バッチーン、という良い音がクロノの執務室に響く。間髪入れず更にもう一度、バッチーンと聞こえた。激しい怒りに染まった表情のティアナが、部屋に入ってきた赤毛の青年にいきなり往復ビンタを食らわせた音である。引っ叩かれた人物は、三年前に失踪し、昨日帰ってきたというエリオ。クロノが最後に見た少年の姿とは見違える程成長していたが、特徴的な髪の色ですぐにエリオだと判別した。彼が帰ってきた、という報告があったのは昨夜。ソルからのメールだ。『なるべく早めに迷惑を掛けた関係者各位に詫びを入れさせる』という内容で、クロノの所には本日訪問するということになっていて。今日、直属の部下であるティアナと二人で書類仕事をしながらエリオのことを待っていた。そしていざ彼が執務室に入室してくると、これである。正直クロノには訳が分からない。誰か教えてくれと視線を彷徨わせると、エリオの後ろに驚いた表情の金髪の青年が居た。去年の魔法戦技大会で出会ったカイの実の息子――シン。エリオ同様皆の間で『尋ね人』になっていた人物だ。「アンタ馬鹿でしょ!? いきなり行方不明になって、周りに心配させて、たくさん迷惑掛けて、この馬鹿!! 馬鹿、馬鹿……馬鹿……」握り締めた両の拳を同時に振り上げては振り下ろし、罵倒しながらエリオの胸板を殴打するティアナはまるで癇癪を起こした子どものようであったが、声と手の勢いは徐々に弱くなっていき、最後は彼の胸に頭を押しつけながら縋りつく。「連絡の一つくらい入れなさいよ、心配したじゃない……この馬鹿」蚊の鳴くようなか細い声で非難しつつも安心したように呟くティアナの態度に、エリオは数秒間程呆けていたが、やがて優しげな瞳で彼女を見下ろしながらそっと抱き締める。帰ってきて、彼は改めて思い知らされた。シンと共に家出をして、三年間武者修行に明け暮れた日々はとても楽しくて充実したものであったが、その裏で自分達が周囲の人々にどれだけの迷惑を振り撒いたか、どれ程の心配を掛けてしまったのかを。ソルには滅茶苦茶怒られて戦う破目になった、シャマルは怒るを通り越して呆れていた、ツヴァイとキャロには泣かれてしまった。他の皆からも小言を散々言われてしまった。そして今は腕の中でティアナがその華奢な身体を震わせている。「愛されてるな、僕は」思わず独り言を呟くと、慌てた様子のティアナがバッと腕の中から飛び出し、数歩後ずさりながら顔を真っ赤にして叫んだ。「い、いきなりなな、何言ってんよ馬鹿じゃないの!! やっぱりアンタ馬鹿よ!! 馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!」背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO4 雷槍騎士の今後ラブコメチックな展開を繰り広げ二人の世界に浸っているエリオとティアナを一先ず放置して、クロノは部屋のドアの前で所在無さげにしているシンに近寄る。「キミの話は聞いているよ。カイさんの実の息子の、シンくんでいいかな?」「おう。クロノでいいんだよな? 話ってオヤジ、ソルからか?」話しかけられてこれ幸いと応じるシン。明るくて元気な青年、というのが第一印象。カイとは別の意味で裏表を感じさせない気持ち良さを持ち合わせた誠実な人間だと感じた。ソル曰く『アホだが素直』というのは、なるほど、言い得て妙だ。「ソルは勿論、キミのご両親からもだ」「母さんとカイに会ったことあんのか?」肯定するように頷く。「去年、ちょっとした大会でね。まあ折角来て立ち話もアレだ。座りなさい。お茶の用意をしよう」「あ、仕事中押しかけてんのにわざわざサンキュ、クロノ。じゃあ俺はお詫びの品を兼ねたお土産を。ほい、どうぞ」シンは背負っていたザックを下ろし中に手を突っ込むと、一本の瓶を取り出しそれをクロノに手渡してきた。受け取った瓶をしげしげと観察してみる。瓶自体は透明で、中身は琥珀色の液体で満たされていた。しっかり封はされているみたいで匂いがしない為何が入っているのか分からない。「これは?」「栄養満点の蜂蜜だ。そのままパンとかに塗って食うのも美味いけど、飲み物に混ぜて飲むのも美味いぞ」「蜂蜜? なんでまた、蜂蜜?」「必要に迫られて養蜂してたんだ」「はあ?」「でも養蜂だけじゃないぞ。キノコの栽培もしてたし、虫捕りだってしたし、畑だって耕したし、魚釣りだって頑張ったし、ツルハシ持って毎日炭鉱夫になった時もあるし、鍛冶屋に弟子入りもしてたぞ」問えば、えっへんと胸を張りつつ更なる謎を残すシンの言葉に首を傾げることになる。三年間、一体エリオと何をやっていたのだろうか?まあ、詳しい話はお茶の用意をしてからにしよう。シンにソファへ座るように促し、それからまだ何か二人で話し合っているエリオとティアナに「そろそろいいか?」と声を掛けた。三十分程度クロノとティアナと談笑し、他にも回らなければならない場所がある、ということでエリオとシンの二人はクロノの執務室を後にする。「まさか部屋に入った途端エリオがビンタされるとは思ってなかったぜ」「あれは痛かったです」カラカラ笑うシンに、歩きながら両頬を手で押さえ苦笑いで応じるエリオ。「で、次は何処行くんだ? こっちの世界のことは何一つ知らねぇから引き続きナビ頼む」「次は、えっと――」二人が現在歩いているのは時空管理局の本局、その中でも次元航行部隊に所属している局員の執務室が纏められている区画。この近辺から回っていくとなるとリンディかレティ、もしくはマリエルになる。査察部であるヴェロッサは業務の都合上会えるかどうか分からないので後回しだ。ティアナの補佐官であるシャーリーが先程クロノの執務室で会えなかったのは痛いが、マリエルの所へ訪れた時に行方を尋ねてみるのもいいかもしれない。本局で用を終えたら、今度は無人世界カルナージへ行ってアルピーノ一家に挨拶しなければならない(三年の間に移住しており現住所が第34無人世界『マークラン』ではない、という内容をツヴァイとキャロから聞いてエリオはとても驚いていた)。その後はミッドチルダに戻って地上本部、Dust Strikers、聖王教会、という順番で回るつもりである。スケジュール的に結構タイトなものだが、翌日には海鳴市で一泊してからイリュリア連王国に行く予定となっているので、なるべく今日中に済むものは今日の内に挨拶回りを終わらせたい。人と人との繋がりは世界を超える、それはそれで凄いことだがそれら全てを一気に回るとなると費やす労力は膨大だった。自業自得ではあるのだが。三日後。海鳴市で一泊、イリュリアに一泊して帰ってきた(実家がイリュリアのシンとはそこでお別れ)エリオの挨拶回りは無事に終了。ちなみに結果は以下の通り。初日の初っ端、いきなりティアナから往復ビンタを食らう。ルーテシアに泣かれ、メガーヌとゼストの二人に『子を持つ親としての立場』からありがたいお説教を頂戴する。ゲンヤには何をしていたのか根掘り葉掘り訊かれる。グリフィス達からは三年の間に次元世界で賞金稼ぎとして活動していないか問われ、素直に「お騒がせしました」と白状した。女性の方々からは「イケメン!!」と騒がれるようになる。二日目。海鳴市では未だに独り身のアリサとすずか、美由希から絡み酒を食らう。「ちょっとエリオ格好良くなり過ぎじゃない? 何それ? 誘ってるの? 私のこと誘ってるの?」とか「二人は今好きな娘居ないの? 居ないなら私、どっちかに立候補しちゃおっかなー」とか……必死過ぎて怖いよこのお姉さん達!!そして最後である昨日、Dr,パラダイムから滅茶苦茶怒られて――もしかしたらソルよりも怒っていたかもしれない――小一時間、正座の状態で説教される。普段物静かなDr,パラダイムが開口一番に「そこに直れ!!」と怒鳴るとは思っていなかったので心臓が口から飛び出る程驚いたのは内緒だ。他の方々は基本的に笑って許してくれたので、まあこの程度で済んでよかったと言わざるを得ない。お詫びの品を兼ねたお土産(蜂蜜)はなんとかギリギリ足りてくれた。激戦に備えてシンと共にたくさん養蜂しておいたのが功を奏したのである。「そうか。ご苦労だったな」帰ってきていの一番に『侘び入れてこい!』と命令したソルに結果報告すると、義父は自身の顎に手を当て何か考える仕草を見せた。「……で、エリオはこれからどうする?」「と、仰りますと?」「復学するか、働くかだ」つまりこれからの身の振り方をどうするか、という話だ。復学する場合、また以前のようにツヴァイとキャロの二人と一緒に通うことになる。最終学歴が初等部で、中等部をすっ飛ばして高等部に編入ということになるものの、勉強に関しては特に問題無いだろう。授業が分からなければ勉強すればいいだけの話だし。では働くとしたらどうなるだろうか? 賞金稼ぎとしてDust Strikersで仕事をもらうのもありだし、養父のデバイス工房を手伝うのもいいかもしれないし、八神家道場の師範代や聖王教会の教導官でもいいかもしれない。これら以外でも色々な仕事がある筈で、選択肢は多い。「プーは?」「ああ?」「ジョークです!!」軽口を叩いてみたらソルの眼が剣呑な光を発したので、急いで言い繕う。危うく丸焼きにされるところであった。家長として家の中からプー太郎を出したくないのは分かるが、その為に殺気を出すのはやり過ぎだと思う。これに類する冗談は聞き入れないようだ。「あの、とりあえず、少し考える時間を頂ければと愚考するのですが」どちらにせよミッドチルダに戻ってきてから一週間も経過していない。三年間の空白もある為、すぐに結論を出すのは早計と判断しその旨を伝え時間が欲しいと提案すれば、ソルは案外あっさり受け入れる。「……まあいいだろう。暫くは好きにしろ」「そういう訳で、失踪中だったお兄ちゃん二人がやっと帰ってきました。この中でコロナだけはエリオお兄ちゃんに会ったことあるよね?」時間帯は学校の授業を終えた放課後、通学路を下校中という状況下でヴィヴィオは一緒に帰る友達に話す。「うん。あの時と比べてやっぱり背とか伸びてるの?」「すっごい伸びてる! パパと同じくらいの身長だよ!」「それは高いね。久しぶりに会ってみたいなぁ」ヴィヴィオと一年生の頃から同じクラスだったコロナは、その当時から家によく遊びに来ていたので三年前にエリオと何度も会ったことがあったし、一緒に遊んでもらったことも一度や二度ではない。コロナにとってエリオは文字通りの意味で『友達のお兄さん』というポジションだった。「はいはいはーい、あたしもエリオさんに会ってみたい! 去年の大会じゃ結局会えなかったしさ」元気に腕をブンブン振ってアピールするのはリオ。彼女は今年になるまでヴィヴィオとコロナとは別のクラス(ヴィヴィオとの出会いはデバイス工房『シアー・ハート・アタック』)だったので、当然エリオに会ったことがない。去年開催された魔法戦技大会でシンとエリオがもしかしたら現れるんじゃないかと囁かれて彼女は興味津々だったのが、結局二人が姿を見せなかった為少し残念な思いをしたのである。「三年間も武者修行に出ていたという話に興味があります。私もご一緒していいでしょうか?」リオに続いて発言したのはアインハルトだ。此処数日ですっかりヴィヴィオ達と仲良くなり、同じ時間を過ごすことが多くなってきた。「じゃあこれから皆でウチに遊びに来る? 今家に居るか分からないけど」「「「是非!」」」「じゃあレッツゴー!」四人はテンションを高めながら駆け足で家に向かう。が、しかし。「居ないし」住んでる人数が多いのでやたら広い家の中を練り歩いた末にヴィヴィオがリビングで待っている友人達に告げた。留守、家の中には誰も居ませんよ状態だったのである。「復学するか働くかのどっちつかずは何処行った!?」「少し落ち着いてヴィヴィオ」頬を膨らませ地団駄を踏むヴィヴィオにコロナが慣れた感じでどうどうと言い聞かせる。「普通に出掛けたんじゃないかなー」至極当然のことを言ってみるリオにコロナとアインハルトが同意を示すが如く頷いた。「例えば何処に?」「いや、それは流石に知らないけど」まだ膨らんだ頬が元に戻らないヴィヴィオの質問にリオは呆れながら首を横に振る。そもそも会ったことがない人物が何処に行ったかなどリオに予想出来る筈もない。「どうしよっか? エリオお兄ちゃんに連絡取ってみる? それとも今日のところは諦めて他のことでもして遊ぶ?」妥当な提案に誰もが僅かに思考を巡らせた時、「ただいまー。ヴィヴィオー、友達来てるのー?」という声が玄関の方から聞こえてくる。声の主はなのは。どうやら仕事を早めに切り上げて帰ってきたようだ。間もなく、両手に買い物袋を手にしたなのはがリビングに入ってくる。その後ろから彼女同様に買い物袋を手にしているフェイト、アインも続く。三人はヴィヴィオの友達に気が付くとそれぞれ「いらっしゃい」と告げた。「「「お邪魔してます」」」コロナとリオとアインハルトは行儀良くお辞儀。なのは達は、「あら、いらっしゃい」や「ゆっくりしてってね」と返事をし、買い物袋の中身を一般家庭と比べるとやたら大きい冷蔵庫に入れ始め、その作業が終わるとジュースを取り出し自分達の分と子ども達の分を配る。ジュースを受け取りお礼を述べる子ども達。「さて、夕飯の準備をしよう。コロナちゃん達はウチで食べてく?」空になったコップをシンクに放り込み、エプロンを装着しながらなのはが子ども達に問う。「あ、お構いなく。夕餉の前には帰ります」「迷惑じゃなければ食べていって? 大食らいが帰ってきたから今更子どもが四人増えようが十人増えようが変わらないから」「……でも」アインハルトが遠慮の言葉を口にするが、優しいのに有無を言わせぬ口調でぶった切るなのは。そんな友の母の態度に覇王少女は困惑する。「気にしちゃダメですよ」「この場合、食べていかない方が逆に失礼になります」両サイドからコロナとリオがアインハルトの肩を叩く。よく遊びに来るだけあって、この家に住む連中への対応というのがよく分かっているリアクションだった。断るに断れない善意というのは、意外に質が悪い。「では、お願いします」「はーい♪」色好い返事をもらい、なのはが満足そうに笑う。子ども好きで、実家が喫茶店を経営している彼女は、実はお客様をおもてなしするのが大好きだったりする。既に台所(お店の厨房みたいに広い)ではフェイトとアインが調理を開始していた。明らかに業務用にしか見えない大きな炊飯器に研いだお米をセットし、大量の野菜を見事な手捌きで刻み、中華料理屋でしかお目にかかれないような火力を持つコンロに巨大な鍋を載せる。「エリオが帰ってきたことは喜ばしいが、食事の用意が以前よりも遥かに大変になったぞ」「前は二人で十分だったのにね」「出てく前より食べるようになったし」苦笑するアインにフェイトとなのはが応じる。話題がヴィヴィオ達の目的であったエリオのことなので、少女達は自然と耳を傾ける。大人から見たエリオという人物像がどのようなものか気になったのだ。「で、エリオって今日は工房の手伝いしてたんでしょ? デバイスマイスターとして働けそう?」「ウチの工房で働くなら全く問題無いな。今日見た限りでは鍛冶師、工匠としての腕前は店長(ソル)副店長(ヴィータ)が素直に褒める程だ。何処で身に付けたのか不明だが、二人が知らない知識も豊富。文句のつけようが無い」「へー」冷蔵庫から肉の塊を取り出しつつなのはがアインに問い、アインは鍋に野菜を放り込みながら答える。どうやらエリオの本日の外出先はデバイス工房『シアー・ハート・アタック』だったようだ。続いてフェイトがフライパンを温めながら疑問を口にする。「明日以降はウチの道場、教会、Dust Strikersって順番で回るんでしょ? まあエリオだったら何処行っても大丈夫だと思うけど、ぶっちゃけた話さ、エリオの戦闘能力ってどのくらい?」「……どうかな。シンと二人掛かりでソルに挑みドラゴンインストールを使わせるまでは至ったが、あの戦闘で底を見せたとは思えない」「つまり、私達と同じくらいってことかな?」「少なくとも良い勝負はするだろう。いずれサシでやり合えば分かる」肩を竦めて見せるアインになのはが口を挟む。「やられちゃったりして」「あり得るぞ? カイを超えるかもしれん逸材だ。私達が足元を掬われる可能性はある」話を聞いていたヴィヴィオの顔には『信じられん』と書いてあった。たった三年間の武者修行でこのモンスターペアレンツ(誤字にあらず)に匹敵する強さを手に入れただと!? どういう修行を実施したんだあのお兄ちゃんズは!! と。「まあ、エリオの戦闘能力などこの際どうでもいい。現状、復学するか働くか決めかねているようだが、私個人としては復学して欲しいんだ」「え? アインは復学して欲しいの?」「なんで?」働いて家に食費だけでも入れて欲しいと考えていたフェイトとなのはは、アインの意外な希望に首を傾げた。すると、アインは即答せず僅かに逡巡したようだが、うんと一つ頷いてから声に出す。「……復学すれば、その、ツヴァイやキャロと一緒に居る時間が多くなるだろう」「「あー」」言いたいことを察したのか、二人は異口同音になる。何処へ行くにしても何をするにしても一緒だった当時の三人。それが、エリオが居なくなったことによってツヴァイとキャロに大きな変化をもたらした。変わることが悪い訳では無いものの、親側の立場としては以前のように三人一緒で居る姿の方が見てて安心する。「それにな、ソルが不穏な動きをしている」「「?」」何故この問題で一家の大黒柱の話が出てくるのか?曰く、ティアナの様子を探っているらしい。エリオとシンが帰ってきてからの彼女の生活に何か変化が現れていないかを、仕事に関してはクロノに、プライベートに関してはスバルやティーダに訊ねていたり。「ティアナってお兄ちゃんが面倒見た魔導師の中で一番のお気に入りだよね、確か」「もしかしてエリオとくっつけようとしてる?」他人の恋愛が大好物な女子二人が発言した瞬間、ギリッと耳障りな音が立つ。アインが歯を食い縛った音である。「ふざけるな……!! エリオとくっつくのはツヴァイだ、いや、むしろツヴァイに相応しい男はエリオ以外にあり得ん……それを分かっていながら、ソルは一体どういうつもりだ……!?」真紅の眼が爛々と輝き、包丁を片手に全身から暗黒のオーラを溢れ出させ、こめかみに青筋を立てるアイン。その鬼気迫った姿に全員が表情を引き攣らせた。「べ、別にそうと決まった訳じゃ無いから、アインさん落ち着こう?」「エリオに仕事を斡旋しようとしてるだけかもしれないし」「そしてそのままベッドイン&ゴールインか?」アインがやたらと話を飛躍的に解釈するので、「そうじゃない!!」と必死に言い直すがまるで効果が無い。というか、親バカを説得すること自体が無理難題だ。「もう! フェイトちゃんが最初に変なこと言うからこうなったんだから、なんとかして?」「ふぇ? 私!?」「ほら早く」こりゃダメだと早々に見限ったなのはが戦線離脱宣言をし、フェイトが半泣きになってアインに更なる説得を試みた。「か、考え過ぎだと思うけど」「ああいう一見真面目そうな女が、一番男にのめり込むタイプなんだ」それは自分でしょうが、明らかに経験則からくる発言だ、とブーメランな突っ込みを入れたくなったがぐっと堪える。言ったら言ったで自分にもブーメランなのだが。「以上の理由により私はエリオが働くことに断固反対だ。残り少ない学生として過ごせる時間を学生として過ごすべきだ……(制服着エロ校内プレイがリアルに楽しめるなど羨ましい)」「? 最後の方がよく聞き取れなかったんだけど」「なんでもないから気にするな」「あ、そう? ともかく大人達が当人達の意思を無視して勝手に決めたりつべこべ言ったりするべきじゃないと思うな」「……ぐ」正論を叩きつけられて言葉に詰まる。それにより落ち着きを取り戻したのか、彼女は全身から力を抜くように溜息を吐いた。暗黒オーラも霧散し、皆もぐったりと脱力する。その後も三人は他愛のない話をしながら夕飯の準備を続けていく。ヴィヴィオ達はそれに耳を傾けているだけでも面白かったので、四人は揃って台所を気にしていたら、やがて美味しそうな匂いに惹かれたように他の面子がどんどん帰宅してくる。学生のキャロとツヴァイ、八神家道場の師範達、工房の従業員&エリオ、教会教導官などが順に。「ただいまお腹空いた!!」帰ってきて早速台所に飛び込むヴィータであったが、「ぐわあっ!?」つまみ食いをしようとしたのがバレて一瞬で叩き出された。「こーらヴィータ、アカンよ。お客様が見とるのにお行儀悪いで」「みっともない」入室しつつ小さな子を優しく叱るような口調のはやてと呆れて苦言を呈するシグナムだったが、彼女は諦めが悪く再度台所へ吶喊した。「うるせー! はやてとシグナムだって一昨日唐揚げ作ってる最中に味見だとか言って五個も六個も食ってたじゃねーか!! この肉食系食いしん坊魔法少女(笑)が!!」盛大に暴露するヴィータの反撃。ヴィヴィオの友達三人は失礼と理解していながらクスリと笑ってしまい、身内以外に知られたことに二人の顔は羞恥でトマトのようになる。「だからってこれ以上我が家の恥を客に晒すんじゃねぇ、この阿呆」台所を荒らそうとする悪ガキにソルの踵落としが決まる。「ヌワンギ!?」と断末魔の叫びを上げたのを最後に沈黙したヴィータをザフィーラが無言で回収し、窓を開け放つと物干し竿に洗濯物を干すようにして彼女を干す。しかも逆さ吊りだ。上から下まで赤いツナギ(仕事着)を着用しているのでスカートみたいにショーツが丸見えにならないのは不幸中の幸いか。気絶しているので白目が剥き出しになっているから何の慰めにもなっていないが。文字通りの意味でご近所様へ恥を晒す形となったヴィータ(どう考えても本末転倒)。もっとも、バッドガイ家では日常茶飯事であり近隣に住む人々にとってはいつものことなので「あ、またヴィータちゃんか。今週多いな」くらいにしか思ってないし、そもそも夕食時なので外は暗く視界に収める人自体が少ないので、それ程騒ぎにならない。流石に笑っていられなくなったヴィヴィオの友人達を尻目に、エリオが呟く。「変わってないな、この家は。身体張ったコントを見てるみたいなのは相変わらずだなぁー。こういうの見ると、帰ってきたんだなって実感するよ」その光景を目の当たりにして懐かしそうに眼を細める程度のリアクションしかしない彼は、間違いなくこの家の住人なのだと再確認するアインハルト達であった。食事自体は概ね普通に終わった。外で逆さ吊りの刑に処されていたヴィータが「許してくれー」とうるさかったこと、エリオの食事の量が相撲取り数人分だったことを除けば。アインハルト達も当初の目的通りエリオの話を食事中に聞くことが出来て満足したのか、食べ終わると程なくして帰宅することに。それぞれの家まで遠く離れている訳では無いが、気を利かせたシグナムが車を出して三人を家まで送ってあげる(フェイトはサーキットの狼になるので誰もが全力で却下した)。子ども達を送り届けてきたシグナムが戻ってくると、丁度エリオが今日一日手伝った工房について感想を皆に話すタイミングであった。「率直に言って、僕って工房で働く必要無いよね。父さんとヴィータさんで十分なんでしょ? あの店」「まーな。基本的に客から注文こねーとやること無ぇーし」「注文があったらあったですぐに済ませちまうしな」先にヴィータ、続いてソルが言う。具体的にどの程度のスペックを保有したデバイスが欲しいのか、その為の参考資料やデータがあれば数日で製作を終えてしまうので、繁忙期を抜けば二人は割と暇だ。忙しくない時は大抵素材集めに出掛けるか、八神家道場へ足を運ぶか、ソルとヴィータの二人で騒いでいるか、もしくはまた何か変なものを作るかのどれかだし。はっきり言って販売員兼看板娘であるシャマルとアインの方が接客で忙しい時が多いのではないかと当人達ですら疑っている。「じゃあ工房で働くっていうのは候補から外しておこうかな」妥当な判断だ、とソルは思う。ただでさえヴィータが暇を持て余すと、理解に苦しむ意味不明な物体をクリエイトしたり、絶対に売り物として出せないような危険な魔導兵器を生み出すことに腐心するのに、そこへエリオが加わったらどんなことになるのか想像したくもない。まず確実に碌でもないことになるのは間違いない。「明日は八神家道場か。師範って何をすればいいんですか?」「ソルが私達にしてくれたことを門下生にする感じかな」「ああ、ハートマ○軍曹も全裸で逃げ出すスパルタ教育ですね、分かります」質問に答えたフェイトの言にエリオが納得したように頷き、ソルが横で「心外だ!?」と抗議していたが皆スルー。「我々は火達磨になったり血反吐を吐くまで痛めつけられたが、そこまでする必要は無い。怪我をさせない程度に留めてくれればそれでいい」「だが、門下生もある程度の打ち身や捻挫を覚悟しているからあまり気にしなくて構わない。あくまで世間一般の常識の範囲内で頼む」いつの間にかソファに座るソルの膝の上で子犬形態となっていたザフィーラがペット用の骨に噛み付きつつ告げ、シグナムが気軽に補足してくれる。「聖王教会は?」「もしかしたらそっちの方がエリオは向いてるかもね。模擬戦が主だけど、魔法の術式構成に関してアドバイスしたりとか、個人個人に合った戦い方を探してあげたりとかも多いよ」「教会騎士団にとって接近戦が得意なエリオはきっと貴重な人材になるで。私となのはちゃん、たまに近距離格闘するけど専門は中・遠距離やし、アギトは模擬戦に向かないから術式構成の講義やし」「……」待ってましたとばかりにスラスラ答えるなのはとはやて。アギトは特に言うことはないのか黙したままだが、エリオがどうするのか興味はある為ジーっと彼の様子を窺っていた。「他の候補は今のところDust Strikersと管理局の“海”と“陸”、それと最後の手段の復学か」うーん、と考え込むエリオの肩をシャマルが微笑みながら軽く叩く。「急いで決める必要は無いわ。試しに色々やってみてから答えを出しなさい。あなたは三年前と違ってもう子どもじゃないんだし、私達もとやかく言うつもりはないし」「……うん」母の言葉に素直に頷く。んで、僅か一週間という短い期間で彼が出した答えは――「初めましての方、お久しぶりの方、皆さんこんにちわ。エリオ・モンディアルです。この度、三年間の異世界への留学を終えてミッドに帰ってきました。今日から皆さんと一緒の過ごすことになりましたので、よろしくお願いします」ツヴァイとキャロと同じザンクト・ヒルデ魔法学院の高等部に編入することになった。クラスの女子ほとんどが「キャー!!」と黄色い歓声を上げ、教室が揺れる。イケメンの登場に女子は大興奮だ。初等部に在籍していた頃のエリオを知っていようが知っていなかろうが関係ない。女子とは対照的に男子はエリオを知らない者は「何だこのイケメン!? っざけんな!!」とキレて、エリオを知っていた男子は「あのイケメンが同学年の中で一番の問題児だったエリオ・モンディアルだと!? っざけんな!!」とやっぱりキレている。無理もない話だ。身長は180cmと高く、足はファッションモデルのようにすらりと長い。顔もカイやシンに負けず劣らずの性別を超越したかのような美貌。これで騒がれない方がおかしい。ちなみにクラスが異なる為、残念ながらツヴァイとキャロはこの教室には居ない。それぞれ隣のクラスだ。編入する際聞いた話では、エリオとツヴァイとキャロの三人が揃うと初等部時代のような三人一緒にサボりなどが発生する可能性が高いから、学院側の配慮で別々しただとか。「三年間もミッドには居なかったので少々こちらの事情に疎いこともあり、初めの内は迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、仲良くして頂けると幸いです」どうして彼が復学することになったのか。その理由は単純にツヴァイとキャロから「一緒に学校行こ?」と誘われたからというのもあるが、一番の理由は学歴だ。個人的には学歴などそれ程重視していないし、ソルもエリオのことをもう子ども扱いしていないので無理に通う必要も無い。が、ソルは人間の頃ちゃんと大学を出て学位を取得し、なのは達は普通の高校を卒業した。加えて、自分と同じ釜の飯を食って育ったツヴァイとキャロと比べて最終学歴が初等部卒業で終わってしまうのは、なんか悔しい気がしたからだ。ついでにアインにこう吹き込まれた。『学生でいられる内に学生生活を楽しめ。世界には学校に行きたくても行けない子ども達はたくさん居るし、私のように学校へ通うことすら許されなかった者も存在する……もし叶うのなら、ソルや皆と共にただの人間としてスクールライフを謳歌してみたい。だからその道を選べるお前が羨ましい』という風に。なんだが口車に乗せられている感は否めなかったが、アインさんがそこまで言うならそうしてもいいかな? と声に出したら『よし、言質を取ったぞ!!』という反応がり、その後あっという間に編入手続きをされてしまう。聖王教会系列の学校なので、“背徳の炎”一家とは縁が深くコネもあるので手続き自体は非常に簡単、その場からの通信一本で終わった。いくらなんでも根回しが良過ぎるんじゃないかと勘繰りもしたが、些細なことだと思い直し考えるのをやめた。とにもかくにも、言われた通りスクールライフを楽しむと決めたのだ。今更過程にどうこう文句を言うつもりはない。「さて、じゃあモンディアルの席だが――」「はい先生! 私の隣を推奨します!!」「いえ、彼はクラス委員の私の隣が良いと思います!!」「ちょっと委員長ズルーイ!?」「なら私の隣も窓際なのでとてもオススメで――」「そんなこと言ったらアタシの席は最後尾――」担任の教師がエリオの席を何処にしようか口にした瞬間、クラスの女子の約七割が我こそはと主張し始め、ギャーギャーと騒がしい言い争いが勃発。顔を顰めて困り顔の教師が救いを求めるように、女子の人気を独り占めしたことにより男子が嫉妬と怨嗟と殺意を込めるかのように視線を注いでくる。(確かに、これは楽しくなりそうだ)教室内の様子を見渡して、これからのスクールライフに心躍らせるエリオであった。オマケの人物設定ヴィータデバイス工房『シアー・ハート・アタック』の副店長。相棒のアイゼンを手に店長のソルと共にデバイスを作成するのが主なお仕事。ソル同様、腕も良いし仕事も早いので、劇中の台詞の通り客から注文がないと暇を持て余している為、暇潰しに変なものを作っている。その作った変なもの――デバイスや武器以外に家具や雑貨といった日用品など――が売れる場合が多く、店の発展と売り上げに貢献しているが、売るに売れない物品を作ってしまうことも少なくない。例えば、『アウトレイジ』に匹敵するポテンシャルを保有した超魔導兵器を面白半分に作りまくる(*アウトレイジはソルが聖戦初期に開発した対ギア兵器。作ったはいいがポテンシャルが高過ぎてソル本人ですら扱い切れず、結局八つに分割されて封炎剣や封雷剣、絶扇などの神器へと姿を変えた)。何故か作成された時点で既に呪いを帯びていたり、血を吸えば強くなったり、持ち主が発狂するのが仕様だったり、使用者の生命力を代償に強化を施したり、といった感じの魔道具類をホイホイ作る。デバイスの範疇を大きく逸脱しており、はっきり言って暇潰しに武器の形をしたロストロギアを作っているようなものなので、結局売り物として出せず倉庫の肥やしになっているのが大半。扱いに困るものを作る度にソルから大目玉を食らうが、懲りない。具体例は以下の通り。『またこんなもんを作りやがって……』『天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!』『ふざけんな、テメェの仕業だろうが! どうすんだこれ!?』『売ろうぜ、管理局あたりに。この“気分は犯罪者を皆殺しな剣EX”を使えば犯罪者なんてイチコロだ。検挙率も鰻上りに違いねー』『使用者を快楽殺人者に変えるデバイスなんて人死が出るからダメに決まってんだろ』『あ』『オイ……!』『じゃあ次に作るやつは“半殺し”に設定しとく』『こういうのはもう作るなっつってんだろうが、これで何度目だこのクソッタレ!!』『うっせ! 文句があんならアタシの創造意欲をぶっ殺してみせろ!!』口論→取っ組み合いの喧嘩→殺傷設定の本気の死合い→ヴィータが血溜まりに沈められる→数日後暇を持て余すとまた作り始める、の繰り返し。工房の倉庫には危険物が大量に封印されている。そのまま廃棄するのは勿体ない為現状では溜め込んで、後日アウトレイジのように分割して再利用していることが多い。ちなみに倉庫内の物品を世に放てば、世界のパワーバランスが一変するとかしないとか……そりゃ売れんわ。リインフォース・アインデバイス工房『シアー・ハート・アタック』の従業員兼看板娘その1。来店客への対応に加え、部品の組み立てとAI作り、デザインも担当している。ヴィータとは違い真面目に仕事をするので問題を起こすことは皆無(ヴィータ本人は真面目にやっているつもりらしいが)。が、プライベートではかなりフリーダムな性格。十数年前にギアになり、かつての自分――“闇の書の管制人格”――から解放され自由の身となり、更にソルの記憶を転写したこと、ギア特有の破壊衝動と闘争本能を抱えることになったのも大きい。そして破壊衝動と闘争本能を無理やり生物の三大欲求の性欲に変換して抑え込んでいる為、年がら年中発情期の状態。ソルに対してはただのエロスなお姉さんで、スキンシップと称する逆セクハラが非常に多いが、実はドM。戦闘能力は相変わらず強大。ギアとして完全解放すればオリジナルのジャスティスに匹敵する。家庭内ではNo,2。自他共に認める親バカでツヴァイを溺愛しており、自分が経験出来なかったことをたくさん経験して欲しいと思っているものの、劇中のエリオに対し復学して欲しいという発言は彼女の嘘偽りない本音(ツヴァイを想ってのことで、下心も含まれているが)。ツヴァイとエリオをくっつけようと必死。シャマルデバイス工房『シアー・ハート・アタック』の従業員兼看板娘その2。店での接客の他にホームページやメールなどネット上での顧客管理、在庫管理、書類整理、経理面なども担当。縁の下の力持ち。真面目に仕事に励むが、些細なことで揉めるソルとヴィータを放置している。間に割って入って止める気は毛頭無い。おっとりしている外見とは裏腹に強かな性格。彼女に対応された客は大抵何か買う。ヴィータが作った変なものを見て『売れるわ!』と思うとすぐに店に並べ、実際に売ってしまう。実は、ヴィータが変なものを作るのを影で支えているのは彼女。商才があるらしい。戦闘能力は年々進むギア化の影響もあり、魔法無しの身体能力だけで高ランク魔導師を遥かに凌駕してしまう。だが、その代償として破壊衝動と闘争本能を本格的に抱えつつあり、そろそろ彼女にも何らかの措置を取らなければならない(つまりアインのようになり、ソルへの逆セクハラが増える)。エリオがこの先どのようにするのかについては、なるべく干渉しないよう心掛けている。自分で選んだ道を後悔しないように、それだけを願っている。だからエリオが誰とくっつこうが進路がどうなろうが、うるさく言うつもりはない。後書きギルティギアの新作キタァァァァァァァァァァツ!!!