クロノとリンディは一旦自宅に戻る。また家族が誘拐される事態など遠慮願いたいので、エイミィと子ども達を連れてDust Strikersに保護してもらう為だ。ついて来てもらった八人の戦闘機人には悪いが、エイミィに事情を説明し準備が終えるまで家の外で待ってもらう。時間が時間なので子ども達は勿論寝ていた。すまないと心の中で謝罪して未だ夢の中に居る子ども達を背負って家を出る。そして、いざソルの元へ出発。道中、「向こうに到着した瞬間ソルが火炎放射とかナシだからね?」と怯えたように確認してくるNO,6のセインの態度に、彼女達の中でソルがどれだけ冷酷にして残忍に映っているのだろうかと疑問に思った。苦笑を漏らしつつ安心させるように「大丈夫だよ。僕が保証する」と言う。それでも恐怖は拭えないのか、不安そうな表情のままだった。やがてDust Strikersに辿り着く。が、そこで思わぬ人物と再会する破目になり、誰もが眼を大きく見開き、驚愕で声も出せなくなってしまう。「おや、キミ達はとっくに駆け込んでいた思ったが、私とウーノの方が早かったみたいだね。何処か寄り道でも……ああ、クロノ提督の奥さんと子ども達を引っ張ってきたから時間が掛かったのか、納得だよ」ジェイル・スカリエッティはエイミィとカレルとリエラの三人を確認し勝手にうんうん頷いている。彼の隣で静かに佇んでいる女性は特に言うことは無いのか、クロノの後ろで固まっている妹達に視線を注ぎつつも沈黙を貫いている。「どうして、ドクターとウーノが此処に?」皆を代表してチンクが掠れた声を絞り出すようにして訊く。Dust Strikersはすぐ傍だ。賞金稼ぎ達のテリトリー、犯罪者から見れば猛獣の巣窟が眼の前にある。だというのに、スカリエッティは臆するどころか天気の良い日に散歩するような気軽さでそこに佇み、鼻歌を唄うような心持ちで口を動かす。「私も同じさ。遅々として進まない研究やスリリングな逃亡生活に疲れていた」「なら、なら何故あんなリスクを冒させてまでリンディ総務統括官を誘拐するように命令を――」「どんな手段でもいい、純粋に彼のことが知りたかった。後先のことは悪いが考えていなかった……それだけだよ」感情が昂ぶったのか大声を上げて文句を口にするチンクを遮るように、スカリエッティは静かに告げた。「それにしても、最初からこうなると分かっていればバラバラに出る必要も無かったのに」そう言って、広域次元犯罪者として指名手配されている男は、背後に聳え立つ賞金稼ぎのギルド組織に向き直り、心の底からおかしそうに腹を抱えて笑う。深夜の空に、聞く者を誰しも不愉快にさせる狂人の哄笑が響き渡る。酷く乾いた、それでいて解放感に満ちた笑い声だった。先頭に立って敷地内に踏み込んだその時、クロノはなんとも表現し難い違和感を知覚する。それはまるで今居るミッドチルダの世界から別の世界に一瞬で転移させられたような、自分が何も知らない異世界に侵入を果たしたかのような感覚。強いて言えば封時結界に酷似しているが、何か違う。(結界、か?)疑問符を浮かべて間もなく、自分を含めた全員の身体が淡い蒼光に包まれ、指一本動かせなくなってしまう。「――」法力!? と声を上げそうになったが、声帯を使うことすらままならない。肺から空気を吐き出すだけに留まった。他の皆が声も出せず身体も動かせないバインドのようなものに驚いているのが空気で伝わってくる。魔法陣やその類は見当たらないし、そもそも魔法ではないので法力であることは間違いない。対象のありとあらゆる自由を奪う拘束術式だと理解した。当然筋力は無意味で、いくら力を入れても空間ごと固定化された身体はピクリとも動かない。魔法を用いて解呪しようとしても、何も起こらない。顕現された事象を打ち消すには、術式を解析してディスペルするか、術者が解くか、効果が切れて自然消滅するのを待つか、同等かそれ以上の事象をぶつける以外に方法が無いのが、法力というものだ。そして、単純な火や雷、氷といったこちら側の魔法と同じ性質を持つものならば魔導師でも十分対応出来るが、現状のような如何にして構成されたのか不明なものに対しては、魔導師はあまりにも無力だ。故に、彼らに捕らえられた犯罪者の大半がリンカーコアを法力によって封印され、二度と魔法が使えないようにされている。考えてみれば此処は既にソルのテリトリーだ。この程度のトラップ、仕掛けられていて当たり前のことだろう。予め事情を説明しておいたのにトラップがそのままなのは酷いと思うが。やがて、視界の奥に鎮座する建物の入り口が開き、彼らが姿を現した。まず初めに映ったのは紅。獲物に狙いを定めた猛禽の如き鋭い真紅の魔眼が、こちらを射殺すように睨む。額に装着した赤い鉢金には『Rock You』という文字が、腰のバックルには座右の銘である『FREE』という文字が刻印され、無骨で大きな赤いブーツがゴツゴツと重い足音を立てる。かつて彼の世界では『人類の希望』と称された法力使いの精鋭が集った組織の制服に模した、白を基調としていながら赤い色彩や装飾が目立つバリアジャケット。それを身に纏い見る者に外見以上の存在感と圧倒的な威圧感を放つ巨躯。黒茶の長い髪を黄色いリボンでポニーテールに結わえたいつもの髪型。首から垂れ下がった鎖に繋がれているのは歯車の形をした赤銅色のブーストデバイス。左手に携えているのは数多の同胞と犯罪者を焼き屠ってきた焔の剣。罪という存在そのものを狩り続ける、永遠の贖罪者。次は白だ。胸元に赤いリボンを結っているのが印象的な、清楚なイメージ。膝下まで伸びたロングスカートはやはり白い。栗色の髪を童女のようにツインテールで纏めている姿は、何処か少女の可愛らしさを内包させつつも大人の女性としての色気を損なわせず魅力を引き出している。だが、生憎と今は彼女の笑顔は見られない。確固たる意志の光を放つ瞳が飾り立てるのは、美人なだけに勿体無いと思わせる冷徹な鉄面皮。手にしているのはこれまで様々な敵を刺し穿ってきた魔槍。穂先から発生した桜色の魔力刃が血を求めているような気がして、禍々しく見えてしまう。白が持つイメージを根底から覆す、美麗なる悪魔。続いたのは漆黒の闇に輝く金の光。夜空に浮かぶ月にも似たそれが、彼女を守る黒いバリアジャケットと金糸のような長い髪だと気付くのに数秒掛かる。女性なら誰もが羨む程の美貌の持ち主でありながら、真紅の眼差しは冷たい敵意しか映しておらず、こちらの様子を観察するように窺っていた。白いマントを翻し、金色の魔力刃を発生させた黒い鎌を肩に担ぎ、ゆっくりとした歩調で歩いてくる様は、彼女の美しさも相まって、なるほど、確かに何処か幻想的で御伽噺から飛び出してきたと錯覚させ、二つ名の死神を連想した。男であれば大抵の者は喜んで彼女に己の命を刈り取ってもらうことだろう。その後に現れたのはやや小柄な人影。白いベレー帽を被ったセミロングの女性は、背に三対の黒い翼を備えており、バリアジャケットも白と黒を意識したデザインだ。若干幼さを残した顔立ちだが、逆にそれが彼女を魅力的に見せる。十分美人の部類に入るであろう。しかし残念なことに眼はこれっぽっちも笑っておらず、他の者と同様に視線は冷たい。むしろ嘲るような色があった。左の脇に分厚いハードカバーの魔導書を抱え、右手に先端が十字の形をした魔杖を握る姿は、少女の体格とは裏腹に王者の威厳を醸し出していて、下々の者に対して睥睨するようなその態度は「我にひれ伏せ」と言わんばかりで、まさに最後の夜天の王と呼ぶに相応しい。四番手は、桃色の長い髪をポニーテールにし、紫の騎士甲冑を展開した女剣士。彼女は既に抜刀している。片刃の長剣を右に、鞘を左に握り悠然と歩み、身に纏う甲冑から仄かに闘気を立ち昇らせるその様は、彼女そのものがまるで一振りの刀剣のような完成された美の極み。一太刀で全てを斬り伏せる鋭さと、光を照らすと美しく反射する宝石染みたその輝きは、人の身では決して生み出すことは出来ない魔剣や妖刀の類であり、性別問わず、否応無く彼女に魅せられてしまう不思議な魔力がある。そして美しい刀剣というものは、外見ばかりだけではなくその実用性も申し分無い。比喩の通り彼女は、火竜と、火竜の宝に害為す敵を斬り捨てる炎の魔剣なのだから。更に続くは金髪を肩で切り揃えたヘアースタイルの、優しげな印象が強い女性。全体的に翠色で彩られた帽子と服装はゆったりとしたデザインで、お淑やかにして落ち着いた雰囲気を滲ませる。これまでと違い彼女のみ唯一微笑をたたえており、視線も柔らかい。アメジストのような煌きを持つ優しい瞳は聖母のようだ。彼女が持つ空気、母性、服装、それら全て見事に調和し、本職の聖職者よりも聖職者に見える。否、むしろ彼女は神に仕える聖職者ではなく、仕えられるべき女神だろう。その笑顔だけであらゆる罪を浄化し、咎人の癒えることのない呪いのような傷痕を容易く癒し、迷える者達に道を示す、空よりも広く海よりも深いそれはまさしく女神だ。銀光が纏う暗黒、という表現がぴったりの美人が、紅の男の足元から――影の中から突如ずるりと這い上がり、隣に並ぶ。腰まで届く艶やかな銀髪に、男と同じ真紅の魔眼。いや、最も苛烈にして殺意に塗れた光を放つそれは凶眼と言った方がいい。その身を包むは闇を集めて固めたようなバリアジャケット。一対の黒き翼と一本の長い尾が背中から生えている。整った顔は誰もが美しいと感じるが、逆に美し過ぎるが故に恐ろしさまで覚えてしまう。人外めいたその美しさは蟲惑的で、生者の命を奪い尽くす魔物を思わせる。美しいから恐ろしいのか、恐ろしいから美しいのか分からない魔性だ。黒い翼と尻尾の所為で、神に背く堕天使への畏怖を抱かされた。先頭集団からやや遅れるようにして出てきたのは十に満たない小さな女の子。頭の上の帽子から着込んだゴスロリのドレス、靴に至るまで全てが赤に染められた外見は鮮烈。橙色の髪を三つ編みにし、柄の長いハンマーを肩に担いでいる。可憐な見た目とは裏腹に醸し出す気配は戦士のそれ。その眼と態度は油断も無ければ隙も無い。戦場に赴き闘争に身を委ねる覚悟と決意を胸に秘めた、誰よりも義に篤い誇り高き騎士。矮躯であろうと侮るなかれ。彼の者は幾多の屍を踏み越え、あらゆる修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者。全身から放たれる戦士のオーラが彼女の体躯をより大きく見せるのが証拠である。それから間髪置かず走り出るのは犬耳と尻尾を生やした、先の少女と同じ髪色の大人の女性。手足に装甲を着け、ショートパンツにタンクトップという露出が多い服装に加えてマント、というのが彼女のバリアジャケットだ。使い魔であるが故に素体となった狼の習性か、犬歯を剥き出しにして警戒心を露にしている。こちらは拘束されていて全く身動きが取れないが、変な気を起こせば即座に八つ裂きにされてしまいそうである。胡散臭そうなものを見る青い眼がジロジロとこちらの心情を見透かすようだ。その視線が漂う中、ある一点で止まり、きゅっと眼を細め殺意が込められた。戦闘機人の内の誰かに向けているらしい。特定人物に対する明確な敵愾心を隠そうとしない。若干の間を置いて一人の男性が出てくる。全体的に線の細い、悪い言い方をすれば優男に見られるであろう体格。薄茶の民族衣装とマントはスクライア一族特有のもの。下手をすれば女性と見間違える中世的な顔立ちを皮肉気に歪め、不機嫌を通り越して怒っているのがこめかみに浮かんだ青い血管で確認出来た。歩きながら指の関節をポキポキ鳴らし、ついでに首も回して音を立てる。他の者達と比べて大きく異なる点があるとすれば、彼は確実にこの状況を面倒臭がっている、ということだろう。現在時刻が深夜なので、寝ていたところを叩き起こされたらしい。このままでは腹の虫が収まらないので、とりあえず誰でもいいから殴らせろ、と暗に言っているような気がする。最後に登場したのは蒼い魔狼だ。獲物にいつでも襲い掛かれるよう姿勢を低くし、低い唸り声を上げている。凶暴な牙と鋭利な爪を見せ付けるように威嚇し、紅の瞳が視界に映るもの全てを敵視していた。そして唐突に耳を劈く咆哮を上げたと思えば、全身から紅蓮の炎を発生させ、蒼から真紅へとその姿を染め上げる。と同時に、爆発的なまでに魔力を上昇させ、完全にリミッターが外れたフルドライブ状態になった。突然のフルドライブに他の面子も少し驚いていたようであったが、彼らのリーダーは特に気にした様子もなく一瞥するだけ。この態度は間違いなく、その気になればいつでも殺すという意思表示だ。クロノは心の中でセインに謝罪する。約束を反故にするようで悪いがもう自分じゃどうにもならない。彼らはとっくの昔からキレていたらしい。戦闘態勢を整え、罠を張って待ち構えていたソル達の、というかソルの憎悪を見誤っていた。あいつは、かなり根に持つタイプの人間だったのをすっかり忘れていた。かつて裏切った親友を殺す為に百五十年以上も追い掛け回した経験があるじゃないか。迂闊だったと自分の考えの至らなさに頭痛を覚えるが最早遅過ぎる。(……終わったな)そんな風に同情していると、「洗脳はされてねぇみてぇだな……シャマル、ハラオウンの連中を解いてやれ」静かに紡がれたソルの低い声が鼓膜に届き、促された彼女は一つ頷いてから小さな声で呪文――意味が理解出来ないので恐らく法力のもの――を唱える。するとクロノとリンディとエイミィを縛っていた蒼い光が瞬く間に消失した。「酷い出迎えね」「アルフはエイミィと一緒にカレルとリエラを俺の部屋に運べ」やっと自由を取り戻し苦言を呈するリンディを当然のように無視し、ソルはまだクロノとエイミィに背負われ寝ている二人の子どもに気を遣う。言われたアルフは未だ戦闘機人――視線を追えばチンクだった――を鼻息荒く睨み付けていたが、これ見よがしに「ちっ」と舌打ちするとクロノの背後に回り込みカレルを抱き上げ、同じようにリエラを背負ったエイミィを連れて去っていく。エイミィ達が居なくなるのを皮切りに、ソルはクロノに近付くと無造作に右手を伸ばし襟首を掴んで引き寄せる。至近距離から怒りを灯した瞳に射抜かれた。「テメェ、リンディが人質に取られた時、どうして俺達を頼らなかった? 敵の思惑にまんまと嵌って一人で罠に飛び込みやがって……!!」彼は怒っていた。クロノが考えなしに一人でスカリエッティの懐に飛び込んだことを。そして話を聞いて不安になり、心配していた。何故なら彼は、元とは言えスカリエッティと同じ生命操作技術の研究者で、聖戦という百年間を『洗脳された同胞達』と戦うことを余儀無くされた過去を持つ。クロノが捕まり、洗脳され、違法研究の犠牲になる可能性など十分にあった。それを誰よりも危惧していたのだ。そのことに言われて初めて気付き、途端に申し訳無い気持ちになってくる。己の軽率さを呪う。人質が取られていたから、というのは言い訳でしかない。弁明の余地も無く、謝ることしか出来ない。提督という身に就いているのにこの体たらくでは、上の立場に居る人間として自覚が無いと言われても反論出来ない。「……すまない」「俺も馬鹿息子が敵に誘拐されて、挙句の果てに洗脳されて戦う破目になったことがあったから、気持ちは分かる。家族の為に一人で死地に向かった漢気も買ってやる……だが、次からは必ず俺達を頼れ。その次が無いことを願うがな」一人で背負い込むな、と吐き捨て掴んでいた襟首をゆっくり放す。「まあ、僕は最初っからそんなことじゃないのかと思ってたんだけどね!」文句を言って頭が冷えたソルと違い、怒りが鎮まらないユーノがクロノを羽交い締めにしたら、――パァンッ!! パァンッ!!小気味良い音がミッドの夜に響く。なんと、母性溢れる笑顔を浮かべたシャマルから往復ビンタを食らった。「……い、痛い」両頬が焼きつくように熱い。あまりの痛さに涙が出てくる。「痛くしたんだから当然です、反省してください。心配したんですよ?」もしかしたら一番怒っているのはこの中でシャマルだったのかもしれない。クロノは思う。怖い、怒ったシャマル先生凄い怖い、ある意味ソルより怖い、もう二度と怒らせないようにしよう、と。「一発で許してやれよ」「アナタが殴らないから私が二発殴った、それだけです」「……」少し可哀相だと思ったソルがシャマルに訴えたが、しれっと返されて黙り込む。確かに昔の自分だったら二発か三発はグーで殴っていただろうことに思い至り、やがて諦めたように「やれやれだぜ」と溜息を吐いた。「で? 戦闘機人が出頭するって話は聞いてたが、コイツまで居るなんて聞いてねぇぞ」残忍な賞金稼ぎとしての表情を張り付かせたソルが、全身から殺気を漲らせ、法力で縛られ動けないスカリエッティに手を伸ばせば届く距離まで歩み寄る。当のスカリエッティ本人は、憐憫を抱いてしまうくらいに顔面蒼白。巨大なドラゴンへ捧げられる哀れな生贄と化していた。研究所でモニター越しに見せた狂的な笑みや余裕というものは何処にもない。それはそうだろう。広域次元犯罪者として指名手配されている狂科学者といっても生身の人間でしかなく、戦闘能力も乏しい研究者。実戦経験など皆無に近いだろう。至近距離から殺気をぶつけられ、生殺与奪を握られたことも無い筈だ。対するは、戦歴において右に出る者など存在しない現役の賞金稼ぎ。おまけに情けや容赦というものが無い。その炎で焼却処分してきた犯罪者は数知れず。そんな人物から抵抗を許されない状況で睨まれたら誰だって恐怖を覚えるだろう。生かすも殺すもソルの気分次第なのだから。しかしクロノにスカリエッティを擁護する気は毛頭無い。リンディも同様だ。自業自得である。自業自得ではあるが、流石に管理局員として殺しを善しとする訳にはいかないので、半殺しくらいで我慢してもらいたい。「何のつもりだ、テメェ? 戦闘機人と一緒に出頭するってか? ああン?」問い詰めるその姿は一見して柄の悪いチンピラか質の悪いヤクザであるが、問い詰められる側にとっては今にも自分を食い殺さんとする火竜が口を開け、鋭い牙が生え揃った口腔内に身体を半分突っ込まれたようなもの。つまり、将棋やチェスで言う詰みだ。スカリエッティは怯えた表情で固まったまま反応を示さない。というか法力の所為で動けない。「ちっ、シャマル」忌々しそうに舌打ちし、彼は指示を飛ばしてスカリエッティの拘束を解かせた。肉体に施された拘束が解除された瞬間、狂科学者は糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、尻餅を着いて小刻みに震え出す。「もう一度だけ訊いてやる」逆手に持った封炎剣を赤熱化させその切っ先をスカリエッティの首筋に向けた。「何のつもりだ?」空間を押し潰す殺気がこの場に居る者全員に圧し掛かり、呼吸をするのもままならなくなる。周囲を満たす程に溢れる濃密な魔力は灼熱でありながら、ソルの眼は操る炎に反して絶対零度の冷たさを孕む。彼の気に慣れているクロノですら言い知れない不安と息苦しさを感じた。この場に小一時間でも留まれば気がおかしくなりそうな空気の中、息も絶え絶えにスカリエッティは口を開く。「わ、私は、何年も前に初めてキミを見て以来、魅せられてしまった。研究施設に突然現れたキミは、まさしく私が目指す生命操作技術の、理想像だった……」なのは達の表情が一際厳しくなり、それぞれがほぼ同時に身構えたが、ソルは右手を水平に上げて仲間を制する。「キミという理想像に追いつき、追い越す為に私は必死に研究を重ねた。今まで以上に真剣に、それこそ寝る間も惜しんでね」喋っている間にノッてきたのか、徐々にソルへの恐怖が薄れ口調も滑らかになっていく。語り出すと自分でも気付かない内にテンションが上がっていくタイプなのだろう。「キミの力を参考にしてレリックウェポンに調整を施した、ジュエルシードを用いて様々な固有武装を開発した……だが、結局キミ達には届かなかった」「……」「それでも諦め切れない私は、先の戦闘データを見直している内に”ギア”という単語を偶然耳にした。同時にそれがキミとリインフォース・アインを示す意味だということも。近接特化型のギアと広域殲滅型のギア、そう言われているんだろう?」この言葉にソルは不機嫌そうに眉根を寄せると鼻息荒く「エリオ達か……」と呟く。「ギアが一体何を指し示すのか、出来る限り調べてみたが徒労に終わったよ。ギアという生体兵器は何処の世界でいつ生み出されたのか、結局分からず仕舞いだった」ギアの情報が未だに次元世界では知ることが不可能らしい。ソルは表情に出さないが純粋に良いことだと思う。「だから私は知っているかもしれない人物にカマを掛け、聞き出すことにした。リンディ総務統括官を人質に、クロノ提督と交渉しようとした。それもまあ、チンク達の反逆のおかげで結局失敗したがね」「諦め切れないんならなんで此処に居んだ? 反逆されたっつっても、戦闘機人なんて作ろうと思えばいくらでも作れるじゃねぇか。数が減ったんなら補充すりゃあいい。クローンなり何なり、方法はいくらでもある」半ば呆れたように指摘すると、力無く首を横に振られた。「諦める為に此処に居るんだよ。キミならもう分かっているだろう? 十分な戦力を保有する戦闘機人を一体作るのにどれだけのコストと時間を必要とするか。戦闘機人は単なる機械じゃない、頭蓋の中に生きた脳が入った一つの命。ただ命令に従うだけではなく時に自分で考え、状況に応じて臨機応変に動くことを可能とし、場合によっては魔導師を凌ぐ働きをする、それが戦闘機人だ」脳の代わりに人工AIでも突っ込んどけ、わざわざベースを人間にする必要なんてハナッから無ぇんだよ、と言いたくなったが言えばきっと論争に発展すると察したので黙って聞く。しかしこれではっきりしたことがあった。ソルとスカリエッティは、それぞれが考える兵器の在り方が違う。兵器は主の命令を受ければ機械のように従う道具だと断言するソルと、兵器に人間性を求めるスカリエッティ。ソルからすればスカリエッティの考え方は何処か中途半端に感じた。兵器に人間らしい感情や思考など必要と思わない。そんな風だから裏切られるのだ、と。が、その中途半端な考えこそが誰かによって書かれたシナリオの一部でしかなかったら?先の戦闘でフェイトがゼストと遭遇し、彼女がその時感じたことや思い至った考えを聞いて、ソルは管理局が実は裏で糸を引いていたのではないかと――あまり当たって欲しくなかったが――予測を立てていた。(馬鹿げてやがる)本当にあり得そうだから笑えない。決してそんなことはないとソルには否定することが出来ない。むしろ管理局だからこそ大いにあり得るのではないかと思っている。そう考えてしまう要素が見え隠れしていたのを、ソルが見逃す訳が無かった。だが、これまではあえて表に出さないようにしていた。摘発したところでトカゲの尻尾切りで終わってしまう。黒幕を引き摺り出すまでには至らない。故に裏で査察部のヴェロッサにその辺りを探らせていたが、依然として決定的なものを掴めずにいたので厄介極まりないと歯噛みしていた。同時に、ヴェロッサの手が届かないような連中が絶対に怪しいと睨んでいる。怪しい場所や連中が存在すれば単身で乗り込み、力ずくで事を成すのがソルの主義だが、それが出来たのはあくまで昔の話だ。シンをカイから引き取る前の、一匹狼だった頃の話。もし今そんなことをすれば、自分だけではなく家族の連中も社会を敵に回してしまう可能性が生まれる。それだけはどうしても避けたかったから、やりたくてもやれなかった。しかし今回のこれを機に、事態が一気に動くことが予想される。いや、自分が表立って動かしてやろうではないか。話を聞きながら頭の片隅でそう考え、唇を吊り上げ不敵に笑う。「……嬉しそうだね。どうしたんだい?」表情の変化に気付いたスカリエッティが話を途中で遮り、不思議そうに首を傾げる。「テメェが洗いざらい吐けば、いずれ分かる」返すソルの顔は、この場に居た全員の背筋を――なのは達ですらも――凍り付かせる程に、酷薄に歪められていた。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat33 A Confession of Guilt翌日。時刻は昼食を終えた午後一時五分前。白衣に銀縁眼鏡という普段デバイスルームに居る時の格好で、ソルはDust Strikersの施設の屋上に居た。鉄柵に背と体重を預けるようにして座り、黄昏たようにぼーっとした表情で天を仰ぎ、視界に広がる青空を見るともなしに見ている。昨晩出頭してきた戦闘機人、通称ナンバーズとDr,ジェイル・スカリエッティは現在、同施設内の大会議室で大人しく席に着いている頃だろう。つい先程集まってきた契約者達――ナカジマ夫妻、レティ、カリム――に全てを話す為に。彼らの話を昨日の内に聞いていたソルは、それが終わるまで一人暇を持て余していた。本来ならその場に留まり続けるべき立場である筈で、暇を持て余すなど以ての外なのだが、今はどうしても一人になりたい気分だったので、悪いと思ったが全てなのは達に任せることにした。今朝の段階で、此処で働く者達にはスカリエッティ一派が出頭したことを伝えた。誰もが突然のことに驚き戸惑っていたが、まあ良いことだと割り切っていつものように仕事をこなす。しかし、一つだけ問題があるとすれば寮母兼施設管理人として働くドゥーエの存在だろう。彼女は昨夜のことを知るやいなや「私もドクターによって作られた戦闘機人です。私も捕まえてください! 今まで貴方様を騙していた卑しい雌に罰を! 是非、ソル様の性奴隷にしてください!!」といきなり告白してきて、腰に縋り付いてきたのである。その時のアインのキレっぷりなんて二度と思い出したくない。咄嗟にユーノが発動した封時結界が間に合ってなかったら施設が跡形も無く消し飛ぶどころか、湾岸地区がミッドチルダから消えていた。「き、き、き、貴様ソルから離れろ穢らわしい! 殺してやるぞ雌豚がああ! ソルの性奴隷は私達だけで十分だ!! そんなにFUCKがしないなら地獄で豚とでも犯っていろ!! 死ね!!」と暴れるアインを押さえつけるのにどれだけ苦労したことか。おまけに事態を収拾したと思ったら、この件が片付いたら何故かアインを旅行に連れて行かなければならなくなったし。しかも朝食後の食堂という最悪の場所での出来事。周囲のソルへの認識は二人の所為で『賞金稼ぎ(属性:火+鬼畜 性奴隷複数所持)』となった……あんまりだ。ドゥーエの処遇には困ったものだがとりあえず保留となり――問題を先送りしたとも言う――今は再会した姉妹やスカリエッティを含めた初めて会う妹達と一緒に大会議室に居る。ちなみにトーレも軟禁している部屋から引っ張り出した。やはり彼女も出頭には驚いていたようだが、NO,5 チンクの話を聞いてすんなり納得したらしい。現在では、どんな形であれ互いの無事を喜び合っているようだ。「ハァ」短く嘆息し、白衣のポケットからタバコを一本取り出し咥えた。普段なら女性陣が喫煙を許さないが、今日一日だけは許しを得たのでそれに甘んじることにしたのである。最後に吸ったのは、果たしていつだったか? シンを引き取ってから禁煙するようになったので、かれこれ二十年以上は紫煙を肺に入れてない。地球産の、銘柄「セブン・ナイツ」。「七つ夜」という愛称で喫煙家に人気らしいが、はっきり言って美味ければなんでもいい。スレイヤーのようにパイプ派で、銘柄にこだわりを持っている訳では無いのだ……このタバコを手に入れる為に先程わざわざ地球に行って帰ってきた時点で、こだわりがあると言われればそれまでであるが、本人はあくまでこだわっていないつもりだ。こだわり、ということを強いて挙げれば、デニム生地やジーパンなどはRIOT(ブランド名)のものしか着ないというのがある。しかし、RIOTは”あっち”の世界の地球にしか無いので渋々”こっち”の地球のものやミッドチルダのもので我慢している。久しぶりの喫煙に若干緊張しながら火の法力で点火。煙を吸って肺に入れて、「ゴホッ、ゲホッ!!」盛大に咳き込んでしまう。(分かってたが、結構きついぜ)やはり禁煙期間が長かっただけに身体が拒絶反応を示す。それでも何度か咳き込みながら肺に煙を入れ続けると、段々慣れてきて昔のように吸うことが出来た。有害な煙が口から吐き出され、視界の青を白く染め、少しずつ大気に溶けてやがて消える。赤くなったタバコの先端から、すぅーっと煙が上に向かって伸びていく。「……」連中が仕出かしたことを許した訳では無いし、犯した罪は必ず償ってもらうつもりではいる。この件が終われば全員豚箱に叩き込む。が、スカリエッティ一派に対して抱いていた憎悪や嫌悪といった負の感情はやや小さくなり、その代わり哀れみの感情が沸き上がっていく。ケージの中から脱出しようと必死になって足掻こうとしていた実験動物――モルモット、それが彼らだった。盤上の駒、人形師が操る人形、レールの上でしか走れない電車と言い換えてもいい。今なら、なんとなくであるがスカリエッティが生体兵器に人間性を求めた理由を理解出来るような気がする。本人は無自覚だが、そうすることによって自身の作品に葛藤を与え、運命に抗うか否かを見定めようとしていたに違いない。生みの親の手の平の上で踊り続けた、運命という巨大な歯車の一部でしかなかった自分と、大差無い。いや、彼らはそうすることを強いられていた。そういう立場だった。自らギア計画を発足した自分達とは、根底の部分で違う。確かに似ているが、角度を変えて見ればかつての自分達はどちらかと言えば最高評議会に近い。「あ……」黙々と吸っていたが、タバコの灰を落とそうとして、灰皿が無いことに気付く。くどいようだが禁煙期間が長かったので当然携帯灰皿なんて持ち合わせていない。純粋に灰皿の存在を忘れてしまった。仕方が無いので紫煙を溜息のように吐き出しつつ法力を発動させ、タバコを持っていない方の手で屋上の床に触れる。ずずず、という音を立てて床の一部が隆起し、皿の形を形成した。即席の灰皿の完成だ。それに溜まった灰を落とした時、屋上の出入り口が重い音と共に開き、クロノが現れた。「此処に居たのか」チラリと一瞥してから眼を逸らし、視線を青い空に戻す。クロノはその反応に苦笑を漏らしてから隣に座り込んだ。「タバコ」「あ?」「吸うのか、お前? 喫煙してるところなんて初めて見るぞ」「ああ、これか……禁煙してたんだよ。クロノが生まれた時くらいからな」「それはまた、随分長い禁煙だったんだな」「おかげでさっき、久しぶり過ぎて少しむせた」「ハハハ」呆れたようにソルが言うと、クロノは声に出して笑う。そんな彼の反応にソルはニヤリと口元を歪めた。「……」「……」「……」「……」暫くの間二人は黙したまま空を見上げていたが、ソルが三本目を灰皿に押し付け、手が四本目に伸びた時にクロノが沈黙を破る。「ソルは、最高評議会をどう思う?」口調は気だるげで、ぼんやりとしていた。二人共視線は空に向けているので互いの表情は窺えない。「良かれと思ってやったことが裏目に出る、もしくは利用される……人間社会ではよくあることだ。俺もそうだったしな……裏目に出てることに気付かないのは、流石にどうかと思うが」返答するソルの声は酷く無機質で、それでいて色濃い疲労を滲ませたものである。「つまり馬鹿だと?」「まあな」タバコに法力で火を点け、鷹揚に頷く。「……そうだよな、馬鹿だよな」互いに抱えるのは、人が愚かな過ちを繰り返すことに対する諦観。管理局上層部脚本の自作自演に付き合わされたことによる虚脱感。最早怒りを通り越して呆れることによって、逆に冷静になってしまっていた。遣る瀬無い思いを煙と一緒に吐き出す隣に視点を移し、クロノは少し気になったことがあるので訊く。「これからどうする?」「最高評議会とその手下共に落とし前をつけさせる。下らねぇもんはそれで全部終いだ」どうでもよさそうなソル。「管理局は、潰さないのか?」「潰して何になんだよ?」この問いにソルは訝しむと首を動かしてクロノと眼を合わせた。「だって、管理局が違法研究なんてやってるからこんなことになったんじゃないか」「だからって管理局そのものを潰す訳にはいかねぇだろ」呆れたようにタバコの灰を灰皿に落としつつ、ソルは説明する。「管理局っつー組織は規模があまりにもデカ過ぎるから、やってる事業も大量だ。教育、医療、通信、交通、福祉、公共機関の運営、その他一般的な産業や経済、司法、事故・事件・災害発生時の人命救助やその後の調査・解決・その他諸々、保安や治安維持、ロストロギアや犯罪の取り締まり、次元世界間の入国管理や運輸、自然保護、あと何だ? とにかく、管理局が潰れるってことは管理局がやってるありとあらゆるもんが全部パーになるってことだ。もしそうなったら次元世界はどうなんだ?」「……」「答えは簡単。定められた秩序を失った次元世界はかつて無い程の大パニックに陥り、民は恐慌を引き起こし暴徒と化す。横行するテロ、混乱した世界に跋扈する犯罪、内戦の勃発、他世界への侵略、質量兵器の復活、次元世界同士の戦争……お前ら風に言えば『群雄割拠の古代ベルカ戦乱期再び』、俺風に言えば『聖戦の二の舞』だ。そうなっちまったら、もう誰にも止められん」皮肉気に笑うソルの眼は、奈落の底のような暗い闇を孕んでいた。見る者を不安にさせる、憂いの光。普段は決して見せない、絶望を何度も繰り返し突きつけられ、精神が磨耗し切ってしまった眼差しだ。「いくらなんでも、それは発想が飛躍し過ぎてるというか、極端なんじゃ――」「絶対にあり得ない、って言い切れんのか?」反論しようとして、言葉が出てこない。――『世界は変わらず 慌ただしくも危険に満ちている』旧暦の時代から言われている文句がクロノの脳裏を過ぎった。この文句を実感したことなど数え切れない。”海”の最前線で働く者達ならば誰もが肝に銘じている内容であるが、実際にソルのような戦争体験者から言われると、足元が崩れて落ちていくような衝撃に襲われた。「今すぐって訳じゃ無ぇ。これから何十年先の未来に起こり得る可能性がある『もしも』の話だ」「最悪な話だ」「最悪を仮定したからな」白衣に銀縁眼鏡という格好で、タバコ片手に紫煙をくゆらし、物憂げな表情を作るソル。豊富な知識と卓越した知力を持つ者だけが纏う、賢者の風格。賞金稼ぎとしての、戦闘者としての彼とは正反対の性質と白衣姿があまりにも様になっているのを眼にし、クロノは改めて彼が科学者であった事実を再認識する。(預言は外れたのか?)口には出さず、胸中でクロノは疑問を抱いたまま思考する。話を聞く限り、彼は管理局を潰す気など更々無いらしい。管理局が崩壊した場合のマイナス面をしっかり考慮した言い分は、誰が聞いても納得するだろう。忘れがちだが、この男は普段のチンピラ然とした態度とは裏腹に、世界を何度も救っていた。たとえそれが結果論だとしても、聖戦という地獄を見せ続けられた彼が混沌とした世界を望むだろうか?そもそも預言の解釈それ自体が間違っていたのではないか? 確かにソルを暗示する一文と管理局崩壊と解釈出来る文章は存在したが――(ダメだ。考えても余計訳が分からなくなるだけだ)こんがらがった思考を打ち消すように頭を横に二度振って、やや強引に話題を切り替えた。「そういえば、アルハザードって本当にあったんだな」「みてぇだな」「御伽噺かと思ってた」「俺もだ」スカリエッティの出自やら関わってきた違法研究やらを聞いて、特に因縁深かったのがPT事件の主犯、プレシア・テスタロッサのこととプロジェクトFであった。彼女が犯罪を犯してでも取り返したかったものと、その為に縋ったものを脳裏に思い描き、クロノは溜息を、ソルは紫煙を同じタイミングで吐き出す。「もしかしたら彼女は、アルハザードに辿り着いて全てを取り戻せたのかもしれない」「いや、それだけは絶対にあり得ん」「えええええ!?」思い出に浸りつつ感慨に耽っていた瞬間に飛んできた否定の言葉にクロノは思わず素っ頓狂な声を出す。「あのアリシアの死体には魂が感じられなかった。中身が入ってない、空っぽの器だ。いくら器が無事だとしても、中身が無い以上『アリシア・テスタロッサ』の蘇生は不可能だ」「……そういえばお前、あの時何か非科学的なこと言ってたな? 人は死ぬと何グラムか軽くなる、それは人間の魂の重さだ、とかなんとか」「よく覚えてるな」「お前の言動は衝撃的過ぎて忘れたくても忘れられないんだ」苦笑するクロノにソルは苦笑を返した。「人が死ぬと数十グラム軽くなるのは事実だ、非科学的なことじゃねぇ。その理由が分かんねぇから、世の科学者や一般人は非科学的に感じるだけ」「その言い方はお前がその理由を理解しているということで、正解か?」「ああ。今まで黙ってたが、法力の一種に魂を具現化する系統のものがある」「そんなものまであるなんて、何処まで非常識なんだ法力は……」今更そんなこと言われても慣れているからもう驚かないぞ、とばかりにクロノの反応は薄い。「その系統を少しでも齧ったことがある奴ならすぐに気付く。プレシア・テスタロッサがやろうとしていることは徒労に終わる、ってな。中身が無ぇ、魂をサルベージする訳でも無ぇ、これでどうやって成功させるってんだ?」此処で一旦言葉を切り、タバコを咥えて煙を吸い、ふぅーっと吐き出してから続ける。「だから俺は、あの女だけは助ける気が無かった。生きてるのが不思議なくらい身体はボロボロだったし、絶望の中をのた打ち回っていた所為でとっくに狂ってたし……死ねば楽になれるからな」最後の部分が最大の理由だと感じる。同時に、ソルは昔の自分を言っているような気がした。「けど、お前ならなんとか出来たんじゃないのか? 魂云々の系統はマスターしたんだろ? だったらアリシアの蘇生も――」「死人を生き返らせることなんて俺には出来ねぇよ。そもそも会ったこともない人間の魂をどうやってサルベージする? しかも死後二十年以上経過した魂なんて現世に残ってるとは思えん。だいたい、俺はそんな摂理に反するようなことをする気は二度と無ぇ。あの親子にはハナッから先が無かったんだ、諦めろ」苛立たしげに断言し、ソルは短くなった四本目のタバコを灰皿に押し付ける。その様子に、クロノは安心したような気分で呟く。「そうか……死者は蘇らない、か。当然のことだったな、変なことを言ってすまない」「死後二十年以上経過してたら尚更な。死後五分以内だったらなんとかなるかもしれんが、それじゃあ今の医療技術と大して変わらん。万能に近いが、万能じゃねぇんだよ、法力は」言ってからソルは思う。”バックヤード深部”のコードにアクセスすれば、確かに自然の摂理すら捻じ曲げられる。現世をいかようにも改変可能な力はまさしく神の力。しかしそれは誰にも踏み入ることが許されない聖域だ。人の身には余る代物だから、触れない方が良い。それ以外にも方法はある。ギア化だ。これも時間が経ち過ぎていると蘇生は無理だが、やはり死後数時間から数日の間であれば不可能とも言えない。五本目のタバコを取り出して、なんとなく隣に「吸うか?」と勧めてみたが、案の定「いや、健康に悪いからいい」と断られたので真面目な奴だと肩を竦め、断られたそれを自分で咥え点火した。「クロノ」「ん?」「あんまヘコんでんじゃねぇよ」「え……?」突然の励ましに戸惑うクロノをよそに、ソルは落ち込んだ息子を慰める父親の顔で言う。「俺もそうだったが、人間ってのは馬鹿だ。歴史から何も学ばない。同じ過ちを幾度となく繰り返す。二百年以上生きてきたが、何処に行っても、どんな時代でも、人間ってのは変わらねぇ」「やっぱり、そういうものか?」「あんだけ痛い目に遭った聖戦が終わっても、ギアの力を求める国家や組織は後を絶たなかった。今回の件もそれと同じだ。古代ベルカ時代に生み出された忌まわしい技術から始まって、旧暦の時代から存在する機械兵器のアレンジ、人型兵器、人造魔導師、クローン、デザイナーズベビー。いけないと理解していながら手を出すのは、人間の宿業だ」「やけに冷静でお前らしくないと思ったら、そういう考え方で納得してたからか」「いや、今すぐ馬鹿な連中を血祭りに上げてぇくらいに腸煮え繰り返ってるぜ? そう思わねぇとやってられねぇだけだ」感心したらこれである……相変わらず油断も隙も無い男だ。クロノが半眼になって閉口した瞬間、「けどまあ、人間の一部が腐ってても、人類全てが腐ってる訳じゃ無ぇ。数十年に一回かは、お前みてぇな青臭い坊やに会える……俺にとっては、それが救いだ」朗々とした声で歌を詠うように紡がれたそれは、まさしく魔法の言葉だったとクロノは後に語った。灰皿片手に咥えタバコで大会議室に入ってきたソル、続いて入室したクロノの二人に、視線が一斉に集まる。この部屋はかなり広い。大学の講義室とまではいかないが、大人数が集まってプレゼンなどを行えるように十分なスペースが確保されていた。折り畳み式の長テーブルとパイプ椅子が綺麗に並べられ、皆が着席していた。端から順にスカリエッティ一派。この室内に居る人間の中で唯一両手足を拘束されたDr,ジェイル・スカリエッティ、その隣にウーノが座り、二人の後ろをナンバーズが三、三、四になって座っている。ドゥーエ、トーレ、チンクが二列目、セイン、セッテ、オットーが三列目、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードが四列目といった感じに番号順に(四番が欠番だが)。「バッドガイくん。何故私だけ、しかも昨晩からこんな扱いなんだい? 娘達は特に何もされていない、というかある程度の自由は許されているのに、何故私だけ!?」「うるせぇ。その顔を灰皿にされたくなかったら俺が発言を許可するまで黙ってろ」「ゲホッ! やめたまえ!! タバコの煙には大量の有害物質が入っているなど子どもでも知っていることだよ!?」文句を言ってきたスカリエッティの顔面にソルはタバコの煙を吹きつけてから、タバコの先端を額に突きつけて脅した。ナンバーズが小さく「ヒィッ!」と悲鳴を上げているのが聞こえたのでギロリと睨んで黙らせる。もう完全にヤクザだった。そこからやや間を空けて座っているのはDust Strikersで働く管理局からの出向組。と言っても全員ではない。グリフィス、シャーリー、ルキノ、アルトの事務仕事組の四人と、ティアナ、スバル、ギンガの魔導師三人。合わせて七人のみだ。他の整備班やパイロットなどは居ない。その隣には契約者達とその関係者。レティ、ナカジマ夫妻、リンディ、ティーダ、カリムとお付きのシャッハとヴェロッサ。ついでではあるが、マリエルも同席している。なのは達”背徳の炎”は部屋の四隅にそれぞれバラけて待機している。ナンバーズが変な気を起こしたらすぐにでも取り押さえられるように、とのこと。エイミィは別室でヴィヴィオとカレルとリエラの子ども達を見てもらっているので居ない。エリオ達は普通に学校なので、こちらも当然居ない。「こっちは流石に顔色良くねぇな」スカリエッティから管理局員側へと向き直り一人ひとりの顔を窺う。スカリエッティ一派が自供した内容にショックを隠し切れないのは若手メンバーが大半だ。誰もが胸中に不安を抱え縋るような視線をソルに注ぐ。ベテラン局員達は半ば覚悟していたようだが、表情はやはり優れない。クイントなんて不機嫌を隠そうともせず苛々とした空気を振り撒いていた。皆、此処に居る誰もが管理局に対して思うところがあるのだろう。これまで自分が働いていた組織なのだ。自分は正しいことを仕事とし、懸命に働いて今日に至る、なのに勤めていた組織が実は裏で犯罪行為をしていましたとなれば、精神的苦痛は大きい筈。「この程度で堪えてたらこの後辛いぞ?」だがソルは慰めの言葉など掛けず、やれやれと咥えていたタバコを灰皿に押し付け火を消す。と、我慢し切れなくなったクイントが口を開く。「ソル」「んだよ?」「彼らはどうなるの? それと、これからどうするつもり?」敵意の篭った眼で隣のスカリエッティ一派を睨んでから、厳しい表情で苛立たしげに問う。「分かり切ったこと訊くんじゃねぇよクイント」ソルは事も無げに即答した。「最高評議会とその腰巾着共を潰す。それが終わったら、こいつらも全員纏めてクロノに引き渡す。俺は犯罪者を管理局に引き渡すまでが仕事だからな、その後は知らん。お前らの好きにすればいい」この発言に安堵の溜息を吐く者も居れば、不満気な顔をする者を居るし、どういう顔をしたらいいのか分からない者まで居る。反応は人それぞれだ。「スカリエッティの自供で管理局の裏の顔を知ることになったが、今日集まってもらったのはそれだけじゃねぇ」丁度眼の前に――最前列の席にティアナが座っていたので、その長テーブルに一度灰皿を置き、ポケットから新たなタバコを取り出し点火。全員の顔を見渡しながらタバコを味わいつつ言う。「俺のもう一つの顔も知ってもらおうと思ってな」「ソルッ!?」驚愕の声を上げるのはクロノだ。噛み付くような勢いでソルに詰め寄った。「まさかお前、ギアのことを此処に居る全員に教えるつもりじゃないだろうな!?」「そのまさかだ」「何故急に? だって昔はあんなに、あんなに嫌がってたじゃないか!!」「半分はあの馬鹿と戦闘機人の所為」ピッ、とタバコの先端で指し示されたのはスカリエッティとナンバーズ。スカリエッティは眼を輝かせていたが、ナンバーズは何のことか理解が及ばず戸惑っている。「境遇が似ていたからって同情でもしたのか?」「してねぇと言えば嘘になるが、それだけじゃねぇよ」肩を竦める仕草をしてから、ソルは管理局の面々に眼を向けた。「元々、あの馬鹿を捕まえたら今まで手ェ貸してくれた連中には全部話すつもりだった。ま、俺がある程度信頼してるやつだけだが。それが予想よりも早くなっただけだ」「だからってスカリエッティにまで聞かせる必要無いだろう? 危険じゃないか」「クロノの言うことはもっともだが、あいつが全部ゲロしたら俺もギアに関することを話す、そういう約束なんだよ。そうしねぇと黙秘権を行使するとかほざきやがって」「何だそれ聞いてないぞ!? というか黙秘権なんて関係ないだろう、いつもみたいに拷問染みた尋問でいいじゃないか!! どうして今回に限ってそういう『らしくないこと』するんだよ!!」喚き立てるクロノの肩にソルはタバコを持ってない方の手を置くと、諭す。「俺を思ってのことで嬉しいが、お前は一つ大きな勘違いをしてる」「勘違い?」「落ち着いてよく聞けよ……これから話すギアのこと、お前らハラオウン家が知ってる俺のことは――」そこで一度切り、大きく息を吸ってから告げた。「”あっち”じゃ一部を除いて、一般常識の域を出ない」だから安心しろ、と続ける。全身をわなわな震わせ、壊れた胡桃割り人形のようなぎこちなさで顎をガクガクさせながら、クロノは弱々しい声音を搾り出す。「つ、つつつ、つまり、十年前の僕達は、最重要機密でもなんでもない、ただの一般常識を知ってしまっただけだったと?」「騙すつもりは微塵も無かった。いや、本当に。許せ」「口調が白々しい!!」不敵に笑いタバコを咥えるソルの顔をぶん殴りたい衝動に駆られたが必死に我慢。「……今まで『口外したら殺す』って散々脅されてたのは一体何だったんだ?」「それはマジだ。一部を除いてっつったろ。ヤバイのも多少混じってる」「それを混ぜた真意は?」「その方が俺にとって都合が良かった。なかなか付け心地の良い『首輪』になっただろ? 他人と秘密を共有するってことは、相手の信頼を得ると同時にこっちの事情に巻き込むってことだからな」「要するに!?」「どいつもこいつも全員道連れだ。知った以上、死にたくなければ俺の言うことには必ず従ってもらう」「圧政過ぎる!? 何処の恐怖政治だ! 悪質な詐欺より酷いじゃないか! この悪魔、外道、あとついでに女っ垂らし!!」プツッ、と頭の中で何かが切れたクロノが白衣の襟首を掴み掛かってきたので、頭突きで応じる。鍋の底にハンマーを叩きつけたような音の後、額を両手で押さえ痛みに苦しむ彼に「席着け」と無情に言い渡す。二つの衝撃を受けたクロノはフラフラとした足取りで言われた通り席に着くと、不貞腐れたようにテーブルに突っ伏した。どうやらこれ以上の文句は無いらしい。勝手にしろ、と態度が暗に示している。『悪いなクロノ……サンキューな』そんな彼にソルは秘匿回線で念話を繋ぎ、一言礼を述べた。クロノから返事はこなかったが、構わない。「もうとっくに察してると思うが、俺は生体兵器。ギアと呼ばれる存在だ」誰も驚かない。むしろ納得しているような雰囲気が皆から醸し出されている。『ああ、やっぱり』みたいな顔を全員が揃って浮かべた。なんか面白くねぇなと憮然したが、彼らの反応は当然なのだ。魔法無しで非常識な身体能力を発揮し、人の限界を超えた魔力をいとも容易く放出可能な上、違法研究者に対して容赦が無い。違法研究を目的とした誘拐が珍しくない次元世界でソルのような者が現れれば、誰だってその存在を邪推する。普通は、そう思われないように自重しろよと突っ込まれても反論の余地無いのだが、聖戦時代からそこら辺はずっと無頓着。いつだって見敵必殺、全力全壊、Kill Them All、ギアの軍勢を周囲一帯ごと纏めて消し飛ばす、犯罪組織は皆殺しが基本、賞金首の生首を役所に持って行きその場で換金してもらう、という行為を百年以上平然と繰り返していたが自分に向けられる視線を気にしたことは無い。なので、今更過ぎる話だった。(タバコ吸えんのは今日だけだから、ストックが無くなる前には終わらせてぇな)そして語られる昔話。神の力の一端を手にした三人の若者達から始まった、とある原罪。摂理に挑み、神に逆らい、啓示に背き、運命に抗ったそれは、とても永い――長い話。結局、タバコは足りなかった。後書き遅くなりましたが、あけましてドラゴンインストール(新年の挨拶)、今年もドラゴンインストール(辰年なので)。え~、今回のお話は、難産でした。暴露話云々の部分。ギアの秘密を、最後まで秘密のままにしておくかそうでないか、という点。バラす場合誰に? という点。この二つにず~~~と頭を悩ませていて……で、前回までの流れ的にスカさん陣営に本当に話しちゃう? いいのそれで? リンディ誘拐され損じゃね? ていうかクロノ不憫じゃね? といった感じに「本当にそれでいいのか?」的な疑問符が常に頭の中をホップステップしてなかなか書き進めなかったんです。それから今回初めて喫煙する描写を入れましたが、正直難しい。格好良く描写出来ません。原作でも喫煙者の癖に喫煙してるシーンや描写が皆無に等しく、どんな風にすればいいのかイメージが沸かず悶々としました。スレイヤーと梅喧はあるのに(前者はパイプ派、後者は煙管派)……GG2設定資料集のショートストーリー内(あの男編)でそれらしい描写があったと思えば「これは煙草じゃねぇ」と本人否定(アリアに『また研究室で煙草吸ってる!』と怒られて返答した言葉)。じゃあその咥えてるのは何だ? 禁煙グッズとかか?まさかペロペロすると煙が出るキャンディーじゃあるまいな!? たぶん、ただの電子タバコだと思い……あれ? でも100均で売ってるシガレット・ホルダーみたいの装着してんじゃん? でも煙草じゃないってソル本人が言ってるし…………ミギーkwsk!!!これからもよろしくお願いします。ではまた次回!!