先に仕掛けたのはヴィヴィオだった。鋭く踏み込み、瞬く間にアインハルトとの距離を潰し、手を伸ばせば届く間合いとなる。すかさず拳を放つ。左、右と高速の連打にアインハルトは半歩退きながらスウェーバックでかわし、避け切れないものはガードで弾く、といった風に冷静に対処していく。一方的に攻めまくるヴィヴィオだが、決定打にならない。アインハルトの防御技術は非常に高く、嵐のような連打をことごとく防ぐ。おまけに、舐められているのか警戒されているのか、それとも様子見なのか知らないが未だに反撃されていない。彼女がそこら辺にゴロゴロ転がっているような『ただの格闘技者』ではないことに内心で舌を巻きつつ、本気で攻めることにした。「ふん!」右ストレートを繰り出す。しかし彼女は両腕を交差し強固なガードでしっかり威力を吸収。やはり決定打にはならない。決定打にはならないが、それでいい。自分の目的は相手にガードさせることなのだから。伸ばした右腕をすぐには引き戻さず、固く握った拳を開き彼女の“左手首”をがちりと掴んでから力任せに引き寄せる。「あ!」突然体勢を崩すことになったアインハルトが眼を見開くが無理もないだろう。今までの攻防で出来上がっていた一定のリズムを総崩れにするように全く違う行動をされれば誰だって驚く。パンチの連打から掴みに繋いでくるなんて思いもしなかったのだ。僅かな隙を見せてしまう。そしてヴィヴィオはその隙を逃さない。相手の懐に潜り込み、左拳を振るう。申し分ないタイミングと角度で彼女の肝臓をバリアジャケットの上から叩く。「がっ!?」リバーブロー炸裂。肝臓は人体急所の一つであり、ボディブローの中で最も効くと言われるそこを打たれ、アインハルトは苦悶の表情を浮かべ、身体を“く”の字に曲げる。「下から上!!」叫びながら左拳を引き戻すと、宣言通り側頭部に左フックをお見舞いする。振り切った時の体勢が相手に背中を見せる程の、全身を用いて足の親指から拳までの動きを連動させ力を集約させた一撃だ。左のダブルが綺麗に決まり、相手の身体が泳ぐ。鮮やかな上下のコンビネーションにギャラリーが沸く。アインハルトが棒立ちになったそこへ、半歩踏み込みながら腰を落とし、「アクセルスマッシュ!!」伸び上がるのと同時に右のフックを振り上げた。背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO3 若人達の青い春「ダウン、ダウンだ。下がれヴィヴィオ」慌てたノーヴェが二人の間に割り込んだ。片膝をついて項垂れているアインハルトをヴィヴィオから庇う。こうでもしないとヴィヴィオが蹴りで追撃するかもしれないのだ。彼女は“背徳の炎”に引き取られた頃からその戦い方を見ているので、時に全く容赦無い攻撃性を見せる。しかしノーヴェの心配は杞憂に終わり、ヴィヴィオは素直に離れて距離を置き、今しがた自分がダウンさせた相手の様子を窺う。そんな光景を眺めつつ、ギャラリーその1と化していたヴィータが野次を飛ばす。「だからそれガゼルパンチだっつってんだろー。勝手に名前変えて使ってんじゃねー」「カモシカパンチなんてダサイからヤーダー」対するヴィヴィオはシャドウをしながらはっきりと言い切る。「テメー、そのパンチを編み出したフロイド・パターソンのことを、ひいては教えてやったアタシのことを馬鹿にしてんのか!? ガゼルの何が悪い!! 可愛いじゃねーか!!」「フィニッシュブローなのに強そうじゃないんだもん」「実際強いんだからいいじゃんか、ガゼルパンチ格好良いだろ!!」「そもそもなんでそこまでガゼルパンチの名前にこだわってるのヴィータさん!?」いきなり大声で低レベルな言い争いを始める見た目小学生低学年の中身数百歳と見た目十代後半の中身初等科4年生。二人にとってはアインハルトのダウンなど予定調和か何からしい。とても殴り合いをしていた側とそれを見ていた側の人間の態度とは思えない。「ウチだと旦那にいつもフルボッコにされてるけど、やっぱこうして見るとヴィヴィオって強ぇーなー」後頭部で両手を組みぼんやり呟くアギトの背後で、セッテとディードとオットーが『流石です陛下!!』と手を取り合って騒ぐ。むしろあのモンスターにフルボッコにされてるから格下相手だと強く見えるんじゃないか、と言わんばかりに。アギトの隣では感心したような様子のティアナがスバルに声を掛けていた。「さっきの腹殴ってから顔面叩く左のダブル、Dust Strikersに出向してた頃にアンタとギンガさんが先生に教えてもらってなかったっけ?」「実際に殴られながら教えてもらったよ。お腹を殴って動きを止めつつ下に注意を引いてから、頭部を叩いて意識を刈り取る上下のコンビネーションでしょ? ボディブローから派生させるバリエーションの中ではポピュラーだけど、これって実戦だと凄い役に立つから私もギン姉もよく使うね」「懐かしいわね。アンタとギンガさん、模擬戦であれ食らってよく失神してたっけ」ただのボディブローならまだマシな方で、これがグランドヴァイパーからのボディブローだとしたら食らえば空高く打ち上げられてから無慈悲な連続コンボが待っているのだ。「あの人、封炎剣の柄で殴ってくるからね、普通死ぬよ。ていうか、ティアは一発目のリバーでよく吐いてたよね」「吐き気を催してきたじゃない、思い出させるんじゃないわよ!!」「そっちが振ってきたのに!?」ティアナとスバルのやり取りを傍で聞いていたコロナとリオが複雑そうな顔になる。二人にとってソルは友達であるヴィヴィオのお父さんで、家に遊びに行くといつも優しげな笑顔で出迎えてくれて「これからもヴィヴィオと仲良くしてくれ」とケーキなどのお菓子を用意し、もてなしてくれる。鬼のように厳しいとか情け容赦無い賞金稼ぎ、というのは当然知っているのだが実際に自分達がそういう目に遭った訳では無い為、ギャップの差に戸惑う。まあ、はっきり言ってそのような経験をしないに越したことはない。この場に居るほとんどの者が“背徳の炎”にボコボコにされた経験があるので、コロナとリオはこの中で実際に殴られたことのない少数派に入った。とかなんとか外野が騒いでいる間にアインハルトがゆっくりと立ち上がり、構え直して続行の意思を見せる。「やれるか?」ノーヴェの問いにコクリと頷くアインハルトの眼は闘志で燃え上がっていた。ダメージは抱えているが心は折れていない。自ら前に出て、反撃を開始する。すり足のような歩法、予備動作がない上に速い。瞬く間に距離を詰め、「は!」「うぐっ」いきなり左の正拳突きがヴィヴィオの鳩尾に決まる。よろけたところへ、すかさず右のボディフックでフォローを入れてから、その場で一回転し右の裏拳で顎を殴打。その一連の流れはヴィヴィオに負けず劣らず鮮やかだ。更に軸足を狙った左ローキックで体勢を崩し、右の回し蹴りを叩き込む。錐揉み回転しながら吹っ飛ぶヴィヴィオがなんとか空中で体勢を整え着地に成功するが、顔を上げたそこへアインハルトの追撃が待っていた。襟首を掴んで引き寄せてから左、右と一発ずつ拳を打ち込み、一瞬で身体ごと振り返り相手を背負うような体勢になると、そのまま背後に向かって体当たり――八極拳の鉄山靠によく似た動きで再びヴィヴィオを吹き飛ばし、ダウンを奪い返す。「上手い!」「華麗だ」思わず叫ぶセインと小さく呟くチンク。他の面子も似たり寄ったりの感想を抱く。それだけアインハルトの動きは淀みなく、美しいとさえ感じたからだ。「アインハルト、下がれ。ダウンだ」またしても二人の間にノーヴェが割り込む。「大丈夫か?」「余裕、超余裕。もう、ノーヴェは心配し過ぎだってば。こう見ても私、パパ達相手に組み手してるんだからね。この程度じゃやられないよ」何事も無かったかのようにすぐに立ち上がり、唇から垂れた血をワイルドな仕草で拭う。「さて、続きといきましょうか? もっと見せてくださいよ、アインハルトさんの覇王流」「言われなくとも」互いに一度ずつダウンはしたものの、続行には支障がない程度のダメージ。両者は同時に踏み込み相手に襲い掛かる。拳と拳が交差してから相手にヒット。相打ちとなり周囲に鈍い打撃音が響く。そのまま激しい乱打戦となった。ダウンを先に奪われ遅れを取ったアインハルトであったが、それ以降は完全に本気を出したのか乱打戦からはほぼ互角の打ち合いを展開し、その実力を見せつける。要所要所でヴィヴィオの連打を寸断し、手痛い一撃を見舞う。避ける、殴る、防ぐ、蹴る、食らう、をひたすら繰り返す攻守交替劇。一進一退の鬩ぎ合いが続く。均衡がなかなか崩れない二人の勝負にギャラリーは眼が離せない。――だが、「ウオ、ラァッ!!」「がは!」やがて、打ち疲れとダメージを誤魔化し切れなくなってきて動きに精彩さが欠けてきたアインハルトを、ヴィヴィオが圧倒し始める。攻撃が減った代わりに防御に回る頻度が多くなってきたのだ。しかも序盤のダウンを奪われる前の時とは違い、明らかに余裕が無い。それもその筈。残り体力が少なくなってきたアインハルトと比べ、ヴィヴィオは全く息を乱していない。それどころかダメージを負った様子すら微塵も見せず、序盤と同じペースで戦っている。ヴィヴィオが圧倒していると言うより、正しくはアインハルトが失速してきたのだ。「まあ、これは当然よね」「うん」何気なく独り言のように零したティアナにスバルが同意を示す。ヴィータやアギト、ナンバーズなども異論は挟まず黙したまま頷く。「えっと、どういうことですか?」「説明お願いします」ただ、コロナとリオだけがよく分かっていないようなので、ティアナが自ら解説役を務める。「“背徳の炎”であるソル=バッドガイから戦闘訓練を受ける上で絶対的に必要なもの、それが何か二人は知ってる?」二人は黙って首を振る。そんなことストライクアーツを少しかじった程度の子どもに分かる訳が無い。「根性よ」「え?」「魔力とか、魔法の才能とかじゃないんですか?」予想だにしていなかった答えに二人の少女は戸惑うが、ティアナの言葉に誰も否定する者が居ない。「魔力も魔法の才能もあるに越したことはないけれど、正直二の次ね。根性ないとあの地獄に耐えるのは無理よ。根性があれば厳しい訓練にも耐えられる、訓練に耐えられれば体力がついてくる、体力がつけば模擬戦に参加出来る、繰り返し模擬戦を重ねていれば身体がタフになる。そこまでいけば並の攻撃なんていくら食らってもへっちゃらよ」「頑強な身体、尽きないスタミナ、折れない心。この三つを身に付けさせる為の訓練だもんね」「そしてその三つを身に付けられるようになれば、総合的な戦闘能力はたった数年で跳ね上がるって寸法よ」補足するスバルにドヤ顔のヴィータが続く。「普段の日常生活じゃソルはヴィヴィオのこと結構甘やかしてるように見えるかもしんねぇけど、実はかなり厳しいぞ。あいつの英才教育は半端じゃねぇからな」「姉御、その代償としてネジが外れるのは――」「それは言うんじゃねぇ」恐る恐る進言するアギトの台詞を苦笑いで遮った。つまりヴィヴィオは、学院の初等部という年齢で既に人並み外れたスタミナと耐久力を持ち合わせており、こと魔法無しの純粋な殴り合いでは相手が『普通の人間』であれば先に根を上げることはまずないと言っていい。確かにアインハルトの技術は、覇王流の戦闘技能は高い。しかし、戦闘を持続させるだけの体力と、相手の攻撃に耐え続けるタフネスがヴィヴィオと対峙する上で足りていない。「オラオラァッ!! 反撃してこないんならこのままタコ殴りにしますよ!?」「ぐぅぅぅ……」ヴィヴィオの攻撃は苛烈さを増す、というかアインハルトの手数が段々少なくなっていく。必死になって防御するが、体力消耗とダメージで全てを捌き切れない部分があり、激しいラッシュの内のいくつかが急所に命中。最終的には一方的に殴られるサンドバッグ状態になってしまう。「もういいヴィヴィオ! そこまでだ!! やめろ! やめたげて! やめろっつってんだろが!!」流石にこれ以上はマズイと判断したノーヴェが必死になって止めに入り試合終了となった。その後、二人はヴィータが法力で作ってくれた氷を使って殴られたり蹴られたりした箇所を冷やしつつ、拳の語り合いから普通の話し合いに移る。「アインハルトさんって結構強いんですね。びっくりしました」「びっくりしているのはこちらの方なんですけど……流石は“背徳の炎”の娘ですね」「私なんてパパ達に比べたらミジンコ同然ですよ」「……そうなると私はミジンコ以下に――」「わーん! ごめんなさい!! そういう意味で言ったんじゃないんです、今のは言葉の綾ですよ!! 本気でヘコまないでくださいってば!!」他の者達も加わってのお話は、殴り合いに負けず劣らず楽しいものだった。覇王の血と記憶を受け継ぐ少女と、聖王のクローンである少女。二人の王が初邂逅を終え互いの健闘を称え合い、ハートフルな場面を繰り広げている頃。デバイス工房『シアー・ハート・アタック』に怪しげな風体の二人組みが現れた。二人組みは共に同じ格好だ。全身を頭から足元まですっぽり覆い隠すローブに身を包み、顔を外部になるべく晒したくないのか深いフードを被っている。パッと見では男か女か判別不可。身長差もあまり見られない。両者共、180cm前後だろう。ローブに隠れているので断定が難しいが、太ってはいないと思われる。そして特徴的なのが、二人の手にはそれぞれ自身の身長を超える長さを持つ棒状の何かを手にしていることだ。端から端まで布のようなもので厳重に覆われている為、あくまで“棒状”としてしか表現出来ないが。もし此処が日本だったら間違いなくお巡りさんに職務質問されそうな怪しさ抜群の、明らかな不審者。カウベルを鳴らす入り口のドアを潜り抜けて店内に踏み込んでから、そのまま微動だにしない二人組。彼らにシャマルとアインはどう対処すればいいのか困ってしまう。翠屋のお手伝いをしていた頃から『変なお客さん』というものに何度か遭遇した経験があっても、これ程までに自らを不審者と宣言する輩と相見えることはなかった。「あの、いらっしゃいませ」「何かお探しですか?」「……」「……」念の為、不審者然とした普通の客だったら無碍に扱う訳にもいかないので営業スマイルで声を掛けてみたが、返ってくるのは無反応。どうしようか? 工房奥に居る店長のソルでも呼んでこようか? とアイコンタクトでシャマルとアインが相談していたら、店の奥から今呼ぼうと思っていた人物が現れる。厄介な客は店長に丸投げしてしまおう、そう考えた二人の甘い期待を、当の店長が手にしている封炎剣を見て即座に投げ捨てる。慌ててソルに詰め寄った。「早まらないでアナタ! いくら見た目が怪しいからって何もいきなり斬り捨てることないじゃない!!」「落ち着けソル! この場は私とシャマルがなんとか収めるからその封炎剣を仕舞え!!」しかしソルは二人の制止など振り切って、首から垂れ下げた歯車の形をしているネックレス型デバイス――クイーンに命令を送り、結界を展開させバリアジャケットを纏う。そして封炎剣を持った左腕を大きく振りかぶり、その拳に炎を纏わせ、「このアホ兄弟が! 今更どの面下げて帰ってきたっ!!」拳を突き出すと同時に巨大な炎の渦が発生し、怪しげな二人組を呑み込むようにして周囲を巻き込みながら大きく燃え広がり、最終的には内包したエネルギーを外へ吐き出すようにして爆裂。全く躊躇いなく発動したタイランレイブ。結界の中、タイランレイブを発動させたことによりデバイス工房『シアー・ハート・アタック』が内部から半壊、否、消し飛んだ。突然の出来事に呆然としてしまうシャマルとアインだったが、怪しい二人組みはソルの凶行を予想していたのか、瞬時にタイランレイブの範囲外である店外へ脱出し難を逃れていた。とんでもなく速い逃げ足である。「あーあ、やっぱこうなったか」「予想は出来てましたけど、本当に躊躇しませんね」この時点になってやっと二人組は口を開く。片方は聞いたことがある若い男性の声、もう一人は聞いたことがない若い男性の声。ソルがタイランレイブを放った時の言葉と、片方だけ聞き覚えのある声にシャマルとアインが「まさか!?」と声に出した瞬間、二人組みは同時にローブを脱ぎ捨て正体を現す。ついでに手にしている“棒状”のものを包んでいる布も一緒に剥ぎ取った。「シンくんに……エリオ、なの?」そこには美男子が二人居た。一人はよく知った顔で、三年前に居なくなった二人の内の一人で、最後に見た時と何一つ変わっていなかった。もう一人は初めて見る顔だったが、よく知った少年の面影を残した青年である。シャマルが思わず両手で口元を押さえ、驚愕に声を震わせながら二人の名を呼ぶ。アインなんてその横で口が開いたままだ。「久しぶりだな、シャマルのオフクロにアインのオフクロ」そう言って、シンと呼ばれた青年は屈託なく笑う。碌に手入れもしていないのに金糸のように輝く艶やかな髪、右眼を眼帯で隠し片方だけで世界を捉えるその瞳はエメラルドグリーン。大きな旗を手にしているのは相変わらず。人懐っこい無邪気な笑みも三年前に失踪した時と変わっていない。「ただいま、母さん。アインさんもお元気そうで」次に言葉を紡いだのは燃えるような赤髪の青年。槍型のデバイスを携えた彼は、三年前とは比べものにならない程成長していた。まず身長がぐっと伸びており、ソルとほぼ同じ高さになっている。面影は残っているが幼さがすっかり抜け、顔立ちは精悍だ。元気いっぱいだった少年は、いつの間にか落ち着きのある理知的な大人の男性へと変貌を遂げていた。エリオとシンはまずシャマルとアインに再会の挨拶を述べてから、ソルに視線を飛ばす。「父さん」「オヤジ」「ああン?」「「ただいま」」「このクソガキ共、よくもまあいけしゃあしゃあと……覚悟は出来てんだろうな?」ゴキリ、ゴキリと首を右に左に傾け音を鳴らし、ゆっくりと二人へ歩を進めるソル。封炎剣が持ち主の意思に呼応して赤熱化し、周囲の気温が急激に上昇していき、火の粉が舞い、足元から火柱が発生した。もう完全にやる気になっている。書置きだけ残して家出した息子二人が三年越しに帰ってきたから、父親としてお仕置きするつもりなのだ。その様子に二人は生唾を飲み込んでから、シンは旗を、エリオは槍をそれぞれ無言のまま構えた。二人共、表情は真剣そのもので緊張に強張っていたが、口元には笑みが浮かんでいる。まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように。「来い。まさか三年間、遊び呆けてた訳じゃ無ぇんだろ?」ザンクト・ヒルデ魔法学院の高等部には“女神”と“天使”が存在する、という言葉を知らない在校生は居ない。これは元々『中等部には女神と天使が存在する』というものであったが、今年になってその“女神”と“天使”が二人共中等部から高等部に進学した為、若干の変更が加えられた。成績は常に学年トップ、容姿端麗、明るく社交的かつ上品な立ち居振る舞い。中等科2年の時に生徒会へ立候補し圧倒的なカリスマと人気により生徒会長と副会長まで勤めたが故に“女神”、“天使”とまで呼ばれようになる。“女神”の名はリインフォース・ツヴァイ。他を圧倒する美貌と完璧なプロポーションを天から与えられ、否応なく異性を惹きつけ、同性からは羨望と嫉妬と憧れを、そして大多数の生徒達から崇拝にも似た感情を向けられる少女。“天使”の名はキャロ・ル・ルシエ。小動物のような愛らしさは庇護欲をそそる。まるでこの世の穢れなどとは無縁と言っても過言ではない程の無垢な眼差しはまさに天使であり、数多くの生徒から『守ってあげたい』と思わせる少女。そんな二人が放課後に校内の図書室で『覇王インクヴァルト』に関して調べているのは、昨日父からアインハルトのことを聞かされて個人的な興味を抱いたからだった。とは言え、所詮は学校の図書室。見つけられる文献や書物はありきたりのものや既知のものばかり。特に目新しいものは見つけられない。本格的に調べるならば聖王教会の本部か無限書庫に足を運んだ方が時間を使うという意味では有意義だったかもしれない。美少女二人が図書室という静謐な空間で黙したまま本を読む姿は、とても絵になる風景であり二人は室内のあちこちから注目を集めまくっていたのだが、あまりに気にしていない。良くも悪くも赤の他人から自身に向けられる感情に頓着しない父に似たのだ。「キャロ。そろそろ帰る?」「そうだね」やがて飽きてきたのかツヴァイが小さく溜息を吐きつつ問えば、それを待っていたかとばかりキャロが応答。ほぼ同時に席を立ち、棚から引っ張り出してきた本の山を片付ける。その際、キャロが偶然窓の外に眼を向けて、校門近くに人だかりが出来ているのを発見する。「何アレ?」「さあ? けど、帰る時に少し覗いて見れば分かるわ」図書室は1階に位置する為、校門周囲に人だかりが出来ているのは分かっても、何が原因で人だかりが出来ているのかは人だかりのおかげで分からない。一瞬、サーチャーを飛ばしてみようかとも思ったが、ツヴァイの一言にそれもそうだと納得しさっさと本を返却して昇降口に向かうことにした。校舎から出て、人だかりに近寄る。校門前に出来ているので、帰ろうとすると必然的に近寄ることになるのだが。「なんか、女子が多いね」「しかも聞こえてくる声が黄色い。イケメンの有名人でも来てるのかな?」キャロの言葉にツヴァイは首を傾げ、たまたま近くに居た生徒を捉まえて話を伺ってみることに。「そこのあなた」「え? かか会長に副会長!? 何用でしょうか!?」「元、よ。会長だったのは去年度までの、中等科の頃の話だから変に緊張しないで。今の私は単なるあなたの同級生よ。ところでこの人だかりは何?」やたら緊張しまくっている同級生らしき人物を落ち着かせてから話を手短に聞いてみると、校門前に二人のイケメンが誰かを待っているかのように佇んでいるとのことだ。「私もちょっとしか見てないんですけど、身長高くて、モデルみたいに格好良いイケメンが二人も居るんです。ちょっと眼つきが鋭くて悪そうな感じもするんですけど、逆にそれが近寄り難くてワイルドで良いっていうか……」女生徒は興奮しているのか頬を染めながら鼻息を荒くして早口で捲し立てる。どうやら好みらしい。「「ふーん」」しかしツヴァイとキャロのリアクションは薄い。男の価値は外見よりもその内に秘めた意志の強さと信念、という考え方をしている為、ただ顔が良いだけの男に興味を持てない。勿論、人だかりの原因である二人のイケメンが顔が良いだけの人物であると断定している訳ではないものの、周りの女子のように騒ぐ気にはなれない。情報を提供してくれた女生徒に一言ずつ礼を述べ、その二人のイケメンとらを碌に見ようとせず人だかりを抜け家路につこうとすると――「あ、やっと見つけた。ツヴァイ、キャロ」「遅ぇよお前ら、待ちくたびれたぞ。何やってたんだよ」件の人物から声が掛けられた。とても懐かしい気配に、思わず足が止まる。初めて聞いた男性の声が自分の名を呼んだ瞬間、胸が高鳴った。聞き覚えがあるもう一つの男性の声に、嬉しさが込み上げてくる。ゆっくりと振り返り、二人の男性の姿を視界に捉え、手にしていた学生鞄を落としてしまう。ツヴァイとキャロは息を呑み、心の底から溢れ出てくる歓喜を抑え切れず、それに伴い緩くなった涙腺から零れ出る涙を堪えられなくなっていた。「エリオ!!!」「エリオくん!!!」二人はほぼ同時に走り出し、最後に見た時と比べて遥かに大きくなったエリオの胸へ――二人を余裕で受け入れられる懐の深さ――飛び込んだ。横でシンが「あれ? 俺は?」とぼやいていたが、それどころではない。「ただいま」「お、おか、おかえりな、さい……ずっと、ずっと待ってた、エリオがシン兄様と帰ってくるのを、ずっと待ってた」「うわああああああああん、エリオくぅぅぅぅぅん!! 寂しかったよぉぉぉぉぉぉぉ!!」泣きじゃくる少女二人をあやすように頭を撫でながらエリオは「遅くなってごめん」と謝罪する。「もう何も言わずに出ていくような真似はしないから泣き止んでよ」困ったように笑う彼の顔が眩しくて、たった三年間見なかっただけで予想よりも遥かに格好良くなっていて、それでも三年前と同じ無邪気な笑顔だったから、人だかりの中でツヴァイとキャロは恥も外聞もなく――場所が放課後の学校の校門前だというのに憚らず泣き疲れるまで泣き喚いた。「ただでさえ騒がしいってのに、またこれで一段と騒がしくなるな」「そんなこと言ってる癖に口元がニヤけてるぞ、ソル」「エリオとシンくんが成長して帰ってきて嬉しいって素直に言えば?」アインとシャマル、それぞれの指摘にソルは機嫌が悪そうに「フン」と鼻を鳴らす。そんな様子に、相変わらずこの男は天邪鬼だな、と二人は微笑む。「しかし、二人掛かりとは言え、まさかお前がドラゴンインストールを使わなければならない程追い詰められるとはな」長い銀髪をかき上げながら呟き、周囲を見渡すアインの視界は、煉獄の炎に支配されていた。大地が割れてマグマが噴出し、天を貫けとばかりに紅蓮が舞い上がる。溶岩と化したそれらが大きな流れとなって何もかも押し潰し呑み込む火の海を作り、煌々と光る炎の色が全てを彩っている。結界の中でソルがエリオとシン相手に暴れ回った結果であり、逆に言えばソルが此処までしなければならない程二人は成長したという証でもあった。「さっきのは50%くらいだ。マジじゃねぇ……!!」「アナタは何をそんなにムキになってるの」父親としての威厳や矜持を必死になって守ろうとしているソルに、シャマルが呆れる。なんだかんだ言って息子二人が帰ってきて一番はしゃいでいるのはこいつなのだ。「ったく、この三年間でどんだけ修羅場潜ったんだあのガキ共?」「きっと想像を絶するような経験をしてきたんだろう」「後でたくさんお土産話を聞けばいいわ」微笑を絶やさない二人が紡ぐ言葉にソルは肩を竦め、改めて眼前の――地獄の釜のような惨状を見据える。いずれこうなることは予想していた。シンはそもそもギアの力を“木陰の君”から受け継いでいたし、エリオは天賦の才を持っておりやがてはカイを超える逸材だと睨んでいた。しかし、まさかこんなに早くこのレベルに達するとは完全に想定外だ。唇を固く結んでいる筈なのに、気を抜くと緩んでニヤけてしまう。「……もうガキ扱い出来ねぇな……やれやれだぜ」傍に居る二人には聞かれないように小さな声で独り言を呟いて、溜息を吐いた。オマケの人物設定リインフォース・ツヴァイザンクト・ヒルデ魔法学院の中等部に進学してから(エリオとシンが失踪したのと同時期)、急に性格が元気いっぱいの子ども(じゃじゃ馬)から落ち着いた大人の女性へとクラスチェンジ。口調も子どもっぽさが抜け大人びている。ミッションスクールに通っているに相応しいお淑やかさ、礼儀作法、その他諸々を身に付け、まさに『何処に出しても恥ずかしくないお嬢様』に変貌。肉体的な成長が顕著になってきたのもこの時期で、顔もボディラインもアインと似通っている為二人が並んでいると姉妹のように見える。違うのは瞳の色だけだから、二人を見慣れてない人はよく間違えてしまう。眉目秀麗、文武両道、性格も社交的、どんなことであろうと誰よりも優れた結果を出す完璧さを持ち合わせている。故に生徒、教師問わず学内で知らない者は居ない程の人気を誇る。中等科2年生の時にキャロと共に生徒会へ立候補し、見事に当選。生徒会長となったその頃から“女神”と呼ばれるようになり、学内の地位を不動のものとする。中等部卒業後はそのまま二年制の高等部へ進学。働くよりも学生でいられる今を楽しむ進路を選んだ(人間だった頃のソルは大学院、なのは達は高校までちゃんと卒業したことが起因する)。だが、その後の進路で学士資格を取る為に更に二年間の学生生活を送るかどうかはまだ考えていない。ソルが育てた子ども達の中でネジ外れ筆頭だった筈が、何故か一番まともになってしまった良い例。キャロ・ル・ルシエツヴァイ同様、中等部に進学してから急激に成長した。天然な性格は相変わらずだが、様々なカリキュラムを優秀な成績でクリア。かつてのお転婆娘も今では「ごきげんよう」と挨拶するお嬢様。性格は癒し系。一緒に居ると癒されるらしい。小動物的な『守ってあげたい』外見なので、性別関係なく男女から大切にされている。人気も高い。しかし周囲の評価とは裏腹に本人は自身の肉体的成長が遅い――つーか成長していないことに自分だけ置いてかれている錯覚を覚え焦りや憤りがある。非常に残念なことに肉体的な成長は乏しく、身長もぐっと伸びてボンッ、キュッ、ボンッで『何から何まで大人なツヴァイ』と比べてツルペタストーンであり、顔も幼さが抜けない。よく年下に間違えられる。ぶっちゃけ幼児体系の自分の身体と顔つきがコンプレックス。だがそれがいい、とか言ったら殺される。生徒会へは副会長として立候補し、当選。元々知名度は高かったが、女神ツヴァイの補佐的な存在として、その小さな愛らしい姿からいつの間にか“天使”と呼ばれるようになってしまう。本人としては「私も女神がいい」とこの呼び名に不満あり。『永遠の二番手』とか言ったら殺される。中等部在学中に明確な進路を見出すことが出来なかった為、なんとなく高等部へそのまま進学。進学したばかりだが卒業後の進路をどうしようか悩んでいる。後書き前回の後書きで『次回はヴィヴィオVSアインハルトです』的なことを言っておいて、蓋を開けてみれば半分以上はエリオが帰ってくる話になってしまいました。階段を上っている筈が実際は下っているポルナレフ状態です。次回以降は、これまで失踪していたことによって登場しなかったエリオもバンバン出していくつもりです。で、今回学校の話を出しましたが、これに誤算がありました。Wikiなどで確認すると、魔法学校って初等部が五年、中等部が三年、更に二年おき進学が可能な教育機関だったみたいで、すっかり初等部は六年だと思っていた私は「ホァーッ!」ってなりましたよwww仕方が無いので原作準拠でいこうと思いまして、それぞれのキャラの年齢や学年を改めて確認するとヴィヴィオが初等科4年生、エリオとキャロが14歳、ってなことになっているのでヴィヴィオはそのままでいかにエリオ達をどの学年にするかで頭を捻ることになりまして。14歳ってことは数え年が15歳。そうだとすると日本でいう中学3年生になりますが魔法学校の初等部は五年生なので一年分引いて→中等部の次の一年生になる、と。いや、ぶっちゃけテキトーです。こ、細かいことは気にするな!!ではまた次回!!