場所は次元空間内に浮かぶ、時空管理局本局。そこに次元航行部隊のXV級艦船クラウディアが長期任務を終え、本局に戻ってきた。無事に帰還出来たことに艦長を勤めるクロノ・ハラオウンは安堵の吐息を漏らす。と、そこへ背後からゆったりとした足取りで一人の青年が近付き、声を掛ける。「お疲れ、クロノくん」白いスーツで身を包み、やたらキザな印象のある髪のかき上げ方をしながら労ってきたのは、旧知の仲であるヴェロッサ・アコースだ。「ああ。キミもな」応じるクロノの態度は今までより幾分か柔らかい。任務が終わったことと気を許せる友人を眼の前にしていることもあり、張っていた気が緩んだ所為でもあった。が、その表情は次の瞬間にはヴェロッサの一言によってしかめっ面へと変貌してしまう。「先日、Dust Strikersが地上本部から査察を受けたって話だけど、聞いて――」「その話は聞きたくない」強引に遮って艦長席から立ち上がり、足早にその場を後にしようとするクロノをヴェロッサが慌てて追う。艦内の自分の執務室に向かう。最早競歩レベルの速度で歩く。そんなクロノに並ぶ形で共に歩きながら、話題にしたくないと察しつつヴェロッサは口を開いた。「そのリアクションだと、先輩達が査察に対してどんな対応したか聞いてるみたいだね。いや、分かる。分かるよ? あれだけの騒ぎ起こしておいて『知ったこっちゃねぇ』みたいなこと言った先輩の皺寄せがあっちこっちに飛び火してるのは」「……レジアス・ゲイズ中将がソル達を深く責任追及するな、というようなことを言ったおかげでかなり沈静化したらしいが、僕達契約者に被害が無かったと言えば嘘になるからな」苦々しい口調で漸く応えるクロノはうんざりしていた。「まあ、お偉いさんの気持ちは分からないでもないけど」「皆Dust Strikersが、っというかソルが怖いだけだ。本局主導、管理局傘下という名目だが実態は悪名高い”背徳の炎”が率いる私設武装組織。規模は小さく年若いメンバーで構成されているが、高ランク魔導師ばかりを集めた、金さえ払えばどんな犯罪組織も喜んで潰す荒くれ者達。『鎮圧』を目的とした管理局の武装隊とは違う、『殲滅』を主眼に置く本当の意味での戦闘集団、ネジが外れた戦闘狂の巣窟。誰だってまともに相手したくないさ。害虫駆除をするように犯罪者を丸焼きにするソルに直談判しようと思う勇者が存在したとしても、胃痛で苦しむだけ。もし彼と真正面からぶつかって対等に話し合いが出来る人物が居たら、僕はそいつをゴッドと呼んでやる」これはある意味クロノやリンディ達契約者の目論見通りになった、と言えば言い過ぎだが初めから狙っていたことであった。管理局にあまり影響されない、権力に決して屈しない、単純な戦力として強力無比な組織。もし仮に管理局が動けなかったとしても、それとは関係無くいつでも自由に動ける管理局に属しない力。尻拭いや面倒事など分かり切っていたものである。ソルとの契約者、という立場上クロノはDust Strikersでこなされた仕事や出来上がった報告書の詳細を閲覧可能である故に、率先して隠蔽に走らなければならない義務もあって……(しかし、何年ぶりだ? ギアの力を完全解放するなんて大事に発展するなんて……)――『アインが戦闘で完全解放した。こっから先は言われなくても分かるな?』小細工は頼んだ、とばかりにハラオウン親子のみに通信を入れてきた数日前のソルの顔を思い出し、気が滅入ってきた。周囲の連中から何を聞かれて知らぬ存ぜぬを貫き通せ、余計なことを喋るな、出来なかったら殺す、ついでに面倒事は片付けられるだけ片付けておけ、という意味。つまり、責任追及と雑務処理の槍玉にあげられるのが自分達になったということだ。気付けば自分の執務室に辿り着いたので、キーロックを解除し部屋に踏み入れるとバリアジャケットを解除してソファに倒れ込む。うつ伏せに。カリムの預言に進展があったからわざわざ転送魔法でミッドチルダとクラウディアを行ったり来たり。しかし結局重要なことを伝えられず任務に戻り、どうしようどうしようと悩んでいたらこの始末。「お疲れだね、クロノくん。ケーキ食べる? 甘さ控えめ」「気遣ってくれるなら暫く仕事の話をしないでくれ。切実に頼む」「ハハハ、了解。紅茶淹れるよ」ヴェロッサの提案に乗り、ケーキと紅茶を楽しみながら雑談に興じていると、大分疲れが抜けたような気がする。「ところでクロノくん。これから数日間、有給を無理やり捻じ込んだという噂を聞いたんだけど?」「相変わらず耳が早い。しかし無理やり捻じ込んだというのは人聞き悪いな」「分かってるよ。クラウディアの点検とメンテナンスが終わるまでの三日間だったね。で、予定は?」羨ましそうな表情を張り付かせて訪ねてくる彼に呆れながら、クロノは平坦な声で答えた。「家に居るよ」「珍しいね。旅行にでも行くのかと思ってた」「行きたいのは山々だが、旅行に行くよりも家でゆっくり休みたいのが本音だ」「折角の連休なんだから何処か行けばいいのに」意外そうな顔をするヴェロッサ。「っていうかさ、クロノくんが有給使って休む時って、大抵は旅行とか予定がある時じゃなかったっけ?」「何も旅行に連れて行くだけが家族サービスじゃない。家で一緒に過ごすのも立派な家族サービスだ。何より家の中だから何処かへ行くのと違って面倒臭くないし疲れない」「それはお父さんとしてのクロノくんの持論?」質問に肩を竦めて首を横に振る。「髪が長くて赤くて炎な男のアドバイス。お前は仕事で家を空けることが多いんなら、時間が許す限り家に居ろ、だと」父親としての経験は向こうの方が上なので、家庭内で何か分からないことがあったらとりあえず彼に訊くのがベターな選択だとクロノは思っている。「おお、意外。そんなアドバイスくれるなんて信じ難い。僕にアドバイスしてくれたことなんて一度も無いのに」「ちなみにどんなアドバイスを要求したんだ?」「ナチュラルに女性を惹き寄せる方法」あいつじゃなくてもそんなアドバイスする奴なんて居ないぞ、とクロノは呆れ半眼になってヴェロッサを睨むが、当の本人はヘラヘラ笑うだけだ。既婚者として、女遊びは程々にしておけよと注意しておきたいところであるが、年寄り臭い説教などしたくないのでやめておく。「……勘違いしている者が大半だが、ソルは敵に容赦が無い分、味方には甘いぞ。普段が普段なだけに気付き難いがな。僕の言うことが信じられず、確かめたいなら相談や質問を投げ掛けてみればいい。第一声に『面倒臭ぇ』や『なんで俺が?』と口にするだろうが、話を聞いてくれない訳じゃ無い。あいつ本人が自分には手に負えないと思えば、他の人を相談役として紹介してくれる。ま、大抵は聞き上手のシャマルだが」「いや、相談したよ。でも取り付く島も無いんだって」「キミはナンパの仕方を教えてもらおうとしてるからだろうが。碌でもないこととか、不純な動機のものとかは全く聞く耳持たないぞ、あいつは」根は真面目だからな、と嘆息。そんな風に雑談をしながら時間が流れるのに任せていると、やがてヴェロッサに外部通信が入り、何かと思って彼が出れば聖王教会のシスター、シャッハから。『ロッサ!!』とんでもない剣幕でヴェロッサにお説教をかます映像越しのシャッハに彼はたじたじ。また何かアホなことでもやらかしたのか、長くなりそうだなと一瞥して、クロノはその間にデスクに腰掛け残務処理をしておく。「……やっと解放された」「ん? ああ、こっちも今終わったところだ」お説教が終わった丁度良いタイミングで残務処理も終わった。今までぐったりしていたヴェロッサが急に元気な声で――無理にテンション上げてるとも言う――こんな誘いをしてくる。「クロノくん、飲みに行こう!! 飲みに!!」「え? やることは終わったからもう帰ろうと思ってたんだが」「つれないこと言いっこなし。シャッハの所為でケチが付いた、じゃなかった、これから数日間有給のクロノくんを祝って、パーッと景気付けにさ」「頭パーにしてお説教された事実を忘れたいだけだろう」なんだかんだ言いつつ付き合いが良いクロノは苦笑すると、ヴェロッサと仲良く肩を組んで飲み屋へと向かった。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat31 Calamity翌朝。久しぶりに帰ってきたからぐっすり惰眠を貪ろうと企んでいたが、それは見事なまでに粉砕された。「いつまで寝てんのこの寝坊助!! 久しぶりに帰ってきたんだから子ども達の面倒でも見てなさい!!」愛妻のエイミィに文字通り叩き起こされ、「パパー、あそんでーあそんでー」「あそんでー」邪魔だと言わんばかりに寝室から追い出されたと思ったら、三年程前にエイミィとの間に授かった我が子達――カレルとリエラの玩具にされる。(あいつはこれが毎日で、ツヴァイが生まれてから今までずっと、っていう話だったな)子ども達に揉みくちゃにされながら、ふと過ぎったのはソルのことだ。幸か不幸かカレルとリエラは普通の範疇の普通の子どもで、特に目立ったことも無い。もしかしたら自分が仕事で長い期間家を空けてしまう時に何か他の家と違う特殊なことが起き得るのかもしれないが、今のところそれらしい話は聞かない。一緒に暮らしよく子どもの面倒を見てくれるリンディも何も言わないし。比べる以前にまだカレルとリエラはまだ三歳。エリオ達程パワフルではないので当然か。エリオ達は何と言うか、元気が過ぎて凄く危なっかしいと言うか、対面してるこっちが危ない目に遭わされると言うか、なんかそんな感じだ。好奇心旺盛で、無駄にエネルギッシュな為一箇所に留まることなくちょこちょことあっちこっちへ行ってしまう。そんな印象があった。やんちゃ、腕白、といった単語の意味を通り越したハイテンション児童。ソル曰く、単にネジが外れたアホとのこと。だが、次元航行艦の艦長という役職柄子どもにあまり構ってあげられないクロノとしては、休日は必ずと言っていい程子どもに構っている彼のことを純粋に羨ましく思う。まあ、隣の芝生が青く見えるのを羨んでも益は無いので今は思う存分子どもに構ってあげることにした。クロノの休日と言えば高確率で何処かに出掛けることがあり、今日も例に漏れず出掛けることになった。家に居ると家事の手伝いを強制的にやらされるから率先して外に出ようと誘っている訳では無い。妻のエイミィ、カレルとリエラの子ども二人、合わせて四人、まさに休日の家族連れ。生憎と普通の買い物ではあるが。ちなみにリンディは仕事で居ない。まだソルの皺寄せ処理が残っているらしい。慣れ過ぎた所為で最早怒る気も無いらしく、朝食を終えて暫くすると文句一つ言わずに出て行ったのはまた別の話。四人でクラナガンの街並みを散歩気分で歩く。今日は天気も良く、程好く暖かい。疲れを癒す休日としては絶好で、静かに緩やかに時間が過ぎていくのを肌で感じると身も心もリラックスしていく気がする。それから少し歩き、レールウェイのステーションにまでやって来た。此処まで来ると行き交う人の数が一気に増えるので子どもがはぐれないように、クロノがリエラと、エイミィがカレルと手を繋ぎ進む。大きなデパートや雑貨店を梯子して、色々と買ったり見て回っていたりしていると、思わぬ人物と遭遇した。「ツヴァイとキャロ?」特徴的な銀髪の少女と桃髪の少女が視界に映ったので名前を呟くと、耳が鋭いのか声が聞こえたらしく二人が振り向き、こちらに気付くと駆け寄ってきたので足を止める。「ハロー、ハラオウン家!!」「ハロー!!」満面の笑みで元気一杯に挨拶してくるツヴァイとキャロに、一家揃って「こんにちわ」と挨拶を返す。知らない仲ではないし何度も会ったことがある相手ので、カレルとリエラも二人には慣れたものだ。「二人も買い物?」「はい、父様とエリオとフェイトちゃんとはやてちゃんとヴィヴィオの七人プラス一匹で」エイミィの問いにツヴァイがコクコク頷く。最後の一匹とは、恐らくフリードのことだろう。キャロの傍に居ないということは、きっと此処には居ないソルの頭の上か腕の中だろう。「相変わらずの大所帯だな」その人数でやっと半分なのだから、とクロノは苦笑。それにしても、と聞き慣れない名に思考を巡らせる。ヴィヴィオとは、報告にあった保護児童のことだ。ほぼ100%の確立で違法研究によって生み出された人造魔導師の少女。ソルが保護した後に面倒を見るのは予想通りだった。エリオやキャロも保護したその日に連れて帰ったので、今回もそれと似たようなものだと考えれば当然の帰結である。「最近はどうだい?」続けてクロノが問い掛ける。「えっとですね、ヴィヴィオが来てからお父さんヴィヴィオに構ってばっかりで」「なのはちゃんは平気なんですけど、他の、母様達がそろそろデスプレデター化するんじゃないかという懸念がありまして……」「あ、いつも通りなんだ」「いつも通りだな」返答にハラオウン夫妻は当然のように頷く。「これから私達、何処か適当なファミレスにでも入って休憩することになってるんですけど、もし宜しければご一緒しませんか?」キャロの提案に、朝から子ども達の玩具と化し、今は両手を買い物袋で塞がれていてかなり疲弊していたクロノは、救われるような気分で快く承諾した。「やあ」「おう」先にファミレスに到着していたソル達と合流し、軽い挨拶を飛ばすと、ヴィヴィオを肩車し腕の中にフリードを抱えたソルが短い返事を返してくる。「だれ?」「腐れ縁だ」「くされえんってなーに?」「付き合いの長いお友達って意味だ」「パパのおともだち?」「そうだ」彼の頭の上で首を傾げているヴィヴィオにソルが優しく教えていた。その光景は誰がどう見ても仲の良い親子にしか映らない。隣に居るエリオが行儀良くペコリと頭を下げ「お久しぶりです」と挨拶してきた。「お久しぶりだね皆……って、ちょ、いや、やめて! くすぐったい!? な、なんなの!!」視界の端でエイミィがフェイトとはやてに挟まれて「リア充め爆発しろ!!」「リア充め許さんぞ!!」と理不尽にして執拗な攻撃を受けているのを見ないようにしつつ、ソルと肩を並べてファミレスの中に入った。「十一人と一匹……多いな」ソルが面倒臭そうに呟きウェイターに人数のことを説明し、複数のテーブルをくっ付けて使わせてもらうことにする。ウェイターからメニューを受け取り写真に写る料理を眺めどうしようか悩んでいると、隣のテーブルでは「失礼します」と言って立ち去ろうとしたウェイターをエリオが呼び止め、メニューを指し示しながら「とりあえず此処から此処までを全部お願いします」と豪快な注文の仕方をしていて。エリオの発言に営業スマイルを凍りつかせるウェイター、一瞬何を言っていたのか理解出来ず「は?」と訊き返すハラオウン夫妻。それを見て対面に座るソルが「いつものことだから気にすんな」と溜息を吐き、その両隣に座っているフェイトとはやてがクスクス笑う。それから程なくして全員分の注文を改めて済ませると、エリオが先に注文していたもので比較的時間が掛からない前菜などから順に運ばれてくる。待ってましたとばかりに「いただきまーす!!」と挨拶して先を急ぐように食べるエリオ。よほどお腹が空いていたのか、凄い勢いで料理が胃袋の中へ消えていく。消えたと思ったら追加がやってくる。また消える、追加が来る、という風に繰り返される光景。今見ているものが夢でも幻でもなく厳然たる事実であることは、忙しそうに空いた皿を端から片付けていく従業員が一番実感しているのだろうなとクロノはなんとも言えない不思議な気分を味わう。「いつものことだ」コーヒーを啜りながらそう言うソルの声は、我が子の食欲に呆れながらも何処か誇らしげに笑っていた。食休みを十分に取ってからファミレスを後にし、なんとなくソル達と別れぬままぞろぞろと歩いていると、市民公園に差し掛かる。と、エリオが急に走り出す。続いてツヴァイがエリオを追い駆ける。キャロもだ。「僕についてこーい!」振り返って立ち止まり、一緒に遊ぼうと手を大きく振るエリオにカレルが駆け出し、カレルが行くなら自分もとリエラがついて行く。最後のヴィヴィオが確認するようにソルの顔を窺う。「行ってこい」許しを得てにぱっと笑い、ヴィヴィオはエリオ達の元へ走る。こうして六人とフリードをプラスした小さな集団が市民公園の中へと入ってしまった。取り残された形となったハラオウン夫妻が何か言う前に、「遊びたい盛りだ。好きにさせてやれ」ソルがこう言うので、仕方が無いとばかりに子ども達の後を追うことに。子ども達は芝生が敷き詰められた広場で追いかけっこしていた。週末で世間一般でも休日である為、自分達のような家族連れも複数存在している。レジャーシートを芝生の上に敷いて思い思いに寝転がったり、ボール遊びに興じている。暖かい陽光が照らす昼下がりなのだ。このまま昼寝でもしたらさぞ気持ちの良いことだろう。「こんなことなら私達もレジャーシート持ってくれば良かったな~」他の家族連れを見ながら独り言を零すエイミィの横で、フェイトが何処からともなくレジャーシートを取り出して敷き始めた。「用意がいいな」「ううん、これバリアジャケットの技術応用して構成したただの魔力だよ」クロノの声に、何の変哲もない答えをフェイトが返す。その様子にエイミィが「そういう使い方があったか」と一人感心しているのを聞き流し、まずソルが一番初めに腰を落ち着けた。と思ったら仰向けに寝転がってしまう。「一人でペース取り過ぎや」はやてが咎めるが聞いてないので、仕方無いとフェイトが溜息を吐き、「いいよはやて。私、ソルの上でうつ伏せに寝るから。その分余ったスペースに三人共座って」と提案。「すまんなぁフェイトちゃん、って言うと思ったかアホー! 下心丸見えや! んなことせんでもレジャーシートもっと大きく再構成し直せばいい話やろが!!」ノリツッコミしながら激昂するはやて。「ちっ」あからさまに舌打ちしてみせたフェイトが渋々はやての言う通り、レジャーシートを先程よりも大きく、大の大人が五、六人寝ても十分手足を伸ばせるぐらいに広げた。「ソル、膝枕しよっか?」「こらー! 私が先やぁぁぁっ!!」それでも諦めが悪いフェイトが靴を脱いでレジャーシートに上がり恥ずかしそうに頬を染めて提案するが、同じく靴を脱いだはやてに羽交い絞めにされて妨害を受けている。放してー!! そんなオイシイ役誰が譲るか!? という感じにギャーギャー騒いで女の戦いを展開させているのに、ソルは全く動じない。いつものことらしい。しかし、流石に喧しいと思ったのかムクリと上体を起こすことによって、二人が「膝枕が……」と肩を落とす。事態は収拾されたようだ。「もう上がっていいか?」「ああ」ショートコントが終わり、漸くクロノとエイミィはレジャーシートの上に座ることが出来た。「この前は、すまなかったな」走り回っている子ども達を眺めていたら、唐突にクロノが口火を切る。訳が分からずソルは「ああン?」と訊き返す。「急に聖王教会に呼び出しておいて、結局何も話さないまま帰すことになってしまったから」「あのタイミングじゃしょうがねぇだろ……」ヴィヴィオの保護とレリックの確保が発端となった廃棄区画での戦闘を思い出し、ソルは低い声で応じた。「まあ、そん時の埋め合わせが今の状況なんだがな」「埋め合わせ? ああ、そういうことか。なるほど」そういえば、あの時ソルはフェイトとはやてを連れて聖王教会にやって来た。つまり、あの後何事も起きなければ三人で出掛ける予定だったのだろう。「謝らなくてええよクロノくん。埋め合わせはちゃんと消化されとるし」「こうやって久しぶりにエイミィとカレルとリエラに会えたしね」気にするなと微笑むはやてとフェイト。「ソルくんってそういうところ、しっかりしてるよね」エイミィが意地悪い笑みでこんなことを言ってくる。「……」対してソルはチラリと疲れたよう眼でエイミィを一瞥するだけ。他に聞けば、ホテル・アグスタの一件でも似たようなことがあったらしい。内部警備を請け負っていたシグナムが、仕事中にソルと食事の約束をしたのだ。仕事が終わったら一緒に夕飯を摂ろう、と。で、実際は戦場に子ども達が独断で出撃するという看過出来ない事態に陥り、ソルが噴火。結果的に任務は無事達成したが、その後シグナムと二人で食事という気分ではなくなってしまい、おじゃんとなった。しかし、埋め合わせと称して後日シグナムと出掛けたらしく、二人揃って丸一日不在の日があったとかなんとか。その日から数日間、シグナムの機嫌がやけに良かったとのこと。閑話休題。女三人が輪になって姦しく話しているのを聞き流しながら、クロノは子ども達から視線を外さないまま告げる。「聖王教会に呼んだ理由は――」「カリムの預言だろ」同様に視線を子ども達に向けたまま、ソルが言葉を遮った。「どうせ碌でもねぇことがあったんだろ?」「……ああ」短く肯定するクロノにソルは、フッ、と鼻で笑う。「じゃあ聞かねぇ。お前も忘れろ」「気にならないのか?」「知ったところで何になる? 未確定な情報に踊らされて馬鹿を見るだけだ」「まるでこの手の類は一切信じてない口ぶりだな」「信じてないっつーより、嫌いなだけだ」「レジアス中将と同じだな。あの人も、この手のレアスキルがお嫌いなんだ」地上の正義の守護者、と謳われるレジアス・ゲイズの好き嫌いなどソルの知ったことでないだろうが、陸と上手く連携を計り円滑に物事を進め、預言通りになることを阻止したい海側のクロノとしては複雑だ。だが、ソルの言う通りなのかもしれない。預言は預言、未確定の情報であり必ずしもそうなるとは限らない。未来に怯えるのは、なるほど、確かに踊らされて馬鹿を見るような気がする。「所詮預言だ。確定した未来を観測した訳じゃ無ぇんだろ? だったら、尚のこと気にするだけ無駄だ。アホらしい」「その口ぶりから察するに、昔嫌なことでもあったのか?」クロノは軽い気持ちで訊いてみただけだったが、これがとんでもない地雷であったと気付くには遅過ぎた。答えはすぐに返ってこなかったのだ。けれど、何も語らない沈黙こそがクロノの言葉を肯定し、ソルの冷たく鋭い真紅の眼が『昔嫌なことがあった』のを物語っている。「俺の身体をギアに変えた男は、未来視が可能だった」「!?」突然、実にあっさりと聞かされた驚愕的事実に眼を剥き、まじまじとソルの横顔を見てしまう。「本来、確定した未来を改変することは不可能だ。しかし、奴は全てを、文字通り何もかも犠牲にする覚悟で運命に背いた……人類の、世界の滅亡を防ぐ為に」ソルの、ギアの生みの親が?運命に背いた?彼の故郷では歴史にその名が載る程の大罪人が、世界を救済する為に?「その駒として、俺はギアに改造された」――『いずれ真の戦いが来る。聖戦すら霞む、この星の危機がな』――だから、どうした!――『戦士が必要なのだよ。百年の戦歴に、旧時代の叡智を持ち合わせた真の強者が』――今更、綺麗事をっ!!――『憎め。その憎しみがお前を鍛え上げる。暫しの別れだ、フレデリック』「だから俺は、預言とか、未来を予知するとか、そういう類のもんが死ぬ程嫌いだ……覚えとけ」感情の篭らない無味乾燥とした声で、背筋がゾッとする程の無表情で言う。そんなソルに何か言わなければいけない気がして、「……っ」でも何を言えばいいのか分からず愕然として、クロノは無力感に苛まされた気分を抑え付けるように拳を強く握り締めて俯いた。とにかく謝りたい。かと言って謝っても鬱陶しがられるだけだ。地雷を踏んだ自分には、彼の古傷を抉ったことに対して何も出来ない。二人の間に沈黙が降りてくる。すぐ傍で話に花を咲かせている三人が、少し離れた場所ではしゃいでいる子ども達が、随分遠くに居るように感じてしまう。「なんでテメェが落ち込んでんだ。辛気臭い面してんじゃねぇ」その時だ。クロノの後頭部に拳骨が振り下ろされた。「痛いじゃないか!?」「下なんか向いてねぇで、あれ見ろ」殴られた箇所を手で押さえ、頭を上げて抗議の声をぶつけるが、ソルはクロノの言い分を無視し、顎で子ども達を見るように促す。「何が見える?」「何って……」仲良く遊んでいる子ども達だ。それ以外は特に見るべきものは無い。投げ掛けられた質問の意図が分からずにいると、今度は違う質問がきた。「じゃあ、俺達がすべきことは何だ?」「えっと」言葉に詰まった瞬間またしても拳骨が振り下ろされる。「だから痛いって言ってるじゃないか!!」「俺達がすべきことは、あいつらの未来を守ることだ」またしても抗議の声を無視し、そう言って唇を吊り上げ不敵に笑うソルの眼は、これ以上無く真剣な光を放っていた。「だから下なんか見てんじゃねぇ。前を見てろ。今のお前は、それでいい」夕方になったのでソル達と別れ、家路に付く。「どう? 久しぶりの休日は?」「なかなか有意義な時間を過ごせたよ」隣で微笑むエイミィにクロノは微笑み返した。「素直に楽しかったって言えばいいのに」「はは」他愛の無い話をしながら暮れなずむ街並みを四人で歩きながら、頭の端では先程ソルとの会話を反芻する。(僕達が子ども達の未来を守る、か)こう言った以上、少なくともソル達はそのつもりで戦ってきたのだろう。復讐でもなく、贖罪でもなく、まだ見ぬ未来をより良いものにする為に、ただひたすら突き進んできたのだ。彼のことを知れば知る程見習わなければ、と改めて思い知らされる。自分がまだ若い時は気付くことが出来なかった彼の美点は、年を重ねるごとに浮き彫りになっていく。その度に、自分もまだまだだ、もっと頑張らなければ、という風に身も心を引き締められた。彼が賞金稼ぎを再開してから既に五年が経過している。結果として設立されたDust Strikersは様々な問題を抱えているとは言え、それはそれで社会に大きく貢献してくれていた。治安維持や犯罪抑止、犯罪捜査と犯人の捕縛。検挙率もぐっと増えた。今のクラナガンは数年前と比べて格段に住み易く、安心出来る。他の世界でも良い成果を出せているという報告も耳にする。だから、そろそろ剣を置いてもいいんじゃないか、とも思ってしまう。当の本人は恐らく感覚が磨耗しているらしいので気付いていないが、頑張り過ぎだ。ソル一人が一日にこなす仕事量というのは、デスクワークが事務職の者のざっと二倍から三倍、加えて教導、デバイスマイスター、今はそれらに加えて保父もある。現段階ではまだ戦闘要員として現場には出ていないが、いずれ出ることになる筈。たまに仕事が嫌になってサボるとはいえ、最低限のことはしっかりこなしてからサボっているし、次の日はその分をちゃんと取り戻す。Dust Strikersの事務を担当するグリフィスから彼らの様子を報告ついでに聞かせてもらった時、遊んでいるようにしか見えないのに仕事が凄く出来るから同じ社会人として羨望せざるを得ないと言う。『仕事を短時間で効率良くこなすスキル』を持っているとのこと。メリハリの付け方が上手い人間は効率良く動ける、と聞く。たぶん、そういうのが異常なまでに抜きん出ているのだ、きっと。元科学者という昔取った杵柄のおかげで、集中力だけは馬鹿みたいにあるのはよく知っていたし。ギアという身体の特性上、体力が底無しに近いのでそれに拍車を掛けているのかもしれない。クロノの心境はソルのことを考えると、常に二律背反で苦しむことになった。管理局員としての自分はこのまま共に肩を並べて戦い続けていきたいが、彼の友人としての自分は彼に引退を推奨したい。魔導師として、戦士として非常に貴重な人材。人柄はあまり良くない部分が目立ってしまう場合が多々あっても、物事の真理や人の良し悪しを見抜く肥えた眼を持ち、若者を惹き付ける魅力と皆を引っ張っていく牽引力がある。しかし、彼の齢は既に二百を超えていて……その内の百五十年以上の時間を復讐と贖罪の為に費やし、たった独りで戦い続けた彼をこれ以上こき使うのは、正直気が引けた。いつまでも彼に頼るのも、一人の大人としていささか情けない。彼らが戦わなくなっても大丈夫と胸を張れるようにならなければいけないのではないか?そんな思考に耽っていたら気付けば家の玄関前。「ママ、今日のご飯なーに?」「今日はパパが久しぶりに居るから、いつもよりちょっと豪華なカレーよ」「わーい、カレー大好き!」「大好きー!」カレルの何気ない質問にエイミィが答え、それを聞き子ども二人が喜びはしゃぐ。「カレル、リエラ、今日は楽しかったか?」鍵を懐から取り出しドアを開けているエイミィの背後で、クロノは子ども達に訊いてみた。「うん!! パパも一緒だし、ソルのおじちゃんにも会えたし、エリオお兄ちゃんたちと遊んだし、ヴィヴィオちゃんとお友だちになったから楽しかった!!」「楽しかったー」「そうか。良かった」満足気な笑みが返ってきて、心から嬉しくなる。確かにソルの言う通りと実感した。自分達が今すべきことは、この子達の未来を守ることだ。仕事に対して思うところは多々あれど、文句や泣き言、愚痴を吐いている場合ではない。忙しかろうが苦しかろうが、自分達のしていることが子ども達の為になると思えばどうということはない。ましてやクロノが、彼の意志を確認せずソルに剣を置いたらどうかという考え巡らせるなど、おこがましい。(やれやれ。僕はソルと比べれば、まだまだ子どものようだ)苦笑を漏らし、家の中へと入る。「あれ? お母さん、帰ってない? 今日は仕事早めに切り上げて夕飯の支度して待ってるって言ってたのに……長引いてるのかな?」子ども二人と洗面所で手洗いうがいをしていると聞こえてくるのはリビングから発せられるエイミィの独り言。エイミィが考えてる通り長引いてるだけだろうと思いつつ洗面所を出ようとした瞬間、クロノに通信が入った。「ん?」なんとなく通信回線を開き、空間ディスプレイをその場で表示させるが、映し出されたのは通信相手の姿ではなくブラックアウトして何も映し出していない画面と『SOUND ONLY』という無機質な文字のみ。「誰だ?」少なくとも自分の知り合いには通信時に旧時代の電話みたいな音声のみでの会話をする人間は居ない。何らかのトラブルがあって映像を表示出来ないものか、悪戯の類だろうか? そう考えて相手の行動を待っていると、声が聞こえてくる。『クロノ・ハラオウン提督でよろしいかな?』ボイスチェンジャーのようなもので声を変えているらしく、男とも女とも判断つかない。一気に相手が胡散臭い輩になってくれたが、この程度は悪戯の域を出ないので冷静に対処するに越したことはない。「誰かな?」『リンディ・ハラオウン総務統括官は我々が預かった』「……」その名を聞いて心臓が跳ねたような気がしたが、なんとか平静を装ったまま慎重に応対する。「目的は何だ?」相手は反管理局のテロリストだろうか? クロノの母であるリンディは海の重役で顔が広く、人脈も多く影響力も強い。そういった人物を人質に取ったテロリストというのは大抵同じような内容の要求しかしてこないので、もしクロノが睨んだ通りの犯人像であれば此処から先の相手の台詞を予想出来た。それとも身代金目当ての誘拐犯だろうか? だとしたらわざわざリンディを誘拐する必要性を感じられない。何故なら、管理局員の重役であるリンディを身代金目当てとして誘拐するにはリスクが高過ぎるからだ。現場を退いたとはいえ本人は魔導師で、クロノも高ランク魔導師。ハラオウン家を狙うよりもそこらの資産家の家族を誘拐した方が遥かに楽だろう。そもそも本当にリンディが誘拐されたかどうか分からない。嘘で煽ってこちらを動揺させて何か全く別のことを企んでいる可能性もある。頭を休日モードのお父さんから犯罪者と戦う管理局員の魔導師に切り替え、反応が返ってくるのをただ待った。しかし、クロノの鋼鉄のような強い心はたった一言で打ち砕かれてしまう。『ソル=バッドガイとリインフォース・アイン……いや、”ギア”と呼ばれるものについて、知っていることを話してもらおう』一瞬、心臓を鷲掴みにされそのまま握り潰されたような錯覚を味わった。「な、な、何故、何処でギアを――」手足が、唇が、全身が、思考が瞬く間に痺れていく。『先日の戦闘でね、偶然会話に入っていたこの単語をピックアップしただけさ』先日の戦闘? 廃棄区画の一件か!『それにしても面白い、”ギア”と聞いてそこまで動揺するなんて。キミのお母様も似たようなリアクションだったよ』「……お前は、一体誰だ?」『彼を理想像とし目指す者、とでも言っておこう。こんな誘拐犯紛い真似をして大変申し訳無い気持ちでいっぱいだが、こちらもいよいよ形振り構っていられなくなってきたのでね』「ふざけるな……!!」怒鳴ってしまいたい衝動を必死に堪えるクロノを嘲笑うかのように、相手はこう告げてきた。『今から指定するポイントまで、一人で来て欲しい。勿論、管理局に連絡を入れたり、Dust Strikersに救援を求めたりしてはいけないよ。デバイスや発信機の類を身に着けていたり、来ることを拒否するのであれば、聡明な海の英雄ならお母様がどうなるか理解しているだろう?』コインを裏返すかのような呆気無さで、クロノの休日は幸せな一日から一転、どん底へと叩き落された。後書き先日、要らないラノベやコミックを纏めて処分(売却)しようとしたら230冊を超えて大笑いしました。こんな大量に……面倒臭ぇ。でも、捨てないと決めたラノベとコミックはこの倍近くあるとか、どういうことなの?3DSのモンハン買ったよ!! 奇面族の小っこいのがPSP時代の猫より空気読んでるし剥ぎ取りまでしてくれるから連れてて楽しい。つーか、猫があんまり役に立たゲフンゲフン。次回は、ポニーテールの嵐(仮)!