ピンポンパンポーン、と館内アナウンスを告げる間の抜けた音が響き渡り、誰もが何事かとそれに耳を傾けた。『えー、ご来場の皆様に申し上げます。この後行う予定のBブロック準々決勝第一試合と第二試合ですが、出場選手が棄権した為、自動的にソル=バッドガイ選手が決勝進出となります。並びにAブロック準決勝は、先程のAブロック準々決勝第二試合が引き分けとなった為こちらも行われず、カイ=キスク選手の決勝進出となります』実況のセレナの声である。彼女の声に呼応するかの如く会場内の到る場所で空間ディスプレイが浮かび上がり、今大会の本選トーナメント表が映し出される。そこにはソルとカイを除いた全ての選手の名前それぞれに『棄権』や『敗退』、『引き分け』などの文字が上から塗り潰していく。『つまり、次の試合が実質的な魔法戦技大会の決勝戦となります。Aブロック代表のカイ=キスク選手対Bブロック代表のソル=バッドガイ選手。ちなみにお二人の戦いはこれから40分の休憩を挟んだ後、今までのような無人世界ではなくこの会場に特設されたリングの上で開始されます』案内はまだまだ続く。『勿論皆様が懸念されている通り、Sランクを凌駕しているお二人が戦えば周囲に甚大な被害が出てしまうのは明白ですが、元々この会場は公式魔法戦競技会や大規模な模擬戦闘が行われることを前提に建造された特設会場です。ご安心ください。優秀な結界魔導師を数十名動員した万全な態勢で試合を行いますので、皆様に被害が及ぶような事態は絶対に発生しません』自信満々な口調で言い切ると、彼女は最後にこう締め括った。『では、休憩後に行われる決勝戦、次元世界最強を決める最後の戦いにご期待ください』そして、ピンポンパンポーン、と館内アナウンスの終わりを告げる効果音。会場中の誰もがアナウンスを聞いてから暫しの間動きを止めていたが、次第に融けた氷が水となって流れとなり動き出すように人々はざわめいていく。あちこちで「マジかよ!!」とか「あの二人の試合が生で見れんの!?」とか「結界大丈夫かよ?」といった決勝戦に対する期待と不安が入り混じった会話が交わされる。40分の休憩を入れることもあり、ほとんどの者が立ち上がっては今の内にと言わんばかりにトイレや売店へと走る。周囲がそんな風にして騒いでいるのを見聞きしながら、ユーノは眼前の空間ディスプレイ――通信先で微笑んでいるグリフィス(運営委員の一人)を半眼で睨みながら口にした。「……要するに、そっちが言う『優秀な結界魔導師を数十名動員した万全な態勢』ってのを、僕一人で用意しろと?」『ユーノさん一人で、などと一言も申し上げてません。他の方々と協力して頂くというのであればそれはそれで構いません。報酬に関しては出来る限りのことをさせてください』微笑を絶やさないグリフィスの言い分を聞きつつ、ユーノは視線を正面のディスプレイから横の方――なのは達の方へと向ける。「つっても、僕以外完っっ全に出来上がってるからな~」ヴィータとアクセルを筆頭に、なのはとはやてとシャマルとアインとアルフは宴会か花見の席で酔っ払ったオッサンみたいにはしゃいでいるのだ。「飲ま飲まイエイ!」とか唄っているのが聞こえてくる。羽目を外し過ぎだ。こんな泥酔している連中に結界を張らせたら綻びや穴だらけになりそうで怖くて頼めない。「まあ、普通の“壁”としての結界じゃなくて空間を位相変化させるタイプか時間信号をズラす封時結界みたいな隔離系ならなんとかなるし、受けてもいっか」数秒考えてからユーノはあっさりグリフィスの依頼を承諾。「ちょっと行ってくる」と一言皆に告げ、詳しい打ち合わせをする為に席を外す。こうしてソルとカイの試合は無人世界ではなく会場で行われることが本決まりとなり――長いような短いような、不思議な感覚を味合わせる休憩が終わる。『では皆様、長らくお待たせいたしました。これより魔法戦技大会の、決勝戦を開始します!!』ついに時間が訪れた。実況の開始の言葉により会場中の観客が熱狂する。誰も彼もが腕を振り上げ歓声を飛ばす。中央の巨大モニターには左側にソル、右側にカイという風にバストアップの写真が出され、『SOL=BADGUY VS KY=KISKE』と派手なエフェクトに合わせて文字が浮き上がる。『紅蓮の炎と蒼き迅雷、果たして強いのはどっちだ!? 休憩中に集計した予想ではなんと5:5と互角の争いとなっていますが、これをどう見ますか?』実況の振りに解説の三人は「此処まで来たら予想なんて当てにならない」だとか「こればっかりは実際に戦ってみないと分からない」だとか「二人の戦いぶりから激しくなるのは予想出来るが結果までは……」と当たり障りのない台詞を返す。『予想が難しいというのを改めて認識したところで、いよいよ選手入場となります! まず青コーナーより、カイ=キスク選手の登場です!!』入場口から大量のスモークが吹き出したかと思えば、白煙を切り裂くようにして青いレーザーライトが会場全体に向けて発射され、その奥からカイが姿を現した。姿勢を正し、しっかりとした足取りで悠然とリングへ歩いていくその姿はまさに威風堂々。性別を超越した美貌は精悍であり、戦場へ赴く騎士の面構えをしている。盛大な声援など耳に入っていない程集中しているのか、観客席に応えることなく、歩みを止めることなくリングイン。そのまま赤コーナーに視線を固定し、宿敵が現れるのを待つ。『そして赤コーナーより、ソル=バッドガイ選手の登場です!!』青いレーザーライトが赤に変わり、カイが出てきた反対側の入場口からソルが出てくる。鋭い眼つきは正面からカイを捉え、獰猛な肉食獣のような気配を隠すことなく、封炎剣を肩に担ぎゆっくりとした歩調で進む。やはり性格からして声援などに応える気も無ければ聞く耳持たないのか、カイ同様立ち止まることなくリングインを果たす。『さあ、いよいよ今大会最後の試合が…………』セレナが途中で言葉に詰まってしまったのと同時に、彼女どころか先程まで歓声という音の洪水で満たされていた会場全体が僅か一瞬で静寂に包まれる。皆が皆口を噤み押し黙っていた。見ている者全ての緊張と興奮が最大限まで高まっていたのを無理やり抑え込んでいるような威圧感に気圧されたからだ。まだ試合前のトークは終わっておらず、開始の合図も鳴らしていない。だというのに、耳鳴りがする程の静寂を作り上げた二人は周囲のことなど我関せずとばかりに歩み寄ると、手を伸ばせば届く至近距離で立ち止まり睨み合う。「……」「……」嵐の前の静けさとでも言えばいいだろう。三万人以上の人間が集まった会場が、たった二人の戦士が放つ闘気に呑まれ、動きを止めていた。息苦しい緊迫感、瞬きすら許されない重圧、それらを生み出している二人の内片方――カイが沈黙を破るように口火を切る。「勝たせてもらうぞ、ソル」眼の前に立つ男に対し、カイは真剣な表情のまま勝利宣言を行う。その声は覚悟と決意を秘めた者にしか出せない声音であり、リング上に配置された集音マイクを伝って会場全体に響く。逆にソルは口元を吊り上げニヒルな笑みを張り付かせると、小馬鹿にするように鼻で笑い、ゴキリゴキリと音を立てつつ首を回しながら挑発めいたことを言う。「テメェに出来んのかよ? 『坊や』」これもまた集音マイクが声を拾って会場全体に伝えていく。ただでさえ空気が重いというのに、今の一言によって更に重くなっていく。そして膨らみ過ぎて破裂しそうな緊張という名の風船が、ついに破裂した。次の瞬間、突然カイが右手に握っていた剣を振るったのだ。開始の合図を待たず、不意打ちにも似た形でだ。銀光一閃、下段からの斬り上げがソルを襲う。しかしこれをソルは素早くバックステップを踏んで避ける。数メートル程度間合いを離すように退がり、赤いブーツの底を地面に擦りながら上空を見上げる彼の視線の先では、跳躍したカイが両手で握り締めた大剣を振り下ろそうとしていた。封炎剣を顔の高さまで掲げ、斬撃を受ける。鋼と鋼がぶつかり合う金属音が空間を揺るがす。上からの強襲を難無く防いだソルは、大剣を封炎剣で受け止めた状態でお返しに炎を纏った右の拳を振り上げた。掠っただけでも相手を一撃でノックダウン出来そうなアッパーがカイに迫るものの、彼は咄嗟に飛行法術を発動させると高速で後ろに退く。ソルの反撃がこれで終わるかと思ったらそれは大間違い。右のアッパーが避けられてしまっても左がまだ残っている。流れるような動作で右アッパーから左ストレートに繋げると、封炎剣を握ったまま放たれた左の拳から巨大な炎の渦が発生し、退がったカイに追い縋る。自身を呑み込もうと迫ってくる紅蓮の炎の塊。内包している破壊力は高層ビルすら一撃で粉砕する程のものだろう。それを正面に捉えながらカイは剣を高く掲げると、「はあああああああっ!!」裂帛の気合と共に一刀両断。真っ二つに斬り開かれた炎の渦は彼を避けるように左右へ別れ通り過ぎていく。剣技で見事に防いでみせたカイだったが、炎に追従するようにして踏み込んでいたソルが既に間合いを詰めていた。全身に炎を纏いながら、刀身が赤熱化し炎を噴出している封炎剣をカイの右肩から左脇腹まで両断するように振り下ろす。応じるようにして左足を軸に一回転、剣に雷の法力を宿し、遠心力を乗せた斬り上げで迎え撃つ。「砕けろ!!」「斬っ!!」炎と雷、それぞれの力を内包した大剣が激突し耳を劈く轟音が発生。純然たる破壊の力がぶつかり合い、それに伴って炎の赤と雷の蒼が視界を明滅させる。二人は返す刀で剣を幾度となく振るう。斬撃と斬撃が繰り返し衝突する。剣戟が奏でる曲は重なれば重なる程激しくなり、その度に鮮烈な光を美しく散らして見せた。更に二人は大胆に踏み込み、ソルの薙ぎ払いとカイの唐竹割りが鍔迫り合いとなる。交差する剣を隔てた状態で睨み合う。「おいおいどうした? こんなもんか?」「減らず口を……!!」此処でまた挑発めいた発言をするソルにカイが激昂し、二人は互いに後方へ跳躍して距離を置き、着地した瞬間踏み込んだ。ソルは封炎剣で地面を抉りながら、カイは剣を下段に構え切っ先を地面に向けながら高速で接敵、相手が自分の間合いに入ったその時、そのまま座り込んでしまう程の勢いで素早く屈み、「ヴォルカニックヴァイパーッ!!」「ヴェイパースラストッ!!」跳躍と共に剣を振り上げる。炎剣と雷刃が斬り結ぶ。激しい音と光を生み鬩ぎ合うが相手を押し潰すには至らず互角に終わる。ならばと二人は空中で体勢を次の攻撃へと移行。ソルは指の先から肩口まで炎を纏わせた右腕で右ストレートを放ち、カイは剣に雷撃を込め横一文字に薙ぎ払う。「吹き飛べ!!」「斬る!!」腹に響く重低音を生み出しながら激突する拳と剣撃。刹那の押し合いの末、両者共に反射するかのようにして後方へ退くことになるが、追撃の手を休める訳が無い。狙いを定め、手にした剣で撃つ。「ガンフレイムッ!!」「スタンエッジッ!!」逆手に持った封炎剣の切っ先を垂直に構え、炎の弾丸を刀身から生み出し正面のカイに向かって発射。両腕を交差させてから開く動きに合わせて大剣を振るい、斬撃に蒼雷の刃を乗せてソル目掛けて飛ばす。ぶつかった炎と雷は凄まじい衝撃波を伴いながら爆散するが、二人はそんなことなど気にも留めず、「タイラン――」「ライド・ザ・――」そのまま空中で次なる攻撃を繰り出す為に術式を構成。ソルは身体を水平にして、右腕を折り曲げ肘を前方に突き出し、左手に持った封炎剣を腰近くに添える。彼の正面に火属性を意味する法術陣が展開し、全身に炎が纏う。カイが大剣を右の肩に担ぐようにして構えると、彼を守るようにして十字架をモチーフにした幾何学的な紋章が浮かび上がり、やはり全身に雷を帯びる。「――レイブ!!!」「――ライトニング!!!」それぞれが自らを法力に身を包む突進攻撃が発動。一発の魔弾と化した炎と雷が正面衝突。その瞬間に発生した熱が周囲の気温を一気に上昇させ、不可視の衝撃波が空間を歪ませ、結界の中を暴れ狂う。そしてついに魔力が飽和状態となり、大輪が花を咲かせるようにして眩い光を輝かせながら魔力爆発が起こる。その余波に吹き飛ばされるつつも二人は猫科の肉食動物のようなしなやかさと身の軽さを以って何事も無かったかの如く着地。汗もかかず息も切らせず余裕の表情でカイを見据えるソルが、足元から火柱を発生させて、右手の親指を立てて自身の首を掻っ切る仕草をしてから下に向ける――サムズダウンを行った。「かかって来い。少し遊んでやるぜ、『坊や』」ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!カイに対するソルの三度目の挑発。これが観客にとって最高のパフォーマンスとなったのか、先程まで固唾を呑んで見守っていた観客達が、会場全体が突如沸き立つ。誰もが席を立ち歓声を上げる。熱狂が熱狂を呼び、狂ったように口笛を吹き鳴らし、腕を振り回してソルの名を叫ぶ。数秒もしない内にそれらはソルコールという大音量になって会場のボルテージを上げていく。しかしカイはそんな空気など一切構わず、自身の肉体に巨大な雷を落とし帯電すると、バチバチと放電しながら大剣を構え直す。「私を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……本気を出せ、ソル!!!」ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!年を幾つ重ねてもソルに対して感情的になってしまう彼が安い挑発に乗るような言い返し方をすることによって、観客のテンションは完全に振り切れる。盛り上がっていたところに追加で起爆剤がぶち込まれ、まるで会場自体が雄叫びを上げているかのような有様だ。ソルコールに負けるなとばかりにカイコールが発生した。HEAVEN or HELL雷光を従えたカイが稲妻のような速度で駆け出す。FINAL DUEL迎え撃つソルが封炎剣を地面に突き立て爆炎を生む。Let`s Rock最高潮の盛り上がりを見せる会場で、紅蓮の炎と蒼き迅雷、二人の聖騎士による決闘が始まった。背徳の炎と魔法少女 空白期2nd Battle×Battle×Battle Last Part Noontide発生してはぶつかり合って消える炎と雷、衝突を繰り返す紅と蒼。剣戟の音と共に空間が爆ぜる。休むことなく剣を振るい、激しく動き回り、法力を放出する二人。相手の攻撃を自身の攻撃で防ぐ攻防は熾烈を極めていく。「オラァッ!!」放たれるソルの喧嘩キック。彼の踵を剣の腹で受けた止めたカイが苦悶の表情を浮かべつつ後ろへ吹き飛ばされる。ザザザザーッ、と音を立てながらも両足でしっかり踏ん張るカイに、地面を抉り焦がしながら突っ込んでくる火柱が迫った。しかし臆することなく自身を囲むように緑色をした円形状のバリア――フォルトレスディフェンスを発動させ難無く凌ぐと、剣を持っていない左手を高く掲げてから振り下ろしソルの上空から雷を落とす。既に走り出していたソルはこれに対し地面に封炎剣を突き刺して強引に急ブレーキを掛けると、バックステップ、サイドステップを駆使し、まるで初めから何処に落ちてくるのか予知しているかの如く冷静さで次々と降り注ぐ雷を避けてしまう。そして間隙を縫って地面を蹴る。蹴った地面が砕けて足跡の形に陥没する爆発的な踏み込みはあっという間にカイとの距離を潰し、自身の剣が届く最良の間合いとなる。カイを相手に遠慮は要らない。ただ殺意を込めて薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げる。猛攻を凌ぐカイであったが、このまま防戦一方で終わる訳が無い。凄まじい形相でソルを睨みながら攻撃を防ぎつつ、反撃の糸口を探していた。ソルの攻撃は確かに激しいが、その面倒臭がりな性格故か単調で大振りで直線的で力任せだ。常軌を逸したパワーと爆発的な突進スピードに眼を奪われがちであるものの、カイの眼から見て隙が全く無いということではない。針の穴を通すような正確さを以って連撃の隙間を縫い、剣を振り抜く。狙いは胴。鋭い剣閃が右脇腹を狙う。ガッ、と鈍い音が響く。明らかに硬いものと硬いものをぶつけたような音の正体は、カイの剣がソルの右肘で受け止められていることによって発生したものであった。刃面を肘で受けたら普通はバックリ裂けてしまうものだろう。しかし常識を遥か彼方にすっ飛ばしている二人にとってはあまり珍しい光景ではない。何事も無かったように反撃を繰り出すソルに対し、カイは特に驚きもせずに距離を取って仕切り直す。(相変わらず一撃は軽いが、前にやり合った時より隙が無ぇし、何より剣が“キレて”やがる……強くなってるぜ)(以前から変わらぬ力押しの戦法。しかし僅かな隙も完璧にフォローする点は流石だ。なかなか切り崩せない)暫しの間、互いに相手のことを観察しながら思考する。眼の前の宿敵を打倒するにはどうすればいいのか? と。(しゃぁねぇな。この際だ、お望み通りもうちょっとだけ本気出してやるか? ユーノが結界張ってるなら、多少過激にしてもいいしな)(恐らく奴はそろそろペースを上げてくる筈だろう……一瞬の気の緩みが命取りになる)剣戟の音が止まぬ打ち合いから一転して距離を開けたままの睨み合いが続く。一定の距離を保ちつつ二人で円を描くようにゆっくり足を動かし、タイミングを計る。ジリジリと摺り足で時計回りに回るだけ、と傍から見ればそれだけであったが、この瞬間は二人にとって常人では到底理解出来ない壮絶な駆け引きの真っ最中だ。いくか?来るか?どうやって押し潰す?どうやって凌げばいい?この距離からやるか? それとももう少し間合い詰めるか?こちらから先に手を出すべきか? それとも様子を見ながら待つか?熱狂して叫び応援している観客達も言葉では表現出来ない緊張感を感じ取ったのか、またしても会場全体が沈黙に包まれる。はっきり言って、戦っている二人が纏う空気が会場の雰囲気を呑み込んでしまうような事態は、長い歴史を持つ管理局の『戦技披露会』でも初めての出来事である。それが同じ試合の内で何度も起こったとなると、きっとこれで最初で最後だろう。「……」「……!」静寂の中、封炎剣に込められている法力が急激に膨れ上がるのを感じてカイはソルが仕掛けてくるのを悟った。左手に握った封炎剣を背後に回す程に大きく振りかぶり、地面が陥没するくらいの勢いで一歩踏み込んで、「消し炭になれ!!」刀身が赤熱化し燃え滾る大剣の切っ先を地面に突き立てる。それによって発生した火柱は炎の津波と称されるべき巨大さを誇っていた。実際問題、ユーノが張った結界が存在していなければ会場が消し飛ぶレベルの大出力。結界内が炎で埋め尽くされる。世界を食らい尽くしてしまえる火竜の牙が、全てを蹂躙せんとばかりにカイへ襲い掛かる。並みの魔導師や法力使いにとって絶望的なまでの力の差を具体化した炎であった。内包された破壊力は街一つ灰にするだけでは済まないだろう。けれどもそれに真正面から立ち向かうカイにとって絶望とは馴染み深いものであり、更に言えば絶望を希望に変えることこそが彼の生き方である。ピンチにチャンスを見出すことは、物心ついた頃から生きる為に実施し続けていたことだ。確かにそれは巨大故に範囲も広い、大規模な広域殲滅であり逃げ場は無い。しかし範囲が広い“面”攻撃というのは、時に極限まで範囲を狭め集中させた“点”攻撃に容易く貫かれてしまうものである。広がる性質を持ち合わせた火属性であれば尚のこと。そしてカイが扱う属性は雷。法力五大属性の中で、“気”を除けば最も操るのに難しいと言われているそれは、一点に集中することが出来れば最も強い属性でもあった。「ライトニングスフィア……」声と共に剣を振るい、眼前の空間に一つの雷球を生成する。大の大人を数人纏めて巻き込める程の大きさを持つ雷球は、カイの意思に従って一瞬で握り拳よりも大きい程度のサイズにまで収縮、否、凝縮されていく。これでもかという程に内在するエネルギーを凝縮させた小さな雷球を、両手で握り腰だめに構えた大剣で、渾身の力を込めて突く。「……チャージドライブ!!」それは蒼く輝く一本の雷槍。細くて攻撃範囲が狭い代わりに先端の貫通力と攻撃力は凄まじく、迫り来る炎の大津波を見事に穿つ。穴は徐々に広がり余裕を持って潜れる大きさになった刹那、「グランドヴァイパー!」全身に炎を纏い、極端に体勢を低くしたソルがカイの雷撃を掻い潜り地面を抉りながら特攻を仕掛けてくる。その名の通りまさに地を這う毒蛇が如く、獲物に咬み付く為に猛烈なスピードで突っ込んできた。一気に間合いを詰めカイの懐へと潜り込んだソルが地面を這うような体勢から素早く上体を起こし、左手の封炎剣の柄でボディブローを放つ。「ぐっ!」なんとか剣の腹で防ぐカイであったが、防いだ瞬間あまりの威力に衝撃で足が浮き、たたらを踏む。至近距離で、ソルを相手に体勢を崩すという致命的なミスを犯してしまう。その僅かな隙を見逃すソルではない。更に一歩大きく踏み込んで、右の炎拳をカイの顎目掛けて下から上へ振り抜いた。「食らえ」火口からマグマが噴出すようにして爆炎が舞い、カイの身体は火達磨になりながらほぼ真上へ飛んでいく。この試合初のクリーンヒットにしてオープニングヒット。ついに捉えた、という感触が心地良かったのかソルの口元がニヤリと歪む。追撃をする為に屈み、跳躍する。人並み外れたジャンプ力を発揮して上昇していくカイに追いつくと、「サイドワインダー」空中という体勢が安定しない状態で右ストレートをぶち込む。当然、腕は先と同様炎に包まれ異常な威力を有している。拳がカイの左胸にめり込み、爆弾が爆発したかのような爆音が発生したかと思えば、カイの身体は爆発に巻き込まれたかのように地面と平行に吹っ飛んでいく。吹っ飛んでいった先はユーノが張っている結界。つまり壁。カイの身体は壁に勢いよく投げ付けたゴムボールが跳ね返ってくるかのような軌道を描いて、一番最初にアッパーを食らった場所まで戻ってくる。そこに、封炎剣を地面に深々と突き刺したソルが屈みながら待ち構えていた。「……ヴォルカニック、ヴァイパーッ!!!」一瞬の溜めを経て、地面に突き刺さっている封炎剣がまるでロケットの噴射口のように爆炎を吐き出して飛び立つ。それに合わせてソルも自ら跳躍し、燃え盛る剣をカイにお見舞いしてやった。そしておまけとばかりに踵落としを決めて地面に叩き落し、めり込ませてやる。一拍遅れて着地したソルが地面に伏したカイを見下ろす。無言のままゆっくり近寄ったその時、起き上がりざまに下段から斬撃が振り上げられた。封炎剣で防ぎ、弾き返すと一旦距離を取る為に背後へ退く。火達磨にされたおかげで服はあちこち焼き焦げ、黒い煙を放ってはいるがそれを身に纏うカイは未だ健在だ。むしろ攻撃を食らう前と比べてより気配が膨れ上がっており、瞳から見える闘志は激しく燃え上がっている。(まだまだ元気そうじゃねぇか)これからカイは我武者羅になって勝ちにくるだろう。自身の限界など知ったことかとばかりに攻めてくる筈だ。初めて会った時から数十年経過しても一切変わっていないそれが――かつてはあまりに鬱陶しくて苛立ちを覚えていた筈なのに――今のソルには堪らなく嬉しかった。そして二人の戦いは更に激しさを増していく。『ハイレベルな技術と駆け引きによって展開される今大会の決勝戦!! これまで幾度となく管理局にて披露されてきた“戦技の祭典”ですが、これ程までの熱狂を生んだのは初めてではないでしょうか!? 観客は総立ち、誰もが大声を上げエールを送り続けています。しかし最も熱いのはリングで死闘を演じている二人の騎士!! 両者共に剣を振るい魔法を放つことを休みません!! 男としての意地か!? 魔導師としてのプライドか!? 互いに譲らない激しい攻防!! 繰り返される攻守交替劇!! 二人の気迫が会場全体を震わせているかのようです!! なんという、なんという好勝負!! 次元世界最強を決める最後の戦いに相応しいこの死闘の行方は果たしてどうなるのか!? 眼の離せない決闘はまだまだ続くぅぅぅぅぅぅっ!!!』完全に興奮状態と化した実況の叫びを聞きながら、ユーノは羨ましそうに呟いた。「ああ……僕もお酒飲みながら試合観戦したかったなぁ」会場の特設リングを覆う形で展開したユーノの結界。見た目は透明度が高いただの壁としか思えないような代物であるものの、それは魔法と法力を組み合わせた複合魔法で構成されており、空間の位相をずらすことによって隔離された世界を形成している。可視光線は通すので結界の外から内を肉眼で捉えることは出来ても、物理的な意味で内外から干渉することは出来ない。つまり、外側から覗くことは可能でも内側から炎や雷が飛んでこない訳で、観客達は二人の試合を命の危険を晒さず間近で堪能出来るのだ。この盛り上がりの影で自分一人が苦労して結界を張っていると思うと、なんとなく『感謝しろ畜生!』と喚きたくなってくる。週末に休日を謳歌している人達を僻むサービス業の人間の心境だ。そんなユーノの内心など欠片も気にせず、というか気にする余裕が皆無なグリフィスがソルとカイの戦いから視線を外さず、蚊の鳴くような声で呻く。「本当に、凄いです。まさかソルさん相手に此処まで戦える人がこの世に存在していただなんて……」今大会の運営委員も兼任しているグリフィスの傍には、他にも懐かしい顔ぶれが揃っていた。ルキノ、アルト、シャーリーなどは彼同様運営委員と聞いている。レティもだ。普段着で明らかに運営委員じゃなさそうなヴァイスと彼の妹のラグナが居たりするが、まあ自分達と同じコネのVIP扱いなんだろう。「彼らの故郷は色々と狂ってるからね。こっちで言う高ランク魔導師に匹敵する実力を持つ人って結構ゴロゴロ居るみたいだよ。人型兵器の群れを素手で蹴散らすただの料理人とか、槍みたいなメスを武器にして戦った相手を治療する医者とか、そういう訳分かんないのが居たって話」あくまでソル、カイ、スレイヤー、アクセルから聞いた話なので流石にそこまで酷いとは本気で思ってない。『木陰の君』やイズナ、Dr,パラダイムのような常識人も勿論存在してい……あれ? カイには失礼だが純粋な人間でまともなのが一人も居ないぞ? …………ま、まあ、彼らの知人友人がどいつもこいつも奇人変人だっただけ、というのは否定出来ない。類は友を呼ぶって言うし。最早言葉もないのか、グリフィス達はノーコメント。「キャッ!!」次の瞬間、女性の悲鳴が近くで上がったと思ったらシャーリーだった。どうやらカイが振り抜いた剣をソルがまともに食らって吹き飛ばされたことに対してのものらしい。鋭い雷撃を受け壁に磔にされたかのようなソルにカイが追撃しようと肉迫するが、逆に殴り返されて地面に転がっていく。しかしすぐさま立ち上がり反撃に移る。「お互いダメージ食らうようになってきたか」ソルの赤いバリアジャケットが斬り裂かれ、弾け飛ぶ。カイが額に装着した王冠にヒビが入り、砕け散った。それでも二人は止まらない。知ったことか言わんばかりに眼前の敵に襲い掛かる。まるで己の激情をぶつけ合うように雄叫びを上げながら。「いつものことだけどカイさん頑張るなぁ。ソルもソルでマジになっちゃてるし……」ギアの力を解放したソルの真の実力に、カイが遠く及ばないことをユーノは知っている。全身全霊で戦っているカイとは大きく異なりソルは“全力で”戦っている訳では無いが、カイに対してだけは“本気で”戦っていることをよく理解していた。そして『坊や』だ『小僧』だと普段からなんだかんだ言っていたソルだが、実際は誰よりもカイを認めていることを知っていた。(だって、表情が僕達と戦ってる時と全然違うよ)本当に、嬉しそうだ。あんなに心の底から楽しそうに、笑いながら戦うソルなんて滅多に見れない。本人に言ったら全力で否定するだろうけど。彼にとって、カイ=キスクという『人間』はそれだけ特別な存在なのだろう。『人間』でありながら『ギア』のソルに挑み勝とうとする、それがどれ程無謀なことか本人が一番理解している筈なのに。いや違う。カイが勝とうとしているのは『ギア』ではない。ソル=バッドガイという一個人、一人の男性、一人の戦士に勝ちたいのだ。愚直に戦うその様はとても諦めが悪く感じると同時に、とても眩しく見えて、とても人間らしく見えて、好ましく思う。何か、忘れてしまった大切なものを思い出させてくれそうな、そんな気がする。言葉として上手く表現するのは難しいが、とにかくそんなカイを素直に尊敬してしまう。(僕もカイさんみたいにもっと精進しなきゃな)心の中で決意を新たにし、二人の戦いを見届けることにした。すれ違いざま、カイの剣がソルの胴を薙ぐ。ダメージに顔を顰めながらも振り返り、力任せに封炎剣を叩き付け、体勢を崩したそこへ右ボディブローをくれてやる。車に轢かれた子どものように吹っ飛ぶカイを追うソルに、蒼雷の刃が突き刺さった。吹っ飛ばされながらもカイが雷撃を放ち、見事にそれが命中したのだ。一瞬動きを止めたソルに対し踏み込み一気に間合いを詰めると大剣を両手で握って振り下ろす。僅かに反応が遅れながらも封炎剣を斬り上げる。もう何十回目になるか分からない炎剣と雷刃の衝突。弾かれる鋼と鋼。轟音が鼓膜に響くのを全く気にせず、握った剣に法力を込めて何度も何度も振り回した。剣戟の音が重なり、それに合わせて動く二人はワルツを踊るようだ。飛散する炎と雷が派手な演出となって彩っていく。やがて二人の間で巨大な炎の渦と雷球がほぼ同じタイミングで発生し、互いを食らい合いながらそれぞれが内包したエネルギーを爆裂させた。不可視の衝撃波から身を守る為、純粋に距離を取る為に二人は一旦後ろへ退くが、離れても引かれ合う磁石のように真正面から吶喊し、剣と剣が交わる。何度も同じような展開を繰り返してしまった結果、学習能力の高いカイがついにソルの隙を突くことに成功してしまう。「見切った!」剣を振り抜き身体が開いた僅かな隙を狙って、カイの大剣がソルを逆袈裟に斬り裂く。純粋な剣技ではカイの方が一枚上手、という事実を改めて再認識しなければならない瞬間だ。よろけてしまうソルへ、カイが一瞬背を向けるようにして小さく跳躍し空中で身体を捻りながら剣を唐竹割りに振り下ろす。「グリードセバー!!」顔を上げたソルのヘッドギアに雷刃が叩き込まれ、大柄な体躯は一度地面をバウンドしてから数メートル浮き上がった。引力に従って落ちてくる前にその真下に滑り込むと、大剣を下段に構えて屈み、跳躍と共に振り上げる。「ヴェイパースラストッ!!」そのまま空中で振り上げた剣を今度は横に薙ぎ払い、ソルを斜め下方向へ弾き飛ばし、結界の壁に激突させ磔にした。着地したカイはそこから更に追撃する。左腕を高く掲げてから振り下ろす一連の動作で法力が発動し、上空から落雷が降り注ぎソルを貫く。「……野郎、調子に乗りやがって」バリアジャケットがズタボロな状態に構いもせず、ソルが爆炎を纏って飛び出してくる。斜め上という上空から、右の炎拳をカイに向かって振り下ろす。これにカイも応じる形で迎撃にしようと剣を振り上げる。炎拳と大剣がぶつかり、拮抗し、弾かれるように両者共に後方へ退くことになった。また間合いが離れ、それを良しとしない二人がまたしても踏み込み衝突を再開した。前任者、クリフ=アンダーソンがスカウトした新団員がどんな人物なのか。当時の自分がソルに初めて会う瞬間を楽しみにしていたのを、今でもよく覚えている。一騎当千と謳われ、ドラゴンキラーという二つ名を轟かせている英雄の前団長が直々に聖騎士団に迎え入れた程の人物だ。きっと、クリフ同様にとても強くて正義感に溢れた、敬愛すべき人物なのだろうと勝手に想像していた。しかし、実際の人物は眼つきの悪いチンピラのような男だった。そして見た目通りのチンピラのような性格だった。まず相手に対して敬意を払わない無礼な態度。クリフに対しては『爺さん』呼ばわり、自分に対しては呼称が『小僧』である。命令無視も当たり前で、ギア出現の警報が鳴り響くと勝手に一人で行ってしまう。規律とモラル、何よりチームワークを大切にする騎士団内で一人だけ浮きまくっている存在。この男は団内の和を乱す、即刻排除しなければならない、常々そう思っていた。が、その戦闘能力だけは誰もが認めざるを得ない程強大で。常に一人で行動するソルの元へ駆けつけた頃には、既に戦闘が終わっていることが多い。紅蓮の炎に包まれ焦げていくギアの死屍累々。その中心、一際巨大なギアの死体の上で、何処か遠くを見つめるような眼差しで静かに腰掛けていたソルの姿。悔しい話、ソルの力は騎士団にとって失う訳にはいかないもの。けれどもクリフを除き、誰もがソルの存在をどう扱えばいいのか困っていた。どう接すればいいのか分からないし、そもそもソル本人が団体行動を嫌って常に一人で居た為、団員達は接しようが無かった。だからこそ自分が何とかすべきだと考えた。団長である自分が部下の一人であるソルを何とかしなければ、と。『目障りな小僧だ……潰すぞ』やはりと言うかなんというか、案の定口論になり、挙句の果てには剣を交えた戦闘へと移行し、結果惨敗する破目になる。まだ若く、若さ故に物事へ熱くなり易く、熱くなってしまうが故に視野狭窄だった当時の自分は、初めて敗北を味わって以来ソルをライバル視するようになり、執拗にソルに付き纏うようになり、事ある毎に衝突するような関係になっていた。口論の切っ掛けは常にソルのぶっきらぼうな態度や言動が原因だったが、先に手を出すのはいつも感情的になった自分の方だった。今にして思えば、当時の自分は単純に認めて欲しかったのだ。頑なに一人で在ろうとするお前の隣に自分は立つことが出来るのだ、足手纏いではない、お前と共に戦うことが出来るのだ、と。(結局、あの時から数十年経た今でも、私は未だにお前に認めてもらえないままだ)どんなに強くなっても、どんなに多くの試練や苦難を乗り越えたとしても、ソルの中で自分は『小僧』であり『坊や』でしかない。ソルに勝たない限り彼に認めてもらうことは出来ないと思っている。だったら勝てばいいのだ。認めてもらうには彼に勝つしかない。それがどれ程難しいことであろうと、『ソル=バッドガイ』という存在が『カイ=キスク』にとって越えなければならない巨大な壁として聳え立つのなら、己の全てを懸けて打ち勝つしか道は残されていない。だから――カイという人物は、初めて会った頃は『やけに突っ掛かってくる鬱陶しいガキ』でしかなく、ストレスの源と言っても過言ではなかった。大したことない実力の癖に吐く言葉は青臭い正義のことばっかりで、とんだ甘ちゃん坊やでしかなく、聖騎士団の人手不足に皮肉めいた同情すら感じたくらいだ。そもそも聖戦時代の自分は今のように余裕がある訳では無い。聖戦中なので当然ジャスティスは生きており、“あの男”の行方も知れず。ままならない現状に常日頃から苛立ちを覚えていたのだから。聖騎士団に入団したのも、手っ取り早くギアの情報が入るから、というだけの理由。そのようなメリットが無ければ、一体誰が好き好んであんな規律が厳しくて戒律的な修道院のような組織に入るものか。故に、封炎剣をかっぱらって(本当はクリフから譲り受けて)騎士団を脱走し、もうこれであのガキの面を見なくて済むと思うと、正直清々した。だが、聖戦が終結した後も、自分が思っている以上にカイはしつこかった。決まり文句は『決着をつけるぞ』だ。もうとっくの昔に決着なんぞつけてやったというのに。これってストーカーなんじゃなかろうか? と真剣に考えてしまうくらい、奴は自分の前にちょくちょく現れては戦いを挑んできたのだ。徹底的に打ちのめしてやっても全く諦めないし、かと言ってわざと負けてやると『私では、不服なのか!?』と怒り出す始末。はっきり言って質が悪い。そんな奴が変わり始めた切っ掛けは、第二次聖騎士団選考大会でジャスティスが死んだ瞬間で間違いないだろう。この瞬間から、奴の価値観に揺らぎが生まれたのだ。正義=人間、悪=ギアという価値観が。それからのカイの成長は目覚しかった。ジャスティスの死後、一人のハーフギアの少女と出会ったのがやはり大きな影響となったようだ。自身に対する態度は相変わらずだったが、今まで盲目的に信じてきた正義とは一体何なのかと疑問を抱き、迷いながらも答えを探し続けた結果――『成すべきことを成す為に来た』勝負を挑んできたあの時の顔は、最早坊やでも小僧でもない、一人の男ものだった。迷いを振り払い答えを見出した、とても良い面構えをしていたのをよく覚えている。奴を『カイ』と名前で呼んでやるようになったのはその時からであり、つまりはそれはカイを一人前の男として見るようになったことと同義だった。かと言って、そのことを面と向かって伝えてやろうという気は更々無い。いくらなんでも気恥ずかしいし、何よりカイの為にならない。もし認めていることを知られてしまえば、きっとカイは満足してしまうからだ。人間は貪欲に求め続けるからこそ突き進むことが出来る。満足してしまえばそこで歩みは止まり、また次へと進むことは難しいだろう。止まらなかったとしても、その所為で動かしていた足の速度が僅かに緩んでしまうのは、こっちが喜ばしくない。人類とギアの共存。妻と息子の為に掲げた理想。その理想を現実のものにする為に、決して現状に満足してはいけないし、僅かでも足を止めることは許されない。奴はそういう立場の人間であり、そう在ることを自ら望み、課した。これまでの過去も、今も、これからの未来も、いつだって『ソル=バッドガイ』という存在は『カイ=キスク』にとって『いつか必ず勝つ目標』でなければならない。もう二度とわざと負けたり、あしらうような真似はしない。事情により全力は出せないが、奴が満足するまでとことん付き合ってやろうと思っている。(まあ、一人の男として認めてやってる以上、俺も一人の男として勝たなきゃならねぇしな)だから―――((だから!!))剣と剣が交差し、アルファベットのXを描く。鍔迫り合いの状態で睨み合いながら、二人は魂の奥底から叫ぶ。「ソル!! 今日こそお前に勝ぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!」「負ける訳にはいかねぇんだよ、テメェにだけはな!!!」運命の女神から戦うことを宿命づけられた二人の対決は、もう間もなく終幕だった。――やがて。離れた間合い。肩で大きく呼吸をしながら肺の中に少しでも多くの酸素を取り込もうとするカイは、自身の限界が近いことを悟り、勝負に出た。(この一撃に私の全霊を込める)両手で大剣を握って構え直し、最大出力で雷を練り上げる。文字通り自身のありとあらゆる力を捻り出し、雷として顕現する。蒼い稲妻が空間を走り、まるでカイを守るようにして周囲に激しい放電現象が発生しては閃光を散らす。「フルパワーだ!!」そう宣言したカイの覚悟を見て取ったソルも、どう転んでも次の攻撃で決着がつくであろうことを察すると、足元から巨大な火柱を生み出し全身に炎を纏う。「終わりにするか」右手を地面につけて屈み込み、獲物に飛び掛る寸前の肉食獣のような低姿勢となる。その背中と腰部分にそれぞれ紅蓮の炎で構成された翼と一本の尻尾が顕れた。ガコンッと大きな音を立てて封炎剣の鍔部分のギミックが展開し、刀身がかつて無いくらいに赤く輝き炎を噴出。リングの上を炎が猛り、迅雷が迸り、膨張した闘気が会場全体に伝播し、もう何度目になるか分からない静寂が世界を包む。見る者全てに瞬きすら躊躇わせる緊張感が十秒という僅かな時間を支配した。静寂を破り、先に動いたのはソル。「ナパァァァム――」竜の咆哮と勘違いさせるような叫び声を上げ、地面を蹴り、超低空飛行の状態でカイに迫る。しかしカイもほぼ同時に動いていた。腰だめに構えた大剣をソルに向かって真っ直ぐ突き出そうとした。「ライジング――」一瞬で間合いが詰まる。ソルとカイ、紅蓮の炎と蒼き迅雷が今大会で最大規模の出力で正面から激突する。「――デスッ!!!」「――フォォォス!!!」そして、眼を灼く程に強い光が生まれ、会場全体を満たしていく。握っている柄の部分を残して粉々に砕け散った大剣。それは見つめながらカイは、これが封雷剣だったら結果は違っていたのだろうか? と彼らしくない負け惜しみのような思考を働かせてから溜息を吐いた。いや、そうではないと彼はかぶりを振ってその考えを追い出す。ただ純粋に――「まだ、届かないのか……」精根尽き果て前のめりに倒れ込む。「ハッ、何言ってやがる。そんなことねぇよ」そんな彼を見下ろしながらソルがうんざりとした口調で吐き捨てたその時、ガラン、ガランと渇いた音が響く。ソルが額に装着している赤いヘッドギアが、中央から真っ二つに割れて落ちた音だ。ついでに髪留めの黄色いリボンも解けてしまったのか、腰まで伸ばした長い黒茶の髪がバサッと広がった。「テメェの剣……確かに届いたぜ」――やるじゃねぇか。意識が完全に途絶えるその前に、カイの耳にはソルの賞賛の声が聞こえた気がした。『この瞬間、ついに死闘にピリオドが打たれました!! 第一回魔法戦技大会の覇者は、ソル=バッドガイ選手だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』大会が終わって数時間後、ソル達は打ち上げをするということになって、皆で地球――海鳴市の月村家に移動した。「そういう面白そうなイベントやってたんなら、最初っから呼びなさいよ!! ソルの馬鹿!!」「でも、久しぶりに会える人がたくさん居るからソルくんに貸し一つ、ということで許してあげる」「こっちで打ち上げしようっつったのはヴィータだし、俺を大会に強制参加させたのはザフィーラだ……文句ならあの二人に言え」憤慨するアリサと、微笑みながら交換条件を出してくるすずか。二人の態度に眉を顰めることになったが、打ち上げ会場としての場所提供、酒や食い物などの用意は快く引き受けてくれた。こういう時、本物の金持ちってヴィータと違って懐深いなとソルは思う。高町家から士郎、桃子、美由希がぞろぞろ集まってきたし、転送魔法でドイツから忍と恭也をアルフが連れてくる。イリュリア連王国からもアインが『木陰の君』、Dr,パラダイム、イズナを連れてくるし、スレイヤーも自身の妻であるシャロンを呼び出す。「それにしても、何だこの人数……?」知らず口から漏れる独り言。ざっと見て六十人は超えている。自分ん家の身内、地球に住んでる連中、“あっち”に住んである連中。ヴィヴィオの友達、管理局、聖王教会、Dust Strikersで特に親しい者達だけを連れてきただけの筈なのだが。こんなに知り合い居たっけか? と首を捻りながらも、まあいいか、ということで気にするのをやめた。明らかに見た目が人間じゃない奴(Dr,パラダイムとか)は、魔法文明出身の連中から見たら魔法生物か何かなのだろう、と思われたようでこちらも特に気にする必要は無さそうだ。「よおおおおおおおおおおおし! 乾杯すんぞ乾杯!! アタシの懐が温まったことと、ソルのおかげで我が家に賞金4億3千8百6十9万が転がり込んできたことに、かーんぱーい!!!」ヴィータの乾杯の音頭。皆が揃って杯を掲げて飲み干していく。勿論未成年者はジュースだし、下戸や聖職者も存在するので全員が自分の飲みたい飲み物を口にしている。「あいつら……たまには静かに酒飲めねぇのかよ」この打ち上げの主役でありながら、流石にこれはいくらなんでも騒がしいと感じて、ちょろまかした酒瓶を手に一人コッソリ端っこへ逃げるソル。そこへ、同様の理由で逃げてきたのかカイが隣にやってきた。「凄いな、此処は」「慣れたもんだと思ってたが、この人数じゃ正直うるさくて敵わん」「そういう意味で言ったんじゃない」「ああン?」会話が噛み合ってないことに訝しんだソルがカイの顔を覗き込むと、彼は眩しいものを見つめるように瞼を細めて喧騒に優しい視線を注ぐ。「“此処”には私の理想がある。集まった人々は皆、住む世界が違う、人種が違う、そもそも人間ではない者も居る……だが、皆が皆、楽しそうに笑っている」言われて、ソルも喧騒を眺めてみた。人間が居る、生体兵器ギアが居る、魔導プログラム体が居る、吸血鬼が居る、妖怪が居る、タイムスリッパーが居る、戦闘機人が居る、レリックウェポンが居る、クローン人間が居る、人間かどうか最近怪しい者達が居る。カイの言う通り住む世界も違えば種族も違う。不老不死とかやたら長寿の連中とかも居るので生きてきた時代すら違うし、そんなことを言い始めたら何から何までが違う者達の集まりだ。しかし、此処には争いなど存在せず、誰も彼もが自分と相手が違うことになど一切気にも留めていない。「この光景を見て、再確認させてもらった。私が作りたい世界は“これ”なんだ。“これ”を世界中に広めていきたい。“これ”を作る為に今まで生きてきた。そして、これからもずっとそうやって生きていくんだ」瞼を閉じ、胸に手を当て、祈るような仕草をするカイ。そんな彼に対してソルは何か言おうとして結局何も思い付かず、肩を竦めて呆れたように言ってやった。「相変わらず青臭ぇなテメェは。カイ、このセリフを俺に何回言わせるつもりだ?」「何度でも言わせてやるさ。勿論、私が死ぬまでな」「テメェのことだからマジであり得そうだな」やれやれだぜ、ソルは溜息を吐くと手にしていたグラスに酒を注ぐ。「じゃ、乾杯でもするか。青臭ぇ連王国国王様が理想の世界を作れることを願って」カイのグラスにも注いであげると、彼は微笑を浮かべてグラスを高々と掲げてみせる。「なら私は、この理想の世界に住む皆の笑顔が少しでも長く続くことを願って」ソルもつられるようにしてグラスを高く掲げ、グラスとグラスをぶつけて澄んだ音を立てた。――乾杯っ!その後、二人は乱痴気騒ぎに巻き込まれて色々と酷い目に遭うのだが、それはまた別のお話。オマケ大会から一ヵ月後。ソルは肩の上にフリードを乗せ、とある店へと向かっていた。店と言っても非合法な物品を扱ってるヤバイ店だとか、ヤクザの隠れ蓑になってるフロント企業という訳でも無い。至って普通の、何処にでもあるペットショップだ。では何故ペットショップなのか? 答えは肩に乗っているフリードが鍵を握っている。店の前に到着し、自動ドアが開き足を踏み入れると、店内の奥に鎮座しているレジカウンターの方から人の良さそうな中年の男性が「いらっしゃいませー」と声を掛けてくる。この店の店長であり、ソルとは顔馴染みだった。レジまで近付き、「いつもの」と口にすれば「はい、いつものね。毎度」と返事があって店長は一時的に店の奥へと引っ込む。「キュ、キュッ、キュキュ」「あーもー、落ち着け」ペットショップ店内に入ってテンションが上がってきたのか、ソルの肩から頭の上へと登ったり降りたり飛んだり跳ねたりする小竜に注意してみるが聞いちゃいない。この段階になればソルが何しに来たか誰でも分かるだろう。彼はフリードやザフィーラ達の為に新しい玩具やペット用お菓子を買いに来ているのだ。「はいお待たせ。こっちの袋に入ってるのがザフィーラさんとアルフさん用で、こっちがユーノさん、最後のこっちがフリードちゃんだ」「ん」「キュックルー」待ちきれないのかフリードがソルと店長の周囲をパタパタ旋回する。その様子にソルはやれやれと溜息を吐きながら支払いを済ませた。「じゃあ、また頼む」「はいよ、毎度あり」此処までなら、いつもの日常風景の一コマとして過ぎ去ったであろう。しかし、生憎と今回は少しいつもと違う。否、もっと正確に言えば、数週間前から『いつも』とは違うことをソルと店長は互いに自覚している。「……旦那、いつまでその格好でいるんだい? もうそろそろ一ヶ月くらい経つんだから、戻そうと思わないの?」そして口火を切ったのは店長。踵を返し店を出ようとしたソルに躊躇いつつも声を掛けた。「もういいと思うか?」対するはソルは肩越しに振り返り何処か訝しむ表情。「いいでしょ」「だと良いがな」うんざりした口調で言うソルの格好は、はっきり言ってしまえば『ソル=バッドガイ』の姿ではなかった。正しくは『フレデリック』なのである。腰まで届く黒茶の長い髪は、現在一本残らず灰のようにくすんだ銀髪である。血のように赤い真紅の眼は、快晴を思わせる青になってしまっていた。トレードマークになっているポニーテールも今はしておらず、バラけないようにリボンで先端を結んだだけの髪型。おまけに銀縁眼鏡も装着している。この姿は、眼鏡と髪型を除けばギアになって髪と眼の色が変色する前の人間――フレデリックの姿なのだ。どうして彼がこんな2百年以上前の昔の姿で街を出歩いているかというと、原因は先の魔法戦技大会で優勝したことである。全ての元凶と言っても過言ではない。ありとあらゆる情報媒体を通じて次元世界中に配信された魔法戦技大会の映像は、予想を遥かに上回る形で彼の生活に支障をきたした。まず一つ目。有名になり過ぎてしまった所為で、何処に行っても好奇の視線を集めてしまうこと。ド派手な戦い方とは裏腹に、ソルは目立つのが物凄く嫌いだ。しかし、予選から決勝戦までに見せた戦いの数々は見る者に多大な衝撃を与え、必要以上に『ソル=バッドガイ』という存在を印象付けていた。普段なら他人の視線や周囲の目など気にも留めたことないのだが、流石に道行く人全てから視線を浴びせられると具合が悪い……特に女連れて歩いてる時とか。二つ目。ティアナの奮闘により、弟子にして欲しいと願い出る若者が続出したこと。大会当時、ソルとティアナの関係が世間に公表されてしまったので、そういうことを言ってくる輩が後を絶たない。とりあえず諦めさせる気満々で、聖王教会騎士団にて教導のバイトをしている『大魔王なのは』と『ベルブリザードのはやて』の下へ行くように促し、地獄への片道列車に乗せているが……それも段々面倒になってきたからだ(いくらなんでもやり過ぎたか、と良心の呵責はある)。だからこそ彼は、変身魔法を応用し髪と瞳の色を変え、銀縁眼鏡を装着し、髪型も変えて外に出る。髪の色、瞳の色、髪型がそれぞれ違うこと、そして眼鏡とくれば魔法戦技大会で猛々しく戦っていた『ソル=バッドガイ』とはガラリと印象が異なり、他人の空似で済ませることが可能だからだ。ソルが変装して外出することに、当初は「ポニーテールじゃないと、うなじが見えない噛み付けない」だとか「今まで私とお揃いのヘアースタイルだったじゃないか!?」だとか言って渋っていたなのは達であったが――いざ変装してみると「幻のフレデリックモードキター!!」とか「いつものワイルドな感じとは少し違うインテリな感じ……これはこれで……ゴクリ」とか「ドSな鬼畜眼鏡……い、いじめてください」とか「私とソルで銀髪夫婦……ツヴァイと三人で銀髪親子……フフ」とか「た、たまには髪を下ろしてみるのも、その、良いな……色っぽい」とか、割と好評……好評どころか大絶賛で、家の中での呼び方すら『フレデリック』に統一される始末。人間だった頃の時間よりギアとしての時間が長い本人としては、なのは達の評価を喜ぶべきなのか嘆くべきなのかどうなのか複雑な心境。『要するにキミ達はソルならなんでもいいのね』と言ったユーノの台詞が的を射っていた。ちなみにフェイトとシグナムに関しては、「大会に出てからナンパされなくなったよ! やったね!!」や「街中で歩いていても鬱陶しい男が寄ってこなくなったので助かっている」というようにプラスに働いているらしい。とにかく、これにより外出する際は気兼ねなく出掛けられるようになったが、外に出なくても面倒な問題は存在する。デバイス工房を経営していることも知られているので、デバイスを作ってくれと言われること。これがまともな客であるならそれなりの対応をさせてもらうのだが、軽い気持ちで店に顔を出しノリで言ってきたり、何か勘違いした金持ちボンボンの馬鹿が高慢ちきな態度で注文してきたり、と職人気質であるソルとヴィータをいとも容易くキレさせる迷惑な客が増えたことだ。出てけ、二度とこの店に面を出すな、と追っ払った連中は結構多い。そんなこんなで大会を終えて一ヶ月、騒がしかったり面倒事があったりでかなり大変な日々を過ごしていたのだが、店長が言うようにほとぼり冷めてきた気がするので、元に戻してもいいのかもしれない。「……クイーン」<了解>少し考える仕草を見せてから、心が決まったのか愛機に命じて変身魔法を解除。瞳の色が青から赤、髪の色が灰銀から黒茶に戻る。髪がバラつかないように先端だけ結っていたリボンも一旦解き、いつものポニーテールに結い直す。最後に銀縁眼鏡を外すと、いつものソルの姿がそこにあった。<やはりマスターはそのお姿が一番お似合いです>「ま、昔の姿は嫌いって訳じゃ無ぇが、こっちの俺の方が付き合い長いからな」気を利かせた店長が何処からともなく手鏡を取り出し貸してくれたので、ありがたく借りることに。クイーンと会話しつつ前髪を弄る。よし、バッチリだ。満足したので手鏡を店長に返却したその刹那、「にゃああああああああああああああああああああああ!!??」年若い女の子の可愛い悲鳴がペットショップ店内に響く。「ああン?」「ん?」「キュ?」<はて? 何事でしょう?>ソル、店長、フリード、クイーンの順番でそれぞれ頭の上にクエスチョンマークを浮かべ(クイーンに頭とか無いけど)、声の発信源へと身体ごと向き直れば、そこには一人の少女が居た。地球で言うセーラー服に酷似した学生服を着用している点からして、学生なのだろう。年齢はツヴァイ達と同い年くらいに見える。ペットショップの入り口で、ソルのことを指差しながら固まっていることさえ除けば、普通の近所の学校に通う女学生だろう。「しょ、しょりゅ……ば、ばば、どがい……!?」顔を真っ赤にさせ、非常に緊張した様子と蚊の鳴くような声でよく分からない言語を呟く。どうやら上手く舌が回らず噛んだ為、変な言葉を発したようだ。そのことがまた恥ずかしかったのか頬を更に紅潮させている。「?」まさか『ソル=バッドガイ』と言おうとしたのだろうか?言えてねぇぞ、とソルが指摘する前に少女は「ふにゃあああああああああああ!!」と尻尾を踏まれた猫のような叫び声を上げて向きを変え、ダッシュで店の外へと消えていった。「悲鳴上げられて逃げられるなんざ初めてだぜ……変質者扱いされたみたいで流石にへこむぞ」「あの娘、ウチの店によく遊びに来る娘なんだけど、あんな態度初めて見るなぁ」「キュー」<変な娘でしたね。そういうお年頃なんでしょうか?>店内に気まずい空気が漂う中、とりあえずソルはもう暫くの間『フレデリック』の姿で居ようと心に決めるのであった。ハリー・トライベッカは早鐘のように鳴り響く心臓に手を添えつつ、今さっき自分が逃げ出してきたペットショップで出会った一人の男性のことを思い出す。(うわ、うわああ! 本物だよ、本物のソル=バッドガイ選手だった!!)ストライクアーツに携わる一人の格闘家として、一ヶ月前の魔法戦技大会は当然のように見ていた。話を聞いた時は仲間達と物見遊山気分で会場に赴いたのだが、そこで見てしまった戦いは想像を絶するものだった。自分と同じ炎熱変換持ちである紅蓮の魔導師、ソル=バッドガイ。彼の戦いぶり、出で立ち、強さ、全てに強烈に憧れた。圧倒的な強さで予選を勝ち抜いた時、本選で相手選手を秒殺した時、そして決勝戦でカイ選手と死闘を繰り広げていた時、一瞬たりとも彼から視線を外すことが出来なかったのだ。今でも大会の試合は毎日欠かさず何度も繰り返し見ている。それ程までに試合中のソルがハリーに与えた衝撃は強かった。まさかこんな所で偶然出会えるとは予想していなかったので、彼の姿を認めた時は舌どころか思考すら上手く回らず、いきなり叫んで、思わず名前を呼ぼうとして舌を噛み、挙句の果てには逃げ出すという醜態を晒したのである。(……さ、最低だ……絶対に変な娘って思われた)思い返してみると、ソルと出会ったことにより振り切れそうだったテンションが一気に底辺へと落ち込む。暫しの間ズズーンと沈んでいたのだが、すぐに持ち前の切り替えの早さと明るさが顔を出し、拳を強く握り締めると高らかに宣言した。「だけどオレぁ頑張るぜ!! ソル=バッドガイ選手があの店の常連だってんなら挽回するチャンスはいくらでもある!! 顔覚えてもらって、な、仲良くなって、弟子にしてもらうんだ!!!」しかし、本人の意気込みとは裏腹に彼女がソルと再会するのは一年後だったりする。後書き待たせたな、明けましてヴォルカニックヴァイパー!! 今年もグランドヴァイパー!!ん? 去年も同じようなネタやった気がするけど気にしたら負けだぜ!!巳年ということで蛇っぽい挨拶ですwwwいや、実はですね。ヴィータと一緒に異星人的侵略者から地球を防衛したり、やはりヴィータと一緒に魂生贄的な魔法ゲーの体験版を追体験してたりを連日連夜やってましたら投稿が遅れて……すいません言い訳です。で、今回のお話なのですが、まあダラダラ書いても仕方が無いので短く纏めますと、執筆中はずっと歴代ソルVSカイのBGMを流してました。Conclusion、No Mercy、Noontide、Keep The Flag Flying、The Re-coming、という感じに。ちなみに私はThe Re-comingが一番好きです。次がNo Mercy。異論は認める!!そろそろ本格的にViVid編にでも突入しますかね? バカなネタっぽい日常ほんわかギャグな話ならいくつか考えておりますが、どうなんでしょうね?ソルとヴィータの仕事中の会話とか、バイクの免許取る話とか、アギト視点でのソルが作ってくれた麻婆豆腐の話とか、セインとの料理対決(前のアギト話の続き)とか、シャマルに獣耳と尻尾が生えてきてワッフルワッフルする話(18禁を本気で書こうと思ったことが元ネタ)とか。まあ、気が向いたらシコシコ書いてこうと思います。ではまた次回!!