僕となのははアースラの食堂の一角を借りて勉強をしていた。二人で並ぶように座り、参考書とノートを広げる。僕は日本語の読み書きを、なのはは国語の勉強をそれぞれ行う。勉強している僕らの正面にはコーヒーカップを片手に読書に耽るソル。手にしているのは『デバイスマイスターを目指して 上級者編』。当然ミッド語で書かれた代物だ。管理局を半ば恐喝するような形で協力体制を取って既に十日。彼が異様な程ハイスペックなのは初めて会ったその日から知っていたが、僅か数日でミッド語を完璧にマスターするとか非常識にも程がある。まあ、今更驚かないけど。その所為かどうか不明だが、ミッド語を教えていた僕が今度は日本語の勉強をやらされるハメになった。何故だ?別に他にやることがある訳じゃないし、日本に居れば役に立つだろうからいいか。そんなことを考えながら、参考書に掲載されている漢字を順に意味と読みと形をノートに書き写し、覚えるまで何度も繰り返し練習する。「お兄ちゃん、此処がよく分かんないんだけど」「あ? 何処がだ? 見せてみろ」隣に居るなのはが挙手、ソルに分からない部分を聞いている。「この問題の意味がよく分かんないんだ」「これは………まず此処の文章で何が言いたいか分かるか?」「ううん」「それが分かんねぇと話にならねぇ、まずだな―――」ソルは面倒臭がり屋に見えて、意外と面倒見が良い。僕となのはの勉強もソルから言い渡された(模擬戦で負けて)ことだ。彼は一見粗暴だけど、実は身内にかなり甘いし、「面倒臭ぇ」が口癖なのになんだかんだ言って話を聞いてくれる。もし僕に兄が居たら、きっとこんな感じなのかな? 僕が感じている彼との距離感は少し年の離れたお兄さんに接しているようだ。―――勝手に兄扱いしてるけど、もし彼が僕のことを弟として見てくれたら凄く嬉しいな。「―――という訳だ、分かったか?」「うん、ありがとう、お兄ちゃん」どうやらなのはの疑問は氷解したらしい。それからしばらく僕達は黙々と勉強を続けて、「あ」「ん? どうしたユーノ? なんか分かんねぇとこでもあったか?」「いや、そうじゃなくてね。これなんだけど」「ああ?」「何々?」僕はふと疑問に思った漢字をソルとなのはに見せた。「”名”?」「名前の”名”だね」「これがどうした?」「えっと、今更なんだけどソルの名字が気になって」「俺の名字?」「だって、ソルってなのはのお兄さんなんでしょ? 血が繋がってないことは一目で分かるけど、どうして高町って名乗らないの?」ソルは誰もが認める高町家の一員だ。だというのに、ソルは”高町”と名乗らない。何時も自己紹介する時は『ソル=バッドガイ』である。「ソル=バッドガイ・高町って名乗るのが普通なんじゃないかな~と思っただけなんだけど」「んなの簡単だ。俺はただの居候だからだ。戸籍上、俺は高町家に住んでるだけってことになってる」「え? そうなの?」「後見人は一応、親父とお袋になってるがな」「へ~」「確か、五年くらい前だったっけ? お兄ちゃんがウチに転がり込んできたのって」「お前ら高町家の人間が引きずり込んだ、の間違いだ」「えへへ♪ そうだっけ?」「そうだ」にこやかな笑みを浮かべるなのはと、やれやれと溜息を吐くソル。今の二人のやり取りを聞く限り、ソルが高町家の居候するようになったのは今から五年くらい前。でも、どうして?「ソルがなのはの家に居候してる理由って、聞いちゃダメなことだよね?」僕は地雷と分かっていながら口にしていた。単純な興味もあるけど、もっとソルのことを知りたいという欲求を抑え切れなかった。ソルにこんなことを聞いて怒られるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、正直内心ビクビクしている。でも、「別にいいぜ。あん時はその日暮らしの放浪の旅、悪く言えば根無し草な生活してたとこに、お人好しの高町家の面子に拾われた。それだけだぜ」淡々と事実を語るソルの顔は何時も通りの仏頂面。もしかして、何とも思ってない?「そうなの?」「ああ」「じゃあ、少し僕と似てるね」「あ?」僕は少しだけ自分のことを語ることにした。「僕には両親ってものが居なくて、物心ついた頃からスクライアの一族に育ててもらったんだ」「………ユーノくん」「………」「勿論、一族の皆が僕の家族だけど、ソルとなのはみたいに『この人が僕のお父さん、お母さん』っていう人が居なかったから。ちょっとだけ、二人のことが羨ましいって思ったんだ」なのはが悲しそうに俯き、ソルは黙って聞いていた。周りの空気が一気に寂しくなる。「あ、ゴメンね。僕の変な話の所為で雰囲気悪くしちゃって」「そ、そんなことないよ!!」なのはが慌てて言ってくれるが、空気が沈んだのは確かだ。「ア、アハハ。気にしないで、別にスクライアの一族に不満がある訳でも、二人を僻んでる訳でも無いから」「………もし」「え?」ソルがぼそりと呟く。「もしこのまま無事にジュエルシードを回収し終えたら、ユーノはどうすんだ?」後残すところ六個。フェイト達の件もまだ終わっていないけど、もう終わりが近付いている。「………そう、だね。この件が終われば、僕はきっと一族の元に帰る………かな」そうだ。今まですっかり忘れていた。今回僕が地球に持ち込んだ問題は、もうすぐ佳境を迎えているんだ。帰らなければいけない。ソルとなのはと別れなければいけない。―――それは………嫌だな。そう思うと、不謹慎にも今回の件はまだ片付いて欲しくなかった。自分でも分かってる。ただの子どもの我侭だ。もっと二人と一緒に居たい。せっかく仲良くなったのに、別れることになるなんて嫌だ。それになにより、―――ソルに、認めて欲しい。初めて会った時は怖かった。そして見た目通り容赦の無い人だった。おまけに凄く頭が良くて魔法に関しては天才、はっきり言ってソルは僕にとって畏怖の対象だった。でも、本当は優しい人だと知った。優しいから、身内以外の人間には容赦が無いんだ。そのことに気付くと、今までソルを怖がってた感情は反転、僕は彼を尊敬し、目標としていた。―――何時か、僕もソルみたいになりたい………いや、必ずなってみせる。心の底から思った。鋭利な眼差し、大きい背中、強い心。追いかけ続けてきた後ろ姿。それを見失うことになるなんて、とても悔しい。僕はそんな事実に拳を握り締め、唇を噛んだ。「ユーノに一つ提案がある」唐突に、ソルが言った。「ジュエルシードの件が片付いてもお前が地球に残るってんなら………俺から親父達に相談してみようと思うんだが、どうする?」「………え?」耳に入ってきた言葉の意味がよく分からず、間の抜けた返事をしてしまう。「だから、お前が良ければウチで暮らさねぇかっつってんだよ」「………く、くく、お兄ちゃんのツンデレ」「うるせぇぞ」「キャー♪」ギロリと睨まれたなのはが楽しそうな声を上げながら一目散に逃げる。そんななのはを苦々しい顔で見送りながら、ソルは言った。「………親父達の返答次第だがな」「………」僕は目尻から零れそうになる涙を我慢しながら、今の気持ちをしっかり口にした。「ありがとう、ソル。嬉しいよ」「フン………礼言われるなんざ、柄じゃねぇ」ぶっきらぼうに返したソルは、僕にそっぽを向いて本に視線を戻す。だけどその眼は、とても優しかった。勉強を一時中断し、おやつを食べている時でした。「あのさ、また名前の話になるんだけどさ」「今度は何だ?」ユーノくんの言葉にお兄ちゃんが相変わらずぶっきらぼうに応えます。「バッドガイって変な名前だよね」「………」お兄ちゃんはその言葉に黙り込みます。「あ、それ私も最近英語の勉強するようになって思った。英語でバッドは『悪い』、ガイは『男』って意味だもんね。名字としては変だけど、お兄ちゃんらしいよね」「確かに”悪い奴”だなんて、ソルらしいや」「………お前らはどうなんだ」少し不機嫌そうなお兄ちゃん。ちょっと意地悪し過ぎたかな?「私はお兄ちゃんが知っての通り、菜の花から取ったんだよ」「僕はよく分からないんだけど、聞いた話によると”喜び”と”集まり”っていう意味の二つの言葉のそれぞれの頭文字から取ったらしいよ?」「へ~、喜びが集まるようにって意味が込められてるんだよね? なんか素敵」「なのはだって花から取ったんでしょ? 可愛いじゃないか」「えへへへ。菜の花の花言葉には『快活』『元気一杯』『小さな幸せ』って意味があるんだ!!」私とユーノくんはお互いの名前を褒め合います。「………知ってるか? 菜の花って食えるんだぜ。おひたしとか、からし和えにしてな」「お、お兄ちゃん!! なんてこと言うの!!!」お兄ちゃんが横からとんでもないことを言い出します。私の名前の元になったものを食べるだなんて!!「それって美味しいの?」「ユーノくん!?」「あんまり美味くねぇ」「ダメじゃん」「全くだ」「二人共酷いよ!!!」しかも貶されました。最近この二人の息がぴったりです。仲が良いのは良いけど、なんか二人共私の預かり知らぬ部分で”繋がり”のようなものがあって、少しだけユーノくんに嫉妬してしまいます。「ところでソルは?」「ああ? 面倒臭ぇ、知りたかったらテメーで調べろ」「そういえば私知らない。お兄ちゃん自分だけず~る~い~。教えてよ」「『ソル』という単語は地球の古い言葉で”太陽”もしくは”太陽神”を表す意味の筈よ」答えたのはお兄ちゃんではなく、少し離れた所からコーヒーカップを片手に歩いてくるリンディさん。「隣、失礼するわね?」「………好きにしろ」お兄ちゃんの返事に頷くとその隣に腰掛けるリンディさん。「”太陽”に”太陽神”か。格好良い名前だね」ユーノくんが褒めてくれます。それにしても”太陽”だなんて、凄く素敵な名前です。私は自分の名前が褒められた時よりも誇らしくなってきました。「でしょう?」「なんでお前が偉そうなんだ」コツン、とお兄ちゃんに優しく人差し指で額を突っつかれます。「だって嬉しいんだもん」「………やれやれだぜ」そんな私達のやり取りを眺めながら、リンディさんが微笑みます。「貴方達って本当に仲が良いわね」「そんなの当たり前ですよ。私とお兄ちゃんは世界で一番仲が良い兄妹なんですから」「そうなのか?」「そうだよ」「普段のキミ達を見ててあれで仲が悪いんだったら軽く引くよ」ユーノくんが苦笑します。「そうね。特にソルくんがなのはさんに向ける愛情には並々ならぬものを感じるわ」お兄ちゃんが私のことを大切に思ってくれていることはよく理解していましたが、他の人から面と向かって言われるととても恥ずかしいです。あうぅ。顔が熱いです。「うるせぇぞテメーら」「あれ? もしかしてソル、照れてる?」「黙れユーノ。火達磨になりてぇか」「今日はもう遠慮しとく。さっきの模擬戦で三回も灰になるかと思ったし」「ちっ」急に乱暴な口調になるお兄ちゃん。でもこれは不機嫌になったとかではなく、単に照れ隠しなだけです。前にお姉ちゃんが言ってました。『ソルみたいな男の子はね、カッコツケマンの癖して恥ずかしがり屋なんだよ。しかも表情には出さないけど口には出るタイプ。だから不機嫌に見えるかもしれないけど、それってただの照れ隠しなんだよね』って。それに、本当に不機嫌だったり怒っている時のお兄ちゃんは家の中で一番怖い存在です。でもそんな状態だったらすぐに分かるし、今のお兄ちゃんは全然怖くないので、照れ隠しということになります。普段は粗暴なのに、こういう時は私と同じように照れてるお兄ちゃん………可愛いな~。「うふふ。ソルくんとなのはさんの仲も良いけど、ソルくんとユーノくんの仲も良いんじゃない?」「え?………それは」「まあな」答えに窮していたユーノくんと、あっさりリンディさんの言葉を認めるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの態度にユーノくんが眼を輝かせます。むむぅ。なんか納得いきません。私との仲は疑問系で答えていたのに、どうしてユーノくんとの仲は即答しちゃうんだろう。これはちょっと文句を言わなければ。私が口を開こうとしたその時、耳を思わず塞ぐ程の音量のアラートが鳴り響きました。ブリッジに駆け込むとやたらとでかいメインモニターが表示され、海上にいくつもの竜巻と雷が発生している光景が映し出されていた。「何だこりゃ?」「残り六つのジュエルシードは海に沈んでいる可能性が高かった。そして彼女達はそれらを一気に回収しようとして魔力流を送って強制発動させたらしい」俺の疑問にクロノが答える。「まさか六個共この海の中に揃っているとは………それにしても彼女達は無謀なことをする。個人で封印するには魔力の限界をとっくに超えている筈だ」モニターの中で、フェイトが必死になって竜巻と雷を避けつつジュエルシードを封印しようとしている。アルフは雷に捉えられて身動きが取れないらしい。「フェイトちゃん、アルフさん………」そんな二人を見て、なのはが悲しそうな声を出す。「私、今すぐ現場に―――」「その必要はないよ。放っておいても自滅する。仮にしなかったとしても、消耗したところを捕らえればいい」クロノは冷静な声で非情になのはの意見を切り捨てた。「捕獲の準備を」「了解」「残酷かもしれないけど、私たちは常に最善の方法を取らないといけないの」アースラ陣が淡々と作業準備を進める中、なのはの表情が愕然となる。「そ、そんな………」これが組織というものだ。常に大局を見据え、必要最小限の犠牲で最大の成果を得る。それが組織として正しい在り方だ。そこに一個人の感情や意見は入らない。入ってはいけない。もしそんなことをしてしまえば組織としての枠組みが瓦解するからだ。俺はモニター内のフェイトとアルフを見る。疲弊しながらも動き回り、何とかして封印作業を行おうとしているフェイト。雷に拘束され苦しそうな、悔しそうな表情のアルフ。俺はその場から踵を返した。「? 待て、ソル。キミは何処へ行くつもりだ?」立ち去ろうとする俺を目敏く見つけたクロノ。「決まってんだろ。フェイトとアルフを助けに行くんだよ」「なっ!? キミは僕の話を聞いていなかったのか!? その必要は無い!!」「お前達にはな」驚いた表情をするアースラ陣を一瞥すると、俺は歩き出した。「待ちなさいソルくん。命令よ、従ってもらうわ」「なら契約通りに”俺が従う必要無しと判断した場合は命令に対する絶対拒否権”を行使させてもらうぜ」リンディが喚くので一蹴してやる。「貴方は自分が何をしようとしているのか分かっているの?」「気に入らねぇんだよ」「………何ですって?」俺は立ち止まり振り替える。そして、その場に居る全員に聞こえるように言ってやる。「確かにテメーらのやり方ってのは正しいぜ。必要最小限の犠牲で最大の成果を得る、それが組織だからな。それにテメーらにとっちゃフェイト達は敵で、捕縛するべき対象なら尚更な」ヘッドギアを装着し、左手に封炎剣を召喚する。「だがな、俺にとっちゃフェイトはただのガキだ、なのはと同い年のな。敵だとか思ったことなんて一度も無ぇし、知らない仲でもねぇ。ついでに言えば窮地に陥ってるのを見捨てる程険悪な関係でも無ぇ」「………」「協力する以上はそちらの指示に従うつもりだった、事実今まで従ってきた。だが俺は、お前達が組織でありそのやり方が正しいと理解していても今回は納得出来ねぇ。だから、あいつらを助けに行く………もし、その邪魔をするってんなら………」俺は封炎剣を構え、普段抑えている”力”を解き放ち、殺気を滲ませ威嚇する。「選べ………道を空けるか、クタバルか」しぃん、と静まり返ると同時に緊張感が沸き立つ。そのまま十秒もしない内に、なのはとユーノが黙って俺の隣に立ち、二人同時にバリアジャケットを展開する。「………お前ら」「私はお兄ちゃんの意見に賛成するよ。だってフェイトちゃんのこと、助けたいもん」「僕もソルに従うよ。たとえキミの行動が他者から間違っているように見えても、僕達にとっては間違ってないって信じてるから。転移魔法準備開始」「礼は言わねぇぞ」そんな俺達をリンディが苦々しい顔で見る。「貴方達………」「ワリィな。自分でもよく分かってたことなんだが、どうにも俺には団体行動ってのが無理らしい」「ごめんなさい、リンディさん」隣でレイジングハートを槍形態にし、穂先をリンディ達に向ける姿勢でなのはが謝った。俺となのはとユーノの三人の足元に緑色の円環魔方陣が出現する。「ソル、準備完了」「ま、待ちたまえ!!」慌てたクロノが飛び出してくるが、「ユーノ、やれ」「転移開始」俺はクロノを無視してユーノに命じる。その途端、転移魔法が発動し俺達三人はアースラから姿を消した。背徳の炎と魔法少女 13話 Conclusion灼熱のような殺気と威圧感から解放された私は、命令無視されたとはいえ彼にこの場で暴れられなかったことに安堵した。もし逆らえば、どうなっていただろうか?想像してみてゾクリと肝が冷える。下手をすればアースラが沈んでいたのではないか?この艦に乗り込んでいる魔導師の中で―――勿論私も含め―――純粋な戦闘においてソルくんに勝てる者なんて存在しない。あんなモノに真正面から戦えと言われたら、私は時空管理局の立場が無ければ裸足で逃げ出すだろう。「艦長!! 彼らが―――」「もういいわクロノ」「しかし!!」「私程度の人間が彼を御し切れる訳が無かったのよ」事情聴取で私の真意が見抜かれた時から、彼は普通ではない非常に異端な存在だと理解はしていたけど、認識が甘かった。彼の眼。あれは己の信念にのみ従う戦士の眼だ。その為の覚悟を決めた眼でもある。自身の目的の為、自身の誇りの為、自身が掲げる戦う理由の為にしか決して動かない。そこに他者の価値観や倫理観なんてものは介入出来ない。もし無理に入り込もうとすれば問答無用で叩き潰される。そんなことは彼を見れば火を見るよりも明らかだ。(私はもしかしたらとんでもなく危険な猛獣、しかも鎖に繋がれていない暴れ竜みたいなものを引き込んでしまったのかもしれないわ)長年管理局に勤めているが、彼程の眼とプレッシャーを持っている人間に出会ったことは無い。歴戦の魔導師の中には彼に似た者は何人も居たが、ソルくんと比べてしまえばまさに”子ども”だ。醸し出す貫禄が違う、滲み出る存在感が違う、放たれる威圧感が違う、向けられる殺気が違う、感じられる覚悟が違う。おまけに戦闘能力も一級品だ。これで言うことを聞けと言う方がどうかしてる。「クロノ、何時でも出れるように準備しておきなさい」「了解」予期せぬ事態に備えて万全を期する。後は、全てが上手くいくこと祈るのみ。………どうか、赤い竜がこちらに向けて炎を吐きませんように。いくら何でも残ったジュエルシード六つを相手に、同時に封印しようなんて無謀だった。でも、今更泣き言なんて言ってられない。無理だからやめようと注意してくれたアルフを強引に押し切ってまで始めたことなんだ。途中で投げ出すことなんて出来ない。今は全力でジュエルシードを封印する。それに集中しないと!!竜巻が荒れ狂い、雷が降り注ぐ中、私は何とかして封印しようと動く。なのに体力が、魔力が持たない。疲労は焦りを生み、焦りは私の集中力を乱す。「フェイトッ、後ろ!!」アルフの声が周囲の音に掻き消されそうになりながらも鼓膜に届く。振り向けば背後には既に巨大な竜巻が迫っている。回避は、無理だ。眼前には一際巨大な竜巻、左は雷、右は竜巻、背後は雷で囲まれている。迎撃も不可能。こんな大きい竜巻相手に今の疲弊した状態の私じゃどうにも出来ない。アルフもさっきから雷に纏わり付かれて身動き出来ない。絶望的。せめて出来る抵抗といえば、全魔力を注いで防御魔法を展開すること。当然、これだけの規模の竜巻に巻き込まれたら無事では済まないのは分かっている。けど、私にはもうこれ以外打つ手が無い。「………ごめんなさい」最期に出てきたのは謝罪の言葉。私の帰りを待っている母さんへ、今までの無理に付き合ってくれたアルフへ。そして。「………ソル」初めて会った時に助けてくれた炎の少年。頼りがいのある力強い後ろ姿。仏頂面な顔。ぶっきらぼうな態度。不敵な笑み。優しく撫でてくれた暖かい手の平。叱ってくれた時の怒った表情。結局、彼との約束は破ることになってしまった。怪我しないようにって言われたのに。もうすぐ傍にまで迫った竜巻を諦めと絶望が混じった眼で見るのは止め、眼を閉じる。―――死ぬ前にもう一度だけ、ソルに会いたかったな。覚悟を決めたその時、「ガンフレイムッ!!!」力強い声が、再会を望んだ人物の声が、はっきりと聞こえた。突如上空から降り注がれた幾筋もの火炎が、フェイトに迫る竜巻と雷を喰らい、引き裂き、貫き、爆音と共に無力化していく。アタシは火炎が飛んできた方向を見る。「てええええええええええええやああああああああああああああああああああああっっっ!!!」そこには、こちらに向かって咆哮を上げながら剣に炎を纏わせ、急降下するあいつが居た。―――ザンッ!!アタシに絡み付いた雷が斬り裂かれ、霧散する。自由を取り戻したアタシに一瞥もくれずに、そのままあいつはフェイトを剣を持ってない腕で抱え、離脱。「………ソ、ソル!?」抱き締められたフェイトが、顔をトマトみたいに真っ赤にさせながら戸惑いの表情を浮かべる。無理も無い。フェイトはソル達が時空管理局に協力したと分かった時点で自分達の敵と決め付けちまってたし、そんな想い人から突然抱き締められたら動揺もする。「フェイトちゃん、アルフさん、無事!?」「アルフ、早くこっちに来るんだ!!」なのはと、誰だい? まあ、この際細かいことはいい、とにかく誰でもいいや。この場にソルと一緒に出てきてくれたってことはソルの味方で、ソルの味方ならフェイトの味方ってことになる。アタシは誰か分からないが聞いたことのある声に従う。そこにフェイトを抱えたソルもやって来る。「お前ら、怪我は?」「な、無い、けど」「アタシも、あんたのおかげで大したこと無いよ」「ならいい」なんでソルが此処に居るのかまだよく分かってないフェイトは戸惑いながらも返事をし、そんなフェイトの頭を優しく撫でるソル。そんな二人を見てアタシは思わず泣きそうになっちまったよ。やっぱりソルは来てくれた。こいつは何時だってフェイトのことを気に掛けてくれていた。守ろうとしてくれていた。アタシじゃ力不足な時も、こいつは何とかしてくれた。分かるかい、フェイト? フェイトはソルにこんなに想ってもらってんだよ? それは凄くありがたいんだよ? これでもまだ、ソルが敵だと思ってるのかい?「何泣いてんでお前は。まだ終わってねぇ………見ろ」ソルがアタシの顔を見て呆れた顔をすると、ついさっきまでほとんど消滅していた竜巻と雷が再び姿を現し始めた。「これは………元になってるジュエルシードを何とかしないとダメだね」誰か分からない民族風のバリアジャケットを着込んだ線の細い少年―――野生的なソルと対照的な―――が考え込むように言う。「ユーノの言う通りだな」え? ユーノ? こいつが? どうして人間の姿に? ソルの使い魔でフェレットじゃなかったのかい?混乱しているアタシと、やはり同様にソルに抱えられながら驚きの表情のフェイト。フェイトはアタシ以上に混乱していて、ソルの顔とユーノの顔を何度も何度もキョロキョロ見る。そんなフェイトを気にも留めず、ソルは抱えていたフェイトを離すと、アタシ達から少し距離を取る。「ソル、どうするつもり?」「俺があれを何とかする。ユーノとアルフは防御魔法を、なのはとフェイトは封印の準備をしろ」「お兄ちゃん、封印の準備は分かるんだけど、防御魔法って?」なのはの疑問にソルはすぐに答えず、首を回してゴキゴキと音を立てた。「………少し、本気を出す」「「「「っ!!!」」」」その言葉が聞こえた瞬間、ソルから濃密な魔力が溢れ出す。まるで触れれば蒸発してしまう熱を帯びているような、灼熱の魔力。熱くて、激しくて、燻っていたマグマが出口を求めて滾っている、まるで火山口に居るような錯覚を覚える。「ユーノとアルフの二人は俺の攻撃の余波がなのはとフェイトに行かないように全力で防御しろ」「う、うん!!」「………分かったよ」慌ててユーノが答え、私はソルの底知れぬ魔力に戦慄しながら返事をする。「なのはとフェイトは竜巻と雷が沈静化したら即座にジュエルシードを封印しろ。いいな?」「「は、はいっ!!」」アタシ達の返事に満足気に頷くと、更に距離を取り、アタシ達から離れていくソル。「何をするつもりなんだい、あいつは?」「たぶん、前に暴走したジュエルシードに対して似たようなことをするつもりだと思うんだけど、前は一個だったからね………でも今回は六個………つまり」「前より凄いのぶっ放そうってことかい?」「………『少し、本気を出す』って言葉から察するに、恐らく」疑問に答えたユーノが脂汗をかきながら青い顔をして答える。「じょ、冗談じゃない!! あんなのもんどうやって防げって言うんだい!!!」ソルがジュエルシードの暴走体を欠片も残さず蒸発させたことを思い出す。あいつはの攻撃は防御魔法を突き破り、周囲を一瞬で黒焦げにしちまうような威力があるんだよ。そんなもん喰らったら、走馬灯が脳内を駆け巡る前にあの世行きだよ。「お、落ち着いて、別にソルの攻撃を直接防げって言ったんじゃなくて、あくまで余波だから、余波!!」「余波だけでも十分な威力だよ!!!」「ぐ、それは………言い返せない。でも、被害を最小限にする為になるべくソルから離れよう」「そいつは同感。フェイト、なのは、此処じゃ不安だからもっと距離を取るよ、ついておいで」「あ、はい」「分かった」アタシを筆頭に、ユーノ、なのは、フェイトの順にソルから離れる為に上昇する。眼下の遥か先にかなり小さくなったソルの姿が見える距離。そこまで来て止まる。「此処まで来れば大丈夫かね?」「たぶん、きっと、恐らく大丈夫なんじゃないかと」「何だいはっきりしないね!! 男はソルみたいに即断即決するもんだよ」「いや、そんなこと言われても直面してる事態が事態だし」『その距離なら十分だ』「わあぁぁぁ!? ビックリしたぁぁぁ!!」突然のソルからの念話に悲鳴を上げるユーノ。『そろそろやるぜ。準備はいいか?』「あ、お兄ちゃん少し待って」確認を取るソルになのはが待ったを掛ける。「フェイトちゃん、身体の調子はどう?」「え?」「お兄ちゃんのおかげで魔力は回復してると思うんだけど、一応聞いておかないと」「ソルのおかげって、あいつフェイトに何かしたのかい?」そんな仕草は全く無かった。「ソルはレアスキル持ちなんだよ」「「レアスキル?」」アタシとフェイトの声が唱和する。「お兄ちゃんは触れたものに対して無意識に大量の魔力を流し込むっていう体質みたいなの」「僕達はこのレアスキルをそのまま”魔力供給”って呼んでる。初めは全然気が付かなかったんだけど、レイジングハートが説明してくれてね」「詳しい話はまた後でにしよ? さっきお兄ちゃんに抱き締められてたから、フェイトちゃんの魔力は回復してると思うんだけど、どう?」途中からなのはの眼がジト眼になってフェイトを見ていたような気がするが、言いたいことは概ね理解した。「フェイト、どうなんだい?」「う、うん、なんかよく分からないんだけど、何時の間にか魔力が回復してる………」呆然とするフェイト。「本当かい? そりゃ」「嘘は、言ってないよ」まだ信じられないという表情のフェイト。そんなフェイトを羨ましそうな眼で見るなのはと、二人を見て苦笑しているユーノ。「よし、こっちの準備は万端だね。『ソル、オーケーだよ』」『じゃあ、行くぜ』ユーノのGOサインにソルが応える。刹那、ソルの右の拳が金色に輝き始め、感じる魔力が更に高まる。「「「「………」」」」とんでもない光量が放たれる。まるであいつの身体の一部が太陽か何かなっちまったような光。それはとても美しい光であると同時に、とてつもない破壊力が込められているのが容易に分かる。誰も無駄口を叩かない。あの光に魅せられている。どんな高価な宝石も足元にも及ばない、美しさと力強さを秘めた輝き。それはまさに、小さな太陽だった。ソルは弓を引き絞るように思いっきり振りかぶると、海面に向かって右拳の太陽を、「ドラグーン―――リヴォルバーァァァァァァァ!!!!!」雄叫びと共に投げつけた。解き放たれた太陽は、途中で邪魔する竜巻や雷を貫きながら真っ直ぐ海面へと向かう。そして、着弾、爆音!!!同時に眼を開けていられない程の強い光。アタシは眼を瞑って防御魔法を展開した。バリアにぶつかる爆風。暴れる空気が音となって周囲に響き渡り鼓膜を叩く。やがて、音が止み恐る恐る眼を開けると、そこにはさっきまでの天変地異のような光景は一切存在しない、静かな海が広がっていた。『何呆けてやがる。とっととジュエルシードを封印しろ』ソルの念話を聞いて、なのはとフェイトが慌てて封印作業に入る。それを見ながら、僕は思わず独り言を呟いた。「なんて………出鱈目な威力だ」一部始終を見ていた僕の感想はそれだけだった。魔力量も、破壊力も、何もかもが出鱈目だ。まるで天候を一瞬でひっくり返すようなことを彼は一回の魔法行使でやってみせた。いや、魔法じゃない。”法力”とか言ったか。術の式も構成も全くミッドチルダ式と異なり、真似するどころか解析することすら不可能な魔法の力。ソルだけが振るうことを許された異質な力。「彼は一体、何者なんだ?」名前はソル=バッドガイ。高町なのはの義理の兄。話によるとたった二時間でユーノが使う魔法を全て修得。魔法に関しては天才とユーノが言っていた。主に戦闘では謎の力”法力”を用いる。また、ミッドチルダ式と”法力”を組み合わせた新魔法も使うらしい。詳しく調べなくても魔力値と魔導師ランクは間違いなくオーバーS。また、数日でミッド語を完璧に使いこなす点から知能面においても非常に優秀(デバイスを弄くる点から特に理系に強いのではないかと思われる)。分かっているのはこれだけ。ごく表面的なものでしかない。彼がもしミッドチルダ式の魔導師であれば此処まで疑問を持たなかっただろう。しかし、現に彼は僕達とは全く異なる技術を用いて眼の前に存在する。「………ソル=バッドガイ」その名を反芻し、僕は思考に耽った。「やれやれだぜ」溜息を吐いて首を回す。封印し終えたジュエルシードを挟んだなのはとフェイトの様子を窺う。なのはの傍にはユーノ、フェイトの傍にはアルフ、それぞれが付き従っている。見た限り険悪な雰囲気にはなっていないようで、今すぐ決闘が始まるとは思えない。出来ればこのまま穏便にことを運べればそれに越したことは無いんだが。「っ!?」そう思っていた次の瞬間、魔力を感知。魔力の量からしてかなりの手練、おまけにかなり規模がでかい魔法が展開されるようだ。刹那、上空から俺に目掛けて巨大な紫の雷が降り注ぐ。「ちっ! フォルトレス!!」―――ギィィィィィンッ!!チェーンソーで金属を切り裂くような耳障りな音が鳴り響く。展開された緑の円形のバリアが紫の雷を阻む、その時に反発しあった魔力が音と共に火花を発生させ飛び散る。フォルトレスディフェンスは防御法術の中では最も基本的なものだが、魔力さえあればどんな攻撃も防ぐ鉄壁を誇る最強の盾になる。しかしその代わりというか燃費が悪く、魔力を異常に食う、発動するとその場から動けない、すぐに反撃出来ないといった欠点も多々ある代物だ。今の俺は降り続く雷の所為で動けない。視界の端でフェイトが雷を直撃、墜落していく姿を確認出来る。助けに行ってやりたいがそれをしつこい雷が許さない。雷を操ってる奴は、どうやら俺を足止めしたいらしい。そしてそれはまんまと思惑通りになってやがる。「クソが………!!」フェイトを助けようとしたなのはとユーノも雷に弾き飛ばされる。咄嗟にレイジングハートが防御してくれたおかげで二人には幸い怪我は無さそうだが。―――野郎、調子に乗りやがって。アルフが海面に叩きつけられる前にフェイトを抱き止め、そのままジュエルシードに向かって一直線に突き進む。それを転移してきたクロノが阻むが、アルフの渾身の一撃を喰らって吹っ飛ばされる。此処からじゃフォルトレスと雷自体が発する光、その二つがぶつかり合う時に出る光でよく見えないが、ジュエルシードで何かあったらしく、アルフが狼のような咆哮を上げる。そして、海面に魔力弾を撃ち込み水柱を立てると視界から姿を隠す。再びなのは、ユーノ、クロノに紫の雷が閃光と雷鳴と共に降り注ぐ。俺を含めた全員が雷を凌ぎ切ると、フェイト達の姿は既に無かった。後書きまず、感想掲示板でレス返しをしていたら、三人の方に敬称を付けずに書き込みをしていました。すいません。わざとじゃないんです。ごめんなさい。すっかり忘れていただけなんです。許してください。今回のお話について。コロコロ視点替わり過ぎで読みにくいかもしれません。でも気が付いたらこんな風になってたんです。キャラの名前について。これは私が勝手に解釈したものですので、こんなん違うとか言わないでくれると助かります。なのはは読みから、ユーノはwikiで名前の由来があってその更に由来から。ソルは和訳です。リンディさんがソルから向けられるプレッシャーは『G級のテオ・テスカトルに全裸アイテム無し猫飯無しで初期武器の状態で挑むもの』だと思っていただければイメージしやすいかと。モンハンやったことない方々、ごめんなさい。余計分かりませんよね。物語りもいよいよ大詰め、執筆頑張りますよ。では、また次回。