フラフラと危なげな足取りで控え室に戻ってきたティアナをいの一番に迎えたのは、タオルと飲み物を手にしたソルだった。「どうだ? あの『坊や』と戦った感想は?」彼から投げ渡されたタオルと飲み物に感謝し、遠慮無く汗を拭い渇いた喉を潤してから、自分より少し遅れて戻ってきたカイ――忌々しいことに何事も無かったかのような涼しい表情である――を一瞥し、視線をソルに戻す。「……凄く強い、です。先生を除けば今まで戦ってきた誰よりも。正直言って、負けると思ってました。しかも意識してるのかしてないのか知りませんが手加減されてる感じがあって、悔しいです」「だろうな」まるでティアナの返答が分かっていたかのように彼は頷く。人がどれだけ多くの軍勢を率いても決して倒せぬギア。そのギアの群れをたった一人で屠れる力を持つ異能者達を束ねた人類の精鋭、それが聖騎士団だ。そしてカイは若干十六歳という若さで聖騎士団の団長に就任した天才剣士。言ってしまえば、“あっち”の世界で人類最強クラスの法力使いなのだ。彼女の感想は、当然と言えば至極当然である……人外が跳梁跋扈する世界で、あくまで『人類最強』だが。しかし彼女は重要なことに気付いていない。手加減されていたとは言え、今自分で口にした『先生を除けば今まで戦ってきた誰よりも強い相手』に負けていないことを。「まあ、良い勉強にはなったろ」「それは否定しません」「俺としてはカイだけじゃなく、この後あの馬鹿にもお前と戦わせたかったが、ユーノと一緒に予選落ちしちまったしな」「え? ユーノさんが予選落ち? 嘘?」意外そうな顔になるティアナはどうやら本選進出メンバーのリストを見ていないらしい。さっきまで閲覧していたリストを空間ウィンドウで再表示し、Aグループ部分を指差す。「ユーノとアクセルは相打ちだ」「……」眼を丸くしている彼女を他所に、ソルはカイに声を掛けた。「俺の弟子と戦った感想はどうだ?」するとカイはキッと眼つきを鋭くさせ、詰め寄ってくる。「お前は今までティアナさんにどれ程苛烈な修練を強要したんだ!? この若さでこの強さは明らかに異常だ!! これが聖戦時代だったら、私は間違いなく彼女をスカウトし『物理攻撃小隊』か『法術小隊』の小隊長に任命しているところだ!!」「甘いな。こいつは戦闘だけじゃなく指揮も執れるから『略小隊』の隊長もこなせる」怒鳴るカイに向かってソルは自慢気に返す。「そういう問題ではない!」「じゃあどういう問題なのかはっきり言ってみろ!」「お前のことだ。どうせ地獄のようなトレーニングで彼女を何度も泣かせてきたんだろう!?」「確かに訓練中に泣きべそかいてんのは数え切れない程見たし、毎回のた打ち回って血反吐塗れで気絶してたが、ティアナが強くなりたいっつって望んだことだ。俺は心を鬼にしてティアナが瀕死になるまで攻撃――」「お前は正真正銘の鬼だ!!!」突然隣で二人がギャーギャー言い争いを始めたのをぼんやり眺めながら、ティアナは恐縮した様子でおもむろに挙手し、疑問を投げ掛ける。「あの、お二人が言う部隊の隊長って凄いんですか?」ミッド出身で管理局に所属している身の彼女としては、二人が先程から話題に上げている聖騎士団の組織図を知らない。一部隊を任されることが凄いことなのはよく分かるのだが、色々と規格外の人間とばかり付き合いがあり、自身も花形と呼ばれ羨望と憧れを集める執務官という役職に就いているので感覚が麻痺している。「失礼。ではまず聖騎士団の組織図について説明します」「大した説明じゃないがな」「……少し黙っていろ」コホンと咳払いしたカイにソルが茶々を入るので、カイはギロリと睨む。ソルが肩を竦めて口を閉ざしたのを確認し、説明を開始。丁度その時、Cグループで予選抜けしたスレイヤー、Dグループで唯一生き残ったフェイト、Fグループのシグナムとクロノが戻ってくる。「何のお話してるの?」とフェイトが首を傾げ尋ねてくるので、ソルは簡単に「今のティアナがもし当時の聖騎士団に入団したらどうなるかだ」と返答。「聖騎士団は全世界規模の組織として異例ではありますが、騎士団内部の組織図はあえて細分化されていません」この始まり文句に組織人のティアナとクロノが「え?」と戸惑うように声を漏らし、二人のリアクションを予想していたように説明は続く。カイ曰く、組織図が細分化されていないその理由は昇級欲により団員達の間で亀裂を生むのを回避する為(勿論、名誉勲章のようなものは存在した)。そしてその組織図は、大まかに分けて団長、隊員、志願兵の三通りのみ。団長は文字通り騎士団全軍の指揮、統率を司る最高位。他の隊員や兵と一線を画す超大な戦闘能力が絶対条件として求められ、経歴や年齢は一切不問。それに加えて民や隊員の心をどれだけ多く掴んだかによって自ずと決定されてしまう、ある意味立候補が不可能な役職だ。隊員は団長と打って変わって役割色が強い地位を指す。七つの大隊を全てとし、それぞれの大隊に『物理攻撃』、『法術』、『略』、『法支援』、『救護』の五小隊を保有。大隊長、小隊長をそれぞれ『守護神』、『守護天使』という風に通称し、能力別に秀でた者が任されていた。志願兵は、団長と隊員以外の者を全てそう呼んでいた。能力の優劣を問わず、各隊の属性に適した戦いに自由参加が可能。あくまで各隊をサポートする遊軍的存在だ。組織図は以下の通り。団長(当時のカイの役職)↓七人の大隊長(『守護神』と呼ばれる隊員)↓三十五人の小隊長(『守護天使』と呼ばれる隊員) ←ティアナが推薦される位置↓それぞれの隊に所属するたくさんの騎士団員(普通の隊員)↓たくさんの志願兵他にも補佐官など細かい分類や役職が存在するが、組織図として大まかに表すとこのようになるのだ。カイが説明を終えると、ティアナが泡を食ったように慌ててソルに訊く。「えっと、管理局に例えると……」「部下の数は“海”の提督クラスよりも多くて、実質的な権限はそれより上だから、今のクロノと同じくらいか?」そのまま当てはめてしまえば、クロノが率いる次元航行隊部隊+αを己の指揮下に置く、という意味だ。まさか自分がそこまで評価されているとは思っていなかったのか、開いた口が塞がらないどころか思考停止してしまうティアナ。そんな風に固まってしまった彼女に、ソルが意地悪な笑みを浮かべて言ってやる。「今日から『守護天使ティアナ様』って呼んでやるよ、くくく……」「やめてください!!!」からかわれていると理解し顔を真っ赤にしたティアナが、控え室に響く大きな声で抗議した。ちなみにソルは上記の組織図には何処にも属していない。元々カイの前任者であるクリフ=アンダーソンに腕を見込まれ直々にスカウトを受けて入団した経緯と、団長すら凌駕する戦闘能力、命令無視を繰り返し単騎で遊撃ばかりしていたことにより、非常に扱いに困るワンマンアーミー的存在だったからである。(しかも最後は団の宝である封炎剣を盗んで逃走――本当はクリフから譲り受けたがその事実を知る者は当人達のみ――したので脱走犯=騎士団の汚点扱い)おまけとして、聖騎士団は上官や自分より強い者に対して『様』を付ける風習があり、ソルもカイも共に『ソル様』『カイ様』と呼ばれた。もっとも、団長であるカイは『様』付けよりも『団長』と呼ばれることが多かったが、当の本人が団長に就任してからも前任者のクリフを『クリフ団長』と呼び続けたので、二人が揃っている時に誰かが「団長!」と呼ぶとちょっとした混乱を生んでいたのは余談。聖戦終結と同時に解体され数十年という月日が流れた今となっては、当時の戦いに明け暮れた生活がソルとカイにとって忘れられない思い出となっている。「で、予選落ちした連中はどうなった?」話題を変える為にソルが皆に話を振る。今この場には、ユーノとアクセルとザフィーラとクイントの姿がない。ザフィーラはつい先程一旦肉体を分解しソルの中に戻ってきたので気にも留めていないが、気絶して敗退した他の三人が少し気になったのだ。「医務室だよ。他の選手達も一緒さ」答えたのはクイントを気絶させた張本人であるスレイヤー。彼も彼で気に掛けていたらしく、此処に戻ってくる前に医務室へ足を運んだとのこと。そこでは予選落ちした選手達が野戦病院に運び込まれた負傷兵のように犇めき合っているらしい。まあ、ユーノ達ならそれ程待たない内に勝手に復活するだろう。タフネスさに関しては最早人外レベルだ。心配など不要である。本選が開始されるまでまだ時間はあるので、ソル達は思い思いに休憩を満喫するのであった。「う~ん」難しい顔のヴィータがスルメを齧りながら唸っている。そんな彼女が眺めているのは、この大会で『誰が優勝するか』と『誰が何処まで勝ち上がれるか』を纏めたオッズ表。会場に居る観客がリアルタイムで投票出来るシステムのもので、予選が終了した現段階でどうなっているのかを空間ディスプレイが示していた。「やっぱソルは最有力の優勝候補だよなー」彼女の口調は苦々しい。予選でとんでもない程に暴れるだけ暴れたソルの戦い方は実に素人好みであり、組織票でも入ってるんじゃないかってくらいにオッズがおかしいことになっていた。具体的に言って、会場の六割以上が『ソル優勝』に票を入れている計算だ。戦い方もそうだが、Eグループで唯一生き残ったのでシード権まであり、それがオッズの偏りに拍車を掛けていると思われる。次に高いのはフェイト。やはりソル同様Dグループ唯一の本選進出のシード権持ちだからか。ザフィーラと激しい戦いを繰り広げたのも大きいのだろう。三番手にカイ、四番手にティアナと続く。撃墜数ではティアナの方が圧倒的に上だが、予選で見せたサシの勝負が二人に差をつけた要因だ。上位四名から突き放される形で撃墜数の低いシグナムとクロノが続き、皆から遠く離れた下位にスレイヤーが並ぶ。要はどれだけ観客の注目を集めた戦い方をしたか、だ。「ちっ、マズイぞこりゃ」オッズが高いと賭けに勝っても利潤が低い。故に、ヴィータにとって身内の連中が人気を集めているこの状況は由々しき事態である。唯一の救いは撃墜数が一人のスレイヤーだった。彼が他の選手に脇目も振らず、クイントと終始潰し合いをしていたことにより、他の連中と比べあまり注目されていない。「しゃーない。最強の爺さんに財布を託すか」当然、勝てると分かっている試合には全力で賭けるが、勝った時の喜びは恐らくスレイヤーの勝利が一番の筈。何故なら利潤がきっと誰よりも大きいから。最大の問題は身内同士でぶつかり合った時、どっちに賭けるか。ソル、カイ、スレイヤーに賭けるのが無難だが、組み合わせ次第ではその三人がぶつかる可能性も大いにあり得る。つーか、準々決勝くらいから必ず誰かと誰かがそうなる。その場合予想は難しい。「ま、そん時はそん時考えよっと」そう結論付けて口にしていたスルメを酒と共に嚥下すると、予選落ちした四人の内三人、ユーノとアクセルとクイントが顔を出す。ザフィーラの姿が確認出来ないが、気にしなくてもいいだろう。三人に気が付いた他の皆がそれぞれ「お疲れ様」だの「残念だったね」だの「怪我してない? 大丈夫?」だの声を掛けている。労いを受けた三人は「惜しかったんだけどなー」とか「いやー、疲れたわー」とか「とりあえずお腹が空いたわ!」とか笑いながら応じて空いてる席に腰を下ろす。予選落ちしたことに関しては特に気にしていないらしい。と、気を利かせたシャマルが三人にスポーツドリンクを手渡した。本選開始までまだ時間がある。なので暫くの間はお喋りに興じることとなるが、やはり話題に上るのは先程の予選での戦いとこれからの本選トーナメントである。大方の予想通りというか、誰も彼もがソルを優勝候補と目しているものの、カイとスレイヤーの実力を知る者達はその意見に渋面を示す。背徳の炎一家のリアクションを見て、驚く者や戦慄する者の顔を観察するのはなかなか面白い。人の悪そうな笑みをアインが浮かべ、告げた。「この際だからはっきりさせておこう。カイはソルの宿敵だと自称するだけあって強い、リミッターを外さないなら私でも難儀する程の使い手だ。そしてスレイヤー殿は、リミッターを外し本気になったソルと互角に戦える……つまり私より強いぞ」基準がアインという時点で既に比べる対象が人類じゃない。何処のモンスターだ? というツッコミを誰もが入れたそうにしていたが、結局誰も突っ込まなかった。最早そういうものなのだと皆呆れているのかもしれない。「だからクイント女史、そんなスレイヤー殿と真っ向から殴り合ったあなたはとっくの昔に人類を超越している。ようこそ、“こちら側”へ」「やったわ。ついに私は人を超えたのね!!」アインの歓待の言葉と共に差し伸ばされた手を取り、何も考えていなさそうな表情で喜ぶクイント。そんな母親の姿に「あああ!? お母さんがあっち側に行っちゃったよギン姉ぇ!!」とスバルが喚き、「前々からいつかそうなるんじゃないかと思ってたけど……」とギンガがさめざめと泣き、「……ついにナカジマ家からも人外魔境が誕生しちまった」とノーヴェが呻き、「これが人の可能性……」とチンクが慄き、「じゃ、つまりウチのママリンは最強のお母さんってことッスね!!」とウェンディがはしゃぎ、「…あ…あ」とディエチが認め難い事実に固まってしまう。此処まで来るともう笑うしかないのか、他の皆は微妙に頬を引きつらせた苦笑い。「ま、なんでもいいけど」アクセルがいつの間にか手にした酒瓶を浴びるように飲みながら、相変わらずの軽い態度と口調で言う。「俺らってさ、誰が誰より強いとかそういう競い合うことが目的で戦ってる訳じゃなくて、戦うことそれ自体が目的なんだよね。ああ勿論、勝ちたいって気持ちはあるけど二の次って感じ。なんつーの? 他人には理解し難いコミュニケーション、みたいな? 『あ、久しぶり! やろっか?』『おっしゃかかってこい!!』っていうノリ。基本、その場ですぐに戦っちゃうし。市街地のど真ん中だろうが建物の中だろうが人里離れた森の中だろうがね」「何それ怖い」ティーダが青い顔をする。彼以外にも眉を顰め、何を言われたのか分かっていない表情の者がほとんどだ。生まれも育ちもミッドチルダの人間から見たら、法力使い共が送る日々はとてつもなく物騒で意味不明に近い。賞金稼ぎに狙われる賞金首がほぼ全て『生死問わず』であり、換金する為の証拠品が生首OK、むしろ死んでるなら本人確認の為に生首じゃなきゃNG――文字通りの意味で“賞金になる首”――という世界である。殺伐としていて、人の倫理観が根底的に異なっているのは否めない。「一つ補足しておくと、お兄ちゃん達だけじゃないんだよ。お兄ちゃんの故郷である世界がそんな感じなの」「魔法に関して管理世界で言うところの管理局法が存在しない、ある意味無法地帯だから」なのはとシャマルが朗らかに恐ろしい事実を付け加えた。流石にイリュリア連王国のような治安が良い地域で暴れれば問答無用でしょっぴかれるが、そういう法が行き届いている場所はまだまだ多くない、未だに治安が悪く、周囲の迷惑を考えない法力を用いたストリートファイトが日常茶飯事になっている国や街は多い。むしろ賭けの対象にしてそれで生活を営む地域まである。「ソルくんなんてしょっちゅう放火魔扱いされてたって聞くで」よくよく考えてみれば恐ろしい話だが、はやての言うことは誰にも否定出来ない。実際、あの男は安全装置がぶっ壊れた火炎放射器だからである。「はやてちゃん、そりゃしょうがないって。ソルの旦那が戦うと周囲一帯が火の海になるからね……懐かしーな、昔旦那と路上で戦ってたら通報でもされたのか警察がすっ飛んできてさ。勝負そっちのけで二人して慌てて逃げたよ」「どうせアンタらのことだ。追っかけてきた警察が聖騎士団解体後に警察機構長官になってたカイなんだろ?」半眼で睨んでくるアルフの言にアクセルは何度も大きく頷く。「そうそうそう! そんであんまりしつこく追いかけてくるもんだからソルの旦那が腹立てちゃって、二人で協力して迎撃しようってことになったら、どうやって嗅ぎ付けたのかスレイヤーの旦那までどっからともなく現れて、結局四人で乱闘してたら街の一角が吹っ飛んじゃって、気が付いたら辺り一面焼け野原、ってね♪」語る本人は笑い話のつもりなのだろうが、笑うに笑えない。嗚呼、この人達は疫病神か天変地異そのものなんだな、と皆思ったが決して口にはしない。トラブルメーカーとかそんなチャチな騒ぎでは断じてない、もっと傍迷惑で恐ろしいものの片鱗を味わったからだ。本選は総勢三十名をAとBの2ブロックに分けて十五名ずつでトーナメントを行い、それぞれ最後まで勝ち残った者同士が決勝で戦い優勝を競うことになる。予選の時はクジ引きという方法を使われたが、今回は機械によるランダムセレクトで組み合わせが決定された。Aブロックはカイ、クロノ、シグナム、フェイトの四人。それぞれカイが第一試合、クロノが第三試合、シグナムが第六試合となり、Aブロック内で唯一シード権持ちのフェイトの試合は第二回戦から。問題無く勝ち上がればカイとクロノ、シグナムとフェイトという組み合わせで準々決勝にぶつかり合う。対するBブロックはスレイヤー、ティアナ、ソルの残った三人。スレイヤーは第三試合、ティアナは第四試合となっている。ソルもフェイト同様シード権持ちなので試合は二回戦から。そして、二回戦でスレイヤーとティアナの二人が戦うことになり、勝ち残った方が準決勝でソルと戦うことになった。「うわ、厳しいなこれ」発表されたトーナメント表にクロノは眉を寄せて苦々しく呟く。一回戦、二回戦は勝てたとしても準々決勝でカイと当たってしまう。聞いた話ではシグナムより強いらしい。チラリと彼の顔を横から盗み見ると、視線に気が付いたカイがニコリと微笑んだ。まるで「お互い頑張りましょう」とエールを送られているようだ。なんとなく気恥ずかしくなって視線を彼からトーナメント表に戻す。「ソルと戦うには決勝まで勝ち残るしかないか」「そうだね」シグナムの独り言にフェイトが同意を示す。するとシグナムは彼女に身体ごと向き直り、眼から剣呑な光を放つ。「だがその前にカイ殿かクロノ提督のどちらかを倒す必要がある」「うん」「そして、更にその前にお前と決着をつけなければならないらしい」「決着をつけるのはいいけど、シグナム? どうせ勝つのは私だよ」戦意を漲らせるシグナムと打って変わってフェイトは実にリラックスした様子で、まるで当たり前の事実を語るような口調で諭すように言ってやった。だがシグナムも負けていない。不敵に笑いを漏らしつつ返す。「ふふ、いいだろう。どちらがソルと戦うに値するか勝負だ」視線と視線が真正面から衝突しバチバチと火花を散らす。此処では既に女の戦いが始まっている。「ナカジマ女史に続きランスター嬢と戦えるとは、今日の私はなかなか運気が良いらしい。一つよろしくお願いしたい、レディ?」ダンディな紳士ことスレイヤーが優雅に笑みを浮かべたので、ティアナは慌てて畏まった態度で思わず「こ、こちらこそ」と頭を下げてしまう。彼が本当の紳士だというのもあるが、知人友人恩師などが礼儀知らずどころか非常識な連中ばっかりなので、こうも礼儀正しく接されると戸惑ってしまう時があった。そしてソルは――(カイとクロノが潰し合って、シグナムとフェイトが潰し合ってくれれば楽だな。問題は爺だが……)この場に居た選手達の中で誰よりもせこいことを考えていた。『それでは時間になりましたので、魔法戦技大会の本選トーナメントを開始致します!! 負ければ地獄、勝てば天国の待ちに待ったギャンブルバトルが行われます!! 勝っても負けても恨みっこなし、でも破滅しないように気を付けて、自己責任で賭けてくださいね!! 万が一路頭に迷う破目になったとしても我々運営側は一切関知しませんので悪しからず!!』実況のセレナが開始宣言をして、本選トーナメントが始まる。『では第一試合はAブロックの第一回戦からとなります。戦う二人の選手は先程の予選にて――』一発目からいきなりカイの試合となったが、本人は特に気負うこともなく皆に一言「行ってきます」と声を掛けてから控え室を後にした。「じゃあ賭けるか。カイが勝つに手持ち全部、と」「そうだな」「私も使える分は全部カイさんに賭けちゃおっと」ソル、シグナム、フェイトが手元に空間ウィンドウを表示させると一切の躊躇も無く全額カイの勝利にぶち込んだ。しかも三人共、数十万単位である。それを見てクロノとティアナが「豪快だ……」「……お金に執着してないのに結局賭けるんですね」と半ば呆然としながら呻いた。「何やってんだ? 確実に勝てる今の内に賭けるだけ賭けておかないと後悔するぜ?」流石は元賞金稼ぎ。この大会の話をセインから聞いた時は全くと言っていいくらいに乗り気ではなかったのに。稼げる時は稼いでおけ、という考え方なのだろう。促すようなソルの声にクロノとティアナがハッとなる。そうだ、カイの現在のオッズは第三位。ただでさえ高いものが勝てば勝つ程高くなっていく。そうなったら儲からない。リスクが少ない今の内に儲けを取っておかないと確かに勿体無い話だ。なんだか乗せられてると思いながらも、今日だけと思い直して各々が空間ウィンドウを表示した。試合開始直前のオッズは7:3でカイに圧倒的人気がある。次元世界では無名であっても、やはり予選での戦いっぷりが影響しているのだろう。何よりイケメンだ。対する相手選手は大柄で強そうなガタイの持ち主であったがあんまりイケメンじゃないので、その分女性票を多く獲得したに違いない。強さは顔で決めるものではないが、女性だったらどちらか選べと言われればカイを応援したくなる筈。で、「よく頑張りました」『決まったぁぁぁ! 華麗な剣技と強力無比な雷の魔法で相手を完封、Aブロック第一回戦第一試合はカイ=キスク選手の圧勝だぁぁぁぁ!!』案の定カイの勝利となって第一試合は終了した。時間にして僅か五分。会場中から黄色い声援を受けつつカイが戻ってくる。「こういう試合はいつ以来でしょうか。若い頃を思い出します」爽やかな表情でそう語る彼を一瞥してから、ソルが皆に言い渡す。この調子で頼むぞ、と。滞りなく大会は進行していき、シード権持ちのソルとフェイトを除いた皆もカイの後に続く。「……やっぱりソル達が異常なんだな。シグナムと戦った後だと凄く気楽に戦える」Aブロック第一回戦第三試合。クロノ、本選トーナメントにてやっと“海の提督”としての実力を見せ付けることに成功し快勝。「これだけの規模の大会にも関わらずこの程度の力量……やはり私を満たせるのはソルだけだな」Aブロック第一回戦第六試合。シグナム、秒殺勝利していながら何処か不満気。「はしたないようだが、オードブルでは満足出来なくてね」Bブロック第一回戦第三試合。スレイヤー、相変わらず徒手空拳のみで戦い、相手選手を一方的にタコ殴りにして完全勝利。「これっぽっちの攻撃でもう降参? 根性無いわね、アンタ」Bブロック第一回戦第四試合。ティアナ、幻術を使わず接近戦のみでベルカ式の相手を圧倒。噂通りの足癖の悪さを遺憾無く発揮し次へと駒を進める。一回戦を終え、再びAブロックから二回戦が始まるが特筆すること無く皆勝ち抜いていく。フェイトも二回戦目から参戦し問題無く勝利。そしてBブロックの二回戦が始まり――ついに第二試合でスレイヤーとティアナがぶつかり合うことになる。「ティアナ」厳かな口調と低い声音、真剣な色を帯びた眼でソルが愛弟子の名を呼んだ。「少し面を貸せ」顎で控え室の外を示し、返答を待たずに歩き出す師にティアナは黙って従い、その大きな後姿に視線を注ぎながらついていく。長い廊下を歩き続ける。人気の無い場所を求めている様子でソルはゴツゴツと重い音を立てながら進む。次の試合に向けて激励してくれるか、もしくは何か大切なことを伝えようとしているのだろう。少し歩いた結果、会場入りした時に待合室として使わせてもらった大部屋の前にまで辿り着く。誰も居ないことを確認すると、ソルは廊下の壁に背を預け腕を組み、ただでさえ鋭い真紅の瞳を更に鋭くさせ、言葉を紡ぐ。「あの爺は、間違いなく今までお前が戦ってきた連中の中で一番強い」「カイさんよりもですか?」「ああ。奴はある意味、俺より強いかもしれんな」「それ程ですか……!?」戦慄するティアナ。正直、今の師の発言を信じたくない気持ちでいっぱいだ。彼女にとって師であるソルは唯一にして絶対、最強の『魔法使い』だ。彼が負けた場面など見たことも聞いたこともない。いつだって傲岸不遜で、天上天下唯我独尊、傍若無人を地で行くソルよりも強い者が存在するなどあり得ない。そもそも彼は人ではなく、ギアと呼ばれる生体兵器。ありとあらゆる面で遥かに人類を凌駕し、人智を超越した戦闘能力を保有している。そんな彼が自身と同等かそれ以上の存在を容認することを言うとは思っていなかった。「俺と『同じ』でこういう公衆の面前で本気を出せねぇ理由があるから、あんま無茶はしねぇと思うが……精々気を付けろ。爺は『俺達』と同じで、言っちまえば人類に降り掛かる“脅威”そのものだ」「先生と同じ、人類の脅威……」言いたいことはそれで終わりなのか、ソルは反芻するティアナの声には応じず横を通り過ぎ歩き出す。だが彼は数歩足を進めてから急に立ち止まり、肩越しに振り返って口を開く。「勝てとは言わん、俺ですら奴に勝つのは難しい」だから、と続けた。「『人間』を相手にするつもりで戦うな。情けも容赦も要らん。殺すつもりで攻撃するだけじゃ足りん、肉片一つ残さず殲滅するつもりで全戦力を注ぎ込め」背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part4 幻影の焔『お次の試合はBブロック二回戦の第二試合! 管理局の“海”では指折りの実力者として知られる敏腕なのに足癖が悪いと噂に名高い執務官と、名前以外のプロフィールが謎のヴェールに包まれたダンディな紳士、この二人の対決です!!』実況のセレナはノリノリでマイクに噛み付くような勢いで吼える。本選が始まってからずっとこんな感じなので、特別ゲスト&解説のリンディ達三人は彼女が途中で喉を潰さないか少し心配だったりする。『ゲストの皆さんはどう見ますか? この戦い』『難しいわねぇ』腕を組み首を捻らせリンディが唸るのを横目で見つつ、ゲンヤが厳しい表情でコメントする。『さっきから気になってるんだが、スレイヤー選手ってのは何者なんだ? 魔法らしい魔法なんて一切使わず徒手空拳だけで勝っちまってる。プロフィールも名前以外何一つ分かってねぇし』『ナカジマ中将代理は予選で奥さんがスレイヤー選手に負かされたことを怒ってるんですね』『バッ、そうじゃねぇ!!』ゲンヤの横顔を見て邪推したカリムが鋭く指摘し、図星を突かれ年甲斐も無く顔を赤くする中年のおっさん。『プロフィール云々はともかく戦闘スタイルは実にシンプルだわ。ただひたすらに接近戦。まるでそれしか出来ないとでも言わんばかり』『リンディ統括官の言う通りです。そしてあの細身から繰り出されているとは考えられない程の圧倒的パワー。防御魔法を容易く砕き貫く拳や蹴りなどなかなかお目にかかれません』解説らしいことをのたまうリンディとカリムであるが、そもそも三人はソルの腐れ縁について知らないからこそ真面目な態度でコメントをしているのである。もし知っていたらソルが予選抜けした時の態度に酷似したやる気の無いリアクションを返すだろう。「あいつの知り合いならしょうがない」と。『オッズを見てみましょう。おおう、なんと比率は6:4! ティアナ・ランスター選手がやや有利と予想されているようです。やはり執務官という肩書きが後押ししているのでしょうか? しかし実際に戦ってみるまで結果は分かりません。二人の選手が一体どんな試合を展開するのか見逃さないようにしましょう』決闘場として用意された無人世界は、予選の時と同様に荒野。赤茶けた大地に点々と巨岩がせり出している。荒涼とした世界の中、約15メートル程離れた場所に一人の紳士が実にリラックスした様子で佇んでいた。「そんなに緊張する必要は無い。安心したまえ、手加減はしよう」「……」言われたティアナは返事をしない。否、返事をするだけの余裕が無い。今まで幾度となく強い者と戦ってきたが、これ程までに警戒しなければならない相手など初めてだと感じていたからだ。相対してみて、ソルの言っていた意味を初めて理解する。戦う相手として眼の前に立って漸く気付く。この紳士はとんでもない程に強い、少なくとも今の自分では手も足も出ないくらいに。師と同じだ。底が知れない。相手の力量がどの程度か全く掴めない。何もしていないのに冷や汗がダラダラ流れる。垂れ流しの気配だけでも足が竦んでしまう。とても大きくて禍々しい見えない何かが存在しているかのようなプレッシャーが凄まじい。身体が小刻みに震えている。武者震いではない。これは明確な恐怖。生存本能が警鐘を鳴らす。スレイヤーはとてつもなく危険だと訴えていた。(……か、勝てない)本能的に悟ってしまう。カイと相対した時とは何かが決定的に違う。いや、さっきのあれと今のこれを比べてはならない。それ程までに異質なものを感じるのだ。戦うことよりも何よりも先に逃げることが脳裏に浮かぶ。ヤバイ。身体が動いてくれない。こんな体たらくで試合開始の合図が鳴ったら一瞬で終わる。クイントがこんな人と真正面から殴り合っていたのかと思うと、戦慄を禁じ得ない。あっちもあっちで十分化け物だ。どうする? どうする? どうする? どうすればいい!?身体が動かないことによって焦りが生まれる。その焦りが思考をかき乱す。ベストの回答を導き出せない。こうなってしまっては戦えない。その末路として敗北が待っている。急がなければ、なんとかしなければという気持ちが溢れれば溢れる程頭の中はパニックになった。こうしている間もどんどん時間が過ぎていく。あと何秒で試合が始まってしまうのか? 冷静さを失った頭は真っ白で、何も考えられなくなってしまい――――『ティアナ』そんな時に過ぎったのは、自身を呼ぶ師の声。突如として真っ白な思考を紅蓮の炎が埋め尽くす。脳裏に師の、逞しく頼もしい大きな背中が映し出される。すると瞬く間に頭が冷静さを取り戻し思考がクリアになり、痺れていたように動かなかった身体が自由を取り戻し五感が研ぎ澄まされていく。スレイヤーに対する恐怖も嘘のように消えてしまう。まるで何度も経験し慣れてしまった事柄を突然思い出したかのように。(そっか。道理で怖かった訳だわ……この人、先生と『同じ』で人間じゃないのね?)先程まで自身が体感したことなど加味した結果、ティアナが出した答えはスレイヤーがソルのような人の姿をしていながら人ではない存在だという内容。完璧とは言えない答えだが、当たらずとも遠からずである。ついさっき言ってくれたではないか。爺は『俺達』と同じ、人類に降り掛かる“脅威”そのものだ、『人間』を相手にするつもりで戦うな、と。折角のアドバイスを忘れてしまう自分が情けない。思い出せ。初めて本気でこちらを殺す気になったソルと戦わされて、生まれて初めて人外と対峙した時に味わった刃のような敵意を、灼熱の殺意を、心を押し潰す恐怖を。今回もそれと同じ。もう既に経験したことだ。臆病風に吹かれ、必要以上にビビって怯むなどあってはならない。ビーーーーーーーッ、という音が聞こえてきてから、実況の『試合開始!!』という合図がタイミングよく鼓膜を叩く。さあ、覚悟はいいかティアナ・ランスター? 一瞬の気の緩みが致命的となる人ならざる者との戦闘だ。死ぬ気で戦わないと一撃でボロ雑巾にされるぞ?(集中、集中、集中!!)自らを暗示に掛けるかのように何度も同じ言葉を胸の内に繰り返してから、彼女は右腕を真っ直ぐ伸ばしクロスミラージュを構え引き金を引く。狙いは人体急所と思われる箇所の内、額、心臓、肝臓、腎臓、みぞおちの五箇所。普段であれば人間相手に人体急所を一度の攻撃で五箇所も狙おうと思わないが、手加減や容赦などは不要だと判断した結果であった。言われた通り、肉片一つ残さない――オーバーキルするつまりで攻撃した方がいいだろう。バースト射撃と勘違いさせる程の早撃ち。ダダダダダッと五連続で響く銃声。銃口からマズルフラッシュと共に吐き出された五発の魔弾が高速かつ正確にスレイヤーに迫る。ティアナが普段使っている射撃魔法は、基本的には貫通性を重視している。これは敵対する魔導師のバリアを貫き直接ダメージを与えることを目的としているからだ。その為誘導性は皆無に等しいが、割いたリソースを弾速と威力に回しているのだ。勿論、普通に誘導弾を使う時も存在するが、昔と比べると使う頻度がぐっと下がってしまっていた。何故なら、一定以上の強さを持つ連中に誘導弾を撃ち、もし当たったとしても威力が低い為大してダメージにならない。特にソルから師事を受けるようになってからは全くと言っても過言ではないくらいに使わない。精々、いざという時に使えなくなっては困るから毎日の訓練でしっかり練習するくらい。だから、射撃魔法でも基本中の基本であるシュートバレットの速度と威力、そして貫通力は誰よりも自信がある……筈だった。「それが攻撃かね?」だが、スレイヤーは手の平でうるさい羽虫を払うような動作をしただけで、五発の魔弾を全て叩き落す。眉を顰めるティアナであったが、似たようなことはソルがよくするし、カイも先程剣で同じことをしている。この程度は想定の範囲内。ならば叩き落せないように一発一発の威力を上げて撃ち込む量をもっと増やしてやる、そこまで考えてから、本当にそれでいいのかと思い直す。つい今しがた素手で防がれたが、もし防がれず当たったとしても本当にダメージを与えられたであろうか?「……」自問自答してみると答えは否だ。そもそもソル自らが「俺ですら奴に勝つのは難しい」と言う程の相手である。純粋な攻撃力において高いと評価出来ないティアナの魔法がそう簡単に通じるとは思えない。そう判断するとティアナの行動は早かった。クロスミラージュから脱着式の弾倉を抜き取る。抜き取られた弾倉は光の粒子となって消え、クロスミラージュに仕舞われた。そして先と似たような弾倉を新たに一つ召喚。オレンジの魔力光を放ちながら一つの弾倉が手の平の中に現れ、クロスミラージュに装填する。彼女の真意を知らない者から一見すれば、カートリッジが入った弾倉を別のものに換えただけの謎の行動だろう。しかし、弾倉を換えたことそれ自体がティアナにとって大きな意味を持っている。いや、正確には弾倉を換えたと言うより、弾倉に予め装填されているカートリッジを換えたと言った方が正しい。(公衆の面前でこのカートリッジだけは使いたくなかったんだけど、先生が許可してくれてるみたいだし、しょうがないわよね)自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、ティアナは改めてクロスミラージュを構え狙いをスレイヤーに定め、とある『法力』を選択し、引き金を引いた。「ガンフレイム」銃口から吐き出されたのはオレンジ色をした魔力弾ではなく、紅蓮の炎。大気を食らい、焼き尽くし、空間そのものを抉り取るような灼熱が真っ直ぐ突き進む。それと同時に排莢部分から紅色をした空薬莢が吐き出され、澄んだ金属音を立ててティアナの足元に転がる。飛来する火炎には確かに驚いたが、このまま棒立ちしている訳にもいかない。直撃を避ける為にサイドステップを踏み、やり過ごす。炎が真横を通り過ぎるその瞬間に感じた熱と波動は、慣れ親しんだ彼の力だった。空気が焦げる臭い、あらゆるものを灰に変える膨大な熱量、攻撃の意思を表現したかのような色と光。間違いない。これは彼の炎だ。スレイヤーを捉えられなかった炎はそのまま直進し、進路上にたまたま存在していた巨岩に命中すると、盛大な爆発と光、爆音を伴いながら巨岩を粉々に吹き飛ばした。威力も本物と同等とはいささか驚いたが、手品の種はもう分かっている。ティアナが取り換えたマガジン、それに装填されているカートリッジ。恐らく一つひとつに彼の法力が込められているのだろう。そうとしか考えられない。今のティアナからは、否、彼女が持つ拳銃型デバイスからは既に持ち主の魔力を発していない。感じるのは彼の力のみ。凶暴で狂おしい魔獣が檻から解き放たれ、本能のままに食らい尽くすことへ歓喜の咆哮を上げる。そんなことを連想してしまうくらいに、あの“魔銃”は攻撃的な気配を醸し出している。(ふむ。借り物の力とは言え、彼の力の一端を振るうか……いやはやなんとも、面白い展開になってきたものだな)個人的に興味が尽きない。ティアナ・ランスターという少女は、一介の人間でしかない。種族的な特殊性を持っている訳でも、出生に何か秘密がある訳でも、凡俗には到底理解出来ない何かを秘めた訳でも無い。スレイヤーの眼から見て、何処にでも居そうなただの女の子だ。けれど、彼がこれまで出会ってきた人間の中で唯一弟子と認める特別な存在。他にも彼が戦い方を教えた人間はたくさん居るというのにだ。それとも普通の人間だからこそ特別扱いするのであろうか? 少し会話をしただけだが、彼女がどういう人間なのかスレイヤーの眼はある程度捉えていた。真面目で、芯が強く、気持ちいいくらいに実直な心根の持ち主。ソルの知己でありながら珍しく捻じ曲がっておらず、自分なりの価値観と判断基準を持ち、偏見や選民思想とは縁遠い考え方だと予想された。冷静沈着に見えて実は胸の内に熱いものを秘める、やや感情的になり易い性格なのでは?(力も信念も戦いにおいて絶対の要素とは成り得んが……なるほど、あの師にしてこの弟子ありといったところか……人の身でありながら凄まじい闘気だ。実に心地良い)ソルがティアナの何を見出し、どうしてこれ程までに肩入れするのかは未だ分からないが、それは後回しだ。今この瞬間は、彼女との戦いを愉しもう。離れた間合いを詰める為に踏み込むと、ティアナも応じるように駆け出す。その際、右手に持ったクロスミラージュから赤い空薬莢が三つ吐き出されるのを見て、今度は何を見せてくれるのか期待に胸が膨らむ。ヴンッ、と低い音と同時に現れたのは赤く燃え盛る炎の刃。銃口から伸びるそれは約1mくらいの長さを持ち、銃把を覆うようにして形成されている。こちらも負けじと拳に力を込めた。闇の眷属に相応しき陽炎の如き闇色の魔力が全身から溢れ出す。二人の距離が一気に縮まった。懐に潜り込むように低い姿勢となり下段から逆袈裟に炎の刃を斬り上げようとするティアナに対し、スレイヤーは拳を大きく振りかぶり上段から全体重を乗せ打ち下ろす。「ヴォルカニックヴァイパー!!」「イッツレイト」紅蓮の炎刃と暗黒の魔力を纏う拳が衝突し、轟音が奏でられた。「何だあれは!? どうしてティアナがお前の炎を使えるんだ!!」「なんでキレてんだよ……」激昂したクロノがソルの襟首を乱暴に掴んでガクガク揺すり、されるがままのソルはうんざりしながら低い声で抗議する。そこへ厳しい表情をしたカイがクロノに加勢。「クロノさんの言うことはもっともだぞ。あの放出量は明らかに常人が耐えられるレベルではない! お前は彼女に一体何をした!?」頭が堅い二人に詰め寄られ、ソルは鬱陶しそうな顔でクロノの手を振り払い数歩後ずさって距離を取ると、面倒臭そうではあったが説明する気になったのか渋々口を開く。「もうとっくに気付いてると思うが一応言っておくと、さっきティアナが交換したマガジンに装填されてるカートリッジに込められてるのは俺の法力だ」黙したまま二人は視線で「続けろ」と訴えてくる。「確かに放出量に関しちゃ人間の限界を超えてるが、その負荷はティアナじゃなくクロスミラージュが全部負担することになってるから問題は無ぇ」その為、一家でよく話題となる『魔力の侵蝕』による心配は低い。元々あれは日常生活でソルとスキンシップを重ねる必要がある(数年間単位)ので、前提として成り立たない。代わりに負荷を全て担うことになったクロスミラージュはDust Strikers時代にシャーリーが作った時とは仕様が異なる。と言うかソルとヴィータが改造に改造を重ねた結果、既に完全なる別のものへと変貌を遂げていた。制作者のシャーリーが涙眼になってデバイス工房『シアー・ハート・アタック』に文句を言いに来た記憶は古くない。素材は封炎剣と同じなので馬鹿みたいに頑丈で、アホみたいに重い。マガジンを抜いた総重量が8kg。最早拳銃と呼んでいい重さではなく、銃器として扱うより撲殺用の凶器として使った方が使い道ありそうな代物だ。うっかり足に落としたりすれば大怪我すること間違いなし(シャーリーが文句を言いに来た理由は重くて自分ではメンテナンス出来ないから)。シャーリーが制作した当時と比べ、やたらゴツくてデカい。こんな風になってしまった原因は地球産のアニメやゲーム、漫画に影響されたヴィータが「魔力を込めて撃つ銃なんだから、やっぱ吸血鬼とか悪魔とか撃ち殺せないとな!」と宣言した所為。マガジンのカートリッジ装弾数も4連装から9連装に変更。やはりヴィータの提案であり、デザートイーグルを参考にしたと後に本人は語っている。デザートイーグル云々はどうでもいいとしても、マガジン交換の回数を減らす為に装弾数を増やすのは理に適っている。『これで必殺技とかあれば言うこと無ぇーな。なんとかバスターとかなんちゃらブラスター的な溜め撃ちとか、ビームとか、超速連射とか、大量のミサイルを一斉発射とか、夢が広ガリング的な何か』そして例によって例の如くヴィータが調子に乗り始める。話を聞いたティアナもティアナで『ひ、必殺技なんてそんな子どもじゃあるまいし……』と言いながら期待を込めた眼でチラチラ見てきたので、ソルとしてはもうお前らの好きにしろ、メガ粒子砲でも荷電粒子砲でも陽電子砲でもサイコガンでもなんでも作ってやるよ、って感じだった。事実、ティアナが火力不足に悩まされていたのを知っている。保有する魔力総量が多くないので、ここぞという場面で威力が足りず局面を打破出来ないというピンチにぶち当たる、という可能性を懸念しなかった訳では無い。身内にはソルを筆頭に大量破壊兵器みたいな連中がゴロゴロ居るので忘れがちだが、彼女の最大火力というのはそこまで強くないのだ。で、多種多様な候補の中、結局ティアナが選択したものはソルの法力を使えるようになることだった。理由を訊いても教えてくれなかったが、言いたくないなら『ま、いっか』で流すのでそれ以上は根掘り葉掘り訊かない。けれども法力を修得するなど土台無理な話で、魔法で再現しようとしても炎熱変換持ちではないのでこれも無理。当初『無理だろ』『それは流石に無理だって』と難色を示すソルとヴィータに対し『そこをなんとかお願いします!!』と頭を下げるティアナ。必殺技云々の言いだしっぺはヴィータだし、なんでも作ってやるよと言ってしまったソルとしてはそれ以上断ることも出来ず、彼女の熱意に押される形で二人はクロスミラージュの更なる改造に踏み切った。まあ、故郷での法力は技術的にミッドの魔法と同じで、生活必需品から兵器にまで人類に浸透しているものなので、やってやれないことはない……生きているヘラクレスオオカブト(昆虫)を動力源として動き、生体組織を用いないにも関わらず法力増幅技術を保有するという前代未聞のトンデモ人型兵器も存在していたし。数ヶ月間の失敗と試行錯誤の末に、ソルの法力を込めた全く新しいカートリッジシステム、“Fight from the Inside―秘めたる炎―”が完成。名前の由来は勿論、ソルの大好きなロックバンド“QUEEN”が発表したアルバム『世界に捧ぐ―News Of The World―』に収録されている曲『秘めたる炎 - Fight from the Inside』から。ヴィータから『語呂悪いからQUEENにこだわんなよ!』と激しいツッコミを受けたが、ソルが頑なに譲らなかったのは余談。通常のものとは色が異なり、外見は血のように赤い真紅の弾丸。一度にロードする弾丸数に応じて使える法力が変化する、文字通りの意味でソルの法力が使えるようになるシステム。ただ、やはり大きな力を得るにはそれなりのリスクが存在するもので、使えば使う程ティアナの体力を著しく消耗する。現状で一日に使用可能な弾丸数は36発。それがソルとヴィータの技術的限界であり、それ以上の使用は負荷を負担するクロスミラージュの許容量を超えティアナの身体を蝕む――流れ込んでくる膨大な魔力に耐え切れず、リンカーコアがズタズタになり、全身の筋肉繊維が断裂し、血管という血管が破裂してから吐血か喀血をして昏倒するらしい――ので、シャマルのドクターストップが入ってしまう。日常生活においてスキンシップで得られる量と、戦闘用の法力とでは魔力量が桁違いなので、やはり人間の肉体では負荷に耐えられないという結論が出ている。適度な量は回復や補充に最適だが、過度な摂取は猛毒となる。故に、二人は36発を超えるカートリッジの所持を許していない。仕様は次のようになっている。クロスミラージュにカートリッジを装填した時点で身体能力強化。1発消費でガンフレイム発射。2発消費でバンディットリヴォルバーなどの打撃技が威力強化され、炎攻撃追加。3発消費でヴォルカニックヴァイパー、ファフニールなどの高威力技が使用可能に。5発消費でクリムゾンジャケット発動(術者の防御力強化による被ダメージ激減、持続時間10分)。9発消費でタイランレイブ。「とまあ、こんなもんだ」説明を終えたソルが疲れたように溜息を吐く。と、長々と喋っていた彼を気遣うようにしてフェイトがすかさずペットボトルを渡す。一言「サンキュ」と礼を述べて喉を少しだけ潤し半分程度中身が残ったペットボトルを返せば、受け取った彼女が嬉しそうに「……間接キス」と呟きペットボトルに口をつけようとして横からシグナムに奪われ、「何するの!?」「私も喉が渇いたんだ、寄越せ」「ふざけないで!!」「何だと!?」という風にして唐突に取っ組み合いが始まった。「……」「……」「……」こっちは真面目な話してんのに何やってんだこの女二人は? という男三人の白い眼に射抜かれ、流石の二人も「「すいませんでした……」」と素直に謝り静かになった。「何処まで話したんだ?」「ソルが僕のデバイスにティアナと同じものを付けるところから――」「クロノさん、何自分に都合の良いことを仰ってるんですか」シグナムから取り上げたペットボトルを飲み干し空にしてからソルが問い、クロノがしれっと嘘を言おうとしてカイの冷静な指摘が入る。「改造の依頼なら受けてやっても構わんが……」「何!? マジか!!」顎に手を当て思案しながらソルがぼそりと呟くとクロノが飛びつく。「高いぜ? それに今のお前が使いこなせるとは思えん」「いくらだ!? とりあえず値段だけでも聞くだけ聞いてみる!!」「1千万」「なんだたった1千万か……ん? 1千万? 1千万!? た、たか、高いわああああああああああああああああああああああ!!!」高給取りの“海”所属でありながら財布は奥さんに握られているクロノの絶叫が響いた。「じゃあ、ティアはホントに1千万も払ったんですか!?」「一括じゃねーよ。前金で2百万ポンとくれて、残りはローンだ。確か48回払いだったっけな」あまりの額の大きさにわなわな震えるスバルに向かってヴィータがポップコーンを口に放り込みながら答える。「ちなみにカートリッジは1発につき2万。割りに合う合わないと思うのは人それぞれだが、値段聞いた時ティアナは安いっつったぞ」周囲のほとんどが信じられないものを見る眼で「なんなんだこの金銭感覚の狂った人達は?」と声に出さず視線で語る中、鼻息荒く胸を張って演説するように言う。「ウチで作ってるデバイスはな、何から何まで全部手作りなんだよ。テメーの足で材料採りに行くし、持って帰ってきた材料の加工も生成も全部アタシとソルが二人でやってんだ。部品を外部に発注したことは一度も無ぇーし、使ってる技術もかなり特殊で誰にも真似出来ねー」「でも姉御、材料費って全部タダなんじゃ――」「そんじょそこらのデバイスマイスターが、ぶっ壊れて使えなくなった家電製品とか廃車とかを分子レベルまで分解して再利用したり、蛇口捻って水汲む感覚で活火山の火口に飛び込んで煮え滾るマグマ採取出来んのか!?」「で、出来ません」「トーシローはすっ込んでろ!! それに材料費タダでも材料集めの間は働いてんだから人件費発生すんだろが!!!」「……ごめんなさい」余計な口を挟んだアギトがヴィータの逆鱗に触れ、小さくなった。この手の話になると職人肌の強い彼女からしてみれば、素人にとやかく言われるのは嫌なのだろう。アギトが指摘した通り、確かに材料のほとんどはタダ同然で手に入れている。住宅街を軽トラでゆっくり走りながら廃品回収したり、業者にお願いして廃車置場の廃車を1台丸々もらったり、火山に行ってマグマを採ってきたりと、材料を手に入れるのに金を掛けていないのは事実。だが、その後に行う治金作業がとんでもないくらいに難しい。法力を用いて材料を分子レベルまで分解し精製する。これがとにかく神経を使う。不純物を取り除いてやっと素材として使えるようになった後は、それらを一度鍋や窯に放り込み錬金術を駆使して練成し、出来上がった熱々の金属を鍛造する工程が待っている。これらの作業を全てソルと二人三脚で行っていた。出来上がる商品はまさに惜しみない時間と労力と技術の結晶。大量生産は不可能だが、とても丈夫で壊れ難い、持ち主にとってオンリーワンとなるデバイスを生み出す。それがデバイス工房『シアー・ハート・アタック』最大の“売り”なのだ(最近では雑貨屋としての側面も強いが)。「でも1千万っていくらなんでも高いんじゃ……」ギンガが苦言を呈するが、ヴィータは華麗に切り返した。「よく考えてみろよ。一時的だけど1千万でソルと同等の力が振るえるんだぞ? もうロストロギアみてーなもんだぞ? それがたった1千万だぞ?」「……そう考えると安い」「ま、誰でも使えるって訳じゃ無ぇーけど、そこんとこ勘違いすんなよ? 何年もソルにマンツーマンでボコられてたティアナだから使えんだかんな」「「それは勘弁してください」」Dust Strikers時代を思い出したのかスバルとギンガの顔が土気色になり、眼から光が失せて死んだ魚みたいになる。彼とサシで戦うことにトラウマがあるらしい。それを聞き「根性無ぇーな」と鼻を鳴らすヴィータの発言に頷いてるのはアギトとヴィヴィオを抜いた背徳の一家連中とクイントだけで、他全員は二人に同意を示している。アクセルだけ唯一「だからティアナちゃんは旦那に気に入られたんだね~」と暢気だった。『こ、これは一体どういうことでしょうか!? 試合開始早々ティアナ・ランスター選手が火の魔法を駆使して戦っています!! プロフィールにそれらしいことは記載されていませんが、彼女は実は炎熱変換持ちだったのかぁ!?』叫ぶなりマイクのスイッチをOFFにしてセレナがリンディ達に向き直る。「何か知ってますよね?」うぐっ……と言葉に詰まる三人は顔を寄せ合ってヒソヒソ内緒話を展開した。(どうしますか? この場でティアナさんがソル様の愛弟子であることを公表していいものでしょうか?)(誰が言うの? 悪目立ちする癖に目立つの嫌いな彼に私達がバラしたってことになれば、後でどれだけ酷い目に合わされるか分かったもんじゃないわよ)(つっても、あいつ教導とかしてたから案外怒らないんじゃねぇかな。教会騎士やDust Strikersの連中はそのほとんどがあいつの生徒だし)それにティアナも、予選のソルのように大声で技名叫んでるし。同じ紅蓮の炎を操り、同じ技名を叫ぶ二人。これを偶然と言うには少々無理がある。((じゃあどうぞどうぞどうぞ!!))(俺が言うのかよ!?)自ら墓穴を掘ったゲンヤが二人に何か言う前にリンディが先手を打つ。『ナカジマ中将代理が何か知っているようです』(おおおおおおおいぃぃぃぃぃぃぃ!!)追い討ちを掛けるように便乗するカリム。『そう言えばナカジマ中将代理のご息女がティアナ・ランスター選手と同期だという話を伺っているのですが……』(あんたら全部俺に押し付けて他人事にするつもりか!!)小声で抗議するが二人は聞く耳持たない。声には出さず『早くしろ』と口パクするだけ。いつか覚えてろよと恨みがましい眼つきでジロリと睨んでからゲンヤは覚悟を決め、咳払いをひとつしてヤケクソな内心を押し殺してマイクに向かって喋る。『噂として小耳に挟んだ程度だが、ティアナ・ランスター選手がソル=バッドガイ選手の弟子ってのは聞いたことあるな』『そうなんですか!? あのエリート執務官が、現在は街のデバイス屋さんであるバッドガイ選手の弟子!? これは驚愕の事実です!!』わざとらしく乗ってくるセレナ。この娘も大概苦労人気質だ。会場にざわめきが広がっていくが、それは質の悪いものではなく人々が納得しているような雰囲気が感じ取れるものだ。あれだけの戦闘能力を持つ魔導師の下で修行を積めば、そりゃ執務官なんてエリート業に就いて当然だと言わんばかりに。そして当の本人の片方であるティアナは――「くたばれ!」炎を纏いしクロスミラージュを手にしたまま右ストレートを打ち込むようにして突き出す。スレイヤーの胸に深々と炎刃が刺さった手応えを感じ取った瞬間には引き金を引き、エネルギーを炸裂させる。排莢される一発の弾丸。ゼロ距離で爆炎が発生し紳士が火達磨になって吹き飛ぶ。彼女は追い討ちを掛けるべく駆け出すが一足遅い。空中でくるりと体勢を整えた彼は着地と同時に素早く踏み込み、凄まじい突進力を以って拳を振るい、お返しとばかりに殴り飛ばされた。「今のはなかなかだったが、追い討ちが遅いよ」何か言っている気がしたが聞き取る余裕など無い。カウンター気味に右ストレートをもろに食らい、まともに受身も取れず背中を強かに打ち、それでも勢いは止まらず蹴り飛ばされたボールのようにバウンドしてから何度も何度も転がって、再び背中を何かに打ち付け、漸く止まる。ティアナを受け止めたのは荒野に点在する無機質な巨岩。しかし巨岩は衝撃に耐え切れず無残に砕け散り、ティアナの細い身体を抱いたまま瓦礫と化す。「……流石は先生の喧嘩仲間……マジで洒落にならない強さね」全身がバラバラになりそうな激痛、縦に高速回転していたことによる三半規管と視界の異常、それによる吐き気、それらを無理やり我慢しながら瓦礫から這い出て立ち上がった。(これで何回目? 冗談抜きで死ぬかと思ったのって)荒い呼吸を整えていると意味のない思考が過ぎった。本来のバリアジャケットの強度であれば一撃で倒されていただろう。しかしそれを辛うじて防いでくれているのは、バリアジャケットの上に重ね掛けしているソルの防御法術“クリムゾンジャケット”のおかげだ。全身を紅色に淡く光る魔力が守ってくれている。カートリッジを5発も消費しなければ発動出来ないという燃費が悪い側面に眼を瞑れば、熱と火炎で術者の防御力と耐久力を飛躍的に上昇させてくれる。人外の桁外れた攻撃にも十分耐えられるレベルにまで。耐えられると言っても衝撃を完璧に遮断してくれる万能スキルではないので、少しずつダメージは溜まっていくものの、ティアナとしてはありがたいことだった。これがあるからこそスレイヤー相手に此処まで戦えている。(カートリッジは残り15発。タイランレイブで9発使うことを考えると、それまでに使えるのが6発……もう本当に後がないわね)ソルの法力を使えばゴリ押し出来るかと思っていたが、大きな間違いだった。向こうも向こうで力に任せてガンガン攻めてくるゴリ押しインファイター。至近距離での殴り合いはスレイヤーに分があり、押し切るつもりが押し切られそうだ。本当に強い。師が自ら『勝つのは難しい』と言うだけのことはある。人類の脅威そのものとはまさしく事実だ。“アレ”こそが超越者。存在自体が理不尽で、不条理という絶対的な力を振りかざし、羽虫を潰すようにして敵を蹂躙していく。相手が理不尽の塊だというのは分かっている。そして対抗する自分は、所詮借り物の力を振るってなんとか食らい付いているだけ。ティアナ個人の実力であればとっくに負けていた。体力の消耗が激しく身体は鉛にでもなってしまったかのように重く、ダメージも軽くはない。けれど、頭では理解しているのに感情がこのまま敗北することを納得せず、手足を勝手に動かす。戦うことを諦めない。勝負を捨てることを許さない。(集中……集中……)ティアナにとって奥の手中の奥の手、“Fight from the Inside―秘めたる炎―”を使っているにも関わらず追い詰められているという現状が、彼女の集中力を極限まで高めていく。それは俗に言うトランス状態。戦うことのみを思考し、限界まで肉体を酷使することを厭わない。己が今、かつてない程に戦闘に特化した状態であることを自覚しないまま、彼女は炎刃を発生させたクロスミラージュを両手に構え駆け出す。「素晴らしい、実に素晴らしい」真っ直ぐ突っ込んでくるティアナを前にして、スレイヤーは無邪気な子どものように喜んでいた。借り物の力で戦っている事実を決して卑下することなく、驕ることなく、あくまで『手段の一つ』として使い戦う彼女の姿。嗚呼、なんと人間的で、美しい様なのだろう。人類がこの世に発生してから今まで連綿と受け継がれてきた『何かに立ち向かう力』は、闇から出でたスレイヤーだからこそ眩く輝いて見えた。スレイヤーは我武者羅な人間が好きだ。一生懸命生きている人間を見るのがとても好きだ。そんな人間と戦うのが今では生き甲斐になっているくらいに好きなのだ。ソルがティアナの何を見出したのか、今なら分かる気がした。彼女は何処まで行ってもどんなに巨大な力を手に入れても『人間的』なのだ。戦う姿勢も、性格も、我武者羅なところも、言葉で表現するのは難しいが一言で纏めてしまえば、とても魅力的だ。口元を穏やかに緩め、迎撃する。拳を突き出すが紙一重で避けられ、手痛い反撃がやってきた。ガードが間に合わないので甘んじて受ける。炎刃の袈裟斬りを食らい仰け反りながらも蹴りを繰り出す。攻撃の硬直中で防御など出来っこないティアナに蹴りがもろに入って吹っ飛ぶ。吹っ飛ばされはしたがしっかり受身を取った姿に、チャンスと見て追撃しようと肉迫。体勢が整っていない彼女の腹に目掛けてボディブロー。目論見通り拳が相手にめり込んだ瞬間、至近距離から火炎放射を食らい、今度はこっちが弾き飛ばされた。「がはっ!?」「……う、ぐえぇ」獄炎に焼かれてのた打ち回るスレイヤーと、片膝をついて悶絶するティアナ。僅かに二人の動きが止まったと思えば、必死の形相をしたティアナが片膝をついた状態のままスレイヤーに銃口を向けトリガーを二度引いた。ガンフレイムの二連発。放たれた炎の弾丸は寸分違わず命中し、その破壊力を遺憾無く発揮。爆発に巻き込まれたかのような勢いで更に吹っ飛ばす。勢いは収まらず、今度はスレイヤーが巨大な岩に叩き付けられる番だった。壁に全力投球して貼り付いたパイ生地のように激突し、岩肌からずり落ちていく。「これで終わりよ!!」満身創痍の身体に鞭打って立ち上がったティアナが両手に握り締めていたクロスミラージュを、ツーハンドの双剣状態から左手に一つだけ持ったワンハンドモードに切り替えて駆け出した。離れていた距離は瞬く間に詰められ、トドメを差そうとティアナが左腕を振り上げる。その刹那、0コンマ何秒という時間にすれば僅かな間、スレイヤーはいささか卑怯と理解していながらも人外の身体能力が駆使し、体勢をすぐさま立て直す。そして、攻撃をしようとしているティアナの懐に低い姿勢から超高速で踏み込み、下から上に向かって天を貫かんばかりにアッパーを放つ。「ビッグバンアッパー!!」見た目もモーションもただのアッパーだがパイルバンカーに匹敵する威力を誇るそれは、これまで数多の対戦相手を空高く打ち上げ、意識を刈り取った一撃必殺の拳。当たりさえすれば、ソルが相手だろうと追撃次第でそのままダウンを奪える切り札の一つ。使ってしまえばそこで勝負が終わってしまう代物なので今まで使用を控えていたが、ティアナはスレイヤーに使わざるを得ないと思わせる程追い詰めてみせたのだ。このスレイヤー相手に見事な手前であった、と心の中でスレイヤーは賞賛し、半ば勝利を確信して拳を振り抜き彼女の顎を貫いた。「……!?」そう。確かに貫いた。拳は確実に彼女の顎を捉え、打ち抜いた筈。しかし、拳に慣れ親しんだ手応えはない。あの人を殴った時に拳に伝わってくる感触が、全くない。「ファフニール!」その代わりとでも言うのか、返ってきたのは自身の鼻っ面にぶち込まれる炎を纏った拳の感触。つまり何かと言うと、ぶん殴られた時の激痛だった。「ごぁっ」何がなんだか分からないまま背後の岩肌に再び叩き付けられるスレイヤーが見たのは、今自分がアッパーで貫いたティアナと重なるようにして、後ろから“もう一人のティアナ”が燃え上がる拳で右ストレートを突き出した姿。――幻術。今の今まで彼女が幻術の使い手であることをすっかり失念していた。まさか反撃を読んでいて幻影を見せたのか? だとしたら何故今まで幻影を使い攻撃を防ごうとしなかった? まさかこの局面だけを狙っていた? もしそうだとしたらなんと冷静で狡猾な!!幻影が消え、本物のティアナの姿がはっきり現れる。真っ直ぐ突き出した右腕はそのままで、右腕に合わせるかのようにして左手に握ったクロスミラージュを構える。ガガガガガガガガガシュン、とクロスミラージュの排莢部分から耳障りな音と共にマシンガンのフルオート射撃を行ったかの如く9つの空薬莢が吐き出された。Q, 相手が壁を背負った状態でソルがファフニールをぶち込んだ時、次に来る派生攻撃は何か?答えるまでもない。スレイヤーはその答えを幾度となく、その身を以って味わった。「タイランレイブ!!」紅蓮が視界を埋め尽くし何もかもが真っ赤に染まる。発生したのは二階建ての家屋すら超える大きさの炎の渦。スレイヤーごと背後の巨岩をも易々呑み込むと、内包した莫大なエネルギーを一気に炸裂させ、大爆発を生む。熱と衝撃の嵐が荒れ狂い、周囲に暴虐の限りを尽くし傍にあるものを片っ端から蹂躙していく。火竜の逆鱗に触れ災厄が過ぎ去った後の大地、と表現してもよさそうなそこは大きなクレーターとなり辺り一面が真っ黒に焦げている。その爆心地の中心で、倒れ伏したスレイヤーが今にも立ち上がろうとしている光景を確認出来た。タフな彼も流石にノーダメージという訳にはいかなかったようで、立ち上がったものの先程と比べるとやはり弱々しいと感じる。しかし余力は残しているようで、笑みは絶やしていない。まだまだあの紳士は戦いを続けるつもりだ。どの程度ダメージを与えられたか分からないが、戦意を失っていないのだから試合は続行される。だからこそティアナは、「さっき、『これで終わり』って言いましたよね」トドメを差すことに、「すいません。あれは嘘です」一切躊躇しなかった。「星よ……集え」声に従い、構えたクロスミラージュの銃口に光の粒子が集まってくる。しかもその量が尋常ではない。空から、大地から、まるで世界中の魔力がティアナに引き寄せられるように。大規模な集束魔法。集束され、凝縮していく魔力量はとっくの昔に一個人の保有量を超え、次元航行船の艦砲撃に込められている量すら上回り、それでも尚留まることを知らず上昇し、激しく渦巻き、高まっていく。大気に、土に、岩に、この場に存在しているありとあらゆるものの中に溶けている魔力素を根こそぎ奪い、そのエネルギーを一点に集中させる。「まさか、全てはこの攻撃の為に……?」スレイヤーの脳裏に想像を絶する考えが浮かび上がってくる。――ランスター嬢がつい先程まで使っていた彼の力は、これをする為の下準備でしかなかったのか?そのまさかです、と言わんばかりにティアナは口元を吊り上げた。ただでさえ予選からこれまで何度も何度も戦闘が繰り返された場所だ。通常では考えられない量の魔力が眼に見えない形で世界に沈殿している。そこに36発のカートリッジが全て消費されたことにより、今この場はタイランレイブ4発分の魔力が追加され、飽和状態なんて言い方では足りないくらい魔力が満ち満ちている。やがてチャージが終わったのか集まってくる光の粒子が止む。この時点でどの程度の破壊力が秘められているのか、誰にも分からない。後は引き金を引き絞るだけの段階になり、ティアナが獰猛に笑う。「さあ、いきますよスレイヤーさん。先生の喧嘩仲間って自称するくらいなんだから、先生の弟子であるアタシの全力全開、受け止めてくれますよね?」対するスレイヤーは拳を構えると全身に闇色の魔力を纏わせ、相変わらず余裕ある紳士然として面持ちで返した。「遠慮なんて要らんよ。淑女の要望に出来る限り応じるのが紳士たる者の勤め。いつでも来たまえ」返答を聞き、ティアナは思う。嗚呼、やっぱり先生の知人友人は何処かぶっ飛んでるけど凄い人達ばっかりなんだぁ、と。そんな人達と出会い、戦えた今日という日に心から感謝して、引き金を引く。「スターライト、ブレイカアアアアアアアアアアアッ!!!」解き放たれた光の奔流は、ティアナの魔力光であるオレンジにやや赤が混ざたような色をしていた。それはまるで陽光のように眩しく、美しく、力強い。闇の眷属にとっては忌々しいものでしかないその光に、スレイヤーは人の尊さといったものを感じながら、臆することなく正面からぶつかった。だが、迫りくる魔力量のあまりの多大さにあっさり押し潰されてしまう。「ふふふふふ、この光がランスター嬢の輝き……ミッドチルダを支える若者の力、か……なかなか愉しめたよ」――次に相見える時は、私も全力でお相手することにしよう。“レディ”相手にではなく、同じ“喧嘩仲間”として。満足したように微笑んで紡がれた言葉は、光の奔流に容易く呑み込まれ、誰にも聞かれることもなくかき消された。後書きスレイヤーのおっさんは、覚醒必殺技を一切使ってません。言い訳なんですが、リアルで仕事が忙しくてなかなか執筆時間が取れず更新が進みません。4話で終わらせるつもりだったのに……キリがいいからここまで書いてアップしちゃいます。もうこうなったらあと2話、3話は続きますと先に宣言した方がいいのかもしれない。ダラダラ続いてごめんね。そしてついにゲーセンで稼動したGGXXAC+R。名前長いよ……久しぶりにゲーセンでギルティやって面白かったです。早くPS3でネット配信されないかな。ネット対戦って結構好きなんですよね。ブレイブルーやスト4もよくやってたし、最近ではJOJOの格ゲーもやってます。そんなに上手くないけど。もしネット配信されて戦うことになったらよろしくです。ではまた次回!