「パパー、起きてー」「……」舌足らずな幼い声の後、ペチペチと頬を叩かれるが眼を覚ます程のものではない。「パパ、パーパー!!」続いて、何か枕のような柔らかいものでドムドムと頭を引っ叩かれるが、もう少し眠っていたい身体は無視を決め込んだ。「むぅ……起きない」声の主は困ったように唸り声を上げると、助力を求めることにした。「ママ、パパ起きないよ」すると、ママと呼ばれた人物はたおやかな笑みを浮かべてとんでもないことを言い放つ。「仕方無いなぁ。一発犯れば起きてくれるかな」「仕方無くねぇだろ……!!」危険過ぎる発言を耳にして反射的に飛び起きて、やや早口になって文句をママにぶち撒ける。「寝てる人間に何するつもりだお前は? 一発やればって何だ一発って? 撃つのか? 俺を撃ち抜くのか? ディバインバスター決めるつもりか」「え? 何ってナニに決まってるよ? どっちかって言うとドライン状態のお兄ちゃんの封炎剣がタイランレイブを『射』って『抜く』感じ」「……子どもの前で下ネタやめろ。朝っぱらから酔ってんのかテメェは」傍で「スゴイ、ママだとパパがすぐ起きる」と感心している娘の教育にあまりにも悪過ぎてギロリと睨むが、ママは全く動じない。むしろ逆にえへんと胸を張っていた。威張る場面じゃねぇよと思いっ切りぶん殴ってやりたいが、相手は病み上がりなのでぐっと我慢しておく。「おはよう、パパ」「おはようお兄ちゃ、じゃなかった、パパ」「ああ、おはようヴィヴィオ。そしておはようアバズレママ……クソが、どうしてこんな……」朝の挨拶を交わしつつ頭を抱える。どうしてこんな、ヤりたい盛りの男子中学生みたいな発言を平気な顔でする女性に成長してしまったのだろうか。しかもあきらかにこちらのリアクションを楽しんでいた。何が間違っていたのだろうか? 教育面で何を失敗したのだろうか? ……きっと全てが間違っていて、全てが失敗だったのだろう。過去に戻ってやり直したいところではあるが、過去に遡るよりも前に死んでしまいたいからもうダメだ。腐れ縁のタイムスリッパーがこっちを見て、にししっと笑っている姿を幻視したので、そいつを消し炭にするイメージを脳内で思い描いてから、新鮮な肉を求めて彷徨うゾンビのようなフラフラとした足取りでシャワールームへと向かう。「あ、パパ。朝シャンするのは構わないんだけど」「んだよ?」まだ何か下なことを言うつもりだろうか、と訝しみつつ肩越しに振り返りながらそのまま洗面所へ続くドアを開けると、「ついさっきフェイトちゃんがシャワー浴びるって入ったんだけど」「きゃあ!? ソ、ソル? 朝から求められるのは凄く嬉しいけど、流石に二人の前じゃ恥ずかしい……一緒に入る?」「……言っておくが此処は、女子禁制の、男子寮の、俺の部屋だからなテメェら……!!」風呂上りの艶姿をバスタオルで一生懸命隠そうとしている金髪美人が頬を染めているのを見て、とりあえず出てけ、と静かにキレた。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat29 デザイナーズベビーの父親はモンスターペアレントヴィヴィオを引き取って四日が経過。ソルを含めた皆の生活は、僅か四日でヴィヴィオが中心と言っても過言ではない。寝食を共にする。一日が朝の「おはよう」から始まって夜の「おやすみ」で終わる。寝る時も一緒だ。四六時中、同じ時間を共有しているソルとヴィヴィオの二人。娘が父親の傍を離れようとしないのもあるが、それを許容している彼に対してアインなどは「あの男、子育ての回数を重ねる度に子どもへの態度が甘くなっていくぞ……だがそれが良い」とやや呆れ気味ながら頬を染める。実際、幼少の頃のシンは犬のように首輪と鎖を強要されていた為、それと比べれば彼がどれ程子どもに甘くなったのか窺える。エリオ、ツヴァイ、キャロの三人は新しく出来た妹という存在に喜ぶ反面、若干嫉妬とは違った対抗意識を持っているようで、以前にも増してソルに甘えようとしていた。構って欲しくて早朝訓練で模擬戦を挑み惨敗、学校から帰ってくるなり遊んでくれとせがむ。対するソルは驚くべきことに「喧しい」で一蹴することなくヴィヴィオを含めた五人で一緒に遊んであげている姿が確認出来た。彼としては子ども達の間で角を立てず仲良くして欲しいと願ってのことだが、もう完璧に何処からどう見ても保父さんにしか見えない。まあ、子ども達に時間を取られている間に溜まった仕事のツケは、全てグリフィス達の悲鳴に変換されることによって消化されるという酷い仕様ではあったが、特別手当がバンバン色を付けられているので、今のところ文句は出ていない。はっきり言ってDust Strikersで戦闘が無い仕事で一番稼いでいるのは事務仕事を主にこなすグリフィス達だったりするのだ。「オイ、お前もう賞金稼ぎ辞めて保父になれ」ヴィータが冗談交じりにそんなことを言ってみれば、真剣な表情で黙考してしまったので、もしかしたら彼はジェイル・スカリエッティを捕まえたら賞金稼ぎを辞めようと思っていたのかもしれない。ちなみに、なのはの回復は順調だ。これだけ聞けば、普通はたった四日で何が順調か分からないものだが、ヴィヴィオの母としてソルと共に居る時間がいつもよりも多い為、その分彼の力の恩恵を享受しているのだと考えられる。よく寝て、よく食って、力をたくさんもらって、既に野生のグリズリーくらいなら魔法無しで殺せるほど身体を動かせるが、本人はそれでも遅いと不満そうだ。訓練や模擬戦が早くやりたくて仕方が無いらしい。ヴィヴィオと一緒に模擬戦を観察する眼は、血に飢えた肉食獣のように危険な光を放っている。ソルとなのはの間にヴィヴィオを挟んだ親子関係は、周囲からは微笑ましいと感じられるようで、Dust Strikersに所属する者達にはすんなり受け入れられた。管理局から出向中の者以外、つまり此処に集った賞金稼ぎ達のほとんどは元々”背徳の炎”によって直接的・間接的問わず救われた者が大半の為だ。彼を囲む子ども達の様子に、昔の自分がそこに混じっていると錯覚しているのかもしれない。懐かしいものを見るような視線が向けられていた。そんなこんなで、「今日、査察があります。地上本部からお偉いさんが此処に来るって話ですが、どう考えてもこの前の廃棄区画の件で有耶無耶になったことに関してソルさんを問い詰める気だと思いますけど……」「好きにさせてやれ」オフィスにて、膝の上にヴィヴィオを座らせたソルが空間ディスプレイに表示された報告書に眼を通しつつ、グリフィスに応答する。「いいんですか?」「いいも何も、お前の眼から見て、此処は査察されたらマズイもんでもあんのか?」「いえ。此処が規模の割りに戦力過多、ということ以外は」軽く肩を竦めて苦笑する彼に視線だけ寄越し、ソルは唇を吊り上げた。「だったらビビる必要無ぇ。いつも通りにしてろ……んなことより、本局のマリーが今日こっちに来る手筈になってんだろ。来たら俺んとこに呼べ」「はい。捕らえた戦闘機人、トーレのことを診てもらうんでしたよね。こっちに関して査察が何か言ってくると思いますけど、どうします?」「後日本局のクロノに引き渡す。だから、そう言えばいい。グダグダ何か文句言ってきたら俺が黙らせる。その辺は気にするな」「了解しました。じゃあ、査察が来たら呼びますんで、よろしくお願いします」「おう」自分のデスクに戻るグリフィス。それを横目で見送ってから、なんとなくヴィヴィオの頭の上に手を伸ばして撫でると、「えへへ」と小さな笑い声が聞こえてくる。「つまんなくねぇか?」「ううん」膝の上でソ竜片手にあちこち視線を巡らせるヴィヴィオに、一つ疑問に思ったので質問してみるが、返ってくるのは軽快な返事。「ママん所に行かなくていいのか?」「だってママ、リハビリとかいうので忙しそうだし」「あれはもうリハビリじゃなくて単なるマラソンだと俺は思うがな」現在なのはは、リハビリと称してゆっくりしたペースでジョギングをしている。ただし、休みを挟まず数時間ぶっ続けで。ペースは遅いが走った距離はかなり長い。それなりに体力が戻ってきた証拠で喜ばしいが、最早常人とは思えない回復スピードであった。「だからパパと一緒にいるー」「はいはい」「むぅ……ヴィヴィオよりもパパの方がつまんない?」先のソルの言葉を借りて見上げてくる少女に微笑むと、「そうでもねぇよ。お前が居るからな」優しく眼を細めるのであった。そんな様子を、遠距離からスナイパーライフルみたいな望遠鏡で覗き見するバカが多数。「……最強にして最凶の子煩悩な火炎放射器だな」「いや、火炎放射器と言うより、あれこそまさしく子を守るドラゴンではないか?」「ザフィーラの意見に全面的に同意。世界初、火竜の子育ての貴重なワンシーンをカメラに捉えた瞬間です、みたいな?」ヴィータが悪戯っ子のように笑い、ザフィーラが楽しそうに声を上げると、ユーノが動物番組のナレーターの真似をする。「何をしているんだお前達は?」スコープを覗く三人の背後からシグナムが犯罪者を見る眼で見下ろしてくるので、三人はほぼ同時に振り返って答えた。「火竜の子育て観察日記」「事務仕事編」「第一章 書類よりも娘」まるで事前に打ち合わせでもしていたかのような反応に、今まで何年も見てきたではないか、と思いつつ自分もそれを見たいと考えてしまうシグナム。彼女の内心を読んだのか、ヴィータがニヤニヤ笑みを張り付かせ、無言のまま望遠鏡をシグナムに譲ってきたので、そういうことならと覗き込んでみる。片目で見た狭い視界の中では、ソルがヴィヴィオを膝の上に座らせ微笑んでいる。普段は仏頂面なのに、子どもと居る時だけ父性を溢れさせる男の優しい笑みと、その男の膝の上で無邪気な笑みを振りまく少女を見て、自身の頬が緩んでいくのを自覚。嗚呼、この者達を守りたい。この男を、この無垢なる少女を、守ってやりたいという気持ちが胸の奥から湧き上がっていく。それにしてもソルめ。こんな優しい笑顔、普段ではあまり見せてくれないではないか。二人きりの時ならたまに見せてくれるが、人前であの顔にすることが出来るヴィヴィオに少し嫉妬してしまう。やはり子どもか。この男の幸せそうな顔を見るには子どもという存在が必要不可欠なのか。人間だった頃は世の一般男性と同じで結婚願望は普通にあったらしいし、愛する女性との間に子どもも欲しかったのだろう。それならば子どもに甘いことに納得がいく。うむ、こうなったら、今度模擬戦で勝った時は……と考えながら望遠鏡を覗き込む後姿を、ヴィータに写真を撮られまくっていることに気付かない。『題して、ドラゴンズストーカー。この無様な姿を後でメールでバラ撒いてやろう』『笑わせるなヴィータ!! 腹がよじれる!!』『ぼ、僕もう無理!!』大爆笑しそうになるのを必死に堪える三人であったが、この後シグナムの手によってボコボコにされるのは明らかだった。「正直、甘やかし過ぎだと私は思う」「私も同意見だわ」医務室にて、ベッドの上に座り足を組むアインと、女医スタイルで椅子に腰掛けるシャマルが溜息を吐いている。「甘やかしているのがなのはではなく、ソルだというのが問題だ」「気持ちは分からないでもないけど、過度に甘いわよね」それぞれがツヴァイ、エリオの母親として父親に進言しなければならないと愚痴っていた。父親が娘には甘い、その典型なので親馬鹿もいい加減にしろと。「そうなん? 私はそうは思わないんやけど。ツヴァイが生まれた頃とか、エリオがウチに来た頃とかあんな感じやなかった?」休憩がてらに医務室に立ち寄ったはやてが首を傾げながら告げるのに対して、二人は動きを固めた。「それに、二人共子どもをダシにしてソルくんとの距離を縮めようとしてたし」「子どもをダシになど、人聞きが悪いことを言わないでください主はやて!」「そうよはやてちゃん。いくらなんでもその言い方は酷いわ!」怒っているように見せかけつつ、実は狼狽しているのを隠そうとしている二人を見て、はやての眼がキュピーン、と光り怪しい輝きを放つ。「ほう……そんなふざけたことをほざくのはどの口や?」貴様らの罪状など知っている、シラを切りやがってと言わんばかりにはやてが暗黒のオーラを纏い、手をワキワキさせつつ二人に肉迫。危険な雰囲気を醸し出したはやてを押し付ける為、アインとシャマルはお互いに顔を見合わせてから、「この口です」「この口よ」全く同じタイミングで相手を指し示しながら答えるという責任転嫁を行ったが、火に油を注ぐ結果になった。「二人のお母さんが子ども達と一緒になってお父さんに甘えてる姿を、私が何年見てきたか分かっててとぼけとるんやったら、アインもシャマルもいい性格しとるなぁ、ホンマ」ゴキリ、ゴキリ、と指の関節を鳴らすはやて。「落ち着いてください。シャマルの間抜けが主はやての気分を損ねてしまったのには謝ります」「ごめんねはやてちゃん。空気読めてないアインの発言って結構気に障るでしょう?」「……シャマル貴様」「……何よアイン」はやてを差し置いて、至近距離で睨み合う二人にはやてが怒鳴り散らす。「喧しいわアホー!! 二人揃ってソルくんに甘えていい思いしとったのは事実やろ!? ウガー!!」二人に飛び掛るはやて。お互いに相手を人身御供に捧げようとして失敗し、押し倒されるアインとシャマル。三人は医務室のベッドの上でキャーキャー騒ぎながらポカポカと拳を振るって楽しそうにじゃれ合うのであった。白いトレーニングウェアに身を包んだなのははジョギングしていた足を止め、ゆっくりと呼吸を整える。体力は全快近くまで戻ってきた。リンカーコアも特に問題無い。これならすぐにでも復帰出来る。よし、明日からバリバリ働こう! そんなことを考えていると、タオルとスポーツドリンクを手にしたフェイトが近付いてきた。「どう? 調子は?」投げ渡されたタオルとドリンクをありがたくもらい、返答する。「バッチリ。もういつでも戦えるよ」「そう。良かった……ねぇ、なのは。座ろう」心の底から安心したように、ほっと息を吐くフェイトに促され、近くにあったベンチに座った。タオルで汗を拭い、ドリンクで渇いた喉を潤し、火照った身体を覚ますように上着の前を開けてパタパタ仰ぐとそれに合わせたようにタイミング良く風が流れる。と、思ったら隣に座るフェイトが右の人差し指を小さく指揮棒のように振っていて法力の波動を感じた。風の法力で周囲の大気を操っているのだろう。「ありがとう、フェイトちゃん」「どういたしまして」暫しの間、二人は無言のまま何もせず座っているだけだったが、唐突になのはが話を切り出す。「フェイトちゃんもさ、見たでしょ」「ん?」「ヴィヴィオを守るように抱いて寝てる、お兄ちゃん」「うん」なのはは懐かしそうに眼を細めて、遠い青い空を見上げながら続けた。「なんかね、ヴィヴィオが昔の自分に見えてきちゃった。出会った頃からずっとあんな感じでお兄ちゃんに甘えてたの。それを思い出してちょっと恥ずかしい」「今もでしょ、今も」クスクス笑うフェイトになのはは頬を膨らませる。「フェイトちゃんだってウチに来た時は、ううん、その前からお兄ちゃんにべったりだったじゃない」「だって私、愛情に飢えてたもん」「それって自慢することなの?」むしろ誇るような反応とそれに対する問いの後、二人は同時に耐え切れないとばかりに吹き出した。ひとしきり笑ってから、なのはは続きを語る。「でも、もう私はあの時の私じゃない。お兄ちゃんに甘えるだけの子どもじゃない。あの人を支え、守り、害為す敵を貫く一本の槍として生きると誓った……なのに」ダメだった、何も出来なかった、余計な手間と心配を掛けてしまった、何一つ役に立てなかったと嘆く。力を手にしたと思っていた。強くなったという自負があった。どんな奴が相手でも決して負けないという自信があった。しかし、それらは一瞬にして粉々に打ち砕かれてしまった。自分は本当に、守られてばかりだ。「こんな時、私が初めて手にした力が魔法じゃなくて法力だったら違ってたんじゃないかって、意味の無い仮定の話考えちゃって、自分自身が嫌になるんだ」「それは仕方が無いよ。だってソルは、なのはに普通の人間として普通の幸せを掴んで欲しかったんだから。自分と同じ法力使いにする気なんて最初から無かったんだよ」「分かってる。分かってるけど、やっぱり口惜しいよ……」守られてばかりの、深窓のお姫様になりたかった訳じゃない。共に歩み続ける強さが、共に生き続ける為の力が欲しかった。そう、力だ。そして、なのはが求める力は、手を伸ばせばすぐにものにすることが出来る容易なものではないが、努力を惜しまなければいずれ必ず手に入れられる代物だ。「法力。本来物理学上あり得ない、限りなく万能に近い力。次元世界で言う魔法とは違う。魔法は虚数空間みたいなのでキャンセルされちゃえば何も出来ないけど、法力は調律さえ上手くいけば”キャンセルされてること自体を打ち消す”ことが出来る。だからアインさんはトーレに勝てたんでしょ?」「……」悔しさに顔を顰めるなのはにフェイトは沈黙で肯定する。暗鬱な空気が降りてくるのを払うようになのはは立ち上がり、力強く拳を作って決意を固めた。「私達はもっと法力を使いこなせるようにならなくちゃいけない。そうしないと、これから先魔法が通じない相手に勝てない、戦えない。そんなのは許せないし、認めない」つられるようにしてフェイトも立ち上がって頷く。「そうだね。魔法ばかりに頼ってたらいざっていう時に何も出来ないまま負けるのは嫌だから、ソルとアインみたいに普段から法力メインで戦えるようにしておこう」「基礎からやり直す。Dr,パラダイムから教わったこと、一から全部勉強し直そう。それで、法力だけで魔法使ってるのと同じくらいの強さには最低でもならないと」「いきなりハードル高いなぁ。法力使いとしての私達って、魔導師としての私達の四分の一も実力ないのに」魔導師としての実力が100だとしたら、法力使いとしては25以下。いくらなんでも開きがあり過ぎて比べるのも愚かしい。魔法の才能があった分、法力の才能が乏しいのかもしれない。「泣き言言わないの。フェイトちゃんだって私みたいになりたくないでしょ」「まあ、目標は高い方がやり甲斐あるから、暇な時間見つけて一緒に頑張ろう。とりあえず勉強会にはやてとシグナム誘ってみるよ。言えば他の皆も協力してくれると思うから、教師役にはユーノとアルフかな?」「とりあえず、Dr,パラダイムからもらった教科書引っ張り出さないと」ちなみに教科書は一般の本としてイリュリアで本屋に並んでいるものであり、ついでに言えば著者はDr,パラダイム本人だったりする。教科書と呼称するよりも歴史や研究成果を纏めた学術論文のようなもので、法力学のバイブル的な存在として科学者達に親しまれていた。まずは自室でシャワーを浴び、着替えを済ませてからだ。足早に寮へと戻るなのはの胸に、炎のように赤々と燃え盛る決意がある。短期間で修得可能なものであれば、既に師であるDr,パラダイムから免許皆伝をもらっている筈だ。未だに中途半端な術者にしか過ぎない自分に無理難題を課していることだろう。それでも必ず完璧にしてみせる、と。ソルと、ヴィヴィオを守る為の力を。加えて、どうしてか彼女には確証の無い自信のようなものが存在していた。きっと以前より上手くなれるという、根拠の無い確信が。Dust Strikersに辿り着いたマリエル・アテンザがまずしたことと言えば、受付なるものを探し自分を此処に呼び寄せたソルに取り次いでもらうことであるのだが、「此処って受付無いの?」自動ドアを潜って暫く、途方に暮れていた。あるべき窓口というものが、此処には存在しない。それらしきカウンターのようなものならあるにはあるのだが、もぬけの殻だ。本来ならばオフィスで事務仕事をしているシャーリーなどがやるべき仕事なのだが、受付なんてやらせるよりもこっちをやれ、というソルの鶴の一声により受付という仕事は削除された。その事実を知らないマリエルが困るのは無理もない。このまま入り口で呆然としている訳にもいかないので、彼女は意を決して周囲で雑談や携帯端末を弄っている賞金稼ぎの連中に、自分はこれこれこういう理由で此処に来たからどうかソルに取り次いでもらえないかと聞いてみる。と、彼女の予想に反して意外に親切に教えてくれた賞金稼ぎ達にお礼を言って、教えてくれた道順に足を進めた。「あああーマリーさんだ!!」その途中、スバル、ギンガ、ティアナの三人に出くわし、大声を上げたスバルが走り寄ってくる。知らない場所で顔見知りに巡り合えたことに表情を綻ばせ、マリエルも駆け出しスバルと手を合わせた。「スバル、久しぶり。それにギンガも」「お久しぶりです!!」「定期健診以来ですね」ナカジマ姉妹と挨拶を交わし、ティアナとお互いに自己紹介をすると、スバルが首を傾げて問う。「どうして此処へ? 私達の定期健診、って訳じゃ無いですよね?」「それもついでにやっちゃおうかなって思ってるけど、本命は師匠に呼ばれたから」「師匠? 誰ですか?」純粋に疑問に思ったティアナが聞く。両隣に居るナカジマ姉妹も同様だ。「あなた達がよく知ってる人よ。たぶん、此処で実質的に一番偉くて、一番強い人」「え゛」「げ」「まさか……」此処で名目上一番偉いのは最高責任者であるグリフィスだ。しかし、あくまで名目上、書類上での話。此処には少なくともグリフィスを顎で使える人物が十人は居るし、そもそも彼は魔導師じゃないので戦闘力は皆無。そうなると、その彼を顎で使える十人の内の誰かということになるが、一番強いと聞いて真っ先に出てくるのは、あの眼つきが悪くて髪が長くて背が高くて真っ赤な男しか思い浮かばない。「「「ソルさん?」」」「ピンポーン! 正解、大正解!!」笑顔で答えるマリエルとは対照的に、三人は顔を引き攣らせていた。「……マリーさん、そんな、生き急がないでください」「今までお世話になりました」「会ったばかりですけど、骨は拾ってあげます」泣き顔で縋り付いてくるスバル、深々と頭を下げるギンガ、悲しそうな表情を見せるティアナの反応にマリエルはぶっ、と吹き出し声高々に笑い出す。「アハ、アハハハハハハハ!! そのリアクションから察するに、かなりビシバシ鍛えられてるみたいね!! くくく、ははははっは!! もう無理、笑い死ぬ……」突然腹を抱えて笑っているマリエルに三人が戸惑っていると、笑いが引いたのか涙混じりに説明する。「師弟って言っても、デバイスマイスターとしてよ。五年くらい前に本局のデバイスルームでデバイス弄くってるソルさんの姿を見て以来、私が勝手に師匠って呼んでるだけなんだから」ああ、なんだ、そういうことか、と納得する前に安心する三人。「個人的には本当の師弟関係になれればいいんだけどね、師匠って呼ぶ度に『弟子を取った覚えは無ぇ』って冷たくあしらわれるんだけど、たまにお仕事ご一緒する時があるんだ」「あ、それで此処に」自分もよく一緒に仕事をしたことがあるギンガが漸く納得する。「それで師匠は? オフィスに居るかもしれないって話だけど」「失礼します。本局所属第四技術部主任、マリエル・アテンザです。師匠ことソル=バッドガイの命により馳せ参じました」三人に案内してもらい、オフィスに挨拶しながら踏み込んだマリエルが見たものは、待ってましたとばかりに視線を向けてくるグリフィス、マリエルが来ると聞いていなかったシャーリーとルキノの驚いた顔、一人だけ「誰?」という風なアルトと、「弟子を取った覚えは無ぇっつってんだろが。何度も言わせんじゃねぇ」「だれー?」半眼で睨んでくるソルと、彼の膝の上で赤い奇妙なぬいぐるみを抱えた少女だった。「あ、ついに隠し子を隠さなくなったんですね! 誰の子ですか!?」そして、当然の流れとして眼をつけられたのはヴィヴィオで。「いきなり人聞き悪ぃなテメェ……」駆け寄ってきたマリエルに呆れながらソルが事情を説明しようとするが、「いえ、当ててみせます。言わないでください」聞く耳持たない。「この金髪、フェイトさんですか」「違う」「うーん、眼が片方赤いってことは間違いなく師匠の血だけど、もう片方が翠色かぁ。このくすんだ金髪……頭髪の関係で金髪の母親と、黒茶の師匠の間に出来た子の筈だから、フェイトさんじゃないなら……」「そうだ。俺達の中に瞳の色が翠の奴なんざ居な――」「分かった、シャマルさんだ!」「あいつの眼は紫だぞ」それは無ぇだろと突っ込むソル。「でも、魔力光がシャマルさん翠色」「……そういう解釈か、新しいなオイ」初めて聞いた、とうんざりするソルはもう事情を説明する気が失せたようだ。「つまりこの子は、師匠とシャマルさんの間に生まれた隠し子でファイナルアンサー!!」「ちがうよ。ヴィヴィオのママはなのはママだよ」「!! だとしたらどうやって翠色の瞳に……まさか、隔世遺伝!? 師匠かなのはさんって先祖に翠色の瞳の人って居たんですか!? どっちにしろなのはさんとの間に隠し子が!! なら他の人達にも居るんですよね!?」本人からもたらされた予想を反した解答。考えが外れたことに戦慄するマリエルを、周囲の連中は『まあ、あの人が子ども抱えてたらほぼ確実に家族の誰かに孕ませたって思うよね』といった感じに乾いた笑みを浮かべて眺めていた。というか、ナチュラルに隠し子と決め付け、それに周りが一切疑問に思わない辺り、色々と酷い話である。やがてソルを除いた者達から、一から十まで事情を説明してもらって、どうにかこうにか正しい情報を得たマリエル。「な~んだ、師匠と誰かの間に生まれた隠し子じゃないんだ、残念………………ちっ、つまんないわね」「普通に聞こえてるからな。灰になりてぇのか?」隠す気など更々無いマリエルの舌打ちを聞いて、グリフィス達事務仕事組とティアナ達前線組みはさっきから彼女が見せるソルに対する態度に、凄い、大物だ、と心の中で純粋に尊敬した。そんな態度を自分達が取れば焼き土下座が待っている。隠し子とか思ってても絶対に言えないし。ソルと個人的に五年近く付き合いがあると本人は語っているが、どうやら嘘ではないらしい。言われてみれば、とルキノは思い出す。まだ自分がアースラに居た頃、彼が小遣い稼ぎにクロノや武装隊のデバイスの面倒を見ていたことあった。その延長で本局のデバイスルームを出入りしていた時にマリエルと知り合った、というのは不思議な話じゃない。「……ヴィヴィオのことはもういい。それより、仕事を頼みてぇ」「はいはい、お任せください♪」「シャマル。マリエルが来た。案内しろ」通信回線を開いたソルがシャマルを呼びつけ、程なくして現れたシャマルがマリエルを連れて何処かへと行ってしまう。喧騒の元が居なくなり、ソルは疲れを搾り出すように溜息を吐いてから投げやり気味にグリフィスに聞く。「査察っていつ頃来んだ?」「正確な時間は不明ですが、昼過ぎ以降だと思いますけど」「……少し早いが、今の内に腹ごしらえでもしておくか。ヴィヴィオ、飯だ。食堂行くぞ、ついてこい」「はーい」手を繋ぎ、オフィスを出て行く二人を見送ってから、その場に居た全員が示し合わせたように頷いて、ソルに倣って腹ごしらえをすることにした。