所属している救助隊から装備調整、ということで呼び出しを食らったノーヴェは、時間帯的に夕食前の静かな街並みを一人歩いていた。ノーヴェ・ナカジマ。それが今の彼女の名前である。かつてはその出生のおかげで時空管理局の更生施設にお世話になった身ではあったが、現在はちゃんとした身分と保護者、社会的立場を手にして全うな人生を送っている少女だ。公には出来ない特殊な事情を抱えているものの、彼女の毎日は大好きな家族や仲間、友人達に囲まれ充実した日々を謳歌している。つい先程まではストライクアーツの訓練を仲間達と共に励んでいたが、それを終えていざ帰ろうとしたら部隊から呼び出されたのだ。その旨を伝えてから仲間達に別れを告げ、足の向きを家から隊舎の方角へと直し歩き始めて約10分が経過した頃、「!?」視界の端で一瞬、巨大な火柱が立ち昇り夜の街が眩く照らされたと思ったら、背中に怖気が走る程の凶悪にして強大な魔力を感知する。思わず足を止め、バッグを投げ捨て両拳を構えて愛機であるデバイス――ジェットエッジを無意識に展開し、臨戦態勢を整えた。攻撃的な意思と刃で刺すような敵意、そして何より“全てを焼き尽くす紅蓮の炎”のような激しい殺意がその魔力から感じられたからだ。しかし、突然のことに驚きはしたものの数秒経過して脅威が自分を対象にした訳では無いという点と、現在位置より少し離れた場所から発せられたという点に気付く。一先ず安堵の溜息を吐いてバッグを拾い、愛機を収めはしたものの、今の危険な気配を無視して目的地に向かうという選択肢は選べない。気配の持ち主が知り合いであれば尚のこと。(……どう考えても旦那、だよな……)規格外の強さを持った、というか次元が違うくらいに強い知り合いが居る。色々な意味でノーヴェはその人物に頭が上がらない。苦手ではないが、どうにも取っ付き難い性格の持ち主で、一対一で話すのは少し勘弁願いたい人物なのだ。誰か他に一人でも一緒に居てくれればそれなりに話せるのだが、余計なことは喋らない無口で面倒臭がり屋な性格でもある為、二人っきりでは場が持たなくなるからだ。そういう理由もあって行こうかやっぱり止めようか数十秒悩んでいる間に、発生した時と同じ唐突さで魔力の反応が消えてしまう。まるで先程感知したものが嘘のように。時間にすると、恐らく魔力の発生から消失まで1分も経過していないだろう。余計なことに首を突っ込まず無視して足を進めれば、今の出来事は無かったことに出来る。だが、ノーヴェの性格がその選択肢を選ぶ訳にはいかない。これでも一応、災害救助隊に所属している身だ。何かが起きて誰かが助けを求めている時には誰よりも先にその人達の元へ駆けつけなければならない。知り合いが魔力を発生させたということは、魔法を使うような事態が起きたことを示しているのだから。「~~~っ!」正直な話、厄介事な予感がビンビンするので行きたくないが、行かないと気になって仕方が無い。僅か数秒の逡巡の末、彼女は足の向きを魔力が発生した場所へと向けダッシュした。そして、現場らしき場所に辿り着いて後悔が半分、やっぱり来てよかったという気分が半分、というなかなか複雑な思いを抱く。「これ、絶対に旦那だ。つーか、街中でやり過ぎでしょ」独り言が漏れるくらいに大変なことになっていた。半径&深さが数メートルはあるクレーターが道路のド真ん中に出来ていて、その周囲の路面が高熱によってドロドロに融解した後に冷えて凝固したような光景が広がっているではないか。クレーター付近に設置されていたらしい街灯やガードレールなどは、衝撃波か何かで根こそぎすっぽ抜かれて転がっているか、融解しているかのどちらか。まるでナパーム弾と燃料気化爆弾の性能を持つ爆弾を投下したかのような有様だ。かなりの数の野次馬も集まってきており、「何だこのデカイ穴?」とか「家の中に居たら窓の外がピカッて光ったの」とか「なんかヤバイ魔力感じたんだけど、魔導師のテロか?」という風に騒ぎが凄く大きくなっている。そんな野次馬の群れから抜け出すと、ノーヴェは知り合いの姿を探す。まだこの近くの何処かに騒ぎの原因が居る筈だ。100%知己がやったことなので見つけ出してどういうことなのか問い詰めないといけない。やがて――区民公園内にて、ベンチに座ってふんぞり返っている知己の姿を確認することが出来た。周囲には他に人の気配は無い。近づいて声を掛ける前に一度深呼吸をしてから気合を入れ、歩を進める。「こんばんわ、旦那」「あ?」かったるそうな声音と共に首を僅かに動かし、真紅の瞳から鋭い視線を放つ男性。公園内の街灯に照らされた黒茶の長い髪――ポニーテールが揺れる。野性味溢れる貌は間違いなく色男の類に入るだろうが、身に纏う空気がまるで機嫌の悪い肉食獣のようで、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。ソル=バッドガイ。これが男性の名前で、ノーヴェにとっては絶対に敵に回したくない人物で、頭が上がらないと同時に色々と世話になっている御仁でもあった。ノーヴェは単刀直入に切り出すことに。「あの、さっきなんかあった?」抽象的な尋ね方をしてみると、ソルは唇をニヤリと歪め、立てた親指でノーヴェとは反対側を指し示す。それは自分が座っているベンチから少し離れた位置に設置された隣のベンチで、何かが置いてあるらしい。丁度ノーヴェの位置からではソルの体躯によって死角となっている為見ることが出来ない。何だろうと疑問に思いながら回り込んでみて、顔面の筋肉が引き攣った。「何処でかっ攫ってきたの、この女の子」「最近巷で噂の、“自称覇王”の通り魔なんだとよ。いきなり喧嘩売ってきやがった」「は?」「目障りだったから潰した。今は、このガキをしょっぴく為にこっちに向かってるスバル待ちだ」それ以上の説明は面倒臭くなったのか、「やれやれだぜ」と溜息を吐き黙り込んでしまう。「え? あ? 通り魔? この小さな女の子が? 旦那に喧嘩売ったって、マジ?」内容があまりに突拍子もないだけに、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべてしまう。しかし眼の前の男性が嘘を言っているようにも見えない。ソルの顔をまじまじと見てから改めてベンチで寝かされている女の子を覗き込む。碧銀の髪、という次元世界でもあまり見ない髪の色を除けばただの少女だ。年齢は十代前半だろう。完全に意識を失っており、暫く目を覚ます気配は無い。男性の中でも大柄で筋肉質なソルに喧嘩を吹っかけるような無茶をする娘だとは思えないが。けれども“覇王”を自称する通り魔が夜な夜な現れては格闘技系の実力者にストリートファイトのようなものを申し込み、連続で傷害事件(被害届は出ていない為事件とは言い難い)を起こしているという話を聞いたことがあった。「ちゃんと説明してくんない? 訳分かんないんだけど」「ちっ、面倒臭ぇな」真摯な態度で頼んでみると、ソルはこれ見よがしに舌打ちしてから不機嫌な表情で事情を語り出す。話自体は五分も経たずに終わった。彼の話を黙って聞いていたノーヴェの顔が厳しいものへと変わり、警戒するような眼差しで気絶している少女を睨む。「じゃあこの娘は旦那のこと、“背徳の炎”の『ソル=バッドガイ』が『古代ベルカの聖王オリヴィエのクローン』――ヴィヴィオの義父だってことを知ってたって?」少女は、彼の前に現れた時点では十代後半の女性の姿だったらしい。その時、『カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト』つまり古代ベルカの“覇王”と名乗った。そして、ソルがヴィヴィオの――聖王オリヴィエのクローンの義父であることを指摘したら、突然キレたソルに一方的に半殺しにされたとのこと。(そりゃ旦那が怒る訳だ……アタシだっていきなり知らない奴から『ジェイル・スカリエッティが作った戦闘機人NO,9のノーヴェさんですか?』っつわれたら警戒するし)「蓋を開けてみればただのガキだったがな。どんな奴なのかちょっと“探り”を入れたら殺気にビビッて失禁しやがった。それ見てやる気が失せた……まあ、俺の前に『敵』として立ったツケはきっちり払ってもらったが」<あれは情けや容赦など欠片も無いヤクザキックでした。戦意喪失した相手に嘔吐する程強烈な蹴りをどてっ腹にぶち込むマスターはマジ鬼畜です。気絶しながらゲロゲロ言ってましたよ>ソルの胸元から垂れ下がった赤銅色の歯車――という形をしたネックレス型デバイス、クイーンが要らない情報をくれる。それにしても失禁と嘔吐か。なんか凄く汚れてて異臭がすると思ったらそういうことだったのか。というか、今の口ぶりからすると、この少女がソルにビビッて漏らしてなかったら確実に『敵』として処理されていたということを示していた。今更ながらに恐ろしい話である。賞金稼ぎを一時休業し平穏な毎日を送っている現在でも、根底に存在する『狩人』として意識が消えることはないようだ。次元世界で最凶、そして最悪の賞金稼ぎとして悪名を轟かせていたソルを相手にこの程度で済んだのなら、運が良い方だろう。まさに『死ななきゃ安い』だ。「旦那に蹴られてゲロか……肋骨が粉々に砕けて内臓が潰れて吐血喀血じゃないだけまだマシ、っていう話は横に置いといて。旦那はこれからどうするの?」少なくともこの少女はヴィヴィオが『古代ベルカの聖王オリヴィエのクローン』だという事実を知っている。何処から手に入れた情報か知らないが、背後関係を洗う必要がある。何らかの違法研究や犯罪組織と関わっている可能性は捨て切れない。久々に休業していた賞金稼ぎ活動を再開するのかと考えを過ぎらせるノーヴェ。だが、ソルは彼女の予想とは打って変わってやる気の無さそうな声で答えた。「とりあえず今日のところは帰る。お前は此処でスバルが着くまで待て。このガキから情報を抜き取るのは明日だ。明日の朝、飯食ったらそっちに行くっつっとけ」<おやすみなさーい>クイーンが別れの挨拶をした次の瞬間には既に歩き出す。あっという間にその後姿は闇夜の中へと消えていく。言うだけ言ってスバルへの引継ぎを全部ノーヴェに押し付けた形である。相変わらず自分勝手というかフリーダムというか、何物にも縛られない生き方をしている御仁だ。大きな後姿が見えなくなるまで見送ってから、改めて気絶している“自称覇王”の少女に身体ごと向き直る。「……何考えてるのか知らないけど、喧嘩する相手くらい選べよ……」一応、かつての自分もソルと敵対していたので、多少の同情はしてあげるノーヴェであった。背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO1 覇王、窮地に立つ「目障りなガキだ……潰すぞ?」爆音と共に足元から巨大な火柱を発生させ、それによって男性の後頭部で結った長い髪が跳ね上がる。紡がれた言葉が冗談ではなく本気だということを証明するかの如く、殺気が放たれた。跳躍し、全身に炎を纏わせ上空からこちらに向かって拳を振りかぶる男性――ソル=バッドガイ。膨大にして灼熱の魔力は絶大な破壊力を秘めていると理解し、慌てて後方へ退く。次の瞬間、路面に炎の拳が叩き付けられ、同時に眼を灼く光と爆風が発生し身体ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと無様に舗装された道路を転がる。起き上がって周囲を見渡すと、辺り一面が一瞬で火の海になっていた。何かが焦げたような異臭と、赤々と燃える炎から吹き上がる黒々とした煙、肌が爛れてしまいそうな凄まじい熱。紅蓮に舐められて蝋燭のように融けていくガードレール、赤熱化した道路、根元からへし折れて吹き飛ばされた街灯、それらは全てたった一撃の拳によってもたらされたものだ。殺傷設定の魔法。相手を無傷で倒す為に使用される非殺傷設定の魔法ではない、文字通りの意味で相手を殺傷する為の攻撃にして、純然たる敵対の証。避けていなければ確実に死んでいた。火の海の中から紅蓮の炎に自らを焦がしながら悠然と歩いてくる男性が、本当に自分を殺そうとしている事実を噛み締めると、今まで軽はずみな言動を後悔するが、もう遅い。眼の前の人物は、自分を許しもしないし逃がしもしないだろう。見えない刃のように容赦無くぶつけられる殺気。それをそのまま具現化したかのような炎。これから踏み潰す害虫を見るような冷たい光を放つ真紅の瞳。彼が一歩こちらに踏み出してくる度に、死が近づいてくる。カウントダウンは始まっていた。一定のリズムを刻む“死の足音”が鼓膜を叩く。――殺される。「ひっ」小さな悲鳴が、口から零れ出た。心が軋む。今にもバラバラになって砕けてしまいそうだ。鳥肌が立ち、全身がガタガタと小刻みに震える。周囲の気温は異常に上昇しており暑さと熱さで倒れてしまいそうなのに、まるで身体は爪先から頭の頂点まで氷漬けにされてしまったような寒気に襲われる。呼吸が出来ない、息が苦しい。今すぐにでも背を向けて逃げ出したいのに、足は意思に反して根が張ったように動いてくれない。怖い。初めて味わう死への恐怖。心の中で逃げなければと叫ぶ自分と、逃げても無駄だと悟り諦める自分が鬩ぎ合う。恐怖で思考が働かない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。様々なことが浮かんでは消えていく。夜になると格闘技の実力者にストリートファイトをけし掛けては打ち倒していたこと、己の存在理由である覇王流のこと、先祖である『彼』――『ハイディ・E・S・イングヴァルト』のこと、『彼』の記憶の断片から視た『彼女』――聖王女『オリヴィエ』のこと……気が付けばいつの間にか、眼前に仁王立ちしたソルがこちらを見下ろしている。その様はまるで、こちらを今にも丸呑みしようと睥睨してくる強大なドラゴンのようだ。「なんだよ。ヴィヴィオのこと知ってるからどんな野郎かと思えば、ただのガキじゃねぇか……マジで下らねぇな、テメェ」――下らない。出会い頭、覇王を自称している、と言った時も同じことを言われた。まるで何一つ関心など無さそうに。実際に『興味無ぇな』とも言っていたのでその言葉は嘘ではないのだろう。あの時聖王のクローンに関して口走らなければ、こんな事態には陥っていなかった筈だ。「失せろ、目障りなんだよ」一瞬後には彼の踵が自身の腹に突き刺さり、とんでもない勢いでぶっ飛ばされた。ガードレールに背中から激突し、ひしゃげたガードレールに抱かれながら路面を滑っていく。「う、ぐっ、おえぇぇ……」そして胃の中のものを吐き出しながら、アインハルト・ストラトスは意識を失い――目が覚めると、「よう。やっと起きたか」知らない女性が明るい口調で声を掛けてきた。「あの、此処は?」知らない天井、知らないベッド、知らない部屋、そして知らない赤髪の女性。分からないことだらけで混乱する。自分は確かさっきまで――「まず名乗っとく。アタシはノーヴェ、ノーヴェ・ナカジマ。此処はアタシの姉貴の部屋で、なんでお前が此処に居るかっつーと、昨日の夜にアタシと姉貴が担ぎ込んだからだ」「担ぎ、込まれた……!?」言葉として口に出してからついさっきまでのことを思い出す。思い出してから自身の状態を確認する。手足の感覚はちゃんとあるし身体もしっかり動く。服装だけがサイズの合わない寝巻き姿であったが、そんなことは些細なことだ。「生き、てる……生きてる、生きてる!!」生の実感を噛み締めながら歓喜の涙を零すのであった。(泣いちゃったよこの娘……そりゃそうだよなぁ)まあ無理もない話ではある。どんな極悪犯罪者であってもソルを前にすれば泣いて命乞いをするという事実を知っているだけに――というか命乞いしたことあるので――少女に対して妙な親近感が沸いてくる。現在は『街のデバイス屋さん』だが、昔の彼は実際に犯罪者をぶっ殺して回る賞金稼ぎで、賞金首の生首を換金所に持っていくなど日常茶飯事。命乞いをしてきた犯罪者の首を情け容赦無く斬り落とし、灰すら残さず蒸発させた連中の数などイチイチ覚えていないと言う。ソル曰く『今まで捨てたゴミの数を覚えとく趣味は無ぇな』とのこと。アインの話によると、組織ごと潰す(皆殺し)機会が多かったので軽く四桁は超えているらしい。そう考えると、どんな理由があるにせよ殺人は最大の禁忌、とする管理局法は彼と非常に相性が悪いものと思える。よくこれまで十数年の間一人も死者が出なかったものである……代わりに心的外傷を抱えて社会復帰不可能な『死に損ない』は出まくったが。「よしよし、怖かっただろう。もう怖くないから安心しろよ」少女の頭を抱えるよう左手を後頭部に添えて撫で、右手で背中をさすってあげる。暫くそのままでいると、やがて落ち着いてきたのか少女はノーヴェから離れ、ペコリと頭を下げた。「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。私はアインハルト・ストラトス、ザンクトヒルデ魔法学院に通う中等生です」「おう。アタシはさっきも言ったがノーヴェ・ナカジマだ。ノーヴェでいいぞ」丁寧な口調で自己紹介してくるアインハルトにノーヴェも快活に応える。「それで、あの、色々と教えてほしいのですが、私は昨夜どうなったのでしょうか?」窓の外から燦々と降り注ぐ太陽の光を一瞥してから質問してくる少女に、ノーヴェはどうやって返答すべきか悩んでいると、タイミング良く部屋のドアが開き、二人の人物が入室してきた。普段着姿のスバルとティアナだ。「あら? 先生に喧嘩売って返り討ちにされたって聞いたけど思ったより元気そうね。ちゃんと手加減してたみたいで良かったじゃない、スバル」「元気そうで本当に良かったよ。あの人、身内以外には信じられない程容赦無いから、私心配で心配で」胸の前で腕を組みクスクス笑うティアナと、安堵の溜息を吐いてへたり込むスバル。そんな二人を眼にして、というかティアナに注目したままアインハルトが思わず口を開く。「あ、あなたは、ソル=バッドガイの弟子の――」「もしかして去年の大会見てアタシのこと知ってる? だとしたらその通りよ。ティアナ・ランスター、管理局で執務官をやってるわ」やっぱり知れ渡ってるわよね~、と言わんばかりに困った表情で肩を竦めるティアナの隣で、急に元気になったスバルが立ち上がって自己紹介する。「私はスバル・ナカジマ! ノーヴェのお姉ちゃんで、ティアとは訓練校時代から親友なんだ。ティアと同じでソルさんに戦い方を教わったこともあるんだよ」アンタとは腐れ縁よ! お姉ちゃんって言い方やめろ! と恥ずかしそうに抗議の声を上げるティアナとノーヴェを無視し、スバルはアインハルトのすぐ傍まで歩み寄ると彼女の頭に手を置き、優しい表情で笑う。「でも本当に良かった。ソルさんから『通り魔を潰した』って連絡があった時は死者か廃人が出たって本気で思ってたし。生きてて良かったね? ソルさんと戦った敵って基本的に精神病院か集中治療室か天国行きだから」本当に洒落になっていないことを朗らかに笑いながら言うスバルの発言にアインハルトが凍りつくが、当の本人は全く気が付いた様子がない。ノーヴェとティアナは内心で、やめろバカ! 空気読め! と罵った。とにかく、もうその話はいいからご飯にしようということになり、四人は少し遅い朝食を摂ることにした。食後、食器の後片付けを終えると本格的な事情聴取へ移る。「じゃあ、改めて今回の件に関して話を聞かせてもらっていいわね? アインハルト」優しい年上のお姉さんからキリッとした仕事の出来る女執務官へシフトチェンジしたティアナの言葉に、少女は素直に頷く。スバルとノーヴェも黙ったまま二人のやり取りを見守ることにした。「まず最初に、あなたが最近噂の“自称覇王”の通り魔で、格闘技の実力者に野試合を申し込んでは叩きのめしていた、これに間違いないわね?」「はい」「なら次。あなたは昨日の夜に先せ、ゴホン、ソル=バッドガイと接触を図った時、彼に対して『聖王・オリヴィエのクローンの義父』という言い方をしたのは本当?」「間違いありません」瞬間、ティアナの眼がすぅーと細まり、視線が鋭くなって纏う気配が変わる。明らかに緊張感が高まり、空気が硬く重いものとなった。「その情報、何処で手に入れたの?」黙秘は許さない、と有無を言わせぬ口調で問い詰める執務官の顔に、少女は僅かに怯えたがゆっくりと応える。「噂を聞いたんです」「噂?」「はい。現代に聖王と冥王が蘇った、聖王教会のシスターから『陛下』と呼ばれ慕われる人物が居る、冥王は教会の何処かに隠されている、などといったものです」それを聞いて、ティアナが片手で額を押さえて頭痛を堪えるような表情になり、すぐ傍でノーヴェが頭突きをする勢いでガンッ! とテーブルに突っ伏し、スバルが派手な音を立てて椅子から転げ落ちた。三人のリアクションによって緊張感が一気にぶっ飛ぶ。――まさか身内の不手際による情報漏洩か?聖王教会に引き取られた四人――セイン、ディード、オットー、セッテの顔が浮かんでは消えていく。確かヴィヴィオのことを『陛下』と呼んでいるのは四人の内セインを除いた三人だった筈。ティアナの顔が蒼白になり、スバルは全身からダラダラと冷や汗を流し、ノーヴェの口からエクトプラズマがでろでろ出てきた。「つ、次。何故そこで“背徳の炎”であるソル=バッドガイが聖王や冥王に絡んでくるのかしら?」内心の動揺を隠すことが出来ていないティアナが震えた口調で続けて問えば、アインハルトは一度瞼を閉じてから思い出すように言う。「噂を聞いて居ても立ってもいられず、教会に足を運んだ時にたまたま眼にしたのです。ソル=バッドガイ氏と異世界のスポーツを楽しむ数人のシスターと、そして虹彩異色の女の子を」要するにその時の会話を盗み聞きしたことによって、今回の事の発端になってしまったのだろう。壁に耳あり障子に目あり、という地球のことわざをそのまま顕したかのような事態だ。そもそも彼らの普段からの言動自体が結構迂闊な部分がある、というのも原因の一つだと言えなくもない。ちなみに後でセインからこのことについて詳しく聞くと、この時やっていたスポーツというのは超次元バトルキャッチボールという常人には理解し難い謎のゲームだと言う。例によって例の如く仕事を抜け出したセインと遊び相手を探していたウェンディが暇潰しにソルの家に行き、仕事が休みでくつろいでいたソルとアギトを半ば強引に遊びに誘ってあっちこっちブラブラしていたら、なんやかんやあって聖王教会でキャッチボールをすることになり、ついでに他のシスター連中やイクスの見舞いに来たヴィヴィオなどが混ざることになって、バトル展開に突入して相手のミットにボールをシュウウウウウッ、超エキサイティンッ!! ってな感じらしい……一体どういうことなのだろうか? 全く以って訳が分からない。単に説明する気が無いのかセインに伝達力が無いのか判別が難しいところである。「だからって旦那に喧嘩売るこたぇねーだろ。去年の魔法戦技大会を見たってんならあの人がどんだけヤバイか一目見て分かんねぇか? それともお前アレか? 大会優勝して名実共に次元世界最強の旦那に自分が何処まで通用するか試したかった口か?」腕を組み、呆れながら問題児を諭す学校の先生みたいな態度でノーヴェが尋ねてみると、少女は「うぐっ」と言葉に詰まる。なんとも分かり易い反応だ。嘘が吐けない素直な性格の娘なのだろう。「あのさ、私からも質問いいかな?」小さく挙手しながら口を開くスバル。「そもそもなんで覇王って名乗ってるの? 覇王って古代ベルカの覇王のことでしょ? それってアインハルトにとってどういう意味があるの?」彼女が何気なく問い掛ける内容は少女にとって核心を突く質問だったらしく、暫しの間躊躇する素振りを見せたが、やがて真剣な表情になると意を決したのかポツポツと語り始めた。曰く、自分は『覇王イングヴァルト』の末裔であり、その血を色濃く受け継いでいるが故に『彼』の身体資質――碧銀の髪や虹彩異色――だけではなく本人の記憶も僅かに受け継いでいること。自身の中の『彼』の記憶が、当時の『彼』の想いまでも蘇らせていること。救えなかった相手(聖王女オリヴィエ)と守れなかった国。悲哀、後悔、無念、そういった自分のものではない数百年分の感情に悩まされる日々。しかし、その想いをぶつける相手はもう存在しない事実。そんな風にして悶々と過ごす中、偶然耳にした王の噂。半信半疑ながらも現状に何か変化があればと縋る思いで教会に足を運び、そこで虹彩異色の少女と背徳の炎を眼にする。接触せずにはいられなかった。自身の中に眠る『彼』が叫ぶ。自分が弱かった所為で救えなかった、強くなかった所為で守れなかった『彼女』がそこに居る、と。そして、最凶にして最悪と悪名高い男がそのすぐ傍に居る。古代ベルカの血を受け継ぐ者としての本能だろうか。頭では無謀と理解していながら、本能的かつ衝動的にソルへ挑むことにしたこと。今更ではあるが、我ながらどうしてあのような行動に至ってしまったのだろうか? 野試合を申し込むにしても喧嘩を売るにしても、もう少しスマートなやり方があった筈だ。ただ単に強いから、というだけではない。思い返してみればそれはまるで、とてつもない何かに惹き付けられたような錯覚があった。例えてみれば誘蛾灯に群がる蛾にでもなってしまったかのような――「……で、戦ってみた感想は?」話し終えた後、一人考えて込んでしまった彼女にノーヴェが口を挟む。思考の海へと旅立っていた意識が戻ってくると、昨晩のことを思い出しながら語る。「戦いにすらなりませんでした。気迫に圧倒されて、動けなくなって、殺されると本気で思いました」そりゃそうだろ、と思う。半分本気で殺す気なんだから。今回アインハルトがやったことというのは、言い換えてみれば繁殖期のドラゴンの卵にちょっかいを出したようなものだ。大切な卵に不審な輩が近付いて怒らない親ドラゴンは居ない。『敵』と認識されて襲われても文句は言えまい。彼女の事情を聞き情状酌量の余地があると考えても、心情的にはどうしてもソル側になってしまうノーヴェ。でも、だからといってこの少女を見捨てるのは嫌だった。自分でもよく分からないが、なんか見ていると危うい感じがするので味方になってあげたい。どうしたもんかなと首を捻り思考を巡らせていると、ティアナが難しい表情で自身のあごに手を添えつつ言う。「アインハルト。あなたの事情は分かったわ。けど、アタシはあなたにどうしても言わなければならないことがあるの」「え? ティア、何? 急に改まって」嫌な予感がしたのか震えた口調のスバルが隣のティアナの顔を窺う。アインハルトも同様に不安そうな表情だ。「あなた、このままじゃ精神病院に叩き込まれてカウンセリング受けることになるわ」…………………………………………………………………………………………はい?スバル、ノーヴェ、アインハルトの口があんぐりと開いたまま塞がらない。「ど、どうしてそういう結論に?」驚きからいち早く復帰したスバルが問うと、ティアナは真顔で応答する。「考えてもみなさい。今の話をそっくりそのまま先生に聞かせたとしたら、なんて返ってくると思う? 先祖の記憶を保有していることによってアインハルト本人の生活に悪影響があったり、ましてやアイデンティティを崩していると判断されたら、先生は間違いなくこの娘を精神病院にぶち込むわ。覇王の記憶がアインハルト・ストラトスという一個人の人格と、その記憶に振り回される周囲に害を振り撒くっていう理由でね」「私は病人扱いですか!?」「いくらなんでもそれは酷ぇぇっ!!」驚愕と戸惑いの声を上げるアインハルトとノーヴェだったが、ソルと付き合いの長いスバルとしては「ソルさんならあり得るかも……」と一人納得すると同時に戦慄していた。「だから、アタシ達がしなければならないのは病院送りの阻止よ。なんとしてでも今回は見逃してもらって、もう二度と覇王の記憶を発端とする行動はしないと誓う。それが出来なければアインハルトは塀の高い病院に連行されるわ、きっと」精神病院送りというとんでもない未来予想図を前にして、碧銀の少女は完全に思考が停止してしまったのか蝋人形のように動きを止める。「それでもダメだった場合はスバルを人身御供に捧げてこの場を離脱、ほとぼり冷めるまで逃亡生活よ」「ちょっと待って! なんで私が当たり前のように生贄になってるの!?」真っ先に火竜の餌食になることを決め付けられたスバルが抗議するが、ティアナは沈痛そうな顔をするだけだ。「アンタの尊い犠牲は忘れない」「ティアァァァァァ!! 私達ツートップで今まで頑張ってきたでしょ!? 見捨てないで!!」「知らないわよ」泣き縋るスバルを冷たくあしらう。だが彼女は持ち前のしつこさを以ってしてティアナに絡みつく。「死ぬ時は一緒だよティアァァァ!」「アンタと心中なんてごめんよ。っていうかくっつかないでくんない?」「いっそのことティアを殺して私も死ぬ!!」「死ぬなら勝手に一人で死んでよバカスバル……ってきゃああああああ!? ドサクサ紛れに何処触ってんのよ!? こんの、離せ!! 先生に焼かれる前に死ぬかこのボケ!!!」「ウボァー!! あれ? 前に揉んだ時より少し大きくなってる気が――」「シュトルムヴァイパーッ!!」「ほげぇぇぇぇっ」突然眼の前で始まる乱闘、と言うよりは顔を真っ赤にしたティアナが一方的にスバルに暴行を加えまくっている。ドッタンバッタンと暴れ回っている二人からとばっちりを受けない為にノーヴェはアインハルトを別室に退避させた。実に冷静な対処だ。「放っておいていいんですか? 止めないと」悲鳴と怒号が響いてくる隣室の惨状を目の当たりにしてアインハルトが顔を青褪めるが、ノーヴェは逆に問い返す。「じゃあお前止めてみるか? ちなみに後二十秒もしない内に単なるじゃれ合いからガチの殴り合いに発展して、最終的には結界張ってからデバイス起動してのマジ喧嘩になるぞ」アインハルトにとってスバルは初対面の為実力は知らないが、ティアナの実力は一年前の魔法戦技大会を見て知っている。考える間など置かず即答。「遠慮しておきます」「賢明な判断だ、と言いたいところだが、この騒ぎの発端を鑑みると言えねぇな」ノーヴェの皮肉を聞いて少女は身を縮めるしかない。賢明な判断が出来ていたならば、ソルに喧嘩を吹っかけようとは誰も思わないだろう。そんな時だ。ピンポーン。という間延びしたインターホンの音が室内に響き渡り、取っ組み合いをしていたスバルとティアナが動きを止め、ついに来たかとノーヴェが息を呑む。昨夜ノーヴェに伝えた通りにソルがやって来たのだ。アインハルトを除いた三人は誰もが眉を顰めて苦虫を噛み潰したような表情になる。どうやら本気で腹を括るしかないらしい。ピンポーン。更にもう一度、さっさと開けろと言わんばかりにインターホンが鳴らされる。「はいはい出ますよ」溜息を一つ吐き、乱れた髪と服装を直すとティアナが玄関へ歩いていく。それを見送って、ノーヴェは誰にも聞こえない程度の声量でポツリと呟いた。「どうなることやら」インターホンを押しながらヴィータが振り返る。「今ふと思ったんだが、ソル」「んだよ?」「昨日の夜、道のど真ん中で暴れたって話さ、ぶっ壊した道路とかって修繕しといたのか?」「する訳無ぇだろ」しれっと答えるソルに反応したのはアギトだった。「え? 旦那直してないの? じゃあ器物破損とかでティアナに文句言われるんじゃない?」「最悪、逮捕されるかもなー。愛弟子に逮捕される師匠とかマジ笑えるわ」クケケケケケ、と小悪党のように笑うヴィータの脳天にゴキンッと肘を落として黙らせ、ソルはうっかりしていたと言わんばかりに顔を顰め、溜息を吐いた。後書きっということで始まったViViD編です。ぶっちゃけ第一話は喧嘩売られるのがノーヴェからソルに変わっただけなんですが、此処から徐々に狂っていければと思っています。え? もう狂ってますか? ……ふふふ……今回のお話はほぼ九割がノーヴェの主観、残り一割がアインハルトの回想シーンという構成なのは読んで頂ければ分かりますよね。ソル側の視点は、『空白期19 子育て奮闘記 子ども達の反抗期』のオマケの『if ViVid編』のまんまなのでそちらを読んでください。ノーヴェは漫画版の方で主要キャラなので、これからもバンバン出てきます。むしろ主人公的もしくは準主人公的な立ち位置になるかも。またSTS以降というのもあって世代交代的な意味もあり若手や他のナンバーズを主軸に話を展開していきたいと思っています。その為、STS編までの主要キャラであるなのは達の出番は減るかと。まあ、なのは達は見えない部分、描写していない部分で毎日キャッキャウフフのイチャイチャしているとでも思ってください。そうしないと殴る壁が足りな(以下略)逆にSTSで特に目立った動きをしてないキャラが目立ってくるかもしれません。ちなみにサウンドステージXにはソル達はほとんど関わっていません。ほぼ原作の通りティアナとスバルとヴィヴィオ、それにナンバーズが事件に関わったけど“背徳の炎”の面子は誰一人として事件に介入せず、話を後日聞いた程度、くらいの認識です。この物語はあくまで『“背徳の炎”と魔法少女』というタイトル通り『ソルとソルに影響された少女達』をコンセプトにしてますので、まあタイトルに偽りはないかと……で、次は第二話になるんですが、その前にアギト視点での話を空白期2nd内に一つ入れようと思ってます。今回のお話にもある『アインハルトが教会に行ったらソルがシスター達とヴィヴィオとなんか異世界のスポーツやってる』という部分に当たります。題して『烈火の剣精と背徳の炎』。ではまた次回、なのですが、3月にヴィータちゃんで発売される魂生贄が楽しみ過ぎて来月中に更新出来るか不安です。キャラの名前はそのままGAHI!?でいくので、もしオンラインで出会ったら容赦無く生贄にするんで宜しくお願いします!!(代償魔法を使ってからくたばってねwww)あ、あとついでに、まどマギオンラインも地味にやってます。課金は絶対にしないと誓った身なので装備とか凄くしょぼいんですが。こっちはデルタ部隊の天才ブロンドの名前でプレイしています。では、今度こそまた次回!!!