SIDE シャマル「シャマル。ソル=バッドガイを探して欲しい」シグナムが私にそう言った時、正直なところ気が進まなかった。いや、むしろ嫌な予感さえしていた。だから私は、シグナムに諦めて欲しかった。他の獲物を探そうと提案もした。私の心配と不安をよそに、シグナムは言い出したら聞かなかった。図書館で私にだけ向けられた殺気を思い出す。あの時は本当に殺されるかと思った。我ながら、守護騎士ヴォルケンリッターが何をと情けなく思う反面、『”アレ”と戦ってはいけない』という本能にも似た警告が恐怖を煽る。確かに彼は高い魔力を持っているかもしれない。魔力蒐集には格好の獲物かもしれない。外見はただの少し大人っぽい少年かもしれない。だが、シグナムも感じた通り只者ではないのだ。はやてちゃん達と談笑していた無防備の状態にも関わらず、クラールヴィントが私に警戒を促す程に。―――<アレは規格外だ>それでも私は、シグナムに押し切られる形で彼を捜索した。心の何処かで、『シグナムならきっと大丈夫』という仲間への信頼、それに匹敵する慢心と甘えがあったのかもしれない。けれど、すぐに後悔することになった。(このままじゃシグナムが殺されちゃう………)視界に映る光景は、戦士としての自負がある私達ヴォルケンリッターにとって悪夢だった。シグナムが手も足も出ない。あの烈火の将が、私達のリーダーが防戦一方、まるで子ども扱い。今まで戦ってきた相手と比べて魔力量が違う。気迫が違う。一撃一撃に込められた殺気が違う。彼の操る炎はまさに灼熱。結界の中はまるで煉獄のよう。真冬の夜だというのに地獄の釜の中に居るような熱。火の海の中、周囲を食らい尽くすように燃え盛る炎に照らされその姿を晒す少年。爛々と光を放つ真紅の眼は、操る炎とは対照的に氷のように冷たい。それを見てしまった私は全身を氷付けにされたような悪寒に襲われる。あの眼は、敵を殺すことに一切の躊躇をしない眼だ。はやてちゃんに出会う前の私達が同じ眼をしていたからよく分かる。情けなど無用、敵は殺す、それだけだ、と。だから分かる。確信的に分かってしまう。このままではシグナムが殺される。それと同時に、新たな恐怖が私の心に湧き上がり、荒れ狂う。もし私達の内の誰かが欠けたら、はやてちゃんはどれだけ悲しむだろう?今まで独りぼっちだった寂しい少女。悲しい運命に翻弄されてそれでも健気に一人で一生懸命生きてきた、とっても優しくて、私達を家族として迎え入れてくれた女の子。(………嫌、嫌よ)私達は全員、はやてちゃんの為だったら何だってするし、死ぬ覚悟だって出来てる。でも、その所為ではやてちゃんに辛くて悲しい思いをさせるのは絶対に嫌だ。あの子の泣き顔だけは、この世で一番見たくないものだ。なのに、それは現実になろうとしている。「レヴァンティン、カートリッジロード!!」<Explosion>シグナムがカートリッジをロードする。相対する少年はそんなシグナムを警戒しながら身構え、手に持つ剣が爆発するように炎を纏う。―――なんとか、なんとかしないと!!!高速で頭を回転させる。『旅の鏡』を使って彼のリンカーコアを無理やり引き出して攻撃を中止させるのは!? ダメだ。旅の鏡は本来攻撃魔法ではないので、バリアジャケットや魔法防御が正常に機能している相手への使用は難しい。私が攻撃魔法で彼の動きを阻害するのは!? それもダメだ。私は元々直接前線には出ないサポートメインだ。そもそもシグナムの攻撃をものともしない彼に私の付け焼刃の攻撃が通用すると思えない。答えが出ぬ間に二人は同時に踏み込んだ。「紫電―――」「タイラン―――」「一閃っ!!!」「レイブッ!!!」ぶつかり合うシグナムの剣と少年の拳。轟音と共に爆裂する二つの炎。紅蓮の炎が紫の炎を蹂躙しようとし、それに紫の炎が抗う。レヴァンティンが二連続でカートリッジをロードする。カートリッジのおかげでなんとか堪えるも、どちらが有利か不利かなんて素人が見ても明らか。「もう一発、くれてやる」その時、少年が右手の拳を握り締めて炎を纏わせる。あんな状態で更に攻撃が出来るっていうの!?―――崩れてしまう。穏やかな日常が。戦いの無い日々が。皆の笑顔が。―――はやてちゃんの笑顔が。「ダメぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」SIDE OUT背徳の炎と魔法少女A`s vol.3 想いが交錯する戦場は混沌と化すSIDE シグナムそれは、ソルが踏み込み私に向けて右拳を突き出そうとした瞬間だった。「ダメぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」シャマル!? あの馬鹿者がっ!! 隠れていろと言ったのに!!「っ!?」翠色のバインドがソルの右腕全体を覆い尽くすように拘束し、更に同色のチェーンバインドが右腕を大地に縫い付けようと暴れた。それでも止まらないソルの拳はバインドを力任せに引き千切りながら迫るも、私に叩きつけられる前に防御魔法に阻まれる。三角形が特徴のベルカの魔方陣が炎の拳の邪魔をし、その威力を吸収し緩和する。だが勢いを殺し切れずにヒビが入り、やがてガラスが割れるような音と共に砕け散る。しかし、「………ちっ」私の鼻先数センチ手前で拳は止まっていた。「シグナムッ!! 今っっ!!!」長い時間を共に過ごした仲間の声に身体が自然と反応した。「ああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」「っ!!」身体がほんの一瞬だけ硬直しているソルの左拳を跳ね除け、袈裟懸けに、出せるだけの魔力を全て注ぎ込んで左の肩口から右の脇腹まで一気に斬り裂いた。紫の炎に焼かれながらソルの身体は冗談のように吹き飛び、地面を抉りながら突き進み、粉塵を上げながら視界の奥へ小さくなっていく。やがて、まだ燃え移ってなかった木々に突っ込み、バキバキと進行先の障害物を粉砕する音が聞こえてきて、姿が見えなくなる。「………ハァハァハァ」「シグナム、シグナムッ!!」肩膝をついて荒い呼吸をしている私の傍にシャマルが慌てたように走ってきた。「全く無茶をする、お前の声が聞こえた時は、肝が、冷えたぞ」ソルが標的を私からシャマルに変えたかもしれなかったからな。もしそうなれば、直接的な戦闘能力がヴォルケンリッターの中で一番低いシャマルなど一瞬で沈められる。「肝が冷えたのは私の方よ!!」「だが、助かった、礼を言う」正々堂々、一対一の戦いをシャマルに水を差された形になったが、それが無ければ今頃灰になっていた。騎士としては不満があるが、そんなことを言ってる場合ではなかった。九死に一生を得たのだから。「それよりも、ソルは、どうなった?」「分からないわ。ごめんなさい、今のでほとんど魔力使っちゃって………」それもそうか。私を守る為にソルの攻撃をバインドと防御で見事に防ぎ切って見せたのだ。相当の労力と魔力を消費したのだろう。「すまないが肩を貸してくれ。ダメージらしいダメージは無いが、かなり限界だ」「ええ」シャマルに肩を貸してもらい立ち上がる。正直立っていることすら辛い。先の攻撃は全身全霊の一撃だった。シャマル同様、消費した魔力も半端ではない。カートリッジも残っていない。言った通りダメージは無いが疲労困憊で魔力は枯渇する寸前。もうこれ以上の戦闘は不可能だ。それでもソルが健在であれば我々の負けだ。レヴァンティンを引き摺りながらソルが吹き飛んだ方向に向かう。周囲の炎は既に鎮火している。その為、昼間のような明るさだった結界の中は元の夜に戻っていた。かなり遠くまで飛んでいってしまった所為で、ソルをすぐに目視出来ない。抉れた地面を道標にシャマルと二人で歩いていく。そして、「やるじゃねぇか。今のは効いたぜ」親指を立て、バリアジャケットの上半身部分がボロボロでいながら私達を褒め称えるソルの姿があった。「ば、馬鹿な………」「………嘘」私の紫電一閃をまともに食らって平気な顔をしているソルが信じられなかった。「その女、ハナっから隠れてやがったのか? 全く気が付かなかったぜ。存在を隠蔽するような魔法でも使ってたようだな。それに、なかなか良いタイミングでのフォローだった」褒められているシャマルは顔面を蒼白にして小刻みに震えている。「強度が足りなかったか? クイーン、バリアジャケットの再構成及び強化をしろ」<Yes sir>首から下げた歯車の形をしたデバイスが命令に従い、赤い魔力光を放ちながらソルのバリアジャケットが修復される。「………シャマル、私が何としてでも食い止める。お前は逃げろ」疲労で動かすのも辛い身体に鞭を打ち、レヴァンティンを構え直した。「何を言ってるのシグナム!?」「お前の忠告に素直に従っていれば良かった。今更だが巻き込んですまん。私が甘かった。この少年は私の手に負えるような者ではなかった。だが、お前が逃げる時間くらいは命に代えても稼いでみせる。転送魔法を使って逃げろ」「シグナム一人置いていけないわ。それに、もうそんな魔力残ってないのよ………」絶望の表情で全てを諦め切った声が隣から聞こえてくる。「魔力が使えないなら走れ。我らは此処で捕まる訳にも、死ぬ訳にもいかん。それはお前もよく分かってるだろう?」「………シグナム」「だから、―――」「ゴチャゴチャうるせぇ」「「っ!!」」ソルの不機嫌な声が私の言葉を遮った。「面倒なのはもう終いだ」爆発的に高まる魔力、増大する威圧感、燃え盛る封炎剣、冷徹なソルの真紅の瞳。封炎剣が大地に突き立てられる。「消し炭になれ。サーベイジ、ファングッ!!!」放たれたのは巨大な炎の壁。否、炎の津波。迫りくるそれは強大にして、全てを呑み込み、押し潰し、喰らい尽くし、焼き尽くす竜の牙。視界が全て炎で埋まる。疲弊し切ったこの身体では防げない、避けれない、逃げれない。(ヴィータ、ザフィーラ、そして主はやて………申し訳ありません)燃え滾る絶望が、為す術の無い私とシャマルを無慈悲に―――SIDE OUT「やれやれだぜ」溜息を吐き、封炎剣を地面から引き抜く。すると、公園を覆っていた結界が音も無く消える。倒れ伏している二人の女に近寄る。気を失い、浅い呼吸をしているが、まだちゃんと生きている。ま、消し炭なれとは言ったが殺す気なんざ更々無かった。加減もしたし、非殺傷だから死ぬことはないのだが。とりあえず、フォルトレスで守っていたザックを背負う。さて、これからこいつら二人をどうしようか?(確かシグナムは、主の為に俺の魔力を”闇の書”の贄にさせてもらう、っとか言ってやがったな)”闇の書”が一体何なのか皆目見当つかないが、魔力を食わせるものらしい。そして何より、こいつらは”主の為”と言っていた。他にも仲間が居るのか? 何かの組織だろうか? 最低でもこの二人以外にもう一人、シグナムの”主”が存在するらしい。一番良いのはこの場でこの二人を拷問にかけて、情報を吐けるだけ吐いてもらうのが手っ取り早いんだが………(俺も甘くなったな、マジで)そんな拷問する気が全く起きない。拷問方法ならいくらでも頭に浮かぶんだが。言い訳するならば、こいつらは悪人に見えない。なんというか、眼が純粋過ぎる。自分の利益の為だけに何かの悪巧みで動いている犯罪者とは違う、必死さが感じられた。―――「急に不躾ですまないと思っている。だが、これも我が主の為。お前が持つその魔力、闇の書の贄とさせてもらう」あの時のシグナムの言葉には、『やろうとしていることは悪いことだと分かっている。しかし、それをしなければならない』というニュアンスの口調だった。(何か事情がある………か?)プレシアに従っていたフェイトのように?家の方へ視線を向ければ、その周囲が結界に覆われていた。公園を包んでいた結界と同じ種類のものが。こいつらの仲間がなのは達を襲っているのか?魔力を贄とするならば、あり得ない話ではない。シグナムと、シャマルとか言ったか? 二人の様子を見るに、当分は眼を覚ましそうに無い。「………手間だぜ」もし、あの結界の中に居るのがこの二人の仲間だとするならば、こいつらは良い交渉材料になるだろう。弁明を聞くのはその時で構わない。俺は二人の手首にバインドを施し、動きを拘束する。途中で眼を覚まして暴れられたら面倒だ。そして、それぞれを荷物のように脇に抱えると飛行魔法を発動させた。SIDE フェイト「グラーフアイゼン、カートリッジロード」ヴィータがデバイスに命じると、ハンマーの一部が機械音を立ててスライドした。同時に、高まる魔力。(似てる)その過程が、記憶の中にあるソルの姿に酷似している。タイランレイブやサーベイジファングといった大技を使う瞬間に。ということは、ヴィータが大技を出そうとしているのは明らか。<Raketenform>そして、ハンマーだった部分が変形し、片方がドリルのような形になる。『なのは』『うん、了解だよ』「ラケーテン」ドリルの反対側から炎のようなものが噴出し、ハンマー投げのように回転し始めるヴィータ。「「いっせいのうせっ!!!」」私となのははそんなヴィータに対して、お互い全く反対の方向に向かって逃げた。「っておいぃぃ!?」二兎を追うもの一兎も得ず。ソルに日本語を教えてもらっている間にそんな言葉があったのを思い出す。「待てコラァッ!! 卑怯だぞてめぇら!!!」速度の面では私よりもなのはの方が組し易いと判断したのか、ヴィータがなのはを追いかけ始める。私は反転すると、なのはのフォローに向かう。デバイスからロケットみたいな勢いで噴出する炎が飛行に加速をつけているから、なのははあっという間に追いつかれてしまうけど、<ふふふフラッシュムーブ>レイジングハートが嘲笑うかのように高速移動魔法を発動させてヴィータの突撃をあっさり交わす。「こんの野郎ぉぉぉっ!!」攻撃が避けられたことに憤慨しながら軌道修正しようとしているヴィータに向かって、私はフォトンランサーをお見舞いしてあげた。雷の槍は狙い違わず一つ残らずヴィータに命中し、爆煙が発生し、視界が悪くなる。「ハンマァァァァッ!!!」それでも煙を突き抜けてヴィータが飛び出す。今度は私目掛けて。<ブリッツアクション>予想していたので私は問題無くその一撃を避ける。「くっ」悔しそうにヴィータが歯噛みするのを見て、私は確信した。確かに加速も凄いし移動速度も速い。恐らくドリル状になったハンマーの攻撃力も、高まった魔力と加速度を計算するとかなりの破壊力があると思う。でも、それだけだ。当たらなければどうということない。動きは単調で直線的。ある程度まで引き寄せてから高速で避ければ、相手は小回りが利かないから空振りする。攻略法が分かった私となのはは常にヴィータに対して一定の距離を保ちつつ、誘導弾などの射撃魔法で遠距離からちくちく攻撃し続ける。突っ込んできたら高速移動魔法で交わす。その繰り返しをしばらくしていると、ヴィータのデバイスが白い蒸気を排気し、空の薬莢みたいなのを出し、変形してドリルから元のハンマーに戻る。ドリル形態だと誘導弾を使ってこなかったから、突撃だけしかあの状態だと出来ないのかな? このままじゃ埒が開かないから元に戻したんだ、きっと。弾丸みたいな物からの魔力も使い切ったらしい。一時的に高まっていた魔力がなりを潜めている。「てめぇら、逃げてばっかで汚ねぇぞ」青息吐息でヴィータが文句を言ってくるけど、私もなのはも気にしなかった。ソルが私達に教えた戦い方は、教えてくれた本人曰く『生き汚い』らしい。使えるものは何でも使え、足りないならば何処からか持ってこい、相手に合わせる必要は無い、むしろ相手を無理やり自分に合わさせろ、バレない反則は高等技術だから気にせず使え、反則だろうが何だろうが最終的に勝てばいい、敵に容赦するな。訓練中、耳にタコが出来るくらい何度も言われた。そして何より、『戦闘はガキの遊びじゃねぇ、ましてや綺麗事でもなぇ、生きるか死ぬかの生存競争だ。そこに正義も悪も存在しねぇ。あるのは殺るか殺られるか、ただそれだけだ』というのを肝に銘じさせられた。それが出来ないなら魔法の力を捨てろ、とも。厳しいような言葉だったけど、ソルが私達に言った内容は真理だった。―――「生き残らなけりゃ、意味が無ぇ」無様でもいい、見苦しくてもいい、何が何でも絶対に生き延びろ、卑怯と罵られようが気にするな、戦闘中に他者を卑怯と罵るような奴はただの敗者だ、生存競争に負けた弱者の戯言だ、耳を傾けるな、と。「言いたいことはそれだけ?」だから、私達を卑怯と罵るヴィータが滑稽だった。自分から理由も無くいきなり攻撃を仕掛けてきた癖に何を言っているんだろう、この子は?呆れた気分でバルディッシュをサイズフォームに切り替える。早くこの子を倒してアルフとユーノのフォローをしよう。その必要は無さそうだけど、皆でやればすぐに終わる筈。その後はソルを探しに行こう。もし、他に仲間が居るとしたらソルが襲われている可能性がある。まあ、ソルは私達四人より全然強いし、いざとなれば大人の姿に戻ればいいだろうから心配要らない。何故私達を襲ってきたのか理由は知らないけど、そんなのはソルと合流してからでいい。それから、ソルに一杯甘えるんだ。「魔力使い切っちゃった」って言えば今晩は一緒に寝てくれるかもしれない。いや、むしろその前に「よくこいつらを撃退できたな。偉いぞ、フェイト」と褒めてくれるかもしれない。「ふ、ふふ、ふふふふふ」脳内の私は既にソルに優しく抱き締められていた。甘美な妄想は自然に口の端を歪ませ、腹の底から笑いが零れ落ちる。ヴィータを挟んで奥に居るなのはと眼が合う。そのうっとりした表情を見て確信する。やはりソウルシスターは同じことを考えているらしい。(早く終わらせてソルに甘えよう)(了解、フェイトちゃん)念話を使うまでもない。なのはが頷き、レイジングハートがランサーモードに移行する。それを確認すると、私はヴィータに接近戦を挑んだ。SIDE OUTSIDE アルフ「うりゃぁぁっ!!」アタシは右拳をザフィーラとかいう奴の顔に向かって突き出す。それは容易くガードされるけど、「ユーノ!!」「オッケー」ユーノのチェーンバインドがザフィーラの全身に絡み付き、動きを拘束する。「くっ」慌ててバインドブレイクしようたって遅いんだよ!!「食らいなっ!!!」まず左の拳で肝臓を狙ったボディブロー。肝臓は人体に打撃を加える中で一番効くと言われる内蔵だ。腹に食らって”くの字”になったところへ顎に右アッパー。これで頭蓋に浮かぶ脳を縦に揺らす。更に無防備な側頭部へ左フック。身体が泳いだところへ顎に右ストレート。今度は脳を横に揺らす。「次はユーノの番っ!!」後ろ回し蹴りをくれてやり、勢いをつける。ユーノが鎖を両手に掴み、蹴り飛ばされた勢いを利用して拘束してるザフィーラを身体ごと回転させながら振り回す。プロレスで言うジャイアントスイングだ。「やあああああっ!!」十分な遠心力をつけると、気合と共に鎖諸共投げ飛ばす。そのまま一直線に飛んでいき、ビルに激突する。その方向に向かって手を翳し、「ブレイクバーストッ!!」トリガーボイス。その直後、雁字搦めにザフィーラを拘束していたバインド全てが爆発する。爆音と閃光がビルの中から漏れる。アタシはユーノの傍まで来ると、ハイタッチを交わす。「「イエ~イ」」随分前に対ソル用に考案してボツになった連携がこうも上手く嵌ってくれるとは思ってもなかった。連携と言ってもそんな難しいことじゃない。アタシが接近戦で動きを止めた後にユーノがバインドで縛る、身動き出来ない相手を一通り殴り倒す、この時にダメージを与えるだけじゃなく意識を刈り取れれば尚良い、その後にユーノが投げ飛ばしてからバインドを爆発させる、これだけだ。この連携に嵌らないようにするには、アタシの攻撃を防御魔法で防いだり、武器や腕で受け止めないことだ。もっと厳密に言えば動きを止めないこと。防御魔法はアタシのバリアブレイクで破れるし、武器や腕で防げば背中がガラ空きになる。その時に出来た隙をユーノが狙う、という手筈になっているのだから。しかし、対ソル用に考案した連携と言えば聞こえはいいが、実際は一度も決まったことが無い。だって、アタシのバリアブレイクじゃソルのフォルトレスを破れないからだ。プログラムで構成された防御魔法のバリア生成プログラムに割り込みをかける魔力を付加することにより、そのバリアに干渉・破壊するのがアタシのバリアブレイク。悔しい話、”事象”を顕現する法力には一切通用しない。というか、意味が無い。法力の防御法術はプログラムで構成された盾ではなく、”盾そのもの”だからだ。それ以前に、ソルに対して迂闊な近接攻撃をすれば手痛い反撃が返ってくるし、背後からの攻撃だって上手くいなされる。だからボツになったんだけど。あいつは全身に眼がついてんのかね? 一対多が得意だからって立ち回り上手過ぎだろ。そんなことを考えていると、ボロ雑巾みたいなみすぼらしい格好のザフィーラがビルから出てくる。もうかれこれ三回はユーノのブレイクバースト食らってるから無理も無いか。だというのに眼は相変わらず冷静で、それでいて戦意は衰えるどころからギラつかせてるから、敵ながら根性あるなと感心する。「寝てりゃあいいのに。タフだね」「まあ、僕達は我が家の中では火力低いから仕方が無いんじゃない? 確かにタフって意見には同意するけど」フェイトとなのははそれぞれ得意とする砲撃魔法を持ってるし、暴走するジュエルシードを一撃で沈め”時の庭園”を破壊したソルは言うまでもない。アタシとユーノが最も活躍出来るのはサポート面。攻撃力も訓練のおかげで日に日にレベルアップしてるけど、他の三人と比べたら雲泥の差がある。だけどそのことに悲観もしなければ嘆きもしない。アタシ達は自分に出来ることとすべきことをちゃんと理解しているから。勝利条件は敵を殲滅することじゃない。アタシ達は倒されようにすればいい。余裕と隙があればぶっ潰すけど。「それじゃ、もう1ラウンドいきますか。罠と鎖でのフォローよろしく」「任せて」ユーノに一声掛けると、アタシは再びザフィーラに殴り掛かった。SIDE OUTSIDE クロノ此処最近、魔導師やリンカーコアを持つ一般人や野生動物が襲撃され魔力を奪われるという事件が発生し、次第にその事件の数が増えている。つい先日も、管理局員が数名被害に遭った。レティ提督と母さんの話によると、第一級指定捜索のロストロギアが原因ではないかと思う。アースラとその乗組員である僕達は、長い航路を終え久しぶりに本局に戻る最中だ。アースラはドッキング後整備に、乗組員は休暇という具合に。本局に戻る途中の航路に、丁度良いように第97管理外世界『地球』が存在するので、”彼ら”に一言、最近の魔導師襲撃事件のことを忠告しようと母さんが言った。僕個人としては反対だったが、執務官としては異論が無かった。被害者は皆リンカーコアから魔力を奪われている。犯人の目的が魔力であるのは間違い無い。だとすれば、高い魔力資質を保有する”彼ら”が狙われる可能性は十分にある。母さんが何を考えて”彼ら”を気遣うのかは理解の外だが、提督としての母さんの言葉は正しい。僕自身、そう思う。だが―――「クロノくん、まだ機嫌直らないの?」「………」僕は不機嫌だった。原因はあの男、ソル=バッドガイの所為だ。あの男にこれから会いに行く、そう思うと腸が煮えくり返るような怒りが全身を駆け巡り、今すぐにでも砲撃魔法をあいつの顔にぶち込んでやりたい気分になる。「いい加減気持ち切り替えたら? このまま会いに行っても喧嘩になるだけだよ?」「そうよクロノ。確かに彼の言動は腹立たしいけど、あれでも『一応』、『一応』一般人なのよ。注意を促すくらいで彼に目くじら立てられることなんて無い筈よ」エイミィと母さんが僕を諭すが、心は荒れる一方だった。ソル=バッドガイ。魔導師としては管理局では類を見ない程優秀。知能や洞察力、戦闘能力は非常に高い。所謂、天才という奴だった。だが、その性格は致命的なまでに管理局と相反する。性格は傍若無人、唯我独尊、傲岸不遜、何より異常なまでに強引。身内に対してとてつもない程甘いというのに、それ以外の者に対しては何処までも容赦無い人間になれる男。「まだ引きずってるんだ。PT事件のこと」「………当たり前だ」PT事件の後、僕があいつの所為でどんな目に遭ったかエイミィだって分かってる癖に。待っていたのは本局での賛辞の嵐だった。事件の報告書はエイミィが契約通りに改竄した。あいつの思惑通り、報告書の中でソル=バッドガイ、高町なのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、アルフの五人は最初から存在していないことになった。そして、事件を解決し十二個のジュエルシードを無事回収したのは僕ということになった。なってしまった。まるで人の手柄を横取りしたかのような罪悪感。賞賛の声を受ける度に後ろめたさが良心を抉る。『さすがハラオウン執務官』『PT事件を無事解決した天才魔導師』『大魔導師プレシア・テスタロッサを破ったのは若き”アースラの切り札”』その度に僕は声を大にして叫びたかった。僕じゃない、あいつが、ソル=バッドガイがほとんど一人で事件を解決したんだ!!!………僕は、あいつに比べたら何一つしていない。あいつの絶大な”力”を眼の前に呆然としていただけだ。褒められる度にあいつとの”力”の差を思い知って悔しくなった。優秀だと言われる度に唇を噛み締めた。尊敬される度に自分が無能だと罵られているような被害妄想に陥って打ちのめされた。惨めだった。本当は全て、あいつに向けられた言葉なのだから。「艦長、第97管理外世界『地球』からオーバーSランク、それと複数のAAAランクの魔力値を観測しました。魔力反応からして間違い無く”彼”です」そんな時、オペレーターのアレックスから報告があった。「なのはさんのデバイス、レイジングハートに連絡つかないの?」「はい、何かに妨害されてるみたいでなのはちゃんと連絡が取れません」「トラブルかしら………」母さんが顎に手を当て考え始める。おかしい。なのはと連絡が繋がらない。しかも、エイミィが言うには何かに妨害されているらしい。そして先程観測されたオーバーSランクと複数のAAAランク。あいつが戦闘している? もしかしたらなのはも? ならユーノやフェイトやアルフは?その時、此処最近の魔導師襲撃事件を思い出す。まさか―――「海鳴市の彼らの家の近くにすぐにサーチャーを飛ばして」「了解です」僕と同じ考えに至った母さんがエイミィに指示を送る。「まさかとは思うけど………」「大丈夫ですよ。ソルくんは勿論、なのはちゃん達だって強いじゃないですか。もしかしたら犯人を捕まえてるかもしれませんよ?」エイミィが思案する母さんに向かって冗談っぽく笑う。「もしそうだとしても、ソルくんが自分達に敵意を持った相手に容赦すると思う?」「………」母さんの言葉にエイミィが固まり、ブリッジに居る誰もが『あり得ない』と首を振った。「私が心配しているのはソルくんではないわ。勿論、なのはさん達のことは心配してるけど………私が一番心配しているのは犯人の方よ」「僕も艦長の意見に賛成だ。あの男なら、死体も残さず処理するなんて造作も無いだろう」「皆、急いで!! このままじゃ魔導師襲撃事件が迷宮入りしたまま終わっちゃう!!!」慌てたようにエイミィが他のオペレーターを煽る。「………映像、来ます」声に続いてモニターに海鳴市の街が映し出される。映像の中は、街を覆うように結界が張られていた。「これは、結界? 見たことも無い術式だけど………何処の魔法だろう、これ?」「結界の中の映像は?」「ダメ、見れない………あっ!!」「何だ、どうした!?」僕の質問にエイミィは答えず、端末を叩く。すると、モニターの映像が切り替わった。そこに映し出されたのは、「ソル………」全体的に白を基調とした、その胸元と襟部分が赤い服に身を包み、赤いヘッドギアを額に装着したソル=バッドガイ。かなりのスピードで飛行魔法を発動しながら結界に近付いている途中だった。それと、彼に荷物のように両脇に抱えられた人物が二人。一体誰だ? 意識が無いようでぐったりしていて顔が見えない。背格好からして、なのはでもユーノでもフェイトでもアルフでもない。「ソルくんの格好、あれってバリアジャケットだよね?」「………だと思う」あいつはアースラ内のデバイスルームでひたすら予備のデバイスを弄繰り回し、僕達のデバイスデータを閲覧していた。自分専用のものを作ると言っていたが、どうやら完成したらしい。映像の中のソルは結界の表面まで辿り着くと、足先に炎を纏わせ、そのまま結界をガンガンッ蹴り始めた。「彼はまさかあれで結界を破るつもり?」「あの男ならやりかねません」ソルという人間を常識で捉えようとすると馬鹿を見るのはPT事件で嫌という程思い知った。この程度なら持ち前の出鱈目さで何とかするだろう、くらいに思っていた方がいい。結界に喧嘩キックを連続でかましていたソルが唐突に動きを止め、こちらを、サーチャーを見た。『ちっ』そして、明らかにこちらの存在に向けて舌打ちをした。それから結界に向き直ると、先程の二倍くらいの速度で結界に蹴りを入れるのを再開する。「バレました」「念話を繋いで」「今試してみます………拒否されてます」「あの子は………」ソルくんは一体何を考えているんだと言わんばかりに母さんが頭を抱える。同時に、モニターの中で人が潜れるくらいの大きさの穴を文字通り結界に蹴り開けた瞬間だった。SIDE OUT結界に穴を開けて侵入する。眼下には我が家のガキ共と相対する二人の魔導師。赤いゴスロリのバリアジャケットの女、年はなのは達よりも下だな。そいつと、アルフみてぇな犬耳と尻尾を持つ二十台中盤の男。「起きろテメェら、あの二人はお前らの仲間か?」シグナムとシャマルを揺り起こす。「起きろ、起きろってんだよ」「………ん」「うぅ………」少し乱暴に揺すると意識が覚醒してきたようだ。「………あと五分寝かせてください~」「もう少しだけ、この心地良い浮遊感に浸っていたい………」何やらブツブツと朝が弱かった頃のなのはと同じことを言いながら、一向に起きようとしない。「くー」「すぅ~」気持ち良さそうな寝息を立てて再び寝てしまった。俺は大きく息を吸うと、「寝ぼけたこと言ってねぇでとっとと起きやがれっ!!! それとも消し炭にしてやろうか!!!」全力で大声を出す。「「消し炭っ!?」」二人揃ってビクッと身体を震わせると、慌てたように顔を上げて辺りを見渡した。「ようやく起きたか」「なっ!? ああ!? ソ、ソル!?」「生きてる!? 私生きてる!!!」寝ぼけ眼から一転して顔を上げ驚愕の表情をしているシグナムと、意味不明なことを言いながら感涙しているシャマル。「あれ? そういえばどうして生きてるの? てっきり殺されたと思ったのに」「これは一体どういうことだ!? 何故私とシャマルがお前に抱きかかえられているんだ!? 何故私とシャマルを助ける!?」二人が頭に?を浮かべながら現在の自分達の置かれている状況に疑問の声を上げる。「そんなことよりも、あの二人はお前らの仲間か?」顎でくいっと、俺達よりも低い位置で停滞しているガキと男を示す。ガキと男はあんぐりと口を開けて呆けたようにこちらを見ていた。周りに居たなのは達も硬直したように動かない。どうやら、どいつもこいつも事態に頭がついてこないらしい。俺はやれやれと溜息を吐き、この場に居る全員に懇切丁寧に説明してやろうとしたその時、「お兄ちゃんが女の人連れてるぅぅぅぅぅっっっ!!! しかも二人もっっっ!!! これは一体どういうこと!!!!」なのはの怒声が響いた。「は?」間抜けな声が聞こえたと思ったら、それは俺の口から漏れたものだった。「ソルは、私達が謎の二人組から襲撃を受けてる間に、逢引してたのっ!?」信じられない、裏切られたといった口調のフェイトがカタカタ震えながらそんなことを言った。「シャマルにシグナム!!! テメーらアタシとザフィーラが必死になって戦ってる間にソイツとよろしくやってたってのかよ!!!」ゴスロリのガキが怒り狂ったように喚く。「ち、違うっ!」「誤解よヴィータちゃんっ!!」「じゃあ何だよテメーらのその格好!! 『両手に花』の”花”じゃねーかよ!!!」シャマルにヴィータと呼ばれたガキの指摘で今更になって気付く。ついさっきまでは意識の無い二人を荷物のように脇に抱えていたので気が付かなかったが、今の意識を取り戻したシグナムとシャマルは自分で飛行魔法を発動させて姿勢制御しているので、普通に立った状態で浮いている。そして、俺は手を離していなかった。これではまるで、誰がどう見ても俺がシグナムとシャマルの間に入って二人の腰に手を回してるようにしか見えない。それなりの美人が隣に二人。まさに両手に花だ。ヴィータの指摘は最もだった。言い訳出来るような格好じゃない。俺は顔を右に向けるとシグナムの顔があった。それなりに近い。今度は左に向けるとシャマルの顔があった。やはり近い。二人共、何をどう言えばいいのか分からないといった表情をしていた。きっと今の俺の表情も似たようなもんなんだろう。「………」「………」「………」押し黙る俺とシグナムとシャマルの三人。六つの視線が痛い。今更、『ついさっきまで戦ってて、俺が勝ったから二人を連れて他の仲間と交渉しようと思ってた』なんて言っても聞いてくれなさそうな雰囲気だ。何か上手く言い包める言葉は無いのかと頭を高速で回転させていると、「ディバインバスター」痺れを切らしたかのようになのはが俺達三人に向かって撃ってきた。「何っ!?」「きゃぁぁぁ!!」「ちっ」舌打ちをしてフォルトレスを発動。緑色のバリアが桜色の砲撃魔法を防ぐ。「いきなり何しやがるっ!!!」「庇った!! 今お兄ちゃんが女の人達のこと庇ったっ!!!」「庇う以前に俺に当た―――」「アークセイバーッァァァァァ!!」「っ!!」バルディッシュから飛ばされた金の魔力刃が迫ってきたので、これもフォルトレスで防ぐ。「フェイト、お前………」「うん、分かってるよ、ソル。その二人がソルを誑かしたんでしょ? ソルは嫌々その二人を庇ってるんだよね? だって、ソルが私達を裏切るなんてあり得ないのは私がよく分かってるから。だから今すぐその二人から離れて」視線に殺気を滲ませて、フェイトはシグナムとシャマルを睨みつける。その瞳は、憎悪と嫌悪で濁り切っていた。ひっ、と耳元で声がして、シャマルが手首をバインドで拘束されながらも無意識に俺の肩にしがみついた。プツッ。なのはとフェイトの我慢の糸が切れた音を、俺は確かに耳にしていた。