放課後、一度家に帰宅して着替えてから図書館に向かう。なのはとフェイトが俺の後をついてきたがったが、帰りはあのCD屋『Dレコーズ』に寄るつもりだったので断固として拒否した。教育上、CD屋の店長が使うF言葉なんざ聞かせられない。口を開けばファ○クだ濡れるだ下品な言葉使いしかしないような人間が経営している店に行くのだ。店の内装とかカオスだし、しかも俺はその店長と音楽に関して数時間は話し込む仲だ。俺は別に店長の言葉使いなど全く気にしていないが、スラングってのはなのはとフェイトに聞かせていい常識的な言語ではない。もし、悪影響の所為で二人がF言葉を使うようになったら間違い無く俺は首を括るぜ。その程度じゃ死なないが。「お兄ちゃん何処行くの?」「一緒に行っていい? ソル」「ダメだ」「「どうして!?」」かといって、正直に図書館行ってからCD屋に寄ると言ったものなら絶対についてこられる。「お前達が行ってもつまんねぇ場所だからだ。どうしても俺についてきたければ条件を出す」「「条件?」」だから、二人にはテキトーに「ついてきたければユーノの防御魔法を一人十回連続でぶち破ってみせろ。一度でも失敗したら最初からやり直し、チャンスは三回まで。話はそれからだ。ユーノは破られたら後で焼き土下座な」と無茶振りして家に無理やり置いてきた。何時ものように。ユーノから「唐突に鬼ぃぃっ!! 何時ものことだけど!!!」と罵倒の混じった悲鳴が聞こえたが、例によって例の如く聞かなかったことにした。強くなれ、ユーノ。俺はお前に期待している。それにお前の言う通り何時ものことなんだから気にするな。そんな細かいこと気にしてたら将来禿げるぜ。「やれやれだぜ」吐く息が白い。季節は冬で暦は師走の頭。気温も当然低い。雪が近々降るらしい。寒い季節になっただけあって、なのはとフェイトが俺をほっかいろ代わりによく抱き付いてくるようになった。いや、抱き付いてくるのは何時ものことか。………相変わらず兄離れは芳しくなかった。こうして一人になるのも一苦労だ。ユーノを犠牲にするか地下室に篭るかくらいしか一人になる時間を見出せない。目下の悩みはそれだった。別に一緒に居るのが嫌な訳じゃ無く、マジで将来が心配なだけだ。それ以外は特に何事も無く平和なのに。なんでだ畜生。図書館に到着すると、まず借りていた本を返却する。それが終わると学術書や参考書などが並ぶ棚に足を向けた。さて、次はどの分野の本を読破してやろうか?俺の趣味は音楽を聞く以外に読書というものがある。学校の授業中が暇なのでその間に読む程度の、趣味と呼ぶには微妙なものだが。それに、読書と言っても小説を代表とされる創作物ではなく、大学生が使うような参考書や学術書、学者が執筆した論文とかそんなもんだ。授業中に教師が読書する俺を咎めることは無い。つい数ヶ月前まではかなりの頻度であったが、此処最近は咎められた覚えが無い。どうやらようやく諦めたらしい。この図書館に存在する理系の本は数年掛けて全部読み尽くした為、俺好みの本がもう無い。だから、暇潰しになりついでに役に立つ本なら何でもいいから読むようになった結果、ジャンルを問わなくなった。ちなみに先週までは経済学、その前の週は歴史学、今週は社会学だ。我ながら節操が無いが、所詮暇潰し以外の何物でもないので気にしない。『よくわかる社会学シリーズ』の中で社会福祉学から数冊選び、ついでに隣にあった児童福祉論、障害者福祉論の本を手に取る。手には五冊のぶ厚いハードカバー。これだけあれば一週間は持つ。踵を返して受付に行こうとすると、ふいに聞き覚えのある声がした。視線を巡らせると知り合いを発見。知らない仲ではないので挨拶くらいはしておくか。「すずか」「え、あ、ソルくん、こんにちわ。なのはちゃんとフェイトちゃんは一緒じゃないの?」そこにはクラスメートにして、我が家の魔法使いの秘密を知り、恭也と付き合っている忍の妹のすずかが居た。隣には同年代くらいの車椅子に乗ったショートヘアの少女。友人だろうか?「俺があいつらと四六時中一緒に居ると思ったら大間違いだ(事実だが)。それよりそいつは? 学校じゃ見ねぇな」「えっと、この子は八神はやてちゃん。さっきお友達になったんだよ。はやてちゃん、この男の子がさっき話してた私達のお兄さんみたいな人だよ」すずかが紹介すると、その車椅子の少女はペコリと頭を下げる。「初めまして、八神はやてです」「ソル=バッドガイだ」お互い挨拶を交わす。俺ははやてを観察した。それなりに高い魔力を感じること以外は至って普通の女の子だ。年も隣に居るすずかと変わらないだろう。何故車椅子に乗っているかは不明だが、怪我でもしたんだろう。あまり突っ込まない方がいいかもしれん。「あの」「ああ?」「よくこの図書館に来ますよね?」「まあな」俺ははやての疑問を肯定した。否定する要素が見当たらない。五年前にこっちの世界に来てからこの図書館は俺に様々な知識を提供してくれた。今でもちょくちょく暇潰しの本を探しに週に一度は来るか来ないかの頻度で利用している。「やっぱり。そうやないかって思ってたんです。髪の長い男の子がなんや難しい本ばっかり借りていく姿を何度も見たから」「ソルくんって目立つもんね」「そうか?」「そうだよ。髪長いし、身長高いし、存在感あるし、その………格好良いし」「そやなぁ。バッドガイくんは良い意味で目立ってますよ」「ソルでいい。敬語もやめろ」「あ、ほんま? おおきに。正直敬語って堅苦しくて苦手やったから助かるわ」「気が合うな。俺もだ」これが俺とはやての出会いだった。背徳の炎と魔法少女A`s vol.1 OVERTURE「俺はそろそろ行くぜ」「え? ソルくんもう行っちゃうの?」「せっかくお友達になれたんやから、もう少しお喋りに付きおうてくれても」渋るはやてとすずか。しかし、CD屋で『ディストーションメンタルクラッシャーズ(通称DMC)』の新アルバムの初回限定版が俺を待っているのだ。それにどうせ店長と数時間はロック談義をすることになるだろう。今の内に行かないと帰宅するのが九時を過ぎる。「今日は別に図書館に長居するつもりは無かったからな」「淡白な人やなぁ~。すずかちゃんの言った通りや」「でしょ?」すずかが俺という人間をどういう風に伝えたかは多少気になったが、人を悪く言うような奴ではないので気にするだけ無駄だろう。「悪ぃな。埋め合わせはいずれする。じゃあな」「ほなさいなら」「また明日学校でね」手を振る二人に背を向け、俺は図書館を出る。CD屋に行くには方角的に図書館の駐車場から出た方が近いのでそちらに向かう。(ん?)駐車場に着くと、そこには一人の女が何かを待つように、凛とした面持ちで立っていた。妙に印象に残る女だった。年は二十前か? 白いロングコートを羽織り、桃色の長い髪をポニーテールで纏め、首にマフラーを巻いている。顔はそれなりに良い。だが、眼つきが鋭く、立ち方にも隙が無い。まるで女である前に軍人であるかのようだ。士郎や恭也、美由希などの御神の剣士の普段の気配をあからさまにした感じだ。日常生活の中にも戦いは常に存在している、だから臨戦態勢の一歩手前を維持しているとでも言うように。そして何より一番気になったのは、この女から感じる若干の魔力。ただ垂れ流しになっている訳でも、無駄に発散している訳でも無い。例えるなら刀と鞘。その切れ味と鋭さを決してひけらかすこと無く鞘に収めて隠している、そんなイメージを彷彿させる。魔導師。しかもかなりの手練だと容易に予測出来る。厄介だな。時空管理局じゃねぇだろうな?そういやさっきも図書館の中で、はやてとすずかと話してる最中に似たような奴が居やがったな。顔まで見てないが金髪の女だったと思う。魔法を使おうとしていたからそいつだけに思いっきり殺気をぶち当ててやったら大人しくなったから放って置いたんだが、捕まえて尋問くらいすべきだったか?俺が観察しているように見ていた所為か、女も俺を観察するように見てきたので思わず立ち止まる。「………」「………」沈黙が冬空の夕刻を支配する。視線が交錯する。長いような短いような刹那、俺は女の女性らしくない眼を睨む。相手も俺を睨んできた。気に入らねぇ眼つきしてやがる。それが女に対する俺の感想だった。ま、俺達に害が無ければ敵じゃねぇ。関わり合わないならそれでいい。俺は視線を外すと歩き出す。女のことはもう見ない。視界から出し、女の前を通り過ぎる。だが、女は俺のことをじっと見たままだった。背中を射抜く視線を感じながら俺はその場を後にした。SIDE シグナム妙に印象に残る少年だった。私はつい先程見掛けた少年を思い出した。黒茶の長い髪を後ろで結わえた髪型。赤いジャケット、黒いジーパン、背負った赤いザック、真紅の眼。身長は私程ではないが、その身体に内包した存在感が少年を見た目以上に大きくしていた。只者ではない。そう直感した。まず歩き方に隙が無い。重心が全くブレない。まだ若いにも関わらず相当の修練を積んだのが窺える。彼を包む雰囲気が歴戦の猛者のみが纏うことが出来るものだと、肌で感じた。そして何よりもあの眼つき。まるで竜のように鋭く、野生的で危険な光を放っていた。戦士の眼。それも修羅場を幾度と無く乗り越えてきた者の眼だ。この少年は出来る、と思うと同時に手合わせ願いたいと思ってしまう自分の性分には困ったものだ。少年が探るような視線で私を見るので、私も少年の姿を観察した。すると少年は足を止め、私と眼を合わせた。会話は無い。しばらくの間、お互いが相手を値踏みするように見ていたが、ふいに少年は私から興味が失せたかのように視線を外すと歩き出す。少年は私の眼の前を横切り、背を向け、駐車場から出て行き、やがてその姿が見えなくなる。私は少年が居なくなった歩道を、車椅子に乗った主とそれを後ろから押すシャマルがやって来るまで見続けていた。「晩御飯、シグナムとシャマルは何食べたい?」「………」「シグナム? どないしたん?」「はっ!? 申し訳ありません。少し考えごとをしていたもので」主の問いかけに答えない程あの少年のことを考えるとは、我ながらどうかしている。彼からは魔力が一切感じられなかった。つまり、闇の書の蒐集対象にはならない。只者ではないかもしれないが、固執する必要が無い。だが、あの少年とは近い内にまた会うような気がする。ただの勘なのだが。「もう、ボーっとしてるシグナムは放っておきましょう、はやてちゃん。スーパーで材料を見ながら考えましょうか」「そやね」シャマルに言われるとは………不覚。「そういえば、今日もヴィータは何処かお出掛け?」「あ、えっと、そうですね」主の問いにシャマルが困ったように眉をひそめる。すかさず私がフォローをする。「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついて居ますのであまり心配は要らないですよ」「そうかぁ」少し寂しそうな顔を主がされてしまったが、シャマルが優しく諭すような口調の声を出した。「でも、少し距離が離れても私達はずっと貴方の傍に居ますよ」「はい、我らは何時も、貴方のお傍に」「………ありがとう」私とシャマルの気持ちを受け止めた主が、嬉しそうに笑ってくれた。「そや。言うのが遅れたけど、今日私に友達が二人も同時に出来たんよ」「ご友人ですか。それはおめでとうございます」スーパーに向かう途中、主が嬉しそうにはしゃいでいた。「すずかちゃんとソルくんっていうんや。すずかちゃんはお淑やかで可愛くて優しい女の子でな。ソルくんは見た目ちょっと怖い感じな男の子なんやけど、話してみると良い人やった。よく見るとイケメン………というよりワイルドな感じやったなぁ」「男の子、ですか」脳裏に先程の少年が浮かび上がる。「二人共たまに図書館に居るのを見掛けたことあったさかい、もしかしたら思て聞いてみれば案の定ってやつや」ご友人が出来たことに喜ぶ主の姿を微笑ましく思っていると、気が付けばシャマルが浮かない顔をしている。『どうしたシャマル? 主の前で』『………シグナム、後で話すわ』何か良くないことでもあったのだろうか? 主はこんなにも喜ばれているというのに? 何があった?私は胸にしこりのように残った不安を抱えながら、機嫌が良い主と少し表情が暗いシャマルと共に買い物を終えた。『はやてちゃんはお友達が出来たって喜んでいたけど、そのお友達がちょっと都合悪いのよ』『都合が悪い? それは一体どういうことだ?』主には聞かれないように私とシャマルは念話を使用する。『単刀直入に言うわ、クラールヴィントが教えてくれたのよ。男の子からとても大きな魔力を感じる、この子は”力”を隠し持ってるって』『あの少年がか? 私は彼から魔力の片鱗すら感じなかったが、それは本当か?』シャマルが物憂げに頷いた。あの後、主の話の中でご友人がどのような方達なのか詳細を話してもらい、私が見掛けた少年と主の友人となった少年は同一人物だと判明した。『しかも、詳しく調べようと魔法を使おうとした瞬間にとんでもない殺気が飛んできたわ。今思い出しただけでも震えが止まらない。一瞬だけとはいえ自分が死んだと錯覚しちゃったんだから』『主ともう一人のすずかという少女はその時どうしていた?』『二人共全く殺気には気が付いてなかったわ。周りに居た人も気にしてなかった。明らかに私だけを巧妙に狙って放たれた殺気だったもの』『ふむ』私は顎に手を当て思案に耽る。シャマルは我らの参謀として戦ってきた者だ。確かに後方支援向きだが、実践慣れしていない訳では無い。そのシャマルを震え上がらせる程の殺気を放てるとは。おまけに周囲の人間には一切気付かれずに。なるほど、私が思った以上に只者ではなかったのだな。厄介だと思う反面、好都合だと思ってしまう。魔力を持っているのなら蒐集対象になり得る。しかもかなり大きな魔力保持者。そしてそれを全く私に気取らせない程の実力者。正直心が躍る。胸が高鳴る。あの少年と一対一で正々堂々と真正面からぶつかり合いたい。唯一の難点は、主のご友人であるということだけだ。主のご友人を傷つけなくてはならない、刃を向けなければならない、それは純粋に心苦しいものだった。しかし、主の為にも高い魔力を持つ者は最優先で蒐集するべきだ。(ソル=バッドガイ………か)SIDE OUT俺はCD屋を出ると、既に周囲は真っ暗で夜になっていたことに溜息を吐いた。やはり思った以上に話し込んでしまった。というか、買ったCDをその場で一曲聞いてみようという話の流れになってしまった所為で、そのままだらだらとアルバム一枚分丸々聞く羽目になってしまったのが一番いけなかった。いや、俺は悪くない。良い曲作りをする『DMC』が悪い。『DMC』が俺を虜にするのがいけないんだ。『DMC』が俺の時間を奪うんだ。『DMC』が全ての元凶だ。よって俺は悪くない。「………帰るか」下らない言い訳は止めて足を動かす。時刻を確認しようとして携帯電話を取り出すと、不在着信とメールが六件ずつ、留守番メモが二件ずつ入っていた。どれもこれもなのはとフェイトからだった。メールを恐る恐る確認すると、三十分毎になのはとフェイトが交互に送ってきたもので『今何処に居るの?』『もうご飯になるけど、帰ってこれないの?』『ご飯先に食べちゃうよ?』『もうご飯食べちゃったよ』『いい加減に帰ってきなさい』『怒るよ、ソル』というものだった。留守番メモを聞く勇気が沸かなかったので、俺は冷や汗を垂らしながら携帯を仕舞った。気が付かなかったんだ、そう言おう。念話を送ってこないだけまだマシだ。あれに一度応対してしまうと電話で言う”居留守”が使えないから。きっとユーノが上手く言い含めてくれたんだろう。今度何かあいつに奢ってやるか。携帯を見た所為でテンションが下がってしまったので、ザックからCDウォークマンを取り出すと買ったばかりのCDを入れる。イヤホンを装着し再生ボタンを押す。魂を揺さぶるロックミュージックが鼓膜を叩き、俺の気分を盛り上げてくれる。気分良くリズムを取りながら海鳴臨海公園の真ん中を歩いていると、ふいに魔力反応を感知した。かなりの速度でこっちに近付いてくる。一瞬、なのはとフェイトが迎えに来たか!? と本気で焦ったが違った。二人の慣れ親しんだ魔力でもなければユーノやアルフのものでもない。じゃあ誰だ? ん? よく探ってみると知ってる魔力だ。だが知らん。誰だこいつ?頭に疑問符を浮かべて思い出そうとする。(ああ、思い出した。図書館の駐車場に居た女だ)女とは思えない気に入らねぇ眼つきの女だ。ようやく魔力の持ち主が分かってすっきりしたところ、そこで新たな疑問が生まれてしまった。なんでこっちに来るんだ?その時、海鳴臨海公園を結界が覆う。「っ!!」見たこと無い術式のものだ。ユーノが得意とする結界系の魔法にも該当するものが存在しない。そもそも術式の構成が根本的にミッド式じゃない。即座に解析法術を発動させる。”事象”を顕現させる法力使いの俺から言わせてもらえば、科学の延長線上に存在するミッド式に似ている。だが、それはカテゴリー分けすると同じではあるが種族は違うということだ。極端な例で言えば法力が無機物だとする、ミッド式とこの結界は生き物で、しかし爬虫類と哺乳類くらい違う。そんな感じだ。俺ですら違和感を覚える程異なる術式なのだから、生粋のミッドチルダ式魔導師だったら相当驚くんじゃねぇか?周囲に人気が無くなる。公園内に数組のカップルなりアベックなりが存在していたのに、今は俺しか生き物は存在しない。封時結界と似たようなものか。「まるであの時の焼き増しだな」初めてフェイトに会った時を思い出す。前もCD屋寄った帰りでこんな状況だったし、場所も此処だった。この公園は魔導師と出会える不思議ポイントなんだろうか?どうでもいいがまた厄介事か?ウォークマンの電源を落としザックに仕舞った丁度その時、桃色のバリアジャケットに身を包んだ女が俺から十メートル程離れた場所に降り立った。「ようやく見つけたぞ」SIDE シグナム「ようやく見つけたぞ」シャマルのサポートを受け、やっと探し出すことに成功した。此処まで来るのに随分時間が掛かってしまった。私は愛剣レヴァンティンの切っ先を少年に、ソル=バッドガイに突きつけた。「てめぇ、図書館の駐車場に居た女だな」ソルは驚いた様子も無く、ただひたすら面倒臭そうにうんざりとした表情で、それでいて私を警戒しながら見返した。やはり魔導師だったか。そして騎士甲冑を纏った私を見て驚いたり慌てたりするどころから、私のことを予め知っていたかのような余裕たっぷりな態度。恐らくあの時、私がソルを只者ではないと思ったのと同時に、ソルも私から何かを感じ取ったのだろう。「急に不躾ですまないと思っている。だが、これも我が主の為。お前が持つその魔力、闇の書の贄とさせてもらう」「ああン? いきなり訳分かんねぇよ」「問答無用!!」「っ!?」私はソルに向かって踏み込むと、レヴァンティンを振り下ろした。ソルは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、それも一瞬だけだった。瞬時に駐車場で見たあの鋭い眼つきになると、バックステップで距離を取り、レヴァンティンの間合いから離れる。やはりこの程度では簡単に避けられてしまうか。「通り魔かてめぇは?」「そうかもしれん」「………肯定しやがった」言われた通り、私を含めた守護騎士は通り魔かもしれない。魔力資質を持つ者を端から襲い、無差別に魔力を蒐集する。なるほど、通り魔とは言い得て妙だ。「何をどう言われようと一向に構わん。私がすることに変わりは無い。安心しろ、命までは取りはしない」レヴァンティンを正眼に構え、四肢に力を漲らせる。罵りたければ罵ればいい。私は既に騎士の誇りと引き換えに主との約束を破った不忠者だ。だからいくらそのことを蔑まれ、騎士の名を貶められようともそれで主が助かるというのであれば甘んじて汚名を被ろう。この身はただの修羅。主の為ならばどんな汚いことにも手を染めようではないか。「ちっ、面倒臭ぇ………だが、懐かしいな」「懐かしいだと?」妙なことを口走りながら私から眼を逸らさずに荷物を降ろすと、ソルはポケットから銀の鎖に繋がれた五百円玉くらいの大きさの赤銅色の歯車を取り出した。あれがデバイスか?「昔はよくてめぇみてぇな通り魔にいきなり襲われたり、言いがかりつけられて喧嘩売られたり、眼が合っただけで問答無用で攻撃してくるような連中が居たからな。そいつらを思い出しただけだ」言って、ネックレスのように鎖に繋がれた歯車を首に掛けた。現在進行形で襲い掛かっている私が言うのもなんだが、この少年は一体どんな環境下で育ったんだ?「起きろ『クイーン』。セットアップだ」<Set up>その声に従い、デバイスが起動する。同時に、爆発的な魔力がソルから溢れ出す。その魔力は濃密で、デバイスから放たれる赤い魔力光が結界内を満たす。ただ、魔方陣が現れないのが不思議だった。シャマルの言っていたことは事実で、私の勘も捨てたものではない。しかし、これ程の魔力を保有しているとは予想していなかった。今代の主の下で蒐集してきた者達の中では間違い無く一番魔力が高い。これは嬉しい誤算だ。これだけの魔力を持っていればかなりのページ数を稼げるだろう、と守護騎士としての考えと、戦士としての実力はかなり高いだろうと予測する私の個人の考えが興奮を高める。懸念すべきことは私の実力が及ぶのか、もし勝てたとしても激戦になるのは容易に想像出来る。それによって魔力を蒐集するだけの分が残っているかだ。ボウ、と音を立ててソルの足元から紅蓮の炎が噴出し、たちまち彼の全身を覆い尽くす。が、それも一瞬の出来事。次の瞬間には炎は消え、その代わりにバリアジャケットを展開させたソルが居た。(ほう、私と同じ炎の魔力変換資質か)それは管理局の魔導師が使うバリアジャケットと呼ぶよりも、ベルカの騎士が纏う騎士甲冑に近い。赤いブーツ。額に装着された赤いヘッドギア。白を基調とした上着は立てられた襟部分と腰から胸にかけて赤く、腰のベルトのバックルには『FREE』と刻印がされている。バックルから下にかけて腰回りの赤い布地がベルトで止められ、赤い前垂れのような形で膝下まで流れている。白いズボンを穿き、両足を覆うように腰から下だけマントを纏っているかのように白い布地がベルトで止められている。上腕二頭筋が上着から露出し、黒いインナーのようなものを肌着として着ているのか肌は見えない。両の拳は白いグローブに覆われているが、手の甲部分が赤く、ベルトのようなものが装飾されている。そして何より左の手に持つ無骨で肉厚な剣。はっきり言って彼の体格に合っていないと思わせるくらいには大きい。魔導師と言うよりは騎士と言われた方がしっくりくる姿だ。その剣と彼の戦士としての眼がそれに拍車を掛ける。だからだろうか。私は自然と口を開いて問い掛けていた。「その姿、お前は騎士か?」その問いに、ソルは意外そうな声を出した。「………てめぇ、聖騎士団のことを知ってやがるのか?」「聖騎士団? ………いや、聞いたことが無い」「………」少し考えるような仕草をするソルに対して私はますます興味が沸き、同時にレヴァンティンを持つ手が震える程歓喜した。聖騎士団。それが何か分からないが、その組織がソルの所属している組織の名だろうか? いや、そんなことはどうでもいい。この少年も私と同じ騎士であるということだ。どれ程の実力を秘めているかは未知数だが、弱いということはないだろう。むしろ、必ず強い筈だ。同じ騎士として、同じ魔力変換資質として、同じ戦士として、自分の為にも、何よりも主の為にも負ける訳にはいかない。だが此処はお互いが騎士として、礼儀を弁えるべきだ。レヴァンティンを構え直す。「我が名は”烈火の将”シグナム。そして愛剣のレヴァンティンだ。是非、お前の名を聞かせてもらいたい」HEVEN or HELL本当は知っているが、ソル自身の口から名乗りを上げて欲しかった。ソルは右足を前に出し、逆手に持った剣の切っ先を地面に垂れ下げるように構え、首に掛けた歯車の形をしたデバイスを右手の指で弾いた。「………ソル=バッドガイ。剣の名は封炎剣、こいつはデバイスの『クイーン』だ」DUEL「尋常に勝負を願いたい」私の言葉に対し、ソルはやれやれと溜息を吐いてから首を回し、ゴキゴキと音を鳴らした。「どうなっても知らんぞ」その言葉を皮切りに、私とソルは相手目掛けて同時に踏み込み、剣を振り下ろした。Let`s Rock爆炎が、冬空の夜に咲いた。ソル専用オリジナルデバイス『クイーン』分類はブーストデバイス。歯車の形をした五百円玉程度の大きさで、真ん中に穴が開いておりそこに鎖を通して首からネックレスのように下げる。歯車=英訳するとGEAR GEAR=ソル という自身に対する皮肉が込められてこの形となった。他のデバイスのような変形機構は一切無い。常に歯車の形である。名前の由来はソルのかつての世界で好きだったイギリスのロックバンドのグループ名から。補助を目的としているので、攻撃力は皆無。しかし、攻撃以外に関してはソルの法力と魔法の補助を一手に担い、尚かつ法力と魔法を同時に行使・出力制御を行うというこの世に二つとして存在しない超高性能デバイス。デバイスとしての面が際立つが、法力の面で魔導師には分からない部分の補助と増幅を行っているので、封炎剣と同じ神器でもある。ソルの知識と経験と技術、数ヶ月に及ぶ長い期間を経ていくつもの失敗作の上に生まれた汗と苦労の結晶。AIは搭載しておらず、Yes、Noで答えられる簡単な応答しか出来ない。思考もせず、命令されたことをただひたすら実行するだけである。喋らないというより喋れない仕様。レイジングハートのように口喧しくないのでソルは気に入っている。後書きA`s編ついに突入しました。結構長くなってしまった日常編がようやく終わり、これからはほのぼのからシリアスに移行する筈です………きっとたぶん。やはりというべきか、ソルと一番初めに戦うであろう人物はシグナムです。同じ属性、同じ剣士、同じ騎士(ソルは元だけど)、戦い方や考え方はかなり違いますが共通する点はあると思ってます。自分の大切なものに関しては身体張るとか、普段は無口とか。まだ現段階でソルは、シグナムとシャマルがはやての関係者であることに気が付いていません。認識としてシャマルは『図書館に居て何かしようとした金髪魔導師(顔は見てない)』、シグナムは『前の世界にもよく居た通り魔』です。次回もよろしく!!!