現し、猫姉妹を牽制するように威嚇する。そういえばユーノの奴、フェレット形態の時にすずかの家で猫に追い掛け回された経験から、猫苦手になったんだ。「気持ちは分からんでもないが落ち着け馬鹿野郎」とりあえず「来るなら来い」といった感じに構えるユーノの頭を引っ叩いた。背徳の炎と魔法少女A`s vol.10 無限書庫での顛末管理局の管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められてた超巨大データベース。いくつもの歴史が丸ごと詰まった世界の記憶を収めた場所。それが無限書庫と猫姉妹は言った。案内された空間は薄暗くおまけに無重力。本棚となっている壁を所狭しと埋め尽くす本の数々。空間を弄くられているのか、特殊な魔法を施されているのか、異常なまでに広い。広大な空間は比喩ではなく底無しにして天井無し。あまりに広過ぎて、上を見ても下を見ても奈落の底を想像する。本以外の物は何一つ存在しない。書庫とは聞こえがいいが、中身のほとんどは未整理のまま。本来ならチームを組んで年単位で調査する場所らしい。この中から、闇の書に関する情報をサルベージするってか? ユーノ一人で? 無理あるんじゃねぇか?「検索魔法あるから大丈夫だよ。ほら、随分前に教えた奴。時間は掛かるだろうけど無理ってことは無いよ。流石に一人じゃ骨が折れるし面倒だけどね」「ああ、そういやあったなそんな魔法」俺は試しに検索魔法を発動させ『法力』と『ギア』に関して探してみる。赤い円環魔方陣が発生し、俺の魔力光が周囲を照らす。十秒経過。反応無し。フェイトが興味深そうに本棚の本を引っ張っては中をパラパラと捲りざっと見ては戻す、を繰り返している。一分経過。反応無し。「わーいわーい、宇宙飛行士になったみたい♪」なのはが無邪気にあっちこっちを遊泳していた。五分経過。反応無し。アルフが退屈そうに欠伸をして、漂いながら寝っ転がている。「ダメじゃねぇか!!!」「痛たたたたたっ!? どうしていきなりアルゼンチンバックブリッカー!?」「嘘吐いてんじゃねぇ」「ぎぇぇぇぇっ!! 何がなんだか分からないけど背骨が折れる前に弁明する余地を要求するぅぅぅ」ユーノを解放すると、『法力』に関する資料が見つからないと言った。『ギア』については黙ったまま。「簡単だよ。法力、って言うよりソルの世界はまだ管理局に発見されてないんじゃない? だから、無いものをいくら探しても見つかる訳無いってこと」背中を手を当てて「あ~痛かった」とぼやきながらユーノが弁明する。「それにさ、法力のことを知ったら管理局が放っておくとは考えられないでしょ?」急に真面目な顔になり、小声で俺の耳に囁く。「まあな」「ソルの世界は未知の領域で、今の管理局じゃまだそこまで到達出来てない、っていうのが僕の見解。実は僕もさっき探してみたんだけど見つからなかったし」「なるほど」一先ず俺は納得した。無限書庫なんて大層な名前で呼ばれているが、所詮は人工物。絶対に知りたい情報が手に入るって訳でも無いか。つまり此処は、時空管理局の情報収集の限界を表してるってことか。現段階で法力とギアが管理局に知られることは無いと喜ぶべき………だな。「闇の書は今まで十数年単位で色々な次元世界で事件を起こしているから、見つかりっこない法力よりは資料が集まるんだ」既に発掘したのか、ミッド語で書かれた三冊のハードカバーを俺に示す。確かに今ユーノが証明した通り、闇の書に関しての資料は見つかるだろう。しかし、資料を検索して閲覧、有用な情報を抜粋し一つ一つ綺麗に整理して纏めるのは大変な作業だ。そんなことをユーノ一人でやらせるとか、クロノはこいつを過労死させたいのか?もっと効率良く、人手を増やしてやろうとか思わないのか?(人手?)その時、俺の頭に電球が灯る。全員に念話を飛ばし、一度集まるように伝えた。「ユーノの実家に行くぜ」俺の考えは、ユーノ一人にやらせるくらいだったらスクライア一族の暇な連中をバイトで雇った方が効率が良いからリンディに金の工面をさせろ、というものだった。手が足りないのなら何処からかその手を持ってくればいい。「お前の言う通りその方が効率が良いし早いだろうけど、母さんが何て言うか。まずは責任者である艦長に許可を取ってからだな」「さすがに私達じゃそういうことって勝手に決められないんだ」クロノとエイミィが苦笑し、猫姉妹もその隣で戸惑っている。「そこは経費でなんとかしろ。転送開始」「相変わらず人の話聞かないなお前は!!!」悲鳴に似たクロノの声をBGMに魔法が発動し、俺達は無限書庫から姿を消した。程無くしてスクライア一族が現在拠点にしている世界に辿り着く。来てしまった以上は仕方が無いといった感じのクロノとエイミィと猫姉妹を引き連れ、すぐさま族長に挨拶しに行くことにした。「悪ぃな、アポも取らねぇで急に押しかけて」「何、気にすることはなかろう。ワシとお主との仲ではないか。構わんよ」自慢の髭を撫でながら快く迎えてくれた族長に感謝する。挨拶もそこそこに、今日訪れた本題に入る。俺達が関わることになった闇の書の事件について報告と、それから無限書庫での調べ物に手を貸して欲しいこと。「ふむ、了解した。お主には普段からユーノが世話になっとるし、以前からこちらの仕事の手伝いも何度かしてもらった上、若い奴らを鍛えてもらったからの。そういうことなら引き受けよう」「恩に着るぜ。ユーノを危険な事件に巻き込んじまったってのに、人手まで貸してくれて」「フォフォフォフォ、困った時はお互い様よ」族長は「今から手が空いていて小遣い稼ぎがしたい者を集めてくるわ」と高笑いを上げながら部屋を出て行った。「ソ、ソルが、まともに人と交渉した………だと………」「しかも普通に礼儀正しい? 艦長の時とは大違いなんだけど」後ろで驚愕の表情をしつつ何かぶつぶつ言ってる連中が居る。「お兄ちゃんって意外に常識人だよ」「うん、管理局が好きじゃないだけ? ううん、リンディさんが嫌いなだけだよ、たぶん」「なのは、意外は余計だ。フェイト、嫌いなんじゃなくて、なんとなくに気に入らないだけだ」「それってある意味嫌いより酷いんじゃないのかい?」アルフの鋭い突っ込みが入ったが無視した。そんな感じにグダグダ雑談して待っていると、やがて族長が「思ったよりも集まったぞぉぉぉ!!」と部屋に駆け込んできた。集まった老若男女は十三人。言われた通り、思ったよりも集まってくれた。面子を見渡すと、俺の顔を見て頭を下げてくる。まず初めに一言礼を述べると、これまでの経緯と事件の概要、仕事内容と労働条件と待遇の説明をし、スポンサーとしてクロノを無理やり紹介し、準備が出来次第出発と伝え、一時間与えて解散させる。俺の説明を聞いていたクロノが解散させた瞬間食って掛かってきた。「おい、今住み込みで三食付き、おまけに歩合制と言ったな? まだ上に話すらしてない状況だっていうのに彼らの賃金と寝床はどうするんだ!?」「歩合制ならモチベーションも上がるし、住み込みなら仕事の能率も良くなるだろ? 賃金と寝床はリンディの手腕に期待するぜ。おい、誰かこいつに通信機貸してくれ」「ういっス、ソルの旦那。こっち来な執務官のあんちゃん」「今から連絡するのか!! しかも僕がかっ!?」だからソルに頼るのは嫌だったんだああああああぁぁぁぁ!! と天を仰いで嘆くクロノは筋骨隆々の若い男三人組に(何故か常に上半身裸で、俺のことを旦那と呼ぶ)連れて行かれる。「あはははは、勝手過ぎる………クロノくん、艦長、胃薬用意しておくね………」乾いた笑いと共にエイミィが独り言を吐く。その隣で猫姉妹が唖然としていた。「さすがお兄ちゃん」「私達には出来ないことを強引にやってのける」「そこに痺れるっ!!」「憧れるぅっ!!」我が家のガキ共が何か喚いているが気にしなかった。スクライアから雇ったバイト達を本局の無限書庫に連れて行き、早速作業に取り掛かってもらう。「さて、俺らは一旦地球に帰るか」気が付けば腕時計は日本時間の午後七時を指し示していた。「バイト達の後のことは任せた。あばよ」「………お前、本当に強引で傍若無人で勝手な奴だな。おまけに後のことは僕に全部丸投げか?」さっきから頭抱えっぱなしのクロノが呻くように呟き、虚ろな瞳で睨んでくる。「ママに泣きつくか? 坊や」「いっそ泣きつけたらどんなに楽か………いや、一番誰かに泣きつきたいのは僕よりもきっと母さんの方だ」挑発にすら疲れたように返事をしてきた。ストレス地獄で死にそうですと言わんばかりに。無限書庫を出てしばらく歩く。すると、丁度良いタイミングでクロノと同じように頭を抱えたリンディに出くわした。「よう。話はクロノから聞いてるな」「………聞いたわよ。私に何の断りも無くスクライアの方々に話をつけて雇ったってね。地球で事務処理してたらクロノから通信があって、ついさっき慌ててこっちに来たのよっ!!!」「なら話は早い。その若さで提督という職に就いた手腕を活かせ。後は頼んだぜ」「他人事だと思って簡単に言ってくれちゃって………」プルプルと全身を震わせながら恨みがましい眼をしたって俺が態度と言動を改めないのは百も承知だろうが。「必要経費、または先行投資だと思えば安いもんだろ?」「その必要経費の入手と先行投資をする為に私がどれだけ苦労するか分かる!?」「知るか」「そう言うだろうと思ってはいたけど、実際言われるとこれ以上無い程に腹が立つわ!!」「落ち着いてください艦長!! 確かにソルくんのやり方はお金掛かりますけど、早さと効率面だけを見れば一番優れているんですから」「でもねエイミィ、それでも私は―――」その後、廊下の真ん中でウジウジと俺に対する文句と愚痴を吐き続けるハラオウン親子。俺はそんなもんなど全く気にしないが、なのはとフェイトが剣呑な眼つきになり始めてるからやめといた方がいいと思うんだが忠告はしない。ゴゴゴゴゴッとドス黒いオーラを纏う妹二人が何時になったら爆発してどれだけの規模の惨劇が起きるか、その時のハラオウン親子の顔が見物だな、とかなり外道なことを頭の片隅で考えながらそれらを放置し、少し離れてユーノとアルフの三人で今日の夕飯は何だろうと議論を始める。「アタシはハンバーグ」「昨日食ったろうが」「今日も食べたいのさ」「アルフは肉ならなんでもいいんでしょ。僕は昨日鍋だったからあっさりしたのが食べたいなぁ」「俺は魚だ。ホッケとか」「ホッケって、ソルはお酒飲みたいだけでしょ」「最近は日本酒に嵌ってな。やはり魚は日本酒に合う。この時期だと熱燗が―――」「料理用に買っておいた日本酒の減りが最近妙に早いと思ったら、犯人アンタかい!!」「アルフ、後でジャーキーを買ってやる、チキンも追加してやろうじゃねぇか」「アタシは何も知らないよ」「すぐに物で釣ろうとするのやめなよ。そんな簡単にアルフも釣られないの」そんな風にアルフと契約しながらチラッと横を見ると、なのはとフェイトが放つプレッシャーに気圧されたハラオウン親子が二人に涙目になって謝っていた。世界はこんな筈じゃないことばっかりだ、と言わんばかりに。ざまぁ。そこへ、「リンディ提督とクロノが無限書庫に居ると聞いてみれば、キミ達は何をしているんだい?」初老の親父が何食わぬ顔で廊下でチンタラしている俺達に、というよりハラオウン親子に近付き挨拶してきた。そんな初老の親父に対し、あからさまに畏まった態度を取るクロノ、リンディ、エイミィ。「「父様」」猫姉妹が初老の親父に寄り添う。誰かよく分からん第三者の出現に、とりあえず妹二人を口笛で呼び寄せる。すると、千切れんばかりに尻尾を振る子犬のように輝く笑顔で飛びついてきた。微笑ましいけどこのままじゃダメだな、早くこの二羽の雛鳥を巣立ちさせねば、心の中でそう誓いながらも結局は甘えさせてる俺。さっきのアレも寂しさの裏返しだったらしいし。最早既にかなり感覚が磨り減ってはいるが、百五十年以上生きてきた俺にも”寂しい”という感情を理解することくらいなら出来る。喧しいと怒鳴りながらも、シンを連れて旅した日々は楽しかったからな。ユーノかアルフか桃子か、いや、アリサかすずかだったか? とにかく誰が言ったかは忘れたが、二人にとって俺は精神安定剤だと表現したことがあった。そうなのかもしれない。かといって何時までもこのままではいけない。俺はいずれ皆の前から消える身だ。それが数年後か、十年後かはまだ分からない。せめてこいつらが独り立ち出来る年頃になるまでは傍に居てやりたいと思うが、いざその時になって俺から離れられないのは困る。こいつらの為にも、俺の為にも。袂を分かつ決心が鈍るのだけは、勘弁して欲しい。それとも、二人が俺から離れられないのではなくて、実際は俺が二人から離れられないんじゃないのか?だからこいつらの行き過ぎた愛情表現を許してしまうのか?この世界で手に入れた”絆”を失うのが怖いだけで。ユーノもアルフも常に悪いのは俺だと口を揃えて言う。俺が自覚していないだけで、本当はそうなのか?だとするのならば、納得は出来ないが理解は出来るかもしれない。何故なら、かつての俺は此処まで一途に愛情を向けられた経験があっただろうか?記憶を掘り起こす。―――「フレデリック」―――「オヤジぃぃ!!」………少ねぇ。二百年近くでたったの二人だけ。しかも片方は男で馬鹿息子かよ!!!あの野郎への復讐の為にそういったものを意図的に遠ざけて放浪の旅をしてきたので、仕方が無いと言えば仕方が無いが。甘えさせ過ぎてもダメ、構わないで放置もダメ。正直、丁度良い加減がどの程度なのか分からねぇ。機会を見て子どもの教育に関する本でも無限書庫で探そうと考えながら、二人の頭を撫でて問い掛ける。「誰だあの髭?」「クロノくんのお師匠様達のご主人様だって」「ギル・グレアムって奴か」「うん。使い魔とクロノの様子を見に来たみたい」「ご苦労なこったな」興味が無いので返事がおざなりになるが、ガキ共は俺のリアクションが分かっているのか一向に気にしなかった。「キミがソル=バッドガイくんかな? クロノとリンディ提督から話は聞いてるよ。とても優秀な魔導師だとね」グレアムが賛辞の言葉を述べながら俺の正面に立つ。管理局の制服を見事に着こなす初老の髭。柔らかな物腰、穏やかな声質、年齢を重ねたことにより滲み出る渋さ、年下の子どもに対して子ども扱いしない”分かっている”大人の態度。一見すれば優しそうな初老の紳士にしか見えないが、俺にはそれが自身の本質を覆い隠す胡散臭い仮面にしか見ることが出来ない。湧き上がってきた感情は、同属嫌悪だった。こいつは昔の俺と同じ眼をしていて、だというのにそれを必死に隠しているのが板に付いていた。人間、一度心が闇に墜ちると下水みたいな酷い”匂い”を発する。それが一度身体に染み付くとなかなか消せない。こいつも………俺も。他の人間は誤魔化せても、かつての同種である俺は欺けねぇよ。復讐者の眼。それを表面的な人の良さで隠そうとしているのが丸分かりだ。俺が一体何年、テメェみたいな復讐に生きる人間を見てきたと思ってやがる。鏡の中に常に居たし、聖戦時代じゃ腐る程見てきた。それに爺程じゃねぇが、これでも俺は人を見る眼は肥えている。誰に対して復讐したいのかは知らねぇが、復讐者なら復讐者らしく獲物を狙う眼だけをしていろ。良い人ぶるな、反吐が出そうだ。最大の警戒心を込めて、人の良さそうな面に黙ったまま視線で応えることにした。