「はぁ」俺は溜息を吐くと手を止め、全体の進み具合を確認する。だいたい二割ちょっとか。あまり芳しくない速度だ。ジュエルシードの事件が解決してから三ヶ月以上経過しているのに、俺専用のデバイス制作作業はあまり進んでいなかった。原因は法力と魔法の相性の問題だ。”事象”を顕現する法力と、科学技術の延長線上にある魔法。一見似たようなものであるが―――実際、結果は同じにすることが出来る―――過程と理論が全く異なるので、法力と魔法の補助を一つのデバイスでやらせようとすると、出力不足になったり上手く発現しなかったり片方しか動作しなかったりと問題が発生した。どちらか片方の補助を行うことが出来るのは今までの失敗作で分かっている。しかし、二つ同時に発動させるとどうしてもエラーが発生してしまう。そもそも俺が法力と魔法を組み合わせて使ってる複合のアレは、俺というリソースから法力に七割から八割、魔法に残りをという感じに分けている。封炎剣は本来法力を増幅させる為のものなのでいつもと変わらないのだが、魔法はそういった補助が無いので俺自身が使用する。完成した法力に魔法を組み込ませて、例えば攻撃なら非殺傷設定という形を取り、防御であればプロテクション系とフォルトレスとなる。はっきり言って攻撃以外に関しては封炎剣は元々”火”属性を増幅させる為ものであるので、その以外のことをやらせるといつか何かの弊害が起きそうで怖い。治癒法術と回復魔法の場合はその二つに集中出来るような状況下でしか使わないので、封炎剣の補助を必要としない。つまりは、戦闘中においての法力と魔法の同時行使は出来ないことは無いが、まどろっこしい上に面倒だ。そこで俺が求めるのは、法力のみを補助・増幅するだけのものでも、魔法のみを補助・増幅するだけのものでも無い。法力と魔法を同時に行使する上でその二つを両立させることの出来る代物だ。そんな高性能なデバイスが簡単に作れる訳無くて、地下室が完成してからは作って実験してバラして、作って実験してバラしての繰り返しだった。想像以上に難しい。資料は十分にある。封炎剣とヘッドギア、アースラの中で読んだ教本と一般的なストレージデバイスとクロノのS2Uのデータ、高性能AIを搭載したインテリジェントデバイスであるレイジングハートとバルディッシュ。そして俺の知識と記憶。正直、これだけのもんがあればすぐに納得出来るものが完成するだろ、と高を括っていたのは否定出来ない。実際のところは失敗の連続。度重なるエラー、暴走を起こすデバイス、崩壊する式、失敗する度に何がどう悪かったのかよく調べレポートに書き込み、それを見ながら頭をポリポリ掻く日々。時間はたっぷりある。はっきり言ってこれは完璧に俺による俺の為の作業である。いくら失敗しようが時間が掛かろうが誰にも迷惑は掛からない。だが、俺にもプライドというものがある。さすがに実験失敗が十回も連続したらプライドに傷がつく。以前ユーノに「少しくらい妥協したら?」と呆れたように言われたが、妥協なんかすれば負けた気がするので嫌だった。これはきっと俺に対する挑戦だ。元科学者の名にかけて納得いくものを完成させてやる。ま、『アウトレイジ』みたいに完成したはいいが、俺ですら扱えないようなハイスペックなものを作る必要は無いので多少自重するが。そして通算十二回の失敗の末、やっとのことで法力と魔法を同時行使する上で最重要な部分の基礎の基礎が上手く出来た。スクライア一族から帰ってきてすぐのことだ。これには思わず唇を歪めてしまった。繰り返された失敗の後の成功というものはどんな美酒を持ってきても勝るものは無いだろう。それから一週間と少しが経過した。俺は毎日地下室に篭った。そしてやっと完成度二割ちょっと。進行速度は遅いが、構わん。日々確実に前に進んでいるだけで十分だ。ちなみに、俺専用となるデバイスの種類はブーストデバイスと呼ばれるものに分類されるらしい。魔力射出・射出魔力制御の補助という特性を持つデバイスで、俺にとって非常に都合が良いものとなった。インテリジェントはAIを作るのも育てるのも面倒で即却下した。レイジングハートという残念な性格の具体例が存在するだけに、たとえ制作に面倒が無くても気が進まない。ストレージは補助として使う分には構わないが、武器として使う場合は不安が残る。実はアースラの中で一つだけ耐久力実験をこっそりやってみたら、ポッキーのようにあっさり折れやがった。武器として強度が無いものを作る気など無い。いっそのこと封炎剣をデバイスとして改造しちまおうかと思った時もあったのだが止めた。封炎剣は武器として、攻撃面で法力の補助と増幅を100%活用出来た方が絶対に良いと考え直したからだ。ならば、武器としての役目は封炎剣に全て任せて、補助の面で100%活用出来るデバイスを一から作った方が良いと判断した。そんなこんなで失敗が続き、試行錯誤を何度も繰り返して今に至る。俺は一息入れようと思い、掛けていた銀縁の伊達眼鏡を外して作業台の上に置き、白衣を脱いでハンガーに掛ける。何故俺が伊達眼鏡なんざ掛けて白衣着て作業してるかというと、フェイトの所為だ。理由は知らんがスクライアから帰ってきてから数日後、フェイトが無理やり眼鏡と白衣を押し付けてきて、「その格好で作業するように!!」とやたら興奮した様子で言ってきたのだ。白衣は昔仕事で毎日着ていたらから違和感無いし、正直なところ汚れるような作業もあったから嬉しかったが、さすがに眼鏡は要らんとつき返すと泣きそうになってしまったので慌ててフォローしたら「………じゃあ、使ってくれる?」と頬を染めながら涙目の上目遣いで聞いてきやがった。何を企んでるか見当もつかんが、断れば一家全員を敵に回しそうだったので(特にアルフ)俺は渋々眼鏡を掛けることにした。実年齢が三桁超えた今になって、女はこの世で一番卑怯な生き物だということを改めて痛感した瞬間だった。しかもフェイトは素でやってるから質が悪い。悪意が無いから邪険に扱えない。あの天然っぷりをどうにかしないとこのままではフェイトの言いなりになってしまう。最近、ただでさえなのはに「お兄ちゃんってフェイトちゃんに甘いよね」と後ろから抱きつくようにヘッドロックを掛けられることがたまにあるのだ。そのままおんぶしてやればなのははすぐにご機嫌になるんだが、今度はそれを見たフェイトが機嫌を損ねることになる。どうしろってんだよ?シンは勝手に育ったし、そもそもアイツ男だし、しかも一人っ子だったし、数年であっつー間に大人になるので結局はなるようになれって感じ育て上げた………最終的に育て方失敗したが。しかし、今の俺の相手は”女の子”でしかも二人。俺の子育て経験はもう役に立たないという現状だった。桃子は助けてくれないどころか、事態を面白がってる。アルフはフェイト至上主義者だから、フェイトの機嫌さえ良ければそれでいいって奴だ。美由希は困ってる俺の姿をほくそ笑みながらデジカメで撮るだけの役立たず。恭也には「俺を巻き込むな」と言わんばかりにシカトされる。士郎は「ソルに全て任せた」とか言って話も聞いてくれない。ユーノは今居ない。あと数日すれば帰ってくるが、もし居たとしても「キミなら大丈夫」とか意味不明なことを吐いて放置される気がする。―――誰でもいいから俺に”女の子”の育て方を教えてくれ。溜息を吐いて、地下室に一つしか存在しないパイプ椅子に腰掛ける。コーヒーが飲みたい。アイスで。なのはかフェイトに持ってくるように念話でも送ろうか?………少し考えて止めた。きっとアイスコーヒーが二つ用意されるに決まってる。そんなに要らない。部屋をぐるっと見渡す。此処数ヶ月で随分物が増えた。地下室に鎮座するのはデバイス制作に必要な工具を仕舞っているボックス、部品加工用の機械、データ整理用のデスクトップパソコン、ポリバケツ、作業台、大小様々色取り取りの”四角いブロック”を重ねて積んだ山。これらの半分は買った、ジュエルシード事件の報酬で。残りの半分は集めた、否、生成した。実は俺は、リンディ達から報酬として受け取った金の存在を地下室が完成するまですっかり忘れていた。なので、思い出したその日になのはとユーノに二百五十万円ずつ渡そうとしたら、そんなにもらえないと拒否された。本人達がそう言ってるので金を無理やり受け取らせるのは止め、半ば強制的になのはには以前欲しがってた最新式パソコンを買ってやり、ユーノは「僕もなのはと同じくらいの値段で十分だから」と言うので二十万渡す。残った金は全て俺に押し付けられた。なのはもユーノも口を揃えて俺が受け取るべきだと言う。とりあえず残った金の一部で、家の増改築に掛かった分にかなり色をつけて士郎と桃子に支払う。やはり反対されたがこっそり銀行口座に預けた後だったので、聞く耳持たなかった。余った金をどうしようか悩んでいたが、我が家の中には欲深い人間が居らず、結局は俺が自由に使っていいということになった。ならば遠慮などせず好きに使わせてもらおうということで、工場で使ってるような業務用の金属加工専用の機械(穴開けたりプレスしたり研磨したり)で小型の物をいくつか忍経由で非常に安く購入し、手作業用の工具も一緒に買う。パソコンも買う。後は周辺の必要そうなものを片っ端から買い集めた。それでも余った十万くらいは桃子に押し付けた。ガキ共になんか買ってやれと言って。道具を揃えると次に集めるのは材料だ。材料に関しては廃材拾ってきたりとか、不法投棄されたバイクとか車及び産業廃棄物が無いか歩き回った。最初の頃は良い感じに見つかったのだが、時間が経つにつれて海鳴市内では限界を感じたのでネットで探したりした。そしたら出るわ出るわ宝の山が。そして、”当たり”を見つける度に転送魔法で地下室前に送り、使える部分を抜き取れるだけ抜き取ってバラバラにし、必要無いゴミは灰も残さず燃やした。勿論、有害ガスなどが発生しないように細心の注意を払って。抜き取った”元何かの部品”は法力を駆使して不純物を除き加工する。そして四角い”素材ブロック”に変換して保存する。必要になったらそれを材料として改めて加工する。パソコンはレイジングハートとバルディッシュのデータを抽出したり送ったりが出来るようにする為に、買ったその日から毎日こつこつ魔改造を施す。購入した金属加工用の機械と工具も同様だ。二つのデバイスからアドバイスを受けながら、アースラのデバイスルームに存在したものと同等にする為に心血を注いだ。他にもデバイスとパソコンを繋ぐプラグやらケーブルやらその他の周辺機器やらを作る作業に没頭していた。ガキ共の面倒を見る合間に少しずつやっていたので、あまり時間は取れなかった。アクセルも来やがったし。全てが終わる頃には八月に突入していた。ジュエルシード事件解決から二ヶ月以上経っていた。作業の合間にデバイス制作も同時進行させていたが、これでやっと本格的に制作のみに集中出来る。そう意気込むが難航する。スクライアに挨拶しに行って帰ってくるまで失敗が続く。光明が差すまで二週間近く時間が掛かった。それから一週間と少し、毎日地下室に篭ってやっと完成度が二割とちょっとである。ようやく此処まで漕ぎ着けたが、まだまだこれからである。先は長い。休憩を挟んだら作業に戻るとしよう。一旦地下室を出ようと立ち上がろうとした時、パソコンに繋がれたレイジングハートが点滅した。<ソル様、恐れ多くも進言したいことがあります>「………んだよ?」<今のソル様はとてもお疲れのようにお見受けします>「そうだな」否定はしない、事実だからだ。実際昼寝でもしようかと思ってたくらいだ。<此処数日、ソル様は毎日ご自身のデバイス制作に掛かりっきりです。少し気晴らしでもしたらいかがでしょう?>「………気晴らしか」ふむ。良いかもしれん。法力と魔法を同時行使する上で最重要な部分の基礎の基礎が上手くいったおかげで、地下室に篭りっぱなしだ。リラックスの為に外に出るのも良いかもしれん。「そうだな」<でしたら、明日にでもデートしましょう>「………」今こいつなんつった?デート? 明日? 誰と誰が?「………俺と、お前がか?」<ソル様と、マスターがです!!>「ああ、なるほど」いきなり何を言い出すんだこの無機物、ついにAIがバグ起こしてトチ狂ったか、って思ったから少し安心した。「デートねぇ………」小学生になるまでは、暇潰しと称してなのはを連れてあっちこっち走り回ったな。つい数年前の話なのに、やけに昔に感じる。<たまには兄妹水入らず、二人っきりで楽しんできたらいかがでしょう? ソル様がデバイスに掛かりっきりだったので、きっとマスターも寂しがっている筈です>言われてみれば、最近はあんまり構ってやらなかった。別にいいか。制作作業は第一段階を終えて第二段階に移行した。このままの勢いで進めたかったが、急ぐ作業でもねぇから此処いらで多少休んでも何かに支障が出る訳でも無い。「そうだな。なのはに構ってや―――」<ソル様、我が主も忘れないでいただきたい>俺の承諾の声を遮って、レイジングハートと同じようにパソコンに繋がれたバルディッシュが急に口を挟んできた。<ソル様もご存知の通り、我が主もソル様のことをお慕いしております。何卒、我が主のことを―――><いきなり横から口を挟んできてソル様のお言葉を遮るとは、無礼だと思わないのですかバルディッシュ。控えなさい><今此処で黙っていれば我が主に不憫な思いをさせてしまうのは自明の理。無礼と知りつつもこのバルディッシュ、進言せずにはいられませんでした。ご無礼をお許しください>「あ、ああ」どうでもいいんだが、どうしてこいつらは俺にこんなにも低姿勢なんだ? なのはやフェイトに対する態度よりも上の身分に接するような言い方しやがる。なんで様付けなんだ? 自分のマスターの兄だからか? 俺が面倒見てるからか? だとしてもレイジングハートは最初っからこんな感じだったし………謎だ。<ソル様、お願い致します。どうか我が主を仲間外れにするような真似だけはお止めください。我が主はソル様の傍に居ることが何よりの喜びなのです><だからフェイト嬢もソル様とマスターのデートに連れて行けと? バルディッシュ、貴方はデートというものが一体何か理解しているのですか?><理解はしている。だが、このまま黙って見過ごす訳にはいかん><それが分かっていない証拠です。デートというものは二人っきりでなければ意味が無いのですよ。空気を読みなさい><では、ソル様と我が主が二人っきりになれればいいのだな><っ!? 私のマスターがソル様とデートするのですよ!! 貴方は引っ込んでいなさい!!><ふっ、引っ込んでいるべきは貴様だレイジングハート。だいたい貴様はいつもいつも―――>ギャーギャーと醜い言い争いを始めた二つの喧しいデバイスを掴むと、とりあえず『灰も残さず燃やすゴミ』と書かれたポリバケツに投げ入れ蓋をする。<<ソル様ぁぁぁぁぁ!!>>何か聞こえた気がするが気にしない。「デートねぇ………」ま、気晴らしにはなるか。あいつらもしばらくの間碌に構ってやらなかったからフラストレーション溜まってるだろうし。たまには俺から家族サービスを提供するのもいいかもしれん。懐かれ過ぎてるってのは問題だと思うんだが、二人共まだ十歳にもなってねぇしな。まだまだ誰かに甘えたい時期だ。多少の我侭くらいは許してやっても罰当たらんだろ。………こういう考えが兄離れを阻害している気がしないでもないが、俺は甘いだろうか? いや、世の中にはきっと俺よりも大勢甘い人間が居る筈だ。このくらいが丁度良いに違いない。背徳の炎とその日常 5 デート 前編SIDE フェイトソルが唐突に言った。「おいお前ら、明日俺と何処か出掛けるか?」と。私となのははその言葉に固まった。だって、ソルから私達を何処かお出掛けに誘ってくるなんて初めてだからだ。「そ、それってデデ、デデートのお誘い?」長年一緒に暮らしているなのはですら信じられないといった様子で聞き返した。「そうなるのか? 嫌なら無理にとは言わねぇが」「「行くっ!!!」」即答だった。考えるまでも無かった。断る理由も無かった。ソルとデート。二人っきりじゃないのが微妙に残念だけど、デートはデートだ。私は有頂天になり、半ば物置と化している自室に篭り明日着ていく服を選ぶ。クローゼットの中には、以前桃子母さんが「これはソルが”フェイトの為に”って言ってくれたお金なのよ」と笑いながら買ってきてもらった服がいくつも入っているけど、どれを着て行けばいいのか分からない。どうしよう? 困った。私の為にお金を用意してくれたことだけではなく、今までの恩返しの意味も込めてソルに喜んで欲しいから可愛らしいのを選びたいのに。いや、恩返しなんて建前だ。私は純粋にソルに褒めて欲しいんだ。「似合うな」って一言だけでいいから。だけど、そもそも私はデートというものをしたことがない。今回が生まれて初めてだ。(………初デートの相手が、ソル)それはそれで嬉しいんだけど、その所為で勝手が分からないのがもどかしい。何処に連れて行ってくれるんだろう? 映画館? 遊園地? 私はソルと一緒に居られるんなら何処だって良いけど、一度膨らんだ期待は際限無く大きくなっていく。最近のソルはスクライアから帰ってきて以来、地下室に篭って作業に没頭していたから寂しかった。部屋の中は危ないからって作業の手伝いどころか地下室に入ることすら禁止にされちゃってた。食事とトイレと訓練の時以外は部屋から出てこないし、出てきてもすぐに地下室に戻っちゃう。お風呂だっていつの間にかシャワー浴びてたりとかするし、何よりも一番辛かったのが今まで私とソルとなのはの三人で一緒に寝ていたのに、それが急に無くなったことだ。たぶん原因は一週間と少し前、いつもソルと一緒にお風呂に入るユーノが居ないのをいいことに、なのはと二人で乱入したことだ。形としては無理やりだけど、私は初めてソルと一緒にお風呂に入った。(ソルの背中、大きかったなぁ)その時のことを思い出して顔が熱くなる。ソルの驚いたような表情、切羽詰った声、引き締まった肉体、濡れた長い髪………枕をぎゅうぎゅう抱き締めて、最近になってようやく使うようになったベッドに転がる。しかし、次の日からソルは地下室に引き篭もるようになってしまった。中に入れてくれないので、様子が知りたくてメンテナンスという口実を付けてバルディッシュを送り込んだけど、報告によるとデバイス制作に掛かりっきりらしい。ちなみに、ちゃんとプレゼントした白衣と伊達眼鏡が使われてるのも確認出来た。(着て行く服が決まらない、だけど早く明日になって欲しい、やっぱりもうちょっと待って、でも服なんかよりソルが………)ソル分が足りない。圧倒的なまでに足りてない。早くソルに甘えたい。スキンシップを取りたい。ああダメだ。何がダメって色々とダメだ。具体的にはあれが無いからダメだ。ソルから魔力供給が無いからダメなんだ。此処数日はまともにソルと触れ合ってない。だから、ソルと触れ合った時に流れ込んでくる魔力が私の全身を駆け巡ってリンカーコアに吸収される感覚を味わってない。まさに依存症だ。ソルに依存している自覚はあったが此処までのものとは思ってなかった。だけど、今の感じは依存症と言うより飢餓感と言った方がいい。これはある種の飢えだ。魔力が枯渇している訳でも無いのに魔力が欲しい。私はソルに飢えている。(あぅぅ~)落ち着け私。明日になればソルに思う存分甘えられる。だからそれまでに服を決めないと。すっぱり思考を切り替える。枕を放り捨て立ち上がり、鏡を前にあれでもないこれでもないとやりながら明日のことを夢想していると、いつの間にか夕飯の時間になっていた。急いで夕飯を摂ると、またすぐに部屋に戻って服を吟味する。でも決まらない。徐々に焦る。デートは明日だ。ダラダラしていたら朝になる。ソルも急に言い出すなんて意地悪だ。もっと早く言ってくれれば事前準備が出来たのに。碌に服すら決めることの出来ない自分に段々苛立ち頭を抱え、無意味に部屋の中をぐるぐる歩き回っていたところに、アルフがファッション雑誌片手に現れた。「明日の服が決まらなくて困ってるみたいだね。手伝うよ、フェイト」その時私は、後光が幻視出来る程頼り甲斐のあるアルフの姿を初めて見た。SIDE OUTSIDE なのは「変なところとか無いよね!?」「大丈夫だよなのは、ちゃんと可愛いから」鏡の前で何度も身だしなみをチェックする私を見て、美由希お姉ちゃんが苦笑します。今日はお兄ちゃんとデート。二人っきりじゃないのが少し残念だけど、デートはデート。本当のことを言うと、私は今までお兄ちゃんとデートなんてしたことが無い。小さい頃は海・山・川によく連れて行ってもらったけど、あれはデートとは言わない。今にして思えばサバイバル訓練以外の何物でもない。食べられる草や葉っぱの区別の仕方とか、小動物や魚の捕り方とか捌き方とか、遭難した時の対処法とかばっかり教えてもらってたからだ。別にそれが辛い過去とかじゃなくて、むしろ楽しかった思い出だから良いんだけど。サバイバル知識が豊富なのにお兄ちゃんってインドア派で、部屋でひっそりCD聞いてるのが好きであまり外に出ようとしない。今でも地下室に篭ってなんかコソコソやってるし。だけど、気が付くとフラっと居なくなってる時が昔からよくある。後で何処に行ってたのか聞いてみると「テキトー」とかなんとか曖昧な返答をされる。そういう時は大抵、街をぐるっと回ってから本屋かコンビニで音楽雑誌でも読んでるかCD屋さんに行ってるかのどちらかだ。また誰よりも面倒臭がりだから、何処か行こうと誘われても気乗りしてなさそうな顔をするし、自分から誰かを誘って遊びに行こうと言い出すことも無い。だから今回のデートにはすっごく驚いた。お兄ちゃんが自分から誘ってくるなんて、何か変な物でも食べたのか心配になったくらいに。でも、せっかくお兄ちゃんが自分から誘ってくれるだから、この話に乗らない手は無い。「じゃあ、いってきます」私はピンク色のポシェットを肩から下げると部屋を出る。「はい、いってらっしゃい」お姉ちゃんが微笑んで見送ってくれる。今の私の格好は白い袖無しのワンピース。お母さんが「ソルが”なのはの為に買ってやれ”って言われたお金よ」と微笑みながら買ってきてくれたお気に入りだ。昨日の夜まで美由希お姉ちゃんと一緒になって選んだ服。リンディさん達からもらったお金は、一番働いたお兄ちゃんが好きに使っていいってことだったのに私の為に服の資金にするだなんて………もう、影でこっそり気付かれないようにしても私の為に何かしてるってことバレてるんだからね。「なのはも準備出来たんだ」階段を降りた所でフェイトちゃんに出くわします。「うん、私は準備万端だよ………って」「どうしたの? ………あ」お互いが相手の格好を観察します。フェイトちゃんは黒の袖無しワンピースで、レモン色のポシェットを肩から下げています。「なのは、その服どうしたの?」「フェイトちゃんこそ、その服どうしたの?」ぶっちゃけて言えば、私とフェイトちゃんの格好は色が違うだけで全く同じ格好でした。どういうこと? 偶然?「この服、お母さんに買ってもらったんだけど」「私も桃子母さんが買ってきてくれたんだよ?」もしかしてお母さん、私とフェイトちゃんでお揃いの服買ってきた?あれ? ということは、お兄ちゃんは私だけじゃなくてフェイトちゃんの分も?「準備出来たか?」その時、お兄ちゃんが居間から顔を覗かせて聞いてきました。「あ、うん」「お待たせ、ソル」頭に浮かんでいた疑問が吹き飛びます。私とフェイトちゃんはもじもじしながらお兄ちゃんの前まで来ます。何か言ってくれないかな?「その服、わざわざ揃えたのか?」「えっと」「別にそういう訳じゃ無いんだけど………」「?? まあいい。仲良さそうに見えて良いじゃねぇか」ポンッポンッと、お兄ちゃんが私とフェイトちゃんの頭を撫でます。なんか言って欲しかった言葉とはちょっと違うけど、お兄ちゃんが眼を細めて微笑ましそうにしているのでそれで良いです。「行くぜ」「「うんっ!!」」三人揃って家を出ると、私はすかさずお兄ちゃんの腕にくっ付きます。フェイトちゃんも私と同じように反対側にくっ付きます。今まで散々お預けだったので私とフェイトちゃんはある程度満足するまで堪能します。お兄ちゃんの温もり、匂い、感触、安心感と心地良さ、そして魔力が身体に流れ込んでくる感覚。まるで乾季が終わって雨季が到来し、大地や木々、生き物達に恵みの雨が降り注ぐようなイメージ。待ってた。ずっと我慢してた。私達が今までどれだけ辛抱してたかお兄ちゃんは分かってる?「………ったくお前らは」呆れたように溜息を吐くとお兄ちゃんの身体から流れ込んでくる魔力が一瞬だけ急上昇し、私達を覆うように結界が展開され、日差しが弱まると同時に涼しい風に優しく包み込みます。お兄ちゃんの法力です。結界で強い日差しと有害な紫外線などをシャットダウンし、涼しい風のおかげであまり暑いと感じません。八月になってから、私達とお出掛けする時はいつもこの結界を張ってくれます。本人曰く「これが無いとお前らにくっ付かれた時暑苦しい」とのこと。甘いよお兄ちゃん。むしろ、これがある限り離れるつもりは無いからね。お兄ちゃんにくっ付くことが出来るし、涼しいんだもん。まさに一石二鳥。「さて、何処行きたい?」「お兄ちゃんと一緒なら何処でも」「私も、ソルが一緒に居てくれるなら何処にでもついて行くよ」「殺し文句じゃなくて意見を言えよ」「「???」」「はぁ………じゃ、とりあえず駅に向かうからそれまでに決めるぜ。ちゃんと何処で何をしたいのか具体的な意見を述べろ」「「は~い」」最近お兄ちゃんは自分のデバイスのことであまり私達に構ってくれなかった。というか全く構ってくれなかった。忙しいのは分かるけど、やっぱり寂しかった。でもいいんだ。私達が寂しがってることを悟って今日のことを誘ってくれたんだから。お兄ちゃんって見てないようでちゃんと私達のこと見てくれてる。今日は一杯甘えよう。これでもかってくらいに。SIDE OUTSIDE 出歯亀「三人が出掛けたわね。追うわよアルフ軍曹」「了~解、美由希少佐」二人の格好は、そこらへんに居る小ギャルのような露出が少々多い服に―――ミニスカとか半袖で胸の部分がかなり大胆に開いていたり―――サングラスを掛けている。小ギャルの格好をしているので例に漏れず化粧を施し、美由希はそれに洒落た帽子をかぶり、アルフは髪をポニーテールにしている。ぱっと見、二人は都心部によく居そうな十代後半から二十台中盤くらいまでのギャルにしか見えない。「気配と魔力の消し方はバッチリね?」「訓練のおかげでバッチリです少佐」美由希は幼少の頃より剣士として育てられた為気配の殺し方は既に身に付けていた。アルフも気配の消し方は元野生動物である為完璧で、魔力に関してもソル達との訓練で以前よりも遥かに高いレベルでの制御が出来るようになった。そのおかげでいくら気配や魔力に敏いソルでも一定の距離に近付かなければ感ずかれることは無いと自信を持って言い切れた。「後は匂いね」「ああ、ソルは匂いにも敏感だからね」初めてアルフがソルに出会った時、ソルは嗅覚のみでアルフが人間ではないと見破ったのを思い出す。「でも、これさえあれば」手にした香水をシュッシュッと自分達の周囲に振り掛ける。アルフは自慢の嗅覚の所為で強過ぎる香水の匂いに顔を顰めたが、これで完璧にソルに嗅覚でアルフだとバレることは無い。パーフェクトだ。これで三人のデートのストーキングに心置きなく集中できる。「それにしても、まさかあのソルが自分から二人を誘うなんてアタシャ思ってなかったよ」「アルフよりも私の方がびっくりだよ? 何度も言ったけど、ソルが自分から誰かを誘って出掛けるなんて今まで無かったんだから」「口を開けば『面倒臭ぇ』だからね」「そうそう。昔っからそんな感じだったから、今回のことが気になって気になって」「だから今回のストーカー作戦を立案し決行したのですか少佐?」「スニーキングミッションと言いたまえ、軍曹」つまりはそういうことである。クスクスと笑いながら、それでも狙いを定めた鷹のような眼で楽しそうに笑う二人。実際、彼女達は楽しんでいる。こんな面白うそうなこと、見逃すなどという選択肢など存在しなかった。なんといってもあのソルだ。一体どういう心境の変化を起こせばデートになのはとフェイトを誘う? そもそもデートどころかCDを買う以外にまともな外出すら碌にしない男がである。「望遠鏡は持った?」「勿論です少佐」「デジカメのバッテリーは十分?」「予備もしっかり持ってきました」「三人の位置はしっかり把握出来てる?」「ソルは魔力隠してるけど、フェイトとなのははソルからの魔力供給のおかげで魔力が溢れ返ってるから手に取るように場所が分かります」「パーフェクトだ軍曹」「感謝の極み」