「どういうことか順を追って説明しろ」ソルにとって旧知の仲である三人が何故此処に居るのか分からないので、三人を連れてきた張本人であるユーノに向かって説明を求める。すると、ユーノが「実はつい二、三日前のことなんだけど……」と語り始めた。いつものようにアルフと二人でスクライアの発掘調査団と共に遺跡に潜っていたら、遺跡の奥深くで唐突に空間の歪みを感じたと思えばアクセルが虚空から落ちてきた。発掘調査そっちのけで十三年ぶりの再会に驚きつつも歓喜するユーノ。まさか自分が生きている間に、タイムスリッパー体質のアクセルと再び会えることがあるとは予想だにしていなかったからだ。この機会は逃せば、次にアクセルと再会することが出来るのは数十年後か、はたまた百年後か分からない。チャンスを逃さずこの喜びを皆と分かち合いたいと考え、まず最初にソル以外にもアクセルと仲の良いスレイヤーの所へ赴けば快く承諾を得られたので、スレイヤーを仲間に加えてイリュリア連王国へ。連王国に到着し、アクセルがカイとその奥さんと再会を果たし喜び合っている光景を見ながら、後はソル達をイリュリアに呼ぶだけだという段階になって、エリオとシンが行方不明なままという事実を思い出す。現在家出中のエリオとシンは、アクセルと直接的な面識は無い。あくまで話を聞いた程度だ。なので、居ても居なくても問題ないのは確かであっても、アクセルに会えるレアイベントをみすみす逃してしまうのはいくらなんでも勿体無い。そんな時にアルフが今回の『魔法戦技大会』にもしかしたら雷兄弟も参加するかもしれないと言い出し、じゃあミッドチルダに行ってみようという話になって。「……という訳」「俺達もそう思ったが、残念ながらあの馬鹿兄弟は来てないぜ」“バックヤードの力”を使い、二人の慣れ親しんだ魂の波動を探してみたが見つけられなかった。もうすぐ参加受付が終了し予選が始まる時間になるので、今回は諦めた方がいいかもしれない。そもそも二人が『魔法戦技大会』のことを知っているかどうかすら疑わしくなってきた。「マジで? 居ないの? あちゃあ~……すいませんカイさん、無理言って来てもらったのに。アクセルさんも楽しみにしてもらってたのに」肩を落とし、カイとアクセルに向かって深く頭を垂れるユーノ。「いえいえそんな。ユーノくんが悪い訳ではありません。元はと言えばウチのシンがそちらのエリオくんを引っ張り回してるのが悪いのですから。きっとソルの真似事をしてるつもりなんでしょう……私達の時のような止むを得ない事情がある訳でも無いのに、全くあの子は、育ての親に似て周囲への迷惑を一切考えない……」「いいっていいって。ソルの旦那が育てた、って話だったから楽しみにしてたのは事実だけど、会えないんならしょうがないじゃん? むしろ責められるべきは旦那だよ。二人をそんな風に育てたのは旦那なんだし」「それは全く以って同感だ。この男は子煩悩の割りに性格が子育てにこれっっっぽっちも向いていない。それ故に子ども達は、なかなか個性的に育つのだよ。実に面白い」「……来て早々灰になりてぇのかテメェらは……!!」ユーノに頭を上げてくれと言うカイ、その横で能天気な口調で笑いながら軽口を叩くアクセル、アクセルに全面的に同意しながら優雅に笑うスレイヤー、そして先の三人の言によってビキビキとこめかみに青筋を立てるソル。場が妙な空気になってきている。真面目で誠実そうな美青年、態度が軽薄っぽくチャラそうな男、ダンディズムに富む紳士、三者三様のタイプが異なる人間がソルと軽口を叩き合う。さっきから置いてけぼりを食らっている者達――つまりソルの友人達のことを全く知らない連中は彼らのやり取りについていけず、何がなんだか分からないのでとりあえず成り行きに任せて静観することに決めたのか誰一人として喋らない。そのことにいち早く気付いたアルフがこのままではいかんと思い、注目を集める為にわざとらしく一つ咳払いをしてから口を開く。「あー、相変わらず仲が良いのは分かったから、そろそろいいかい? 出来ればアンタらのこと知らない奴らに自己紹介してもらえるとアタシは嬉しいんだけど」アルフの声を聞き、三人は今更気が付いたかのように互いに見合ってから居住まいを正すと、では私からとカイが一歩進み出た。「カイ=キスク、と申します。ソルとは聖騎士団時代からの……仲間? 戦友? ……いえ、やっぱり生涯の宿敵です」何故言い直した? と誰もが疑問に思ったが、彼は一切構わず続ける。「今日此処に居るのは、エリオくんと共に行動している私の息子、シンを捕縛しようと思ってユーノくんに連れてきてもらったのですが、どうやら空振りだったようです」何か諦めたように溜息を吐くカイに向かってソルが咎めるように言う。「仕事ほっぽって来たのか? 玉座を空にしやがって、この不良王が。よく鳥野郎が許したな?」「それだけドクターも二人のことを心配していたんだ。特にエリオくんはドクターに気に入られていたから、シンに振り回されていないか不安なんだろう。二人が失踪して二年以上経過しているしな」「だからって王が自ら探しに来ることねぇだろ。この程度、イズナあたりにでも頼めばいいことじゃねぇのか? あいつだったら喜んで引き受けてくれる筈だ」友達思いで仲間意識の強い彼ならむしろ自ら率先して行動しそうだ。王として自覚が欠ける行動に対し非難するソルに、カイがゆっくり首を横に振った。「あの時、失踪した二人を探す為に一番尽力してくれたのがイズナさんだというのはお前だって知っているだろう? あの人には散々迷惑を掛けた……それに、今私が此処に居るのは皆の総意だ。同時に、王としてではなく私個人の、シンの父親として、エリオくんの師としてのケジメでもある。妻も、ドクターも、イズナさんも、お前から生きているという報告を聞いてはいるが、やはり心配している」「んなこと言っても、お前にはお前の立場があるだろうが」「だからこそドクターとイズナさんは妻と共にイリュリアに残ってくれたんだ」そこまで言われてしまえばソルとしては黙るしかない。まあ、王が一日か二日不在なだけで国が傾くのであれば、いっそのこと滅亡してしまった方がいい。そもそも国を離れられない状態でこの男がイリュリアの外へ出る訳が無い。Dr,パラダイムが納得しているのであれば本当に大丈夫なのだろう。彼以外にも王に忠実な騎士団と部下が大勢居る。余計なお世話だったか。「……あのー、いくつか質問いいっスか?」震えるような声が割って入ってきたので視線をそちらに向ければ、何故か元気が無いウェンディが絶望を滲ませた表情で小さく挙手している。「何だ?」「カイさん、でいいっスか? さっきから息子とか妻とかいう単語が聞こえくるんスけど、もしかして、ご結婚されてるんスか?」「はい」事も無げにカイが返事したその時、乙女達に見えない雷が走った!!ピシャーンと貫いた衝撃は彼女達――主にナンバーズ――を一瞬で石化させ、夢とか希望とか憧れとかを一撃の下に刈り取っていく。儚く散っていったそれらに対し、まあ、なんというか、残念だったねとしか言えない。「補足しておくと、こいつの一人息子は諸事情で俺が昔育ててやった。名は、シン。名前くらいなら聞いたことあんだろ? その馬鹿こそが、二年と半年前にウチの馬鹿息子を連れて何処かへ消えた張本人だ」「皆さんには大変ご迷惑をお掛けしています」育ての親が頭痛を堪えるように額に手を当て、実の親が申し訳無いと深く陳謝する。この場に居る大半の者は事情を詳しく知らなかったので、そうだったのかと納得している様子。「ちなみにモンタージュはこれだ!」しゃしゃり出てきたヴィータが空間ディスプレイを表示し、一枚の写真を映し出す。そこに映し出されたのは、カイに勝るとも劣らない美青年が優しい笑顔を浮かべながら、嫌がるヴィヴィオの口に無理やりニンジンを叩き込んでいる絵面だった。撮影されたのはシンとエリオが失踪する前なので三年前――ソル達がDust Strikersを抜けて間もない頃だ。おおおぅ……と、カイが妻子持ちだと聞いてへこんでいた乙女達が復活する横で、ヴィヴィオが真っ赤になって抗議の声を上げる。「もっとマシな写真あったのに、よりによってどうして私が泣きべそかいてるやつなの!?」ヴィヴィオの悲鳴が虚しく響く。しかし誰も取り合わない。皆苦笑いを返すだけ。「次は俺様の番かな~」「……」カイの自己紹介が一段落したのに合わせて、アクセルが言いながらソルの肩に馴れ馴れしく肘を置く。それをソルは嫌そうな横目で一瞥するだけで、振り払おうとせず何も言わない。「俺っちはアクセル、アクセル=ロウっていうのよ。ソルの旦那とは結構付き合い長くて、まあ、なんつーの? マブダチってやつ?」「トラブルメーカーが何を偉そうに言ってやがる……」「ひっどいな旦那は。トラブル起こしたり巻き込まれたりはお互いいつものことじゃない。それについては言い合いっこ無しにしよ?」「フン」ヘラヘラ軽薄に笑うアクセルにソルは鼻息を荒くするだけ、というリアクションを返す。不承不承ながら彼の言葉を否定せずある程度認めていることを示していた。多少の自覚はあったらしい。そして同時に、この場に居たソルとアクセルの関係を詳しく知らない者達は戸惑う。何故なら、これ程までにソルに対して馴れ馴れしい態度を取れる人物(女性を除く)というのは男性で知られている限りは、ユーノとザフィーラのみだ。しかも二人がソルとスキンシップを取る時、大抵は動物形態。クロノやヴェロッサ、グリフィスやティーダ、ゲンヤやゼストもそれなりに仲が良いが、ソルのパーソナルスペースというのは同性には結構広く感じられるようで、誰も軽々しく彼に触れようとしない。だというのに眼の前の男性は易々と誰も出来ないことをこなしている。自称する『マブダチ』というのは本当のことなのかもしれない、と思わせるのも当然の流れ。まあ、当たらずとも遠からずという関係で、タイムスリッパー体質のアクセルは行く先々の時代で二百年以上生きる不老不死のソルと何度も遭遇し、時に挨拶代わりに戦い、暇潰しに戦い、アクセルがタイムスリップする為に戦い、情報提供の報酬として戦い、数日間ではあるが旅のお供を勤めたことまであった。互いに肩肘張らずに付き合える程よい距離感の、『腐れ縁』なのである。「アクセルさん!」突然大声を出したのはこれまで黙って成り行きを見守っていたフェイトだ。呼ばれた彼が視線を向けてくるのを確認し、彼女は指で自分のことを指し示しながら訊いてみた。「私のこと、覚えてますか? 覚えてるっていうより、私が誰だか分かりますか? あの時、なのはと一緒にソルの傍に居て、ソルの話を色々聞かせてもらったんですけど……」「……もしかして、フェイトちゃん?」期待するような眼差しをするフェイトにアクセルが自信無さそうに答えると、彼女は嬉しい気持ちを表すように大きくうんうん頷き、駆け寄ってきては両手でアクセルの両手を掴んで上下に振る。「そうですそうですフェイトです! 本当にお久しぶりです! 十三年ぶりなんですよ!? またこうして会えるなんて思ってなかったから、凄く嬉しいです!!」「これまた驚いた……将来は絶対に美人さんになると思ってたけど、こんなに綺麗になっちゃうなんて俺っちびっくりよ?」「私も会えてびっくりです。それにアクセルさん、前に会った時と全く変わりませんね」「へへ。そっちにとっては十三年でもこっちにとっちゃ二年だからね、たった二年でそこまで変わりはしないよ。けどそっちは変わったねぇ~。あんなにちっこかったユーノんとフェイトちゃんがこんなに大きくなっちまんだから、時間の流れってのは相変わらず凄いな……アルフは変わらないけど」感慨に耽るアクセルの声にユーノとフェイトが照れ臭そうに笑い、アルフは「アタシは使い魔だからね」と肩を竦める。「でさ、フェイトちゃんがこんなに美人になってるってことは、なのはちゃんもそうなんでしょ?」「髪を下ろすと桃子お母さんにそっくりですよ」「そいつは会うのが楽しみだ!!」「今はちょっと居ないんですけど、すぐ此処に来ますから期待して待っててくださいね」バンザーイ!! と諸手を挙げて喜びを身体全体で表現する彼の態度にソルがやれやれとかぶりを振っていると、その様子に目敏く気付いたアクセルがニヤリと唇を吊り上げソルに詰め寄った。まるでとんでもない悪戯を思いついた悪ガキのような笑みで、彼は見事なまでに地雷原の上でタップダンスを踊るように口にする。「ユーノんとアルフから聞いたよ、だ~んなぁぁ~。あれから、なのはちゃんとフェイトちゃん以外の女の子達と色々あったってぇぇぇ~?」それはやめろ! 社会的にマズいことを一番気にしているの本人だから!! 早く謝って!! と誰もが声に出せずとも表情で語ったが、アクセルはこれ見よがしに『踏むなよ? 絶対に踏むなよ!?』と注意書きが掲げられた巨大な地雷を渾身の力で踏み抜いたのである。「俺っちから此処に居る女の子達に質問! この中で、旦那と肉体かぐわぁっ!?」彼の言葉を最後まで言わせまいと、ソルが炎を纏った右の拳で天を穿てとばりにアッパーを放つ。情け容赦無く下から上に向かって打ち出された炎の拳はアクセルの顎を正確に捉え、頭蓋に浮く脳を縦に揺らしながら、高さが三メートルはある天井に盛大な破砕音を伴ってアクセルの上半身を突き刺した。天井に埋まらずに済んだ下半身だけが力無くプラプラ揺れる。「こうなると思ってたんだ……っ!」「……殴られるのが分かっててやるからね、アクセルの奴」腹を抱えて必死に笑いを堪えようとヒーヒー呻いているユーノとアルフに身体ごと向き直り、殺意漲る魔獣の瞳でギロリと睨みソルは封炎剣を召喚し紅蓮の炎を発生させた。――!!??こうなってしまったら流石に笑っていられない。膨大な魔力と溢れ出る殺気に場が凍りつくのも構わず、慌てふためいて部屋の外へと逃げ出そうと駆け出し自動扉の前で「早く開け!」と喚く二人に、赤々と燃え盛る封炎剣を逆手に持った状態から投槍のようなフォームで全力投擲。ヒュゴッ、と大気を切り裂きながら高熱の物体が高速ですっ飛んでいく。一瞬早く二人は部屋の外に飛び出し外から扉を閉めるが、扉に突き刺さった程度では勢いを止めることなど叶わず、敵艦の装甲を貫く徹甲弾のようにして易々扉をぶち破った封炎剣は廊下で二人に着弾し大爆発を引き起こす。「「の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっっ!!!!」」耳を思わず塞ぎたくなる爆音と大地を揺るがす震動に混じって、二人の断末魔の叫びが轟いた。ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!そしてけたたましく鳴り響く火災報知機。廊下では係員や警備員が騒ぎを聞きつけ集まってくる。スプリンクラーから散水され、慌しく消火活動が開始されているらしい。暴挙と呼ぶには暴挙に失礼なくらい非常識なことを眼にし皆が呆然とする中、ソルは天井に上半身が埋まったアクセルの足首を掴み力任せに引き摺り下ろして床に叩きつけると、襟首を両手で締め上げ理不尽極まりないことを言い出す。「テメェの所為で余計な騒ぎ起こしたじゃねぇか……どうしてくれんだ!? ああン!?」「そんなこと言ったって、ソルの旦那がジョニーの旦那みたいな生活してるのがいけないんじゃん!! 羨ましいよ!!」懲りていないどころか何ら痛痒も受けてなさそうに見えるアクセルが唇を尖らせると、その顔面に拳がめり込んだ。「ぶふっ」「誰がジェリーフィッシュ快賊団だって!?」「あ、自覚はあったんだ。うご! 痛い!? ゲハッ!! やめて旦那!! ユーノんとアルフから無自覚女ったらしって聞いてたけど俺っちは旦那ならそれもアリだと思ってるから許し、あだっ!? なんで攻撃が激しさを増すの!?」「どうしてテメェは言わなくていいことを言わなきゃ気が済まねぇんだ……ちったぁ黙ってろ!!」「こんな面白いこと眼にして黙っていられるかっての! あの一匹狼だった旦那が、何処ぞの空賊団の団長みたいなハーレぐおあ!」「俺はあの野郎みてぇな節操無しじゃねぇ」「でも八方美人なんでしょ? いや~ん、旦那のエッチ、スケコマシ~」「……もう死ね」一方的にアクセルをぶん殴りまくるソルと、余計なことを口走っては殴られ続けるアクセル。完全に周囲の者達など眼中に入れていない。とにかく、普通の『友人関係』だったら絶対にあり得ない光景に開いた口が塞がらない。此処までソルをおちょくることが可能な人間は、次元世界広しと言えどアクセルだけだろう。身内の人間も言おうと思えば言えるが、力ずくで即座に黙らされてしまうので、殴られれば殴られる程口が勝手に動くアクセルはある意味超大物だろう。事態に全くついていけない者達を尻目に、カイが呆れ返ったように溜息を吐き、スレイヤーが優雅に笑った。結局ソルとアクセルのやり取りは放置され、スレイヤーの自己紹介が終わるまで続いた。「失礼します」落ち着いた声音が部屋の外から届き、吹っ飛んだ扉の残骸を踏み越えて部屋に入ってきたのは修道服姿のセッテだ。「先程此処でボヤ騒ぎがあったと聞きましたが、何かありましたか?」あれがボヤ騒ぎ程度で済んでしまう辺り、後始末を担った聖王教会の者達は訓練され過ぎである。むしろ爆破テロだと誤解されても弁解の余地無いのだが。「いつものことだから気にしなくていいよ」と取り繕うように笑うオットーの言葉をセッテは一片も疑わず、納得したように頷いた。「ヤッホー、試合前に激励に来たよう……あれ? カイさんとスレイヤーさんが居る!? あ、嘘? アクセルさんまで!!」「アクセルってあの噂の?」「誰? そのアクセルって?」セッテからほとんど間を置かずに部屋へ飛び込んできたなのはが三人の姿を見て驚き、続いたはやてとアギトが首を傾げている。「んんーっ! んんんー!」赤いバインドで手足を拘束され、猿轡まで噛まされているアクセルがなのはの登場に反応してもがく。身代金目的で誘拐された社長のような有様に疑問符を頭の上に浮かべつつ、なのはは彼に近付くと猿轡を外してあげた。「ぷはっ、なのはちゃんお久しぶり。フェイトちゃんもだけど、なのはちゃんも美人さんになったね。桃子さんそっくりだよ!」「うわぁ、本当にアクセルさんだ。まだ私が人間でいられる内に会えるなんて思ってなかったから驚いてますけど、凄く嬉しいですよ」感嘆の声を漏らし再会を喜ぶなのはの後ろで、アクセルのことや何故此処に三人が居るのかの事情をアインがはやてとアギトに説明している。話を聞いた二人はなるほどと理解の色を示し、興味深そうに視線を注ぐ。「皆様、大会開始まで残り三十分を切りましたので、私から今大会におけるルールの詳細などをお伝えしたいのでお付き合いをお願いします」部屋全体によく通る声でセッテがこの場に居る全員の注目を集めてから、恭しくお辞儀した。それにより今まで好き勝手に話し合っていた者達は口を閉ざし、彼女の言葉に耳を傾ける。まずセッテが右手を顔の高さまで掲げると、各々の前に空間ディスプレイが表示される。ミッドの技術にあまり馴染みの無いアクセルだけが「SF映画みたい」とはしゃぐのを他所に彼女は説明を開始した。「今大会、『魔法戦技大会』は時空管理局がこれまで毎年の恒例行事として開催していた『戦技披露会』を聖王教会と共に三年振りに復刻したつもりのものです」ディスプレイに映し出された文章をつっかえることなく言うセッテ。「しかし、蓋を開けてみれば優勝賞金に眼が眩んだハイエナ連中と、管理局公認の公式賭け試合という内容により大手を振るってギャンブルに身を染めることを許された金の亡者共が集う、俗物の欲望に塗れた血で血を洗う闘争の場です」無表情から放たれる毒舌で一気に話が血生臭くなってきた。もう既にこの時点で『戦技披露』の面影など欠片も残っていない。「出場選手から参加費として五万、観客の入場料として三万、その内の半分を優勝賞金に上乗せし、更にそれらとは別に一試合ごとに賭けが行われます。お一人様一口五千からです。勿論、胴元が儲かるシステムなのは当然となっています」金にあまり執着しないソル、カイ、スレイヤー、シグナムを除いた全員がそそくさと財布、ではなく予め持ってきていた預金通帳の残高を確認し始める。アクセルはそもそもミッドに来たばかりだから所持金ゼロなので、一人物悲しそうにしていた。「次に参加選手です」ピッ、と電子音が鳴り、参加選手の名前がズラッと並べられ、ゆっくりと縦に画面がスクロールされていく。「先程受付が終了しました。参加人数は188名。この場に居らっしゃる方のお名前を確認の為フルネームでお呼びします。ソル=バッドガイ様、八神シグナム様、八神ザフィーラ様、フェイト・テスタロッサ・高町様、クイント・ナガジマ様、ティアナ・ランスター様、クロノ・ハラオウン様、ユーノ・スクライア様、カイ=キスク様、アクセル=ロウ様、スレイヤー様、この場に居らっしゃる方々の中で参加選手は以上の十一名でよろしいでしょうか?」「おう」全体を見渡したセッテにソルが鷹揚に頷く。ちなみに全員VIP扱いなので参加費は取られない。「観客の収容人数は2万8千9百名前後、優勝賞金は合計で4億3千8百万前後となります」4億……だと……? 誰もがゴクリと生唾を飲み込む。ミッドに住む者にとっては優勝したらもう働かなくていいどころか、子どもの代まで何もせずとも食っていけるレベルの額である。しかし、やはり金に執着していない者やミッドで暮らしていない者にとってはどうでもいい話だ。特に、イリュリア連王国の王であるカイはミッドに長居出来ないし、俗世から離れて暮らしているスレイヤーもあまり金銭に興味を示さない。あくまでもこの二人は純粋に闘争の場に関心がある。「次に予選について説明します」画面が切り替わり、荒涼とした大地が広がる無人世界の光景が映る。「参加選手188名の内、本選トーナメントに出場可能な人数は32名。一つのグループを30名前後とし、AからFまでの六つのグループに分かれて残り32名になるまで、無人世界で時間無制限のバトルロイヤルを行っていただきます、六つのグループが同時に、です。これは残り人数が32名になるまで続けてもらいますので、極端な例を挙げれば、Aグループが一人も脱落していなくてもBからFまでが全員脱落していた場合、その時点で生き残っていたAグループ全員が本選に駒を進めることが出来ます。言い忘れましたが、気絶するか降参するかが敗北条件です」あり得ないくらい雑な予選の組み方だったが、参加者が三桁に達しているのでそんなものなのだろう。とは言え、一般参加の者達にとっては五万も金を取られておいて予選通過出来なかったら悔やんでも悔やみ切れない。ぼったくりにも程があるが、どうせ訴えても「賞金に釣られて参加した癖に負けたからって文句言うんじゃねぇ!!」とか言われて終わるのだ、きっと。今更ながらに酷い大会である。賭けで取り戻せとでも言いたいのか。それで取り返せても胴元の主催者側が必ず儲かるシステムなので腹立たしいことだろう。ヤクザな商売だ。「予選はシステムの関係上、申し訳ありませんが賭けの対象外となります。賭けは本選トーナメントからとなるので、予めご了承ください」予選は参加選手の人数が多過ぎて集計不能だから、らしい。「生き残った32名をAとBの2ブロックに分け、一対一のトーナメントを行い、最後に勝ち残った選手が優勝者として賞金4億3千8百を手にすることが出来ます。何か質問はありますか?」「予選のことで質問が」挙手するのはクロノだ。「さっき32名になるまでって言ってたが、そのグループで自分一人だけ生き残った場合はどうなるんだ? 他のグループにすぐ飛ばされてバトルロイヤルを続けるのか?」「いえ、そういった場合その選手はそのまま予選通過です。本選トーナメント出場可能枠32名はあくまで目安。皆様方が出場される以上、大いにあり得ることなので、もしそうなった場合はその選手にシード権を用意するつもりです。他に何か質問は?」出場選手十一名の顔をぐるりと見回してから、質問がないのを確認するとセッテは続けた。「では選手の方々はこれから私についてきてください。くじを引いてもらい予選グループの振り分けをしたいと思います。観客の皆様はもう少々お待ちを」促された選手達がぞろぞろシスターの後についていく。部屋を出る直前に、残される側が「頑張ってー!」とその背中に声を掛けた。入れ替わるようにしてディードが入ってくる。「お待たせしました。席の準備が整いましたので、これから皆様を誘導します」背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part2 It was Called Victim『ついにこの日がやってきてしまいました! あの“事変”の後、管理局から魔導師が激減したことにより開催されなくなってしまった戦技披露会が、なんと優勝賞金を引っ提げて賭け試合と生まれ変わり三年振りに帰ってきたぁぁぁっ!!』開催時刻になり、満員御礼の会場に響き渡る若い女性の声。どうでもいいがテンションが非常に高く、それに呼応するようにして歓声が地鳴りのように轟く。『実況は私、時空管理局所属武装隊広報部セレナ・アールズ。解説&特別ゲストは、この大会を裏で糸を引いていると囁かれているこのお三方!!』『リンディ・ハラオウン総務統括官です。私が引いているのは、糸は糸でも操り糸だから勘違いしないでくださいね☆』『教会騎士兼、時空管理局理事官を勤めさせていただいてるカリム・グラシアです。牛耳ってるなんてそんな滅相も無い』『……ゲンヤ・ナカジマ中将代理だ……誰か教えてくれ。どうして俺がマイク持たされて此処に座らされてるんだ?』『今日はよろしくお願いします! で、今大会は以前の戦技披露会を復刻させたとのことですが、どうして優勝賞金が用意されて公認賭け試合になったのでしょうか?』ゲンヤを華麗にスルーしたセレナは、前々から誰もが思っていたであろう質問を三人にぶつけてみた。『え? だってただ単に見てるよりも賭けの方が面白いでしょ? どっちが勝つかにお金賭けるなんて燃えるじゃない』『賞金を用意すれば選手はやる気が出ますし、話題性もあって多くの人が集まりますので、経済的な効果が望めます』当たり前の事実のように語るリンディとカリムのリアクションを受け、セレナはゲンヤに無茶振りする。『要は世の中金ってことですかね? 面白いコメント期待してます』『いや、こんな振り方されて面白いもクソもねぇだろ……どう答えろってんだ』むしろこのコメントがドッと会場を沸かす。『はい、汚い大人が金の話をしている間に選手達のスタンバイが着々と進んでいるようです。それにしても参加人数が188名も集まるとは思っていませんでした。なんでこんなに集まったのか分かりますか?』『金でしょう』『金ですね』『汚い大人の金の話から離れてねぇよ。話題変えろ、もっと他に話すことあんだろうが』頭を抱えて嘆くゲンヤの声がまたも会場を盛り上げていく。『という訳で、そろそろ予選が始まります。188名の選手を六つのグループに分けて、無人世界で残り32名になるまでバトルロイヤルしてもらうことになるんですけど、随分無茶な予選の組み方ですね?』『最初の頃はちゃんとしようと思ったんですけど』『参加人数が三桁を超えた辺りから面倒になったので、手っ取り早い方法を選びました』『なんというテキトーさ! ハラオウン総務統括官とグラシア理事官によるぶっちゃ過ぎな発言に私は色々と心配になってきましたけど、そーんなことはこれから始まるであろう熱きバトルの前では紙クズ同然! どんな激しい展開が待っているのか期待で胸がドキドキです!!』『……幸先不安だ……』くじ引きの結果、手にした紙には『E』と書かれていた。「……『E』か」独り言を呟くソルに皆がわらわら集まってくる。「僕は『A』」「俺も『A』」「「『A』!!」」ユーノとアクセルが息の合った漫才コンビのように謎のポーズを取った。足を肩幅に開き、両手を頭上に掲げてピンと伸ばして手の平を合わせる。どうやら全身でアルファベットの『A』を表しているらしい。とりあえずアホの『A』だと思うことにした。「私は『B』ですね」「あ、私もです」カイとティアナが互いに「よろしくお願いします」と言い合っているのを眺めながら、ソルは思わず口走ってしまう。「お前ら『B』って感じだしな」「何が言いたい」「どういう意味ですか、先生?」「他の連中は?」ジト眼で睨んできた二人を捨て置き、残りの面子に訊いてみる。と、クイントがはしゃぎながら紙片を投げ寄越した。「『C』よ! いきなりソルの喧嘩仲間とぶつかっちゃった!! よろしく、素敵なオジサマ!!」「こちらこそ、美しいマドモアゼル。予選でありながら、これはなかなか楽しめそうだ」可愛らしいウインクを飛ばすクイントに、スレイヤーはネクタイを締め直す。どうやらはしゃいでいるのはクイントだけではないらしい。相変わらず戦闘のことになると大人気無い爺さんである。それからフェイトとザフィーラが『D』、シグナムとクロノが『F』と判明。皆綺麗にバラけた。が、何かこのくじに作為的なものを感じずにはいられない気分になってくるのは単なる邪推なのであろうか。効率良く人数を減らす為に講じられた運営側の思惑なのでは? と考えてしまうのも人数が三桁を超えた状態でのバトルロイヤル、という点の為仕方が無い。まあ、運営側の思惑をさて置き、一つ懸念事項があったのでソルはアクセルに声を掛ける。「……おいアクセル」「何?」「お前、『非殺傷設定』って知ってるか?」「何それ?」やっぱり知る訳無いか。というか、ミッドに来たばかりの法力使いが、魔導師などの魔法のルールを知っている方がおかしな話だ。しかし、これを知ってもらわないとこの大会では反則扱いされてしまうので教えるしかない。十三年前の時は、そういう戦闘に関する『魔法』の話を意図的に避けさせていたので、知らないのは無理もない。実際、模擬戦はソル対アクセルのカードしか行われなかったし、法力使い同士だったので魔法は使わず法力のみで遠慮しなかった。それにしても、何故ユーノは参加受付の時に教えておかなかったのだろうか? 後で問い詰めてやろう。とりあえず分かり易く説明してやると、元ギャングの癖して殺しを何よりも嫌う優しい性格のアクセルは非殺傷設定のことをとても気に入り、是非教えてくれと頼んできたが、此処で問題が発生した。法力と魔法の相性の悪さ、そしてアクセルが持つ資質だ。ついでに言えば時間も無い。彼は、理論で法力を行使するソルやカイと違い、感覚で法力を操っている。もっと厳密に言えば古武術の延長――体術と組み合わせた戦闘技法、つまり純然たる戦闘用なのだ。勿論、技術として法力を行使することも可能だが、あくまでそれが可能なのは法力用の日用品や設備に対してのみ。故に、次元世界で普及している魔法の理論を上手く理解しきれない。数学的知識が必要となるのは同じでも、毛色が違うのだ。で、今大会は当然非殺傷が義務付けられているので、出来ない時点で出場資格剥奪だったが……「そんなこったろうと思った。さっき便所に行く振りしてこれを持ってきといてよかったぜ」まさに『こんなこともあろうかと』という心の声が聞こえてきそうなドヤ顔でソルはズボンのポケットから、親指の爪程度の大きさの多面ダイス、のようなものを取り出しアクセルに手渡す。「旦那、何なのこれ? 十二面……あ、二十面か。サイコロみたいだけど目が無いし、何に使うの?」鈍い銀色の光沢を放つダイスを手の平の中で転がし、しげしげ眺めるアクセルの問いに素っ気無く答える。「デバイスだ。お前にやる」「は~、これがデバイスねぇ~。この目が無い二十面ダイスが? なのはちゃん達が持ってるのとはかなり形が違うね……ってえええ!? 俺にくれんの!? 俺、全然魔法使えないよ!!」他の皆もアクセル同様驚きを示してみせた。魔法が使えない人間にデバイスなんて渡しても宝の持ち腐れだからだ。しかし、「使えなくて構わん。そいつが勝手にやってくれる。俺が持つクイーンの後継機、完全自律駆動の補助専用デバイスだ。つまりそいつは、次元世界で一般的な魔導師の為に作ったもんじゃねぇ。俺達、法力使い用だ」そういうことらしい。<マスターが生み出した私の妹です。性能はマスターと私が保証しますよ>ソルの首から垂れ下がった歯車型のデバイス、クイーンも自信満々に太鼓判を押す。<初めまして>「お、おう!?」多面ダイスが感情の篭らない女性っぽい機械音声で挨拶し、まさかいきなり喋ると思っていなかったアクセルが仰天する。「時間が無いから説明は省くが、そいつがお前の魔力を食って勝手に色々と都合をつけてくれる。術者の法力を任意で非殺傷に設定したりとかもな……俺が作ったデバイスの中でもピカ一の性能だ、大切に使え」「いや、いきなり使えって言われても、ただでもらっていいの? これ、かなり高いんじゃないの? どうして俺に?」彼でなくとも誰もが抱く疑問である。どうしてソルがこの局面になってアクセルにデバイス――しかもクイーンの後継機になると超が二つも三つも付く高性能――を与えるのか。「お前はカイや爺と違って、またいつ会えるか分かんねぇからな」十三年前に再会を果たした当時、ソルはクイーン制作の真っ最中だった。一人の『魔法使い』として知ったデバイスの有用性を己のものにする為、毎日毎日地下室に篭って機械弄りをしていた。その時はデバイスのことを便利な道具、という点でしか見ていなかった。が、クイーンを制作してから何年も時間が流れて、最初はAIが搭載されていないが故に無口で必要最低限のことしか喋らなかったクイーンが、少しずつ何かが宿ったように――取り憑いたように――感情豊かになって、いつの間にか道具としてではなく『相棒』として見るようになった。そしてふと思った。経緯は異なるが自分と同じ不老となり、様々な時間の流れを旅しているアクセルは、かつての自分以上に孤独なのではないか、と。同じ不老でもスレイヤーには不老不死の伴侶が居る。復讐鬼であった昔のソルでも、同じ時代の同じ世界で追いかけるべき相手が、敵が存在した。しかし彼は、行く先々のほとんどの時代で自分のことを知る者を持たない。その孤独は、これまで何百年以上も生きてきたソルやスレイヤーが経験した孤独とは全く別種のものだろう。しかも二人と違って純粋な人間で、元の時代に帰るという以外の目的も存在しない。タイムスリップ体質の所為で、時間の流れから外れたことにより肉体の時間が止まっている。けれど精神の時間は決して止まらない。スレイヤーのように生まれながらのものでもなければ、昔のソルのように身を焦がすような執念――負の感情を抱いている訳でも無い。陽気な笑顔の下で彼がいつもどんな感情を抱いているのか、ソルは知らない。想像も出来ない。ただ、自分と似て非なるものだと感じるだけ。だからだろう。Dust Strikersを抜けて、戦うことを一時的に止めて、時間的にも精神的にも余裕が出てきた時にこのデバイスを作ったのは。売り物としてではなく、自分の数少ない旧友の為に。もし再び巡り会うことが出来たその暁には、彼の長い旅路に幸多からんことを願って渡そう、と。外見がどう見ても目が無い多面ダイスだというのは、彼の今までとこれからを暗示しているようで我ながら皮肉なデザインになってしまったが。「餞別みてぇなもんだ。素直に受け取っておけ」「餞別って、俺まだ飛ばないよ?」「んなこたぁ分かってる。言葉の綾だ、この間抜け」「ま、いっか。とりあえずくれるってんならありがたくもらっておくよ、サンキュー旦那」「フン」ニシシシッ、と子どものような笑みを見せ礼を述べるアクセルに、ソルは憮然として背を向け腕を組む。その態度が照れ隠しの表れだというのは皆分かっているので、苦笑を禁じ得ない。<マスター登録と初期設定を実行します。マスターの名前と私の個体名を教えてください>無機質な女性の機械音声に促されるまま、アクセルは応じる。「俺様の名前はアクセル=ロウ。マスターなんて呼び方堅苦しいからアクセルでいいぜ? それと、敬語もなしな。んで、お前さんの名前だが……うーん」顎に手を当て暫し考え込み、「よし、決めた。『メグ』、お前の名前は『メグ』だ。これからよろしく頼むぜ、相棒」元の時代で帰りを待つ恋人『めぐみ』の名前から拝借した。<マスターは『アクセル=ロウ』。私の個体名は『メグ』……登録完了。これからよろしく、アクセル>メグ、と名付けられた多面ダイスの形をしたデバイスは、表面から鎖を顕現させるとアクセルの左手首に二周、三周と絡みつき、即席のブレスレットとなる。「……こりゃクールだ、ハハッ!!」左腕を掲げ、その手首に絡みついた己のデバイスを眺めつつ高笑い。どうやら気に入ったらしい。『転移の準備が整いました。選手はそれぞれ引いたくじに従い、所定の位置まで移動してください』拡声器を手にしたシャッハの声が場内に響く。それを聞いたフェイト、シグナム、ティアナ、クイント、クロノは各々のデバイスを懐から取り出し展開すると、ユーノとザフィーラと共にそれぞれの魔力光を伴ってバリアジャケットを纏い、臨戦態勢を整える。「クイーン」<了解>ソルも皆に倣うようにクイーンに命じ、真紅の瞳をまるで獲物に狙いを定めた猛禽のように鋭く細め、ニヒルに口元を歪めた。胸元のクイーンが輝き、全身が炎で包まれ瞬く間にバリアジャケットが展開される。しかしいつもの聖騎士団の制服に模したものでもなければ、黒のタンクトップにノースリーブジャケットのものでもない。印象としてはゆったりした外套でありながら袖が肘までしかなく、全体的に赤い。銘柄なのか鎖骨の中央から臍まで縦に『RIOT』と刺繍されていた。肘どころか上腕二頭筋の中程まで覆う黒の指貫グローブ。ズボンは白と赤のコントラストがまず目に付く袴のようなデザイン。故意にそういう作りをしているのか丈は少し短く、赤いブーツより上部分の脛が垣間見える。この格好は、かつてソルがシンを連れて旅をしていた時によく着用していたものと全く同じ外見であり、見覚えがあるカイは当時を懐かしむ。隣ではティアナがソルの姿を上から下まで眺めてから、無遠慮に言った。「先生、またバリアジャケットのデザイン変えたんですか? Dust Strikersの頃からコロコロ変わってるような気がするんですけど」「何だ? 似合わねぇか?」「似合うかどうか訊かれればそりゃ似合ってますけど、普通こういうのって皆あんまり変えないから。私が知る限り先生だけですよ、服みたいにその日の気分で変えるのって」「俺にとっては、むしろ何故他の連中がバリアジャケットのデザインを変えないのか理解に苦しむな。身を守る防護服としての役目をしっかり果たせるのなら、服みたいに気分で変えたっていいだろうが」魔力で構成されるバリアジャケットは実際の服のように金が掛かるものではないし、着替え(再構成)も一瞬なのでそれを活かさないのは勿体無い、と言いたいのだ。「いや、戦装束をその日の気分で変える人なんてあんまり居ませんから」平行線な会話を交わす二人。あくまで我が道を貫くソルと、何処か釈然としない面持ちのティアナ。破天荒な師匠と常識人な弟子という図式だ。余談ではあるが、彼のバリアジャケットはいくつも存在する。その中でよく使用されるのが聖騎士団の制服、賞金稼ぎ時代の上半身の筋肉を大きく露出させる服装の二つで、それ以外にもちょくちょく違うものを使っている時が多々あった。ちなみに、ソルが戦う姿は聖騎士団姿じゃないとヤダ派(フェイト、エリオ)と、賞金稼ぎ時代の方が良いに決まっている派(シグナム、シャマル)と、似合うんだったら何でもいいじゃん派(なのは、はやて、アイン)という三つの派閥を生み出し日夜争っているとかなんとか。当人にとっては、たけのこの里派ときのこの山派の人間が不毛な争いをしているくらいに心底どうでもいい話。ついでに言えば、聖騎士団時代のソルはスレイヤーから「珍妙な格好」と笑われ、アクセルからは「何ソレ? めかしこんじゃって。似合わないっつーか、着せられてるっつーか」と散々こき下ろされた経験があるので、この二人の前では絶対に聖騎士団の格好だけはしないと決めている。更に加えて、連王になるまでのカイは聖騎士団の制服を「初心を忘れない為」という理由で愛用していたので、団の宝剣を盗んで脱走したソルが騎士団の格好をしていると理不尽にキレたりする。だから、カイの前でも聖騎士団の格好は出来ない。おまけとして、賞金稼ぎ時代の格好をすればシグナムが異常にテンションを上げてフルドライブ状態で暴れ始める――かなり本気で襲い掛かってくるので、今の姿は消去法によって選択されたものだったりした。そういう時に限って負けたことがないのでもし負けたらどうなるかなど知る由も無いが、絶対に碌なことにならない(R指定)と確信している。「では皆さん、トーナメント本選でお会いしましょう」全員の準備が整ったのを見計らい、女性が見れば誰もが見惚れてしまう微笑をたたえ、腰から大剣を抜くカイ。「んじゃ、派手にいきますか!」何処からともなく鉄で出来た一本の棍を取り出し、アクセルはそれを瞬時に展開。鎖鎌へと形を変え、手の中でチャラチャラ金属音を立てながら弄ぶ。「さて、参ろうか?」これから戦いに赴くというのに、相変わらず咥えたパイプを仕舞おうとしないスレイヤーが楽しそうに紫煙を燻らせる。それぞれがくじ引きによって振り分けられた場所に足を運び、魔法陣の上に待機すると、転移を開始した。「ヴィヴィオのパパって知れば知る程凄い人だよね。管理局とか聖王教会の偉い人と顔見知りだと思えば、異世界の国の王様とも知り合いなんだもん」「本当にヴィヴィオって『王様』と縁があるね。やっぱりそういう星の下に生まれたからかな?」ディードに案内された特等席に座って間もなく、右からリオ、左からコロナの声にヴィヴィオはブンブン首を横に振って、そんなことないと訴える。「カイさんは確かに王様だけど、王族とかそういうのじゃなくて、民衆から選挙によって選ばれた大統領みたいな人だから古代ベルカの王とは全然関係無い人だよ。初めて就任してから今までずっと政権交代出来ないくらい民から慕われてるのは、本当に凄いんだけど」ほえ~、それはそれで凄いよ~、と感心している友人二人の反応がヴィヴィオにとってはこそばゆい。身内や知り合いが褒められて悪い気はしないが、なんだか少し恥ずかしいのだ。そんなやり取りの横で、チンクがくじ引きで振り分けられた各グループの選手の名前を高速で流し読みしていく。やはり気になるのはカイ、アクセル、スレイヤーの三名だ。(……あの三人、少なくとも模擬戦でソル殿に勝てる程の実力者という話だから、どんなに低く見てもオーバーSランク。その内二人がエリオとユーノの戦い方の基になっているというのだから、十分人間の範疇を超えている)これは賭けの予想が難しい、と思案に暮れるチンクの傍でウェンディが早く始まらないのかと喚く。「あんなに格好良いのにパパリンと同年代とかあり得ないっス! しかもソルの旦那と一緒に戦場を駆け抜けたとかマジパネェっス!! 予選で同じ組のティアナが羨ましいな~。アタシもやっぱ出れば良かったっスかねぇ~」「う~ん、流石にあの人外魔境を相手にするのは無理があると思うけど? ソルさんとガチンコ勝負出来るってことは、あの人達も人外魔境な訳だし」ディエチの冷静な発言にノーヴェが呻く。「その人外魔境に混じってるアタシらのお母さんって、一体……」「それを言っちゃダメだよ、ノーヴェ」「遺伝子受け継いでる筈なのに、未だに数人掛かりで戦って勝てない自分達が情けなくなるから」クイントのクローン体である三人の表情が一気に暗くなる。なんかもう、追いつくどころか突き放される一方で、母が本当に人間なのか疑うことより自分達が本当に母のクローンなのか疑わしくなってきている。戦闘機人達の前の席ではティーダがそわそわしながら「ティアナ、大丈夫かな……緊張してないかな」とぶつぶつうるさい。そんな彼の傍に座るゼストとメガーヌが「そんなに心配する必要は無い」と声を掛けていた。彼らと比べてなのは達は完全に高みの見物に入る準備が万全で、持参した飲み物や酒の肴を口に含んで宴会気分だ。シャマルが「いよいよね」とクーラーボックスから酒をどんどん取り出し皆に回す。「予選ってどんくらいで終わるかなー?」と紙コップにワインを注ぎながら言うはやての声に「賭ける?」となのはがチューハイの缶を開けながら身を乗り出し、「乗った。私は二十分以内に終わる、に二万!」とアインがワンカップから口を離しVサインし、「じゃあアタシ十五分以内に三万」とアルフがジャーキーを食い千切りながら応じ、「ならアタシはアルフと同じやつに五万!!」とヴィータが空になったビールの缶を握り潰し、「ええ? もう賭けんの? 本選まで待てないのかこの人達!?」とアギトが戸惑っている。そんな酔っ払い共から少し離れた場所で、ツヴァイとキャロとルーテシアがさっき売店で買ったジュースを啜りながら静かに開幕を待っている。「……クロノくん、普段子ども達に良いトコ見せてないんだから絶対に本選までは生き残りなさいよ……予選落ちなんかしたらただじゃおかないんだから……」「ママ、目が怖い」「怖い~」気炎を吐き出すエイミィの両隣に座るカレルとリエラは、大好きなパパが後でママにお仕置きされないように願うばかり。それぞれの思惑が複雑に交錯していく中、実況を勤めるセレナの声が会場全体に響き渡り、開始の合図を告げた。『皆さん大変お待たせしました! 準備が完了しましたので、これより第一回魔法戦技大会を開始します!!』会場全体が熱気に包まれるその中央にて、巨大なディスプレイが六つの出現。それぞれがA~Eまでのグループを映し出すことになるのだろう。『お客さんのみならず、我々スタッフもこれ以上待っていられないので長ったらしい能書き垂れずにとっとと始めます。まずは予選!! 六つのグループで本選トーナメント進出を懸けたサバイバル!! 188名が32名になるまで時間無制限のバトルロイヤル――』ディスプレイにカウントが表示される。5から4、3と少なくなり、『試合、開始!!』0カウント。ビーーーーーーーッ、という耳を劈く開始の合図が鳴った。優勝賞金4億3千8百万以上、管理局公認の賭け試合という前代未聞の公式大会がついに幕を開ける。開始の合図直後、「執務官、覚悟ぉぉぉっ!!」一番近くに居た男性――15メートル以上離れていた――が杖型のデバイスを構え、ティアナに向けて魔力弾を放つ。自分が管理局内で割りと名が知れていると自覚があったティアナとしては、こういうサバイバルゲームに放り込まれた時に真っ先に狙われるのではないかと予想していただけあって、特に驚きもせず声がした方向を一瞥し、クロスミラージュの銃口を向け引き金を引く。相手の魔力弾が頬を掠めたが眉一つ動かさない。そしてオレンジの魔弾が男性のバリアジャケットを容易く貫き、左胸を射抜く。これがこの予選において最初の撃墜であると気付かぬまま、彼女は周囲に視線を走らせる。「ちっ、囲まれてるわね。これが有名税ってやつかしら?」忌々しそうに舌打ちし、一斉に攻撃される前に踏み込む。狙いを定めたのは次に近い位置に居た男性。西洋風の剣を携えているのを見るにベルカ式だ。まあ、ミッド式より接近戦が得意かもしれないが、あまり気にはならない。クロスミラージュをツーハンドモードにし、右手に持つ方だけをダガーモードに瞬時に切り替え、低い姿勢で疾走。走りながら腹目掛けて左で撃つが、剣で防がれる。キンッ、と甲高い音が聞こえてティアナの放った魔力弾は剣の刃によって霧散させられていたが、そんなものは最早どうでもいい。あくまで魔弾を剣で防がせるのが目的の牽制だ。相手がこちらの攻撃を防いだ時点でこちらの思惑は成功した。一気に間合いを詰めて、接近戦を挑む――「なんてね」ように見せ掛けて、幻術――オプティックハイドとフェイク・シルエットの併用――を駆使し幻影を突っ込ませ、不可視となった本体は身構えていた騎士の背後に回りこみ、「バンディット、リヴォルバー!!」幻術を解除し相手の後頭部に、渾身の左飛び膝蹴りと右回転踵落としを叩き込んでやった。そのままうつ伏せに倒れた騎士の後頭部にもう一度素早く踏み潰す勢いで踵を落とし、左肩甲骨辺りに五発、魔力弾を撃ち込み完全に戦闘不能に陥らせる。(次は?)クロスミラージュをワンハンドモードに戻し、空にした右手で騎士の後頭部を掴み上げると、八時の方向から飛んできた砲撃の盾にした。盾にしながら砲撃手の額に狙いを定め、撃つ。寸分違わずオレンジの魔力は一条の光となって砲撃手の額に命中。仰け反ったところへダメ押しにもう一発。二発目で吹っ飛んだのを確認もせず盾を捨て、再びオプティック・ハイドを発動して姿を消すとその場を離れた。ティアナを狙っていた者達は、彼女のあまりにも迅速な対応と戦術、そして雲隠れに泡を食っている。そんな連中の数を数えながら小さく溜息を吐いた。(……九、十、十一、って何なのこの数? アタシってそんなに徒党組まなきゃ倒せないって思われてんの? 先生じゃないんだから勘弁してよ)弱い者が群れを成して強い者を打ち倒す、というのはサバイバルゲームでよくあることだが、いくらなんでもこれは露骨過ぎる。(女一人相手に寄ってたかって、自分が情けなくないのかしらこいつら……一人ひとり相手にするのも面倒臭いわね。フルバーストで纏めて消し飛ばしてやろうかな)ソルの弟子としてみっちり修行を積んだ彼女は、執務官を目指していたこともあって多対一という戦いに慣れていた。というか、慣れないと死ぬような修行を師匠から強要された。犯罪組織のアジトに単身で放り込まれたことなど数え切れない。なので、こういう状況は特に苦とは思わない。が、手間が掛からないと言えば嘘になる。勝手に潰し合いが始まってある程度数が減るまで何処かで隠れてようかな、と思考がサボることを考え出した時、背後で蒼光が迸る。何かと思って振り返れば、そこには巨大な落雷が降り注ぐ天変地異が起きていた。そして落雷が降り注ぐ中央で、青いマントを翻し華麗に剣を振るう一人の騎士が存在している。数年前に行方不明になった少年にとてもよく似た剣の冴えと技。否、少年が眼の前の騎士に似ているのだと思い直す。いや、それは記憶の中のものよりも鮮烈で、美しい。まるで舞い踊るようにして敵を切り伏せる様は、まさに剣舞。剣の師、というのは事実なのだろう。閃光のような鋭い斬撃、正確無比にして強烈な雷撃。その動きが、一挙手一投足が、いつも笑顔を絶やさない元気な少年のことを否が応でも記憶から想起させる。(エリオ、アンタ今何処で何してんのよ?)寂しいという感情を抱いているのは、ツヴァイやキャロを始めとした彼の家族だけではない。年下の癖に生意気で口の減らないガキだったが、ティアナにとっては共に訓練をした仲間でもある。失踪した、と聞いた時は誰もが驚き、手を尽くして捜索し、それらしい情報を必死に集めた。当然自分も……だがダメだった。今回の大会で『もしかしたら』と思ったのはソルやユーノ達だけではない。ティアナもだ。そして、もし出場していたら一発ぶん殴ってやろうかと思っていたけれど、結局それは叶わず終い。代わって現れたのは、エリオに聖騎士団闘法を授けた一人の男性、カイ=キスク。何度もエリオやツヴァイ、キャロから話を聞いていたのでどんな人か知っていた。実際に会ってみれば、ソルの友人とは思えない程実直で誠実な男性で、想像以上に出来た人格者に困惑してしまって。でも、カイの戦い方を見ていると、どうしても胸の奥がズキズキ疼く。自分がこの三年間、ずっと会いたい気持ちを募らせていた雷使いはこの人じゃない、と。――だから、そう。これはカイさんにとっては迷惑以外の何物でもない、単なる私の八つ当たりだ。「カートリッジ、ロード」ガシュッ、ガシュッ、と二回連続で空薬莢がクロスミラージュから吐き出される。「……バレットレイン」天に向かって真っ直ぐ腕を伸ばし、引き金を引く。撃ち出された一発の魔弾は上空へ高く舞い上がると、内部から爆裂するかのように弾け、その名の通り“雨”となってこの場に居る者達――現在生き残っているBグループ全員――に降り注いだ。数えるのも億劫になるくらい膨大な量の魔力弾が空から襲い掛かってくる光景に、Bグループの面々はほとんどの者が驚愕し、すぐさまバリアやシールドを張り防御する。しかし、弾丸がバリアに着弾した瞬間、その全てが等しく大きな音と眼を灼く強い光を発生させる魔力爆発を生み出し、防御した者を悉く気絶させた。今彼女が使った魔力弾の種類は、強い閃光と大きな音で対象を無傷で無力化する為の暴徒鎮圧用グレネード弾。攻撃力は皆無だが、乱戦時には非常に使い勝手の良い武器だ。実力のある無しを問わず、一定の効果を上げてくれるので気に入っている。『なんでもあり』な今大会のルール上、問題もない。塞いでいた耳を開放し瞑っていた瞼を見開けば、戦場で自分以外に立っているのはカイただ一人となっていた。「く、油断した……」地面に突き刺した大剣で身体を支え、左手で額を覆い頭を振ってなんとか回復を図ろうとしている。ソルの知己というだけあってタフだ。普通だったらそこら辺で気を失っている連中と同じ末路を辿ってもおかしくないのに。だが、今なら眼と耳は死んでいる筈。仕留める絶好のチャンス。回復される前に早々にケリを着ける為、ティアナはオプティック・ハイドを維持した不可視の状態で気配を殺し、悟られないように背後に忍び寄った。心の中で謝罪しながらその無防備な背中にダガーモードのクロスミラージュを振り下ろす。その刹那、背後に振り向くようにしてカイが大剣を薙ぎ払う。「!?」ギンッ、という鈍い金属音と同時にクロスミラージュが弾かれ、態勢を崩してしまい、たたらを踏む。数歩退いてから今起きた出来事を理解しようと脳を必死に回転させた。ティアナとしては驚きで瞠目するしかない。気配の消し方は完璧だった。魔力も隠蔽して位置を捉まれないように配慮した。足音だってそうだ。オプティック・ハイドも継続しているので自身は透明人間のまま。おまけに相手は先のグレネード弾で視力と聴力を奪った筈。奇襲は完璧だった……なのに必殺の一撃を防がれた?まさか勘か? ただのマグレか? それとも法力を使ったのか? 相手は魔導師ではなく法力使いだ。森羅万象を司り事象を顕現する“彼ら”なら、熱源探知や大気の乱れを読んだり、レーダーのように動体感知をしたり出来る。様々な憶測が脳内を飛び交うが、どちらにせよもう一撃ぶち込んでやれば答えが分かる。今度はダガーモードではなくガンモードで。五メートルも離れていない至近距離、これなら絶対に外さない。しかし、ティアナが引き金を絞る前には既にカイが先に動いていた。きつく瞼を閉じているので視力は回復していない。だというのに、彼は真っ直ぐティアナに向かって踏み込み、剣を振るう。(嘘でしょ!? 先生みたいな真似してんじゃないわよ!!)見えてはいないが、確実に視られている!胸の中で文句を言いつつ、下段からの逆袈裟斬りを咄嗟に横に転がって交わす。慌てた所為かオプティック・ハイドが解けてしまったが、この際どうでもいい。カイは追撃せず、立ち止まり何か小さな声で呪文のようなものを唱えると、閉じていた瞼をカッと見開く。どうやら回復されてしまった。「ティアナさん? 私は今、ティアナさんと戦っていたのですか?」漸く、今誰が自分を狙っていたのか理解したようで、彼は疑問を口にしながら剣を構え直し、姿を現したティアナに刃物の如く鋭い眼差しを向ける。「眼と耳が使えないのによく凌げましたね? アタシ、結構本気で取りに行ったんですけど……戦士の第六感ってやつのおかげですか?」「まあ、そんなものです。こういうものは年季が入ってくると、考えるよりも先に身体が動いてしまうんですよ」野生の獣よりも鋭敏な感覚は、ティアナからしてみれば既に超能力の域にある。小細工を弄したところで、こちらの予想だにしない対応によって窮地を切り抜ける。本物の強者だけが持つ真の“力”だ。一見すれば優男の青年だが(妻子持ちの五十代にはとても見えない)、カイはあのソルと共に聖戦を駆け抜け、かつ法力使いの精鋭を集めた対ギア組織『聖騎士団』の団長を務めた天才剣士……という話は以前エリオ達から聞いていた。そういえばあの時、カイはどのくらい強いかまで誰か言っていなかったか?眼前のカイに隙を晒さないように気を張りながらクロスミラージュを構え、必死に記憶を探る。――『カイさんってソルさんの戦友? だったんでしょ? どのくらい強いの?』確か、ギンガの問いにキャロがこう答えた筈。――『カイさんはシグナムさんよりほんの少し強いくらい、かな?』蘇った記憶はとんでもない事実を掘り起こしてくれた。しかも相手は接近戦を土俵とする生粋の剣士。相性が悪いにも程があった。マズイ。間合いは十メートルも離れていない。この程度、先程見たカイの踏み込みなら一足、二足で詰められてしまう。とにかく距離を稼がなければ。カイの足元を狙って、牽制の意味をこめて一発だけ発砲。後方へ跳躍し退がりつつ更に二発、三発と彼の動きを阻害するように続けざまに撃ち続け弾幕を張る。が、そうは問屋が卸さない。あろうことかカイは、剣で魔弾を打ち払いながら走り込んできたのだ。半ば予想していたことだったのでもう驚きはしないが、それでも自身の眉を顰めてしまうのは抑えられない。「この……クソが!!」このままでは間合いを詰められ斬り捨てられる、そう悟ったティアナは覚悟を決め一旦止まると、二丁の拳銃を双剣に変え、師匠譲りの口汚さを全開にカイを迎え撃つ。「斬っ!」袈裟斬りを交差したクロスミラージュで防ぎ、なんとか受け流す。が、カイは流れるような動きで連撃を次から次へと繰り出してくる。鋭くて、疾い。力押しで豪快なソルやシグナムに比べると、その技はやはり何処か繊細で、なるほど、エリオの師匠らしいと思わせる。ティアナにとって不幸中の幸いは、受けた腕がへし折れそうな程のパワーが剣に込められていないことだが、二合、三合と打ち合う内に、後数合もせずに斬られると分かってしまうので何の慰めにもならない。力量に差があり過ぎる。下から掬い上げるような斬り上げを防いだと思ったら、両腕を跳ね上げられてしまっていた。そして次に、無防備な胴体を両断するかのような払い斬りが迫る。(だあああ! 無理!!)防げないと理解し、バリアを展開。歯を食い縛って衝撃に備える。ティアナ特有のオレンジの魔力光が刃と衝突し、斬撃は辛うじて耐えるものの衝撃は殺し切れない。バリアジャケットを貫通した破壊力に思わず吐きそうになるのを必死に堪えながら腕を動かし、手を伸ばせば届く距離に居るカイに向かってクロスミラージュの二つの銃口を向け、引き金を引く。「うわ!?」絶対にこれは決まった、そう思ったティアナの超至近距離からの銃撃を、彼は一瞬早く悲鳴を上げながら咄嗟に身を投げ出すように転がって避けた。間合いがまた離れる。その僅かな間に付け込んで更に引き金を引きまくるが、腹立たしいことにカイは自ら後方へ退がり難を逃れる。これだけ撃ってるのに一発も有効打にならないどころか、掠りもしない。どれだけ危機回避能力が卓越しているのだろうか、この男性は?「……ちっ。ホント、此処ぞって時に上手く凌ぎますね……あー、気持ち悪い、吐きそう」流石のカイも、ティアナの肉を切らせて骨を断つ戦法に驚きを隠せず、咎めるような口調で言葉を紡ぐ。「今のを狙っていたんですか? なんて無茶な戦い方を……」そんな彼の言葉もティアナにとっては何処吹く風だ。「無茶だろうが何だろうが、要は勝てばいいんですよ、勝てば。負ければ死ぬ、アタシは常日頃からそういう職場に居るんでこのくらい当然です。それに、聖戦はもっと酷かったって聞きましたけど?」最後の部分を聞き、カイは顔を苦渋に染め、ややあってから真面目な表情で言葉を選ぶようにして質問する。「……自己紹介の時、ティアナさんはソルの弟子と自称していましたが、ソルの過去についてはどの程度ご存知ですか?」「まあ、私だけじゃなく皆も一通りは聞かせてもらってます。ついでに言えば、カイさんのご家族のことも知っていますよ。エリオがよく話してくれました」喋りながら発砲するが、「そうですか、エリオくんが……ソルの秘密を共有することになった仲間とは、ティアナさん達のことだったんですね」銃声とほぼ同じタイミングでキン、キン、と音が生まれ剣で魔弾を斬り払われる。会話中の不意を打ってるつもりなのに、普通に防がれてしまう。何なんだこの人? 本当に同じ人間なのだろうか?「あの、エリオくんに関しては本当に申し訳ありません。全てウチのシンの責任です」心の底から申し訳無さそうな表情で謝罪しながら、彼は剣を振るい、蒼い雷の刃を飛ばしてくる。「その話はもう結構です!」間隙を縫う反撃をギリギリ避けて、カートリッジを二発ロードしてクロスファイアを展開。自身の周囲に生成した数十個という膨大な数のスフィアから魔弾を一斉掃射。剣で弾き返せない程の物量で押し潰す。「そう言う割にはティアナさんがさっきから怒っているように感じるのは、私の気のせいですか!?」大量の魔力弾を前に、カイは先程のものよりも一際大きい蒼雷の刃を放ち、対抗する。オレンジの弾幕が巨大な雷撃と正面からぶつかり、互いを削り合って消滅した。「気のせいですから気にしないでください!! クロスファイア・フルバースト!!!」カイは自身が感じたことをそのまま口にしただけだが、思わぬ形で図星を突かれたティアナは顔を羞恥で染める。いくつものスフィアを一つに集束させ、砲撃魔法として撃ち出す。「でしたら大変失礼致しました。セイクリッドエッジ!!」魔力の奔流に応じるようにカイは左手で大きく円を描くような動きをしてから横に振り払い、眼の前の空間に超巨大な雷を発生させ、ティアナの砲撃に衝突させた。眩い光が発生し、オレンジ色の魔力と蒼い雷の鬩ぎ合いは数秒も経たずしてエネルギーを周囲に爆散させる、という結果に終わり二人の間に大きなクレーターを作る。(うわ、簡単に防がれた。マジで強いわこの人、おまけに手加減されてる感じがするし。本気出される前に即行で決めるしかないかな。予選なんかでフルドライブとか使いたくなかったんだけど、出し惜しみしてる場合じゃなさそうね)やたら勘が良いので幻術も効き辛いし、グレネードも一回限りで二度目は通用しないだろう。いざとなったら、ソルとなのはの二人から盗んだ切り札その一とその二を使うことになるかもしれない。(この若さでこの練度……彼女はソルの下で一体どれ程苛烈な修練を積んだというんだ? 聖戦当時の騎士団員と比べても何の遜色も無い)女性だからといって手心を加えているとこちらが足元を掬われる、と戦慄するカイ。戦う相手に対して情けも容赦も躊躇も無い気質は、間違いなくソルから受け継いだもの。何より覚悟と思い切りがとても良い。時代が時代なら、彼女は非常に優秀な戦士になると考える。互いに唇を引き結んで睨み合いながら頭を高速で回転させ、それ程悩まず答えを導き出す。「行きます……!!」先に行動に移したのカイだった。柔和だった雰囲気がらりと変質し、明らかに纏う空気が違う。同一人物とは思えないくらいにプレッシャーが増す。存在感が急激に膨れ上がり、刀身と全身に蒼い稲妻を帯電させ、ゆっくり剣を構え直し、美しい青緑の瞳を細める。ただそれだけでティアナは刃物の切っ先を喉元に突きつけられている圧力と息苦しさを覚える。「クロスミラージュ、リミッター解除。フルドライブ」本気を出される前にこちらの最大戦力で片を着けたかったが、その目論見は砂上の楼閣のように崩れ去ったことを忌々しく思いつつ、ティアナは相棒と自身に施していた戒めを解き、全力で戦うことを決意した。「「はあああああああああ!!!」」そして二人は示し合わせたかのように雄叫びを上げ、相手に向かって同時に駆け出す。状況。Aグループ残存数 16/32アクセルとユーノが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。互角。撃墜数 アクセル 4ユーノ 5Bグループ残存数 2/32ティアナとカイが激闘中。若干ティアナ押され気味。撃墜数 ティアナ 18カイ 6Cグループ残存数 14/31クイントとスレイヤーが他の選手になど眼もくれず激闘中。互角。撃墜数 クイント 0スレイヤー 0Dグループ残存数 13/31フェイトとザフィーラが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。互角。撃墜数 フェイト 5ザフィーラ 7Eグループ残存数 1/31ソルがグループ内の選手を全て撃墜。予選通過。シード権入手。撃墜数 ソル 30Fグループ残存数 10/31シグナムとクロノが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。クロノが押され気味。撃墜数 シグナム 6クロノ 8十分経過時点での総残存数 56/188 その内の予選通過可能枠は31~35後書きティアナVSカイ以外のカードは、また次回に書きたいです……正直今回は久しぶりの戦闘描写に力尽きました。つーか次回でこのお話を終わらせたいが、そうすると書く量が凄い増えるので時間が掛かってしまう。でもこれ、まだ予選なんですよね。次回で予選の戦闘(Bグループを除く)を前半に書いて、残りは全て本選の戦闘描写。あとはちょろっと大会後の打ち上げしてるシーンとかも書きたいから……ウボァー。感想版で『この大会によって法力が世間にバレる』的なコメントがありましたが、大丈夫です。魔力変換資質もしくはレアスキルで十分誤魔化せる下地が、ミッドチルダ及び次元世界には整っているのでバレっこありません。そもそも次元世界の人々は自分達が知る『魔法』以外の“魔法”があるとは露程思っておりませんので。知られたとしても、ViViDに登場する正統派魔女のファビア・クロゼルグなんて方もいらっしゃるのでそこまで気にすることでもないし。クイーンのボイスは好きな女性キャラ(長門みたいな感情希薄系)を当てはめて脳内再生してください。ちなみに私はアーマードコアみたいなロボットアクションやってるとよく聞くAIの声をイメージしてます。あんまりACやったことないですがねwwどうでもいい話ですが、最近トムとジェリーにはまってます。古き良きアニメってあのような作品のことを言うんでしょうね。燃えや萌えなど一切存在しない、ネズミとネコの喧嘩なんだかじゃれ合ってるんだか分からないアニメにとても癒されます。ではまた次回!!