「ウゾダドンドコドーン!!!」顔面を蒼白にして頭を両手で抱えたヴィータから絶望を滲ませる謎の叫びが漏れる。意訳すると「嘘だそんなことー!!」と言いたいらしい。突如奇声を上げるヴィータの姿に誰もが、ビクッ!? と身体を震わせて驚く。が、当の本人はそんなこと構いもせず喚き散らす。「ふざけんなヒゲェェェェェェェェェ!! あの野郎、ティアナに負けやがったよ冗談じゃねーよ!! アタシの52万GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! タ、タイムマシン! タイムマシン何処だ!?」錯乱したのか完璧に冷静さを失い、ある筈もないタイムマシンを探して右往左往する。そんなに賭けてたのかコイツ、と皆が呆れと憐憫を込めた視線を送る中、ヴィータは何かに気付いたのかアクセルに飛び掛ると彼の首を締め上げるように両手で乱暴に掴む。「なんとかしろタイムスリッパー!!」「んな無茶な!?」「試合が始まる少し前の時間に戻ってアタシに『ティアナが勝つ』って教えてくれりゃいいだけだろうが!?」「だからそれが無茶だっつってんの!! 任意のタイミングで任意の時間軸に移動出来るんだったらもう俺様とっくに20世紀に帰ってるし、未来を知るとか過去を変えるってマジでやっちゃダメなんだって!!」ごもっともなアクセルの意見にヴィータはその場でガックリ膝をつき、「世界はいつだって、こんな筈じゃないことばっかりだよ!!」とマジ泣きし始めた。非常に鬱陶しい馬鹿である。あんまりにもうるさいからとアルフが背後から忍び寄り、ヴィータを後ろから抱きかかえると、そのまま惚れ惚れしてしまうくらいに美しい動きでジャーマンスープレックスを決めて沈黙させた。「……ひ、酷い」ティーダが呻く。首から先がコンクリートに埋まり、気色の悪いオブジェと化したヴィータを放置して、アルフは何事も無かったように皆へと向き直る。「いやー、番狂わせになったね。アタシは正直、おっさんの余裕勝ちだと思ってたんだけど」8万すっちまった、とぼやく彼女になのはがギリギリ歯軋りしながら頷く。「私12万……」「私なんて22万や……一ヶ月分のバイト代が一瞬でパー……は、はは、ははは、はははははは!! ……ハァ」なのはに続いてはやてが薄気味悪い声で笑い、溜息と共に遠い目で申告する。それからシャマル、アイン、ユーノ、ツヴァイ、キャロが「ぐぬぬ」という風にしていくら損したなんだと文句を垂れていく。「どうしてなのはさん達は誰一人としてティアが勝つ方に賭けてないんですか?」「ティアナが勝つなんてハナッから考えてねーんだよ」親友が勝つということを全く考慮していない元教導官共をジト目で睨み、非難がましい口調で疑問を口にするスバルに答えたのは、床からスボッと頭部を引き抜きいつもの態度に戻ったヴィータである。首を右に左に傾けてゴキゴキ音を鳴らし調子を整えると、深い溜息を吐いて説明する。「あのおっさんマジで強ぇーんだって。少なくともアタシらは模擬戦で勝ったこと無ぇーし、ソルですら負けることだってある。そんな相手にティアナが勝てるなんて思う訳無ぇーだろ」スバル以外が、ですよねー、とひどく納得した面持ちの面子を一瞥してから改めてヴィータは会場のモニターへと向ける。気が抜けたのか緩んだのかその場でへたり込んでしまったティアナに向かって、ついさっきスターライトブレイカーを食らって吹っ飛ばされた筈のスレイヤーが手を差し伸べていた。伸ばされた手を取ったティアナは何故かスレイヤーにお姫様抱っこをされて顔を真っ赤にしてジタバタ暴れ出す。スレイヤーは微笑ましそうな表情でティアナを抱えたまま転送ポートまで歩いていく。勝者が自力で歩けず敗者が勝者より元気、という少し不思議な構図。(こんな大会であの力を使うとは思ってなかったが……まさかソルの入れ知恵か? あの野郎、おっさんがティアナに花を持たせるって予想してたのか?)半信半疑のヴィータの読みは、ほぼ間違っていなかった。「爺相手によくやったな」純粋に褒めてくれるソルにティアナは舞い上がりそうになるのを必死に堪えながら、それでも頬がだらしなく緩んでしまうのを抑えきれない。しかし喜んでばかりもいられない。蓄積したダメージと疲労は計り知れないのだ。今でも立ってるだけがやっとで、足は生まれたての小鹿のようにガクガクしている。いくら意地を張っても無理をしているのは一目瞭然であり、今日中には回復しないだろう。この後に控える準々決勝には出場出来まい。今後の為に大事を取って棄権せざるを得ない。一言皆に棄権する旨を伝えると、彼女はスレイヤーに連れられ控え室を去っていく。身内で残されたのはソルとカイ、シグナムとフェイト、そしてクロノ。Bブロック第二回戦の途中まで試合が進行したので、他の選手達の数も大分減ってきた。現在は既に第三試合が始まっており、次の次がソルの試合――第二回戦第四試合となり、それが終われば今度はAブロック準々決勝でカイとクロノが戦うことになる。「思ったより早く試合が進んでいるな」ぽつりと呟くシグナムの言葉を否定する者は居ない。進行具合はその通りだし、スケジュール的に滞っている訳でも無い。無言のまま空間ディスプレイに視線を注ぐと、試合中の二人の選手が激しくぶつかり合っている光景が見える。どちらも出し惜しみせず全力で戦っているので、この試合も早く決着がつきそうだ……と思っていたら突然勝負が決まってしまった。自分の番が回ってきたので、ソルは立ち上がり「すぐ終わらせてくる、カイとクロノはスタンバっとけ」と言って早々に控え室を後にする。控え室のドアが閉まったのを確認してから、クロノは盗み見るようにしてカイの表情を窺う。本当に50代なのかと疑ってしまう程に年齢を感じさせない美丈夫。下手をすれば自分よりも年下に見えてしまう。とても実の母であるリンディと同年代とは思えない。まあ、そんなことを言い始めたらリンディもリンディで孫が居るとは思えないくらいに若い外見だが。「……」人の身でありながらギアを打ち滅ぼす異能者を束ねた戦闘軍団――聖騎士団の元団長であり、ソルの戦友。聖戦という地獄を生き抜き、100年続いた戦争を終結させ人類を勝利に導いた英雄。フェイトを超える雷使いであり、剣の腕はソルやシグナムを超える聖騎士。人という種族にカテゴライズされる生き物の中では、恐らく最強レベルの使い手。ティアナにとってスレイヤーがこれまで戦ってきた相手の中で最強であるのと同時に、カイは間違いなくクロノにとって最強の相手であろう。どうやって戦えばいいのだろうか?そんなことを悶々と考えていると、突如として大地震が発生したと勘違いしてしまうくらいに大きな歓声が会場から発せられたので、クロノの意識は試合を映すモニターに引き寄せられた。『予選を圧倒的戦闘力で勝ち抜きシード権を手にしたこの選手が、ついに、ついに本選で戦いを見せてくれます! ソル=バッドガイ選手の登場だああああああ!!』テンションが高い実況の声。ソルの試合がまもなく始まるらしい。会場全体が歓声を上げているのかのように、控え室まで熱気と声がビリビリと振動になって伝わってくる。「凄い人気だな、あいつ」つい口から漏れる。今は人のことより自分の次の試合に集中したいのだが、どうやらあまり集中出来ないようだ。だったらだったで、リラックスの意味を込めて彼の試合に集中した方が良いかもしれない。「……えっとね、なんかソルが“背徳の炎”だっていうことがバレたみたい……見てコレ」フェイトが空間ディスプレイを表示させるので何かと思い覗き込んでみると、最近流行のWEB上で不特定多数の人達と短いコメントをやり取りする情報共有サービスだ。そこには、『背徳の炎キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!』『え? 背徳の炎って何!? なんかかっこいい響きなんだけど』『某掲示板でこの人が数年前に管理局を大改革させたって噂流れてるけど、マジ!? 誰かkwsk!!』『俺元局員で、当時の話知ってるから教えるけどマジだ。何度か近くで見たことある。超ワイルドで、思わずウホッてなる』『そん時の二つ名が背徳の炎。今は引退しちゃってるけど現役時代は次元世界中で最強の賞金稼ぎって言われてた』『ウホッ、いい男』『すまんがフォモは帰ってくれないか』『背徳の炎って一人なの? 複数人じゃないの?』『Dust Strikersっつー賞金稼ぎ集団が湾岸部にあんじゃん。あれ創設したの背徳の炎だって話聞いたことあんぞ』『管理局大改革って事変のことだろ? それは本当の話だ。汚職とか違法なことしてる局員一斉逮捕したってやつ』『それだけじゃねーよバッドガイさんが教導もやってたのおまいら知らねーの?』『あれは教導ってよりも拷問だがな』『尻を出せ』『アッー』『↑の流れにコーヒー吹いたwww』『名にそれ教導ってどゆことkwsk!』『医務室から。さっき予選で件の選手と戦って、一瞬で燃やされて……丸焼きなう』『丸焼きなうとかwww』『戦ってみた感想は?』『あり得んwwwってくらい強い。炎がトラウマになっちまいそう』『うはwwww』『ていうか執務官と師弟関係について誰か情報くれ』『教導やってたからじゃね?』リアルタイムで新たなコメントがどんどん追加されていく。情報社会の恐ろしい部分とも言えるそれは、見ているとキリがないくらい延々と書き込みが続いていくものだった。「……」苦虫を噛み潰したような表情で、何も言わずディスプレイを消すフェイト。「今までは管理局や聖王教会、Dust Strikersなどの関係者しか知らなかった事実が世間一般に知られてしまったな」困ったようにシグナムが唸る。「本人には内緒にしておこう? 流石にこれはどうしようもないし」取り繕うようにフェイトが曖昧な笑みを浮かべるので、とりあえず同意を示すように皆頷いておく。その時、一際大きい歓声が聞こえてくるので視線をモニターに戻す。『……まだミディアムレアなんだがな……』『あ、ありのまま起きたことを話します! 試合が始まったと思ったら巨大な火柱が発生して、気が付くと試合が終わっていました!! な、何を言ってるのか分からないと思いますが――』決定的瞬間を見逃したが、ただ一つ分かることはソルが相手選手を秒殺したことだけだった。ちなみに後で本人に確認してみたら、最速でサーベイジファングを撃ったと言う。それからすぐに最近流行のWEB上で不特定多数の人達と短いコメントをやり取りする情報共有サービスを閲覧してみると、『SUGEEEEEEEE!!』とか『TUEEEEEEEEEEEEE!!』とか『HAEEEEEEEEE!!』そんなコメントばっかりだった。……なんかちょっと腹が立ったので、フェイトは『背徳の炎にお尻アッーされるのは私だからね、身の程を弁えろ■■■■共!』と匿名で書き込んでおいた。当然『フォモだ!』とか叩かれまくったが、気にしない。クロノは控え室を出ると小走りで転送ポートに向かう。到着した転送ポートで待つこと数秒、早々に自分の試合を終わらせたソルが欠伸混じりに戻ってくるところだった。「あ? クロノ? 随分早いな」いくら次が自分の試合だとしても、転送ポートに移動するタイミングがいささか早い気がしてソルが怪訝な声を上げると、クロノは懇願するように彼の肩に手を置き、言う。「僕がカイさんと戦う前に、少し時間をくれ」「お、おう」あまりに真剣な表情。クロノが纏う空気に若干気圧されたソルが戸惑ったように頷く。二人きりで話したいことがあるのを察して、ソルは先程ティアナにアドバイスを与えた場所――予選が始まる前の大部屋までクロノを連れて行く。「で、何だ?」ソルが単刀直入に問い詰めると、彼は一切躊躇うことなく口を開く。「カイさんと戦う為にアドバイスをくれ」「アドバイスねぇ……」腕を組み難しそうな表情になるソルに構わず、クロノは淡々とした口調で言葉を重ねる。「きっと僕は、ありとあらゆる面でカイさんには勝てない。なんとなく分かるんだ。戦いの年季も、人の上に立つ人間としても、一人の男としても、僕はカイさんに遠く及ばない」「……卑下するような言い方は好きじゃねぇが、まあ実際そうだろうな。あいつはお前と同じタイプの人間だ。クロノが歩んできた道はとっくの昔にカイが通っているし、カイが通ってきた道はいずれクロノが通ることになる。それぐらいお前ら二人は、気持ちが悪いくらい似てる」はっきり告げられたことで逆に安心したのか、安堵の溜息を零しクロノは頷いた。「お前が管理局員になろうと躍起になって勉強してた年の頃にカイが何してたかっつーと、既にギアと殺し合ってたからな」聖戦末期に生を受け、物心ついた頃から聖騎士団で部下を率い自らも最前線で戦い地獄のような青春時代を過ごし、戦後は警察として世界中の治安維持に従事し、ついには国の王(国民から選挙で選ばれた大統領的立ち位置)にまで就任した男。確かにクロノがいくら管理局にて花形と呼ばれ羨望を集めた執務官に若くして就任し活躍、それを経て提督職に就いたとしても、人生経験、という観点から比べれば見劣りはしてしまう。「お前がなんとなくカイを理解出来ているように、カイもお前のことを理解してるだろう。いや、むしろはっきりと見透かしているかもしれん。若い頃の自分と重ねって見えるから、尚更に」「どうすればいいと思う?」「まあ、お前が勝っている点と言えば若さだな。若さでなんとかしろ」「そりゃ、相手は母さんと同年代だから僕の方が若いと思うが……」そんなことは言われるまでもないが、そうなると向こうはとてつもなく老獪なんじゃないのだろうか? っていうか若さでなんとかしろってどんなアドバイスだ!?「クロノ。若いってことはそれだけ躊躇せず物事に我武者羅になれるってことだ……その分、視野狭窄に陥るがな」もうすぐ三十路になる人間が躊躇せず我武者羅になったらそれはそれで危ない気がする、という言葉は必死に呑み込んで耳を傾ける。「若者らしく難しいことなんて考えずスバルみたいに頭空っぽにして戦ってみろ。案外なんとかなるかもしれんぞ。何も考えてない奴ってのはたまに面白ぇことするからな」微妙にスバルを貶しているのか褒めているのか分からないソルは、それで言いたいことは口にしたのか「ま、頑張んな」と言いつつクロノの肩を叩くと去ってしまう。一人残され佇むクロノは、「若さって……ったく、もっとマシなアドバイス出来ないのか、あいつは」胸の中にモヤモヤしたものを抱えたまま、何処か不満そうに零した。『早いものでこの大会も中盤に差し掛かって参りました。お次の試合はAブロック準々決勝第一試合! 管理局内で知らない人は存在しない、“海の英雄”という名でご存知のクロノ・ハラオウン選手と! 名前以外のプロフィールが謎に包まれた金髪の剣士、カイ=キスク選手の戦いです!!』鼻息荒いセレナがリンディの顔色を窺いながら訊いてみる。『如何ですかリンディ提督。ご子息の戦いに何か一言』『まあ怪我しない程度に頑張って欲しいわね』『おや、思ったよりもドライな発言ですね』『むしろ息子より相手のカイ選手が個人的に気になるわ。死んだ夫に似てとても精悍だし』『あ、私も初めて戦ってる姿を見て以来気になってるんです。戦いぶりはまさに騎士ですから、同じ騎士として憧れてしまう部分があります。素敵な方です』カリムもリンディに同意を示す。内心でセレナは、いくらカイ選手が絶世のイケメンでもお前ら少しは年考えろよ年増、と非常に失礼なことを考えていたがこれぽっちも態度に出さず応じた。『そうですね。女性を惑わす甘いマスク、そして強いとくれば女性ならコロッといっちゃいますよね』ガールズトーク(?)を繰り広げる横で、ゲンヤが真剣な眼差しでカイの姿を睨むように見つめる。(気の所為か? なんかカイ選手の戦い方、どっかで見たことある気がするんだが……?)そんなこんなで試合が始まった。背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part5 Passionビーーーーーーーーーー、という電子音が試合開始の合図。それを聞きクロノはすぐさま、「フルドライブ!!」リミッターを解除し総身から魔力光を迸らせつつ、後ろに退がりながら飛行魔法を発動させ上昇しつつ弾幕を張る。「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」詠唱と共にクロノの周囲から一瞬にして百を超える程大量の魔力刃が虚空に生成されると、それらがカイに向かって一斉に襲い掛かった。豪雨のように凄まじい勢いと破壊力を秘めた嵐となって降り注ぐ。開幕からいきなり全力で攻撃を開始するクロノの姿勢にカイは僅かに眉を寄せるが、それも一瞬だけ。瞬く間に眼光を鋭くさせ、踏み込んだ。「ふっ」小さく呼気を吐き、剣士特有の歩法で高速に間合いを詰めながら手にした大剣を振るう。確実に被弾するであろう魔力刃を眼で見て選び、叩き落としていく。しかもその速度がとんでもなく速い。間合いの詰める踏み込み速度はソル並み。つまり魔導師の飛行速度よりも遥かに速いのだ。最初から理解していたことだが、相変わらず法力使いは魔導師の常識をいとも容易く粉砕してくれる。(顔色一つ変えずに突っ込んできて、スティンガーブレイドを剣技だけでかい潜ってくる!? なんて神業だ!!)内心で戦慄するクロノ。予選で戦ったシグナムより強いと聞いていたので出し惜しみせず序盤からフルドライブを使う選択は間違っていなかったのに、シグナムよりも飛び込んでくる速度が速く、迫力が強い。ダンッ、と力強くカイが地面を蹴り、跳躍。高く飛び上がった彼は既にクロノの上空に位置し、こちらを見下ろすような形になっている。今更法力使いの身体能力を驚くつもりなど毛頭無いのだが、やはりギアに対抗する為か、次元世界の魔導師と比べると明らかに尋常じゃないレベルだ。「斬!」気合一閃。上段から小細工抜きで一刀両断するように振り下ろされた大剣を、バリアで受け止める。「ぐっ……」展開された魔力の障壁と蒼雷を宿らせた白銀がぶつかり合う。攻撃と防御の鬩ぎ合いが数秒続く。なんとか耐えるクロノに対し、バリアはそう簡単に破れないと察したカイが先に観念したのか、水色の障壁を足場にして両足でキック。壁蹴りするようにそのまま後方に一旦退く――「スタンエッジ!!」ように見せ掛けて距離が離れた途端にその大剣を振るい、刀身から雷の刃を飛ばす。「うわ!?」カイが離れたと思ったら飛んできた蒼雷に驚きつつ、展開したままだったバリアでとりあえず防ぐ。威力はそれなりだったけれど、絶対に防げないというレベルではなかったので問題無い。視界の中ではカイが星の引力に従い、地面に着地しているのが確認出来た。(着地だって? 空中戦はしないつもりか?)あのまま攻め続けられたヤバかったので安堵が半分、何故追撃してこないのか疑惑半分の心境でいる間に、カイは剣を手にしていない左腕を高く掲げると声に合わせて振り下ろす。「そこです」神が降す天罰のようにして上から降り注いだのは巨大な落雷だ。咄嗟に上からの攻撃に対抗する為防御を張るが、先の雷刃とは比較するのも馬鹿らしいくらい強力な一撃に、悲鳴すら上げられぬままクロノは堪らず地面に叩き落される。不幸中の幸い、事前にカイが雷使いだという話は聞いていたのでバリアジャケットを雷対策にしていた。そのおかげでダメージは思ったより低い。出来立ての焼き焦げたクレーターの中央で仰向けの状態から立ち上がりつつ、全身の痺れと痛みに顔を顰め内心で毒つく。(くそ、ソルと対戦経験があるのにうっかりしてた。法力使いっていうのは飛行法術を使えばで空中戦が出来る癖に、基本的に地上戦が得意だから魔導師の空中戦には付き合ってくれない、何が何でも地面に引き摺り下ろしてくるのを忘れていた……!!)文句を言っても事態が好転する訳では無い。いつの間にか眼の前まで踏み込んできたカイの剣が迫っている。「こんのぉぉぉ!!」此処で退いたら斬られると本能的に悟ったクロノはあえて自ら踏み込み、袈裟斬りを袈裟斬りで返すかのようにしてデュランダルで受け止めた。大剣と杖、鋼と鋼が衝突し甲高い音が耳を劈く。鍔迫り合いの形となるが、それも数秒のことですぐに両者共に弾かれるのかの如く間合いが離れた。離れたと言っても、二、三歩程度の間合いだ。踏み込めばお互いの得物が相手に当たる距離。今度はクロノが先に仕掛ける。こんな至近距離では魔法は使えないので、魔法のリソースを身体強化に回し、接近戦を挑む。ダメージを与えることよりも、相手に隙を作らせる為に杖を振り回す。コンパクトなモーションで繰り出される攻撃は一撃一撃が軽いかもしれないが、反撃を許さない。しかし相手も超一流の剣士。余裕で応戦してきた。石突を撥ね上げ胸から上を狙うが難なく剣の腹で受け止められ弾かれる。ぐっと踏み込んで水面蹴りを放てばバックステップで避けられ、身体を一回転させ遠心力を乗せた斬撃がお返しされた。縦に構えたデュランダルで防ぐもののたたらを踏む。姿勢が崩れてしまったところに鋭い刺突が迫るので、気合で立て直し半身になって避ける。際どかったが回避に成功したので良しとして、大剣の下にデュランダルを滑らせるように振るい、カウンターを狙う。カイの胸か腹のどちらかに命中する筈だったそれは、大剣の持つ角度を変えるだけであっさり防がれてしまった。どういう反射神経をしているのだろうか?「ちっ」「やりますね」クロノの舌打ちとカイの賞賛が耳朶を叩く。杖と大剣が振るわれる度に金属音が響き、二人はまるで激しいダンスを踊るようにステップを踏み、互いに位置を入れ替え、攻撃・防御・回避を繰り返す。傍から見れば対等に渡り合っているように見える光景ではあったが、クロノの心は焦るばかり。(ま、全く隙が無いぞ……ついていくので精一杯だ)ソルが言った通りだ。クロノとカイは同じタイプの人間――技巧派だということを。自分がソルやシグナム、ヴィータのようなパワーファイターではないからより分かってしまう。互いに繰り出す一挙手一投足は自分をより優位にする為の『駆け引き』そのものであり、主導権を掌握する為の手段である。つまりは牽制攻撃の応酬。ソル達のような『一撃で相手を葬り去る為に被弾覚悟で繰り出す必殺攻撃』ではないのだ。言ってしまえば彼らは『攻撃こそ最大の防御だが、防御なんて知らん。とにかく攻撃だ攻撃! 隙なんてぶん殴って作れ!』って感じだ。フェイントもクソも無い、防御は二の次で、攻撃は全部渾身である。相手の技量が高かろうが低かろうが持ち前の攻撃力で叩き潰す。防がれたり避けられたりしたらその時はその時で、という思考なのだろう。対してクロノやカイなどは攻撃よりも防御に重点を置く者達。友人知人が人外魔境で忘れがちだが、自分達は歴とした純然たる人間で、大怪我を負ってもすぐに回復する訳では無いのだ。実に普通の肉体と思考を持ち合わせている。被弾覚悟で攻撃するより、回避と防御を優先するに決まっていた。だからこそこの至近距離での攻防は互いに攻めあぐねている。膠着状態が続く。しかも気が抜けない。技巧派同士の戦いというのは一瞬の隙が致命的な命取りとなるので神経を使う。とにかく間合いを離したい。けれどもカイは付かず離れずの距離を維持しながら剣を振るってくるので応じるしかない。間合いが離れないからこの至近距離で使える魔法なんて身体強化くらいしか無い。目まぐるしく動き回るこの距離で射撃や砲撃、拘束魔法を使うなんて出来っこない。氷結魔法なんて一瞬の溜めが必要だから以ての外。そもそも術式構成する前に攻撃が来るのでそれらを凌ぐのに精一杯だ。(このままじゃマズイ。なんとかしないと)心急くクロノの思いとは裏腹に、気が付けば足は己の意思に関係なく徐々に後退し、攻撃の頻度も少しずつ減り、反比例して防御する回数が増えていく。(……え? あれ? 嘘だろ?)戸惑い、そして戦慄した。いつの間にか、後ろに退がりながら防戦一方という状態にまで追い込まれているではないか。(マ、マジか!?)今更になってやっと思い知る。剣撃の速度が最初と比べて段違いに速く鋭い。恐らくはカイは打ち合いの中で、クロノに気付かれないように細心の注意を払いながら徐々にスピードアップをしていたのだろう。苛烈さが一層増して迫りくる白刃は最早空間を走る迅雷そのもの。辛うじて防ぐが、防ぎ切れない攻撃がバリアジャケットを容赦無く斬り裂いていった。逃げようと思っても逃げられない。被弾覚悟で反撃したり離脱することは可能だが、防がなければ致命傷を負う。まるで全部しっかり防御しろと言わんばかりの連撃を、ギリギリで防ぐ。いや、防御せざるを得ないように仕向けられている。トン。背中に突然何かが当たる。これ以上後ろに退がれないので必然的に背後に何が存在するのか分かった。壁だ。この試合の舞台となっているフィールドはゴツゴツした岩肌がそこら中に顔を出す荒野。振り向いて確認など出来ないが、きっと今の自分は巨大な岩山を背にして立っているのだと思う。――やられた。いつから狙っていたのか知らないが、追い詰め方が素晴らしい。追い詰められているのは自分だというのに感心してしまう。純粋な剣技による接近戦のみで相手を此処までコントロール出来るとは……!!天才剣士、という単語が脳裏を過ぎる。これが元聖騎士団団長の実力、これが聖戦を生き抜いた歴戦の猛者、これがソルの戦友。そしてこれが、戦いの年季か。開幕からこれまで、完全に手の平の上で踊らされていた。その結果がこれである。今まで激しく攻め立てていたカイは急に動きを止め、顔の高さで水平に構えた剣の切っ先をクロノに向けたまま、観察するような眼差しを送ってくる。(追い詰めた上で慎重になるとか、本当に隙が無いなこの人!)「なんかもうダメそうだぞあいつ」売店で買ってきたポップコーンをガツガツ貪りながら、ヴィータが非常にどうでもよさげな感じでのたまった。やっぱり夫の格好良いところは見たいエイミィにとっては酷い暴言に聞こえてきてしまう。「まだよ! まだこれからだわ!!」「いや、ダメだろ。どっからどう見てもコーナーまで追い詰められたボクサーじゃん、幕○内にKO負けする唐○じゃん。もうサンドバッグ確定だって。ボコられる未来がアタシには見える。つーか、クロノが負けてくんねーと困るのアタシだし」とことん金に汚いヴィータである。すぐ傍にクロノの家族が居るんだから、そこまで言わんでもいいだろがと皆が皆思うことではあったものの、現在クロノが壁を背負った状態で追い詰められているのは事実。しかし此処でヴィータを諌める人物が登場。「そぉい!!」完全に酔いが回っているはやてだった。背後からヴィータにヘッドロックをかまし、聞いてる側の気分が悪くなるくらいに嫌な音をギシギシ響かせる。「うわらば!?」と今にも頭が真っ二つに破裂しそうな叫びと共にポップコーンを放り投げ、暴れて拘束から逃れようとするヴィータであったが、次第に動かなくなり完全に沈黙した。ちなみに放り投げられたポップコーンは無事にヴィヴィオの手に中に収まり、ヴィヴィオとコロナとリオの三人の胃の中に収められる結末を迎える。「でもさ、皆だったら壁際に追い詰められたらどうする?」酒の飲み過ぎで顔を赤くしたアルフの質問に自信を持って答えたのは、やはり酔っ払っているアインだ。「攻撃が来た瞬間を狙ってサイクバーストしてぶっ飛ばす」それになのはがテンション高めに腕を振り回し身振り手振りで続く。「私は攻撃を魔法で防いでバリアバースト!! 下手に振り回すとカウンターもらうから。っていうか、それしかないし?」「あの距離でカイさん後退させるなんて私らには無理難題や」アインとなのはが最終手段的な発言をしていることに、ヴィータを投げ捨てたはやてが急にシラフに戻ったような態度で同意を示すように肩を竦めて見せる。「フッ、甘いわね皆。私達だけに許された最強の切り札があるというのに、何故それを使わないの?」そんな中、鼻で笑いながらシャマルが偉そうなことを言い始めたので訝しげな注目を集めることになったが、彼女はむしろその集まった視線に演説するように大仰に腕を広げ解説した。「バーストを使う? 何を言っているの? そんなことカイさんなら百も承知よ、読まれるに決まってるわ。だって追い詰められたら誰でも脊髄反射でバーストしちゃうでしょ? だったらその裏をかかなきゃ。誰も思いつかないような意外性がないとダメよ」意外性だと? それは一体何だ? と皆がゴクリと答えを待つ中、シャマルはおもむろに『旅の鏡』を発動させて、「私の答えはこれよ……夫を呼ぶ」バッグの中に手を突っ込んで財布を取る、といった感じの気安さで眼前の空間に翠色の魔力光を放ちながら“穴”を開くと、控え室に居るソルを無理やり引っ張り出してきた……こいつも相当酔っ払ってるらしい。「……? ?? ??」本当に強制的に問答無用で転移させられ、何が何だか分かっていないソルがきょとんとした様子で尻餅をつき、自分をいきなり召還したシャマルを見上げている。そんな彼に対しシャマルはいつもの聖母のような笑みを浮かべ、「アナタ」と甘えるような声音で呼びながら彼の頭を抱えるようにしてギュッと抱き締める。体勢的に言えば、床で尻餅をついているソルを椅子に座っているシャマルが上から覆いかぶさるような形だ。「「「その手があったか!!」」」「いや違う、反則だそんなの! あくまでカイとサシで勝負している時を仮定した話であって、生命の危機に瀕する殺し合いの最中って訳じゃ無いからソル呼ぶの禁止!」「そもそもなんで俺は此処に居るんだ? つーかテメェら酒臭ぇんだよ、大会にかこつけてどんだけ飲んでんだこの酔っ払い共め……離れろシャマル、用が無いなら俺は控え室に戻るぜ」心の底から感心しているなのはとアインとはやての三人、異議ありとを申し立てるアルフ、シャマルに抱き付かれながら思いっ切り首筋に噛み付かれて出血しているというのに微動だにせず呆れ顔になるソル。「……」そして椅子に座ったまま気絶しているヴィータ。「騒いでないで試合見なさい」冷静なクイントのツッコミに誰もが、仰る通りです、と心の中で思った。「状況が動くわ」絶対絶命のピンチ。窮地に立たされたクロノはなんとかして逃げようと思考を巡らせるが、眼前に仁王立ちしたカイがそれを許さない。こちらが逃げようと手足の筋肉に力を入れようとした絶妙なタイミングを狙って剣の切っ先が、腕が、肩が、視線が、足がピクリと動きフェイントしてくるのだ。その僅かな動きにクロノは過剰反応してしまい、思うように動けない。いつまでもこうやって睨み合っている訳にもいかない。しかし、どうすればいいのか分からない。堂々巡りである。最初からこのような形になると悟っていたが、実際になってしまうと腹立たしい。こうならない為にソルに助言を頼んだというのに。(そもそも若さで勝負しろってどういうアドバイスだ? 面倒臭いだけだったんじゃないだろうな!?)いかにもあの男が言いそうなテキトー発言だ。真面目な時はとことん真面目で責任感が強いのに、自分にとってどうでもいいことに対して一度面倒臭いと思うと無責任な発言をして、後は野となれ山となれと言わんばかりに放置して渦中から抜け出そうとする悪癖がソルにはある。そう考えるとなんか段々ムカついてきた。(ああそうかそうか。だったら言われた通りにしてやるよ、若者らしく何も考えず突っ込んでやるよ! 玉砕覚悟で当たって砕けろ!!)カイから放たれる無言の重圧など一切構わず、いきなり飛び掛る。デュランダルを振り回しながら術式構成も碌にせず、半ば魔力を暴発させるように溢れさせ、カウンターをもらうことなど全く考慮せず特攻。自棄を起こしたかのようなアタックは、普段の彼ならば絶対にしないであろう。だが、普段は絶対にしないからこそ、本人ですら予想だにしていないことが起こる。ギィン、と金属と金属が激突。攻撃した杖と防いだ剣が鍔迫り合いの形となり、「「なっ!?」」杖に触れている剣の刃の表面が瞬く間に凍りついていく。キシキシという小さな音と共に刀身に真っ白な霜が降り、その面積を広げていった。術者の制御を離れた魔力がデュランダルによって自動的に氷結へと変換され、漏れ出る瞬間周囲の熱を片っ端から奪い空気中の水分を凝固させているのだ。これを嫌ったカイが自ら後方に退がり距離を取るが、それを追い縋るようにして地面にはびっしりと霜が降りていき見る見る内にその範囲を伸ばす。気温が一気に氷点下を下回り、クロノを中心として徐々に世界が白銀へと移り変わっている。「仕方がありませんね」愚痴を零すような独り言を呟きつつカイは退がるのを諦め、手にしていた大剣を逆手に持ち替えると、両手で握り締めて切っ先を地面に突き立てた。すると、蒼い光が発せられ小規模の結界が構築される。それにより霜の侵食を食い止めるが、一時凌ぎに過ぎないのか防くことが出来た空間は彼から半径十数メートルというごく狭い範囲だけだった。「え?」当の本人であるクロノは急な事態の変化についていけない。(カイさんが、退がったぞ……なんで?)さっきまで何をやっても退がらない、むしろこっちが退がらされる一方だったというのに、今は実にあっさりと彼が退がっている。ソルとかだったら絶対に退がらないのに――「!!」そこまで考えて思い出す。カイは確かにソルと同じ法力使いだが、自分と同じ普通の人間でもある。『人間』という生き物である以上、必ず一定の体温を保ち続ける必要があり、この場合は極低温による体温低下を防がなければいけない。自身の体温を人肌から数千度にまで自由自在に変化させられるギアのソルとは決定的に違うし、ソルの影響で人間離れした頑強さと回復力を誇る肉体のなのは達とも違う。つまり彼には、普通に氷結能力が効く!!!(……それにしても、なんで暴発した魔力がこんなにスムーズに氷結へと変換されるんだ? 普段ならちゃんと制御しないといけない筈なのに…………まさか)ふと浮かび上がった疑問は、すぐさま答えが出てくる簡単なものであった。このデバイスを最近調整してくれる人物は、今のところ一人しか存在しない。デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の店長、ソル=バッドガイ。――『若者らしく難しいことなんて考えずスバルみたいに頭空っぽにして戦ってみろ。案外なんとかなるかもしれんぞ。何も考えてない奴ってのはたまに面白ぇことするからな』脳裏にリフレインする、不敵な口調のソルの声。頭空っぽにすればデバイスが自動的に空間凍結を行使するようになっているのか!? いくらなんでも遠回し過ぎるだろうがああああ!! 相変わらずこっちが予想していたことの斜め45度上をいってくれるなあいつ!!「デュランダル!!」<OK,BOSS>此処には居ない赤野郎に言いたいことが山程あったが今はそれをぐっと抑え、反撃の糸口を見つけたクロノの呼び声にデバイスが応えた。術者の魔力を食らって氷結能力を発動させる。周囲の気温を下げられるだけ下げて、その範囲を絞ることなく出来るだけ広範囲に。晴れていた天気が曇り空となり、太陽の光を厚い暗灰色の雲が遮り次第に暗くなっていく。粉雪が降り始めたかと思えば、いつの間にか激しい暴風雪と化す。空気中の水分がその存在を凝固させ風に乗って刺すように叩く。ただでさえ太陽の光が遮られ薄暗くなっている状態だというのにブリザードのおかげで更に視界が悪くなり、ついにはホワイトアウト現象が発生してしまう。互いの姿を肉眼で確認出来なくなってしまうが、そんなことは些細なことである。カイもクロノも高位の術者。肉眼に頼らずとも敵影を捕らえる術は持っていた。「「そこだ!」」同時に放たれた蒼雷の刃と巨大な氷塊が衝突。雷が内包していた熱が小規模な水蒸気爆発を生み出し、視界を一瞬だけクリアにしたもののすぐに雪が全てを覆い尽くす。この展開は天候を支配しているクロノが圧倒的有利となっていた。どうしても保温しなければならないカイは自身で張った結界から出て行くことは出来ない。もし出てきたとしても、ブリザードから体温を守る為にはどうしても法力に頼らざるを得ないから、そちらにリソースを割かなければならなくなる。もし仮にカイにとって体温維持の法力に余分な神経を使うことが問題無いとしても、この状況ではクロノの有利が揺らぐことはない。地面には何十センチも雪が積もり、今も徐々にその高さを上げていく降雪量。地上戦を得意とする法力使いにとって地面のコンディションは生命線。それが最低最悪なのだ。カイが結界から足を出せば雪に足を取られその動きを阻害される。踏ん張りが利かない状況下で普段通り戦うなど不可能だ。結界の範囲は半径が精々15~18メートル。半円のドーム状で、それ自体が熱を発しているのか周辺の雪が全て融かされている。そこだけが別世界のような光景となっているのをサーチャーで確認しながら、クロノは詠唱を開始した。決戦場となった無人世界はクロノが天候を操ってブリザードを発生させてしまい全てがホワイトアウトしてしまったので、会場の観客達が見ているモニターに映っているのは結界内のカイだけということになってしまっている。もう一人の姿は白い闇に消えて見えない。が、片方が画面に映っていなくても二人が激しい戦闘を繰り広げているのは一目瞭然で、誰もが固唾を呑んで見守っていた。結界の外――白い闇を突き破って全方位から水色の魔弾が、魔力刃が、砲撃が、氷塊が、氷柱が、バインドが、一斉にカイを襲う。迫り来るそれら全てをカイは無駄の無い動きで避ける、華麗な剣技で叩き落し、蒼い稲妻で見事に凌ぎ切り、すぐさま反撃の雷刃を結界の外に向けて飛ばしている。どうやらカイにはクロノの位置がある程度分かるらしい。けれど、クロノの攻撃は止むことがないので上手く防がれているようだ。条件が悪過ぎて、流石のカイも不利な状況を覆せずにいた。情け容赦無いクロノの猛攻と、全く隙の無いカイの防御。どちらも常人には決して真似出来ない超高等技術の応酬は、かれこれ5分以上続いているが終わる気配がない。『クロノ選手、姿は見えませんが執拗な遠距離攻撃を繰り返します! ブリザードを降らせるくらいだから此処で是が非でも倒したいのでしょう! しかしカイ選手がそれを許しません。全方位から飛来する攻撃を一発も被弾することなく全て防ぐという離れ業をやってのけます! 攻撃する方も防御する方も凄過ぎてこれ以上何を言えばいいのか分かりません!! 果たして先に根を上げるのはどちらか? それともこの死闘に終わりはないのか!?』『あの子、この先魔力持つのかしら? それとも後のことを考えていない? そうだとすればちょっとらしくないわね』『確かにクロノ提督の魔力残量が気になります。これは明らかにクロノ提督の方が消耗が激しいと思いますから』セレナの実況に応じる形でリンディが我が子のことを気に掛け、カリムもリンディと同様にクロノの残り体力を心配する。そんな三人を他所に、ゲンヤはマイクのスイッチをオフにしてコソコソ隠れるようにして通信回線を開き、最愛の妻と内緒話をしていた。(じゃあ、やっぱりあのカイ選手ってのは――)『そうよ、ソルの古い戦友。聖戦の話は聞いたでしょ? その時聖騎士団で団長やってた人で、数年前にエリオくんに戦い方を師事した人でもあるわ。技と動きがエリオくんに似てるのは当然ね、彼が師匠なんだし』(まさか今回のこの大会、他にもソル関係ってあるのか?)『勿論。予選で私と、本選でティアナの二人と戦ったスレイヤーのオジサマ、予選でユーノくんと相打ちになったアクセルくん、そして今クロノくんと戦ってるカイさんを入れて合計三人、ソルの知り合いが“こっち”に来てるわ』(やたら強いのがゴロゴロ居ると思ったら、そういうことだったのか!!)この時、ゲンヤの中で全ての線が一本に繋がり、謎が解けた。(カイさんには死角が無いのか? もうこっちは限界だぞ)肩で大きく息をしながらクロノはデュランダルを振るい、魔法を操作し攻撃を怒涛の勢いで放つが、それらがことごとく防がれてしまう。「くっ……」これでも上を行かれた。悔しさで唇を噛み締めて……同時に仕方が無いという諦めも浮かび上がってくる。最初から理解していた。自分はこの人には勝てない、と。戦う前から分かっていたのだ。『格』が違うということを、控え室で初めてカイの姿を眼にしたあの時から悟っていた。試合前にソルが言った通り、クロノとカイは互いのことを『自分に似ている』と直感した。事実、二人はあらゆる面で酷似していた。これまでに築いた人間関係や立場、ものの考え方、戦いに臨む姿勢、戦う理由――そして、ソルに対して抱いている憧れと劣等感。“自由”への羨望と嫉妬。言葉を交わした訳では無いのに伝わってくるのだ。それと同時にこちらの気持ちも相手に伝わっているのだろう。攻防を繰り返す度に自覚する。自分達は左右対称の鏡映し。多少の違いはあれ、恐ろしいくらいに似ているのだから。最早クロノの頭には、カイに勝って準決勝に進む、という考えなど残っていない。このままジリ貧が続けてもそれは未練がましい足掻きというもの。だったら今この瞬間全てを出し切り、決着をつける。ただ、最初から勝てないと分かっていたとしても、負ける気なんざ更々無い。やるからには勝ちに行く。いや、最初から勝てないとかどうとかそんなことは知ったことではない。全力を注ぎ込んで、必ず勝ってみせる。デュランダルに命令を送る。すると、今までの悪天候が嘘だったのかのようにブリザードが止み、空が晴れていき太陽が顔を出し世界を明るく染めていく。クロノはカイの遥か上空、斜め上の角度から見下ろすような位置に居た。手にしたデュランダルの先端を下方のカイに向ける。カイもクロノを見上げる形で剣を構え直す。やや腰を落とし身構えたカイは、クロノの覚悟を決めた表情を見て何故か嬉しくなってくるのを感じていた。彼を見ていると、まるで昔の自分を見ているような錯覚を覚える。懐かしそうに眼を細めた。シンパシーのようなものがずっとあった。今日初めて会った気がしない。まるで何十年も付き合いのある友人と再会したような、そんな不思議な感覚をクロノに対して抱いている。(若い頃の私は、きっと今のクロノさんのような顔でソルに戦いを挑んでいたのでしょうね)心の何処かで敵わないと理解していながらその現実を認めることが出来ず、我武者羅になって剣を振るい、何度も何度もコテンパンにされて、その度に悔しい思いや惨めな敗北感を味わった。だが、それでもカイは決して諦めることはなかった。もしそこで諦めてしまえば自分が自分ではなくなってしまいそうで、大切な何かが失われてしまいそうで、負けたままの自分が何より許せなくて。(少し、年を取ったかな……若者の姿を見て過去の自分を重ねるなんて、まるで年配の方のようだ)心の中でそっと苦笑しながら、呪文の詠唱をしているクロノに応じる形で全身に雷を帯電させた。蒼い稲妻が空間を迸り、激しく明滅する閃光が生まれる。「……迅雷の所以をお教えしましょう……真の雷とは、瞼にも心にも焼き付くものです」「悠久なる凍土 凍てつく棺の内にて 永遠の眠りを与えよ」眼下のカイを捉えた状態で呪文の詠唱が無事に終了した。魔力のチャージも同様、残りをありったけ注ぎ込んだ。蒼く光り輝くカイを中心とした半径20メートルを目標対象として、クロノが持ち得る魔法の中で最も強力な魔法を解き放つ。「凍てつけ!!!」<Eternal Coffin>極大の凍結魔法が発動する。攻撃目標対象を中心に、付近に存在するもの全てを凍結、停止させることを目的としたその魔法は海すら僅か数秒で凍結することが可能。本来であれば対人戦、しかもたった一人を相手に使っていい代物ではないが、今回だけは使用を躊躇わない。再び世界が極低温に晒される。太陽の光すら凍結させてしまいそうな冷気が全てを白銀に塗り潰そうとしていく中、カイはゆっくりとした動作で手にした剣を頭上に掲げた。刹那、眩い閃光と耳を劈く轟音を伴って掲げた剣に巨大な雷が落ちる。周囲の空間に帯電し、荒れ狂う蒼い光と力は氷の浸食を徹底的に拒み、己の領域を保つ。「聖騎士団、究極奥義」蒼雷に守られたカイが、大きく一歩、鋭く踏み込んだ。「ツヴァイ――」身体を回転させ、剣で横一文字に薙ぎ払うような一閃。「――ボルテージ!!」そして次に剣を両手で持ち、先の薙ぎ払いと合わせて十字の軌道を描くようにして上段から振り下ろす。彼が行った動きは、それだけである。しかし、次の瞬間に起きたことはカイが事前に宣言した通り、眼にした者全ての瞼と心に焼き付く。クロノが位置する上空に、突如として巨大な十字架が出現したのだ。蒼い雷で構成された十字架は、まるで触れたものを浄化するかのように、罪人を十字架に張り付けるようにクロノを飲み込み、内包したエネルギーを一気に炸裂させ、神の裁きの如き荘厳さで大地に降り立つ。眼を開けていられない程の光量、耳を塞いでも響いてくる轟音。これまでで最大級の落雷が、決闘場である無人世界に顕現した。「クロノさん、クロノさん。しっかりしてください」「……あ……」頬をペチペチ叩かれている感触に眼を覚ますと、こちらの顔を上から覗き込んでいるカイが居た。「大丈夫ですか?」「まだ眼がチカチカしますけど、だ、大丈夫です」負ける云々以前に死ぬかと思った、とは言わない方が良さそうだ。顔と態度を見ればカイがどれだけクロノのことを心配しているか分かったから、気丈に振舞い仰向けの状態から元気に立ち上がってみせる。が、身体は正直で、立ち上がったと思ったらすぐにぶっ倒れる。「出来るだけ法術で傷を癒しましたが無理はしないでください。さあ、掴まって」気絶してからどれ程の時間が経ったか知らないけれど、場所が無人世界である点から鑑みるに数分程度なのだろう。一人では歩けもしない体たらくなので、カイの心遣いに甘えさせてもらう。二人で肩を組むようにして歩く。まだ全身から痺れが抜け切っていない為、歩調はひどくゆっくりしたものである。思ったように動かない足に四苦八苦しながら転送ポートへと向かった。「アナタとは今日初めて出会って、それ程多くを語った訳ではありませんが、この戦いでアナタとは何十、何百もの言葉を交わしたような気がします」「僕もです」唐突にカイが語り始めたものの、クロノは少しも不思議に思わず同意を示す。彼が言い出さなければ自分から言おうと思っていたからだ。「なんていうか、僕達はきっと似た者同士なんですよ」「ええ。赤の他人とは思えませんから」同時に足を止め、顔を見合わせてから、全く同じタイミングで吹き出した。自分達でもよく分からないがおかしさが込み上げてきて、それに耐え切れず二人は気が済むまで笑い合う。「クロノさん。アナタにもっと早く出会いたかった」「僕もです。こんなことなら子どもの頃からもっとソルと仲良くなっておけば良かったって後悔してます」「それは随分難しくないですか? あの男はやること成すこと全てが常軌を逸していて、出会った頃の聖戦時代から一体何度ソルのことで頭を悩ませたか」「そうなんですよ。あいつ、『俺の言う通りにしねぇとぶっ殺す』って無茶苦茶言って僕達のこと十年以上も脅してきましたからね。最近は落ち着いてきたけど」ソルに対する愚痴、という内容で会話に花が咲く。既に二人の関係は単なる勝者と敗者ではなく、共通の知り合いを持つ他人でもない。二人はもう立派な友人同士だった。だから多く語る必要は無い。言葉は、さっきカイも言ったが試合中にたくさん交わしたのだから。「カイさん」「何でしょう?」「……ソルに、勝ってください……」真剣な表情でクロノは口にした。先に次の準決勝でシグナムかフェイトのどちらかを倒さなければいけないのだが、クロノの表情から何かを察したのか、カイは自信満々に告げる。「はい。期待に沿えるよう、全力を尽くします……見ていてください、私の挑戦を」後書き今月頭に、ついにPS3版でギルティが配信されました。ネット対戦スゲー楽しい。早くRの方にバージョンアップしてもらいたいもんです。EXカラー1のソルを使い、BGMをNo Mercyしか選曲しなくてステージをパリしか選ばない奴が居たら、もしかしたら私かもしれません。あんまり強くないけど出会ったら軽くもんでやってくださいwwww次回はシグナムVSフェイト、女の戦いです。キャットファイト開始!!つーことで、また次回!!オラァー、ランキングマッチでもプレイヤーマッチでもなんでもいいからデュエルするぜ!!