「ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハッ!!!」狂ったように哄笑するのは、己とって掛け替えのない存在。融合騎である自分が長年捜し求めていたロードだ。「会いたかった、ずっと会いたかった……闇の書事件の時にその姿を見て以来、今までずっと、ずっと会いたかったんだ!!!」“今の自分達の状態”では否が応でも互いの感情がダイレクトに伝わってしまう。故にロードの言葉が嘘ではないことを理解する。ロードの心はずっと追い求めていた愛しい男の姿を見て、これ以上ない歓喜に包まれており、気を抜けば理性を飛ばしてしまいそうなくらいに興奮している。ユニゾン。ベルカの失われた技術の中でも希少性の高い古の魔導。騎士と融合騎がその身と心を一つにすることによって普段とは比較にならない力を生み出すそれは、まさに鬼に金棒。たとえどんなに強大な敵が相手でも見事に打ち倒せる筈だ。だが――「笑ってられんのも今だけだぜ……こうなっちまったら、もう手加減なんて出来ねぇからな?」自分達と相対するソレは、赤き異形。噴火し続ける火山のように全身から紅蓮の炎を溢れ出し、琥珀色に輝く五つの眼でこちらを睨んでくる。頭部から突き出す翼の形をした二本の角、開いた口内に生え揃うはどの肉食獣よりも凶悪な牙、手足の鋭い鉤爪、全身を覆う硬い鱗、背中で羽ばたく一対の翼、腰から一本伸びた尾。竜。人と同じように二足歩行であり、大きさも人と比べてそこまで大きい体躯ではないが、人間を遥かに凌駕し人智を超越した一つの生命だ。竜が尾を振るい、既に融解し赤熱化していた大地に叩き付ける。尾を叩き付けられた大地は、血飛沫のようにマグマを周囲に飛び散らせ、喀血するように炎を天へと吹き上げた。「手加減? その姿になってまでそんなつれないことを言うな。私とお前の仲だろう」常人ならば視線を交わらせるだけでショック死してしまいそうなプレッシャーを放つ竜を前に、ロードは妖艶な笑みを浮かべ淫らに舌舐めずりをするだけだ。――トチ狂ってる。眼の前の竜が持つ絶対的な力を前にして、怯えるどころか更に興奮し情欲とも言える感情を抱くロードに対して、自分はドン引きすると同時に仕えるロードはどうしてこんなにアレなんだろうか? と答えが永遠に出ない難題にぶち当たっていた。ともかく、ロードは完全にスイッチが入っていた。「さあ行くぞソルッ! 十年以上待たせてしまったが、やっと感動の再会だ!! お前の全てを私に魅せてくれっ!!!」「シグナム。日常生活では一番まともなのに、どうしてお前は俺との戦闘になるとこんなにクレイジーになれるんだ!?」「お前を滅茶苦茶に○○(自主規制)したい程愛してるからに決まっているだろう!!!」「……(愛が)ヘヴィだぜ」飢えた獣のようにロードが咆哮し、竜が嘆息しながら嘆き、炎と炎が真正面から衝突し、大規模な爆発が発生した。【番外編】 背徳の炎と魔法少女 烈火の剣精と背徳の炎「はっ!」我に返ると、視界にまず入ってきたのは見慣れた自室の天井だ。いつもの自室である。状態としては、ベッドで寝ていたら何かとてつもない悪夢を垣間見たので飛び起きた、といったところか。今何時? と思って枕元のデジタル時計に手を伸ばせば、そこには『11:29』と刻まれている。もうすぐお昼の時間になるようだ。カーテン越しに外から入ってくる日の光もかなり強く、室内は明るい。(あれ? なんでアタシ、こんな時間まで寝てたんだ?)普段のこの時間であれば、聖王教会で教会騎士達相手に古代ベルカ式魔法について教導の仕事をしていた筈。今朝はいつもの早朝訓練があったので家族の皆と共に訓練をして、それから模擬戦をすることになって――(シグナムとユニゾンした状態で完全解放の旦那に挑んで、そっから何一つ思い出せねぇ。記憶がぷっつり途切れてる……ってことはそういうことか)覚醒した意識は徐々に事の発端を明確に思い出させてくれた。『ソル、模擬戦をしよう、模擬戦♪』飼い主に散歩をねだる子犬のような態度のシグナムが、アタシの首根っこを掴みながら旦那に近寄った。『あー、じゃんけんで勝ったらいいぞ』『蛇ん剣チョキ!!』『せめてハサミの形を見せろ!』レヴァンティンをシュランゲフォルム――鞭状の連結刃にしていきなり旦那に襲い掛かるシグナム。旦那はなかなか鋭い突っ込みを返しながら封炎剣で連結刃を防ぐ。金属と金属がぶつかり合う轟音が響き、火花が散り、態勢を整える為に旦那が大きくバックステップを踏んで間合いが離れる。『この野郎……そっちがそう来るんなら最大級のグーを食らわせてやるよ』拳を固める旦那。どんなに強いパーが相手だろうとこの人ならいとも容易くぶち抜きそうだなと思うアタシの傍で、シグナムは嬉しそうに笑う。『ふふふ、今日こそ完全解放させてやるぞ』旦那の切り札であるドラゴンインストール。自身に内在するギアの力を封印から解き放つそれは、大きく分けて二種類存在する。一つは人の姿を保ったままのドラゴンストール。額に装着しているヘッドギア――ギア細胞抑制装置を外さないので本来の力の50%程度しかないが、大抵の奴はこれで十分対応可能だ。50%なので便宜上、ハーフ、と読んでいる時があったりなかったり。そしてもう一つが完全解放。ヘッドギアを外すので文字通りの意味でギアの力が完全に解放される。こうなると人の姿が保てなくなり竜人のような外見となって、実力も剣の一振りで街が消し飛ぶレベルだ。はっきり言って生き物としてのレベルが違い過ぎて、アタシはこの状態の旦那に勝てる存在が居るとは思えない。シグナムが望むのはソルを完全解放させること。ハーフの時ですら負け越してる癖に何を言ってるんだと思うのだが、彼女はいつだって真剣なので余計な茶々は入れられない。んで、ボッコボコにされながらもなんとか旦那を完全解放させることに成功――半分以上お情けで――したのはいいんだが、そこから先が全く思い出せない。思い出そうとすると頭痛がするので、きっと脳が思い出すのを拒否してるんだ。どんだけ酷い目に遭ったのか。思い出せないものはしょうがないのでベッドから這い出し、普段着に着替えて部屋を出る。2階の自室から1階の洗面所まで移動すると手早く顔を洗って意識をしゃっきりさせ、歯を磨いてからダイニングへ。「おう。起きたか」部屋に居たのは音楽雑誌を読みながらソファにふんぞり返ってる旦那だけで、他は誰も居ない。「何があったか覚えてるか? それと、身体がだるいとか何処か痛いとか頭が重いとか気分が悪いとか、もう二度とシグナムとユニゾンしたくないとかあるか?」「覚えてるとは言い難いけど、旦那が模擬戦で完全解放したとこまでは覚えてる。体調は、平気。何処もおかしくない」確認するような問いに対し正直に返答すると、旦那は肩を竦めて言った。「上出来だ。一応看病頼まれたが、必要無さそうで何よりだ。今日は一日、大事取って仕事休んどけ」「旦那がそう言うんならありがたく休ませてもらうけど、シグナムは?」自分がさっきまで目を覚まさなかったのだから、きっと彼女もそうなんだろうと勝手に思っていたが、続いて紡がれた言葉に耳を疑う破目に。「あいつは今まで寝てたお前と違って普通に仕事だ。鼻歌交じりにスキップしながら家出たぞ」「アタシのロード滅茶苦茶タフだった!? しかも超ご機嫌じゃん!!」「まあ慣れだろ」「慣れって……」「お前もあと三、四年すれば俺の炎に慣れてくるだろ。あんま気にすんな」「え? なんで慰められてるの? アタシって今落ち込んでるように見えた?」とりあえず今日は仕事が休みで元々休みの旦那と家の中で二人きり、という状況らしい。この家に転がり込んできた最初の頃は結構緊張したものだが、現在はすっかり慣れたもので変に気を張ったり遣ったりする必要も無い。むしろ突然振って沸いた休日にどうやって過ごそうか思案する。旦那は会話が終わったと見るや否や、視線を手にしている音楽雑誌に向ける作業に戻っていた。素っ気無い態度に映るものの、これは単に『俺のことは気にするな』という意思表示でもある。例えばアタシが『遊びに行ってきます』と言い出しても『いってらっしゃい』で終わるだろう。それにしても、だ。急に『今日はお仕事休み』と言われても仕事が嫌いという訳では無い為、今日一日をどう過ごそうか悩んでしまうのが本音である。何か良い暇潰しでもないものか。いっそのこと何かイベントが起きるか誰か遊びにでも誘ってくれないか、と思っていたら――ピンポーン。計ったかのようなタイミングでインターホンが鳴った。「アタシが――」「いや、俺が出る。下らんセールスや勧誘の類だったら二度と訪問してこないようにしてやる」玄関に向けて一歩踏み出したのを制するように、旦那がゆらりと立ち上がりダイニングを出ていく。なんとなくそのまま待っていると、一分もせず旦那は戻ってきた。おまけに背後に二人の人物を引き連れて。「お前に客だ」「客って、セインにウェンディじゃんか」「なーんスかそのつれない言い回し? わざわざお見舞いに来たってのにー」「まあ、お見舞いっつーかただの暇潰しなんだけどね」ぷーっと子どもっぽく頬を膨らませるウェンディと、手をヒラヒラさせながらぶっちゃけるシスター服のセイン。暇人の二人は誰かから朝の件を聞いているのか、一応「完全解放の旦那と戦うなんて無茶しちゃダメっスよ」とか「怪我とかしてないの?」とか声を掛けてくれた。そして、アタシが元気だということが分かると、手の平を返したようにアタシから旦那に向き直り――「旦那、お腹空いたー」「昼ご飯食べさせてくださいっス」「帰れテメェら!!!」勝手なことをほざいて怒鳴られるのであった。しかし暇潰しに家に来訪した暇人共は旦那の大声にビビることなく、むしろ更に喧しく喚くだけである。駄々っ子が突然生まれたようなもので、相手にするのも馬鹿らしいと感じたのか、旦那は二人からアタシに視線を移すと口を開く。「こいつらの飯はどうでもいいが、お前はまだ食ってねぇだろ。なんか軽く作るか?」言われて気が付く。そういえば時間は昼飯時だ。しかもアタシは今まで寝てたから朝飯すら食べてない。自覚すると腹が減ってきた気がする。そして空腹を証明するように『ぐぅぅぅ』と盛大に腹の虫が鳴く。羞恥で顔を真っ赤にしたアタシのことをセインとウェンディが指を差して笑った瞬間、黙れと言わんばかりに旦那が手にしていた音楽雑誌で二人の頭を引っ叩く。それから旦那はクツクツ笑いながらアタシの頭に手を置いて「飯にするか」と言った。「旦那の熱くて濃いぃのが、口の中に……」「まるで舌を陵辱されてるみたいっス」「黙って食えねぇんなら食うな……!!」「すいません! 凄く美味しいんで調子に乗りました!!」「黙って食うんでお代わり欲しいっス」「ったく」旦那が用意してくれたは中華料理の麻婆豆腐だった。しかも珍しいことに出前ではなく旦那の手料理である。旦那の手料理と聞くと誰もが「あの人って料理出来るキャラじゃなさそうなんだが……」と言い出すが、本人からすれば「料理なんて化学の実験と同じだ。レシピ通り作りゃいいんだよ」とのこと。実に元科学者らしい台詞である。赤唐辛子と山椒の辛さが絶妙でご飯がいくらでもお代わり出来そうだ。食い意地が張っているセインとウェンディは勿論のこと、アタシもあまりに美味しくて三杯もお代わりしてしまった。「お前ら、俺が料理作ったなんて他の連中に言いふらすんじゃねぇぞ」「あ、ごめん。さっき写メ撮って呟いといた。『旦那がアタシらの為に飯作ってくれた! しかもスゲーまいうー!!』って」食い終わったセインが爪楊枝でシーシーしながら応じると、旦那は忌々しいとばかりに舌打ちしてセインを睨む。あの顔は「面倒臭ぇことしてくれやがってこのクソガキ。ついでに、爪楊枝使うなら口元を隠せ」って顔だ。こめかみがヒクヒクしてる。料理がそれなりに出来る癖して面倒臭がり屋な性格故に普段は全然作ってくれないので、旦那の手料理というのはかなりレアな代物だ。年に数回、あるか無いかという頻度。そりゃ誰だって食ったら自慢したくなる。かく言うアタシも皆が帰ってきたら自慢するつもりだったし。ちなみに当の本人は「俺が作ってまともに食える料理なんて麻婆豆腐と麻婆茄子と麻婆春雨と麻婆ラーメンと麻婆カレーくらいだぞ」とのことだが――どんだけ麻婆が好きなんだ――翠屋を手伝っていた時期もあるので実はケーキとかお菓子の類も作れたりする。まあ、甘いもの好きじゃないからたまに女性陣を手伝う程度しかしないが。「さてと、後片付けするっスかねぇ」「ういうい」ウェンディがおもむろに立ち上がり皿を重ね始めると、セインも腕捲りをして皿洗いの準備に入る。こいつらの食欲は大概だが、食い終わった後は率先して後片付けをしてくれる点は評価してもいいと思う。「じゃ、アタシは茶でも入れますか。旦那は何がいい?」「コーヒー。ブラックで」「了解。お前らは?」「アタシは毒持ってる昆虫みたいな色したトロピカルジュース!」「ココナッツジュースを要求するっス! 果実にストロー差して飲むアレ!」「無ぇよ!」「南国行け!!」アタシと旦那の突っ込みが綺麗に重なった。後片付けをセインとウェンディが終えるとコーヒーが出来上がったので、四人で食後のコーヒーを飲みながらまったりしていたら、「腹ごしらえも終わったことだし、遊びに行きますか」そう口火を切ったのはセインである。最初からそのつもりだったのだろう。隣に座るウェンディもうんうん頷いていた。なんとなく旦那の表情を窺うと、その眼は「お前の好きにしろ」と無言で言っていた。どうやら決定権はアタシにあって、一応とは言え看病を頼まれた旦那の立場としては同伴してくれるようだ。「どっか行く当てあんのか?」「え? 無いよ」質問すれば清々しいくらいに無計画で行き当たりばったりな答えを寄越してくれるもんである。遊びに行くにしても色々とあるんだから予め候補を用意しておけと言いたかったが、こいつらから遊びに誘われるのは初めてではないし、行き当たりばったりはいつものことの為、諦めるとしよう。「ま、決まったら言え」何処へ行くのかを完全にアタシに丸投げした旦那が、地球から持ってきたテレビの電源を入れる。薄型の液晶画面が映像を映し出す。テレビにはワールド・ベースボール・クラシックの試合がもうすぐ始まるとかなんとかで、野球ファンが大量に詰め込まれたスタジアムの光景が見受けられる。「そういや、こういう試合を生で見たことってないなー」気が付けばポツリと零していた独り言。アタシらがよく眼にする試合っていうのは、基本的に模擬戦であってスポーツ観戦じゃない。特に魔法文明が発展したミッドチルダは魔法が無い文明の地球と違い、こういうスポーツはあまり多くないし、あったとしても魔法を使うことが前提になってたりする。地球のような魔力を用いないスポーツはむしろ珍しいだろう。それにいち早く反応したのはやはりと言うか何と言うか、セインとウェンディの二人だった。「じゃあ行こう、今行こう、この野球の試合を見に行こう!!」「出発っス!!」決断早ぇよ。そして、約三時間後。アタシらは地球でWBCの観戦を終えてミッドチルダに戻ってきた。「やっぱ生はテレビで見るのと大違いだな」「面白かったっスねー」「いやー、アニメとか漫画とかゲームとかもそうだけど、やっぱ地球の文化は良いよ」「……」アタシの意見に同意を示す二人。旦那は無言だが、この人はスタジアムに入ってから今までずっとビールを飲みまくっていたから単に酔ってきているだけだと思う。常々思っているのだが、どうして地球暮らしが長い連中が試合観戦する時は必ず酒を飲みながらなのだろうか? 他のお客さんも試合中に酒買って飲んでたし。そういう文化なのか?「これからどうする? アタシちょっと野球やってみたいんだけど」「あ、アタシもっス」「実はアタシも」セインがバットを素振りするような動きを見せるので、ウェンディと一緒に素直な気持ちを吐き出す。試合を生で見た所為か、ちょっとボールを投げたりバットで打ちたかったりするのだ。端的に言って、身体を動かしたい。「野球やるには人数が足りてねぇよ。四人じゃ、精々キャッチボールだろ」此処で今まで黙って飲兵衛に徹していた旦那が発言する。というか、当たり前のように自分のことを数に入れているあたり、旦那も少し身体を動かしたいのかな?確か、旦那は地球で言うところのアメリカ人だ。アメリカでスポーツと言えばやはり野球かバスケ、と多くの人は声高々に宣言するだろう。文句など何一つ言わずWBCの観戦に同伴したのも、そこらへんが起因しているのかも。普段はあんまりそういう感じじゃないけど。「じゃあキャッチボールやろ、キャッチボール。道具はバリアジャケットの要領で生成すればわざわざ買わなくていいしさ。場所はウチ(聖王教会)で、あそこなら広いし誰にも迷惑掛からないよ」こうしてキャッチボールをすることになった。「オラァッ!」「ふぐぉっ」「くたばれ!」「ぎゃあああああああっス!!」プロの野球選手すら惚れ惚れする程美しい投球フォーム。旦那が気合の篭った声を上げながら白球を投げる度、セインとウェンディが悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。まるで日頃の鬱憤を晴らすかのように、超ドSな笑みを浮かべて「ちゃんと捕球しろこのクソッタレ共。やる気無ぇなら殺すぞ」と告げては剛速球を投げる姿が、どんな鬼畜よりも鬼畜に見えた。(……アタシの知ってるキャッチボールと違う)「何寝てやがんだ、立て貧弱共。根性見せろ」「畜生、好き放題言いやがって!」「今にギャフンと言わせてやるっス!」(しかもこいつらはこいつらで全然めげないのね)立ち上がっては果敢にボールを投げ返す二人。よくもまあ、白いレーザービームみたいな剛速球を真正面から受け止めようと思うもんだ。ボールがグローブに収まった時に聞こえる音が、まるで戦車砲を発射したかのような轟音である時点で色々と間違っている。普通に人をひき肉に出来るレベルだ。しかし、やがて二人は慣れてきたのか、まともに受け止められるようになってきていた。常識的に考えておかしいだろと言いたくなるくらいの成長の早さだが、よくよく考えてみれば二人共戦闘機人だから常識的に考えること自体が間違っていることに気付く。ちなみに旦那達は、魔法を一切使っていない。あくまで身体能力のみでボールを投げては捕球している。アタシはそこまで肉体的にモンスターじゃないので、旦那の白い破壊光線を一目見てすぐさま「痛い、イタタタ、お腹痛い」と迫真の演技を経て見学することになった。魔法無しで誰があんなものまともに受けられるか。腹に拳大の風穴空くわ。「よし、次変化球投げるぞ」「えー、やっと慣れてきたばっかだからもうちょっと普通のストレート投げてよ」「右に同じっス」「む。じゃあもう少しストレート投げるか」旦那が大きく振りかぶり、ヒュゴッ、と空気を切り裂いて白球が真っ直ぐすっ飛んでってバァァァン!! と腹に響く音を伴ってグローブに収まる。一体時速何百キロ出ているんだろうか? ボールが上を通った後の芝生が、衝撃波か何かで抉れて土が顔を出してるんですけど。そんなこんなでキャッチボールという名の危険な何かを楽しんでいると――「パパ達何してるのー? 面白そうだから混ぜて!」明るいソプラノボイスが聞こえてきたので振り返れば、大きく手を振りながらこちらに向かって元気一杯に走り寄ってくるヴィヴィオの姿が。学生鞄を背負っているので学校帰りに聖王教会に寄ったのだろう。彼女は速度を落とさず走る勢いをそのままに跳躍し、旦那の胸に飛び込んだ。旦那は足元にグローブとボールを投げ捨てヴィヴィオを優しく抱き留めつつ、飛びつかれた勢いを殺すようにその場でくるくると回ってから、赤子に『高い高い』をするように小さな身体を掲げる。ヴィヴィオから少し遅れる形でディード、オットー、セッテがやって来た。仲が大変よろしい親子に微笑ましそうな視線を注いだ後、三人揃ってアタシに向かって会釈。アタシも軽く片手を上げて「よっ」と応じた。「ようヴィヴィオ。どうした?」「学校終わった後のイクスのお見舞い。で、パパとアギトが来てるって聞いたから。何してたの?」「キャッチボール……に似た何か、か?」やってる本人すら何をやっているのかよく分かってないみたいだが、ヴィヴィオは「皆で一緒にやる!」と眼をキラキラさせて言うもんだから、旦那は肩を竦めて微笑むと一旦ヴィヴィオを下ろしその頭をわしわし撫でる。「グローブは本物の道具じゃなくてバリアジャケットと同じ魔力で構成したもんだが、出来るか?」「うん、大丈夫」言われた通り、手早く魔力を編んでグローブを構成し左手に装着する。上出来だ、と旦那が褒め、さっき足元に転がしたグローブとボールを拾い、ヴィヴィオから距離を取った。それからはヴィヴィオとディードとオットーとセッテの四人を加え、皆で大きな円を描くようにしてボールを回す。此処で重要なのが、旦那の投球が今までやっていた殺人投球ではなくなり、至って普通のキャッチボールになっていること。流石の旦那も愛娘には砲弾のようなボールは放れないらしい。漸くまともなキャッチボールになってくれたことに安堵しつつ、アタシも参加することにした。「さあ来いヴィヴィオ! このセイン様に聖王ショットを投げてみろ!」「聖王ショット?」途中、セインが訳の分からないことを言い出して誰もが首を傾げる。どうやら最初の方で旦那のバスターショットみたいな球を取れるようになったことで変な自信をつけたようだ。「全力で投げてこい、という意味でしょう」「頑張ってください陛下」「凄い球を投げてセイン姉様をあっと言わせてあげましょう」セッテ、ディード、オットーが煽る。そんな三人の様子にウェンディが何故か大笑いしており、セインは不敵な笑み。旦那は「やれやれだぜ」と溜息を吐く。アタシは一人苦笑い。「よーし、じゃあいくよ!? 聖王ショット!!」そしてセインに向かって全力投球するヴィヴィオだったが、案の定セインは事も無げに球を捕球し、これ見よがしにドヤ顔になる。「まさか伝説とまで謳われた聖王ショットがこの程度とは……もっと強い球を投げれぬのか?」何か妙ちくりんなことを語り始めるが、明らかに遊びというのがよく分かる。ヴィヴィオもヴィヴィオでノリ良く合わせると決めたのか、「今のナシ、本気じゃないもん! 次はもっと強いの投げるんだから!!」と仕切り直しを要求。「ちっ、あのドヤ顔腹立ちます。陛下、セイン姉様の天狗の鼻をへし折ってあげましょう。ボールで物理的に」「ファイトです陛下!!」「ボールはどうします? キャッチした瞬間爆発するようにしておきましょうか?」便乗するようにヴィヴィオを更に煽り立てるセッテ、ディード、オットー。なんか展開が最初の頃に戻ってきたぞ!?「聖王ショットォォォォ!!」「甘い、甘いぞヴィヴィオ! そんなことじゃメジャーデビューなんて夢のまた夢だぞ!?」「メジャーデビューなんてしないよ!」「なんて夢のないことを言う子どもなんでしょう。将来なりたいものとかないのか!!」「えっと……」「小さい頃から夢に向かって一生懸命努力しないと、大人になって『動画を見ながらピザが食べれるデブッ』みたいになるぞ」「な、ならないもん! そんなパパとママが泣くような大人にならないもん!! 燃えろ私の中の聖王的な何か、伝説の聖王ショットを受けてみろ!!」「ゲッツ!!」その後も憤慨するヴィヴィオが渾身の力でボールを投げ続けるが、セインは余裕綽々の態度を崩さない。それがまた悔しいのか、ヴィヴィオは顔を真っ赤にしながら地団駄を踏みつつ「んがああああああ!! やり直しを要求する!!」と叫ぶ。「……目標を確認。五分以内に殲滅します」「私のツインブレイズが血を求めている」そんな光景を見守っていたセッテとディードが、殺気が漲る眼で固有武装を展開しつつ、明らかに子ども相手に調子に乗り過ぎたセインを睨む。その横に位置するオットーも二人と同時に戦闘態勢に入ろうとしたが、あることに気付いて武装を解く。この中で一番ヤバイ人が既に動いていたからだ。「誰がニートだテメェ!!!」怒り狂った竜の咆哮にも似た怒号と共に、おもむろにセインの背後に忍び寄った旦那が燃え盛る封炎剣をバットのようにフルスイング。バゴッ、と鈍い音を立てて射出された弾道ミサイルの如き勢いで飛んでいき、瞬く間に青い空へと吸い込まれていき、ついにはキラッと光るお星様になってしまったセイン。「テメェもだボケ」「えええええええええええ!?」誰もが唖然とする中、更に旦那はウェンディに向き直り封炎剣を振りかぶる。狙いを定められたウェンディは心外だとばかりに弁明を開始。「なんでアタシまで!? セイン姉みたいにヴィヴィオのことおちょくってない――」「でも笑ってただろ」と一刀両断。確かに彼女はおちょくるようなことは何一つ言ってないが、セインの隣でのた打ち回るように笑い転げていた。「いくら親しい仲で遊びの範囲内だろうが、いや、遊びの範囲内だからこそ、言っていいことと悪いことの線引きは必要だ」「そ、そうっスね。笑うのはいくらなんでも不謹慎でした。申し訳無いっス。後でセイン姉をちゃんと叱っておくんで――」「るせぇっ!!!」喋っているのを遮る形で、問答無用でホームラン封炎剣バットをフルスイング。謝ってる最中なのにマジで容赦無いなこの人!!!第二のお星様となったウェンディを見送った旦那の傍で、セッテとディードとオットーの三人が頭を垂れて跪き、まるで王に忠誠を誓う騎士のような態度で各々勝手なことを言う。「流石はソル様。今しがたの手際の良さに、このセッテ、感服致しました」「『ぶっ飛ばす』と心の中で思ったなら、その時既に行動は終わっているのですね」「やはりソル様は封炎剣を振り回しセイン姉様達をど突く姿がよくお似合いです」どうやら旦那に対する忠誠心や信頼度がアップしたらしい。しかし本人はとても嫌そうな顔をしてから三人に反応を示さず、ヴィヴィオの傍まで歩み寄ってポンッと頭の上に手を置いた。「……まあ、あの馬鹿が言ってたことは一理ある。なんか将来なりたいもんとかねぇのか?」「そういうの、あんまり深く考えたことない」少し迷いながら口にするヴィヴィオに旦那は苦笑。「誰だってハナッから自分の将来を明確にしてる奴なんざ居ねぇよ。だが、『なりたい自分』をガキの頃から想像するのは悪いことじゃねぇ」「う~ん」言われて考え込んでしまう少女に旦那は笑みを深めると、優しい口調で続けた。「そう難しく考える必要はまだ無ぇ。いずれ答えを出さなきゃならんが、今はまだその時期じゃねぇし、いざとなったら女の子のヴィヴィオは嫁入りするって選択肢もあるしな」「じゃあパパのお嫁さんになる」「俺がなのは達にとても口には出せないような酷いことされるから却下だ。つーか、俺なんかより同い年の男子の方が良いだろ? 例えばクラスの男子とか」「ええええー。だってウチのクラスの男子、パパみたいに筋骨隆々じゃないからタイプじゃないんだもん。せめて魔法無しの純粋な筋力だけでコンサート用グランドピアノ(約500㎏)を片手持ち出来る筋力がないと――」「どういう基準でクラスの男子見てんだお前は!? それが出来んのはクイントみてぇに人間辞めてる奴だからな!!」「ただの人間には興味がありません! 生体兵器、クローン、魔導プログラム体、妖怪、人間辞めてる人などが居たら私の所まで来てください!!」「ただの人間に興味を持ってくれ頼むから!!!」そんな風にしてほんわかな空気を作り出す二人を見ていると、なんだか癒し空間に入ったようでこっちまでほんわかした気分になってくる。此処でこのまま終わってれば『イイハナシダナー』で閉幕となるのだが、そうは問屋が卸さず『イイハナシダッタノニナー』という流れになるのはアタシ達らしいというかなんというか……「ちょっと聞かせてくれる? さっきこっちの方角から人間大砲が飛んできたんだけど、何か知ってる人は?」「私もなのはちゃんと同じや。教導のお仕事してる時、『はやてさん、空から女の子が!!』ってなことになって私に激突したんやけど。ちなみに降ってきたのはウェンディやった」魔王とヘルブリザードが現れたのである。皆が皆、揃いも揃って動きを固め、突如現れた二人に視線を注ぐ。なのはとはやて。二人共頭の上にたんこぶを作っており、こめかみに青筋を立てていた。すっかり忘れていたのだが、旦那がセインとウェンディを吹っ飛ばした方角というのは、教会騎士の訓練所が存在する方向だった。そして今の時間は教導の真っ最中。つまり、「詳しくお話聞かせて欲しいなぁ。なんでセインが降ってきて私と頭ゴッツンコしたのか」「まさか黙秘が許されるとは、思ってないやろ?」本格的なバトルキャッチボールはむしろこれからが始まりだったのだ。「……ってなことがあって、ほうほうの体で命からがら逃げてきた。最後の最後で散々だった」陸揚げされた魚のような濁った瞳で、まな板の上の鯵を包丁で開きにしながら今日の出来事を語る。アタシの隣で一緒に夕飯の支度をしながら話を聞いていたエプロン姿のシグナムは、美人で気品溢れる若奥様のような上品な笑みを零しつつ「災難だったな」と感想を述べた。「災難だったな、じゃねーよ。完全に旦那のとばっちりだぞ? 死ぬかと思ったんだぞ!!」ダンッ! と八つ当たりするように三尾目の鯵の頭を包丁で落とす。食料として捕らえられた哀れな鯵の頭が、流しの三角コーナーに転がり込み、そこから恨めしい視線を送ってくる。一応補足しておくと、旦那はヴィヴィオとアタシを庇った上で逃がしてくれたが、あの後の乱闘にはしっかり巻き込まれたらしい。んで、現状としては一足先に逃げ帰ってきてからアタシは今日の夕飯の当番だったシグナムをそのまま手伝うことにし、ヴィヴィオは自室で学校の宿題をしている。「楽しそうじゃないか。混ぜて欲しいくらいだ」「お前だったらそう言うよなぁー」味噌汁の具材となる大根をトントンと小気味良い音を立てながら刻んでいくシグナムのリアクションに、アタシはもう怒りを通り越して呆れてしまう。「どうしてアタシの周りに居る連中は、どいつもこいつもネジが外れてるんだ」四尾目の鯵を開き終え、五尾目に取り掛かりつつ呟くと、突然シグナムが包丁を持っていない左手で口元を押さえながら吹き出した。「何を今更っ、数年前のソルと同じことを言うんじゃない……!! ダメだ、耐え切れん、クハハハハハ!!!」「つーか、旦那が一番ネジ外れてんだろが!!」ツボに入ったのか、彼女は暫しの間料理の手を一旦止め、涙を浮かべつつ必死に笑いを堪えていたが、やがて満足したのか笑うのを止めて作業を再開する。それから二人は黙って夕飯の支度に没頭していたが、不意にシグナムが思い出したように告げた。「アギト」「あ?」「そんなネジが外れた連中に囲まれて、毎日を大騒ぎしながら過ごす。悪くはないだろう? 今が楽しくない訳では無いだろう?」「そりゃ、まあ」「だったら楽しめ。生きているからには楽しまなければ損だ。私達は、もう二度と道具として扱われることはないのだから。ソル達ギアや、戦闘機人達もそれは同じだ」「……」「だから、ソルに挑む私に無理して付き合い必要も無いぞ。アギトはあいつと戦うのは辛くないか?」「何度も言うけど別に無理なんかしてねぇ! だいたいお前一人の力じゃいつまで経っても旦那を本気に出来なさそうだろ? つべこべ言ってんじゃねぇよ!」「そんなことを言ってると、本当に地獄を見るまで付き合わせるぞ?」「百も承知。それにアタシ、旦那と模擬戦するのが辛いなんて一言も言ってねーし」「昼前まで寝込んで、記憶まで飛ばした奴がよく言う」「うっせぇな、あれが普通だ! ピンピンしてるシグナムの方がおかしい!! アタシは融合騎としては至極まともなんだっつーの!!」「そうだな。だがそんなおかしいロードと共に在ることを選んだお前も、相当おかしいと思うが」「ほっとけ。アタシもこの家の、背徳の炎の一員だ。どっかおかしいのは当然だろうが!!!」此処はやっと手に入れたアタシの大切な居場所。それはとても居心地が良くて、楽しくて、幸せな気持ちにしてくれる。やはりあの時の決断は間違っていなかったと思う。シグナムをロードに選んで良かった。皆と家族になれて、良かった。だからお礼を言おうと思う。面と向かって言うのは恥ずかしいから、心の中でこっそりと。ありがとう、って。全てをぶち壊すオマケ「……シャッハ。知りたくないけど教えてください。外では何が起きてるんです?」「シスター・シャンテの報告によると、この教会の敷地内で局所的に勃発した世界大戦です、騎士カリム」「騎士達は?」「ほぼ九割の騎士があの馬鹿げた乱闘に自ら参戦しています。その、教導官に似て誰も彼もが血の気が多く、止める手立てがありません」「原因は何ですか?」「詳細は分かりかねますが、どうやら地球のスポーツが原因らしいです」「……」「……」「私は常々思っていたのですが、こういう問題が発生した時に事後処理しなければならない自分の立場に嫌気が差しています」「と仰るその心は?」「私も世界大戦に参戦します!」「ダメですよそんなの!? あなたと私が居なくなったら誰が事後処理をすると思ってるんですか!!」「やーだー!! もうやーだー!! これからはカリムも頭空っぽにして後先考えずに暴れ回るもん!!! ということで後はよろしく頼みますよ、シャッハ」「……ぐっはぁ!? 幼児退行したと見せかけた不意打ちとは卑怯なりぃ……」「ヒャッハーこれで私を阻む者は存在しないわ!! これで思う存分暴れることが出来る!! 私もたまには混ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」その後、諸事情により聖王教会は一週間程度、完全に機能を停止。ちなみに後日発表されたことだが、教会の敷地内でのキャッチボールは全面的に禁止とされた。後書き前回の予告通り、今回のお話はアギト視点の何気ない日常をお送りしました。本当は3月中に投稿したかったのですが、ヴィータちゃんの魂生贄と、X箱の地底人撃ち殺すシリーズ最新作の審判が楽しくて、ね?次回はViVid編の第二話。4月中に投稿可能かどうか不安です。頑張りますけど。ではまた次回!!