SIDE アルフ「今後の方針に入る」何事も無かったかのように話を次に進めようとするソルの態度とは対照的に、他の皆はさっきスカリエッティ勢から聞かされた管理局裏話の時よりもドンヨリとした空気に包まれていた。(まー、ソルの過去ってヘヴィーだし無理もないか)身内の連中はもうとっくの昔に慣れたことであるが、ギアの話は初めて聞く者のテンションを著しく下げる効果がある。所々かなり端折っていて、法力使いでも理解に苦しむ“バックヤード”や“慈悲無き啓示”などに関しては一切語られなかったが。それにしても虚しい。あまりにも虚しい結末に溜息も出ない。涙腺が緩いスバルとかなんて泣いてるし。特に落ち込んでるのは意外や意外、ジェイル・スカリエッティだった。まあこいつはスバル達とは違うベクトルでだが。ソルを含めた始まりの三人が魔法の開祖であり、法力学という分野においてゼロから全てを生み出したことと、魔法が確立されてからたった六年――計画が発足してからは僅か二年という短期間でギアを開発したことに『科学者としての敗北』を勝手に悟り、勝手に凹んでいる。それだけ法力とギアが次元世界基準と比べてぶっ飛んでただけだから、テーブルに突っ伏すくらい凹まなくてもいい筈。「――と言いたいところだが、タバコが切れたから買ってくる。それまで休憩な」唐突にそう切り替えて、ソルはタバコの吸殻が大量に載った灰皿を手に部屋を出て行ってしまった。誰も止めることなど出来はしない。今日限りのタバコ解禁とはいえ、どんだけニコチン摂取するつもりだ。……………………………………しーん………………………………………………。耳鳴りがしてくるんじゃないかってくらいに静かな空間を、重っ苦しい空気が満たす。『誰かこの空気をなんとかしろ』ふいにアインが身内のみに念話を飛ばしてくる。が、誰も応えない。アタシも当然応えない。だって面倒臭いし。アンタがなんとかしなさいよ、と言わんばかりに無視を決め込む。他力本願イエェー。『……全くお前達は……仕方あるまい』盛大に溜息を吐くと、アインは部屋の角から皆の前まで進み出る。皆の注目が集まる中、彼女は仕事着のレディススーツからバリアジャケットへと姿を変えた。黒い翼と腰から伸びる黒い尻尾が顕れる。何をするつもりなのかと誰もが疑問に思った瞬間、彼女は自分の首に装着している銀の首輪――ギア細胞抑制装置を愛おしそうに撫でながらゆっくり言葉を紡ぐ。「今のソルの話を聞いて質問などがあれば答える。訊きたいことがある者は挙手するように」おお、なかなか良い流れを作るじゃないか。これなら質疑応答する内に暗い雰囲気も徐々に薄れていくだろう。すくっといの一番に迷いもなく手を挙げたのはレティ提督だった。「貴方達の言いたいことはなんとなく分かったのだけれど、イマイチその、ギアというものがどういうものか理解し切れてないわ。既存生物を素体にする、戦争兵器として悪用された、と言われても話を聞いただけじゃちょっとね。私としては戦闘機人とあまり変わらないように感じるから」バリバリ仕事をするキャリアウーマンのようにハキハキと言うレティ提督。彼女の言い分はギアの存在を身近に感じたことの無い一般人の見解としてごもっともな内容だろう。人事部に所属しているだけあって、純粋な人間の魔導師で都市をあっという間に壊滅させられる実力者を多く知っている。それらと比べてギアが何処まで脅威と成り得るのか、彼女は計れないのだ。『兵器として悪用された』つっても、次元世界の歴史を紐解けば古代ベルカ時代なんてもっとエグいことしてたらしいし、そっちの歴史に詳しい人にとってはギアなんて大したことないと思われても仕方が無いのかもしれない。映像や写真のような視覚的資料をソルが提示しなかった――口頭説明のみがその要因だろう。さて、アインはどう返答するんだろうね? アタシ達は黙したまま彼女の反応を見守ることにした。「レティ提督の言う通りそこまで変わりはしないさ。ギア計画の発案元となったのは再生医療、ES細胞やiPS細胞などを培養することによって失った機能や臓器を補うバイオテクノロジーが発展したものだ。人型戦闘機械や戦闘機人の基となった技術も最初は義手や義足、人口骨格や人工臓器から成り立っているだろう? まあ、倫理的観点で言えば細胞の培養はアウトだったが、当時のソルは自分達の技術が人類を救うと信じて疑わなかった」彼女は美しい眉を八の字に曲げ、眼を鋭く細めて続ける。「ソルの故郷は、公害を生み出す科学文明の発展と度重なる戦争のおかげで環境汚染が酷かった。しかし、汚染され尽くした環境を元に戻すのは時間が掛かる……だったら、宇宙進出も視野に入れた上で自分達がその環境に適応出来る肉体になればいい、魔法があれば不可能を可能にすることが出来る、という意見がソルを含めた科学者達の間で生まれた。これが、魔法を用いた既存生物の人工進化――生態強化計画、ギアプロジェクトの始まりだ」「それが兵器利用された?」「ああ。人の進化は、いつの間にか既存生物の兵器化になっていた。理論上あらゆる生物を素体にしてギアを作ることが可能、故に素体を選ばず、命令に絶対服従、魔法を無限に行使し、補給も不要で、高い機動力と他を圧倒する攻撃力を保有し、必要最低限のリスクで敵を制圧する不死身の兵士。武力を必要とする組織や国にとってこれ程都合の良い存在はかつて無かった。だってそうだろう? 魔導師のように才能ある人材を探す手間や、一から訓練する必要も無ければ給料を払う義務も無い。機械兵器のような補給やメンテナンスも必要無い。いくらでも補充が利くから好きなだけ使い潰すことが可能で、ローリスクハイリターンを延々と繰り返してくれる。権力者が欲しくない訳が無い。レティ提督だってメリットだけを聞けば欲しくなってくるだろう? 管理局は慢性的な人手不足だからな」「別にそんなこと思ってないわよ。いくら人手不足とは言ってもそんな非人道的な――」「私だけは他とは違うとでも言いたいのか?」反論しようとするレティ提督の言葉を、アインが絶対零度の眼差しと共に遮った。「確かに貴方はソルが認めた人間だ、他とは違うかもしれないな。だが他はどうだ? 何故レジアス中将はスカリエッティと裏で繋がっていた? 何故戦闘機人は生まれた? 何故最高評議会はアルハザードの技術に手を出し違法研究を裏で進めていた?」「……」俯いて黙り込んでしまうレティ提督の姿が見ていられなくなり、流石にこれ以上はマズイと思ってアタシはアインの傍に寄って彼女の肩を掴んだ。「管理局員をイジメたい気持ちは分からないでもないけど、その辺にしときな。レティ提督が直接関わってた訳じゃ無いんだし」「あ、そうだったな」きょとん、とした顔で返すんじゃないよ。アインはこれっぽっちも悪びれてない。こいつはソルの前ではドMなのに、どうしてあいつ以外の連中には真性のサディスティックを発揮するのだろうか。管理局が裏でしていたことが許せない気持ちは痛い程理解しているが、八つ当たりはいけないと思う。この娘に喋らせるのはやめよう。口を開かせると管理局員の皆の胃に穴が開く。席に着くように促すと、渋々ながら従ってくれた。「……なんかある奴、挙手」引き継ぐ形で場を仕切る破目になってしまった。なるべくなら答え易くて簡単な質問が来るといいんだけど。やがて、おずおずといった感じで手が挙がる。スバルだ。「あの、ソルさんはどっちだったんですか?」普段の無駄に元気な口調とは打って変わって震えたか細い声。「どっちって、何が?」「だからその、人対ギアっていう構図で百年間戦ったんですよね。ソルさんは、どっち側で戦ってたんですか?」「ああそういうこと。そういやあいつ言ってなかったね」質問の意味を理解し即答しようとして、逡巡する。答えを聞くのを恐れていながら訊かない訳にはいかない、そんな覚悟と怯えた眼差しを垣間見せるスバルは、果たしてどちらの答えを望んでいるのだろう?きっと彼女はソルの過去を自分に置き換えて、かなり感情移入して話を聞いている。ソルも身内以外の人間ではナカジマ姉妹のことを最も気に掛けていた。お互いに同属意識のようなものが芽生えていたのは確かだ。かと言って答えは一つ。その答えを聞いてナカジマ姉妹がどう思うかまでは推し量れない。教えないって訳にもいかないので、アタシはなるべく感情が篭らない口調で淡々と口を動かす。「人間側だよ。つーか、ソルがギア側についてたら人類に勝ち目は無かった……それでも百年掛かったけどね」「……同じギアと戦うのって、辛くなかったんですか?」「その質問は後で本人に訊きな。アタシは同胞殺しを生業にしたことなんてないから答えられないからさ」スバルとギンガがきっと鋭く睨んでくる……優しい娘達だね。「最後に一つだけ」「言ってみな」「戦争が終わった後、ギアはどうなったんですか?」「ソルによって司令塔を失ったギアは一部を除いてそのほとんどが機能停止、見つかり次第駆除されたよ。まあ、大戦時に何十億人も虐殺された人類にしてみれば、ギアの残党なんて殺す以外の選択肢は無いしね」この言葉にナカジマ姉妹は眼に見えて落ち込んでしまった。戦闘機人達も顔が青い。まさか自分達も同じように駆逐されると考えているのだろうか。それとも、自分達があのまま投降しなかったら、というイフを想像したのだろうか。とりあえず例外となった者達のことを話そうとしたらドゥーエが口を挟んできた。「ちょっと待って。戦争後のギアが見つかり次第駆除されたなら、どうしてこの女は生きているの?」忌々しそうにアインを指差す。なかなか鋭い指摘にハッとなる者多数。「えっとね、アインはかなり特殊な事情が――」「貴様はアルフの説明を聞いていなかったのか? 一部を除いてと言っていただろう。ああ、そうか。雌豚には人間の言語は高度過ぎて理解が追いつかないのか。だったら懇切丁寧に豚でも理解出来るように教えてやろう。私がソルにとって忠実なる下僕にして愛の奴隷だからだ」ドゥーエに回答しようとしたらアインが嘲笑しながら余計なことを口走る。全然説明になってない。「ちょっとアンタ、何自分に都合の良いこと言ってんだい!? あれは闇――」「そうだよ。『私が』、じゃなくて『私達が』でしょ」「フェイトもお願いだから自重してくれないかい!? 話が進まないから!!」訂正を入れるフェイトに釘を刺す。アルフに怒られちゃったーてへ☆、私達は事実を言っただけなのになーペロ☆、と反省の色がこれっぽっちも見えない変態共は放って置いて説明をすることに。「さっき一部を除いて、つったろ? 戦後、ギアの中には自我を取り戻したり理性を獲得する奴もたまに居てね、そういう連中は人畜無害になった途端人間とのいざこざを嫌って人里離れた僻地でひっそり暮らしてるよ。それと、アインは特殊な事情があってね、細かい内容は省くけどこいつはぶっちゃけ十年前の闇の書事件で生まれたギアだから、聖戦なんて全く関係無いんだよ。そこら辺詳しく知りたかったら後で個人的に聞いておくれ」それからほんの少しだけイリュリア連王国やガニメデ群島などでの現状を説明してあげると、ナカジマ姉妹を加えた戦闘機人達は少し安心したようだ。その様子にアタシはちょっぴり嬉しくなる。ギアの歴史やソルの過去は重たいし、暗い内容で悲しくなるものばかりだけど、それでも救いが一つも無い訳じゃ無い。どんなに昔が酷くても小さな希望の光は確かにある、多少の問題を抱えていても生体兵器は人と共存出来る、ということを教えたくてソルは話したのかもしれない。そしてアタシ達があいつの足りない説明を補足することも読んでいたのだろう。あのお人好しめ。(それにしても何処までタバコ買いに行ったんだ? あいつ)場の雰囲気が明るくなったのを実感しながら、頭の片隅で此処には居ない大将に思いを馳せる。SIDE OUT背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat34 魂の本拠地、降臨時は夕刻、逢魔が刻。昼と夜の境界線。夕暮れで赤く染まった世界が暗黒に侵蝕を許す時間。人が寄り付かない濃い緑の中で、激闘が繰り広げられていた。その内二人の役者は、ゼストとアギトだ。薄暗い森の中、濁流のように押し寄せてくる召喚蟲の群れ。それに抗いながら必死に前へと進もうとするが、蟲達に阻まれる。蟲達の合間を縫って姿を現す青い機械兵器がAMFを展開。こちらの力を減退していく。夜の帳が降り始めた上空には羽を持つ飛行型の蟲と同じく飛行型のガジェット・ドローンが、空を覆い隠す大部隊となってこちらの動きを阻害する。大群だ。それと対峙するこちらはゼストとアギトの二人のみ。それはあまりに多勢に無勢だった。どれだけ斬り捨てても、焼き尽くしても次から次へと無限に沸いて溢れてくる蟲と機械兵器の群れに、ゼストとアギトは辟易しながらも心は決して折れない。囲まれはしたが、決して退かず、怯まず、牛歩の如き遅々とした進みに苛立ちつつ救うべき者の為に槍を振り回し、力を振り絞る。しかし、召喚術師が二人も相手で、しかもAMFを搭載したガジェットが鬱陶しいくらいに纏わりついてくる状況では、アギトと融合したゼストでも流石に攻略は難しい。炎を槍の先端に纏わせ奮闘するそれは、さながら誘蛾灯。我先にと群がる敵の群れ。「埒が開かんな……アギト、大丈夫か?」『まだまだ余裕だけど、ごめんよ旦那。アタシが弱い所為で、ルールーとルールーのお母さんのとこまで連れてってあげられなくて』相棒を気遣う槍騎士と己の力不足を嘆く融合騎の耳に、耳障りな甲高い声が届く。『ああもう、本当にしつこい。騎士ゼストが助けたがってるレリックウェポンの親子は大切な駒なんで、いい加減諦めてくれると嬉しいんですけど~』この先に眠る古代ベルカ時代の超大型質量兵器、『聖王のゆりかご』に身を隠したクアットロからの通信だった。彼女の嘲るような口調が内心の怒りを必要以上に刺激している。気を抜けば激情に身を任せてしまいそうになるのを堪え、ゼストは冷静に返す。「貴様こそ諦めたらどうだ? スカリエッティも貴様を除いたナンバーズも既にDust Strikersに投降した。切り札となるゆりかごも、その起動キーとなる聖王の器が無い。万に一つも勝機が無いのは分かっている筈だろう?」『そうだそうだ!! ルールーとルールーのお母さんを返せこのメガネ!!』『メ、メガ……オホン。ドクターとナンバーズの代わりなんていくらでも作れるから心配要らないですわ~。今まで集めた遺伝子データと研究成果はちゃんと別の場所に保管してますから、時間を掛けて優秀な手駒を揃えるつもりですし。あ、勿論その中に騎士ゼストの遺伝子も含まれてますのでご安心を。たとえ今回はあの憎たらしい“背徳の炎”に負けたとしても、いつか必ず勝ちますので』往生際が悪いにも程があるクアットロの物言いにゼストとアギトは思わず絶句。クアットロが保管している遺伝子データの中に聖王のものが入っていないことは不幸中の幸いだろう。もし持っているとしたらゆりかごを起動される、そうなったら勝てっこないからだ。『ということで私の大切な手駒さん、とっとと邪魔者を排除しなさい。以前ゆりかごに詰め込んだ物資を運び出す準備、お引越しの作業がまだまだ残ってますから』それを最後に通信が切れて、待っていたとばかりに蟲とガジェットの群れが一旦止めていた進行を再開する。口汚く罵りたい気持ちを刃に乗せ、振り抜く。四散する蟲達、瓦礫と化すガジェット。邪魔する者共を薙ぎ倒しながら二人は進むが、やはり物量で攻めてくる相手にゼストとアギトでは、古代ベルカ式の魔法ではタイプ的な意味で分が悪い。一対多に向いていないのだ。視界を埋め尽くす敵の数が一向に減らない。行く手を阻む蟲とガジェットは単体でなら特に支障も無く倒せる。が、いくらなんでも数が違い過ぎる。減らす数より増える数の方が明らかに多い。そして、進めば進む程AMFの濃度が高くなっていき、こちらの魔法がどんどん弱くなっていく。状況はジリ貧。まさに八方塞りで、このままではルーテシアとメガーヌを取り戻せない。やっと、やっと二人を呪縛から解放出来ると思ったのに。折角、Dust Strikersが意図せず千載一遇のチャンスを作ってくれたのに。スカリエッティもナンバーズも居ない、監視のない今しか二人を救えないのに。自分はあの時のように大切な仲間を救うことが出来ないのか?ゼストの鋼のような精神に僅かな翳りが出たその時、視界の全てが紅蓮によって支配された。全身の毛が知らず逆立つくらいに攻撃的で圧倒的な魔力を知覚すると同時に、空間を蹂躙する炎が虚空を走り、飢えた獣のように蟲とガジェットを次々と食らって消し炭へと変えていく。炎が爆ぜる。大輪の華が咲き乱れるように連鎖爆発が発生し、上空から襲い掛かろうとしていた全てを爆裂の渦が巻き込み、粉微塵にした。大地が割れ、そこからマグマが火山の噴火のように噴出し川を作り、続いて溢れ出したそれがまるで意思を持ったかのように蠢き、数秒もしない内に巨大な炎の津波となって何もかも呑み込んだ。瞬く間に周囲一帯が文字通りの火の海となり、世界が煉獄へと変貌を果たす。『なんだよ今の……あ、あり得ねぇよ』魔女の釜の中身染みた惨状に、炎を自在に操る烈火の剣精であるアギトが怯え、震えているのがユニゾン中のゼストには手に取るように分かった。「どうした、アギト?」『旦那、アタシ、今から変なこと言うけど、聞いてくれる?』「ああ」『この炎、凄く冷たいんだ。あんなに熱そうなのに、氷より冷たくて凍えちまいそうだ。なんとなく、なんとなくなんだけど……怖いよ』勝気な性格の融合騎がこれ程までに怯える姿を初めて見るゼストは、なんとなくという曖昧な表現をされた炎を改めて見る。辺りに熱気を振り撒き、眩く世界を照らす紅蓮の炎。なるほど、それは確かに何物も存在を許さない、死の具現だ。触れるものを片っ端から己の色に染め上げ、浄化するように消していく様は、何処か神々しくも禍々しい。無慈悲でありながら全てに平等の結果をもたらす聖と邪が混在したそれは、アギトが言う通り寒気を感じさせた。空気は焼き焦げ、地面はマグマに覆い尽くされ赤く光り輝き、昼間であれば美しかったであろう森の木々は見る影も無く灰になり、蟲達は肉片一つ残さず焼却され、ガジェットはネジ一本余すことなく蒸発した。まるで火山が噴火した光景にゼストは危険を感じて高度を上げる。そして、獄炎が今まで隠されていた古代の遺産を曝け出す。旧暦の時代、一度は世界を席巻し、破壊した古代ベルカの叡智、『聖王のゆりかご』。マグマの熱によって隠れ蓑となっていた木々や地表が全て融解し、地中に埋もれていたその姿が外気に晒される。『で、でけぇ』呆然とするアギト。『聖王のゆりかご』は常識外れの大きさを誇る巨大な戦艦だった。管理局が保有する最大クラスの次元航行艦、その約何倍はあるのだろうか? 目測でざっと計算しても全長数キロメートルは下らない。こんなものが動き出して破壊をもたらせばどれ程の被害が生まれるかなど想像したくもない。超巨大な質量兵器であり危険なロストロギアであっても、起動の鍵となる聖王の器が無いので動くことはない。主不在の船は誰にも操ることが出来ない。そのことに安堵していると、眼下には、信じられないことにそんな地獄の業火の中を――煮え滾るマグマの上を、平気な顔で散歩するような軽い歩調で足を進め、ゆりかごを目指す男性の姿が認められた。「ソル=バッドガイ!?」何故此処に? という疑問と、こんな真似を出来るのは奴しか居ない、という気持ちを込めてその名を声に出せば、呼ばれた本人は口に咥えたタバコから白い煙をくゆらせてこちらを見上げてくる。「よう、こうやって直接面拝むのは何年ぶりだ?」不敵に唇を吊り上げ、右手でタバコを摘むと口から離して紫煙を吐き出し、そう問いを投げ掛けてくるソル。左の肩に担いだ大剣がマグマと同様に赤熱化しており、赤々と妖しい光を放っていた。助けられた形になったが、当の本人は恐らくゆりかごを暴き出す為にやっただけだろう。『……いくら魔力変換資質が炎熱だからって、マグマの上を歩くとかおかしいだろ……』ソルの非常識っぷりを目の当たりにしたアギトがガタガタ歯を打ち鳴らす。唖然としているゼストの姿に興味を失ったのか、前に向き直るとソルは止めていた足を動かし進む。「むっ」先の攻撃で蟲とガジェットは殲滅されたが、向こうに召喚術師が居るので補充はいくらでも利く。その証拠に紫色の、召喚を意味する四角い魔法陣が大量に浮かび上がりまたしても蟲とガジェットが運ばれてくる。銃声。「『!?』」乾いた音が連続的に轟き、赤い射線がソルの遥か後方から放たれ、今まさに彼に襲い掛かろうとしていた敵勢を撃ち貫いていく。誰かが遠距離から魔力弾を撃ちソルを援護した? 一体誰が?赤い魔力弾からして騎士ヴィータであろうか? 疑問を打ち消す為に視線をソルの後方へ移し、ゼストとアギトは眼を瞠る。それはヴィータではなかった。というか、人ですらなかった。『き、機械兵?』アギトが戸惑うように零す。それは彼女が言うように、一見すればガジェットと同じ機械兵器。しかし、俵型や球体型、流線形の飛行型が大半を占めるガジェットと比べやたら鋭角的で、何処か歪な形に感じる。全体的に赤い装甲。成人女性の平均身長より少し低いくらいか。人間の腕に当たる部分、それらしきものはある。しかし足は無く、浮いていた。ヒョロリとした縦長の胴体を地面に対して垂直に浮く姿は、デザインが良い文房具の類のボールペンを連想させる。そして腕には長い銃身の銃――ライフル――を携えていた。そして何より特徴的なのは――ゼストとアギトには不可解なことだが――その機械兵はソルと同じ色の赤い魔力光を全身から放ち、ソルと同じ魔力反応を感じさせ、ソルと同じ紅蓮の炎を纏っていることだ。そんな謎の機械兵が三体。手にしたライフルを構えるとすぐさま発砲。紅蓮の炎が銃口から吐き出され、赤い魔力弾が敵勢を銃殺していった。先程の援護はこいつらで間違いない。『旦那、アレ見て!!』驚き過ぎて裏返った声でアギトがとあるものの存在をゼストに伝え、ゼストもそれの存在に気付く。謎の機械兵の更に後方。そこに、地面から生えた巨大な剣の刀身があるのだ。大きさは二階建ての家屋よりもあるだろうか。刀身は赤く、四角い切っ先は天を貫かんばかりに真っ直ぐ聳え立っている。正確にはそれだけではない。巨大な剣の根元、そこの手前には赤い台座が置かれ、台座を中央にして挟むようにこれまた大きな歯車が複数設置され、それら全てを支えるようにして両端にジッポライターのチムニーのようなものがあった。赤い台座の上には黒い彫像が乗っていた。死刑を待つ罪人のように跪き、許しを乞うように頭を垂れ、その両腕は台座を挟み込む二つの歯車で拘束されている。歪な剣(?)のオブジェだった。意味不明な建造物だった。見る人が見れば、ある意味前衛的な芸術と評するかもしれない。もしそうだとしても芸術というものには全く縁の無い二人にとってはそれが何を意味し、作者がどういうことを表現し伝えたいのか分からない上、これが芸術品じゃないことははっきりしていた。更に、それから赤い魔力の塊のようなものが無数に発生し、列を成して放射線状に広がっていく。上から見ると、まるで卵子に群がる精子の映像を逆再生しているかのようだ。発生した魔力の塊のような物体をよく観察してみれば、それが先の機械兵と同類であることが分かる。ふよふよ浮いていて、足が無い。小さな二本の腕があり、片方の手で槌を持っている。胴体は旧時代の丸いストーブを思わせて、窓の中は赤々と燃えている。そのてっぺんに小さな煙突が付いていた。ストーブの精霊みたいなそいつは謎のオブジェから大量に、無尽蔵に湧き出ると、それぞれが決められた方角へとゆっくり移動していく。行く先を視線で追えば、電信柱に匹敵する首部分が異常に長い丸底フラスコのような物が建っていて、それに吸い込まれていく。丸底フラスコは数十メートルという一定間隔で、それこそ電信柱のように設置されていた。火の海の中をポツン、ポツン、と。『あんなのあった?』「いや、無かった筈だ……」此処は聖王のゆりかごが眠る人里から遠く離れた土地で、人口建造物など存在しないし、戦う前から森しかないのは確認済みである。それなのに、気が付けば妙な形の機械兵やら謎の物体やらフラスコみたいなものやらが現れたりと理解に苦しむ現象が起きている。もしかして、ソルが敵諸共森を焼き尽くした後に出現したのか?丸底フラスコによく似た何かは、底部分にストーブの精霊を一定数吸い込むと、赤い光を放ち魔法陣を展開した。ミッド式でもベルカ式でもない、初めて見る陣だった。魔法陣の展開が終了すると同時に底部分から赤い光が首を伝って立ち昇り、天を目指していった。それは目印となる塔のようにも見えるし、航海中の船を導く灯台にも見えるし、周囲を照らす篝火のようにも見える。そして、フラスコからもストーブの精霊が湧き出し、それぞれが散っていき、フラスコに吸い込まれて、陣が出来上がりまた散っていく。その光景が絶えることなく繰り返されてネズミ算式に増えていくではないか。今見ているものが一体何を意味するのか、全く以って理解出来ない。ただ確かなことは、それらの物体全てからソルと全く同じ気配と力を感じること。謎の機械兵三体と同じだ。しかもそれがとてつもなく大きい。どんなに低く見積もってもエネルギー結晶型ロストロギアの数十個分はある。いや、『……旦那。アレ、どんどん強くなってない……?』言葉通り、放たれる力も気配も時間の経過と共に大きくなっていく。心なしかフラスコが増える度に大きくなっていくような気がする。まるで世界があの謎の物体を存在させる為に力を譲渡しているような、そんな根拠の無い妄想すら浮かび上がるくらいに、異常な、底知れない膨大な力が集約しているのだ。訳が分からない、存在理由も理解出来ない。次に歪な剣(?)のオブジェ、その前でいくつもの火柱が発生する。火柱から生まれ出てきたのは、赤い機械兵が六体だった。しかしさっきとは形が全く違う。鋭角的なフォルムは共通しているが、そもそも左右対称ですらないアンバランスな姿だ。赤い装甲は共通している。大人より低いが子どもより大きい。肉食獣の頭蓋骨を金属で肉付けしたかのような頭にそのまま腕が直接備わっているのだが、右腕に相当する部位が巨大なドリルだった。反対側の腕がその代わり小さく、まさしく『ちょこん』と付いている。そしてやはり浮いているので足が無く、申し訳程度に尻尾のようなものが足の代わりに垂れ下がっている。なんかさっきのライフルを持っている三体と比べると全体的にバランスが悪いが、全身をプルプル震えさせながら六体が横二列に並んで行進する様子は可愛らしさがあった。「何だあれは?」またしても火柱が発生し、先の二種類とはまた違う機械兵が出現する。また六体だ。どうやら赤い装甲と赤い魔力光と赤い炎を纏うのは全機共通しているらしい。こちらはちゃんと左右対称のバランスが良いものである。車のボンネットから引っ張り出したエンジンに酷似した胴体、両腕は片刃にして肉厚の剣で、やはり浮いているから足は無い。その代わり下半身にあるべき場所に船の錨の形をした尻尾のようなものがあった。『どんどん出てくるよ!』次々と火柱が上がり、その中から独創的かつユニークな姿をした機械兵が出てくる。ただ、今までは六体ずつ出てきた機械兵が何故か一体ずつしか出てこない。両前足(?)のようなものの先端がタイヤになっていて、それを合わせると自動二輪車と全く変わらない形態になり、走行する機械兵。頭頂部から胴体まで、つまり胴体より上が薄っぺらい直角三角形でヨットの帆に酷似した、ヨットと見間違えてしまう機械兵。最早ただの大きなオイルライターにしか見えない機械兵。人間の女性のシルエットを、ドレスのように展開している四枚の盾に似た装甲で隠す機械兵。そして、最後に現れたのは今までとは比べものにならない程大きい機械兵だ。四本の多脚型下半身が全体重をしっかり支え、ズシンズシンと地響きを起こしながら歩く様は既にアニメやコミックに登場する巨大ロボットである。ずんぐりむっくりとした姿形は背後にあった歪な剣(?)のオブジェをその巨躯で覆い隠す程。総勢二十体の機械兵。形、大きさ、それぞれバラバラなそれらがゆっくり歩くソルの後ろに、さながら主に付き従う従者のように勢揃いする光景は、部隊や軍などといった統制された組織が行進するようにも見える。「まさか……いや、そうとしか考えられん」『え!? 何がどうなってんの旦那!?』一人戦慄するゼストにアギトは問い詰める。それに彼は震えながら応答した。「見たことのない未知の魔法体系だが、もしかしてこれは、召喚魔法の一種ではないか?」『何それ? ただでさえオーバーS超えてるってのに、召喚魔法まで使えるなんて反則じゃねーか!!』理不尽だと二人で喚いている間に、眼下のソルは機械兵達に首を巡らし肩越しに振り返ると低い声で呟く。「やれ。手加減する必要は無ぇ」下された主の命に、<OK, BOSS. Gotta go><Yes, sir! GO GO GO!><I'll give it a shot. Forward!><Right away! Here we go!><ASAP. Move move move!><Leave it to me. Party time!><My pleasure. My turn><Yes BOSS…Time to go…>受諾したそれぞれが一斉に応える。機械兵達の咆哮。それはまさに戦場へ赴く兵士達が自分を含めた味方全員を鼓舞する為の、雄叫びだった。プッ、とソルが咥えていたタバコ――吸殻と化した――を足元のマグマの上に吐き捨てる。それが音も立てず燃え尽きるのを待たずして、ソルは再び歩き出す。<We can handle it>六体のザ・ドリルが右腕の巨大なドリルで敵を穿つ。<We can do it>六対のブレイドが両腕の剣で敵を斬り裂く。<We have the advantage>三体のペンシルガイが手にしたライフルによる正確無比の狙撃を行い、飛行型を次々撃ち落していく。<They have no chance>暴走するバイクのようにファイアーホイールが戦場を駆け、敵を轢き、間合いを詰めると両前足のタイヤを拳にように振るい、殴りつけて相手をぺしゃんこにする。<Easy!>ヨットのような外見のエンガルファーは『敵のスキルや機能を封印する能力』を持ち、ただそこに居るだけで敵のあらゆる行動を阻害した。<Piece of cake!>オイルライターの形から四脚へと変形を果たしたブロックヘッドが、頭部から火炎を放射しつつ傍に居たザ・ドリル、ブレイド、ペンシルガイを強化する。<My stage>サーヴァント中最速のクィーンが高速で動き回り、炎の法力を駆使して突撃、敵を灰に変えた。<Dead meat!>ギガントがその巨体を活かした腕の一振りで敵の群れを薙ぎ払い、胸部の装甲を展開させ大量のミサイルを発射した。そしてソルは己のサーヴァントがその力を最大限発揮出来るように、得たマナを全てサーヴァントの強化・補助・回復に費やす。マナは潤沢。何せ支配領域の拡大を邪魔する者が居ない。自分と同じ“バックヤードの力”を持つ者が存在しないので当然だ。何十という数のゴーストを支配した今、この土地は完璧にソルのマスターゴストの支配下だ。おまけにサーヴァントもそれぞれが、『雑魚が』とか『相手にならん』とか『楽勝!』とか声高々に報告しながら敵を屠っている。戦況はソル達が圧倒的優勢であった。まあ、今相手にしている連中など、昔“バックヤード”を巡って死闘となった“慈悲無き啓示”と比べるのが愚かしいくらいに弱いので、当然の流れだ。……というか、弱過ぎる。まず一撃で沈む程軟らかい。他の一般的魔導師だったらどうか知らないが、ソルとサーヴァントにしてみれば紙も同然。ダンボールで作った戦車にマシンガンをぶち込んでいる気分になる。ガジェットはAMFに頼り過ぎ――法力使いのソルと“バックヤードの力”であるサーヴァントには効果が薄く、蟲は面白いくらいに火に弱いからか。動きもバリエーションが乏しくてパターンが読み易い。こちらを馬鹿にしているのかと苛立ちすら覚えた。存在そのものがソルの法力の一欠片にして、グループを組んで連携と戦略を重視して戦うサーヴァントの敵ではない。これなら中級ギアが率いるギアの軍勢一個中隊の方がまだ歯応えがある。数が異常なまでに多いだけ。本当にそれだけだ。ゼストでも時間と手間は掛かるが根気さえあれば数日中に片付けられると思う。事実、彼は敵の多さに難儀はしていたが、特別苦戦を強いられていた訳では無かった。まあ、先程のオールガンズブレイジングによる余波で周囲の気温は1000℃に近く、そこら中からマグマが間欠泉のように噴出す状況下で、火の法力が具体化したサーヴァントが劣勢に陥る要素が無いのだが。敵を蹂躙しているサーヴァントを見守りながら、オルガンを起動させる。頭の中に描き出された広大なマップには敵味方が光点となって映し出されていた。「ゆりかごの中、か」出撃する前から依然として三つの魂はゆりかご内部より動いていない。ルーテシア、メガーヌ、そしてクアットロだ。結界はとっくの昔に張ってあるので逃げられる心配は無い。前に出て戦うタイプではないとはいえ、いつまでも引き篭もってるだけで難を逃れられると思ったら大間違いだということをそろそろ教えてやろう。どうやって引き摺り出してやろうか。射撃モードに変形させたギガントの『エスティメント・ワン』(ガンマレイに匹敵する威力の、貫通性が非常に高い極太レーザー)でゆりかごを真っ二つにしてやろうか?そんなことを考えながら歩いていると、一際大きな召喚の気配と魔力反応を感知。ゆりかごの上空に超巨大な召喚陣が浮かび上がり、そこから紫色の何かが産み落とされた。<ヴォルテールと同じくらいでしょうか?>「真竜と同等、メガデス級か……少しは骨のある奴が出てきたか?」敵がどういう存在か察したクイーンに、ソルはふっと鼻で笑う。紫色の光は身体に纏う魔力光であったらしい。ゆりかごの上に二足歩行で降り立つ姿は、人型の白い巨大な蟲だ。召喚の規模からしてキャロの究極召喚と同じ、召喚術師の最後の切り札であろう。大きさもヴォルテールと似たようなものだ。「――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」白い蟲が吼える。耳を劈く大音量が暴力的に空気を叩き、大地を揺るがす。普通の野生動物や人間であればこの咆哮を聞いただけで形振り構わず尻尾巻いて逃げる程の威圧感を放っているが、生憎ソルはこういう化け物を狩り殺すことにだけは右に出る者が居ないプロフェッショナルで、ただ単にうるさいとしか感じない。と、そこであることに気付く。白い蟲を見たことによって、その背後や上の空が真っ暗になっていることに。今まで周囲のマグマが明るかったおかげで意識していなかったが、もう時間的に夜だ。「……」今頃ヴィヴィオが寂しがっているだろう。早く帰らないと、小さなお姫様はソルと一緒に寝ると駄々を捏ねてなのは達を困らせるに決まっている。父親として娘に寂しい思いをさせたくないし、家族を困らせるようなこともなるべく避けたい。だから、気が変わった。一気に片を付けることにした。左肩に担いでいた封炎剣を一旦真上に向かって放り投げる。くるくる回転しながら封炎剣が上昇し、頂点に達してから落ちてくるその前に、HEAVEN or HELL髪留めのリボンとヘッドギアを外し、クイーンに仕舞わせた。FINAL DUEL万有引力に従って回転しながら落下する封炎剣。その柄を左手で逆手に持つように掴み取り、Let`s Rockそして己の全てを解放した。「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」<DragonInstall Fulldrive Ignition>後書き皆さん感想でも予想を書かれている通り、メガ姉終了のお知らせです。そして、STS編でのソルの実戦はこれで最初で最後になります。訓練? 模擬戦? あれは実戦じゃないんでノーカウント。預言云々もそろそろどういう風に形になったのか小出ししていきたいと思います。もう既に気付いている方も居ると思いますが。お察しの通りSTS編はもうすぐ終幕となります。もしよろしければもう少しお付き合いください。次回はスーパー焼き土下座タイフーン&懺悔地獄タイム『贖★罪』だよ(仮)!!ではまた次回!!追記なろうの類に投稿してくれ、ていう声がありますが、そっちに投稿すると読者さんになんかメリットあるんですか?ログインID作るのめんdゲフンゲフン正直考え中です。