八月半ば。夕飯を食い終わって居間でまったりしていた時だった。「アリサちゃんとすずかちゃん、二人共明日から実家に帰っちゃうからしばらく遊べないって」「ま、仕方無ぇな」なのはが携帯電話片手に少しがっかりしたように報告してきた。確か二人の実家はかなり離れた場所にあったな。こういう時金持ちってのは自家用飛行機で帰省するんだろうか?「実家に帰った?」俺の肩の上でフェレット形態となり、一緒に新聞を読んでいたユーノがポツリと呟いた。「長期休暇だからな。そういうこともあるだろ」「実家………帰った」「ユーノ?」ユーノの様子が若干おかしい。何やらブツブツと呟いている。「ああああああああああああああああっ!!!」「うおっ!?」突然耳元で絶叫される。鼓膜がキンキンする。俺はギアに改造された所為か、動物程ではないが人間以上に聴覚が良いので、この不意打ちは凄く効いた。傍に居たなのははユーノの奇行に鳩が豆鉄砲食らったようにポカンとし、台所の方からフェイトの悲鳴が聞こえると同時にガチャンと皿が割れる音がして、「ユーノの馬鹿!! フェイトがびっくりしてお皿割っちゃったじゃない!!」とアルフの文句が飛んできた。桃子も訝しげに台所から顔を覗かせる。ちなみに、士郎と恭也と美由希は道場に居るので此処には居ない。「………な、何しやがる?」新聞を取り落とし耳を押さえて俺がユーノに文句を言うと、当の本人は床に降り立つと人間形態に戻り、慌てた様子で俺を両肩を掴んだ。「ヤバイよソル!!!」「俺の鼓膜がな」「違うよ、そんなのどうでもいいよ!! ジュエルシードの事件が起きてから僕、スクライア一族の方に一度も帰ってないし、それどころか連絡すら取ってない!!」「ああン?」ジュエルシードの事件が起きてからって、四月にユーノが家に来てから既に四ヶ月は経過している。「今更か?」「だって忘れてたんだからしょうがないでしょ!?」「分かったから落ち着け」このままでは俺に理由も無く一本背負いしてきそうな焦燥感を滲ませるユーノの手を下ろさせる。ユーノは頭を抱えると、床に四つん這いになった。「ヤバイよ、きっと皆心配してるよ。ロストロギアを探索して四ヶ月、その間全く音沙汰無しで行方不明………最悪、もうお葬式とかされてるかも」「それは~………どう思う? お兄ちゃん」「リンディ達時空管理局がどう報告したかによるな」確かあの時、契約の中には『俺達に関する情報の一切は報告しない、また、俺たちに関して詮索しないこと』というのがあって、俺達が事件に関わったこと自体が隠蔽された筈だ。あの女狐が俺との契約をしっかり守っていれば。しかし、『報告しない』というのはあくまで時空管理局内のみという解釈も出来るので、スクライア一族の方には最低でもユーノがちゃんと生存していることが伝わっているかもしれない。………そう考えると、俺達のことも”プライベートでの付き合い”で上司や同僚に情報を回している可能性があるな。俺も『絶対に他言無用だ』とまでは言わなかった。人の口に戸は立てられない。逆に意識させるとつい口を滑らせる可能性もあるからだったんだが、甘かったか。「一応、ちゃんと連絡取るか帰省した方が良いんじゃねぇか?」「………やっぱりそうだよね」ユーノが顔を上げる。頼むからその死人みたいな時化た面を俺に向けるのは止めろ。「でもさ、ユーノくんの一族って墓荒らしの真似事しながらあっちこっちの世界で旅してるんだよね? どうやって連絡取るの?」「墓荒らし違うから!! 遺跡発掘だから!!」「盗掘だっけ?」「それも違う!!!」なのはとユーノが即席で漫才を披露する横で、俺は黙考していた。連絡手段も無ければ、数多に存在する次元世界で今何処に居るかも分からない。こんな状態で一体どうしろと?「………ミッドチルダに行けば、ユーノの一族がどうしてるか分かるんじゃないかな?」そんな俺の疑問に、台所から居間にやって来たフェイトが少し落ち込みながら答えてくれた。きっと、割れた皿はアルフと桃子が片付けるからと言われて台所を追い出されたな。「ミッドチルダ? お前らの魔法の術式と同じ名前の地名か?」「うん。ミッドチルダ式魔法の発祥の地で、最先端の魔法技術を持つのがミッドチルダ。時空管理局もミッドチルダが中心になって運営してるから、ソルは管理局に協力してもらうのは嫌かもしれないけど、スクライア一族が今何処の世界に居るのかくらいなら受付とかで教えてくれるんじゃないかな?」「それだ!」フェイトの言葉にユーノがたちまち元気になる。「フェイトちゃん、冴えてる!!」なのはの賞賛にフェイトが「えっへん」と胸を張る。立ち直り早いな。「ならそれで決まりだと言いたいところだが、そのミッドチルダに行くにはどうしたらいいんだ?」「次元転送を使えば………」急に自信無さげになるフェイト。「使えば?」「………たぶん、行けるんじゃないのかなぁ………」なんでそこで曖昧な表現で尻すぼみになるんだよ。俯いたフェイトの頭に手を乗せ、どういうことか聞いてみると、「………座標、忘れちゃった」申し訳無さそうにしょぼんとしてしまった。フェイトの感情に呼応するかのようにツインテールまで元気無く項垂れてしまう。「バルディッシュのデータん中に残ってるんじゃねぇのか?」「っ!! そういえばそうかも!!」パッと表情を輝かせると、「すぐにバルディッシュに確認してみるから待ってて!!」と自室に走り去ってしまった。間抜けだなぁフェイトは。ま、そういう天然なところとか、表情がコロコロ変わるとことかが可愛いんだけど。娘的な意味で。「むぅぅ」その時、何故か俺を見てなのはが唸っていた。「何だよ、なのは?」「フェイトちゃんズルイ!!」「はあ?」膨れっ面のまま俺にしがみつくと、「お兄ちゃんってすぐ眼に出るんだから………私だって……」とかなんとか言ってるのが聞こえる。………いや、何だ?「とりあえずこれで帰省する目処が立ったな」「そうだね。次元転送って距離に比例して魔力と時間が掛かるけど、ソルが居れば魔力の回復なんて待つ必要無いし、時間だって今更急いでも意味無いしね」ユーノがいつもの明るい調子で応える。「………スクライア一族か」こうして、これから数日間の俺達の予定が決まった。「あ、ちなみにミッドチルダの座標だったら僕覚えてるよ」「それを先に言えよ」ユーノのその発言は、ウキウキ気分のフェイトが戻ってくる三秒前だった。背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 前編ミッドチルダの首都・クラナガン。その中央に建設された馬鹿みたいな高さを誇る高層ビルが俺達の前に立ちはだかった。時空管理局ミッドチルダ地上本部。二日前から数日間は外泊出来る荷物の準備をし、今日の朝一に出発。五人で円陣を組み、全員が真ん中で手を添える。俺達の中でメインで次元転送魔法を行使するのはユーノ、補助としてフェイトとアルフ、魔力ブースターの俺、補助系の中で転移・転送が苦手はなのはは居るだけ、という形でミッドチルダに跳んだ。ようやく転移を終えると、「何処だ此処は?」って感じの見知らぬ森の中に居たので、とりあえず森を抜けるまで飛行魔法を発動させて移動する。森を抜けると市街地っぽい場所に出る。魔法が認知されてる世界だってのに、市街地での飛行魔法の使用は落下事故や建造物・航空機との衝突を避ける為に緊急時以外は許可されていないとかなんとかで、それからは徒歩。全く面倒臭ぇ。勿論、この世界での通貨なんて持ってないのでタクシーやリニアレールの利用なんて出来っこない。俺のみ渋々、持ってきた水筒や菓子で水分補給や小腹を満たしながらひたすら歩いた。道中、なのはが物珍しそうにあっちをフラフラこっちをフラフラしそうになっていたので俺が手を繋ぎながら。それを羨んだフェイトとも手を繋ぎながら。不幸中の幸い、ガキ共は訓練のおかげで体力がついていたので長時間の歩行に文句一つ言わず、むしろ俺を除いた全員がピクニック気分だった。世界が違えば文化も違う。地球より遥かに進んだ科学技術で作られた物は確かに眼を惹く。ガキ共は地球とは何処が違うか探しながら歩いていたので、こいつらがそれ程時間の経過を体感してないなら僥倖だ。んで、四時間近く歩き続けてやっと辿り着いた訳である。「此処がリンディやクロノが所属する組織の総本山か。無駄にでかいな」「いや、違うよ」「は?」俺の独り言をユーノは否定する。「リンディさん達は次元航行部隊で”海”所属。此処は”陸”の本部だよ」「”海”? ”陸”? 同じ時空管理局だろうが」ユーノの言ってることがいまいち分からない。どっちにしろ同じ組織であることに変わりはないと思うんだが。「まあ、確かにソルの言う通り同じ組織なんだけどね。う~ん、縄張りが違うって言えば分かりやすい?」「なんとなくな」同じ日本の警察でも所轄が違えば首を突っ込んでくるな、というのは刑事ドラマとかでもよくあるしな。それと一緒だろうか?聖騎士団じゃそんなこと無かった。聖戦時代は人類同士でいがみ合ってる余裕すら無かったからな。ギアというはっきりとした”敵”が居たから当然か。ま、時空管理局の組織図なんざ正直どうでもいいので興味無いが。「じゃあ此処で待ってて、僕が中でスクライア一族のこと聞いてくるから。どうせソルは中に入りたくないでしょ?」「ああ」所属が違うとはいえ、万が一あいつらと出くわしたら面倒なことになりそうだから嫌だ。「行って来るね」たたた、とユーノはビルの中へと入って行った。なのはとフェイトとアルフが「いってらっしゃ~い」と手を振っていた。「お待たせ」五分も経たずにユーノが帰ってきた。「随分早ぇな」「うん。受付の人に聞いたら通信で本局の人にすぐ問い合わせてもらったから」「本局?」またもや聞いたことの無い単語だった。「正式名称は時空管理局本局。リンディさん達が所属する次元航行部隊の本拠地で通称”海”だよ」俺となのはは「ふ~ん」と頷いた。はっきり言って、あんまり興味無い。「教えてもらった座標は前に一度行ったことがある世界だし、此処から地球よりは近いからソルの魔力があればすぐに行ける筈さ」「なら行くか」「え? 今此処で転移するの?」「転移するだけなら別に誰かに迷惑掛ける訳じゃ無ぇから構わねぇだろ?」「………そっか、そうだよね」少しの間逡巡したユーノだが、頷きながら納得するのを確認すると俺は手を差し出す。すると、ユーノとフェイトとアルフ、そしてなのはが手を重ねる。足元に俺達五人をすっぽり包める程の大きさの緑の円環魔方陣が浮かび上がり、それに重なるように金色とオレンジ色の魔方陣が出現する。俺から流れ込む魔力を取り込んだその瞬間に利用されている所為か分からないが、それぞれの魔方陣がルビーのような赤い光―――俺の魔力光だ―――を纏う。「転送開始」ユーノの言葉と同時に魔方陣から発する光が視界を埋め尽くし、俺達はミッドチルダを後にした。「たた、大変です!! 今、入り口のすぐ傍で推定オーバーSランクの魔力が!!!」「何だと!?」「一体どういうことだ!?」「分かりません!!」「新手のテロか!?」「今調査中です!!!」「おい!! あそこに居る子ども達じゃないのか!?」「何だこの魔力は!?」「あんな子どもがこんな馬鹿魔力で何する気だ!!!」「………って消えたぞ!!」「転移したのか!?」「捕捉は!?」「すいません!! 間に合いませんでした!!」「何だったんだ一体!!!」「分かりません!!!」実は滅茶苦茶迷惑を掛けていて、地上本部の一部は一瞬大混乱に陥っていた。補足説明ソルの魔力光が三人の魔方陣に纏うように光っていた理由は、三人がソルを媒介にした上で魔法を行使していたから。ソルから供給される魔力をブースターとして使用しつつ、ソル本人を術式の補助の一部として組み込んでいたからである。特に違和感とか感じないので本人はそのことに気が付かない。自分は手を重ねて突っ立てるだけとしか思ってない。三人のことを信頼してるので今回の魔法に関しては、車で言う”後部座席に乗ってる気分”。だから気付こうともしない。ちなみに、ソルが居ないとこの次元転送魔法は成り立たない。