*本編に一切関係無い番外編です。ソルがやりたい放題してますが、「まあソルだからしょうがない」くらいに思って細かいこととか気にせず気楽に読んでください。頭が『ざらつく』。意識が霞む。前後の記憶が曖昧で、今の自分が一体何処で何をしていたのか分からない。(何だこの感覚は?)急に襲ってきたそれに戸惑いつつも、似ていると思った。頭痛にも似た思考を妨げるノイズのような『ざらつき』は、ギア消失事件の際によく苦しめられものに。身体を包む不思議な違和感は、イノと戦った時に発生した時空の歪みに呑み込まれ、過去の自分と相対した時のものに。視界が朧気になっていく、網膜に何も映せなくなり、眼が使い物にならない。手足も痺れ、次第に五感が薄れていく。(何だこれは? 一体何が!?)声にならない悲鳴を上げ、ソルはそのまま意識を闇へと没した。背徳の炎と魔法少女 超番外編 夏も終わりだ! カーニバル・ジョージ!!意識を取り戻す。取り戻した五感がソルに様々な情報を脳に伝えてくれた。さっきまでの『ざらつき』も、身体を包んでいた違和感も嘘のようになくなっている。屈んでいた状態から立ち上がり、自身の状態を確かめる。首にはクイーンがいつものように掛かっていて、左手には慣れ親しんだ封炎剣、全身を包むのは聖騎士団の制服を模したバリアジャケット。とりあえず完全武装状態であることに安堵の吐息を吐く。この格好ならとりあえずある程度のことに対処可能だ。状況を把握する為に周囲を見渡す。眼を開けたそこは、彼の記憶には無い場所であった。天井から適度な光量で照らされたそこは、外周が円になっている、ホテルや高級マンションのホールのように広い空間だ。背後を振り向けばホールの中央にエレベーターが存在していたので、此処は建物内のエレベーターホールでまず間違いあるまい。「何処だ、此処は?」疑問を口にした瞬間、再び頭が『ざらつき』、吐き気を覚えて思わず口を押さえる。「何なんだ、此処は……!?」現状の把握が進み、意識を集中して現在位置を調べようと法力場を展開しようとした刹那だ。あることに気付いたのだ。此処は、異界だと。今すぐにでも反吐を出してしまいたい衝動を必死に堪えながら、解析法術を発動させ周囲を睨み付ける。このエレベーターホール、否、恐らくこの建物自体が結界の何かの類だと確信出来た。だが、見たことも無い術式によって構成されている。ミッド式やベルカ式のような魔法でもなければ、既存の法力によるものでもない。そもそも法力ですらない。術式の系統は未知のもの。解析法術を発動させた視界に映るものがどういうものか理解出来ても、やはり知らないものだ。かつてイズナに教えてもらった、特殊法階によって構成された陰陽法術に似ている。陰と陽、太極図の具現、だろうか?それにしても解析結果はおぞましいものだ。結界そのものが術者の体内、という概念によって内と外を隔絶するタイプの、法力使いのソルからしてみれば訳が分からないプロセスによって構成された代物。文字通りの意味で生物の臓物の中に居る感覚だ。そう、例えるなら全身に家畜の臓物を貼り付けられているようで、怖気が走る。「何だ貴様は?」いっそのこと吐いてしまおうかと考えていたソルの思考を遮るように、低く渋い男の声が聞こえた。振り向けばそこに、長身の男が居る。黒いロングコートの下に黒いシャツ、おまけに黒いズボン、黒髪黒目で、全身黒尽くめ。身長も体格もソルと同じくらいで、年齢は四十代中盤くらいの陰気な雰囲気を纏った奴だ。<……マスターに声がそっくりです>首から垂れ下がったクイーンが胸元でやや驚いたような声を出す。「……」確かに戦闘データを見直した時などによく耳にする声だと心の隅で思ったが、そんなことはどうでもいい。最大限の警戒を込めて眼前の男を睨む。ソルの勘が告げてくる。こいつは普通ではない。血の臭いを隠そうともしていないし、眼が澱んでいる。その眼を見ていると腐ったドブに頭を突っ込んでいるような気分に陥る。何よりこんな気持ちの悪い結界の中で平然と立っているだけでとんでもない程怪しい。それに加えてこの男からは生気というものが感じられない。まるで動く腐乱死体を相手にしているようで、尚更気分が悪い。「どうやってこの荒耶宗蓮の結界に侵入を果たした? 認識を阻害する類の魔術を使っている様子も見えん……何者だ?」どうやらこの結界を張った術者であるらしい。そして、その結界の中に突然現れたソルのことを警戒し、殺気立つ。「テメェこそ何だ?」応対するソルも全身から殺意と敵意を漲らせ、恫喝する。――コイツは、まともじゃない。この時、相対する二人は全く同時に同じことを本能的に悟った。あの眼は殺しを躊躇しない殺人者の眼だ。こいつは数え切れない程の人間の命をその手で奪っている、と。何故だろうか。眼の前の荒耶宗蓮と名乗った、クイーン曰く自分と同じ声を持つらしいこの男を、今すぐ消し炭にしなければいけない衝動がソルに襲い掛かってくる。どうしてだろうか? あの濁った眼が酷く不快だ。こいつを前にしていると気分が悪い。希望見出すことが出来ず、逆に深い絶望を見続けた闇のような暗黒の瞳が、ソルの心を掻き毟る。殺せ、殺せ、殺せと本能が命令してきた。眼の前の男を排除しろと心が訴えていた。「……」「……」沈黙が数秒の間二人に降り掛かり、互いを値踏みするように下から上まで改めて相手を観察してから、「何処の誰だか知らんが、此処に足を踏み入れた以上は死んでもらう」「テメェが死ね!!」荒耶が右手を差し伸べ拳を作り自身の足元に三重の魔法陣を展開し、ソルが封炎剣を床に突き立て荒耶に向けて火柱を発生させたのは同じタイミング。『ざらつき』は既に止んでいた。不可視の衝撃波と紅蓮の炎が正面衝突し、炸裂したエネルギーにより空間が歪み爆発が発生。すぐさま踏み込み間合いを詰めるソル。魔法陣から光の鞭を生成し、爆発的な速度で突っ込んでくるソルに飛ばす荒耶。「うぜぇ……!!」封炎剣に炎を纏わせ、力任せに薙ぎ払い、光の鞭を焼き尽くす。そのまま速度を落とさず跳躍し、右の拳を握り締め、炎拳を陰気なオッサンに振り下ろした。咄嗟に荒耶が後方へ跳ぶ。振り下ろされた炎拳が床を叩いた――というより粉砕し、巨大な火柱が生まれ、次の瞬間には爆裂する。尋常ではない震動が建物を襲う。局地的な大地震みたいでエレベーターホールがシェイクされたように揺れ動く。火柱により荒耶の視界を紅蓮の炎が埋め尽くされた、と思ったらその紅蓮の中から炎の塊が飛び出す。反射的に魔法陣を駆使して炎の塊を防ごうとするが、光の鞭は炎に触れた途端に蒸発してしまう。真っ直ぐ弾丸の如き勢いで肉迫する炎の塊。それに侵入を許してしまった魔法陣が二秒程抵抗するが、抵抗空しく消し飛ばされる。三重の結界を一撃で破壊され、慌てて横へ回避して難を逃れた荒耶は、濁った黒い瞳に驚愕の色を映す。「何の魔術だこれは?」ソルの炎が神秘や奇蹟の類だと判別出来ても、どういうものか理解出来ないのだ。それに加えて途方も無い威力と莫大な魔力は、並みの魔術師であれば相対するだけで尻込みするレベルだ。燃え盛る紅蓮の中から、ソルがゆっくりと姿を現し、その真紅の眼で荒耶を鋭く射抜く。「魔術? 魔術ってのが何だか知らねぇが、解析さえ出来ちまえばディスペルするのは簡単だ。そうだろ?」得体の知れない術を見たら、まず解析法術を使ってその術の理論を丸裸にする。これは長い年月を賞金稼ぎとして戦ってきたソルの癖のようなものだ。「この建物を形成する結界は陰と陽の太極図。陰陽道の一種だ。この手の類の結界は、内と外を分け隔て外界との隔絶を図り、『閉じた世界』を『内』に作り出す。どういうもんかある程度知ってるし、運が良いことに俺には昔の仲間がこれと似たようなもんをディスペルしているのを傍で見てたことがあった……それを真似しただけだ」「どのような魔術を以ってすればそんなことが……」ガンッ、と甲高い金属音がホールに響き渡る。荒耶の言葉を途中で遮るようにして、ソルが封炎剣を床に突き刺した音だ。「知るか」封炎剣が赤熱化し、炎を纏う。炎は見る見る内に燃え広がり、持ち主であるソルはおろか、その周囲を紅蓮に染め上げていく。床も、壁も、ガソリンに引火でもさせたかのような勢いで燃え広がり、紅蓮の焔が荒耶の『世界』を侵食する。感覚的にはマスターゴーストを顕現して周囲のゴーストを支配するものに近い。己の魂そのものを『本拠地』とし、支配領域を広げ『陣地』を増やしていく、という風に。「もう此処は、テメェの『世界』じゃねぇ」エレベーターホールは既に火の海。その中を荒耶が孤島のように一人ポツンと浮かぶだけ。その様子は煌びやかな炎の中に鎮座する黒。その黒を焼き尽くそうと取り囲んだ炎が荒耶に迫る。「これ程までに膨大な魔力と異質な力……固有結界、いや、まさか魔法だとでも言うのか!?」「あの世で考えな」「っ!?」そして、弾丸を思わせる速度で間合いを詰めた。荒耶の懐に潜り込んだソルが低い姿勢から、炎を纏わせた拳で右ボディブローを叩き込む。肉を潰し骨を砕き内臓をグチャグチャにする圧力が荒耶の身体で『く』の字を作り、とてつもない熱を孕んだ炎が全身を貪るように包み込んだ。「目障りなんだよ……!!」更にそこから封炎剣を持った左手でストレートをぶちかます。と同時に炎の渦が発生し、それが荒耶の呑み込んだ瞬間爆裂する。人を遥かに超越したパワーをもろに受け、火達磨になって壁に叩き付けられ、そのまま壁の染みに似た標本となった。「クイーン」愛機に声を掛けると、即座に返事がくる。<まだ生きています>「ちっ、マジかよ? こいつ普通の人間だろ? だったら一発目のボディブローで死んでる筈だぜ?」口汚く舌打ちして、ソルは封炎剣を床にもう一度突き立てる。すると、周囲で未だに燃え続ける炎が幻であったかのように消え失せた。<普通の人間でも、どうやら不死のようです。詳細は分かりかねますが、それでも今のマスターの攻撃でかなり消耗しています。動くことも不可能でしょう。しかし、時間が経てば勝手に回復して息を吹き返すかもしれません。確実にトドメを刺すならば、今がチャンスです>なんとなく、スレイヤーの妻である不老不死の人間、シャロンの顔が脳裏を過ぎる。「時間軸と空間軸のどっちを弄ってんのか知らんが、ちょっとやそっとのことじゃ死なねぇように肉体を一定の状態に留めようとする術式を埋め込んだタイプの不死者か……とりあえず、術式諸共灰も残さず消してやる」クイーンに促され、殺意に突き動かされ、荒耶の息の根を完全に止めようと一歩踏み出したソルの頭に、またもや『ざらつき』が発症した。「ぐっ、またか」よろめいて、片膝を折り、その場に屈む。右手を額に当て、頭痛にも似た『ざらつき』――思考のノイズのようなものに耐える。「クソが……もう少しで、殺せるのに」眼の前で黒焦げになっている陰気な男を、自分と同じ声を持つらしい男を!!頭がざらつく。意識が霞む。視界が朧気になっていき、網膜に何も映せなくなり、眼が使い物にならない。手足も痺れ、次第に五感が薄れていく。<これは一体何が? 空間転移? 次元跳躍? 因果律干渉? 事象干渉? いや、どれも違います、マスター!! これは――>胸元でクイーンが何やら騒いでいるような気がするが、聞こえない。ソルはそのまま意識を闇へと没した。気が付けばそこは、満月に見下ろされる自然公園、のような場所だった。背中と頭に当たる硬いアスファルトの感触に眉を顰め、仰向けの状態から立ち上がり、現状把握に努める。クイーンはある。封炎剣もだ。バリアジャケットもそのまま。此処に来る前と同じ出で立ち。「何が、どうなってやがる?」苛々した口調で答えが出ぬ疑問を吐き捨て、周囲を探る。蒸し暑く、温い風が流れる感じは真夏の日本を思わせた。湿度は高く、体感温度もそれ相応だ。空を振り仰げば煌々と輝く青い月が存在し、下界を冷たく照らしているのに、公園内は夜霧が酷く視界は悪い。訳が分からない。自分に一体何が起きているのか理解出来ない。ただ一つ分かることは、今降り掛かっている事態が笑い事では済まされないということだけ。「分かるか?」<いえ>「……そうか」ふと脳裏に過ぎるのは腐れ縁のタイムスリッパー。同じ場所の、同じ時間軸に長居することが出来るのはどの程度の期間と言っていたか? 酷い時には数時間以内に何度も何度もタイムスリップを繰り返してしまうらしい。おまけに出る場所もバラバラ。完全にランダムで、様々な場所の様々な時代を旅してきた、という話だ。(あの馬鹿はいつもこんな感じなのか?)それでも彼は――出会う時代はいつも異なっていたが――常に自分に向けて元気に明るく挨拶をしてくれた。同情と共に、少しだけ尊敬の念を抱く。まあ、いつもヘラヘラしている印象がある彼だが、そういう芯の強い部分があるからこそ、ソルに『腐れ縁』という認識を持たれているのである。再び思考を遮るノイズ――『ざらつき』だ。「ぐぅ……ん? 何かこっちに来るな」まず、血の臭いが鼻に突く。眼つきを更に険しくしながら気配を探ると、喧嘩仲間であるスレイヤーに酷似した存在が近付いてくるのが分かった。あの戦闘狂な好々爺に似ている時点でとてつもなく嫌な予感があったが、此処で逃げるのも癪だ。ゆっくりと気配がする方へ向き直り、待つ。と、数秒もしない内に夜霧の中からそれは姿を現す。「力ある者全てを呑み込む獣としてこの夜を蹂躙しようとした矢先に、このような輩に出くわすとはな」先程、『荒耶宗蓮』と自称した魔術(?)の使い手と同じ声。つまり、自分と同じ声を持つようだ。外見年齢は『荒耶宗蓮』より多少若く見える。身長はソルよりやや高い。体格は同程度、つまり細身でありながら筋肉質。くすんだ灰色の短い髪、死人のような白い肌。禍々しい光を放つそれは、人外が持ち得る凶眼。だが、全てにおいて特筆すべき点は、黒いロングコートを羽織っているだけ、という服装だろう。コートの下は、何も無い。首から下は黒一色。深く暗い奈落の底を見ている気分になる、ただただ泥を塗り固めたような闇が蠢動している。内包する魔力もかなりのもの。一筋縄でいく相手ではないだろうと予測した。「吸血鬼、にしては随分と獣臭ぇな。使い魔何匹従えてんだよテメェ」「そういう貴様は幻想種か? その肉の内に秘めた魔物の獣性、人という理から外れた存在に違いあるまい」皮肉を言ったつもりがあっさり自身の本質を見抜かれ、二の句が継げなくなる。(幻想種……一体何のことだ? 人外の類ってのは分かるが)というか、何故初見で分かる?今まで出会い頭に人間じゃないのをバレたことなど、片手で数える程しかない。死臭を漂わせ薄ら笑いを浮かべる男の言葉に内心驚きつつ、それを表情に出さぬまま、眼を細め、問う。「テメェ、何者だ?」「ネロ・カオス、と呼ばれている。貴様の言う通り、吸血鬼だ」意外にも律儀に答えたネロ・カオスとやらは、面白いものを見つけたように遠慮の無い視線でソルを舐め回す。「ククククク」「何が可笑しい?」いきなり笑われたので、ソルが不機嫌な声を上げる。するとネロはその巨躯を震わせつつ低い声で笑いながら、独り言を呟くように告げた。「実に興味深いな。私には分かるぞ。その身に凄まじいまでの『魔』を孕んでいることを……貴様、元は人間だな? それでいながら人として完全なる自我と姿を保っていられるとは、大したものだ。その『魔』は貴様の根幹を蝕みながらも、貴様を構成する要素の一つになっている、と言ったところか? いや、蝕まれている部分こそが貴様の本質なのかもしれんな……私と同類、そんな珍事を眼の前にしてこれが笑わずに居られるか」生気を感じさせない死人みたいな奴の癖に、観察・洞察眼は鋭いようである。吸血鬼だけあって、そっちの方は長い年月を生きているので鍛えられてるのだろう。なかなかに冴えた見解をしている。「面白い、面白いぞ貴様。どういう経緯でそうなった?」「ゴチャゴチャうるせぇ……」違和感がある……そう、違和感だ。この男はスレイヤーと同じ吸血鬼の筈なのに、相対しているだけで酷い不快感を覚える。今までの長い人生の中で多種多様な人外に出会ってきたが、初対面でこれ程までにソルの気分を害する奴も珍しい。何故だろうか。あの凶眼を見ていると、聖戦時代の――本能的に人を殺すギアを見ているような気分になって『誰かがこいつに殺される前に早く駆除しなければいけない』という強迫観念が沸き上がってくる。嗚呼、そうだ。今になって漸く理解した。単に気に入らないのだ、眼の前の吸血鬼が。ネロ・カオスと名乗った吸血鬼が、旧知の仲であるスレイヤーと全く異なる雰囲気を纏っていることが違和感の原因。恐らく、コイツは呼吸をするのと同じように人を殺すのだろう。そこに『人を殺す』という意識など存在しなくて、きっと『食事をした』というような認識しかない。つまり人間を家畜以下の扱いとして見下している、とソルは思う。それが決定的に違う。あの好々爺は少なくとも『人』という種を見下していなければ嫌ってもいない。むしろ敬意を払っていた。何よりアイツは人間を『面白い』と称して、アイツなりに評価していた。そんなスレイヤーを――暇潰しに喧嘩を売られる度に『鬱陶しい、少しは自重しやがれ』と感じながらも――ソルは好ましく思っていた。確かに吸血鬼という種族は人類にとっての天敵かもしれないが、少なくともスレイヤー自身は人類に敵対するような危険人物ではなく、ソルにとっての”敵”でもない。だが、眼の前のこれは何だ?明らかな敵だ。殺さなければならない、一刻も早く世界から抹消しなければならない危険な存在だ。だからこそ存在そのものが気に入らない。故に潰す。――しかし、不快の原因は、また違う何処かにあったような気がしたが……封炎剣がソルの意思を読み取り刀身を赤熱化させ、炎を纏う。燃え盛る紅蓮の熱気が、夜霧を振り払い視界の闇を押し退ける。右足を半歩踏み出し、やや半身になり、封炎剣の切っ先を地面に向けるように左腕を垂れ下げ、構えた。臨戦態勢に移行したソルに応じて、ネロは己の肉体からずるりと音を立てて黒い影をいくつも生み出す。不定形の黒い影は瞬く間に形となり、狼や虎やコヨーテやらライオンといった様々な肉食獣の群れへと形を成しソルをぐるりと取り囲む……と思ったらカラス、鷹や鷲、水牛や象や鹿、何故か地上なのに空飛ぶ鮫やエイ、ワニ、巨大な蟹にも似た甲殻類、馬鹿みたいにでかい百足などが次から次へと沸いて出てくる。(召喚術? いや、それらしい術の発動は感じられん……)どういう理屈か知らないが、この動物達は純粋にネロの中から出てくるようだ。パッと見て黒い獣の数は三十を超え、完全に包囲されている。命令さえあればいつでも飛び掛かれるように待機していた。獲物を囲み、食らいつく瞬間を待ちわびて喉を鳴らす猛獣達。視線の先には、それらを生み出し使役する吸血鬼。「上等じゃねぇか」路面を割る勢いでソルがネロに向かって踏み込んだ瞬間、猛獣達が一斉に襲い掛かってくる。殺し合いの開始を告げるように『ざらつき』が止む。「邪魔だ」行く手を阻む狼に全力で封炎剣を振り下ろし、ぺしゃんこにしてやった。生き物の焦げた臭いが気に障ったが無視。更にそこから二度、左から右へ、右から左へ大きく剣を振り払い、熊とライオン、ジャッカルと豹を横一文字に斬り伏せる。振り抜いた剣の勢いをそのまま殺さず、背後に振り向くようにして封炎剣を地面に深々と突き刺し、屈み、跳ぶ。大地を鞘にしたソル流の居合い斬りが、上空と背後から狙っていた鷲と虎を纏めて灰に変えた。跳び上がったその位置に丁度良く鮫が泳いでいたので、身体を回転させ踵落としを叩き込む。「砕けろっ!!」大地に縫い付けられた鮫の横っ腹目掛けて急降下、全体重と炎の法力を足に集約し、踏む潰す。それと同時に爆炎が発生し、近くに居た鹿とワニを火炎に巻き込んだ。と、その時。ネロのコートから大量のカラスが生み出され、機関銃の乱射染みた速度で一斉に纏わり付いてくる。カラスの羽ばたく音が鼓膜を満たし、何十羽もの鳥の群れに視界が悪くなったその隙に両手足を犬とコヨーテとジャガーとハイエナに食いつかれ、拘束されてしまう。「ちっ」動きが止まったその刹那、一気に獣達が雪崩れ込んできた。前後左右から四足獣が、上空からは翼を持つ鳥と虚空を泳ぐ海洋生物が、ソルという獲物に群がり、鋭利な牙と爪を立てて食らいつく。黒い影が大量に重なり合い堆く積み上げられたその光景は、傍から見れば巨大な黒い肉の塊に見えたであろう。が、そんなことなど全く意に介さず、黒い影に押し潰されながらも封炎剣を両手で持ち振り上げると――当然、手の先から肩口まで食いついている獣達も一緒に――渾身の力を込めて腹に突進を決めている水牛の頚椎に振り下ろし、そのまま首を砕きながら地面に刃が到達させた。瞬間、火山の噴火を思わせる爆発的な火柱が発生し、獣達が一瞬で紅蓮に呑み込まれ、塵一つ残さず蒸発する。「雑魚の癖してうじゃうじゃと、鬱陶しいぜ」あれだけの数の獣達に食いつかれたにも関わらず傷一つ無いソルは、やれやれと溜息を吐いてから首を回しゴキリと音を立て、ネロに向かって歩を進めた。「やはり私の見立て通り、幻想種か。一撃で悉く我らを消滅させられたのも、あれ程の攻撃を受けて無傷なのも納得がいく」顕現した使い魔達を一匹残らず、文字通り灰も残さず焼き尽くされたのに、ネロはそれを予測していたのか微塵も揺るがない。「シャ……あんなもん、大したことねぇよ。まさか今ので手の内が終いってことは無ぇだろうな?」『シャマルの噛み付きの方が余程効く』と無意識の内に喉から出掛かっていたのを内心で慌てつつぐっと堪えて、表面上では不敵な笑みで皮肉を言う。とかなんとか格好つけてみたが、ネタばらしをしてしまえばバリアジャケットとギアの肉体の頑強さ、この二つの恩恵だ。衝撃などから肉体を保護するフィールド魔法という鎧を常時展開しているのだ。おまけに、彼のバリアジャケットの強度は並みの魔導師とは比べ物にならない程高く、それを纏う肉体もギアなので異常にタフ。バリアジャケットの上から噛まれたり突かれたりしても、痛くも痒くもない。物理的な攻撃でダメージを与えたければ、それこそ人智を超えたレベルの威力を持って出直して来い、というものである。ちなみに余談だが、怒った時のシャマルに噛み付かれると、ギアの肉体であるにも関わらず歯形が残ってしまう。どうやら一種の呪いらしく――今更だがとんでもない話だ――すぐには治らない。魔導師が使う魔法には呪詛の類なんて存在しないので明らかに法力なのだが――しかも系統が禁呪に近いとか質が悪い――どんな代物なのかは怖くて解析を掛けられないソルだった。経験則から推察するにシャマルの機嫌が直れば治るらしい、というのが唯一の救いか。まあ、彼女に愛情表現の一環として噛み付かれるのはいつの日からか日常茶飯事と化していたし、実際に噛み付かれたことによって害を被った訳でも無いので、彼はあまり気にしていない。「だが、それでこそ我が肉体の一部となるに相応しい」「ハッ! テメェみてぇな胸糞悪い吸血鬼に取り込まれるくらいだったら、ウチの連中のオモチャになった方が遥かにマシだ」使い魔達を潰されても余裕の態度を取るネロに向かって、ソルは駆け出した。再びコートから猛獣の群れが出現するが、もうそれは一度見たので気にせず次々と斬り、薙ぎ、殴り、蹴り、焼き払う。得意の接近戦を仕掛けられる間合いまであと五メートル、という所で――「!?」水溜りに足を突っ込んだ感触の後、ソルの足が己の意思に反して動かなくなる。咄嗟に封炎剣を地面に突き立て、ガンフレイムで迫り来る猛獣達を牽制してから足を見下ろすと、黒い水溜りに捕らわれた足に闇が絡み付いていた。まるで粘着性が非常に強いトリモチのようで、上手く抜け出せない。底なし沼に足を踏み入れたみたいだ。もがけばもがく程闇は徐々に這い上がってきて、否、ソルの身体が闇の中へと沈んでいく。やがて太腿まで沈んでしまい、無理に動けなくなってしまう。「それは『創生の土』だ」「ああン?」「我が混沌に内在された獣の因子、その半数を用いて作られたものだ。いくら貴様のような幻想種とて、それに捕まればどうすることも出来ん」「……」試しに炎の法力を発動させ、赤々と炎を吹き出す封炎剣を『創生の土』に突き刺してみるが、ビクともしない。右の拳で殴ってみるが、水を叩いたような感触がするだけ。それから拳が闇に沈み捕らえられる。全力で暴れてみたら、逆にどんどん身体が沈んでいく。ディスペルしてやろうと解析法術を発動させてみたが、それもやはりダメだ。ネロの肉体の一部が『創生の土』を構成していることが分かったが、それだけだ。ディスペルが効くような何らかの術ではない以上、ディスペルを使っても意味は無い。とりあえず分かったことは、”今の”筋力や炎の法力では『創生の土』を破壊することが出来ず、また抜け出すことも叶わない。「私の勝ちだ。その素晴らしき戦闘能力と大容量の魔力炉を内包する肉体、取り込むには時間が掛かるが、それもまた一興」「……テメェ」口の端を吊り上げこちらを見下ろしてくる吸血鬼を射殺すように睨み返しながら、沸々と込み上げてくる苛立ちに身も心も焦がしていた。――気に入らねぇ。何もかもが気に入らねぇ……!!そもそも、何故自分はこんな所でこんな殺し合いをしているのか?発端は分からない。何せ記憶が無い。先程の『荒耶宗蓮』とかいう気持ち悪い中年が張った吐き気を催す結界の中で意識を取り戻すまで、自分が何処で何をしていたのか思い出せない。朝の訓練でシグナムと模擬戦をしていた気もするし、アインとはやてにどやされて書類仕事をしていたかもしれないし、デバイスルームでシャーリーと一緒にデバイスを弄くっていた可能性を否定出来ないし、子ども達のことで頭を抱えている所をシャマルに慰めてもらっていたような感じもあり、休憩時間にザフィーラとユーノの三人でブレイクタイムのコーヒーを楽しんでいたのかもしれないし、なのはと二人で教導について話し合っていた気がしないでもないし、フェイトにせがまれて買い物に付き合っていたんじゃないかと思う。それが、何だ? 訳が分からない。アクセルの体質を更に出来損ないにしたかのような『漂流』に巻き込まれ、気付けば自分と同じ声を持つ、見た目が100%犯罪者みたいな怪しいオッサンと殺し合いをする破目になっているだと?冗談じゃねぇ、ふざけるのも大概にしやがれ、と彼はこの時点になって、漸くこれまでその身に降り掛かった理不尽に激しい怒りを覚える。シンを引き取って以来、保護者という自覚が芽生えたことによってそれまでの短気はそこそこナリを潜め、他者への気遣いができるようになっていたし、高町家に居候するようになってからは昔と比べ物にならないくらい優しくなり、年を重ねる毎に尖がっていた性格が丸くなっていたが……元々ソルは気が長い方ではない。むしろ逆だ。本来の彼の性格は非常に気性が荒く、短気で、我が強く、気難しく、強引で、力任せで、面倒臭がり屋で、無骨で、ぶっきらぼうで、傲岸不遜で、傍若無人で、結構根に持つタイプで、天上天下唯我独尊を絵に描いたような人物なのだ。そんな彼が、此処まで妙な事態に巻き込まれて我慢など出来る訳が無かった。ネロがスレイヤーと同じ吸血鬼でありながら、人殺しを是とするような輩だというのもそれに拍車を掛ける。「調子に乗りやがって……舐めてんじゃねぇぞ」心の内に滾る怒りに全身を小刻みに震わせ、地獄の釜から響いてくるような声に殺意と怒気を孕ませて、吐き捨てた。――……ぶっ殺してやる!!<ギア細胞抑制装置、解除します>クイーンの冷淡な機会音声に合わせて、プチッ、という留め金が外れるような音が後頭部ですると、ソルの額から赤いヘッドギアが外れて落ちる。それにつられて長い髪を後頭部で纏めている髪留めのリボン(シグナムから何年も前にもらった物)も外れ、腰まで届く長い黒茶の髪がゆっくり広がった。髪留めとヘッドギアが闇に呑み込まれる前に、それらを量子変換したクイーンが回収する。<DragonInstall Fulldrive Ignition>理性の箍が緩み、肉体を抑制していた枷が外れた。蕾が花弁を広げ咲くかのようにして封炎剣の鍔が展開し、大小様々なギミックを露にし、持ち主から流れてくる力に反応して炎を噴き出す。火柱が発生し、身体が炎に包まれる。上半身のバリジャケットが不要と判断され、消失する。この時点で既に腰近くまで闇に呑み込まれていたが、些細なことであった。もう我慢するのをやめる。「ウオ、オオ……」背中からメキメキと骨が肉を貫くような音を立て、激痛を伴いながら一対の紅蓮の翼が皮膚を突き破って生え、炎を撒き散らしつつ羽ばたく。更に翼の付け根部分から一本の尻尾がバキバキと背を食い破って出てきた蛇のように生えた。感情を抑え込むのをやめる。ギア細胞の活性化により、人間としての外見を保っていた細胞組織が変異し、硬質化した結果赤い鱗となり、外部からの衝撃をいとも容易く撥ね返す鎧となった。力を解放すると、ドクンッ、と心臓とコアが高鳴り、全身余さず禍々しい破壊衝動と狂おしい闘争本能が駆け巡る。「オオオッ!!」爪と牙が勝手に伸びて、ネロが操る猛獣達のそれよりもより鋭く凶悪になって生え揃う。顔のパーツである眼と鼻が削ぎ落とされるのと同時に額のギアマークが一際輝き、手の平サイズの大きさになりソルの顔を覆い尽くす。それが琥珀色の光を放つ五つの水晶へと変化して、ソルの五つの眼となった。頭部から翼の形に似た角が二本、聳え立つ。五感が研ぎ澄まされていき、眼の前の敵を殺すことしか考えられない。「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」天を仰ぎ、咆哮する紅蓮の火竜。爆発的な熱量が生み出され、周囲を灼熱に染めていく。常軌を逸した魔力の発生に世界が大きく揺れ、震動する。あまりの熱に地面が融解し、赤熱化した上で火を噴く。この段階までくると、ソルの体温は既に火山の中に眠るマグマと同程度で、操る炎は金属すら簡単に蒸発するレベル。それに伴って周囲の気温も異常な上昇を見せ、噴火中の火山口と同等だ。全てを焼き尽くし、灰も残さず蒸発させ、生きとし生けるものを慈悲一つ無く平等に殺す焔を前に『創生の土』が成す術も無くその存在を『殺菌』されるが、無理もないだろう。「ば、馬鹿な! 竜種だと!? まさかこれ程の――」本性を曝け出したソルの姿と力を目の当たりにし、呆然とするネロ。「吸血鬼や不死者ってのは、一度や二度殺す程度じゃ死なねぇから質が悪い。ま、生き汚いのはお互い様で、俺も他人のことを言えんが……」束縛から解き放たれ自由の身となったソルが、そんな彼の態度に対し静かに口を開く。「で? テメェは何回殺せば死ぬんだ? 千回くらいなら付き合ってやる。それともテメェの存在そのものを跡形も無く消し飛ばすだけの火力があれば死ぬのか? なら、世界を破滅させるだけの破壊力を拳に込めて殴りまくってやる」その問いは、ネロが答えようと無言を貫こうと、死ぬまで殺すから関係無いと言わんばかりに殺る気に満ちた声であった。知らず後ずさるネロに死の宣告を与える。「……どっちにしろ、楽には死ねんぞ」不定形の黒い泥と化したネロの残骸に、ドガッ、と封炎剣を突き立て、宣告通り跡形も無く消滅させた。「ふぅ……割りに合わん」溜息を吐き捨て、右手を額に当てアフターリスクの頭痛を堪えつつ、力を抑え込んで竜人の姿から人の姿へと戻る。激しい火炎を噴いていた封炎剣が役目を終え、火の法力を増幅するのを止め、展開していたギミックをゆっくりと仕舞う。熱源が消えたことにより周囲の気温は一気に下がり、炎獄は消え去り炎天下よりも明るかったのが暗くなっていく。溶けた地面が赤熱化によりまだ赤く光っているが、光源としては頭上に輝く月の方が強い。<確かに吸血鬼を一匹始末したその代償は大きかったです……封時結界、張れば良かったですね>「今更遅ぇんだよ」本当に今更なクイーンの発言にソルは憮然と返す。見渡せば戦場になった自然公園は酷い有様だ。完全解放状態で法力を使いまくった所為でマグマが噴出し、綺麗に舗装されていた筈の路面はドロドロに融解して見る影も無い。自然公園らしく雑木林となっていた場所も全焼していて、辺り一面、溶岩から白い煙やら黒い煙やらが立ち昇っている。眼に映るのは、未だ燻るように燃える炭と、赤く輝く溶岩と、視界を悪くする煙しか残っていない。<特に溶岩流の被害が酷いです>「出来る限り範囲は絞ったつもりだが?」<溶岩が自然公園を丸々覆い尽くしてしまいました>「直に冷えて固まる。そうすりゃ無害だろ?」<自然公園がハワイの火山島みたいになってますよ?>「あのネロとかいう吸血鬼を確実に殺すにはこうするしか無かった」<野次馬とか警察とか消防車とかが来ないだけまだマシです。良かったですね? そのおかげで人的被害は皆無なので>「人的被害が無いんだったらグダグダ文句言うんじゃねぇ!!」不毛な押し問答をやってるように装いつつ、ソルとクイーンは念話で内緒話。『<マスター、気付いていますか? かなり離れた場所からですが、何者かによって見られています。それも複数の方角から……正確な数は不明ですが、片手では数えられません。結構な数です>』『ま、これだけ派手に暴れたんだ。当然だろ』『<それにしてもこの街は妙です。何故、これだけ騒ぎを起こしていながら近隣住民が様子を窺いに現れないのでしょう? 通報されないどころか、野次馬一人現れないなど異常です>』『……ネロが出てくる以前から、俺達が此処に来た時点で既にこの街を包む空気は妙だった。此処まであからさまに妙だと、いっそ清々しいがな』推測するに、人払いや暗示のようなものが街全体に仕掛けられており、それらに対処することが出来ない一般人は家から出てこないのだろう。つまり、ソルを遠くから監視している連中はネロを含めて一般人の枠から外れた輩なのである。「マジで何なんだ、ったく」街のことや監視している連中もそうだが、自分と同じ声を持つネロや荒耶、『ざらつき』から始まる謎の転移現象を含めて自分を悩ます事柄に、ソルは疲れたように溜息を再度吐く。とかなんとかやっていたら、「……クソが! またこれかぁぁぁっ」もう何度目になるか数えるのも億劫になってきた『ざらつき』が襲う。そして、彼の肉体が此処から消えていく。<いけません!! いくらマスターの身体がボビィビルダー顔負けでそっちの筋の方からは『ウホッ! いい男』と謳われる程に美しくても、上半身裸でいきなり出現すれば転移先で変態扱いされます、せめてバリアジャケットをもう一度纏ってから――>「そんなことを言う余裕があんならこの現象を何とかしやがれ!!」<アーッ!!>こうして、ソルはまたしても何処かよく分からん場所へと飛ばされてしまった。その身を空中に投げ出され、次にやって来たのは路面に叩き付けられてからそのまま転がるような感触だ。「痛っ」地面が急斜面になっているのか、勢いに任せて転がってしまう。回転する視界に泡を食っている間に、再び身体が虚空に投げ出され、落ちた。「ごあ」冷たい地面に着地した衝撃の後、漸く止まる。「何処だ此処は?」<さあ……しかし、分かったことはあります。どうやら転移してきた場所は古い日本家屋の屋根の上だったこと。転移してきた瞬間、屋根の上から転がり落ちたんです>凄くどうでもいい報告に顔を顰めつつ、立ち上がって周囲を見渡す。クイーンが言う通り、かなり古い日本家屋の敷地内なのであろう。現在位置は丁度縁側に面した庭で、母屋の他に土蔵らしきものまで存在してた。太陽は見えないが真っ暗ではないので夜ではない。曇り空だ。正確な時間は分からないが夕方くらいだろうか。と、最早恒例になりつつある『ざらつき』がやって来たと思ったら母屋の中から女性の悲鳴らしきものが聞こえてくる。「悔しいが段々慣れてきやがった……クイーン」<バリアジャケット再構成、ギア細胞抑制装置再装着、ついでにシグシグリボンも結っておきます>「ついでじゃねぇ。それとそのネーミングセンスはなんとかしとけ」<何気に気に入ってますよね>胸元から響く余計な一言を聞き流す。上半身裸の格好が一瞬で炎を纏い、いつもの格好になる。そのまま縁側から母屋に土足で踏み込み、居間へと侵入した。襖障子を力任せに開け放ったそこで見た光景は――「……っ!!」壁に背を預け座り込む、血塗れの少女。年の頃は高校生くらいだろうか、長い黒髪をツインテールにし、赤い上着と黒いミニのプリーツスカートで身を包んだ彼女は、出血と共に生気まで抜かれてしまったようにグッタリしていて、時折、思い出したかのように苦悶の声を零す。その傍には、白磁のように白い肌と、美しい銀の長い髪を持った小学生くらいの小さな女の子が仰向けになって気を失っていた。そして、その二人を前に佇みこちらに背を向けている、紺色のコートをその身に纏った長身痩躯の男。男が肩越しに振り返り、少し驚いたように声を上げる。「誰だお前は?」聞いたことがある声だった。見たことがある眼だった。荒耶宗蓮、ネロ・カオスを前にした不快感が嘔吐感のようにこみ上げてくる。ドクンッ、と視界が怒りで赤く染まる錯覚を覚えた。脳裏に、これまでの長い人生の中で出会った凶悪な犯罪者達と同じ、人殺しを何とも思わない外道な連中の濁った瞳の色が再生される。だがそれだけでは済まされない。狂的なまでの何かを孕んだ眼の色が、本能に警鐘を響かせた。「……殺す……!!」十分だ。悪意を宿したその眼と、二人の少女が倒れている事実だけで十分だった。ソルが眼の前の男を殺そうと思うには、十分過ぎた。ダンッ、と一歩踏み込んで封炎剣を横に薙ぎ払ってやる。突然の闖入者に反応が僅かに遅れた男は、振り向き様に右腕で咄嗟にガードしようとした。構わず振り抜く。確かな手応えを残し、切断された肘から先が血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。「ぎっ!!」何か男が口から意味の無い音を垂れ流したような気がしたが、無視して間髪入れず更に踏み込む。此処では法力を使えない。使ったら家の中が滅茶苦茶になるし、少女達にも被害が及ぶ。純粋な身体能力のみでこの男を殺さなければならない。が、問題無い。人間一人捻り殺すのに、法力なんて必要無い。ギアである以上、身体能力で人間に劣るなどあり得ないからだ。右手を伸ばし、男の頭を鷲掴みにして頭蓋を握り潰してやろうとしたが、残った左腕に阻まれる。頭ではなく手首を掴むことになった。「お前は何だ!? 九体目のサーヴァントか!?」「サーヴァントだぁ!? ふざけんな!! 俺はマスターだ!!」封炎剣を手放し空の手になった左手で男の襟首を掴み、右手で掴んだ男の左手首を強引に引き寄せつつ、振りかぶるようにして背後――庭に向かって無理やりぶん投げた。背負い投げの出来損ないのような投げにより、男は庭の地面に叩き付けられた筈だったのだが、小癪にも器用に片腕だけで受身を取ってみせる。すぐさま畳の上に転がっている封炎剣を拾い、縁側を跳び越え庭に降り立つ。「マスター、だと? まだ他に魔術師がこの街に存在していたのか?」切断された右腕の傷口を左手で押さえながら、男が戸惑うように疑問を口にしていた。「何のことか知らんが、テメェは此処で灰になれ」よく見れば男の首からは十字架が垂れ下がっている。服装もコートの下は黒一色だ。神父だろうか? 聖職者がどうしてこんな場所で女子供を襲っていたのか謎であるが、どうせ碌でもないことだと結論付け、法力を発動。封炎剣が炎を纏う。ソルが封炎剣を振るうその前に、神父が左手をコートの中に入れたと思ったらおもむろに三本の剣を取り出す。指と指の間に一本ずつ――人差し指と中指の間、中指と薬指の間、薬指と小指の間――合計三本の細身の剣。肉厚の大剣である封炎剣と鍔迫り合いをしただけで容易く折れてしまいそうな剣を、片腕が無いというのに神父は全身のバネを上手く利用して投擲してきた。真っ直ぐこちらに飛来してくる三本の剣を、封炎剣で一本残らず弾き、叩き落す。その間に神父は踵を返して走り去っていく。「逃がさねぇ……消し炭になれ!!」背中の青いコートを狙って、燃え盛る封炎剣を一歩踏み込むと同時に突き立て、地面を走る大きな火柱を発射。大地を紅蓮に染める火炎が神父に迫る。それに神父は一度振り返り、またもや左手を懐に入れ、何かをしようとしていた。ソルが確認出来たのはそこまでで、次の瞬間に神父は炎に呑み込まれたが――「ちっ、仕留め損なったか」逃げられたと理解し、舌打ちする。捕捉探知も失敗したようだ。<マスター、今の男よりも二人の少女を。まだ二人共息はあります>クイーンに促され、神父を追うのを諦め、炎を消し、居間へと急いで向かう。まず手始めに血塗れの少女を診ることに。「……あ、貴方は、一体? 綺礼は、どう、なったの?」「っ!?」ソルは少女の声に思わず息を呑み、眼を瞠った。(……はやてと同じ声)今少女が発した声は、はやてと同じ声だ。彼女と十年近く共に過ごしたので聞き間違いなどあり得ない。この少女は確かにはやてと同じ声質の持ち主だ。「とりあえず俺は敵じゃねぇ。それと、さっきの男は逃がしちまった。今癒すから黙ってろ」深呼吸を一つしてから、ソルは血塗れの、はやてと同じ声を持つ少女に治癒の複合魔法を施した。「このガキは気絶してるだけか……やれやれだぜ」疲労を吐き出すように溜息を零すソルの背中に、声が掛かる。「危ない所を助けてもらったから礼を言うべきなんでしょうけど、立場的な問題で他人をすぐに信用する訳にはいかないから、いくつか聞かせて欲しいの……貴方は、何者……?」はやてと同じ声質に『何者だ?』と言われて、はやて本人に『アンタ誰や?』と言われたような気がして若干物悲しい気分になりながらも、別世界の人間だから仕方が無いと割り切って身体ごと向き直り口を開こうとして、(なんて答えりゃいいんだ?)いきなり返答に詰まった。どう答えるべきなのか困り、なかなか返事をせず沈黙を貫くソルの姿を見て少女なりに何か解釈したのか、一つ頷いてから勝手に喋り出す。「まあ普通は馬鹿正直に答えられないでしょうけど、貴方は私を助けてくれて、綺礼にいきなり斬り掛かったからこちらに敵意は無い、っていうのは理解してるつもり。見たことも無い魔術だったけど、治療もちゃんとしてくれたし」「……調子はどうだ?」「ん? ええ、お蔭様で綺礼にやられる前よりも調子が良いわ。ありがとう」問いに笑顔で応答する少女。この一言だけで、あの神父から少女を救えたという実感が込み上げてくる。間に合ってよかった。純粋にそう思う。「で? 質問に答えられる範囲でいいから答えてくれないかしら。さっき綺礼が『九体目のサーヴァントか?』って言ったら、貴方『俺はマスターだ』って答えたわよね。魔術師、でいいのよね? どうして私を助けてくれたの? 貴方のサーヴァントは? どうやって九体目を召喚したの? そのクラスは? そもそも何処の魔術協会に所属してるの? やっぱり目的は聖杯?」「ああ? 何度か聞いたが魔術、魔術師って言い方はあんま聞かねぇな。俺に馴染み深い呼び方は魔導師か騎士、法力使い、もしくは魔法使いだ。確かに俺のサーヴァントは九種類居るが、クラスなんて分け方はしたことが無ぇ……ああ、もしかして兵種のことを言ってるのか? だとしたらまず大雑把に分けて上級と下級の二種類があって、その中で更にサーヴァントの特性ごとに近接兵、装甲兵、機動兵、射撃兵、法力兵っつー五種類が存在するんだが……違うか?」「??? サーヴァントの種類って、セイバーとかアーチャーとかランサーとかの七種類じゃなくて? な、何? 近接兵? 装甲兵? 射撃兵? 聖杯戦争に参加している魔術師を『マスター』って呼び方してるんだけど…………えっと、あの、もしかして魔術師じゃない?」「聖杯戦争ってそもそも何だ? マスターってのは自身のサーヴァントを使役するからマスターって言うんだろ?」「……」「……」互いの認識に齟齬があり、会話が微妙に噛み合ってないことに気付いて二人共黙る。「サーヴァントっていうのは、昔の『英霊』を使い魔みたいに召喚して使役するんだけど、貴方が言うサーヴァントはどういうの?」「少なくとも俺のサーヴァントは、俺自身の法力を具体化した存在のことだが」「……」「……」二人の間と頭上に疑問符がいくつも浮かび上がっては消えていく。しかし、一つだけ分かったことがる。それは何かが致命的に間違っていることだ。とりあえず互いを理解する為にこの不毛な平行線的会話を一旦止めた。少女は遠坂凛と名乗り改めて礼を述べたので、ソル=バッドガイと名乗り返し気にするなと伝え、漸く本題に入る。自己紹介を終えてから事の顛末を話すことになって二十分が経過。やはりと言うかなんと言うか、凛は見た目通りの年齢だったので本人のプロフィール、魔術と聖杯戦争やサーヴァントとその仕組み、先程の神父っぽい男――言峰綺礼のこと、聖杯戦争の現状などを言い終えるだけで話が済んでしまった。勿論、全てを語った訳では無いだろうが。それに対して、ソルはそうもいかない。次元世界やら別世界やら異世界やらからやって来ましたという荒唐無稽な話から始まり、魔法と法力の違い、バックヤード関係のマスターとサーヴァント云々、今現在陥っているトンデモな事態など、一体何処からどう説明すればいいのか取捨選択して当たり障りの無い程度に話す必要があったのだから、話が長くなるのは当然だった。ちなみに、話している最中に凛が「綺礼と同じ声を耳にしてるのに不快にならない、不思議」とのたまっていたが知ったことではない。本当はあまり渡したくない情報が満載されていた内容であったが、一から説明しないと相手には理解不能な単語の羅列でしかない。ただ、眼の前の相手がある程度信頼に足る存在と悟ったので、話すこと自体に抵抗は無かった。逆に自分でも驚くくらいにするりと話せている事実が不思議である。「……いくつも存在する世界への完璧な時空間移動、まさか第二魔法? 魂を顕現してサーヴァントを使役する”バックヤードの力”、これってもしかしなくても魂の物質化の第三魔法? っていうか”バックヤード”って根源? もしかしたら『 』のことなんじゃ……」ブツブツと独り言を漏らす凛。何やらとてつもなく衝撃を受けたような、信じられない驚愕の事実を聞かされたような表情で、ソルのことを上から下までジロジロ眺め、再び独り言を呟く作業に戻って一人腕を組んで考え込んでいる。「まあ、いきなりこんな話聞かされて信じられないってのはよく分かるし、信じる信じないは凛の自由――」「信じない、なんて言ってないわ。ただ、信じ難いのよ」「同じだろうが……」「同じじゃないわ。少なくとも私はソルの話を信じようと努力してる。真っ向から否定している訳じゃ無いの。そこんとこ、勘違いしないで」「……そうかよ」深々と溜息を吐く紅蓮の法力使いに、紅の魔術師の少女は胸を張って主張した。「というか、ソルは私の話を信じるの?」「こう見えても人を見る眼ってのは肥えてる。お前は一から十までの全てを話してはいないが、嘘も言っていない。それで十分だ」「……なんか、見透かされてるみたいで少し腹立つ。ちょっとくらいは疑いなさいよ」頬を膨らませてそんなことを訴える凛の表情は、実年齢よりも若干子どもっぽく見える。「それにしても、こんな子どもが万能の願望機を求めて殺し合いに赴くなんざ、随分業が深くてトチ狂ってんだな、この世界の『魔術』ってのは」ソルの皮肉に凛はシニカルな笑みで返す。「魔術師以外から見ればキチガイでも、魔術師にとってはこれが普通よ。大いなる目標や目的の為なら己の命も惜しまない、手段も選ばない、それが魔術師。魔術師は魔術を使う際、常に自分の命を危険に晒す覚悟を必要とする。その覚悟が無ければ魔術師とは言えないわ。結果として人間を辞めることになったとしてもね。魔術師が『魔法』に至ろうとして吸血鬼になるなんてのはその典型よ。ていうか、此処に来る前にネロ・カオスを倒したとかどれだけ規格外なのよ、その法力って。二十七祖の一角を跡形も無く消滅させる時点で神代の魔法に匹敵するわ」「世も末だな……俺も人のことは言えんが」法力学の科学者として研究を重ねた結果が、ギアと聖戦を生み出してしまったのだから、業の深さで言えばソルも負けてはいなかった。一世紀続いたギアと人類の戦争、消滅した日本と絶滅危惧種指定された日本人、失われてしまった文化や歴史、戦争の合間に埋もれていったあらゆる技術、半分以上減った世界人口など、列挙すれば切りが無い。たとえ元凶ではなかったとしても、原因の一人であったことには変わりない。つくづく思い知らされる。魔法も法力も魔術も、系統も体系も術式も理論も異なるが、使う人間が道を踏み外せば容易く外道へと成り下がる……まさに『魔』の力だ。そして、ソルはかつて一度とはいえ道を踏み外し、外道へと成り下がり、それだけに留まらず人を辞めて畜生にまでその身を堕落させてしまった。そういう意味では、ネロがソルのことを『同類』と称したのも納得がいく。だからだろうか。若く、才に溢れるであろう魔術師の少女を見ていると、人間だった頃の自分達を想起してしまう。まだギア計画に手を出す前の、研究に情熱の全てを注ぎ込んでいた当時の純粋な自分達を。間違って欲しくない、と老婆心が心の中に浮上する。昔の自分のように手を出してはいけないことに手を出し、後悔することにならないよう願うばかりだ。「魔術のこと散々言ってるけど、貴方が言う法力とかも大概じゃない。何よ、事象を顕現する、場合によっては魂をも具現化する力って? 重ねて言うけど、魔術師にとって貴方の法力は最早『魔法』の域に達してるわ。とんでもない出鱈目、というか貴方の存在自体がもう既に出鱈目。『 』に繋がってるどころか生身で入ったことがあるとか、常軌を逸してるにも程がある。おまけに異なる世界への時空間移動を平然とやってのけるなんて、やること成すことが悉く魔術師の上を行ってくれるし。魔術協会に貴方のことが知れ渡ったら即封印指定でしょうね」呆れながら機関銃のような早口でそんなことを言ってくる凛に、苦笑と共に肩を竦めるだけで応える。流石に、『昔とある事情により過去の自分と相対することになり、その時過去の自分が殺された瞬間を目撃したが、気合と根性と思い込みで、”過去の自分は死んだが今の自分が存在する限り過去の自分はそれまで絶対に死なない”、という風に因果を自分の都合の良いように捻じ曲げたことがある』とまで言うのは憚れた。意思の力でタイムパラドックスをどうこうするなど馬鹿馬鹿しくて笑われるだけだが、事実なのでソル本人が笑えないからだ。今思い起こしてみると、我ながらとんでもないことを強行したものである。当時はそうすることで存在を維持する為に必死だったから、というのは言い訳で、単にそういう目に遭わせてくれたイノをぶっ殺したかっただけの話。結果としてソルの因果律とか時間軸とか空間軸などに何かが起こってしまったとしても不思議では――――ん?(原因、これなんじゃねぇか?)唐突に核心っぽいのに至った気がする。……至ったが、どうすればいいのかさっぱり分からない。そもそもツケが数十年後に回ってくるだなんて、一体誰が予想出来る?「それで話は変わるんだけど、ソルはこれからどうするの? 元の世界に帰るの? ていうか、帰り方分かるの?」「……」思考の海から現実に戻されて、暫し凛の問いに黙考してから「帰りたいが分からん」とだけ伝えた。「へー、意外、帰りたいんだ」そんな彼の返答に、凛はニマニマと悪戯を思いついたような子どもっぽい笑みになる。「何がおかしい?」「なんていうか、貴方ってホームシックになる人間には見えないから。何処となく『孤高』って単語が似合いそうだし」人差し指をピンと立てる凛。しかし生憎とその台詞は、言うのが二十年以上遅い内容であった。「……こんな俺にも帰りを待ってる家族が居る、家庭がある」「あらそうなの」「家に帰れば親鳥に餌を求める雛鳥みてぇなガキ共が、遊んでくれ構ってくれと喧しく喚くしな」「え? 貴方、子ども居るの?」心底意外そうな顔をされたのが少し悔しかったので、クイーンの記憶領域に保管してある写真をいくつか引っ張り出して見せ付けてやる。集合写真、ツーショット、何処かへ遊びに行った時の記念撮影、ふとした日常風景をフィルムに残したもの、そういった様々な写真を。Dr,パラダイムやイズナ、アルフやザフィーラ、そして解放状態のアインのように、明らかに外見が普通の人間じゃない者達が写っているのも見せてしまったが、既に後の祭りだ。全部正直に話してやろうと思う。というか、模擬戦の写真が混じっている時点で最早言い訳出来ない。写真の中では空を飛んで砲撃ぶっ放してたり、雷落としてたり、火柱噴いてたり、巨大なハンマー振り回してたりするから。写真を一枚一枚見ていく内に、凛の顔がどんどん硬質化していく。ソルとスレイヤーが殴り合っている写真を指差し「……これ誰?」と聞かれたので嘘偽り無く「千年単位で生きてる真祖の吸血鬼。昔は暗殺組織の創設者だったが今は隠遁生活を送ってる。腐れ縁の一人で喧嘩仲間だな。たまに暇潰しに勝負を挑まれるから、気が向いたら付き合ってやってる。この写真はそん時のだな」と答えると、凛は穴が開くんじゃないかというくらいに写真を睨み続けた状態で三分程固まっていた。「真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……」と呪詛を繰り返す呪われたラジオみたいになっていたが、どうしたのかとソルは首を傾げるしか出来ない。「……人外魔境」「写真に写ってる連中は俺を含めて、半分以上がまともな人間じゃねぇ。法力によって生まれた生体兵器、使い魔、魔導プログラム体、クローン、真祖の吸血鬼や妖狐に分類される人外、そんな連中と渡り合う非人間的な人間、一通り揃ってるぜ」「…………………………」余談だが、復活した凛は子ども達の写真が気に入った。特にツヴァイのことが「お人形さんみたいで可愛い」とのことだ。なので、あいつは我が家一番の問題児だ、あいつが癇癪を起こすと街に氷河期が訪れる、とだけは言っておく。ついでに、エリオの場合は落雷で周囲を黒焦げにし、キャロは竜を召喚して暴れ回る、と付け加えておいた。すると、またしても凛の様子がおかしくなったが、一体何なんだろうか?安心しろ、ちゃんと躾はしてる、ガキ共が暴走した場合は有無も言わさずコテンパンに叩き潰して焼き土下座の刑に処している、だから教育に関しては心配するな、とソルが家の教育方針を掻い摘んで説明すると、ほろりと涙を零し始める始末。何が気に入らないのであろうか?「とりあえず俺と同じ声を持つ奴を、言峰綺礼を殺す。そうすれば何か起きるだろ」何の因果か知らんが、この事態に関係していることは行く先々で『ソルと同じ声を持つ男』が存在するという一点。そして、そいつに致命的なダメージを与えるか殺すかすれば次の場所へと移動を開始する、というのが二回の転移を経て得た経験だった。このまま何もせずに居るより遥かに建設的で、殺るだけの価値はある筈だ。「……まあ、ソルなら綺礼を殺すくらい簡単に出来ちゃいそうよね。実際、不意打ち気味とはいえあのクソ神父の右腕あっさり斬り落としてるし……喧嘩仲間に真祖が居る時点で何かがおかしいけど、利害が一致してる以上は味方だし……こんなに頼もしい味方が居るなんて聖杯戦争始まって以来で泣きそう……」余程味方に恵まれなかったのか、それとも不必要な苦労を強いられたのか、どちらにせよ凛の表情には哀愁が漂っていた。その後、今まで気絶していた銀髪の少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが目を覚ますと同時に、凛と共闘している衛宮士郎という魔術師と、その彼が使役するセイバーというサーヴァントが家に帰ってきたので、凛がかなり端折った事情説明をして、一応ソルは敵ではなく味方である、ということになった。で、事情説明もそこそこに作戦会議へと突入。敵は言峰綺礼と、奴が使役するサーヴァント。凛が言うには、イリヤスフィールの拉致に失敗したから連中の手元には聖杯の器が無いが、柳洞寺というこの土地の心臓部を押さえているから無策に飛び込めない、とのこと。詳しく聞くと、柳洞寺は龍脈に対する要石としての役割を持ち、落ちた霊脈に建っていて、山門以外には自然霊以外を排除しようとする結界が働いていることに加え、既に脱落したキャスターのサーヴァントが以前根城にしていただけあって、冬木市中から集められた魔力が流れ込んでいるらしい。「オイ」「「「「?」」」」「俺なら、”バックヤードの力”を使えばその寺を支配出来るぜ」「「「「!?」」」」四者四様の驚きを見せている間に説明する。柳洞寺の近く、欲を言えばなるべく龍脈の傍でマスターゴーストを顕現すれば、後は勝手に無限に沸いて出てくるキャプチャーが周囲一帯のゴーストを支配して敵へのマナ供給を断ち切った上で、冬木市中のマナを独占出来る、と。マスターゴーストを顕現した時の最大のメリットは土地制圧。キャプチャーが数対触れるだけでゴーストを支配しマナを得るこれは、術者――マスターにほぼ無尽蔵のエネルギーを供給してくれるのだ。その得たエネルギーを消費してサーヴァントを召喚し、アイテムを練成し、戦況を有利に運ぶ。「敵は二人しか居ねぇんだろ? だったらマスターゴーストの護衛に回すサーヴァントを全て戦闘に参加させられるし、敵に俺のような法力使いが居ないんだったら支配権を奪還される心配も無ぇ」しかも、余ったマナは凛の宝石を介して全員に再分配すれば、凛と士郎とセイバーは無制限に魔術や宝具を使いまくれるようになる筈だ。「……キャ、キャスターの陣地作成スキルをあっさりと……」またしても凛が頭を抱えているが、もう何度目かになるか分からないので無視。「しかし、ギルガメッシュの宝具は……」苦々しい面持ちでセイバーが語る。暫くの間、大人しく話を聞いていたソルではあったが――「お前らでなんとかしろ。俺の最優先事項は言峰綺礼を殺すことだ」奴は俺一人で相手にする、だから残りはお前らな、と無慈悲に切って捨てるのであった。本来ならば士郎とセイバーの二人で、イリヤスフィールが拉致され凛が負傷で不在、という劣悪環境下で戦わないといけないのだ。此処までお膳立てしてやる以上、文句を言わないで欲しい。まあ、状況が許されればサーヴァントで支援しても構わないが。あと、イリヤスフィールは直接的戦闘能力が低いので留守番、ということになる。本人はぶー垂れていたが。それからソルは、凛が持っている宝石をいくつか拝借し、法力を駆使した細工を施し渡しておく。その内の数個はマナを供給する為の魔力受信装置である。他にもオルガンを使用してアイテムを練成しておく。ソル本人だけのマナではコストの関係で数個しか練成出来ないが、無いよりマシだろう。使用者とその周囲の味方を瀕死の状態から回復することが可能な『エリクサー』。特殊効果を打ち消す『ディスペル』。絶大な効果を発揮する反面、マナコストの関係で現状ではこの二つしか練成出来なかった。欲を言えば、倒れたその場で蘇生を行う『リザレクション』も練成したかったのだが対象が所有者一人のみで、如何せんマナが足りない。使い所を見誤るな、と一言添えて渡しておく。「……キャ、キャスターの道具作成スキルまでもが……」手渡された宝石とアイテムを見て酷く落ち込んでいる凛が居たが、放置。その間に士郎とセイバーが土蔵に篭って何やらやっていたらしいが、そっちはそっちで準備があるんだろうと思い、やはり気にしなかった。そして、決戦の夜。まず最初にサーチャーを飛ばして柳洞寺を偵察。敷地内を隅々まで確認する。そこの地下に大空洞を見つけたので、これ幸いとソルが単身で転移しマスターゴーストを顕現。周囲一帯を支配し、マナの独占が完了したのを見計らって衛宮邸に電話――念話だと気取られると思ったからだ――クイーンの通信越しに作戦が第二フェイズへ移行したことを伝えながらミニオンを除いたサーヴァントを八種類全て召喚し、オルガンで周辺に存在する敵と味方の魂の位置を把握しながら待つ。召喚したサーヴァントは下級近接兵のザ・ドリルが六体、下級装甲兵のブレイドが六体、下級射撃兵のペンシルガイが三体。上級サーヴァントは各種一体ずつ。近接兵のファイアーホイール、機動兵のエンガルファー、法力兵のクィーンとブロックヘッド、装甲兵のギガント。下級が十五体、上級が五体の計二十体。ソルのサーヴァント一体一体の戦闘能力は、聖杯戦争で召喚されたサーヴァントに比べ遥かに劣るだろう。だが、それでも数を揃えたサーヴァント部隊は中級ギアが従えるギアの群れに遅れは取らない。加えて、サーヴァントには特殊能力を持つ個体が存在する。攻撃に毒を付与するペンシルガイや、敵の特殊能力を一定時間封印するエンガルファー、味方の回復・補助・強化を担うブロックヘッド、四種類の変形機構を持つギガントなどが居る。しかし、サーヴァントの本質はそこではない。”バックヤードの力”によるマスターゴーストを媒介にして召喚された彼らの最も恐ろしい点は、その量産性だ。マナがあり続ける限り、最大上限に達しない限り、いくらでも生産し、使役することが可能だ。撃破されても、マナがあれば再召喚すればいいだけの話。”バックヤードの力”を持つ者同士の戦いであれば、本来はマナ供給の源となるゴーストの支配権を奪い合うことになるのだが、今のところソルの支配を脅かす存在は敵に居ない。つまり、ほぼ無尽蔵にマナを消費することが可能だった。聖杯戦争にて最強のサーヴァントと謳われるギルガメッシュに対して何処まで戦えるか未知数だが、少なくとも凛達の足手纏いにはならいないだろう。最悪、役に立たないようであれば身代わりや盾にでもしてくれと伝えておいた。長い石段を上り山門を潜ると広い境内があり、そこに敵のサーヴァント――ギルガメッシュが待ち構えているので、凛達が突入したのを見計らって総勢二十体のサーヴァントを援護として送り込む。やがて数分もしない内に、爆発音に閃光、魔力と魔力の衝突、そして剣戟の音が響いてきた。凛達がソルのサーヴァント達を従えてギルガメッシュと対峙しているのとほぼ同じタイミング。大空洞から寺の裏にある池で、二人は相対していた。ソルの紅く輝く瞳と、言峰の黒く濁った瞳。交差する視線が相手を射殺すように突き刺さる。「……」「……」お互いに黙ったまま睨み合う。少し離れた場所――寺の境内からは派手な音と光が届くが、気にも留めない。嗚呼、この不快感は何なんだろうか?目前の男を見ていると気分が悪くなってくる。無性に腹が立ってきて、嫌悪と憎悪を綯い交ぜにした負の感情が爆発寸前であることを自覚する。そのことに戸惑いも無ければ憂いも無く、ただただ純然たる殺意が湧き上がってきて、衝動に身を任せてしまいたい。「お前は、何だ?」暫くの間、腐った生ゴミを見るような眼で睨み合っていたが、やがて凍てつく氷のように静かな殺気を声に乗せ、言峰が聞いてきた。「知らん。だが、テメェの存在が妙に気に入らねぇ」答える気があるのか無いのか、そもそもそんなことなどどうでもいいのか、ソルは惜しげも無く全身から殺気を溢れ出す。「気が合うな、私もだ」「握手でもするか?」嗜虐的な、それでいて邪悪にして残虐な笑みでソルは封炎剣を構え、炎を迸らせる。「いや、もう既に握手は済んでいる。随分一方的で情熱的な握手だったが」斬り落とされた右腕を掲げる言峰。その右腕を見て、ソルは眉を顰めた。ぶった斬った筈の腕が、黒い靄の塊と化して再構築させているではないか。「……気味悪ぃな」まるで悪意が物質として形を成した物体を、無理やり義手として使っているような右腕は、生理的嫌悪感を見る者に与え背筋に怖気が走っていく。「一般の感性からすればそのような酷評を受けるだろうが……何、これはこれでなかなか便利で、面白い」ヒュ、と風切り音を響かせながら黒い靄の右腕を振るうと、鞭へと変じたそれが大地を叩き、土を抉っただけに留まらず触れた部分を暗黒に染めていた。侵蝕されてドロドロに溶かされているのか知らないが、あれに触れればただでは済まない、ということだけは十分理解出来る。「面白いのはテメェのおつむだ」「これは手厳しい」クツクツと肩を震わせて嗤う言峰の姿が、ソルの高くない沸点を易々突破する。「……っ!!」数秒後、痺れを切らしたソルが踏み込み相手に襲い掛かった。凛から聞いた話によれば、言峰が使用する細身の剣は『黒鍵』と呼ぶ投擲武器らしい。吸血鬼を代表とする人外に対して使われる悪魔祓いの護符、と説明されたが、ソルの警戒心はそんなものよりも右腕の黒い靄にある。触れたものを溶解する『呪い』のようなもの、という認識で間違いないと思われるが、どうにも厄介だ。鞭のようにしなり、言峰の意思に従い伸縮自在の蛇のように動くそれは、非常に戦い難い。なかなか懐に潜り込めない。だが、焼き払うことなら出来る。飛んでくる黒鍵を弾き返し、振り払われる黒い靄の鞭を炎で迎撃。ジュッ、という熱した鉄板に水滴を零したような音が鼓膜を叩き、それに伴って出る異臭が鼻を突く。跳躍したソルが空中から火炎を降り注ぎ、黒い靄を触れる端から蒸発させた。ますます異臭が強くなり、鼻がもげそうになる。着地してから更に封炎剣を地面に突き立て火炎放射。瞬く間に炎が広まり周囲を紅蓮に染め上げ、火の海と化す。自ら発生させた火の海に飛び込み、言峰に向かって真っ直ぐ突っ込む。間隙を縫って黒鍵が飛来するが、速度を一切緩めず紙一重で交わしつつ、地面に這い蹲るように姿勢を極端に低くする。「グランド――」その体勢のまま全身に炎を纏う。それがブースターとなり突進力と速度を爆発的に上昇させ、一瞬で間合いを詰めた。懐に潜り込んだ瞬間両足で踏ん張り急停止、低い姿勢から無理やり上体を起こす。爪先から順に足首、膝、腰、腕までの動きを一つの流れとして連動させ、封炎剣の柄で言峰の肝臓をぶん殴る。「ヴァイパァァァァァ!!」会心の一撃。耳を劈く破裂音。しかし、それは黒い靄――右の肘によって辛うじて防がれていた。凝縮された黒い魔力で形成された薄い防御膜。ソルの攻撃を受け役目を終えたのか、視線の先で霧散していく。「消えろ」攻撃を防せがれたことで僅かに生まれたソルの隙を突く形で、言峰が全身から暗黒のオーラを放出。発生した闇色の衝撃波をもろに食らい吹き飛ばされた。大地に身体が叩き付けられる前に空中で体勢を整え着地に成功するが、折角詰めた間合いをあっさり離されてしまう。顔を上げたそこへ黒い靄の塊が濁流となって迫るので、クイーンがフォルトレスを発動してこれを防ぐ。(さっきから邪悪な気配振り撒きやがって……こいつ本当に神父か?)濁流が止み、フォルトレスを解除。灼熱地獄で地面は焼き焦げ、黒い汚濁で呪われたそこで二人は再び黙したまま睨み合っていると、ソルのサーヴァント達から報告が入る。<Oh hell><No way!><I`m bursted>どうやら凛達――向こうの状況は芳しくなく、劣勢を強いられているようだ。次々と撃破され数を減らしていくサーヴァント達。下級はほとんどが倒され、上級はギリギリ耐えているがもう持ちそうにない。この様子では凛、士郎、セイバーも撃破されるのは時間の問題だ。なるべく早く勝負を賭けた方が良い。言峰から視線を逸らさないまま、オルガンを操作する。倒されたサーヴァントを再召喚しても戦場に到着する前に凛達が殺される可能性がある以上、再召喚は下策だ。だったら、今現在蓄えられているマナ全てを三人がそれぞれ持っている凛の宝石――魔力受信装置に注ぎ込み、奇跡を起こしてもらうしかない。それから、こっちもこっちでいい加減にケリを着けてしまおう。――しゃあねぇな……とっておきだ。一つ深呼吸をしてから封炎剣を持つ左の手首を右手で握り締め、脇を締めるようにして両腕を下げる。ほんの数秒。僅かな時間だけで構わない。限定解除。封印していたギア本来の”力”。身体を構成する細胞全てが活性化に備えて歓喜に打ち震え、途方も無い”力”が溢れ出し、その余波でソルの周囲の地面が揺らぐ。「ドラゴンインストォォォォォォル!!」空を仰ぎ雄叫びを上げ、真紅の光が全細胞から解き放たれ、不可避の衝撃波となって言峰を襲った。「ぐお……!?」これまでとは異なった思わぬ攻撃手段にたじろぐ言峰の眼の前に、瞬間移動でもしたかの如き速さでソルが既に踏み込んでいる。ソルの右アッパーがクリティカルヒットし、言峰が仰け反った。左から右に封炎剣を薙ぎ払い、返し刀でもう一度右から左へ今より大きく斬り裂く。そのまま屈むのに合わせて封炎剣の刀身を地面に沈ませ、跳躍と共に斬り上げ。空中で身体を捻って踵落とし。足が地に着くと同時に右肩から左脇腹まで袈裟斬り。右のショートアッパーを腹の真ん中に突き刺し、『く』の字に折れて下がった頭部に左ストレートを叩き込む。「やれやれだぜ」突き出した左手に右手を添え、封炎剣の切っ先を下に向けてから両腕を一気に振り上げる。瞬間、紅蓮の大輪が咲き乱れた。炎に抱かれた衝撃で放物線を描く吹き飛ぶ言峰に完全なる追い討ちを掛ける為、前傾姿勢になって屈む。「こいつで、終いだ」全身に炎を纏う。その炎がソルの背中で一対の翼と一本の尻尾に形を成した時、獲物目掛けて跳躍。そして、巨大な火柱を従えた、天を昇る竜が如き最後の一撃が決まった。「最期に、何か言い残すことはあるか?」問いに対し、瀕死の言峰は咳き込んでから、ソルのことを忌々しそうに見上げ、蚊の鳴くような微かな声で吐き捨てた。「……聖杯戦争は突発的なトラブルが絶えないものだと理解していたつもりだが、まさか、これ程までに非常識なイレギュラーが出現し得るとは、予想だにしていなかった……」この言葉を受け、ソルは冷静に返す。「此処に今存在する俺が、この世界にとってのイレギュラーであることなんざハナッから分かってる。俺とお前が『同じ声を持つ』という因果で繋がってることもな」「奇妙な因果だ。その因果を絶つ為に私の命を断つ、といったところか」「ああ。凛と手を組んだのは、単なる利害の一致だ」眼を細めて言峰を見下ろすソルは、僅かに哀れむような眼をしていた。「……一目見て分かっちまった。その在り方があり得ねぇくらいに歪で、何処かで何かが狂ってて、人間として破綻してる」荒耶宗蓮を、ネロ・カオスを、そして言峰綺礼を初めて見た時に感じた、ソルの偽り無い本音。だからこそ不快だった。コイツは居てはいけない、と。存在そのものがどうしても許せず、殺意を覚えた。それは相手も同じで、お互い様であったが。「どういう経緯でそんな風になったかなんて知らねぇし、知りたくもねぇが、俺はそんなテメェらが死ぬ程気に食わねぇ」「私も、お前のような輩が気に食わない」視線に侮蔑を込め、口元に嘲笑を貼り付け、言峰が嗤う。「私にも、分かる。お前も私と同じ、自分自身に絶望したことがあるだろう?」「……」沈黙を肯定と受け取ったのか、言峰の言葉は続く。「それでも絶望していながら諦めず、救いが無いと分かっていながら光を求めて足掻き続けた……だというのに、そんなお前の”磨耗し切っていない眼”が酷く不愉快だ」「違うな。幸い俺には所々で救いがあった。なんだかんだで余計なお節介を焼いてくれる連中が居た。磨耗してるようで磨耗し切っていないのはそいつらのおかげだ」「私と同じでありながら、か?」「それも違う。似ているようで、俺達は全くの別物。根本的に何もかもが違う。とても近いが背中合わせで別の方向を向いている。それ故に見ているものも、目指すべきものも、進むべき道も違う。他のものより近いから似ていると感じても、それだけだ。俺達は永遠に互いを理解することはない」彼らがそうであったように、ソルも自分が人間として何処かおかしいという自覚はある。異常なまでに責任感が強く、何もかも一人で背負い込もうとしたりする点などは、アインに強く指摘された。誰かの為なら己のことなど一切顧みず命を惜しまない、救う者達の中に自身を勘定に入れない点も、やはり他者から見れば十分に異常なのだ。他者を救うことによって自分も救われたい、と心の中で無意識に考えている。贖罪と称しているが、赤の他人から見れば結局は全て自己満足。「……そうか。道理で不愉快な訳だ、反吐が出る程甘い半端者め」「だが、半端だったからこそ俺は俺自身を、俺の周囲に居る連中を好きになれた。ほんの少しだけ、許すことが出来た。そう考えれば甘っちょろい半端でいるのも悪くねぇ」言って、ソルは封炎剣を掲げると、太陽の如き輝きを放つ力を以って、言峰綺礼を浄化した。「あばよ。眠りな」そんな彼の背後で、境内から方から放たれた黄金に光る力の奔流が夜の世界を眩く染める。<どうやら終わったようですね>「ああ。俺のサーヴァントは全滅したし、凛達も無事とは言い難い状況らしいが、あっちはあっちで上手くいったみてぇだ」やるべきことは終わった。その証拠として、『ざらつき』が思考のノイズとなって頭痛にも似た痛みを生む。言峰を倒し、因果を断ち切ったからだろう。感覚が次第に鈍磨していき、転移が始まったことで身体が薄れていく。もうこれ以上はこの世界に留まれない。<折角仲良くなれたと思ったのですが>「構わん。縁があればいずれ会うことになるだろう」もしかしたら、魔術の才能溢れる少女が向こうから会いに来るかもしれない。万が一にでもそうなったら、今度はこちらが家族総出で歓迎してやろう。ソルが言峰達と『同じ声を持っている』という因果で繋がっていたように、同じ理由で凛もはやてと繋がっている可能性もあるので、一概にあり得ないとは言えないのだから。<しかし、そう考えると帰る為には因果を断ち切る必要があって、どちらか一方が死ななければならないことに――>「そうはならん」クイーンの杞憂をソルは不敵に笑い飛ばす。<その根拠は?>「荒耶宗蓮は俺が殺した訳でも無ぇのに転移を開始したからだ」<あ>間抜けな声を上げる胸元の愛機をデコピンで弾き、ゆっくり首を背後に巡らせた。更地となったそこには、息を荒げながら走ってくる三人の人影がこちらに近寄ってくる。……理由は分からないが、別に戦う必要は無いのだと思う。そもそも何が原因で転移し、どういう理屈でその世界に居続けることが許されるのか――強制されているのか分からないが、『同じ声』というのが鍵になっているのだろう。案外、ソルが考えているような因果関係とか実は全くこれっぽっちも関係無くて、今陥ってる状況は不幸と偶然が重なり合っているだけ、かもしれないのだ。普通に世界間での移動が可能となれば、普通の次元転移と同じ感覚で行き来することが出来るかもしれない……もしかしたら。出来ないことを嘆くのは詮の無いこと。出来るようになるかもしれない、という希望を持ってことに当たった方が何百倍も楽しい筈だ。そんな風に考えていると、ボロボロで酷い格好の三人が走りながら、それぞれ口を開いてソルを呼ぶ。「……じゃあな」呼び声に応じるように短く、静かに、一方的にそう告げて、彼は幻のようにこの世界から姿を消した。そして気が付いたら、道端でうつ伏せになって倒れていた。「ねぇ、そんな所で寝てたら風邪引くわよ」「……」後頭部にソルを心配するような言葉が若干呆れたような口調で降ってくる。が、そんなことはどうでもいい。逆にどうでもよくないことが二つある。それは――(シャマルと同じ声で、爺と同じ気配……)顔を上げれば金髪紅眼の美人がニコニコ顔でこちらを見下ろしているではないか。「大丈夫? 医者、呼んでこようか?」シャマルと同じの声を持つ金髪紅眼の美人は何が楽しいのか、見ているこっちも愉快になってくるくらいに眩しい笑顔を振り撒いていた。「おいアルクェイド、その人どうしたんだ?」と、金髪紅眼の美人の背後から若い男性の声が聞こえてきて、間も無く姿を現した。眼鏡を掛けた学ランの高校生。知らない声だったので内心で少し安心するソル。「あ、志貴。なんか行き倒れみたい」「ええ!? そりゃ大変だ。あの、大丈夫ですか?」「……ああ。疲労が溜まってるらしい。何処か休めるような場所はあるか?」本気で心配してくれる学ランの高校生が手を差し伸べてくれたので、無碍に出来ずその手を取って立ち上がる。それから現状に対していい加減うんざりしてきたので、マジで少し休む為に質問する。「ええと、喫茶店で良ければ丁度貴方の真後ろに」ソルの背後を指差す眼鏡の高校生。そこには『アーネンエルベ』と書かれた看板を掲げた喫茶店が存在していた。一見普通の喫茶店に見えるが、実は人外な連中が跳梁跋扈する、とてもソル向きなお店であることを、まだ彼は知らない。後書きタイプムーンの『カーニバル・ファンタズム』の発売に”ジョージ”て、調子こいて書いてしまいました。今回のお話はご存知の通り、中の人ネタです。型月作品では荒耶宗蓮、ネロ・カオス、言峰綺礼を、そしてギルティではソル=バッドガイを演じている中田譲治さんネタです。本当はもっとコメディ&ギャグ風にして、型月作品以外とのクロスも考えていたんですけど(たとえばヘルシングとかテイルズとかケロロとか)、荒耶宗蓮と対決する『空の境界』パートを書いて読み直してみると予期せぬシリアスな展開になっていたので、「もういいやこのままいけや」といった感じで他の作品の分を全部削り、凛との絡みを除いてほとんどシリアスになってしまいました。本当ならプロットの段階でもっとギャグでコメディにするつもりだったんですよ? ギロロとドロロの中の人ネタで、「自分と同じ声、カイと同じ声を持つ変な生き物が……」みたいに。ちなみに、ソルが帰ってくるとしたらハラオウン家に転移してきます。やはりこれも中の人ネタで。クロノの声は”あの男”の杉田智和さん、クロノの父にしてリンディの夫であるクライドの声はやっぱり中田譲治さん、という繋がりでね!いや、こんなん書いてる余裕あんだったらとっとと本編の続きUPしろよ、と我ながら思っていますが……どうも最近スランプ気味で。ただでさえ仕事が忙しくて執筆時間も取れないし……これ以上は愚痴と言い訳になるんで止めときます。三割くらいは書けてるんですけどね~。で、『カーニバル・ファンタズム』は初限を予約して、買って見て大笑い。やっぱり型月作品は面白いなぁ、と実感した今日この頃。次の更新こそはスーパーアインタイムとなりますんで、待ってる人は待っててください。ではまた次回!!