メガーヌの鼻先数cm手前で拳を突き出した状態のクイントが静かに言う。「大人しく武装を解除して。この距離ならいくらあなたでも動きようが無いでしょ?」何処か懇願にも似た口調に対し、召喚師は嘲笑い、口元を三日月のようにした。「クイントに”背徳の炎”……ふふ、真正面からまともに相手にすれば、どんな高位の魔導師でも敗北は必至。あなた達はそれ程までに直接的な戦闘能力に特化した魔導師だもの」妙な言い草に誰もが訝しみ、眉を顰める中、彼女は忍び笑いを漏らしながら続ける。「きっとあなた達はこういう風に敵と相対して負けたことなんて無いんでしょうね」具体的に何が言いたいのか意図が読めない。惑わせて隙を作ろうという魂胆だろうか?状況的には既に決着はついていた。未だに武装は解除していないが、抵抗するような素振りも見えない。この期に及んで何が狙いだ?警戒を緩めず、鋭い視線を向けたままでいると、メガーヌは呆れたように溜息を吐いた。「気付いてないみたいだから教えてあげる。今此処ら一帯はね、結界が張ってあるのよ」「結界ですって? どんな?」クイントは厳しい表情で首を傾げ、シグナムはザフィーラは黙したまま更に視線を鋭くさせる。問いを受け、メガーヌは小さな声で答えを示すように「解除」と呟く。刹那、三人の感覚が捉えたものは、現在地から離れた場所で発生している巨大な力の波動だ。しかも一つではない。此処から一番遠い場所――海の方でまず一つ。遥か下――恐らく地下水路にて二つ。そして此処からやや離れた場所に一つ。全てジュエルシードと思われる反応だ。「認識阻害の類か……!!」シグナムの渋面にメガーヌは肩を竦めるだけ。「だが、これがどうしたと言うのだ? ジュエルシードが強奪された時点でこうなることは予測済みだ」怯む様子を見せないザフィーラにメガーヌは再び嘲笑しながら指を弾き、パチンッという音と共に空間ディスプレイを表示した。「そう。なら、誰がいの一番に狙われるか予測済みだったのよね?」映し出されたのはリアルタイムで広域空間攻撃を行っているはやての姿。それを見たシグナムとザフィーラが眼の色を変える。「大出力の魔法を使ってる時って動けないのが普通。近くに護衛が居ない状態で、もし遠距離から狙撃でもされたらどうするのかしら?」「貴様っ!!」「ちっ!!」すっとぼけるようなことを言うメガーヌにシグナムが食って掛かろうとした瞬間、既にザフィーラは舌打ちを残し地を蹴って飛び立っていた。馬鹿が、と己を罵倒したい気分でザフィーラは全速力を以ってはやての元へと急ぐ。敵は初めからこれが狙いだったのだ。今回の一件は、レリックと保護した子どもを目的に見せかけただけの囮で、その本質ははやての殺害だ。少し考えれば分かる筈だった。”背徳の炎”を相手に正面から挑めば力押しで潰されるのは目に見えている。ならば、搦め手を用いて正面から挑まず死角や遠距離から襲えばいい。ガジェットを大量投入すれば、こちらは自ずとはやてのような殲滅魔法を得意とする者を投入する確立が高くなる。そういう風に思考誘導してしまえば、後は出てきた所を狙い打てばいいだけのこと。いくら自分達でも遠距離から狙撃されてしまえばまともに防ぐことは難しい。それがジュエルシードのようなロストロギアで強化された代物であれば尚更に。気付くことは出来ても、避けられないかもしれない。防御が間に合ったとしても、完全に防ぎ切れるものではないかもしれない。そして、殲滅魔法に集中しているはやての場合、避けるどころか防ぐことすら出来ない可能性が高い。固定砲台としての側面が強い彼女は格好の的となる。現に、彼女は動かずガジェットを処理することに意識を割いているからだ。無防備なタイミングを狙われているとしたら、どうしようもない。「主はやて、応答してください!! お願いです、応答してください!!」絶叫しながら念話を繋ごうと試みるが、ジャミングが酷く繋がらない。明らかに通信妨害されている。「ソル、アイン、ヴィータ、なのは、フェイト!! ……くそ、誰でもいい!! 応えてくれ、頼む!!」大空にザフィーラの声が虚しく響く。「主はやてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」考え得る中での最悪が現実となる場合を想定して、ザフィーラは覚悟を決めた。はやての姿を映していたモニターが突然砂嵐になると同時に、懐かしい力の波動を知覚する。「ジュエルシードの反応を複数確認しました!」報告してきたシャーリーの声が切迫していた。「位置を出せ」「海上に一つ、地下水路に二つ、廃棄区画の奥に一つです。今マップに出します」ソルの低い声にアルトが応じると、空間モニターにジュエルシードの位置が青い光点で表示される。「……」モニターに表れた情報に鋭い眼を細め、彼は忌々しげに眉根を寄せつつ手元のコンソールを叩き、味方の現在地と照らし合わせた。地下水路の二つはヴィータと同じ位置にある。廃棄区画の一つはなのはと近い。恐らくこの三つのジュエルシードはそれぞれ戦闘中なのだろう。だが、海上の奴はどうだ? 確かに位置ははやてと近いが、直接戦闘するような距離ではない。ジュエルシードからはやてまでの距離は約1000。この距離に一体何の意味がある?これだけの距離があるのならば、はやてへの命令一つでジュエルシード諸共纏めて連中を屠ることも可能だというのに。はやては広域殲滅型の魔導師だ。中途半端な距離で相対すれば大規模魔法でその範囲内ごと吹き飛ばされる。彼女を相手にする場合は、距離を取らず一気に接近して格闘に持ち込んだ方がいい。そんなことなど敵は百も承知だろう。しかし、敵は未だに動こうともせず、ただそこに居座っている。近付こうともしなければ離れようともしない。違和感を拭えない。「はやて」通信を繋ぐが、彼女は応答しなかった。「?」怪訝に思って念話を繋ごうとするが、通信と同様に繋がらない。「……クソがっ!!」確かめるまでもなく、ジャミングされていると理解した。先程の映像が消えたものこれが原因だろう。ソルが激昂するかの如く声を張り上げコンソールに拳を叩きつける。彼が突然キレたことに全員が身体をビクリと震わせ、動きを止めて恐る恐る彼の顔を窺うが、そんなことなど気にも留めず首から下げたクイーンを手に取っていくつか命令を実行させた。しかし、クイーンは無慈悲に<通信不能>と返すだけ。「落ち着け。もしこれが敵による巧妙な罠だとしても、主はやては我らと共に数多の戦場を駆け抜けてきた。この事態に気が付いていないとは思えん」諭すように、アインがコンソールに叩きつけられたソルの拳に手を重ねる。「殺られる前に殺れ、そう教えたのはお前だろう? この状況ならばガジェットの掃除を一時中断し、攻撃目標をジュエルシードの反応に変更することだろう」「……」応えぬまま心を落ち着けようとすると、アインの言葉を汲み取るようにはやての放った膨大な魔力がジュエルシードの反応に向かっていくのを感じ取った。そして、数秒も経たない内にジュエルシードの反応は消えてしまう。恐らく完全に殲滅されたのだと思われる。……杞憂に終わったか。皆がそう思い、安堵の吐息を零した。ビー、ビー、ビー!!その時だ。けたたましい警報が室内に鳴り響き、<ジュエルシードの反応と同時に次元震の反応を捕捉>誰よりも早くクイーンの冷静な声が事態を説明する。「どういうことだ?」珍しく焦るような口調のソルにルキノが彼以上に焦った声で返す。「それが、新たにジュエルシードの反応があったみたいです!! 場所は今はやてさんが消し飛ばしたものとは逆方面で、今度は次元震が発生している程強く!!」「距離は、さっきよりも近い!? はやてさんの背後を取る形で約500!! 同時に高エネルギー反応、ランクはS、S+、え? 嘘!? どんどん上昇していきます!! 現在SS+を超えました、まだ上がります!!」「このままじゃはやてさんがっ!!」ルキノに続いて報告を上げるシャーリーの顔がどんどん蒼褪めていき、アルトが泣きそうな顔になってソルに振り返った。「ちっ、さっきの反応は罠か……道理であっさり片付いた訳だぜ!!」言われるまでもない、とばかりにソルはクイーンに命じてはやての元へ転移法術を発動させようとしたが、<座標の特定が出来ません>「何だと!?」返ってきたのは無慈悲な実行不能の言葉。<原因は不明ですが、転移先の座標が特定出来ません>繰り返されるクイーンの言葉がソルの頭を混乱させる。転送魔法が使えないのなら納得出来る。次元震が発生しているのであれば、転送系は危険で使えないのだろう。だが、クイーンは座標が特定出来ないと言った。つまり転移法術が使えない訳では無い。なら、座標が特定出来ないとはどういうことだ?……まさか、今はやてが居る海上、もしくは廃棄区画をも含めた戦闘域その一帯が何らかの手段によって異空間に変えられている?「こちらもダメだ! 主はやての座標が確認出来ん!!」隣でアインが絶望に染まった表情で口元を両手で覆うのを横目で確認しつつ、高速で思考を巡らせた。(結界で座標が特定されないように空間と空間の位相がズラされてる? ……それだけじゃねぇ、巧妙にそのことを隠してやがる。結界と認識阻害、ジャミングに偽の反応を加えた四重トラップか……!!)普通なら次元震で十分な筈なのに、此処までするのか!? 敵の用意周到さに心から腹が立つ。余程自分達は警戒されているらしい。法力を知られていないことが最大のアドバンテージだというのに、奴らが取った手段は意図せずして法力が使えない状況を作り出している。ジュエルシードの力の一端なのか、結界内の味方の正確な位置が掴めない。結界の中は位相がズレていて、現実世界では確実にそこに『居る筈なのに居ない』。この場で誰一人として座標が特定出来ない原因にいち早く気付いたソルは、混乱の中一人冷静さを取り戻し、苛立つ心を鉄の意志で無理やり捻じ伏せ、瞼を閉じ意識を集中し、はやての『存在』を探る。その上で座標を特定し、今度こそ転移する。探るとは言っても、物理的な意味での位置を探るのではない。はやてという存在を包括した魂の在り処を、ギア消失事件の際に手にした”バックヤードの力”を用いて見つけ出すのだ。見つけることさえ出来れば、後はそこへすぐさま転移すればいい。が、そう上手くいくものでもなく、既に手遅れだった。何故なら、ソルがオルガンを起動させ脳裏に大規模なマップを描き出したその瞬間には、ジュエルシードから発生した膨大なエネルギーが明確な殺意となってはやてに襲い掛かっていたからだ。「はやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」間に合わない、そう悟ったソルが慟哭する。この時、二つの心と心が重なり合い、想いと想いが一つとなり、魂と魂が繋がった。はやてに出会う前までの主とは、ザフィーラにとって『道具』である自分達をその通りに扱う『持ち主』でしかなかった。自分を含めたヴォルケンリッターは、戦う道具でしかない。夜天の魔導書――闇の書は、主の私利私欲の為に使われるデバイス。そして、自分は書の機能の一部。主の命に従い戦うのは、その為に作り出されたシステムだから。何十年、何百年と繰り返される時間の中で、そういう風に自分を納得させて戦い続けていた。他の皆も自分と同様に。しかし、十年前に覚醒した今代の主、八神はやてはこれまで出会ったことのないタイプの人間だった。年端もいかない、欲らしい欲と言えば一緒に暮らしてくれる家族が欲しいと訴える程度の、寂しい日々を送ってきた、無垢なる少女。その少女が与えてくれたものは、かつて味わったことなどない人間の温もり。戦う道具としての日々から一転、人間として、少女の家族として暮らす日々。一緒に過ごすことによって、少しずつ少しずつ”人間”になっていく自分達。それまで主の『道具』として戦ってきた辛い過去が、報われた気がした。自分達はきっとこの少女と出会う為に生まれたのだ、と考えてしまうくらいに幸せで。だからこそザフィーラは、はやてのことを心から敬愛を込めて『主はやて』と呼んだ。最後の夜天の王、と胸を張って名乗るはやてが誇らしく、そんな彼女に仕える自分も、仲間達も同様に誇らしい。主はやてに仕える夜天の魔導書、守護騎士ヴォルケンリッター、盾の守護獣ザフィーラ。それが彼の存在意義。そして、彼女を守る為ならば己の命など顧みない、という覚悟を示す時がどうやらやってきたらしい。世界が色を変える、否、ザフィーラの意識が現実世界から”真紅の世界”へと移行したのだ。視線の先には、あの黒いヒトガタと謎のオブジェが存在していた。両の刃の部分だけが白く、刀身が赤く、切っ先が四角い剣が聳え立つ。その手前の黒いヒトガタは赤い台座の上で頭を垂れ、跪き、両手を歯車で拘束されている。台座を挟むようにして音も無くゆっくりと回り続ける、左右対称の大きな歯車。更に歯車を両脇から支えるようにして設置された、チムニーのようなもの。これもまた巨大で、大の大人よりも大きい。「此処に来るのは、もう何度目になる?」今から丁度一年程前、初めて来た時はただ戸惑うだけ。二度目は確か半年よりも少し前だったか。その時に初めて此処が何処で、眼の前のオブジェとヒトガタが何なのか理解した。それ以来、幾度となく繰り返すように気付けば此処に居て、その副次的な要素のおかげで法力の理解度が高まり、いつの間にか複合魔法を使いこなせるようになった。そして今は、力を得る為に自らの意志で此処に居る。――いや、今回も眼の前のこれに……お前に召喚されたとも言うな。此処に来た時点でザフィーラの姿は人間形態から狼形態に変わっているが、そのことに気にする様子も無く、彼は悠然と眼の前のオブジェとヒトガタに近付いた。『お手』をすれば届く距離になると止まり、その場で『お座り』し、口を開く。「お前は、俺個人の勝手な行動でこうなってしまったことを怒るかもしれん」ヒトガタは応えない。「だが、俺にはお前の力が必要だ。主はやてを、皆を守る為に」語りかけるザフィーラに対し、ヒトガタとオブジェは無言のままただそこに座すだけ。それでもザフィーラは友人に語りかけるような親しさで言葉を紡いだ。「……納得は出来なくても、お前ならこの想いを理解してくれるだろう? 俺とお前が同じ想いを抱いているから、此処に何度も呼び出したのだろう?」――それ程までに、俺のことを信頼してくれているのだろう?「頼む、お前の力を貸してくれ……とうに覚悟は出来ている」前足を伸ばし、台座に触れる。「この命を代価として捧げよう。それがどういう意味なのかよく理解している。その上で、力を貸して欲しい……お前と契約しよう」言葉に反応して、眼の前の黒いヒトガタとオブジェが赤い光を放ち輝き始めた。その光はザフィーラの全身を包み込む。毛の一本一本に至るまで、余す所無く、蒼き狼の身体が真紅へと染まっていく。真紅の光が全身に行き渡ると、今度は紅蓮の炎となってその身を焼く。身も心も、魂さえも焼き尽くしてしまう紅蓮の炎に抱かれる感触を心地良いと感じながら、微動だにせず、ただ待つ。その間に様々なことを理解する。情報の波が炎に焼かれれば焼かれる程流れ込んできた。魔力供給と擬似ドラゴンインストールが持つ真の意味、自身がこれから成る存在の意義と定義、などといった事柄が脳に、記憶に、心に、魂に刻み込まれていく。やがて炎が消える。「感謝する、我が友よ……これからはマスターと呼ぶべきか」ザフィーラは立ち上がり、踵を返すとヒトガタとオブジェに背を向けた。その姿はいつものザフィーラだ。だが、見た目がいつも通りでも、既に存在そのものが変わってしまっている。夜天の魔導書のヴォルケンリッターだったザフィーラは、もう居ない。その証拠として、これまでザフィーラの中にあったはやてとの魔力・精神リンクは完全に消失し、代わりに黒いヒトガタとオブジェとの繋がりを強く感じる。しかし、それでも別に構わなかった。命に代えてもはやてを守ることが彼にとっての存在意義であり、騎士としての誇りでもあるのだ。それにザフィーラにとってはやてが主である、という事実が消える訳でも無い。はやては彼が初めて、自分の意志で仕える、と心に決めた相手なのだから。契約は終えた。ならば、後はこの身をはやての傍に召喚するのみ。場所は既に掴んでいる。はやての魂の在り処を探るなど、今のザフィーラには造作もない。眼前に、蝶の羽ように美しい紋様で描かれた”ゲート”が出現した。契約して手に入れたこの力で大切な家族を守る為に、彼は真紅の世界を後にし、現実世界に己の存在を召喚する。「……魂との契約に従い、マスターの”想い”を守り抜く」――愛する人を守る。この力は、ただその為に。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat24 Shift目測で恐らく半径200くらいだろうか? 計算が正しければそのくらいの範囲なのだが、視界には鮮やかな青で彩られた巨大な魔力爆発が発生していた。ターゲットである八神はやてを中心にして球状に拡散した青い魔力は、その余波だけでとてつもない衝撃波を生み出して周囲の雲を瞬く間に吹き飛ばし、空間そのものを消滅させる破壊力を以って範囲内を無慈悲に蹂躙していた。直撃、直撃だ。たとえ圧倒的な戦闘能力を有する魔導師だろうと、歩くロストロギアと呼ばれる輩であろうと、この一撃を食らって生き延びる可能性は無い。もしこれをまともに食らって生きているのが存在するとすれば、そいつは正真正銘の化け物だ。「ど~? クアットロ様の完璧な計画」「黙って。今命中確認中」上機嫌のクアットロに比べ、ディエチは興奮もせず冷静に返すだけ。そんな妹の反応に思わず吹き出してしまい、続けて高笑いをする。「ぶっっ、あああーーっはははははははははははははっ!! 確認なんてするまでもないわ!! 範囲内に存在するもの全てを塵一つ残さず消し去る砲撃を受けて、生きてる訳無いじゃない!! ジュエルシードで強化したディエチちゃんが放った最大火力の砲撃が直撃よ!? 街の一つや二つが簡単に消し飛ぶ威力の代物よ!?」可笑しくて堪らないと腹を抱えて尚も笑い続けるクアットロに、ディエチは呆れていながら彼女の言うことに納得するような笑みを作った。計画は上手くいった。二つのジュエルシードを用いて”背徳の炎”を欺き、八神はやてを撃墜することに成功したのだ。筋書きはこうだ。まずジュエルシードを利用したクアットロが、より強化された自身のIS――シルバーカーテンを用いて自分達の姿を消す。それから予め攻撃されることを踏まえたダミーを用意しておく。”背徳の炎”の意識をガジェットにあえて集中させる為に大量に用意し、更にシルバーカーテンで増やす。次に、結界と認識阻害とジャミングを準備し、徹底して相手の機器や感覚、通信や転送の類を妨害。これはクアットロ一人だけではなく、メガーヌとの共同作業でもあった。ダミーから偽のジュエルシードの反応を発生させ、相手側の勘違いを誘い、あたかも八神はやてを狙って攻撃するように見せ掛ける。そして、偽の反応に八神はやてが対処した直後の隙を、ディエチが現段階の最大出力――次元震が発生するレベル――で狙い撃つ。結果はご覧の通り。眼前には何かの冗談だと現実逃避をしたくなるような、大きな大きな青い宝石にも似た魔力爆発が空間に鎮座していた。この青い光は全てを無に還す破壊の光。触れればどんなものでも一瞬で蒸発するだろう。そんな馬鹿げた破壊の中枢に居て、存在出来るものなど無い。おまけに空間が歪んでいて、魔力爆発の中心は非常に不安定。存在出来ていたとしても次元の狭間に放り込まれ、どちらにせよ死が待っている筈だ。「この調子でいけば、他の連中もあっさり片付けられるかしらぁ?」「トーレ姉は納得しないと思うけどね」姉が鼻歌交じりにのたまい、妹が肩を竦めると、青い魔力爆発が急速に収まっていく。巨大な破壊の渦の塊である青い球体が、見る見る内にその大きさを縮めている。爆発にしては長い時間も、どうやら漸く終わるらしい。「ディエチちゃん、何も残ってないのを確認したらさっさとズラかりましょう。目的は達したから長居は無用だわ」「了解。他の皆にも撤退するように指示を……」クアットロの声にディエチが応じようとして、何故か彼女は途中で言葉を止めてしまった。「ディエチちゃん?」そんな妹の態度に不審なものを感じたクアットロが、ディエチの視線を先を追って、先程まで気持ち悪いくらいに口元を緩ませていた表情を凍りつかせる。「……う、うそ……どう、やって……」二人の視線の先には、何も存在することが許されないそこには、紅蓮の炎が存在していたからだ。青い光が自身を呑み込まんと迫っていたのを眼にして、はやては己の死を覚悟した。フルドライブ状態ではなかったとは言え、ほぼ全力を注ぎ込んだ大規模空間攻撃を行った後では、殲滅系魔法を連発していた疲弊もあり、回避することは叶わず、防御に徹するより他は無かった。初めて体感するジュエルシードの膨大な魔力に気圧され、反応が遅れてしまったのだ。何より驚いたのが砲撃の大きさ。こちらに砲撃が接近するにつれて、その青い光が冗談のように大きくなっていき、超高速で迫ってきていたので、早々に回避は無理だと悟る。今更フルドライブを使い全身全霊で防御を張っても絶対に防げない、それくらい途方も無い強大さを秘めた攻撃だったから。それでも最後まで抗い続けることを決めた彼女は、自分に戦うことを教えてくれた男の往生際の悪さを思い出し、防御壁を構築。もしかしたら生き延びることが出来るかもしれない、という風に希望を捨てずに。諦めんな、絶望なんて捨てろ、何が何でも生き延びろ、昔口を酸っぱくして自分に言ってくれたソルの想いに少しでも報いる為に。そして――突如、真紅の光が眼前に生まれはやての眼を灼き、紅蓮の炎が防御壁ごと包み込み、ほぼ同時に見慣れた男性の後姿が見えたのは次の瞬間だった。「クリムゾン、ジャケット!」獣の咆哮にも似た、否、それはまさしく獣の咆哮だ――が耳朶を叩き、男性の服装を、十年前に自分がデザインして与えた騎士甲冑姿を、言葉の通り紅蓮の炎によって染め上げていく。その足元に浮かぶのは魔法陣に非ず。小さな火をいくつも描いて太陽の形に模した――日輪を象徴とした、火属性を意味する法術陣。脳がそこまで現状を把握すると共に、青い閃光が轟音を伴ってはやてを庇う男に叩きつけられる。「ぐっ!!」零れる苦悶の声が、どれだけ強い重圧を受けているのか容易に理解出来た。蹂躙する青い破壊の光と、紅き守護の炎。どんなに贔屓目に見ても後者が圧倒的に押されていて、明らかに分が悪く、もう幾許も持ち堪えられそうにない筈なのに。だが、彼はそんなことでは退かない。退く訳が無い。退く訳にはいかないのだ。彼は背負っていた。その後姿には気高き誇りと、並々ならぬ覚悟が垣間見えた。防御の為に前方に突き出した両腕が圧力に耐え切れず、手甲にヒビが入り砕け散り、皮膚に裂傷が走り血が迸ったが、彼は怯まない。「たとえこの身体が朽ち果てようと」まるで呪文のように紡がれていく言葉は、自分自身を鼓舞しているかのようだ。「必ず守ってみせる」それは強い”想い”。「必ずだ……そうだろ? マスター!!」”想い”に呼応するように炎がより強く燃え盛り、美しい真紅の光が輝きを増す。「我は盾」法力が12法階を超え、「盾の守護獣にして、装甲の兵、ザフィーラ」彼の存在そのものを最適化させていき、「……『俺達』の炎は、この程度には屈しないっ!!」魂を具現化させる”バックヤードの力”がその真価を発揮する。遠くて肉眼では確認出来ないが、砲撃手の方角に向かって鋭い視線を飛ばすと、こちらの闘志に怯んだのか敵意が慌てるように遠ざかっていく。それを感じ取り、ザフィーラは安堵の溜息を吐く。個人的な感情で言えばこのまま追撃してやりたいところだが、急拵えで無茶な調律による召喚をした所為でマスターに多大な負荷が掛かってしまっている。これ以上の戦闘は避け、はやてを連れて撤退した方が良い。結果的に見て攻撃を防ぎ切ったが、彼自身無傷という訳では無い。両腕はズタズタで、暫く使い物にならない。加えて、初めて行使した新しい自分自身とその力のおかげで、召喚した肉体が消滅寸前だった。現状を維持するだけでも難しい。ゆっくりと振り返り、法術陣の上に片膝をつき、はやてに対して頭を垂れる。「主はやて、一つあなたに謝らせてください」「……」はやては何も返さない。というより、何が起こったのか理解が及ばず反応しようにも出来ないのだろう。呆けたような表情を浮かべて、ザフィーラの後頭部をじっと見るだけ。「私はあなたを守る為に、あなたの騎士であることを辞めました……申し訳ございません」それでも主が知らぬ裏で動いていたような後ろめたさがあり、胸が痛む。闇の書事件の際に、自分達の勝手な判断で魔力を蒐集していた時よりも心苦しい。心残りが無かった訳では無い。大切な主との関係をこちらから一方的に切ってしまう行為が辛くない訳が無い。だが、ザフィーラにはこれしか方法が思いつかなかった。顔を上げると、自分を見下ろすはやての顔がやけにぼやけて見える。この時になって漸くザフィーラは自分が泣いていることに気付く。「ですが、心の中では、主はやてはいつまでも主です」「……ザフィーラ」ザフィーラの言動と涙を零す理由、それと二人の間に確かに存在していた魔力・精神リンクが消失していることから全てを察したはやてが、悲しげに眼を細めた。それでも、彼女は責めたり問い詰めることもせず、小さく首を横に振る。「謝ることやない。どういうことなのかよく分からんけど、ザフィーラは私を守ろうとしてくれたんやろ? それやったら、私が言わなアカンのはこれだけや」シュベルトクロイツと夜天の魔導書を手放し、両手で彼の頬を優しく挟み、彼と同じように瞳に涙を浮かべると、万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。「おおきに……ありがとうな、ザフィーラ」此処に、一つの主従関係が――実質的に――終わりを告げた。「良かった、無事で……本当に良かった」ジャミングが解けことによりモニターが復活し、それによってはやての無事を確認したアインが鼻を啜る隣で、「……っ」糸が切れたマリオネットのように力無く倒れるソル。はやての無事に誰もが張っていた気を緩めた瞬間を狙ったようなタイミング。度重なる驚愕的事実に室内のオペレーター陣は限界が近付いたのか、シャーリー、ルキノ、アルトの三人は揃って「きゃーーーーっ!!」と悲鳴を上げた。「ソルさん!?」「ソル!! 急にどうした!? おい、しっかりしろ!!」顔を真っ青にしたグリフィスが駆け寄り、アインが血相を変えてソルの上体を抱き起こす。「……喚くな、鬱陶しい」なんでもない、と訴える声は普段のそれと比べて弱々しく、余裕らしい余裕も窺えない。何処からどう見ても、誰がどう見ても、明らかに衰弱し切っている彼の姿に、アインを除いた皆は信じられないものを見たとばかりに眼を大きく瞠る。そんな中、アインは一人腕の中のソルから視線を外し、モニターに映るザフィーラに眼を向けて、あることに気付く。(この感覚……意識が包括されていく。ソウルシンカー? ザフィーラの肉体が12法階を超えて最適化されている……まさか!!)この現象に心当たりがあった。十年前に転写したソルの記憶。百年以上もある戦いの記憶。その中でも後半にあたる聖戦終結から数年後の、特に印象的な戦い――”ギア消失事件”でだ。当時の実際にあったことが脳裏に蘇る。――『オイの力を貸すっちゃ、気をしっかり持ちぃや? 普段使わないアンさんの力を解放すっちゃに』――≪Here I am,sir.≫――『これは……召喚術? いや、法力が12法階を超えて最適化されている。召喚されているのはこっちか!』――『ん~、オイは詳しかちゅうこつわがんねが、そやアンタの『サーヴァント』さ。アンさんの法力を戦闘向きに具体化したっちゃよ』――『かぁ……なんてアヴァンギャルドなフォルムなんだ』イズナの手解きを受け、ソルが初めて”バックヤードの力”を行使し召喚したザ・ドリルを使役してウィズエルを撃退した後、酷く疲弊した様子だった。あの時の姿と、今の倒れた姿が酷似する。いや、むしろ今の方が昔よりも疲れ具合が酷い。(そうか……ザフィーラ、それがお前の、主はやてを守る為に出した答えなのだな?)紅蓮の炎を纏い、真紅の光を放つ彼の姿に、最早疑問の余地は許されない。サーヴァントを召喚する為には『マナ』と呼ばれるエネルギーが必要だ。マナとは生命が持つ根源的な力。魔力とはまた別種のエネルギー。生き物が持つ魂の力、とも言い換えていい。これの一個人で持ち得る総量はそう多くない。不老不死のギアであるソルでさえ例外ではなく、彼のマナ保有量とて下級兵を数体召喚するのが関の山。おまけに、召喚する前に契約する必要があり、その契約にもまたマナを消費するという非常に燃費が悪い側面がある。本来ならば、戦場となる土地から少しずつマナを汲み上げて、こつこつ集めて溜まったそれを無駄遣いせず消費する筈なのだが……(この衰弱の仕方、はっきり言って度が過ぎている……ザフィーラは契約と召喚にどれ程のマナをソルから使ったのだ? 明らかに限界を超えているではないか!!)ソルは何故それを許容した? こうなることなど、お前が一番よく分かっている筈ではないか?それとも、それぐらいマナを消費しなければ、先の砲撃からはやてを守ることは出来なかったのか?「ア、アイン……」蚊の鳴くような声にアインは思考を一時捨て置き、安心させるように抱き締める力を強めた。「大丈夫だ、私は此処に居る、しっかりしろ……グリフィス、すまないが医務室で待機しているユーノとアルフを呼んでくれ」「了解しました!」病気でも怪我でもないマナの枯渇に、現代医療と治癒系魔法・法術がどれ程効果があるか不明だ。しかし何もしないよりは遥かにマシ、と結論付けてユーノ達を呼ぶように指示するが、ソルはそれを拒否するようにゆっくりと首を横に振る。「俺を、なのはの所へ、連れて行け」「息も絶え絶えで今にも死にそうな顔をしているというのに、何を言い出すんだ?」碌に戦闘が出来ないどころか一人で立つことすら不可能な癖に、「……なのはが、やべぇ」彼は、いつだって自分のことを顧みず、「なのはが、俺を待ってる」愛する者達の為なら己の命を惜しまない。「オルガンで、分かった……なのはの状態は、急がないと手遅れになる」「……」「だから、俺を連れて行け……座標なら、オルガンでもう調べてある、クイーンにも送信済みだ……」彼の必死な姿にアインの表情は沈痛に歪む。こんな状態のソルを連れて行っても何の役にも立たない。それは試すまでもない、厳然たる事実だ。これがマナの枯渇ではなく魔力の枯渇であれば、ギアの身体能力にものを言わせた戦闘なら可能で、そもそも此処まで衰弱しない。が、マナとは命そのものと言っても過言ではないエネルギー。それが限界を超えて消費してしまったということは、命の危機に瀕していると同義語だ。つまり、これ以上マナを消費するようなことがあればソルは死ぬ。そんな事実を、アインが許容出来る訳が無い。他の皆もそうだろう。だが――「分かった……お前の意思は私の意思だ。なのはの元へ連れて行けと言うのなら連れて行く」この男が人の忠告を聞いて大人しくしているようなタマではないことも、アインはよく理解していた。他者の制止の声に耳など貸さず、いつだって己の信念を貫いて戦ってきた男だ。今更自分の忠告に耳を傾けるとは思えない。――そして、そんなソルだからこそ、自分も、他の皆も慕っていて、だからこそ彼を支えたいと思っているのだ。「しかし、条件がある。マナが枯渇している今のお前は全く使い物にならん、はっきり言って足手纏いだ。これを踏まえた上で、現場では私の指示に従ってもらうぞ」眼で『いいな?』と問えば、自分の状態は誰よりも理解しているからそのつもりだ、と彼は素直に小さく頷く。「それと、自分の足で歩けもしない輩を現場に出すつもりは無い。かと言ってお前のマナの回復がどれ程時間が掛かるか分からんし、マスターゴーストを顕現してゴーストを支配する時間も無い」言いながら彼女は、黒いスーツの下に着ているYシャツの襟部分を力任せに引っ張って引き千切った。ボタンがいくつか飛ぶと、白磁のように白くて美しく、それでいて健康的で艶かしい女の首筋が曝け出される。「だから、なのはの元へ転移する前に、ほんの少しでもいいから、私のことを喰え……いいな?」真剣な表情ではあるが、やはり人前では若干羞恥心があるのか、頬を染めつつアインは条件を突き出すのであった。一言後書き……にすらなれていない茶番QB「ボクと契約して魔法少女になってよ」ソル「……死ね」632146+S→P→K→S→HS→D→K→S→632146+HS デストローイ