「こんなに待たせておいてたったの五つでは、笑顔で迎える訳にはいかないわ」そう言って、あの鬼婆はフェイトに鞭を振るった。ビシッ!! と耳を塞ぎたくなる、いや、実際アタシは耳を塞いでいたけど聞こえてしまう痛烈な音と共に、フェイトの悲鳴が聞こえてしまう。「ご、ごめんなさい」ビシッ!!「あうっ!!」アタシはフェイトの苦しむ声が聞こえる度に歯軋りし、鬼婆に対して身を焦がさんばかりの怒りが吹き出てくるのを実感する。何なんだい? 何なんだい!! あの女はフェイトの母親だろ!? どうしてフェイトにこんな酷い仕打ちをするのさ!? こんなの絶対間違ってる!! フェイトは健気に頑張ってるのに!! ソルが居てくれなかったら死んでたかもしれないことだってあったのに!!!「いい? フェイトはこの大魔導師の娘でなのだから、ジュエルシードくらいすぐに集めてこなくてはダメ。これは分かっている?」「………は、はい」「報告にあった白い魔導師、そして使い魔。邪魔するのなら潰しなさい、どんなことをしても」「………」「返事はどうしたの!?」ビシッ!!「ああああっ!! は、はい、分かりました!!」「そう、なら期待して待ってるわ。次は母さんを悲しませないで頂戴」フェイトの返事に満足したのか、鬼婆は去っていった。傷だらけのフェイトを置き去りにして。SIDE OUT「フェイトっ!!」部屋から出ると、涙を浮かべたアルフが身体を支えてくれる。「今、回復魔法をかけるからね」言って、言葉通りに回復魔法をかけてくれる。「大丈夫だよ、心配しないで」「大丈夫なもんかい!! こんな傷だらけになって、酷い目に遭わされてるっていうのに………」ポロポロと涙を零しながら悔しそうに歯噛みするアルフ。「ごめんねフェイト。アタシ下手くそだから、あいつみたいに上手く治してあげられないよ」「ううん、おかげで随分楽になったよ。ありがとう」この痛みはきっと罰だ。母さんの望む通りにジュエルシードを回収出来ないこと。―――そして、「………ところでフェイト、どうしてソルのことを報告しなかったんだい?」―――ソルのことを報告しなかったことに対する罰。そう。私はなのはとユーノのことはちゃんと『自分達以外にも存在したジュエルシードの探索者』として報告した。でも、ソルに関しては一切報告しなかった。「だって、ソルは、彼自身は別に私達を邪魔してる訳じゃないから」「………そりゃそうだけど」それは事実だ。彼は私の命を救ってくれた。ジュエルシードを三つも渡してくれた。結果だけ見れば、ソルが私達のジュエルシード探索を邪魔していないのは確かだ。………詭弁だ。自分でもはっきり分かる。彼がなのはの兄だという事実がある以上、もしなのはに何かあればすぐにでも敵となるだろう。ソルが、敵になる。それは想像するのも恐ろしいことだった。ミッドチルダ式とは異なる得体の知れない”力”。暴走したジュエルシードを力ずくで抑え付ける圧倒的な魔力。そういった単純な戦力云々の問題ではない。感情が言っている。―――ソルと敵対するのは嫌だ、と。もし、母さんに報告してしまったら、絶対にソルのことを潰せって言われるに違いない。きっとソルはそんなこと気にも留めないだろうけど、一度想像してしまったら怖くて報告出来なかった。ソルと敵対することが現実になりそうで、怖くて言えなかった。ソルと戦う。それは嫌だ。彼と戦うのだけは嫌だ。そんなことになるくらいなら鞭で叩かれる方がまだいい。―――だって、私にとって、ソルは………背徳の炎と魔法少女 9話 苦悩と決意 すれ違う想いそれは今朝のこと。飯も食い終わったので、登校時間までユーノと自室で雑談していた時だった。「レイジングハートが俺に話があるだぁ?」「うん、なんかよく分かんないけど」はい、と差し出された待機モードのレイジングハート。赤いビー玉に模したデバイスは真っ二つに割れるような形で亀裂が入っていた。昨日のジュエルシードでの一件で破損したことが、待機モードでも外見に影響が出ているのだろう。「話せるようになったのか?」「さっき点滅して、お兄ちゃんに持たせろって急に。でも、それ以降はうんともすんとも言わなくなっちゃったから」しょんぼりするなのは。よっぽどこのデバイスが気に入ったのだろう。ま、道具相手に愛着を持つのはよく分かる。俺も封炎剣に愛着感じてるし。しかもデバイスとは会話も出来るのだから尚更だろう。「俺に持たせろねぇ~」とりあえずレイジングハートを受け取る。と、<………来た、来た、来ました、漲って来ました!!!>急に訳の分からないことを言い始めたので気持ち悪くなってゴミ箱に放り投げた。「あああ!? レイジングハートが!!!」慌ててゴミ箱を漁り、レイジングハートを発掘するなのは。「いきなり何するのお兄ちゃん!?」「いや、普通手に持ったビー玉が『漲って来た』とか言い始めたら誰だって気持ち悪くて投げ捨てるだろ」「レイジングハートはビー玉じゃなくてデバイスっていう精密機械だからね一応。気持ちは分からないでもないけど」毛繕いしながらケージの中でユーノが呆れながら諭すように言う。<いえ、私が悪いのです。ソル様の性格ならば、理由も説明せずに先程のようなことを言えば投げ捨てられるのは眼に見えてましたから>「ならなんでやるのさ」<ソル様。もう一度私を持ってください>ユーノの突っ込みを華麗にスルーするレイジングハート。もう一度なのはから手渡されたレイジングハートを受け取る。赤い宝玉は俺の手の平の上でチカチカ点滅し始めた。<やはり思った通り、ソル様は稀少技能、レアスキルをお持ちのようです>「レアスキル?」「レアスキルって、ソルが? 法力のことじゃなくて?」ユーノが首を傾げながらレイジングハートに聞き返す。<いえ、ソル様が使うミッドチルダ式とは全く異なる理論で行使される”力”のことではありません>「じゃあどういうこと?」「お兄ちゃん、話についていけない」「俺も置いてけぼり食らってるから安心しろ」なのはが横から俺の袖を引っ張る。<申し訳ありません。ではまずマスターとソル様にはレアスキルについてユーノがご説明しましょう>「此処で僕に振るの!? まあ、いいけど。レアスキルっていうのはその名の通り、普通の人は持っていない稀少技能のことだよ」「「稀少技能?」」俺となのはの声がハモる。「う~ん、僕自身レアスキル持ちじゃないし、そんな人に会ったことも無ければ詳しくも無いんだけど、要約するとそんな感じ」「例えば?」なのはが面白そうだという顔をする。とりあえず、レアスキル持ちらしいのはお前じゃなくて俺っぽいってこと忘れてないよな?「例えば~、そうだね、特殊な魔力を持っていたり、特殊な魔法を使えたり」「なるほど、詳細は掴めねぇが、言いたいことはだいたい分かった。で、そのレアスキルが俺に何の関係がある?」<はい。今ユーノの例にあった特殊な魔力を持っている、がソル様に該当します>「そのまま続けろ」先を促す。<まず始めに。普段のソル様からは魔力が一切感じられません。それは宜しいですか?>「ああ、厄介事に巻き込まれるのはご免だからな。法力を使わねー時は”力”を抑え付けてる。だが、法力を使ってる時は抑え付けてないから感知出来てる筈だぜ」隠蔽しようとしない限りな。<仰る通りです。通常時のソル様からは何も感じられませんが、その法力とやらを行使する時には莫大な量の魔力が検出されます。しかし、通常時のソル様から魔力を検出する方法が一つだけあるんです>ほう、まさかそんなことがあるとは。俺もまだまだだな。<それは、ソル様に触れることです>「………触ればいいのか?」<触ればいいのです>思いもよらない斬新な方法だった。つーか、逆に言えば触らない限り分かんねーんじゃねーか?<しかし触れば魔力を知覚する、というものでもないのです>「あ? 意味分かんねぇぞ」<先に結論から言いましょう。ソル様の身体に触れることによって、触れたものに魔力が流れ込んでくるのです>「そうなのか?」俺は隣に座るなのはとケージの中に居るユーノに聞いてみる。「私は全然そんな風に感じたことないよ」「僕も。だいたい、魔力が流れ込んでくるんだったら普通魔導師なら気付くでしょ」二人共首を横に振る。<では、ソル様に触れていると心地良い、もしくは落ち着く、などと言った”癒されている”と感じたことは?>「え? それは何時もかな~。お兄ちゃんにくっついてると優しく包まれてるみたいで凄く気分が良くなるよ」「言われてみれば確かに、僕もソルの肩とか頭の上に乗ってると何故か安心するけど」<その感覚こそ、”魔力が身体に流れ込んでいる”という事実を覆い隠すフィルターになっているんです!!!>いきなり人の手の平の上で大きな声出すなよ。<そもそも私がマスターに出会った当初、いくら才能があり多大な魔力を保有しているとは言え、手に入れたばかりの魔法の力を毎日のように行使しているのに疲れた様子を見せないマスターに疑問を持っていました。いくらなんでも回復力が高過ぎる、と>レイジングハートは己の推測は話し始める。<しかし、いくらマスターの身体をスキャンに掛けても私が出来ることなど高が知れていますし、異常も見当たらない。ですから私は初め、『マスターは異常な程高い魔力の回復力を持つお方だ』ということで一度は納得しました>俺達は黙ってレイジングハートの言葉に耳を傾ける。<けれど、それが間違いであったことに気が付いたのはあの温泉旅行の時。私がマスターからソル様に没収された瞬間でした!!>「興奮してきたのは分かったから少しボリュームを下げろ」<失礼。ソル様に触れた瞬間、私の中に膨大な量の魔力が流れ込んできたのです>「それで?」なのはが続きを聞きたくて仕方が無いといった感じにわくわくと先を促す。<その時、私はマスターが四六時中ソル様にくっついていることを思い出しある仮説を立てました。マスターは異常な程高い魔力の回復力を持っているのではなく、”ソル様から魔力を供給されているのではないか”と>「魔力の供給か。確かに魔導師の間でそういうやり取りはあるけど、そういうのってされたら普通気付くよね?」ユーノが突っ込む。<ええ。その時点ではこの仮説に穴がありました。”では何故マスターやユーノ、そしてフェイトさんはそのことに気が付かないのか”というものです>うんうん、と頷きながらなのはとユーノが真剣に聞き入っている。あれ? これ、俺の話だよな? なんでこいつら俺よりも興味津々なんだ?<ですから私は仮説を立証する為に観察しました。『ソル様に触れている方がどんな様子なのか?』と。観察し始めて間も無く皆様に共通するものを発見。そして、それは『魔力供給さてれいることに気が付かない原因』へと先程のマスターとユーノの証言で結び付きました>ゴクリ、となのはが生唾を飲み込んだ。<誰もがソル様に触れられていると”安らぎ”を感じていることです。魔力が供給されると同時にその”安らぎ”を感じる所為で、『身体に魔力が流れ込んでいることに頭が気が付かない』状態になっているのだと私は思います>「「おおおおお~」」パチパチパチ、となのはとユーノが拍手する。「………お前ら、今の説明で納得したのか?」「うん!! 凄く納得!! さすがお兄ちゃん!!!」抱き付いてくるなのは。………なんかこれ、なのはとレイジングハートが共謀した三文芝居じゃねーのか?<納得出来ませんか?>「今の説明で納得しろってか?」元科学者舐めてんのか? 曖昧な憶測でものを語ってるようにしか聞こえねぇぞ。<ではユーノ。ソル様の身体に触れてみてください。眼を瞑って、注意深く、自身の感覚を研ぎ澄ませながら>「わ、わかった」ケージから出てきたユーノが恐る恐る俺に触れる。そして、「………ほ、本当だ!! 凄い量の魔力が身体に流れ込んでくる!! どうして今までこんな大変なことに気が付かなかったんだろ!? しかも全然不快じゃない、それどころかさっき僕が言ったみたいになんか安心するよ!!」「私は気持ち良いよ~」前足で俺の太腿に触りながら驚愕の表情を浮かべるユーノと、俺の胸元にぐりぐり顔を埋めるなのは。「………嘘だろ、ユーノ?」「嘘言って何になるのさ?」<納得して頂きましたか?>「えへへ~♪ お兄ちゃ~ん♪」「………仮にそうだとすると、俺は普段から魔力を垂れ流しにしてるってことになるぜ。普段の俺からは魔力を感じないってことは無いんじゃねぇのか?」苦し紛れに微妙に論点がずれた部分を指摘する俺。<それが不思議なのです。離れていると分からないのに、触れると分かる。とても不思議な現象です。まあ、世の中には科学や魔法を用いても解明出来ないことなんていくらでもありますから、気にするだけ無駄かと>丸投げかよ。<ということで、今日は私が完全に修復するまでソル様に持って頂きたいのです。安心してください、二、三時間以内には終わらせます。マスター、宜しいでしょうか?>「うん、レイジングハートがそれで早く直るなら」<了解しました>これじゃあ、ますますなのはが俺離れしないんじゃないのか?なんか嵌められた気分になりながらも、<ふふふ、馴染む、実によく馴染みます>とか意味不明なことを言ってるレイジングハートを首から下げることにした。そんなこんなで俺のレアスキルは―――と呼んでいいのか非常に疑わしい―――まんま『魔力供給』と名付けられた。授業中、何時ものように先公の話を聞き流しながら、俺は物思いに耽っていた。考えているのは昨日のジュエルシードのこと、フェイトの背後に居る人物のこと。大気中のマナに反応して暴走した、いや、もしかしたら”正しく発動した”ジュエルシード。今までの認識を覆すには十分な現象を起こして見せた。空間の歪曲。まだ憶測の域を出ないが、ジュエルシードの本来の使い道が空間歪曲を発生させることだとしたら? それによる因果律への干渉が目的として製作された物だとしたら?強い”力”と”力”の衝突は空間を歪めることがある。実際にそれの所為でタイムスリップして過去の自分と戦ったことだってある。だとしたら、俺の想像を遥かに超える危険物だ。出来る限り早急に封印する必要がある。だが、発動していない状態のジュエルシードはただの石ころ。肉眼で探すには限界がある。探査するにもユーノの魔法ではジュエルシードを探すのに適したものが無い。今になって冷静に考えてみれば、昨日の時点でジュエルシードをフェイトに渡すべきではなかった。あいつの元気になった姿を見て、つい気が緩んだのは言い訳にもならない。我ながら間抜け加減に自分を自分で殴りたくなる。それに、フェイトの背後に居る人物。こいつが何故ジュエルシードを求めるのか理由が分からない。ジュエルシードが空間歪曲させる程の危険物だと分かっているのか?分かっていないならまだいい。だが逆に分かっているとしたら?それこそ危険だ。あれが発動して周囲に何も影響が無いとは思えん。なら、いっそのことフェイトを捕縛してバックに居る奴を引きずり出すか?フェイトの顔を思い出す。(………んなこと、出来ねぇよ)甘い。考えが昔と比べ物にならないくらいに甘くなった。この世界に来る前の俺であったなら、問答無用でフェイトを捕まえて、情報を吐き出せるだけ吐き出させてから親玉の所に乗り込んでいただろう。傍観者なんていう第三者的な立場にもならなかった筈だ。自分から率先してジュエルシードを探索し、片っ端から封印して、邪魔するものは端から灰にしている。それに比べて今の俺はどうだ?確かに、この身体なら以前の俺より強いだろう。だが、精神面では? 此処四年近く平穏な生活をしていた俺はすっかり丸くなってしまった。高町家に引き取られて、戦いの無い平和な日常と大切な家族を手に入れた。法力と肉体の鍛錬は怠らなかったが、実際は士郎の事件の時に治療しただけ。昔のような戦闘など、此処最近のジュエルシードの暴走体相手にしたものしか無い。今の俺を昔の俺が見たら、きっとせせら笑うだろう。『腑抜けた顔しやがって』と。百五十年以上培ってきた戦闘者としての『ソル=バッドガイ』が、たった数年の何事も無い日常によって瓦解してやがる。ジュエルシードに対する認識が悉く覆っているのがいい証拠だ。―――俺は、弱くなった。それに、現に俺はフェイトに情が移っている。なのはと同じように、守ってやりたい、悲しませたくない、傍に居てやりたい、力になってやりたい、そう思ってる自分が居る。(俺は、どうすりゃいい?)現段階では情報が足りていない。判断材料が少な過ぎる。フェイトが昨日のように、全身傷だらけになってでもジュエルシードを手に入れようとした理由は何だ?それ程までにあいつの後ろに居る人物に義理立てしなきゃいけないものでもあるのか?フェイトの後ろに居る奴は手にしたジュエルシードを何に使うつもりだ?そもそもジュエルシードって一体何なんだ?次にフェイトに会った時、俺はどうすりゃいいんだ?結局答えが出ないまま放課後になり、一度帰宅する。頭の上にユーノを乗せ、なのはと手を繋いでジュエルシードを求めて歩き出す。未だに俺の頭の中は進展しない。自分はこんなにも脆かった、いや、脆くなったとは。自嘲の笑みを浮かべる。悶々と答えが出せない俺は、まるで迷宮に迷い込んだ哀れな冒険家のようだ。「お兄ちゃん!!」「………あ?」耳元で叫ぶなのはの声で我に返る。腑抜けた声が口から漏れる。気が付けば周囲は夕日に染まり薄暗くなっており、現在位置はのCD屋『Dレコード』近くにある臨海公園の中だった。「お兄ちゃん。何悩んでるの?」「………」「フェイトちゃんのこと? それともジュエルシードのこと? もしかして両方?」「………最後の奴だ」四年以上は一緒に居たのだ。俺の異常になのはが気付かないとは思えない。「やっぱり、昨日のことが気になってるんだ」どうしてこいつは俺のことになると、やたらと鋭いんだ。「ああ。このままお前とフェイトがジュエルシードを賭けて戦うってのが、今更ながらにナンセンスな気がしてきてな」なのはは黙って聞いている。「だから、どうすりゃいいのか悩んでた。それだけだ」本音の部分は話せない。昨日のことが起きるまで、俺はジュエルシードのことを軽視していたことに気付いた。ギアと比べれば大したことはない、と心の何処かで見下していた節があったのは否定出来ない。しかし、実際に見せ付けられたジュエルシードの”力”は、俺の驕りを吹き飛ばした。そして、ジュエルシードとフェイトの後ろに居る人物のことで悩み始めてしまった。フェイトに対して、かつての俺なら出来たことが、今の俺には出来ない。俺は弱くなった。じゃあ、今の俺はどうすればいい?それからは思考のループだ。「本当に、それだけ?」「………」答えられない。俺は黙り、なのはから視線を外した。「………なんか、お兄ちゃんらしくない」「かもな」もう俺はかつての俺じゃない。あの頃のようにひたすら戦い続けた俺はもう居ない。「………だからっ、今みたいな感じがお兄ちゃんらしくないよ!!!」なのはは手を離し、俺の眼の前に回り込むとイライラしたように怒鳴った。「どうして否定しないの!? 何時もなら『うるせぇ』とか『すっこんでろ』とか『お前には関係無ぇ』とか言うところでしょ!? どうして認めちゃうの!? そんなの全然お兄ちゃんらしくないよ!!!」俺に対してなのはが本気で怒っている。今まで経験したことの無い事実に、俺は固まってしまった。「学校で午前の授業ぐらいからお兄ちゃん変だった。分かってたけど放っておいた。だってお兄ちゃんのことだからすぐに自分で勝手に解決するか、煮詰まったらすぐに話してくれるかのどっちかだから」なのはは瞳に涙を溜めていた。「でも実際は半日近く経っても話してくれない。一人で抱え込んで暗い顔して悩んでる。私はお兄ちゃんがどうしてそんなに悩んでるのかなんて知らないけど、私が知ってるお兄ちゃんは、私が大好きなソル=バッドガイは、何時までもウジウジグダグダ悩んでるような人じゃない!!!」―――ソル=バッドガイは何時までも悩んでいるような人間じゃない?その言葉は俺の頭をハンマーでぶん殴ったような衝撃だった。確かにそうだ。俺は今までなのはの言う通り、チンタラと悩み続けたことが無い。人間だった頃も、ギアになってからも、この世界に来た時は少しだけ悩んだが、俺は何時だって即断即決即実行を旨としてきた筈だ。ごちゃごちゃと悩むのが大嫌い。全て、面倒臭ぇの一言で切り捨ててきた。忘れていた。すっかり忘れていた。俺の大切なアイデンティティーだろうが。何忘れてんだ。そうだ、悩む必要なんて無ぇ。面倒臭ぇんだよそんなもん。ジュエルシードのことも、フェイトの後ろに居る奴も、全部纏めてケリをつけりゃあいい。考えんのはその後だ。全くもって面倒臭ぇ話だが、ま、何とかなんだろ。そうじゃねぇと、何処からかまた坊やの雷撃が飛んでくるかもしれねぇからな。「私知ってるよ。お兄ちゃんが悩んでることになんて言えばいいのか」「ああ、面倒臭ぇな」なのはのおかげで眼が覚めた。俺の言葉に、なのはが涙を拭いながらパァーっと微笑んだ。「ソル=バッドガイ、復活だね!!」「うるせぇ。ったく、余計なことしやがって、お前の所為で悩んでる俺が馬鹿みてーだろうが」「ふふ、それでこそお兄ちゃん!!」輝かんばかりの笑顔で飛び付いてくるなのはを優しく抱き締める。憎まれ口を吐きながら、俺は心からなのはに感謝し、成長したなと感慨に耽った。やがて感じたジュエルシードの気配。すぐに現場に向かうと、発動したジュエルシードは樹を取り込んだらしく、根で周囲を無差別攻撃し始めた。ユーノが即結界を張る。「丁度いい、少し暴れたかったところだ」なのはがバリアジャケットを展開する横で、俺はヘッドギアを装着し、封炎剣を召喚した。「お兄ちゃん?」俺の様子に疑問を持つなのは。「お前は今回手を出すな。たまには俺にもやらせろ」「いいけど………急にどうしたの?」「簡単な話だ。傍観者で居るのはもう終いだ」「ソル!!」その時、上空から俺を呼ぶ声。見上げればアルフを引き連れたフェイトが俺達の傍に降り立った。「今回はお前らも手を出すな」「は? 何言ってんだいアンタ?」「アレは俺が片付ける。それから、その後少しお前らに話が………」親指で後ろを指差しながら、違和感に気付く。フェイトの様子が何処かおかしい。俺と視線を合わせようとしない。「フェイト、どうした?」「な、なんでもないよ」何かを隠してるような態度。俺はアルフに眼を向ける。アルフは苦虫を噛み潰したような表情で俺から視線を逸らした。逸らされた視線がフェイトの二の腕を見ているような気がする。「ちょっと見せろ」「あっ! ダメ!!」俺は強引にフェイトの腕を掴んで観察すると、あからさまに拒絶して俺の手から逃げようとする。しかし、それを無視して観察を続けた。抵抗は無駄と悟ったフェイトは暴れるのを止め、力無く項垂れた。フェイトの白い肌に薄っすらと浮かぶ傷跡。まるで鞭で叩かれた後に、無理やり回復魔法で傷を目立たないように治療したような。「何があった?」答えは返ってこない。「まるで鞭打ちでも受けたみたいだぜ?」それでも答えない。フェイトが答えないことではなく、フェイトがこんなことに遭った事実に怒りを募らせていった。「お前にジュエルシードを探すように命じた野郎は、お前に拷問するのが趣味の下衆野郎か?」「違う!! 母さんはそんな、あ………」カマをかけてみたらあっさり引っ掛かるフェイト。「お前にこんなことをしたのは母親か?」「………」もう隠しても意味が無いというのに、フェイトは押し黙った。「アルフ?」「………アンタが思ってる通りだよ」苦々しく渋々といった感じでついにアルフが口を割った。「ア、アルフ!?」「もう無理だよフェイト、これ以上隠し切れないよ。そもそもソルが気が付かないってフェイト自身本当にそう思ってたのかい?」「………」「とにかく治療する。傷を見せろ」俺はフェイトを促した。フェイトは観念したのか、悲しげな表情でバリアジャケットのマントを外した。「ソル!? 暴走体はどうするの!?」焦ったようなユーノの声。「今取り込み中だ。んなもん後だ」「キミがやるって言ったんじゃないか!!」「だから、これが終わったらやってやる」「そんなこと言ったって暴走体がこっち来てるから!!!」「ああン!?」イライラしながらそちらに眼を向けると、俺達を標的と定めた暴走体が鈍重ながらも近付いて来るのが見える。「お兄ちゃん、どうするの?」「アレは俺が仕留める。色々とフラストレーションが溜まってる所為か、何かを消し炭にしなきゃ気が済まねぇ。全員アレには手を出すな」「それで?」アルフが先を促す。「だが今はフェイトの治療が先だ。だから、なのはとユーノとアルフの三人は俺とフェイトをアレの攻撃から守れ。治療が終わるまでな」「こっちは攻撃しちゃいけないのに、向こうの攻撃は全部防ぐの!?」なのはの質問に首肯する。「そんな無茶な………」「何その理不尽」「面白みが無いね~」ユーノが頭を抱えて、なのはが溜息を吐き、アルフにいたってはやる気が感じられない。俺は殺気を漲らせて怒鳴った。「グダグダ文句言ってんじゃねぇ!! もし、防ぎ切れなくて俺とフェイトに攻撃が届いて見やがれ? お前ら全員後で焼き土下座させるからな!!!」「ひぃっ!!!」「焼き土下座って何!?」「ア、アタシもかい!?」「ごちゃごちゃうるせぇ!! とっとと行きやがれ!!!」「「「は、はい!!!」」」三人は蜘蛛の子散らすように散開した。「………ソル」暗い顔でこちらの表情を伺ってくるフェイトの頭を撫でると、法力を発動させる。「フェイト。治療を受けながらでいい。黙って聞いてろ」「………うん」「俺はお前を信じてるが、はっきり言ってお前の後ろに居る奴が信じられねぇ。ジュエルシードを集めろって命令するって時点で怪しいと思ってたが、今日のお前を見てますます不信感が募った」フェイトは俺の言う通り、黙って聞いていた。「昨日のジュエルシードの暴走。あれから俺なりによく考えてみて、改めて認識が変わった。今までのように勝負に勝った方にくれてやるって気にはなれなくなった」傷跡が綺麗に無くなっていく。「だから、俺が傍観者で居るのはもう終いだ」「だから、俺が傍観者で居るのはもう終いだ」ソルの言葉が理解出来ない。「詳しい話は後でする」そう言って、ソルは私の頭を撫でると、背を向けてジュエルシードの暴走体へと歩いていく。―――待って!!それを私は見ていることしか出来ない。口が動いてくれない。声帯が音を紡いでくれない。手を伸ばしてもソルの背中に届かない。ソルが傍観者じゃなくなる。『今までのように勝負に勝った方にくれてやるって気にはなれなくなった』それは、なのはの味方につくということ。つまり、―――ソルが、私の敵になる?うそ? 嘘だよね? 私は、ソルと戦うことになるなんて嫌だよ。絶対嫌だよ!!でも、ソルはもうなのは達の所へと行ってしまった。私の傍には、居てくれない。足がフラつき、立っていられない。眼の前がぼやける。口の中にしょっぱい味がしたことで、ようやく私は自分が泣いていることに気が付いた。SIDE OUT気まぐれ後書きクロノくんとの邂逅は次回っす。引っ張り過ぎかもしれないけど、ごめんなさい!!