時は明け方。時刻は午前六時前。俺となのはとユーノ、そしてアルフの四人は海鳴臨海公園に来ていた。アースラ陣と合流する為だ。ふと、俺達以外の気配と魔力を感じ、その持ち主に対して念話を放つ。『出て来いよ、フェイト。居るんだろ』やがてふわりと、電灯の上に金髪紅眼の少女が黒衣のバリアジャケットを纏って現れる。「フェイト、 もうやめよう? あの女の言いなりになってたら、フェイトは何時まで経っても不幸なままだよ!! だから、フェイト!!」アルフが涙眼になりながら己の主に進言する。しかし、フェイトは悲しげな表情をして、「それでも私は、あの人の娘だから」使い魔の言い分を切り捨てた。「………ソル、私と一緒に来て」「ああン?」フェイトは俺に向けてデバイスを握っていない手をこちらに差し向けた。「ソルは、時空管理局に騙されてるんだ。このままじゃソルの方が私より不幸になる。だから、私と一緒に来て………お願いだから」―――つまりはそういうことか、プレシア・テスタロッサ!! あのクソアマがっ!!!俺は内心舌打ちする。自分に妄信しているフェイトを利用して俺を引き入れようって算段か。おまけに、あの女は俺がフェイトに攻撃的な態度を取らないって見越した上で、あんなこと言わせたんだろう。どっちにしろ結果的にプレシアの逮捕という形は変わらん。しかし、此処でどう返答するかによって事態が変化するのは確実だ。なるべくならこちら側に有利になるような選択をしたい。俺が答えに窮していると、フェイトが更に言葉を重ねる。「ソル、お願い………私は、ソルとずっと一緒に居たいから」「フェイト………」脳裏に、初めて出会った時のハーフギアの少女が浮かび上がってくる。―――クソッ!! どうしてこんな時にあいつを思い出すんだ!?あの悲しい、寂しそうな顔。ずっと独りぼっちだった少女。辛くて、苦しくて、誰かに助けを求めたくてもそれが出来なかった泣き顔。そんな顔をされると、差し出された手を掴みたくなる。フェイトは『木陰の君』じゃない。あいつとは違う。だが、助けを求めているのは同じだ。あの時と、同じだ。かといって、あの時にあいつの心を救ったのは俺じゃない。いけ好かない女ったらしの空賊団の団長が連れて行き、カイやツェップの上層部が事実の揉み消しに走った。俺はあの時碌なことをしなかった。「………俺は」何を言えばいいのか分からない。あの時、俺はどうした? あいつを叩きのめした後に泣き喚く姿を見て『鬱陶しい』と吐き捨てただけ。殺さなかっただけ。今振り返ると最低だな。ではその経験を生かしてフェイトをこの場で問答無用で叩きのめすか?(出来るかそんなこと!!!)此処には、かつて俺が知り合ったお人好し共は居ない。人だろうと化け物だろうと女なら受け入れる度量を持った犯罪者は居ない。正義だなんだと言いつつギアを逃がすような甘ったれた警察官も居ない。事実を揉み消す国家権力を持った奴と繋がりがある軍人も居ない。全部、俺一人で何とかしなきゃいけない。(どうすりゃいい?)その時、悩む俺の前になのはが進み出た。「なのは?」『お兄ちゃん、私に任せて。最近のお兄ちゃんちょっと頑張り過ぎだから、少しは肩の力抜いたら?』念話で俺を安心させるかのように、強い声が頭を響く。―――どうやら俺は、一人で気負い過ぎてたらしい。『任せていいのか?』俺は溜息を吐いて、聞いてみると、『もっちろん♪ たまには可愛い妹に頼りなさい!!!』逞しい返事が寄越された。『そこまで言うならやってみろ』一歩退いて、俺はなのはに任せることにした。「なのは、何のつもり?」俺に対する声とは一変して、冷たい人形のような全く感情が篭らない表情と口調でフェイトがなのはを威嚇した。「フェイトちゃん、私とお話しよっか」フェイトの変貌ぶりを気にも留めず、むしろ不敵に、ワクワクと楽しげな表情で見返すなのは。「貴方と話すことなんて、無い。私はソルと話してるの。邪魔しないで」「そうはいかないよ? お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで、高町家の大切な次男坊なんだから、ちょうだいって言われてはいそうですかと簡単に渡せる訳無いじゃない」白いバリアジャケットを展開し、レイジングハートを構える。「私やフェイトちゃんは勿論、ユーノくんもアルフさんも………そしてお兄ちゃんも、自分で考えて、自分で決めて此処に居る」Lancer modeに切り替え、デバイスをタクトのように振り回す。「捨てればいいって訳じゃない、逃げればいい訳じゃもっとない!!!」そして槍の穂先をフェイトに向ける。「きっと切欠は皆ジュエルシード。だから賭けよう? 今までみたいに、今度お互いが持つ全てのジュエルシード、そしてお兄ちゃん!!!」………俺も賭けの対象に入ってんのか。つーか勝手に人のこと賭けんなよ、頼むからやめてくれ、意味分かんねぇよ。そもそもなんで俺なんだ!?その言葉に応えるように二人のデバイスから青い石が吐き出される。<Put out><Put out>その数二十。クロノが回収したもの以外の全てのジュエルシードが揃った。「なのはは最初から最後まで、私の邪魔をするんだね。いいよ、私が勝って、それでソルが私とずっと一緒に居てくれるなら」あれ? フェイト? もしかして凄いノリノリ?「ジュエルシードが私達を引き合わせた。確かに切欠になったけど、それだけだよ………私達はまだ、始まってすらいない」なのはは飛行魔法を発動させ、ゆっくりと海上へと移動する。それに呼応するようにフェイトもなのはについていった。「だから、私達の”これから”を始める為に………始めよう? 正真正銘、最初で最後、本気の真剣勝負!!!」お互いが一定の距離を保ち、デバイスを構える。HEVEN or HELL「ジュエルシードも、ソルも………全部私がもらう」<Scythe Form>FINAL DUEL「決着をつけよう? フェイトちゃん」Let`s Rock背徳の炎と魔法少女 15話 Fatel DuelSIDE ユーノ「いいの? なのはに任せちゃって?」「情けねぇ話だが、さっきの俺はどうすればいいか迷ってた。だったら、迷いがある俺なんかより今のなのはの方がよっぽど役に立つ筈だ」僕に答えながら首を振り、やれやれと溜息を吐くソル。「う~ん、確かに今のソルは役に立つとは思えないしね」「………お前、言うようになったな」「キミのおかげでね」「ちっ」舌打ちをして不機嫌そうな顔になると、空中で激戦を広げるなのはとフェイトに眼を向けた。「どう? なのは、フェイトに勝てそう?」「分からん。だが」「勝つに越したことはない?」「まあな」この勝負、管理局側にとっては別にどっちが勝っても結果はあまり変わらない。なのはが勝てば、一昨日みたいにプレシア・テスタロッサが介入してくる筈だ。その時に何処から介入してきたのかを探知して居場所を突き止め、武装局員を送り込めばいい。前回は探知出来なかったみたいだけど、今回は同じ轍は踏まないだろう。逆にフェイトが勝っても、武装局員の代わりにソルが送り込まれるだけの話だ。現在位置の座標をソルに送信してもらってから大暴れしてもらえば事足りる。はっきり言ってこっちの方が成功率が高い気がするけど。要は気持ちの問題だ。試合に勝って、勝負にも勝つ。そのくらいの気概で物事にぶち当たって行かないで、何が勝利だ。やる以上は必ず勝つ。それがソルから教わったことだ。(僕もソルに染まってきたな~。何時からだろ?)彼と出会う前の僕なら、なのはとフェイトの勝負を反対していたかもしれない。争いごとって好きじゃなかったし。少し前の僕はきっとそういう人間だったと思う。でも、ソルと出会って、一緒に生活するようになって、彼がどんな人物か知って、憧れるようになってからは勝負事とか模擬戦とか凄く好きになっていた。ソルは僕の目標だ。少しでも近付きたい。でも、追いかけ甲斐があるから遠くに居てほしい。そんな不思議な二律背反の中で彼の背中を見続けてきた。(なのはの言う通り、ジュエルシードが僕達を引き合わせた。危険な事件から始まった出会いだけど、僕はこの出会いに感謝してる)ソル、なのは、高町家の皆さん、アリサとすずか、月村家の皆さん。(キミだって、この出会いに後悔は無い筈だろ………フェイト)途中からなのはに押され気味で、攻撃頻度よりも回避と防御が増えてきたフェイトを見る。対するなのはは優勢なのに全く気を抜かず、更に攻撃を激しくさせてフェイトを追い詰めていく。(頑張って、二人とも。ソルと、皆と、”これから”を始める為に)SIDE OUTSIDE フェイト始めの方は互角だったのに、今では完全に防戦一方。桜色の魔力弾が大量に迫り、私の動きを阻害する。「くっ!!」一瞬でも動きを止めると砲撃が飛んでくる。遠距離からの攻撃はあっさりと防がれる、避けられる、潰される。弾幕のような魔力弾と砲撃で近付けない。近付けたとしても、槍との打ち合いに競り勝てない。それどころか、得意の接近戦で負けそうになる。スピードでは明らかに私が上。今までその速度を生かして接近戦を挑んできたけど、今のなのはは私のスピードに反応し、私の鎌を防ぎ切ってみせる。逆に自分から槍でこちらに向かって攻撃すらしてくる。(どうして?)初めて会った時は完全に私がスピード勝ちしてた。次に会った時は私を近付かせないように戦ってた。その次は私は強引に近付こうとしなかった、むしろなのはの方が接近戦に積極的だった。でも今回は、明らかに今までと違う。戦い方変わったとかそういうことじゃない。接近された時の対応力がかつてと比べ物にならない程上手くなっている。必要最小限の動きで、効率的かつ合理的に、私の攻撃に無駄な動きの無い流れる動作で対処し、反撃してくる。(どうしてこんな短期間で私の速度についてこれるの!?)そこで気付く。―――ソルだ!!時空管理局が初めて現れた時、執務官の攻撃からソルが私を庇ってくれた。あの時のソルの動きは、魔法無しだというのに圧倒的な速度を誇っていた。一瞬で私の眼の前に移動したあの速度は、確実に私よりも速い。しかもソルは、接近戦も私より強い。ソルに速度重視で模擬戦を繰り返してもらえば、嫌でも速度に頼った相手に対して慣れる。だからだ。遠距離から魔力弾と砲撃魔法に晒されて、得意の接近戦に何とか持ち込むことが出来ても、そこでも私は有利に戦えない。(………どうして?)なのははソルの妹で、「………どうして?」何時もソルの傍に居ることが出来て、「どうして?」どんな時でもソルが守ってくれる。「どうしてなのはばっかり!!!」SIDE OUTSIDE なのは「どうしてなのはばっかり!!!」泣き叫ぶような悲鳴と共にフェイトちゃんが動きを止めます。チャンスと思うのも一瞬だけ。フェイトちゃんの顔を見て、迂闊にも集中力が切れてしまい操っていたディバインシューターが消えてしまいます。フェイトちゃんは泣いていました。「ずるいよなのはは!! 何時もソルが一緒に居てくれて!! 守ってもらって!! ずっと離れない癖に!! 私なんかより幸せな癖に!! 私が欲しいものを全部持ってる癖に!!!」お兄ちゃんと同じ紅の瞳から涙が止め処なく流れます。「私も幸せになりたいよ!! 私もソルと一緒に居たいよ!! 優しかった頃の母さんに戻って欲しいよ!!」たぶん初めて、フェイトちゃんが私に本心をぶつけた瞬間でした。「邪魔、しないで………」零れる涙を拭うこともせず、デバイスをこちらに向けて突っ込んできました。「嫌い、なのはなんて嫌い!! 大っ嫌いっ!!!」「っ!!」渾身の力が込められたその鎌の一撃は大振りでカウンターを狙いやすい筈のものを、私はフェイトちゃんの泣き顔に動揺してしまって、辛うじて避けるのが精一杯でした。リボンの端が刃に掠り、斬り取られてしまいました。フェイトちゃんは攻撃してきた勢いそのままに、私から離れていきます。それを追おうとした瞬間、「え!?」両手が雷を纏う金色のバインドで拘束されてしまいました。SIDE OUT「あれは………ライトニングバインド!! まずい、フェイトは本気だ!!」隣に居たアルフが焦ったような声を出す。だが、俺もユーノも黙って見ていた。そんな動く気配が無い俺達にアルフが非難するように迫ってきた。「………このままじゃなのはがやられちまうよ!! それを黙って見てるだけなんて、アンタ達どういうつもりだい!?」そんなアルフに、ユーノが搾り出すような声で答えた。「この勝負は、なのはが自分で考えて、自分で決めたことなんだ。そうして始まった決闘に、今更外野が横槍を入れろと?」ユーノも本心ではなのはを助けたくて仕方が無い筈だ。握り込んだ拳がぶるぶる震えてるのがその証拠だ。ユーノ同様、ぶっちゃければ俺だって今すぐ飛び出して行ってあいつを庇いたい。「それはなのはに対しての侮辱だよ」昨日、ユーノは言った。『最後まで見届ける』と。それは事件が解決するまで、どんなことがあろうと決して眼を逸らさないと決めたこいつの決意と覚悟でもあった。アルフは俺とユーノの態度に驚いているが、これはユーノが言う通り他者が介入していいものではない。そう。これは決闘だ。決闘とはサシで勝負をするものであって、それ以外の奴らはお呼びじゃない。「でも、フェイトのそれは本当にまずいんだよ!!」だから、俺もユーノも決めた。この勝負がどう転ぼうと、絶対に手出しはしない、眼を逸らしたりなどしない。「アルカス・クルタス・エイギアス」泣き声交じりフェイトの呪文が微かに聞こえる。「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」フェイトの周囲に大量のプラズマ球が発生する。「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」なのははまだバインドに拘束されて動けない。「フォトンランサー・ファランクスシフト、撃ち砕け、ファイア!!!」トリガーヴォイスと共に、大量の金の雨がなのはに一斉に降り注ぐ。連続的な小規模の爆発音。着弾によって煙が発生するが、それでもやまないフェイトの攻撃。そして響き続ける爆発音。それは間違いなくなのはに直撃している音だった。正直、なのはが無事かどうか気が気じゃない。早く無事な姿を見せてくれ。やがて、煙が晴れる。そこには、「いった~~~いけど、こんなのお兄ちゃんのタイランレイブに比べたらどうってことないよ!!」「なっ!?」バリアジャケットはズタボロだが、五体満足で大したダメージも受けてなさそうななのはの姿があった。「「ハァァ~」」俺とユーノは同時に深々と溜息を吐く。「撃ち終わるとバインドも解けちゃうみたいだね………今度はこっちの番、ディバインバスターァァァァァッ!!!」構えたレイジングハートから発射される極太の桜色の光。フェイトはそれに、まだ撃っていなかった雷球を集めて一つの魔力弾として投げつけるが、抵抗も許さず一瞬で呑み込まれ消し飛ばされる。迫る桜色の暴力的な奔流を避けきれず、咄嗟に防御魔法を展開して耐える。耐えて、耐えて、何とか最後まで耐え切ってみせるフェイト。しかし、次の瞬間、フェイトの四肢を桜色のバインドが拘束し、身体をその場に固定する。「バ、バインド!?」何とか抜け出そうともがくフェイトだが、先程の攻撃と防御で体力と魔力を使い果たしたのか、バインドブレイクすることが出来ない。そんなフェイトに構わず、なのはは巨大な魔方陣を展開させ、着々と自分の攻撃の準備を進める。「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション。これが私の全力全開」周囲の魔力をかき集め、収束し、己のものとするなのは。レイジングハートのデバイスコアがこれでもかと言わんばかりに輝く。真っ直ぐフェイトに向けたレイジングハート。そこに自身のありったけの魔力と集めた膨大な魔力を注ぎ込む。「御託は、要らないっ!!!」まるで魂が込められた叫び声。そして、「スターライトォォォ―――ブレイカーァァァァァァッ!!!!」撃ち出されたのはディバインバスターとは比べ物にならない魔力の激流。それが全く無抵抗な状態のフェイトを襲った。眩しい桜色の魔力光。それが射線上の全てを貫き、粉砕し、蹂躙する。桜色の魔力は衰えることを知らず、フェイトを呑み込んで尚、そのまま放射し続ける。さすがにこれ以上は非殺傷でもマズイんじゃないのか? そう思い始めると、やっと砲撃が止まる。バインドの拘束が解け、糸が切れたマリオネットの如く力無く墜落していくフェイト。それを追い、海面に叩き付けられる前にフェイトの身体を抱え上げるなのは。これにて勝負は決した。SIDE フェイト「フェイトちゃん、フェイトちゃん」声が………する。私を呼ぶ声が。「起きて、起きてよ」「………う……あ…」「良かった。眼、覚めて」朦朧とする意識で何とか眼を開けると、私の顔を心配そうに覗くなのはの顔があった。ああ、私は負けたんだ。バインドに拘束されて、砲撃魔法を受けたところから記憶が無い。私は負けた。でも、不思議と悔しくなかった。私は全力でなのはにぶつかって、なのはも全力で私にぶつかってくれた。その結果が敗北だったけど、胸のつかえのようなものが取れたようで、むしろ気分はすっきりしている。「ねぇ、フェイトちゃん。さっき私のこと大っ嫌いって言ってたけど、私もね、初めて会った時、フェイトちゃんのこと気に入らなかったの」「………え?」「いきなり攻撃してきて、私が知らない内にお兄ちゃんと知り合ってて、何かよく分かんないけどお兄ちゃんと仲良さそうで。正直、ポッと出の癖に何なのこの子!? って思ったんだ」初めて聞く、なのはの私に対する気持ち。「最初はフェイトちゃんにお兄ちゃんを盗られたくない、負けたくないって思ってたんだけどね。ある日、ふと気付いたんだ」「………何?」「あれは何時だったかな~? 温泉行ってしばらくしてからなんだけど、フェイトちゃんも私と同じなんだって」私となのはが………同じ?「私もフェイトちゃんも、お兄ちゃんが大好きでどうしようもないってこと!!!」「!!!」改めて言われると顔が熱くなる。「そのことに気が付くとね、ああ、それは仕方が無いな~って思って。だってお兄ちゃん、強いし格好良いし優しいし面倒見良いんだもん」「……うう……」「でもね、やっぱりそれでも納得出来なくて、結構ライバル視してたんだよ」「うん」「けどね、ジュエルシードが暴走して、フェイトちゃんがお兄ちゃんに叱られた時があったじゃない?」あの時は、ソルに叱られたことは凄く嬉しかった。「その時になって分かったんだ。お兄ちゃんはフェイトちゃんを私と同じくらい大切に想ってる。このままフェイトちゃんと何時までも喧嘩してたら、お兄ちゃんを悲しませちゃうなって」「ソルが………私を………なのはと同じくらい?」「そうだよ。でも、フェイトちゃんは全然お兄ちゃんの気持ちに気が付かないで勝手に突っ走っちゃうし………だから時空管理局の人達が出てきてからは、お兄ちゃんはずっとフェイトちゃんのことで悩んでたんだよ」「嘘………?」「ウソじゃないよ。だってお兄ちゃん、管理局の人達の意識がフェイトちゃんに行かないようにわざと生意気な態度取ったり、挑発するようなことばっかり言ったり、模擬戦で派手な戦い方したり、目立つような行動取ったり、十日間ず~っとそんなことばっかりしてたんだからね!! お兄ちゃん、本当なら目立つこと嫌いなのに」「………」「なんでお兄ちゃんがそんなことしたか分かる? 全部フェイトちゃんの為なんだよ」「私の、為?」「そう、なのにフェイトちゃんはそんなこと気付きもしないでさっきお兄ちゃんに勝手なこと言ってたでしょ? だからちょっと頭に来たんだ」なのはは頬を膨らませた。「お兄ちゃんの気持ちを無碍にするなって」その言葉は私を打ちのめした。考えてみれば、ソルは初めて会った時からそうだった。見ず知らずの私を助けてくれた。再会してからも、私のことを気遣ってくれた。温泉の時も、私の気持ちを優先してくれた。ジュエルシードが暴走した時、本気で私のことを心配して叱ってくれた。時空管理局が出てきた時、身を挺して守ってくれた。一昨日の無理な回収の時だって、死ぬかもしれないと思った時、助けてくれた。―――ソルは、ずっと私のことを守ろうとしてくれてた。そのことが嬉しくて、こんな大事なことをなのはに言われるまで気が付かない自分が不甲斐無くて、私の眼から涙が溢れ出てくる。「ソ、ソルは、ゆ、許して、くれる、かな? まだ、わた、わたしの、こと、たい、せつに、おもって、くれて、る、かな?」時空管理局に協力したからといって勝手に敵扱いしてた。それでもソルは私を守ろうとしてくれてた。なんて馬鹿なんだろう、私は。そんな私を、なのはが優しく撫でてくれる。「大丈夫。お兄ちゃん、怒ってすらいないから許すも許さないもないよ。フェイトちゃんのこと、私と同じで妹みたいに思ってる筈だよ」「………本当?」「ホントホント。だからさ、私とフェイトちゃんで同盟組もう?」なのはが私の両手を掴んで上下に振る。「題して、『お兄ちゃん同盟』!!!」「『お兄ちゃん同盟』?」「うん!! 私達二人はお兄ちゃんが大好きで、お兄ちゃんも私達を大切に想ってくれてる。お兄ちゃんは一人だけど、私達は二人だから同盟なの♪」「同盟を組んで、どうするの?」「そんなの決まってるよ!! 二人でお兄ちゃんに甘えるんだよ!!」「甘える!?」「え? やだ?」私はブンブンと高速で首を振る。ソルに甘えることが出来るなんて、願ってもないことだ。だとしたら、『お兄ちゃん同盟』とはなんて素敵な響きで素晴らしい同盟なんだろう。「じゃあ決まり、私とフェイトちゃんとの二人で『お兄ちゃん同盟』。何時いかなる時も二人でお兄ちゃんに甘えよう? 抜け駆けは禁止だからね!?」「うん、うんっ!!!」「何意味不明なことで盛り上がってんだお前らは」「「っ!?」」声にびっくりしてそちらを見ると、ソルが呆れ顔をしてすぐ傍まで来ていた。「何が『お兄ちゃん同盟』だ。ふざけてんのか? とっとと兄離れしやがれ」「やだ、絶対にやだ、死んでもやだ!!」なのはが即答すると、ソルが苦い顔をして黙る。それからソルは気を取り直したように私に向き直った。「なのはの勝ちだ。約束通り、ジュエルシードを渡してもらうぜ?」「あ、うん」<Put out>バルディッシュから九個の青い石が吐き出される。それをソルは一瞥してから私の頭に手を乗せた。「負けちまったが、頑張ったな」そのまま撫でてくれる。手の平の感触が懐かしい。暖かくて、優しくて、心も身体も癒される、とても不思議な心地良さに包まれる。「ああああ!? 勝ったの私なのにずるい!! 私も、ねぇお兄ちゃん私も!!!」なのはが隣で騒ぎ出す。「勝手にしがみつけ」「は~い♪」ソルの許可をもらうと、なのはが嬉しそうにソルの腰にしがみついた。いいなぁ。「………お前もなのはと同じようにしろ」急にソルの顔が厳しくなる。「来たぜ」言って、ソルは私の身体を抱き締める。何が何だか分からないけど、私はソルの暖かさを堪能しようとした瞬間、強大な魔力を感知した。ソルからじゃない、もっと遠くの方から、私のよく知ってる魔力。「………母さん?」そして、―――ギィィィィィンッ!!耳を劈く甲高い音。緑色の円形のバリアが私達三人を包み込み、紫の巨大な雷を防ぐ。ソルが私となのはを抱き締めた状態で展開した防御魔法と、母さんの紫の雷がぶつかり合って、視界が激しい光で何も見えなくなってしまう。「ちっ」舌打ちが聞こえると同時に攻撃が止み、バリアが解除される。「今のはただの眼眩ましか」「え?」「な、なにがどうなったの?」なのはの疑問に答えず、ソルは念話を誰かに向けて放った。『エイミィ、ジュエルシードが持ってかれた。まさか攻撃しながらこんな芸当が出来るとは思ってなかったぜ。完全に俺のミスだ』『大丈夫、ちゃんと尻尾は掴んだよ!!』『不用意な物質転送で座標は割れたから安心してくれて構わない』『ワリィな』ソルの言葉通り、さっきバルディッシュから出した筈のジュエルシードが無くなっていた。「ソル、これは、母さんが?」「ああ、お前のお袋は俺達三人纏めて消し飛ばすつもりだったみたいだな。そのついでにジュエルシードを奪おうとしたんだろ」「そんな………」母さんが私を攻撃しようとした? 一体どうして? なのはに負けたから? ソルを連れて帰れなかったから?「とりあえずアースラに乗るぜ。お前もついてこい」何が何だか分からないまま、私はソルに手を引かれて時空管理局の艦に乗り込んだ。