「………あ? 此処は………何処だ?」気が付けば見知らぬ場所に立っていた。辺りを見渡す。青い空の下、俺は起伏の無い平らな牧草地帯のような所に居た。眼の前に広がる緑の平原と青い空と輝く太陽。全くと言っていい程見覚えが無い。その光景を不審に思いながら、俺は今日の出来事を振り返る。朝起きて、土曜日だから魔法の訓練をガキ共として、開店から閉店まで翠屋手伝って、帰宅して夕飯食って寝た。「?」こんな場所に居る心当たりが無い。俺は首を傾げながら飛行魔法を発動させ、とりあえず空から周囲を観察しようとして、「これは夢だよ」突如、背後から声を掛けられ身体を硬直させる。今まで気配が無かったというのに、声を掛けられるまで全く気が付かなかった。相当の手練。しかし、そんなことよりも驚くべきことがある。その声は聞いたことがあった。だが、今は決して聞くことが出来なくなった筈の声なのだ。まさか………ゆっくりと振り返る。「………爺」そこに居たのは、白いテーブルの前に優雅に腰掛けたスーツ姿の初老の男が、これまた優雅な動作で紅茶を啜っている。かつて何度も闘い、結局勝負を着けることの出来なかった喧嘩仲間。「キミも一杯どうかね? ダージリンの安物だが、シャロンが淹れてくれた紅茶は安物とはいえなかなかに美味い」カップ片手に、自分の向かいの席を俺に座るように促す。「てめぇがなんで此処に? つーか此処は何処だ? 俺に一体何があった?」「聞きたいことがあるのは分かったが、まずは落ち着いて腰を据えるのはどうかね? キミは昔からことを急ぎ過ぎるというか、人の話を聞く姿勢がなってないというか、そういうところは何年経っても変わらんね。まあ、こうして友人の変わらぬ姿をまた見れるというのは、純粋に嬉しいものだよ」呆れたように、諭すように、嬉しそうに微笑みながらパイプを燻らせる。「ちっ」舌打ちをして、爺の向かいにドカッと座る。「久しぶりだね」「………ああ。しばらくだな」何年ぶりだろうか? 俺がなのは達と出会ってからは会える訳が無かったし、俺が元居た世界でもこいつは『隠遁する』と言って最後に勝負をして以来、会っていない。爺はカップを置き、テーブルに肘をついて手を組む。いちいち動作が優雅だ。「此処は何処だ?」「先程言った通り、これは夢だよ」「夢?」俺の疑問が面白くて仕方ないのか、くつくつと静かに笑いながら爺は答えた。「安心したまえ。キミの肉体が異種の住む世界に転移した訳でも、キミの意識が時間旅行をした訳でも無い。これは、キミの脳が睡眠時に見ている夢だよ」その言葉に、俺は深々と溜息を吐いた。そんな俺の様子を見て、爺は煙を吐き出しながら笑う。「ふふふふふ………よほど今の生活が気に入っていると見たね」「………舐めてんのか、てめぇ?」「いやいや、馬鹿にした訳では無いよ。ただ、微笑ましくてね」「ああン?」俺の意味が分からず口調を荒げた。「昔のキミは言うなれば、そう、まさに爆炎だった。触れるもの、近寄るもの、全てを灰にする復讐の炎」「………」「しかし、今のキミはとても穏やかだ。寒さに凍える人を暖める暖炉のように」「腑抜けたって言いてぇのか?」「そうじゃない。シャロンと出会った時の私と少し似ていたのさ」爺は遠い眼をすると、カップを手に紅茶を口に付ける。「良いものだろ? 愛する者、護りたいと思う者が居るというのは………一度全てを失ったキミとしては、特に」「フン」爺から視線を外して、平原を改めて見る。此処は穏やかで、美しい青と緑が何処までも広がり、優しい風が時折吹き、柔らかい日の光が世界を照らす。爺はこれが夢だと言った。なら、此処は俺の心象世界なのだろうか?今の俺の中は、こんなにも平和な世界だというのか?(………否定はしねぇ)もう俺は、復讐の為に『あの男』を追い続けていたかつての俺じゃない。今は高町家の次男、なのは達の兄だ。だとしたら、この世界があり得ないとは言い切れない。「ふむ………今のキミはなかなか興味深い日々を送っているようだ。差し支えなければキミの身体が目覚めるまでで構わない。キミが今までどのように生活していたのか話してくれないかな?」「面倒臭ぇ」「キミとは拳で語ることは数え切れない程あっても、こうして膝を突き合わせて話合うことなど数える程度しか無いだろう? たまには、こういうのも良いんじゃないかね?」「………ちっ、しゃあねぇな」「ふふふふふ、なんだかんだ言って付き合ってくれる。私は本当に良い友人を持ったものだ」「爺がはしゃいでんじゃねぇ」年甲斐も無く浮かれた爺を黙らせると、俺は話し始めた。「………とまあ、こんなもんだ」俺は語り終えると三杯目の紅茶を啜る。「いやはや、なんとも面白い話を聞かせてもらったよ。こんなに面白いと感じたのは何時以来だろうかね?」「知るか」爺はさっきから上機嫌だ。特に俺がなのはから『お兄ちゃん』と呼ばれてる辺りから必死に笑いを堪えてやがった。俺はその度に何度こいつをぶん殴ってやろうかと思ったが、なのはから『お兄ちゃん』と呼ばれてるのは事実だし、今更止めさせるなんて不可能だ。だから俺は、自制心を総動員して我慢した。ぶん殴るのは後でにしようと考えながら。「キミの話が間に合って良かったよ」「ああ?」爺はふいに立ち上がり、構えた。「もうすぐキミの身体が眼を覚ます」「そうなのか?」「うむ。それまでに聞き終えることが出来たのだから、私のとっては僥倖さ。なかなか楽しめたよ」そこで何故構える必要がある?「キミの愛しい姫君達がお呼びだ。キミとお別れするのは残念だが、今日は闘う以上に得るものがあった。私は満足だよ」「………で、こっちに向けた拳は何のつもりだ?」「何、簡単なことだよ。キミを送り出す儀式だ」「儀式?」「星となれっ!!!」「っ!? ぐあぁぁっ!!!」いきなりショルダータックルを食らった。拳はフェイントかよ!!!「青春よ 血で血を洗う あぁ慕情」意識が途絶える最後の瞬間に、爺の下手糞なHAIKU(俳句に非ず)が聞こえた気がした。「野郎っ!!!」「「きゃあああああああ!?」」俺は飛び起きると周囲を索敵する。一発殴り返さないと気が済まねぇ。ベッドから少し離れたところに、既に普段着に着替えたなのはとフェイトが驚いた表情で俺を見ていた。「………ああ?」………?あれ?そもそも、なんで俺は索敵なんかしてんだ?殴り返すって誰に?誰かに一発かまされたのは覚えてるんだが、一体誰に、何処で、具体的に何をどうされたのか忘れてしまった。「………ま、いいか?」そもそも夢で見た内容だし、覚えてないならそれ程重要なことじゃないんだろう。俺はそう納得するとベッドから降りる。「ところでお前ら、何してんだ?」まだ固まっている二人に声をかける。「ななななななんでもない!! なんでもないよ、お兄ちゃん!!!」「そそっそそうだよソル!! 別に寝てるソルに対して変なことしようとした訳じゃ―――」「フェイトちゃん!!!」「っ!! ごめんなのは!!」「???」テンパッてる二人の言いたいことがいまいち理解出来ない。要領の得ない言葉の内容がどうでもよくなってくる。「何を言ってるのかさっぱり分からねぇが、とりあえずおはよう。そして出てけ、着替えるから」「「お、おはよう!!」」挨拶の言葉を言いながら蜘蛛の子散らすように部屋から出て行く二人の後姿を見て、俺は欠伸を噛み殺した。上着を脱ぐと、結構寝汗をかいている。仕方が無い。暦は七月半ば。もうすぐ夏休みになる。法力を家の中で気兼ね無く使えるようになった今は、部屋の温度調節に使ってたりする。例えば、蒸し暑い日であれば部屋の中の水分を水属性の法力で固めて、でかい氷柱を作り、その下に洗面器を置いておくだけで即席の室内冷房になってくれる。日本は湿度が高いだけあって、空気中の水分さえ無ければそれなりの涼しさになる。少なくともベタ付く熱帯夜にはならない。………ま、それでも三人で川の字で寝たら汗かくよな。寝苦しくないし、あいつらがうるさいからずっとこのままだが………後でシャワー浴びよう。今日は日曜か………どうするか。特にやることも無いし、デバイスはまだ納得いくものが出来てないからそれに集中して一日を費やそうか。あー、でも、来週は確かCDの発売日だったな。今日は軍資金を得る為に翠屋手伝うか。背徳の炎とその日常 2 夜の一族って爺の親戚か何かか? 前編翠屋のランチタイムは忙しい。その要因はいくつかある。一つ、飯が美味い。一つ、値段が手頃。そして最近は、メイド姿のアルフを見に来る客も増えた。たまに、なのはとフェイトがメイド姿で手伝う時もあるので、我が家の三人娘がメイド服で揃っているところを一目見ようと来客する輩も居る。絶対にコスプレ喫茶かメイド喫茶って勘違いされている。全ての元凶は桃子の趣味なんだが。仕事が増えて売り上げ自体が上がるのは店として嬉しい悲鳴なのだが、働いてるこっちとしては客に早く帰れと言いたい。ちなみに、三人娘に下衆な視線を向ける愚者も客の中に少なからず存在するが、そういう奴らは俺と士郎と恭也が本気の殺意を込めた睨みを利かせて早々にお帰り願う。店内撮影禁止。もし撮影した場合は俺と士郎と恭也の三人と厨房裏でガチンコファイトをしてもらう。当然カメラは没収。”中身”を綺麗にした後、中古屋に並ぶことになる。勿論ランチタイムメニューが目的じゃない客だって普通に来る。桃子特製のケーキやらシュークリームやらを買いに来る客は居るし、士郎のコーヒー目当ての常連客だって居る。出来ることならランチタイムじゃない時間帯に来て欲しいのだが。とまあ、色々と忙しい時間帯である。んで、今日は日曜だから、忙しさに拍車が掛かってたりする。「ランチタイム終了~。皆、お疲れ様~」桃子の声が店内に響き渡り、今日の修羅場が終わった。丁度俺は、ユーノと並んでヒィヒィ言いながら皿を洗っている最中だった。他の面子は此処には居ない。ウェイトレス三人は勿論、倉庫に足を運んだ士郎と恭也、常連客の相手をしている桃子。美由希は友人と出掛けていて、そもそも翠屋に居ない。現在、俺とユーノと二人で後片付けをしている。「やっと終わったな」「もう、お皿は増えないんだよね?」「ああ」「僕、もうゴールしてもいいよね?」「これが全部終わるまでダメだ」「………ですよねー」そんなアホで不毛な会話をユーノとしながらちゃっちゃと片付ける。やっと終わり、ユーノが疲労を滲ませた溜息を吐いたその時、「こんにちわー!!」「こんにちわ」「おお、アリサにすずかじゃないかい! いらっしゃい」「あ、アリサちゃんとすずかちゃん!!」「アリサ、すずか、いらっしゃいませ」元気な声が五つ聞こえた。客の二人が元気なのはいいとして、さっきまで働いてた三人はなんであんな元気なんだ? 俺とユーノは既に半死人状態なのに。「俺疲れたから裏に引っ込むわ」「待ってよ、ソル」マッハで敵前逃亡しようとした瞬間、ユーノにガッと肩を掴まれる。「んだよ?」「僕をあそこに置いて行かないよね?」ユーノは親指で客席の方を示した。今此処に居るのは厨房内で客席が見える訳では無いのだが、そこから五人の女がきゃいきゃい騒いでいる声が聞こえてくる。アリサの性格なら絶対に俺達を呼ぶだろうが、今は勘弁願いたい。あいつらのテンションに付き合える程の元気が今の俺には無い。「お前なら大丈夫だ」「要らないよそんな信頼」「とりあえず放せ、一瞬でいいから」「その一瞬でキミは何処に行くつもりだい?」「疲れてんだよ」「僕だって疲れてるよ」「後でザラメやるから」「それ店の備品じゃないか!!」お互いが一歩も譲らずに居ると、「そういえばソルとユーノは?」はっきりと聞こえたアリサの声。「「げ」」俺とユーノの声がハモる。「高町家の男には伝統的な戦いの発想法があってな………一つだけ残された戦法があったぜ」「何言い出すの急に!? 訳分かんないよ!!」「それは………逃げる!!」「さっきと変わらないじゃないか!! ていうか何処へ!?」「知るか!!」二人でわたわたと逃げる、もしくは隠れる場所を探してると、「何してるの?」頭に?を浮かべたメイド姿のフェイトが厨房の出入り口に立っていた。「………なんでもねぇ」「うん、なんでもないんだ。なんでも………」「………? ソルもユーノもお仕事終わったでしょ? 桃子母さんが休憩にしていいって言ってたから、皆で休もう? アリサとすずかも来てるしさ」フェイトが俺の手を嬉しそうに握って引っ張って行く。―――嗚呼、これは抵抗しても無駄だな。抵抗せずに歩き出す俺に、ユーノから秘匿回線の念話が飛んでくる。『休憩になればいいけど』『そうだな。俺達は騒ぐよりも静かな空間に身を置いた方が癒されるタイプだからな』『激しく同意するよ』女が何人集まれば姦しいとかなんとか。俺達要らないだろ? と思わずにはいられない空間に飛び込んで行くことに、まるで敗北主義者のような考え方で客席に向かう俺とユーノだった。俺とユーノが女達にとっ捕まってからしばらくして、恭也が『忍と約束があるんだ』と言って店を後にする。「お姉ちゃんが恭也さん来るの楽しみにしてましたから、早く行ってあげてください」「ああ」そんな会話をすずかと交わして出て行った。俺も一緒に出て行きたい。この姦しい空間から逃げたい。ロックな音楽に癒されにCD屋とかに行きたい。トイレに行く振りをして恭也の後ろにこっそりついて行こうとしたら、あっさりバレて、テーブル席の一番奥に強制的に座らせられた。両隣をなのはとフェイトでガッチリ固められて、身動きが取れない。もういいか、何時ものことだし。飯でも食ってれば時間も潰れるだろ。俺は桃子にまかない食とアイスコーヒーを頼むと、なのはとフェイトの頭をグリグリ撫でることにした。休憩も終わり、それと同時に習い事があるらしいアリサとすずかが帰宅し、そのまま労働再開してからしばらく時間が経ち、閉店間際となった夕刻、翠屋の電話が鳴った。その時、偶々傍に居た俺が電話を取る。「お電話ありがとうございます、喫茶翠屋です。本日のシュークリームは完売となりました。お電話でのご予約は承っておりませんので、明日以降ご来店―――」マニュアル通りの台詞を事務的に読み上げていると、『ソルか!? そっちにアリサちゃんとすずかちゃんは居ないか!?』電話の相手は切羽詰ったような口調の恭也で、俺の言葉を遮った。「ああ? 兄貴? アリサとすずかだって? 二人ならとっくの昔に帰ったぜ」『何時だ!?』「休憩が終わってからだから、お前が出てってから一時間くらいか?」『くっ………分かった、忙しいところスマン』電話が切られる気配と、あからさまに恭也の態度がおかしいことから、何か嫌な予感がした俺は待ったを掛けた。「おい、何があった? 二人は習い事があるっつって帰った筈だぜ? まだ帰ってないのか? もう三時間以上経つのにか? 携帯電話は繋がらないのか? 二人共? 携帯のGPSはどうした?」『………』恭也は答えない。いや、答えるのを躊躇っている感じする。アリサとすずかの家は金持ちだ。しかも日本で屈指の。そんな子どもが行方不明? 携帯電話も繋がらない。導き出される答えは………「なのは達には言えないような内容の厄介事が起きたか?」『………恐らく、そうだ。つい今しがた、習い事が終わってすぐに二人が姿を消したらしい』「兄貴は今何処に居る?」『忍の家だ』「俺一人ですぐにそっちへ行く」『ちょっと待てソル、これは―――』「うるせぇ」何か言おうとした恭也の言葉を最後まで聞かず、俺は乱暴に受話器を叩きつけると、エプロンをユーノに向かって投げ捨てる。「わ!? な、何!?」「野暮用が出来た。少し出てくる」「は?」「皆への適当な言い訳は頼んだぜ」なのは達に見つかると厄介だと思い、厨房裏の出入り口から路地に出て、月村家へ駆け出した。念話でユーノがどういうことかと文句を言ってきたが、無視して切った。SIDE 忍もうすぐ此処に、ソルくんが来る。恭也の弟なのに、恭也よりも滅法強いという少年。すずかのクラスメイトで友達。なのはちゃんと一緒によく家に遊びに来る。「忍、大丈夫だ。すずかちゃん達はきっと無事だし、ソルならお前達の存在を受け入れてくれる」恭也は先程から私を元気付けようと肩を抱き締める。「でも………」私は不安で一杯だ。今回、すずかとアリサちゃんが習い事が終わってから間も無く姿を消し、連絡すら取れないのは十中八九、私の一族の問題だ。その証拠という訳では無いが、アリサちゃんの家の方ではまだ犯人側から一切アクションが無いらしい。つまり、身代金目的の誘拐ではない………まだ事件発生から一時間も経っていないから、決定的に誘拐だと決まった訳でも、そうでないとも言い切れ無いけど。私とすずかは夜の一族と呼ばれる吸血鬼の末裔、その純血種。生きる為には血を糧とし、人よりも強い肉体と長い寿命を持つ。普通の人から見ればそんな私達は”化け物”だろう。私もすずかも、吸血鬼であることを隠して人間社会に溶け込んで生きてきた。そんな私達を敵視する存在というのは当然居て、私は今までの人生で何度も襲われた経験がある。普通じゃない。人間じゃない。ただそれだけの理由で私は殺されかけた。襲ってくるのは人間だけじゃない。私の同族ですら時に私に牙を剥く時がある。月村の跡取りである私に群がってくる下らない覇権争いや派閥問題。ノエルやファリンを制作した失われた技術を欲する者達。恭也に出会うまで、私は何度も呪われた血族として生を受けたことを悔いた。こんな身体じゃなければ私はもっと普通に生きていけたのに、と。けど、どんなに悔やんでも憎んでも呪ってもこの身体が変わることはない。だからせめて、すずかだけは出来るだけ普通の女の子として生きて欲しいのに。もし、ソルくんが私達に恐怖し、拒絶したらどうなるだろう?私はまだいい。私が吸血鬼であろうと関係無く受け入れてくれた恭也が傍に居てくれる。でも、すずかは?あの子はまだ子どもだ。自分の一族がどういうものか知っていても、どんな眼で見られるのかまだ完璧に理解していない。すずかは何時も不安を抱えて生活している。自分が”化け物”であることを、そんな自分がなのはちゃん達の友達でいいのか、と。同い年の、しかも引っ込み思案で男子が苦手のすずかが、男子の中で特に気を許し、友人として認めている人物からの拒絶。そんなことになれば、あの子の心は壊れてしまう。「ソル様がいらっしゃいました」ふいに聞こえたノエルの声に顔を上げる。しかし、私は「此処に通して」の一言が言えない。もし彼が私達を拒絶すれば、私は恭也の家族の記憶を消さなければならなくなる。そんなこと、絶対にしたくないのに。ソルくんはすずかの友人で、私も彼のことを面白いと思ってる。何時も尊大な態度でノエルとファリンに「茶」って命令して、椅子の上で偉そうにふんぞり返っている癖に、遊んでるすずか達を少し離れた場所で優しい眼で見つめている姿は凄く父性的で、そんな彼を私は気に入っていた。「ノエルさん、ソルを此処に連れて来てください」「よろしいのですか?」恭也の言葉にノエルが躊躇いがちに私に問う。「忍、ソルなら大丈夫だ。まだあいつから許可をもらっていないから教えることは出来ないが、あいつだってかなり非常識な奴だぞ」「非常識?」「ああ。きっとあいつなら、お前の不安を吹き飛ばしてくれる筈だ」自信満々で微笑む恭也の顔を見つめ、しばらく考える。………信じよう。恭也を。恭也が信じるソルくんを。SIDE OUT広い部屋―――恐らくこの家の応接室だろう―――に通されると、若干表情に翳りがある恭也と忍が居た。「アリサとすずかは誘拐されたのか?」「恐らくな。アリサちゃんの執事の鮫島さんが、何かの薬品を嗅がされて気絶していたのを習い事の先生が偶然すぐに発見したらしい。丁度習い事が終わって十分も経っていないそうだ」恭也が迷わず答えた。店に電話してきたのは余程誘拐されたと認めたくなかったんだろう。「犯人の目星はついてんのか?」「それは………たぶん、私の一族のことだと思う」俺の疑問に答えたのは恭也ではなく、忍だった。ソファから立ち上がり、俺を真正面から覚悟を決めた眼で見る。「私の一族って、何だ?」「単刀直入に言うわ。私の一族は………夜の一族って呼ばれる吸血鬼なの」「吸血鬼?」あの爺と同じ? 一族ってことは妹のすずかも? 今まで一度も、気配とか匂いとか爺と同じものを感じたことなんざ無ぇぞ?「信じられねぇな」「………そうね。普通だったら信じられないでしょうけど、本当よ」言いながら、忍の瞳が真紅に染まる。視線を媒介とする魔眼か。その魔眼が妖しい光を放ち輝き始めると、その段階になってほんの少しだけ、爺と同じ気配がした。なるほど、異種として格下だったんだな。だから”力”を解放するまで気が付かなかったのか。匂いもよく嗅いでみると、普通の人間と比べると違和感がある程度で、ほとんど人間と変わらん。純粋な異種の爺は気配を隠そうとしても”力”を感じ取れるくらいでかく、異種の中じゃ最上位だったからな。こいつらと比べること自体が間違いかもしれん。「ふむ。吸血鬼っていうのは信じてやるが、異種としては随分と格が低いな」「信じる信じないはソルくんしだ………え!? えええ?」俺は率直な感想を言っただけなんだが、忍がえらく驚いた顔をする。「急に信じるってどういうこと!? しかも、か、格下って、私こう見えても純粋な夜の一族でその跡取りなんだよ!? それに異種って何!?」「喚くな鬱陶しい。順を追って説明してやるから黙れ」とりあえず騒がしいので黙らせる。「まず最初に言っとく。俺には吸血鬼の喧嘩仲間が居た」「ウソ!?」「それは本当か!? ソル!!」「黙って聞け。質問は後にしろ」「「………」」いちいち俺の発言にでかいリアクションを取られても話が進まないので、黙るように言い聞かせる。「すずかや忍に会ってお前らを吸血鬼として認知出来なかったのは簡単だ。俺の喧嘩仲間と比べたら、お前らの人外として”力”の気配は小さ過ぎて全く気が付かなかった。ま、小さいのを更に隠してたみたいだから、気が付かないのは当然だな」「………小さ過ぎる………」何やら少しショックを忍が受けていたようだが、俺は構わず続けた。「匂いに関してもそうだ。人間と比べれば違和感がある程度、大した判断材料にもならねぇ。最後に『異種』ってのは吸血鬼を含めた人間以外の人外、既知のあらゆるカテゴリーに当てはまらない知的生命体、人間とは全く違う遺伝子構造を持つ”異なる種”のことを総じて『異種』って呼んでる。何か質問は?」しかし吸血鬼か。確かに、すずかの気持ちを考えると、なのは達には今回のことを教える訳にはいかないな。驚いた表情の二人が顔を見合わせると、忍が恐る恐る聞いてきた。「さっきソルくん、吸血鬼の喧嘩仲間が居たって言ったけど、その人はどんな人?」「千年単位で生きてるいけ好かねぇ爺だ。趣味は殺し合いにならない程度の勝負事と下手糞なHAIKU? あと人間観察とかふざけたこと抜かしてやがったな」爺の年齢を聞いて度肝抜かれたような表情の忍と恭也。「………千年単位………どのくらい強いの?」「ああ? お互い本気で殺し合ったことは無ぇからあいつの全力がどんなもんか知らねぇが、この家が一分も待たずに更地になるくらいの腕力はあるぜ」「腕力!?」「腕力だ。あの爺は殴る蹴るの徒手空拳でしか闘ってる姿を見たこと無ぇ」「………ソルくん。喧嘩仲間だったんだよね?」「昔な。俺もこの家くらいだったら一分以内に灰に出来る」「灰に出来るって、どういうこと?」忍が恭也に疑問を口にする。ん? 微妙に会話が噛み合ってないか? 認識に齟齬があるというか。俺の頭の上で電球が輝いた。「恭也、もしかして言ってねぇのか?」「………あ、ああ」「んだよ。てっきり忍が吸血鬼だと分かってんだから、俺のことくらい教えてたのかと思ってたぜ?」「いや、お前の秘密なんだから、お前に許可を取るのが筋だろう?」「律儀なこったな。ま、いい。そこで間抜け面晒してる忍に教えてやれ」恭也はコクリと頷くと、眼を白黒させている忍の両肩を掴んで口を開いた。「実は、ソルは魔法使いなんだ」説明短っ。「えええええええ!?」声がでかい。つーか、自分も吸血鬼っていう人外の癖にさっきから驚き過ぎだ。「だから言っただろ? こいつは非常識だって………吸血鬼に喧嘩仲間が居るとか、忍を見て格下とか言う程非常識だとは思ってなかったが」「でも、魔法ってファンタジーの世界じゃないの!? ウソとか冗談じゃなくて!?」「お前の一族も十分ファンタジー色強いだろうが」とりあえず突っ込む。「それはそうだけど………じゃ、じゃあ証拠に魔法見せてよ」「面倒臭ぇな」百聞は一見にしかず、か。俺はヘッドギアをポケットから取り出して装着し、封炎剣を召喚した。「わわ!! 何処からともなく剣がっ!!! 見て見て恭也!!」騒ぐ忍を無視して、俺は封炎剣を床に突き立てた。「ガンフレイム!!!」封炎剣から発生した炎が触れるものを炭化させながら真っ直ぐ突き進み、壁に衝突して爆発した。壁にどでかい風穴が開いて、焦げ臭い匂いが充満し、熱くなった空気が肌を撫でる。「あ、やり過ぎた」「やり過ぎたじゃないこの馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 忍は魔法を見せろと言ったんだ!! 誰が床に剣を突き刺してカーペット丸焼きにして壁に穴を開けろなんて言ったんだ!?」「すまん、つい………だが、最近暑いだろ? 風通し良くなったじゃねぇか」苦しい言い訳、になってるのかすら怪しいことを言ってみる。「何が風通しだ!! 一体誰がこれを弁償するんだ!!」「兄貴?」「お前がやったんだろ!!!」「注文通り魔法を見せてやったんだからグダグダ抜かすな!! それに、効果は覿面だったんだから良いだろうが!!」俺は呆けている忍を指差す。話をすり替えながら。「こ、こ、こ、こここ、ここ」忍は音飛びし続けるCDプレイヤーのようになっていた。こいつにとってはあまりに現実離れし過ぎた光景だったか? さすがに壁吹っ飛ばすとは思ってなかったみたいだな。手っ取り早く俺の戦闘能力を見せ付ける為にガンフレイムを使ったんだが、やり過ぎたか。ソファとかにバンディットブリンガーぶち込むくらいにしておけば良かったか?「これなら勝てる!!!」「「何に?」」忍が再起動した。「ソルくん!! 他にどんな魔法が使えるの!!!」俺の両肩を掴んで激しく揺すってくる。俺の”力”に対する恐怖なんて欠片も無い、純粋な興味の視線が向けられる。「他って攻撃以外か? だとしたらあとは防御系とか治癒系とか探査系とか捕縛系とか結界系とかさっき剣を召喚した転移系とか、補助に分類されるものならある程度使える」五大元素の内”気”以外の属性なら全部修得したし、ユーノから教わって始まったミッドチルダ式―――なのはや時空管理局が使っていたものやフェイトやアルフが使うものも含め―――見たものなら解析して使えるようにした。「その探査系にすずかとアリサちゃんを見つけられるようなものは無いの!?」「時間は掛かるが出来ないことも無ぇ。ある程度の範囲に絞ってサーチャーを飛ばしてエリアサーチすれば、なんとかなるかもしれん」忍が俺を放してノエルに向き直る。「ノエル!! 街中の監視カメラを管理してるシステムにハック掛けるわよ!! 逃走ルートを割り出すわ!!!」なんでそれを今までやらなかったんだ? よっぽど余裕無かったんだな。「了解しました」風穴を利用して部屋から走り去るノエル。「まだそんなに時間が経ってないし、もしかしたらまだ近くに潜伏してる可能性もあるんだけど、ソルくんの魔法で建物の中とか虱潰しに探せない?」「可能だ」「さすが魔法使い、頼りになるわ」時空管理局が使ってた魔法がこんな時に役に立つとは思ってもいなかった。術式を解析しておいて良かったぜ。「首を洗って待ってなさい誘拐犯………恭也よりも強くて、吸血鬼もどうってことない魔法使いのソルくんがただじゃおかないわよ!!!」天を仰いで忍が咆哮した。………そういえば、俺のことに関しては突っ込まないのか? 年齢とか、他にも色々と………すずか達のことでそれどころじゃないか。ま、いいか。その後、忍とノエルが割り出した範囲内へ片っ端からサーチャーを飛ばし、その間に詳しい話を聞く。敵は何故すずかとアリサを狙ったのか? ただの人間の誘拐犯だった場合は警察に行くべきか? 夜の一族に関わることならば相手はどういう輩か? 夜の一族を敵視する人間だった場合の対処は? 夜の一族が相手だった場合は? 能力は? 武器や装備は?詳細情報を聞いている間に二人を発見した。そして犯人グループも。潜伏先は来月廃棄予定のオンボロなビル。犯人の人数は十七人。その内の十人が武装した普通の人間。内四人が人間でも夜の一族でもない、ノエルとファリンと同じ自動人形。残りの三人が夜の一族。動機は恐らく、月村家党首の忍を引き摺り下ろしたいんだろう。俺は恭也を連れてすぐさま転移した。一言後書き日常編だけど、日常とは思えない非日常かつバイオレンスな展開が次に繰り広げられそう(主にソルによって)リクエストがあったからやってみたけど、ジョジョネタが無理やり過ぎるorzユーノの所為でソルの出番が減ってるらしいので、今回のユーノはちょい役? 結構台詞ある気がするけど。他のキャラもちょい役。メインは忍と、恭也?次回メインはすずかと………たぶんアリサ?