SIDE ユーノ「今、ソルの悲鳴みたいなの聞こえなかった?」僕は眼の前に聳え立つ家賃が凄く高そうなマンションを見上げながら、隣を歩いていたアルフに問いかける。「聞こえたけど、それが?」アルフは何か問題があるのか、というように問い返してくる。少し考えてから、ソルの自業自得だと思い直したので此処は反省の意味を兼ねて手助けするのは止そう、と結論付ける。毎回とばっちりを食ったり、生贄に捧げられる僕の身にもなって欲しい。「コンビニ寄ろう。お菓子とかでも買って」「お、いいね。アタシさ、フライドチキンが食べたい」「言っておくけど奢りじゃないからね」「ユーノのケチ~」「アルフは社会人でしょ!! 小学生にたからない!!」僕とアルフは踵を返して来た道を引き返した。背徳の炎と魔法少女A`s vol.9 A Fixed Ideaお菓子や飲み物が入ったコンビニ袋を手に、マンションの一室まで来る。「この部屋?」「そ。此処がクロノ達の拠点だよ」質問に答えると、アルフは迷い無くインターホンを押す。ピンポーン。『どうぞ』『鍵は開いてるよ』念話? しかもなのはとフェイトの声だ。おまけに凄くご機嫌な調子で。どうしてリンディさん達じゃなくて、ウチの二人が、しかも念話で応えるんだろう?何か嫌な予感がひしひしと玄関のドアから感じられるのは気の所為?アルフと顔を合わせると、僕は意を決してドアノブに手を掛けた。抵抗せずに開いたドア。奥には廊下を通じてリビングになっているらしく、蛍光灯の明かりが漏れている。「お邪魔します」「おっ邪魔っしま~す」僕は言い知れぬプレッシャーに若干緊張しながら、アルフは勝手知ったる他人の家のように何の気負いも無く靴を脱いだ。「………何これ?」廊下を抜けリビングに出ると、意味不明な光景が広がっていた。なのはとフェイトが上機嫌でソファに座っている。それは良い。全然構わない。しかし、二人に挟まれる形で座っているソルがテーブルに顔を突っ伏しているのが意味不明だ。パッと見、意識があるのかどうか分からない。しかも、常に首の後ろで纏めている長い髪が解けていて、バラけた髪がテーブルの上を秩序無く、まるで砂浜に打ち上げられて干乾びた海草のように広がっているのが気味悪い。よく見るとソルの両手首は拘束されていた。右は桜色の、左は金色のバインドが施され、それぞれの手首のバインドから伸びたチェーンバインドが両隣に座る二人の利き腕をソルと同じように拘束している。手錠? いや、ペットを散歩させる時に繋いでおくリードにイメージが近い。二人はその鎖を愛おしそうに撫でている。「………」ソルって戦闘や魔法、趣味や興味を持ったこと以外に関しては基本受動的な考え方の持ち主だから、意外なことに他者から自分に向けられるアクションに対して無頓着である。その無頓着さが災いし今まではなのはとフェイトの二人にいい様に甘えられてたけど、最近は流石にこのままではいけないと思い始めたのか自重するように言いつけていた。良かれと思って言いつけたことは二人にとって苦痛以外の何物でもなく、やがてストレスを溜め込み、今回の件で爆発したんだろう。傍若無人な彼だけど、自分に非があると分かれば素直に認める大人だ。いくらなんでも途中から隙を見て逃げ出したのはあからさま過ぎたと反省したらしい。その結果がご覧の有様だよ。僕は何も言わずに沈黙して動かないソルに黙祷を捧げた。ついでに、何故かクロノが床に仰向けになって倒れていて、その傍にエイミィさんとリンディさんが同じように倒れている。怖いもの見たさに似たような好奇心と、きっと碌なことじゃないから知らない方が幸せだと警告する本能。此処で何が起きたの?口に出掛かったその言葉を慌てて飲み込んだ。僕は本能に従い、何も聞かないことにした。妙に上機嫌ななのはとフェイトが怖いから。「だから覚えておきなって言ったのに」アルフがやれやれと溜息を吐く。どうやらこうなることを予想していたらしい。それからエイミィさんの襟首を掴んで「ホラ、起きなエイミィ」と言いながらその顔に往復ビンタを開始する。結構強い力で叩いているのか、部屋中にビシッバシッと音が響く。僕もそれに倣ってクロノに往復ビンタを開始した。背後でニコニコ顔の二人に怯えながら。「お兄ちゃんがやるって言うなら私達も当然協力します」「ソル一人じゃ危険ですから。色んな意味で」「シグナムさんとシャマルさんって美人だったし」「特にシグナムは胸が大きかったし」「油断出来ません」「私達が全力で二人を止めます」「どんな手段を使っても」「必ず」「リアルでロミオとジュリエットなんて許しません」「認めません」真顔なのに言ってることが途中から大きく趣旨変わってきているなのはとフェイト。敵視するのはいいけど、守護騎士は二人じゃなくて四人だからね。そこんとこ忘れてない?「そういえばあの時シグナムが『ソルは何処だ?』って聞いてきたねぇ~」アルフが火災現場にガソリンを満載したタンクローリーを突っ込ませるようなことは笑いながら言うけど、それ以上は流石にやめてあげて。そろそろぶちキレて皆纏めて仲良く焼き土下座をさせられるか、地下室に引き篭もって一週間くらい出てこなくなるかのどっちかだから。ジャラ、と音立てて二人が手に握る鎖に込める力を強くする。顔上げたソルは酷く疲れたような表情をしており、死んだ魚のような眼で虚空をぼんやり見つめている。最早何を言っても無駄と悟っているのか、単に面倒臭いと思っているだけなのか、反論したりすれば槍玉を当てられると分かっているのか判別はつかない。とりあえず何も言わずに黙っているのが賢明だと思う。眼を覚ましたリンディさん達は両の頬を赤く腫らしながら―――完全に僕とアルフの所為だ、強く叩き過ぎた―――僕達のことを歓迎してくれた。特にリンディさんは大喜び。おまけに小さな声で「m9(^Д^)残念だったわね」とソルを嘲笑していたみたいだけど、どういう交渉談義だったんだろう?「アルフさんとユーノくんも協力してくれるわよね!?」「まあね。アタシのご主人様が殺る気満々なら、使い魔はそれに従うだけだよ。だいたい、こんな面白そうなことソル一人だけにやらせるなんてこと自体が勿体無い」「僕達は家族であり、運命共同体ですから」僕達の言葉に涙を流して感動するリンディさん。前回と同様に、ソルの所為で苦労してるんだなぁ。「………お前ら、逞しくなったな………嬉しいんだか悲しいんだか分からねぇ……………………………………………………………………育て方間違えたぜ、クソが」ソルが口からエクトプラズマを吐き出すように苦悶の表情で何か言ったけど、誰もが聞かなかったことにした。最後の一言には同意するけど。「問題は、彼らの目的よね」ルンルンと上機嫌なリンディさんがさっき買ってきたチョコレート菓子のポッキーをつまみながら言った。「ええ、どうも腑に落ちません。彼らはまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし」クロノが缶ジュースに口を付け、思案顔になる。「? それってなんかおかしいの?」そんな二人に、アルフがフライドチキンに食らい付きながら質問をぶつけた。皆がアルフに視線を集める。「闇の書ってのも、要はジュエルシードみたくすっごい”力”が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったら、その”力”が欲しい人の為に、あの子達が頑張るってのもおかしくないと思うんだけど」リンディさんとクロノはアルフの言葉に顔を見合わせると、アルフに向き直る。「第一に、闇の書の”力”はジュエルシードみたいに自由な制御が利くものじゃないんだ」「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。少なくともそれ以外に使われたという記録は、一度も無いわ」二人が答えた。「あぁ、そうか」フライドチキンを食べ終わってしまったことに残念そうな顔になりながらアルフが頷いた。「それからもう一つ、あの騎士達。闇の書の守護者の性質だ。彼らは人間でも使い魔でもない」「「「「「「………っ!!」」」」」」エイミィさんを含めた高町一家が眼の色を変える。「闇の書に合わせて、魔法技術で作られた擬似人格。主の命令を受けて行動する、ただそれだけの為のプログラムに過ぎない筈なんだ」衝撃の事実に誰もが黙る。彼らが人間でも使い魔でもない、ただのプログラム?とても信じられない。何故なら、彼らはプログラムとは思えない程感情豊かだったから。「あの、使い魔でも人間でもない擬似生命っていうとわ―――」「シグナム達は生体兵器ってことか?」不安気に何かを言おうとしたフェイトを遮るようにして、今まで黙っていたソルが怒るように言う。いや、実際は凄く不機嫌というか、虫の居所が悪いというか、とにかくさっきまでの死人みたいな表情が嘘みたいで、何時ものギラついた眼でクロノを睨み付けた。僕はそんなソルに、少しだけ違和感を覚えた。「ソル?」「お兄ちゃん?」「どうしたんだい?」他の皆も違和感を感じたようで、態度が一変したソルに戸惑っているようだった。「答えろ。あいつらは生体兵器なのか? 使い魔のような魔法生命でもなく、ホムンクルスのような人工生命でもなく『プログラム』と言ったな? どういうことだ?」「え? ああ? お、お兄ちゃん!?」ソルの右手が伸びクロノの襟首を掴む。それに引かれて鎖が音を立て、右手の鎖を持っていたなのはが狼狽する。「落ち着いてソルくん!! モニターで分かりやすく説明するから」エイミィさんの慌てた声に落ち着きを取り戻したのか、ソルは小さく「悪ぃ」と言って手を引っ込めた。部屋の灯りが消され暗くなり、空間モニターが浮かび上がる。そこには中央に闇の書と思われる分厚いハードカバー、それを囲むようにしてシグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラが映し出された。「守護者達は、闇の書に内蔵されたプログラムが人の形を取ったもの。闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと闇の書と共に様々な主の元を渡り歩いている」「意思疎通の為の対話能力は、過去の事件でも確認されてるんだけどね。感情を見せたって例は、今までに無いの」クロノの説明をエイミィさんがフォロー。更にリンディさんが補足する。「闇の書の蒐集と主の護衛。彼らの役目はそれだけですものね」「でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」なのはが人差し指を立てて異議を唱えた。フェイトもそれに頷き、なのはに同意を示す。僕とアルフも同様だった。「なのはの言う通り、あいつらは実際に感情を見せたし、はっきりと人格を感じた。シグナムは一言謝ってから主の為に俺の魔力を贄にすると言った。シャマルなんてサシの勝負の最中に悲鳴を上げながら割って入ってきやがったぜ」「主の為………か」ソルの言葉にクロノが俯く。そこで何故かクロノがネガティブな空気を出し、それに当てられて皆沈黙してしまう。「それよりさ、さっきのソルは一体何が気に入らなかったんだい?」そんな空気をぶち壊すようにアルフが問い掛ける。「ホラ、あいつらがプログラムだって聞いた瞬間機嫌悪くなったじゃないか。なんで?」「………ああ、あれか。胸糞悪ぃもんを思い出しただけだ」「胸糞悪いもの? さっきソルは生体兵器って言ったよね? それと何か関係あるの?」僕が聞き直す。それに対してソルはしばらくの間黙って考えるように眼を瞑っていたけど、やがて何かを決意したように眼を開けた。「昔………俺が生まれ育った世界で、意思を持たないが故に主に従順な生体兵器が存在した。だが、ある日その生体兵器の中から意思を持った奴が一体誕生する。そいつは後に指揮個体、指揮官型、完成型と呼ばれ、全ての生体兵器を己の支配下に置き、人類に対して反旗を翻し宣戦布告、世界中を巻き込んだ大戦争を勃発させた」ソルが言った内容に、この場に居た誰もが息を呑んだ。「細かい話は省くが、結局その戦争は引き金となった意思ある生体兵器が封印されるまで、ざっと百年は続いた」「「「「「「「百年っ!?」」」」」」」と、とんでもない話だ。戦争が百年も、しかも人間同士じゃなくて、人間と兵器との間で続いていたというのだから恐ろしい。どれだけ激しい戦いだったのか、想像すら出来ない。「それを思い出しただけだ………気にするな、この話とは何の関係も無い」うんざりしたように溜息を吐くと、ソルはこれ以上思い出したくないとでも言うように無理やり話を終わらせた。もしかしたらソルはその戦争に参加したことがあるのかもしれない。なんとなくだけどそう感じる。僕達に教える”生き延びる為の戦い方”は、その戦争経験から来るものなのかな?そして戦場に出たことがあるから、そんな時代に生まれ育ったからこそ、時空管理局の組織体制に疑問を持ち、僕達を鍛えておきながら危険なことをさせたくないと過保護になるんだ。きっと僕達の想像を絶するような経験をしてきたんだろう。だからソルは戦いに関して何時も妥協を許さないシビアな考え方をする。じゃあ、前にアクセルさんが見せてくれた写真の聖騎士団ってのは軍に近い組織なのかな?でもアクセルさんは世界の平和と治安を守る為って言っていたから、戦争が終わった後に混乱した世界を纏める為に創設された治安維持組織なのかもしれない。ソルの大人の姿はだいたい二十台前半から中盤だったから、戦争終結の二十年くらい前に生まれて、戦争に参加して暮らしてる内に終戦、その後聖騎士団に所属、脱退後に賞金稼ぎとして生きてきたのかな?そんな風に僕は頭の中でソルの過去について考えを巡らせていた。モニターが消え、灯りが点される。「それにしても、闇の書についてもう少し詳しいデータが欲しいな」言って、クロノが何か思いついたように僕に視線を向けた。「ユーノ、頼みたいことがある」「ん? いいけど」僕が了承すると、「待て。ユーノ一人に何させるつもりだ」過保護な僕らのお兄さん、いや、お父さんが口を挟む。「別に危険なことをさせる訳じゃ無い。調べて欲しいことがあるんだ」「ああン?」ギロリと鋭い眼つきでクロノを睨みながら、訝しむ表情をするソル。「この後キミ達に時間があるなら本局の”無限書庫”に連れて行こうと思うんだが、どうする? そこでユーノには闇の書について調査をして欲しいんだ」転送ポートを利用して時空管理局本局に到着。なのはが「うわぁ~、SFだぁ~」って口走りながら周囲をキョロキョロしていた。ソルはなのは程じゃないけど、「やはり科学技術は地球よりも圧倒的に上だな」と、観察するような視線を視界に映るものに向けている。出身世界が地球と文明レベルが同じくらいって言ってたソルと地球育ちのなのは。そういえばこの二人、前にアースラに初めて乗った時も似たような反応していたなぁ。フェイトとアルフは平然としている。二人共結構な世間知らずだったけど、科学者の下で育ったからこういうものは見慣れているのかもしれない。クロノを先頭に、エイミィさん、ソルとその両腕にしがみつくなのはとフェイト、僕、アルフという順番で進む。途中で何度も通り過ぎる局員の方々から「何だこの集団は?」みたいな視線を浴びながら。リンディさんは仕事がまだあるとかで地球に残った。ちなみにソルの手錠、違った、リードは此処に着く前に外された。あんまり調子に乗ると火山が噴火するので、なのはとフェイトは潔くソルを解放することにしたけど、相変わらず離れるつもりは微塵も無いらしい。頑張れソル。僕はキミを少し離れた場所から応援することしか出来ない。アルフが撮った写真とかを眺めつつだけど。「闇の書について調査をすればいいんだよね?」先頭を歩くクロノに問い掛けた。「ああ、これから会う二人はその辺に顔が利くから」しばらくの間歩いていると、クロノがある部屋に入室した。僕達もそれに続く。「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」室内のソファで寛いでいた二人の女性、しかも同じ顔だ―――獣耳と尻尾がついてるので二人共アルフと同じ誰かの使い魔かな―――がクロノに反応した。「わ~おクロすけ~!! お久しぶりぶり~♪」二人の内の片方が立ち上がりクロノに飛び付き抱き締める。そのまま抵抗するクロノを押さえつけて一方的な抱擁を敢行した。「うわ、やめろ!! 離れろコラ!!」「何だとコラ? 久しぶりに会った師匠に冷たいじゃんかよ。ほ~らうりうりうりうり~」「うわぁぁぁぁあああああぁぁぁ」眼の前に繰り広げられるクロノと使い魔らしき女性の痴態に頭がついていかない。アルフが「おおぅ」と感嘆の声を上げながらデジカメを取り出してシャッターを切ろうとしたので、とりあえずデジカメを没収して危険な行為を阻止する。こら、舌打ちしない。クロノには良い脅迫材料になりそうだけど、可哀想だからね。なのはとフェイトは恥ずかしそうに頬を染め顔を手で覆い隠しながらも、指の隙間からしっかり見ていた。ふいにソルがぼそっと小さな声でエイミィさんに聞いた。「おいエイミィ、この発情期を迎えたメス猫は何だ?」その言葉にエイミィさんは引き攣った笑みを浮かべて固まる。「いや、普通に失礼だから。もう少し言葉選ぼうよ。僕も似たようなこと思ったけどさ」ソルの乱暴な物言いが耳に入ったのか、クロノに抱き締めキスの雨を降らせていた人とソファに座っていた人が視線でネズミ程度ならいくらでもを殺せるんじゃないかってくらいに滅茶苦茶睨んでくる。なんかいきなりだけど幸先不安だ。色々と大丈夫なのかな? 色々と。