時刻は午前五時五十二分。「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」鼓膜を叩くのは自身のゆっくりとした呼吸音。それ以外は聞こえない。人気の無い森の奥。そこに木々がぽっかりと空いた広場のような空間に俺は一人で居た。服装は”以前の俺”が着ていた赤いジャケットと白いズボン。勿論サイズなんて合ってる訳無いので上はダボダボ、下はずり落ちないように右手で押さえる。額には引っ掛けてあるだけのヘッドギア。こっちも当然サイズが合ってない。左手には封炎剣。こちらの手もヘッドギアが落ちないように剣を持ちながら押さえる。傍から見たら、サイズの合った服を買ってもらえない子どもかただの馬鹿に見えるだろう。だが、こんな間抜けな格好をしているのはちゃんとした理由がある。「良し、もう一回試してみるか」完全に整った呼吸と戻った体力を確認し、封炎剣の柄を握り直し、意識を集中する。術式を構築、展開、完成した構成に必要な魔力量を計算。計算に基づいて魔力を正確に効率的に式へと流す。今まで窮地に陥った時に何度も繰り返してきた力の解放。その工程一つ一つをゆっくりと慎重に行う。ギア細胞抑制装置であるヘッドギアを式と連動させ、俺の中のギアの力を制御下に置く。式に流れた魔力に反応して封炎剣が炎を纏う。それをなるべく最低限に抑え込む。………法術完成。後はトリガーを引くだけ。「………いくか」大きく息を吸ってから、俺が生み出した俺にしか使えない、俺の為だけに存在する法力を解放する。「ドラゴンインストォォォォォォル!!」瞬間、俺の足元から火柱が立ち昇り、一瞬で全身を呑み込む。全身を包み込む炎に身を任せながら俺の身体に変化が現れる。骨格は子どもから大人のそれへとなり目線が高くなる、細い手足は筋骨隆々でありながら無駄な肉が一切無い鍛え抜かれたものになり、さっきまで全く合ってなかったサイズはぴったりになる。炎が消えると、そこには全身を赤い魔力で輝かせながら佇む”大人の姿”の俺が居た。高町家に居候することになってから一ヶ月が経過。まず手始めに俺が行ったことは、肉体がギアであるというのにヘッドギア無しでも負担が掛からないことに対する調査、の前にヘッドギアの改造だった。ギアになった当時は、激しい破壊衝動と頭痛、俺という意識がギアの力に侵食されるような不快感に襲われた。あの時はこれらから一刻でも早く抜け出したくて死に物狂いで抑制装置を開発したのをよく覚えている。だがこの身体は―――理由が全く不明なのが腹立たしい―――ヘッドギア無しの状態でも普通に生活する上では何の支障も無いらしい。かと言って、現状に甘んじていざという時に対応出来ないのは困るので、とりあえず今の体格に合うようにフレームは勿論、中身の機能も魔改造することにした。材料と道具は士郎に頼んだら理由も聞かずにあっさり手配してくれた。「いや、お人好し過ぎんだろ、せめて何か言え」っつったら「俺はこれでも人を見る目はあってね。何をするつもりか知らないが悪いことをする訳じゃないのは分かってるよ」っと返されたので、すっかり毒気が抜かれてしまった。ま、理由を聞かれたら「ヘッドギアを改造する」ぐらいの答えしか残されていないので好都合だったのだが。んで、魔改造の過程で法力が上手く行使出来るか色々試してみると、拍子抜けするぐらいに上手くいく。というより、以前よりも効率的かつスムーズに放出することが出来る。これの理由もさっぱり分からん。ヘッドギア云々法力云々は副作用やアフターリスクが無いらしく、身体に何らかの変調をきたしている訳ではないので放置しているが、どうにも理由が解明できないのが気持ち悪い。良かったこと7:不満3の割合で身体に関しては一応解決した。本当は血液検査とか塩基配列の確認とか医学的な調べ方もしたかったのだが、俺一人では外見年齢的に無理だし、ギアに関しては誰にも知られる訳にもいかないので協力を仰げない、よって諦めた。次にしたことはこの世界を知ることだ。主な情報源は、新聞、テレビ、インターネット、文献や図書館など、手を伸ばせば届く範囲は片っ端から手に入れた。結果分かったことは、この世界は俺の世界ととても近いが少し違う。日本、アメリカ、フランス、ドイツなどの国名は二つの世界でほとんど合致するが、俺の知っているものと若干形や位置が異なっていたり、歩んだ歴史が知らないものであったり、その国の土地名や首都名があったり無かったり違う国にあったりとかしていたからだ。文明レベルは病院で士郎から聞いていたので確認するまでも無かったが改めて調べた。やはり俺の世界で魔法が理論化される少し前といった感じだ。この世界は俺の世界と比べると平和そのもの。確かに一部の紛争地帯(日本から遠くかけ離れた国)では内戦やら何やらがたまに、本当にたまにニュースで流れてくるが、高町家が存在する此処海鳴市には関係無い。何だか予想していたこと(危機的状況)が一つもかすりもしなかったので何度も拍子抜けした。情報を集める過程で、なのはが俺の後を刷り込みされたヒヨコのようにちょこちょこついてきたり、俺を本好きと勘違いした美由希が本を貸してくれたが「こんなフィクションよりも学校の教科書とか寄こせ、お前のじゃなくて恭也の、できれば歴史と理数系」と言ったら落ち込んでいた。ヘッドギアの改造が終わり、知り得た情報を整理して吟味する作業が終わると、一気にやることが無くなってしまった。これまで急ピッチで行ってきたので一週間しかかってないが、もっとゆっくり焦らずやれば良かったんじゃないかと少し後悔した。そこに滑り込むように、士郎と桃子からなのはの面倒を見てくれないかと頼まれる。俺としては空いた時間で身体と法力能力を鍛えようと思っていたので、なのはを見ている暇なんぞ無きに等しいのだが、此処一週間でやたらと懐かれてしまった所為で、俺の姿が見えないと俺を捜し求めて迷子になるという事態を引き起こすようになってしまった。そこまで懐かれるようなことを特に何かしてやった覚えは無いんだが。そのこと自体に俺の責任は皆無である筈だというのに恭也が血涙を流しながら「責任取れ!!」としつこく詰め寄ってきた。さすがの俺もあの鬼気迫る表情と血涙を流しながら迫って来るという今まで経験したことの無い謎のプレッシャーのかけ方にはドン引きして思わず頷いてしまったが、俺が了承したらしたで「覚えてろよ!! まだ決着はついてないからな!!」と捨て台詞を残していた。どっちなんだ一体?まあ、面倒臭いことではあるが俺自身育児経験が無い訳じゃない。短い間とは言えシン(失敗例)を赤ん坊の頃から育てていたから何となくコツは分かっている。さすがに魔法が存在しないことになっているこの世界でなのはを連れて法力の鍛錬とかできないので、あいつがまだ寝てる時間帯、つまり早朝に人気の無い森で人払いの結界と進入禁止の結界を張ってやることにした。で、驚くべきというか、やっぱりというか。この身体、色々と良い意味でおかしい。見かけ五歳児のガキだってのに以前となんら変わらない動きが可能で、法力の制御がやり易い。特に法力。普段使ってる戦闘用の炎は勿論、他の属性や補助用までもが以前よりも”上手くいく”。調子に乗って試しとばかりにドラゴンインストールを発動してみたら、此処で全く予期せぬ問題が発生した。体格が子どもから大人になる―――戻ると言った方がいい―――という変化だ。正直言って焦った。着ていた服は内圧でビリビリと音を立てて破れ、ヘッドギアは弾け飛ぶ。ヘッドギアが外れた所為で不安定になった式が不具合を起こし、予測していなかった事態に慌ててしまったので集中力が切れる。それによって式は完璧に崩壊、最後の緊急安全措置として強制解除される。強制解除後に大人から子どもへと戻ったことに安堵する間もなく、アフターリスクの激しい頭痛が襲い掛かる。ナイフで脳みそを掻き回されるような苦痛(式の発動失敗と強制解除、それとヘッドギアが無い所為か半端無ぇ程痛ぇ)に耐え切れず頭を抱えてのた打ち回る。「うがぁぁ!!」とか「うぎゃぁぁ!!」とか喚きながらゴロゴロと散々暴れると、丁度良い具合にあったそこら辺に生えてる木に頭を強打して泡吹いて気絶した。俺が今まで生きてきた中で最も無様な姿となった。誰にも見られてなくて本当に良かった。その後、いつもよりも一時間近く遅れて、しかも泥塗れのズタボロの姿になって帰ってきた俺―――集団暴行でも受けたと勘違いされたらしい―――を見て高町家の面子は呆然。次の瞬間、なのはは泣き出し、士郎は怒り出し、恭也はなのはが泣いたことにキレて、美由希と桃子が黒いオーラを放つ。なのはが泣き喚きながら抱き付き、士郎と恭也が烈火の如く問い詰めてきて(片方は明らかに俺の心配なんぞしてないが)、美由希と桃子が底冷えする笑顔で「どういうことなのか説明しなさい」とハモる。なのはと士郎と恭也の態度はある程度予想していたが、美由希と桃子のプレッシャーが予想とは遥かに比べ物にならんぐらいに洒落にならないレベルだったので(特に桃子)、パニックになった頭はつい「野生の熊に襲われた」と、口から出任せでももっとマシな嘘を吐けと後で自分を呪いたくなる真っ赤な嘘を吐いた。当然そんな嘘信じてもらえる訳が無いと思っていたのだが、驚愕すべきことに次の日には桃子の号令の下、士郎と恭也と美由希による熊狩りが決行された。そして数日後には、海鳴市の隣の隣の市にある山の奥で発見された雄の熊が一頭犠牲になった。濡れ衣により犠牲となった熊が、その日の内に高町家の鍋の中で哀れな姿となって現れた時はさすがの俺も罪悪感が沸いてきた。贖罪の意味を込めた食材に対する礼儀としてしっかり残さず味わって食った。食べている間は少しだけ目頭が熱くなった。高い授業料(払ったのは俺じゃない)のおかげで、二度とこんな間抜けなヘマをしない為に『大人用ヘッドギア』も作ることにした。今度こそ失敗しないように準備をしっかりし、慎重に慎重を重ねて実験し、見事に成功した。こうして成功した結果分かったことは、法力同様にギアの力の制御までやり易くなっていて、身体に掛かる負担も軽減されていたこと。ドラゴンインストールの長時間維持がぐっと楽になっていたこと。こんなに上手くいったことがかつてあっただろうか?しかし、切り札が以前よりも性能が上がっているのは喜ばしいことなのだが、服装とヘッドギアの付け替えという問題がある為、変な意味で使い難いものになってしまった。「はぁ」何だか自分でもよく分からない感情を溜息に込めて吐く。カイが「チート」と意味不明なことを俺に向かって言う姿を幻視したが気の所為だろう。きっと頭痛だ。ドラゴンインストールを解除してから着替える。腕時計を見ると午前六時四十八分。そろそろ帰って飯でも食うか。周囲を入念に見渡す。慎重に法力制御をやってるといえ此処は森の中。火事にでもなったら責任取れっこないので燃え移った木が無いかチェックする。見当たらない、上出来だ。封炎剣を布に包み、ヘッドギアを外して持参したリュックに服と共に突っ込むとその場を後にした。「お! お帰りソル」「ああ、今帰った」丁度道場から出てきた士郎と玄関で鉢合わせになる。「恭也と美由希はまだやってんのか?」言って俺は母屋の隣にある道場に眼を向ける。「ああ、もう少し型を確認したいと言っていたな」「生真面目なこったな」高町家には道場が存在する。日本の一般家庭は道場を標準装備しているのかと言えば、答えはNO。では何故そんなもんがあるのかと言えば、答えは簡単、高町家は少し、いや、かなり”一般”じゃない家庭だからだ。『小太刀二刀御神流』という剣術―――正式名称は確か、古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』だったか?―――を代々受け継いでいる家系、それが高町家らしい。実際にやっているのは桃子となのはを除いた三人。師範の士郎、その弟子の恭也と美由希だ。実際にどんなもんか訓練を見せてもらったが、なかなか実践的でいかに効率良く敵を殺傷するかに重きを置いた剣術だった。しかも暗器まで使うらしい。殺すことに徹底してやがる。内心はお遊戯剣法と高をくくっていたのだが、気が付けば感心していた。何より奥義の神速とか言ったか? 似非忍者の瞬間トップスピードと同レベルの速さがある。あの野郎は確か”気”の使い手だった筈だが、こいつらは”気”の使い手じゃないってのに大したもんだ。他の奥義にガードを貫くやつとか防御をすり抜けるやつとかあるらしいから、これなら法力無しでも武器さえちゃんとしたもんがあれば中級以下のギアなら難なく倒せるんじゃねぇか?こいつらと戦うことをシュミレーションしてみる。恭也と美由希は経験もまだまだ浅いし発展途上、法力無しでもどうとでも料理できるが、士郎は無理だな。パワーはこっちが圧倒的に上だが、スピードじゃあっちが上だ。法力あり、もしくはドラゴンインストール状態じゃねぇとあの動きには付いていけねぇ。負ける気はしねぇが手を抜いて勝てる相手とは思えねぇ。つーか、俺がそんな評価を下さなけれりゃならない士郎は一体何者なんだよ? 本当に人間なんだろうか? 機会があればこいつのDNAでも解析してみたい。「恭也も美由希も成長期だから、自分の身体に合った動きを掴もうと必死なんだよ」「程々にしとくんだな」「ソルもやるかい?」「気が向いたら組み手の相手ぐらいならな」俺は一度道場を見上げると家の中に入っていった。シャワーに入り服(恭也のお下がり)を着替えて居間に移る。「あらおはよう」「ああ」桃子の挨拶に短く答えて新聞を広げる。朝食ができるまでざっと流し読みするのが日課になっている。「ソル? 朝ご飯できたからなのは起こしてきてあげて、ついでに恭也と美由希も呼んできて」「ん」しばらくして桃子にそう告げられたので階段を登る。つい最近の俺は、桃子の言うことに大人しく従っているのが多い。初めて出会った頃は確かに反発したが、それ以降は特に反論する気も起きないからだ。というか、反論しても無駄だ。あの笑顔と妙なプレッシャーで迫られると、気が付けば「………ああ」とか言ってる自分が存在するからだ。桃子のあれはきっと法力とは全く違う体系の能力、ESPとかを先天的に持っているんじゃないか?高町桃子は実は精神感応系のエスパー能力保持者ではないのか、と思考を走らせながら俺は自分の部屋に入った。そう、自分の部屋である。何故かというと、なのはが俺に宛がわれた部屋―――ベッド―――で寝ているからだ。懐かれているというのは分かっていたんだが、一緒に寝たり風呂に入ったりとかまでやらされるとは思っていなかった。断ろうとするとなのはが泣きそうになる→それを見て恭也がキレかける→桃子の介入→うんざりしながら了承する俺→キレる恭也(何なんだお前は?)→再び桃子介入→沈黙する恭也。といった具合に俺の傍=なのはという図式が出来上がってしまっていた。ちなみに、美由希もなのはに便乗しようとしたが一蹴した。ガキは一人で精一杯だ。「おい、起きろ甘ったれ。飯だ」「ん、んにゃぁ………後で」「後でじゃねーよ、おら、起きろ!」布団を引き剥がして頭を鷲掴み、そのまま高々と掲げる。「んにゃぁぁぁぁ、いたい、いたいよおにいちゃん!!」「起きたか?」「起きた、起きたよぉぉぉ」涙目になってるので降ろしてやる。「ひどいよおにいちゃん、とりあえずおはよう」「おはよう寝坊助、飯だ、とっとと降りて来い」適当に挨拶交わして今度は道場に向かう。扉を開けて一言。「飯だ。その辺にしとけ」言うだけ言うと居間に戻ってくる。テーブルには既に士郎が席に着いてコーヒーを飲んでいた。「なのはは?」「もうすぐ来る」「そうか、コーヒー飲むか?」「ああ」士郎は喫茶店のマスターをやってるだけあって美味いコーヒーを入れてくれる。特別高い豆を使っている訳では無い。単に淹れるのが上手いのだ。まあ、俺はコーヒーについては素人同然なので上手く評価することなんぞ出来っこないが。ただ一言美味いと言っておく。食前の一杯を堪能しているとバタバタ音を立てながらこの家の子ども達が姿を現す。同時に桃子もサラダが入ったボウル片手に現れる。「おはよう、なのは」「おはよう、お父さん。お母さん」「おはようなのは、ご飯だから席に着きなさい」「はーい」なのははパタパタと小走りで当然のように俺の隣に座る。恭也の眉がピクッと反応する。「………なのは」「なに? おにいちゃん」「たまには気分を変えて、恭也の隣に座ってみたらどうだ?」「なんで? なのはの席はおにいちゃんのとなりって決まってるんだよ」俺がほんの少しだけ恭也の為を思って提案した意見は見事なまでに却下され、ガーンという擬音が恭也から聞こえた気がする。そしてなのはは無意識に恭也にトドメを差す。「なのはは恭也おにいちゃんよりおにいちゃんがいいの」視界の端で石化した恭也を哀れに思いながらコーヒーを啜った。「………分かった。もう二度とこのことは言わん、好きにしろ」「うん!」なのはが元気に答えるのを見計らったように、士郎が鶴の一声を上げる。「それじゃあ食べよう、いただきます」「「「「いただきます」」」」「………」俺もちゃんと日本の礼儀に倣う。声が一人分足りなかった気がするが気の所為だろう。朝食を終えると、恭也と美由希は学校へ、士郎は経営している喫茶店へそれぞれ出かけていく。喫茶店には桃子も行くが、食器の後片付けや洗濯・掃除などの家事がある為、士郎よりも遅れて出る。俺は家事の邪魔にならないように、なのはを連れてとっとと出て行く。なのはの年なら本来は幼稚園か保育園に行く筈なのだが、それらの託児所の類は今何処も定員ギリギリらしい。海鳴市は海と山に囲まれて自然が豊富、交通のアクセスも良く、流通が発展しているので人も物も集まり、ベッドタウンとしての評価も高い。そうなると住宅街が必然的に多く、それに比例して世帯数も多い。となると、当然の結果として子どもの数も増えてくる。しかし、人が増える量に対して託児所類の施設が追いついていないらしい。役所なり町内会なりが施設を増やそうとしたり、地域コミュニティーを形成したりして子どもを預かろうと頑張ってはいるのだが、予算や人手の問題もあってなかなか上手くいかないらしい。では、なのはは俺が来るまでどうしていたのかというと、士郎と桃子が経営している喫茶店「翠屋」で過ごしていたという。開店当初はまだなのはの面倒を見ながら店の仕事も出来たらしいが、最近では少しずつ客数も増え、常連客も出来始めていたから内心どうしようか困っていたらしい。そこへ俺が高町家に転がり込んで来たのを幸いになのはをお願いされてしまった、というのが今の俺の状況だ。で、引き受けてしまった以上責任持ってなのはの面倒を見ることになったが、特に何かする義務も無ければ行動の制限もされてる訳では無いので俺は好き勝手にすることにした。はっきり言って暇潰し以外の何物でもないので、場所を決めずに海鳴の街をフラフラ宛ても無く歩き回るか、海鳴市の豊かな自然を最大限に利用して森に入って食える植物や茸の見分け方・小動物相手の狩りの仕方・海や川で魚の捕り方を教えたり、CD屋でイギリスのロックバンドの素晴らしさを懇切丁寧に説明したり、翠屋の休憩室を占拠して読み書きから一般教養まで勉強を教えたりした(シンみたいにならないように注意して)。腹が空いたら翠屋で士郎と桃子にたかるか、海山川で採れる物をその場で食って空腹を凌いだ。あっちこっち行っては何かやらかしていたので、俺もなのはも数日に一度は泥だらけになって帰ってくることがよくあったが、咎められることは無かった。朝は鍛錬、朝食後は二人で出掛けて、帰って来たら一緒に風呂入って、夕飯食いながらなのはが今日のことを士郎達に話して、一日の終わりに一緒に寝る。それが高町家に来てからの日常。俺の毎日になっていた。平穏な毎日。戦いの無い生活。魔法も、ギアも存在しない世界。―――悪くない、全く悪くない。今日も一日いつものように外を走り回っていたので、なのははベッドに入るとあっと言う間に深い眠りに落ちていった。俺はそんななのはを眺めて苦笑した。明日は何処に連れてってやろうか。昨日は海だったし今日は森、明日は川原にでも連れて行こうか? それともまた勉強でも教えてやろうか? シンみたいになったら大変だからな、そこら辺はしっかりしねぇと。腕にしがみついて離れようとしないなのはの頭を撫でながら明日のことを考える。「………おにい、ちゃん」ふと、なのはが寝言を言う。「家族………か」もし、元の世界で魔法が理論化されていなかったら、俺はどんな生活を送っていただろう。士郎のように妻を娶って、なのはみたいな子どもが生まれて、高町家みたいな家族を作って毎日仲良く生活していただろうか。「今更だ………今更過ぎる」俺にもかつて家族が居た。友人も居た。特定の女と付き合ってもいた。普通の生活だった。普通過ぎて退屈を嫌い、常に刺激を求めるような日々だった。そんな時だった、魔法に出会ったのは。人間の創造の産物でしかなかった魔法。理論化された技術。無限のエネルギーを生産する”力”。誰もがそれに興味を持ち、一度体験してみれば歓喜した。世界中の誰もがそうだった。俺もその一人だった。些細なことを切っ掛けに魔法に触れ、魔法が持つその”力”に魅了された………………されてしまった。特に俺は才能があった所為か、日を追うごとにどんどんのめり込んでいった。毎日毎日、来る日も来る日も魔法魔法魔法、魔法漬けの生活。家に帰らなくなり、研究室に寝泊りするのは当たり前。幸い、友人も恋人も俺と同じ人種の人間だったから離れることはなかった。寝る、起きる、食う、研究する、寝る、起きる、食う、研究する。『魔法』によって行使される”力”はやがて『法力』と呼ばれるようになり、『法力学』という分野が生まれた。法力学で論文を発表する度に俺の名は売れ、賞賛の声と尊敬の念を一身に受けては有頂天になり、それが原因でますます深みに嵌っていった。そして俺は「あの男」と共に、全ての悪夢の始まりである計画に手を出してしまうのは、魔法が理論化されてから四年後のことだった。魔法を用いた人類の人工的生態強化計画、通称『GEAR計画』。概存生物を素体にし、強靭な生命力と備える『新しい種族』を生み出すことを目的とした神への挑戦。科学者としての俺は「神の所業」とも言えるその計画に着手しないという選択肢など存在しなかった。だが計画発足から二年後、俺は「あの男」の罠に嵌り、その手でギアへと改造を施されていた。世界初の人型ギアのプロトタイプとして………!!!実験結果はこれ以上無いほどの大成功を収めていた。『ギア』の誕生だ。俺はギアとしての力を覚醒させ研究施設から脱走。しかし、人外の力を手にした俺に帰る場所など無かった。もう俺は帰れない。力を得ることに夢中になり過ぎて、帰るべき場所を蔑ろにし、結局自らの手で何よりも大切だったものを捨ててしまった。―――――既に『フレデリック』という人間は死に、『ソル=バッドガイ』というギアが誕生した瞬間だった。この時点でようやく―――人間じゃない化け物に生まれ変わって初めて―――自分がいかに愚かで恐ろしいことに手を染めていたかに気付くが、時既に遅し。復讐と贖いを誓って放浪を続けること約六十年。某先進国で再びギア計画が発足される。そして某先進国はギア製造法を独占したまま他国を制圧しようとする。しかし、情報というものは何処かで漏れてしまうものである。他国に渡ったギア製造法。先進諸国は先を争うようにギアを生産。命令に従順なギアを用いた最低最悪の戦争が火蓋を切る。終わることの無い人類同士の戦争は、一体のギアが製作されたことによって更に悪い方へと展開する。一際強力な戦闘能力と確固たる意思を持ち、完全自立の完成型として生まれたギア。その名を自ら『ジャスティス』と名乗り、種の存在意義を唱え、全てのギアを従えて人類に宣戦布告。これに対して人類は急遽団結し、対ギア組織『聖騎士団』を結成、ギアに対抗する。『聖戦』の勃発。それからほぼ百年近く、人類とギアとの聖戦は続いた。「ッ!! ………ハァ…ハァ…ハァ…」そこまで”見て”俺は飛び起きた。寝汗で身体はびしょ濡れ。張り付く寝巻きが不快で仕方が無い。すぐ傍で寝ているなのはを起こさないようにベッドから出る。腕時計で時間を確認すると午前一時。まだ深夜だ。俺はとにかく火照った身体を冷やしたくてシャワーを浴びることにした。風呂場まで急ぎ、頭から冷たい水を全身に浴びる。五分程水を被っていたおかげでようやく冷静さを取り戻す。夢を見て思い出した所為か、今ならはっきりと分かる。何故、士郎が俺を引き取りたいと言った時に、あそこまで反発したのか。―――怖かったんだ。また、自分で帰る場所を失くすことが。大切なものを失くすことが。―――同時に嫉妬していたんだ。こいつは俺には絶対に手にすることが出来ないものを持っていると気が付いて。―――だが、それから病院を出て、桃子に会い、この家に初めて踏み入れて、温かい料理を食べて。―――『ああ、良いな』と、心の奥底で思ってしまったんだ。その感情を認めたくなくて、でも結局誘惑に負けて、俺は今此処に居る。「我ながらガキだな………百年単位で生きてる癖して」自嘲気味に笑うと、水を止める。まだ乾いていない身体と寝巻きは法力で無理矢理乾かす。今のところはこれでいい。改めて着替えようとしても着替えを引っ張り出すのにうるさいだけだ。部屋に戻る。やはり俺が寝ていた場所は乾いていないので、こちらも法力で乾かす。ただしなのはが寝ているので慎重に、起こさないように静かに。幸せそうななのはの寝顔を見ていると、心が暖かくなってくる。自然と手がなのはの頭を撫でる。そういえば、シンの頭を撫でてやるなんてことが碌に無いのを思い出し、少し後悔した。あいつは俺を『親父』と呼んで慕ってくれたってのに、俺は一時期の”代わり”とはいえ父親らしいことはあまりしてやらなかった。「本当に、今更だな」もうシンにしてやれることなど何一つ無いのに、今更未練がましい。そもそも俺は、この世界に来た時、帰る手段を模索しただろうか?答えは否。それにもう、元の世界に戻る手段があったとしても戻る気など無い。俺のことを家族として迎え入れてくれた高町家の面々。士郎、桃子、恭也、美由希、そして、なのは。今度こそ、絶対に失わない。失ってたまるか。必ず守ってみせる。―――俺の家族を。一言あとがきソル、早過ぎるデレ期到来でも態度と口調はぶっきらぼうなままの筈?www