今日も今日とて訓練、訓練。Dust Strikersが誇る模擬戦専用の訓練スペース。最新技術に加えて銀縁眼鏡白衣ドS火炎放射器な元科学者が余計な手を加えてオーバーテクノロジーの塊と化したそこは、例によって例の如く火の海になっていた。模擬戦するからこその火の海であり、火の海があるからこそ誰もが一目で『ああ、模擬戦してるんだ』と分かる光景。傍から見れば核の炎に包まれた世紀末の荒廃した世界かもしれないが、突っ込んではいけない。どれだけ暴れてもスイッチ一つ押すだけで目を覆いたくなる惨状が元通りになる。破壊魔の集まりである此処の連中にとっては実に素晴らしきストレス発散出来る――訓練場だ。本日のシチュエーションは市街地戦。想定しているのはクラナガンのような都市部での戦闘。乱立する建築物は高所と狭所を生み、障害物や遮蔽物も多く、車線の多い道路は広い。自分の適性や得意分野、敵に合わせて戦法と場所を選べるこれは、実力の面だけではなく判断力や思考力が試される。だが、いくら頭を使って戦っても、どうにもならない実力差というのは存在するもので。「ぐはぁっ!!」吐血するような悲鳴がティアナに聞こえた刹那、視界の先でエリオが火達磨になって吹き飛ばされ、ボールのように何度もバウンドしながら足元にまで転がってきた。「エリオ!?」「倒れる時は、前のめり……」悔しそうに一言呟いて膝をガクガクさせながらどうにかこうにか立ち上がり、言った通り本当に前のめりに倒れてエリオはそのまま意識を失ってしまう。(今の……何か意味があったのかしら?)仰向けに倒れていたのをわざわざ立ち上がってからうつ伏せに倒れ直す、という行為をやって見せたエリオに疑問を抱かざるを得ない。「残ったのはお前だけだぜ、ティアナ」ゴキリゴキリ、と首を回し音を鳴らしながら、ソルが火の海の中を悠然と歩いてくるのを見て、ティアナは歯噛みする。ソルの言葉を確認するように視線を巡らす。目測20m程度離れた場所ではギンガがクレーターの中心で仰向けになって倒れていて、その付近にあるビルの壁面にはスバルが埋まっていた。二人とも意識は無い。ちなみにスバルが埋まっているビルの近くにある瓦礫の山の上にはツヴァイとキャロとフリードが倒れていて、ピクリとも動かない。「模擬戦を開始して十分か。持った方だな」時間を確認しながら感心したような口調でそう言うソルにクロスミラージュの銃口を向け、引き金を躊躇無く引く。魔力光によるマズルフラッシュと共に、銃口から吐き出された魔弾が寸分の狂いも無くソルの心臓目掛けて飛んでいくが、半身になるだけであっさり避けられた。「クロスファイア、シュートッ!!」初めから避けられることを想定していたのかティアナは気にしない。カートリッジの二発をロードし、空薬莢を吐き出させてからクロスミラージュをツーハンズモードに切り替え、魔法を発動させる。構成された術式に従って彼女の周囲に生成された十数個の魔力弾の一斉掃射。自身に襲い掛かってくる十数個の魔力弾に対し、ソルは素早い動きで屈み込む。否、屈み込むというよりも地面にうつ伏せになると表現した方が良いかもしれない。とにかく地に這うような低い姿勢になると、その状態で炎を全身に纏わせ、魔力弾の群れを掻い潜りながら、地面を抉るような勢いととんでもない速度で突っ込んでくる。下段から熱とプレッシャーの塊が牙を剥く。冷や汗を垂らし慌ててバックステップした瞬間に、今立っていたそこへ封炎剣を持ったままソルがボディブローを放つ。拳が空を切る音がとてつもなく大きく、それが破壊力を物語る。ボディブローは空振りで終わり、なんとか交わすことに成功するがティアナの表情は渋面だ。誘導弾を操作する間も無く一瞬で間合いを詰められてしまった。しかもかなりあっさりと。おまけにこの距離はソルが最も得意とする接近戦。更に言えば射撃型のティアナにとって最も苦手とする距離。距離を取るか迎え撃つか逡巡しているとソルが封炎剣を薙ぎ払ってきた。アタシの馬鹿!! と胸中で罵りながら跳躍するように後方へ退がり難を逃れる。すぐ近くで聞こえた炎を纏った大剣が空気を焼き斬る音にビビリつつ、クロスミラージュをダガーモードに切り替え、二丁拳銃から双剣へと形を成したデバイスを構え直す。此処は一旦退くべきだ、この距離じゃ勝負にならない、パワーが違い過ぎる、死ぬ、と冷静な自分が指摘してくるが、そんなものは全て黙殺してティアナは自らソルに向かって踏み込んだ。退いて何になる? また距離を詰められるだけだ。距離をどれだけ取ろうと、どんなに遠距離から攻撃をしようと無駄に終わる。距離を潰し怒涛のラッシュで相手に何もさせずに倒す、という必殺のパターンに持ち込むのがソルは異常に上手い。最終的には接近戦を強いられる。ならば逃げるのではなく自分から立ち向かい、彼に自ら後退させればいい。「はああああああっ!!」自らを鼓舞するように雄叫びを上げ、吶喊。右で袈裟斬り、もう一歩大胆に踏み込み腰を入れて左で逆袈裟に斬り上げ、そのまま勢い逆らわずくるりと一回転し遠心力を乗せて右の払い斬り。碌に教わっていないので当たり前だがほぼ自己流。かつてソルがクロスミラージュの性能テストをしていた光景を脳裏に描きながらただひたすら双剣を振り回す、という悪足掻きにしか見えない反撃に、ソルは小さく「ほう」と吐息を漏らす。体格差は勿論だが、技術にも雲泥の差があった。それでもティアナはティアナなりに、クロスミラージュをソルに叩き付ける。オレンジ色の魔力刃が封炎剣とぶつかり合う度に金属の甲高い音が鼓膜を叩き、光が爆ぜた。ティアナの思わぬ反撃にソルは何を考えているのか分からないが、双剣を丁寧に捌くだけで攻撃してこない。左手に持った封炎剣を攻撃に合わせながら微妙に角度を変えて防ぐのみ。鋭い眼つきと仏頂面は相変わらずで、その表情からソルの心情を推し量れない。剣戟の音が連続的に、断続的に続く。「ちっ」やがて、激しいティアナの攻撃に防戦一方だったソルが眉を顰め、舌打ちして押し負けるように一歩退く。(もしかして私、それなりに、ていうかかなり戦えてる?)だとしたら嬉しい誤算だ……あのソル相手に、あのソル相手にだ!!彼が一歩退いたことによって主導権を獲得したと思ったティアナは、意図せず僅かに口元に笑みを浮かべ更に踏み込んだ。(これは、行ける?)そう考えた時、まるで態勢を整えたいが為にバックステップを二回踏んでティアナとの間合いを離すソル。明らかに、接近戦を嫌った行為。接近戦にて真価を発揮するシューティングアーツの使い手であるスバルとギンガでも、ソルを後退させたことは無い。尋常ではない速度を武器とするエリオも同様である。なのに、ティアナは自分一人の力でソルを後退させることに成功した。ソルが最も得意とする接近戦で、だ。自分の新しい可能性を垣間見た瞬間だった。(行ける、行ける……行け!!)両手に持ったダガーモードのクロスミラージュを交差するように構え、チャンスと見てソルに追撃を掛けようと突っ込むティアナ。だったのだが、「ガンフレイム」そこへ待ってましたと言わんばかりに火柱が発生。地面に突き立てられた封炎剣から溢れ出す炎がティアナの視界を埋め尽くし、止まろうにも全力疾走に近い勢いで突っ込んだので止まれる訳が無い。「熱っ、あづづ!? あづづあああああああっ!!」火達磨になってゴロゴロ転がり悶え苦しむティアナに向かってソルは情け容赦無く「ガンフレイム、ガンフレイム、ガンフレイム」と連射する。地獄の鬼でも此処までしない所業だ。彼女は火炎放射によってトランポリンの上で元気に遊ぶように何度も何度も跳ね回り、全身を真っ黒焦げにされる。それを見計らっていたように漸く止まる炎の波。重力によって引かれた身体が碌に受身も取れずドシャッと地面に着地して、模擬戦が終了した。「どうして、き、近接格闘で応戦しなかったんですか?」うつ伏せの状態で角度が九十度横の世界をぼんやり見つつ、全身を燻らせながら恨みがましい声で疑問をぶつける。すると、ソルはそんな彼女の台詞を受けて、あからさまに溜息を吐きつつ答えた。「接近戦を不得手とする奴が、サシで俺に打ち勝ったと勘違いしたら次にどういう行動に移るか確認する為だ」「……」「何を舞い上がってんのかどいつもこいつも後退した俺を見て、嬉しそうな顔で突撃かましてきやがる。ウチの連中も、今まで教導してきた騎士団員も、さっきのお前みたいにな。この時点で既に冷静に判断出来なくなってる証拠だ。加えて、皆俺がどんな時でも誰が相手でも絶対に退かないと思い込んでるだろ? 固定概念だ、それは。脳内で勝手にイメージした俺を後退させた程度で選択を誤るな。現場で死にたいのか?」厳しい指摘にグゥの音も出ない。「こっちから距離取ってやったんだから魔法の一つでも飛ばしてくれば良いものを……」呆れられてしまっているが、手の平の上で浮かれたように踊っていた身としては何一つ反論出来ない。防戦一方の中で表情を歪めて舌打ちまでして退がる、という一連の流れが全て演技だったと分かると無性に悔しくなってくる。封炎剣を肩に担ぎ、這い蹲っているティアナに近付きながら、彼の指摘は続く。「シャマルに言われなかったのか? 後衛は敵の前衛を目前とした場合、最低限凌げれば良いって。何も相手の距離で戦って勝てと言ってる訳じゃ無ぇ」「あ」言われて初めて思い出す。「忘れてやがったな、この阿呆が」手を伸ばせば届く距離で止まる赤いブーツ。上体を起こして見上げればこちらを見下ろす真紅の瞳といつもの仏頂面がある。鋭い眼つきが更に鋭くなり、怖くなってティアナは瞼を閉じてしまいたかったが、真紅の眼からは視線を合わさせる強制力のようなものを感じて瞬きすら不可能だ。「よく聞け。お前は他の連中と比べたら魔力量は少ねぇし、一発一発の攻撃力も低い」ぐさ、と言葉のナイフが胸に突き刺さる。「キャロみてぇなレアスキルを持ってる訳でも無い、ツヴァイみてぇな戦闘の補助に特化した魔法も無い、エリオみてぇな天賦の才も無い」ぐさぐさぐさ。「脳筋姉妹のようなパワーも無ければ機動力も無いし、長時間の戦闘をこなせるだけのスタミナも無い」言外に無能と言われているような気がして――ていうか言われてる――泣きたくなってきた。(き、気にしてるのに……酷い)ティアナのライフはもうゼロだ。これ以上何か言われたら涙腺が崩壊してしまう。「だが、お前には中・遠距離からの正確無比な射撃と幻術による撹乱がある。それにお前は馬鹿共と比べて物事を客観的に見てるし分析力も高い。判断力も割りと良い方だ。俺にとっては、一番相手にしたくねぇタイプだな」「へ?」泣く心の準備をしていたら、思わぬ褒め言葉に耳にして間抜けな声を上げてしまう。「それでもまだ未熟だ。何故だか分かるか?」答えられないと焼くぞ、と言わんばかりの鋭い眼光に気圧されつつ、十秒程じっくり考えてからおっかなびっくり口を開く。「……えっと、その、アタシが経験不足だからですか?」答えた直後、赤いブーツの先端が額にめり込んだ。「痛いっ!?」「お前が経験不足なんてのは百も承知だ」のた打ち回るティアナの頭上からソルの冷酷な声が飛んでくる。「分からないなら教えてやる。今のお前は状況を把握しただけで満足しちまってんだよ」「はい?」額に手を当て涙眼になって、何が間違ってるのか分からず首を傾げる。「状況は把握するもんじゃねぇ、掌握するもんだ」「……」「意味が分からねぇならテメェで考えろ。俺がお前に教えてやれるのは此処までだ」言って、ソルはくるりと踵を返す。呆然としているティアナを置いて、ソルは歩き出し、数歩進んでから突然止まった。「ああ、言い忘れてたが」首だけ巡らし、ソルは片眼だけでティアナを捉えると眼を細める。「窮地を凌ぐ為に自分から前に出るのは、悪い判断じゃねぇ」「え? だってさっき――」「阿呆。さっきのお前は、調子に乗り過ぎたから黒焦げになったんだろが」「……はい」あそこまで黒焦げにする必要は無いと思うんですけど、とは言えない。はあ、とまた呆れたような溜息が聞こえた。「お前はもっと自分の長所を活かせ」「と言いますと?」「正面から武器を振り回して突っ込むだけが接近戦じゃねぇんだよ」もう一度だけやれやれといった風に溜息を吐き、ソルは今度こそ立ち去っていく。「あ、あの、ありがとうございました、先生!!」少しずつ小さくなっていく大きな背中に向かってティアナは慌てて立ち上がり礼をすると、ソルは立ち止まりもせず振り向きもしないで――それでも右手だけは軽く上げて応じるのであった。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat20 Conscious「聖騎士団って、何?」朝練を終え、シャワーで泥やら汗やら黒い煤やらを流しながら不意にスバルが疑問を口にした。「あ、それ私も気になってた。エリオが模擬戦の時によく叫んでるわよね。『聖騎士団奥義!!』って」ギンガも反応を示すので、ティアナもそれに便乗する。「そういえば今朝もそのことでソルさんとエリオがちょっと揉めてたわね。『どうして聖騎士団の制服じゃないんですか!?』『文句ならシグナムに言え』って」ティアナが言う二人が揉めていた内容とは、ソルのバリアジャケットが普段のデザインと違っていたことが原因だ。いつもならソルはエリオとお揃いのバリアジャケットを身に纏っているのだが、今朝はそうではなかった。赤いヘッドギアと赤いブーツ、白いズボンに赤い前垂れ、腰のバックルは同じである。が、上半身のデザインが胸元が大きく開いた黒のタンクトップ、上着として用を成しているのか怪しい襟がやたらと大きい袖無しの赤いジャケット、肩と二の腕を露出させ、グローブも白ではなく黒でフィンガーレス。いつもであれば白を基調としていながら赤が目立つヒラヒラが多い格好であるが、今日に限って露出も多く肌に密着しているタンクトップの所為で見る者に筋肉を意識させる出で立ちだったのである。装飾にベルトが多いのはどちらもあまり変わらないが。「聖騎士団についてはツヴァイ達、ちょっとしか詳しくないですぅ。父様が昔所属していたとはいっても、ツヴァイ達が生まれるよりもずっと前に解体された組織ですから」ツヴァイが髪を洗いながら何気無く告げて、キャロが熱いシャワーを全身で堪能しながら続く。「まあ詳しく知っていたとしても、あんまり教えられないんですけどね」父さんの過去に関わる組織ですから、という風に口調は申し訳無さそうに。それを聞いて三人は納得し、これ以上は聞かないことにする。ティアナはソルが何者であろうと気にしないと決めたし、ナカジマ姉妹はソルがいずれ自分達に話してくれるのを待つことにしたからだ。それにしても、だ。ソルが昔所属していた事実が本当で、ツヴァイやキャロが生まれる前に解体された組織だとすれば、ナカジマ家で撮影された十年前のソルの写真――年齢よりも大人びた少年――は一体何なのだろうか? やはり此処十年間のソルの外見年齢は様々な理由で辻褄が合わない。十九歳なんて嘘っぱちだ、絶対にサバ読んでる。クイントのようなそれなりに長い付き合いの人間から聞いた「アイツは外見以上に老成してるから、もしかしたら年上かもしれない」という発言は本当なのかもしれない。違法研究の被害を受けた結果、外見年齢をある程度操作出来るようになったのだろうか?「でもでも、教えられる範囲でなら教えられるですよ」「例えば、もうご存知かと思いますが、普段父さんとエリオくんが展開しているバリアジャケットは、その聖騎士団の制服を模したものなんです」三人がそんな感じに無言のまま考えを巡らせていると、シャワーで泡を洗い流したツヴァイが髪をかき上げつつ可愛くウインクし、キャロが転送魔法を用いて何処からともなくタオルを召喚した。「エリオの戦い方も、名称は聖騎士団闘法っていう流派からなる正式な剣技なんですぅ」「とは言っても、父さん直伝の喧嘩殺法とかシグナムさん達の古代ベルカ流とか高町家の御神流とかがごちゃ混ぜになってるから、純然たる聖騎士団闘法と言うには疑問視せざるを得ないんですけど」「?? ソルさんがその聖騎士団とやらに所属してたんなら、ソルさんも聖騎士団闘法っていう流派なんじゃないの?」スバルのもっともな質問に、ツヴァイとキャロは苦笑して否定の言葉を口にする。「父様は元々聖騎士団に入団する前から賞金稼ぎで、そういうものを教えてもらう必要が無かったらしいですよ……そもそも人にものを教わるような性格じゃないし」「聖騎士団の奥義を参考にした技とかならあります。ただ、元の技と比べると本当にそれを参考にしたのか突っ込みたくなるくらいにアレンジされてますけど……」「じゃあ、エリオに聖騎士団闘法っていうのを教えたのは一体誰なのよ? ソルさんは所属していたけど聖騎士団闘法を修得してない、アンタ達が生まれるずっと前に聖騎士団は解体されてる、”背徳の炎”の中で聖騎士団闘法を修得している人が居ないなら、教えられる人が居ないわ」ティアナがタオルで髪の水分を取りながら不思議そうに聞く。ナカジマ姉妹も同じことを思っていたのか、「そうそう」といった感じに首を傾げていた。「別に父さん達の中の誰かが教える必要は無いじゃないですか」「「「??」」」「修得してる人が父様達の中に居ないなら、父様達以外の誰かが教えたってことになるですよ」「「「……」」」もったいぶるようなキャロに三人は疑問符を頭の上に浮かべ、あり得そうであり得ない事実を告げてくるツヴァイの言葉を聞いて、無言のまま疑ってしまう。エリオがソルのことを、父として戦士として師として全幅の信頼を寄せ、憧れているのは誰の眼から見ても明らかだ。そんなエリオがソルや家族以外の人間から戦い方や魔法を教えてもらおうと思うだろうか?答えはきっと否だろう。そう考えるからこそ、キャロとツヴァイの言葉をイマイチ信じ切れない。しかし、そんな三人の反応にツヴァイとキャロはニヤリと笑い、ある一人の男の話を語り出す。男の名は、カイ=キスク。かつてソルが所属していた聖騎士団を束ねる団長を務めていた天才剣士。エリオに聖騎士団闘法を師事した張本人。彼がソルと出会った当時の年齢はスバルより一歳年上、ティアナと同い年、ギンガより一歳年下。つまり若干十六歳にしてソルの直属の上司であった。上司と部下の間柄と言っても当時のソルの性格は今と比べてかなり悪く、アイン曰く『今のアイツが暖炉の中の炎だとしたら、昔のアイツは己に近寄る者、触れる者全てを焼き尽くす地獄の業火だ』とのこと。とまあ、何が言いたいのかというと今と昔ではそのくらい差があるということで。つまり、当時のソルがどんな人間かと言えば、今よりももっと無口で人当たりが冷たくて口が悪く、何より余裕というものが無かった。他者を信じることが出来ず、また他者に興味を持つことも無く、目的の為なら手段も選ばない、ただひたすら贖罪と復讐を求めて彷徨っていた独りの修羅。真紅の瞳が映すのは、殺すべき敵か、そうでないかの二つのみ。そんな奴が規律やモラルを重んじる組織の中に入って上手くやっていける筈も無かった。それ程までに、当時のソルは協調性というものが欠落していたのだ。元々群れるのを嫌う性質の持ち主ではあったが、度重なる戦闘の末に精神を磨耗させ、ほんの少しの安息すら受け入れず戦う為に戦って……結果、人として致命的なまでに性格が荒れ、ひん曲がってしまっていた。命令無視は朝飯前、独断専行は日常茶飯事、集団の秩序なんて知ったことじゃねぇと言わんばかりに自分勝手で奔放な性格、上官を面と向かって侮辱する、誰がどう見てもただのチンピラでしかなかったのだ。褒められる点があるとすれば他の追随を許さない戦闘能力、それだけ。おまけに、カイの前任者であるクリフ=アンダーソンから直々に勧誘されて聖騎士団に入団した経緯があり、自分勝手な行動が目立つ俺様野郎だったのがそれと相まってほとんどの団員達から疎まれていて。対してカイは正義をこよなく愛し、仕事、対人関係、モラル、全てにおいて実直で真面目一辺倒。その反面規則や秩序を乱すものに過剰な嫌悪感を抱く潔癖症な性格。こんな二人の相性が良い訳が無く。カイはフリーダム過ぎるソルのことを一方的に嫌い、素直にその実力を認めることが出来ず、ライバル視していた……本人は無自覚だがソルに対してコンプレックスを抱いていたのも原因の一つ。ソルはソルでカイのことなど弱い癖に口だけ達者な鬱陶しいクソガキくらいにしか思っていなくて、それが二人の仲の悪さに拍車を掛けていたという。当然、二人の仲は険悪を通り越して最低最悪。互いに『テメェのお守りも出来ない足手纏いの小僧』『聖騎士団の汚点』と罵り合って毎度のように顔を突き合わせては殺し合い染みた喧嘩を繰り広げていたようで。だが、ソルの方がカイよりも圧倒的に強いので、いつもカイはボコボコにされていたらしい……それでも懲りずにソルに喧嘩を売っていたカイは意地になってるのか何なのか不明。たぶん本人もよく分かっていないだろう。で、性格の不一致やそれぞれの考え方や物の捉え方、主義主張の違いの所為で、聖騎士団が解体されて以降も繰り返し何度も何度も衝突していた。ソルが騎士団を抜ける際に団の宝剣である封炎剣を強奪して逃走したことも大きな原因であるし、ソルのことになると感情的になり冷静さを失うカイが一方的に突っ掛かってきては喧嘩を売っていたと言っても過言ではないが。それでもまあ、どんなに仲が悪くいがみ合っていても『殺さなければならない敵同士』ではなかったので、共通の敵や事件を前にした場合は互いにすんなり協力していたのは不幸中の幸いか……ある意味非常に大人気無い間柄の二人ではあったが、自重しなければならない時は普通に自重する大人だったのだ。そんな二人に転機が訪れたのはソルが騎士団を抜けて約六年くらい経った時。カイに女が出来たのである。その際に、二人は最後の勝負をした。互いに己の全身全霊を賭して、これまで続いた因縁に決着をつける為に。勝敗はどうあれ、これによりカイがソルを追い掛け回すのをやめる――脱ストーカー宣言をし、以来二人は喧嘩することなく徐々に仲良くなっていったらしい。どのくらい仲が良くなったのかというと、顔を見る度に喧嘩していた二人が、たった数年でカイの実の息子をソルが預かって育てるくらいにまで仲が改善されたとか。仲が悪かった頃の二人を知る人物にとっては考えられないくらいに仲が良い。ソルは少しずつカイのことを認めていき、カイは自分なりにソルとの決着をつけたからだろう。何よりも驚くべきことがソルのカイに対する呼び方の変化。聖騎士団所属時は見下しながら『小僧』呼ばわり、脱退後は小馬鹿にするように『坊や』へと変わり、カイに息子が生まれてからは自分と同じ対等の男として下の名前で『カイ』である。このような変化に至るまで何年間もの時間と様々な紆余曲折があったのは確かだが、仲が改善されていることに驚きを禁じ得ない。「……って、母様が教えてくれました」ちなみにソルが聖騎士団に所属していたのは今から二十年以上三十年未満くらい前の話だとか。ツヴァイもキャロも、ティアナ達三人がソルの出自やら何やらに疑いを持っているのは承知しているので、もうそれを前提に話をしてくれたのだ。それでも話せない部分は必要とあればぼかしてはいた。聖騎士団の存在意義、当時一匹狼だったソルが入団した理由、そして何故解体されたのか、などなど。話を聞きながら「あの人って何歳なんだろう?」という疑問が浮かび上がってくる三人だが、聞いても答えてくれないと思うので心の中に仕舞っておく。五人は話している間に着替えを済ませ、エリオが待つ食堂に足を向ける。「で? 結局そのカイって人がエリオとどう関係してくるの?」「懐いちゃいました」「あれ? 長い前振りって必要だったの?」結論を求めたティアナにツヴァイが答え、それにスバルが眉に皺を寄せる。「カイさんって凄く優しい人で、カイさんの実の息子のシン兄さんもとっても明るくて楽しい人なんです」が、スバルの指摘なんぞどうでもいいのか、キャロが喜び勇んでカイとシンのことを「大好きっ!!」と言う。「兄様は私達と同じ父様を育ての親としてるから、私達にとっては一番上のお兄さんになるですぅ」キャロと同様にツヴァイもカイとシンのことを語る時は非常に嬉しそうだ。余程二人のことが好きなのだろう。二人がこの様子であれば、男の子であるエリオも同じくらいか、もしくはそれ以上にカイとシンの親子に好意を持っていると予想される。実際、話を聞いてみるとカイとシンの二人はエリオととても相性が良いらしい。同じ雷属性だからか。もしかしたら雷属性は炎属性と何かしら縁がある運命なのかもしれない。カイはソルに半ばストーカー行為をしていたし、シンはソルに育てられ、フェイトとエリオはソルに引き取られた。……ただの偶然かもしれないが。カイさんカイさん、シン兄さんシン兄さん、兄様兄様、と早口で話し始めた二人は喧しいことこの上無い。この二人が此処まで好意を寄せている人物がソル以外に居ることに内心で驚きつつ、ティアナ達は聞き入っていた。きっと、エリオも含めて子ども達はずっと我慢していたのだ。自分達が大好きな人達のことを話したくて仕方が無かったのが窺える。「何より二人共、超絶にイケメンです!! イケメンという言葉は二人の為に生み出されたかのように、二人共超絶にイケメンです!!」「父様のワイルドな感じとはまた違った魅力があるですぅ。ツヴァイはどっちかって言うと父様よりもカイさんや兄様の方が好みなので、エリオもいつかあんな風になって欲しい、ていうかしますぅ。絶対にしますぅ」「エリオくんイケメン迅雷貴公子計画だね!!」「イケメン迅雷貴公子計画!! 雷属性はイケメンだけに許される特権ですぅ!!」そして、重要なことなので二回言いましたとばかりに力説し、幼いながらも何やら企んでいる二人。……………………………………………………………………なんかエリオの将来が前途多難であることを示唆する発言だ。何処か遠くから「やらん、やらんぞ、誰がお前らアホ娘共に大事な大事なエリオを、唯一ネジ外れてない、若干緩いが、エリオをくれてやるか……エリオが欲しかったら俺を倒してからにしろ」という父親の声が聞こえたような気がしないでもない。ギンガは二人の様子に困った表情で、若干頬を引き攣らせつつ問う。「カイさんってソルさんの戦友? だったんでしょ? どのくらい強いの?」「カイさんはシグナムさんよりほんの少し強いくらい、かな?」「兄様もすんごく強いですよ。やっぱりシグナムよりもちょっとだけ。流石は父様が育てて鍛え上げただけのことはあるですぅ」それでも一番強いのはカイの妻でありシンの実母である『木陰の君』という人物らしい。戦いを好まない温厚な性格の優しい女性のようだが、本気になるとソル相手にタイマン張れるとか……あり得ん。「「「……」」」二人の返答に眼を見開かせ驚く三人であったが、半ば予想していたことではあったのでそこまで表情を変化させることは無かった。だが。――なんであの人の周りって、馬鹿みたいに強い人が集まるんだろう?まるでソルの強さに惹かれるように。そう思わずにはいられない。訓練場のシステムエラーチェックをしながら、ソルは無表情のまま空間ディスプレイに表示された報告書などに素早く目を通し、高速でコンソールを叩く。それが終わると、溜め込んでいた疲労を吐き出すように溜息を吐き、「だ~れだ?」柔らかい手の感触と同時に突然視界が暗闇になる。「気配を殺していきなり背後に立つな、フェイト」「えへへ、正解」目を覆っている手を掴み背後に振り向くと、華の咲くような笑みを浮かべているフェイトが。「何の用だ?」「ソルって今日さ、午後から特に予定とか無いよね?」「ん?」ソルはフェイトの姿を改めて見た。彼女はいつもの仕事着である黒いスーツではなく、デニム生地のシャツにジーパンというラフな格好だ。今日は確かフェイトは休養日だったので普段着なのは別に構わないのだが、遊んでもらえることを期待する子犬のような瞳が彼女の気持ちを代弁している。チラリと空間ディスプレイの右端に視線を向けて時刻を確認すると、正午五分過ぎ。「今日はこれからクロノの呼び出しで聖王教会に行かなきゃなんねぇんだが……」見る見る内に美しい華がしおれていくようにフェイトの表情が絶望に染まっていく。眼から光が消え、力を失い、今にも「鬱だ死のう」とか言い始めそうだ。何も悪くないのに悪いことをした気分になってくるそれを見て、女という生き物は本当に卑怯だ、ソルは口には出さず内心で愚痴った。「ついてくる、か?」「うんっ!!」罪悪感からポロッと零してしまった提案に、フェイトは先の廃人のような顔など嘘だったかのように輝く笑顔を振りまく。生き生きとした表情はとてつもない魅力を放っていて、街中でこれを見せれば男なんていくらでも釣り上げられるくらいに美しい。(……釣り上げられてんのは俺じゃねぇか)女がこの世で一番卑怯な生き物であることなど人間だった頃から知っていることだが、此処十年でその卑怯な手段を使われても別にいいか、という敗北主義のような考えが定着してしまっている。どうせ勝てっこねぇーし、と。自分が我侭を聞くことによって誰かが幸せそうに笑うのであれば、我侭なんていくらでも聞いてやる。そんな想いさえ、胸の奥に存在していた。まあいいか、と思い直し、それ以上は考えないようにして話題を変えることに。「最近のあいつら」「ん?」「良い眼をするようになったって思わねぇか?」前へ向き直り、コンソールを叩くのを再開させつつ、フェイトに聞いてみる。「ティアナ達のこと?」ああ、とソルは鷹揚に頷く。「前までは何処か焦ってるっつーか、追い詰められてるっつーか、余裕が無かったじゃねぇか」「そうだね、そうかもしれない」「やっぱ、なのはに任せて正解だったか。クイントとティーダが此処に顔出してから明らかに変わった。吹っ切れた、って感じだ」苦笑するソルに、フェイトは柔らかい笑みのまま言葉を紡ぐ。「でも、変わったのはソルもだよ」「ああン?」「だって、前よりも研修生達への態度が軟化したっていうか、今まで訓練中は罵詈雑言しかぶつけてなくて褒めることなんて滅多になかったのに、最近じゃ褒められたって喜んでる子達が結構居るよ」「俺だって反省ぐらいするぜ……あのヘタレに言われて、ってのは癪だが。暴言吐いて反骨精神煽るよりも、褒めて伸ばした方が効率良いって今更ながらに気が付いた」「それ凄い今更過ぎるよ!? せめて十年前に気が付いてくれれば、私達が血反吐撒き散らしながら泣きべそかく必要は無かったと思うんだけど!?」非難の声を上げフェイトがソルのポニーテールを片手で掴みながら、もう片方の手で握り拳を作って後頭部をポカポカ叩く。「なんだかんだ文句言ってちゃんとついてきたじゃねぇか。泣きべそかきながらだが」フェイトはかつての訓練を思い出す。容赦無く殴られたり蹴られたりしたのは数え切れない。火達磨にされた回数も同じだ。模擬戦で負けた時なんか『これっぽっちの攻撃でもう終いか? 根性無いなフェイト』といった風に馬鹿にされたこともしばしば。これまでこの男に何度泣かされたか数え始めるとキリが無い。ついでに言えば聖王教会で教導していた時の、志半ばで騎士になることをやめてしまった若者の大半はソルが原因だったりした。『やる気が無いならやめろ、魔法の力なんて捨てちまえ』『それなりの覚悟はあるんだろうな? 遊びで戦ってんなら此処らが潮時だぞ』『何を呆けてやがる。慰めの言葉でも待ってんのか?』『ガキが粋がってんじゃねぇ』脳内で再生される冷たい言葉の数々に、思わずフェイトは頬をリスのように膨らませて唸る。「うううう、ううぅぅぅぅ~」ポカポカポカポカポカポカポカポカ。思い知れ、とばかりに執拗にソルの後頭部を叩き続けるフェイト。対してソルは全く痛くないので彼女の気が済むまで放置を決め込み、されるがままの状態で空間ディスプレイを熱心に眺める。それがまたお気に召さないのか、フェイトは身体を小動物のようにプルプルプルプル震わせ、構ってよ~と飼い主に縋り付く子犬のような仕草でソルの腰に思いっ切りしがみ付く。ソルは彼女のそんな子どもっぽい態度に父性を滲ませた顔で仕方が無いという感じに首だけ巡らして、「いつまでイチャついとるんや」耳元から突如として聞こえてきたはやての声に驚いた。「いつの間に……」「あれ? はやて、居たんだ?」気配も無く現れた彼女に、驚愕を表情には出さず心の中で慌てるソル。最初からはやてがそこに居ることに気付いていながら、今更気が付いたと言わんばかりにきょとんとしているフェイト。「やっぱりフェイトちゃんにソルくん呼びに行かせると無駄に時間が掛かりよる」「……お前ら、気配殺して死角に立つのはやめろっつってんだろ」「隙だらけのソルくんが悪いんや」「むぅ」反論の余地が無いので呻くしかない。「ほーら、もう午後や、お昼休憩や。聖王教会に行くんやろ? 行くんやったらさっさと行かな、時間勿体無いで」言って、ソルの腕をぐいぐい引っ張るはやての格好は、やはり普段着である。彼女もフェイトと同様に休養日だったのを思い出しつつ、ソルはまじまじとはやての服装を見る。白い字で『Rock You!!』と胸元にプリントされた――ソルのヘッドギアにも同じ文字が刻印されている――黒い長袖のシャツに、膝まで丈がある白いプリーツスカート。「そのシャツ、前に――」「そや、前に二人で出掛けた時にソルくんが買ってくれたやつ。似合う?」腕を放し、一歩離れてからシャツを見せ付けるように腰に手を当てポーズを取るはやての問いに、ソルは無言で頷いた。はやては満足そうに頷き返すと、再び彼の腕を掴み、その細腕で軽々と二人分の体重を引っ張っていく。どうやら二人共、ソルと一緒に三人で出掛けようと画策していたのだろう。そしてこの二人を聖王教会へ連れて行くことは確定事項らしい。フェイトにしがみ付かれ、はやてに引っ張られながら、ソルはやれやれと溜息を吐いた。「聖王教会までなら車で行く? だったら私が運転するよ」「人死が出るからやめとけ」「どういう意味!?」「私が運転するから、フェイトちゃんは大人しく助手席でビスケットでも齧っててな」「フェイトが運転する車に乗るくらいだったら俺は自前の足で走る。その方が精神的に安心するしな」「フェイトちゃんスピード狂やからなあ。あの運転の仕方はいつか必ず轢き逃げとかする破目になりそうやから怖い」「流石にそれは庇ってやれねぇぞ」「二人共酷いよ!! そこまで言うなら私がいかに安全を心掛けて運転しているか証明して――」「「御免被る」」「うわああああああああんっ!!」今日は半ドンだ。午前中の訓練を終えさえすれば明日まで自由時間。Dust Strikersは一般の会社企業や管理局員と比べて休みが多い。賞金稼ぎという商売柄自体が仕事を自主的にしようとしない限り仕事が無い、という体制なので休みが多いと言うよりはそこまで仕事が強制的ではないのだ。例外として誰かに白羽の矢が立つ時もあると言えばあるが。別に仕事が無くて暇、という訳では無く『稼ぎたいなら自分で率先的に仕事してね』っていう感じなので、働こうとしなければ給料は増えないし、サボッてばかりいると減らされる可能性が出てくる。つまり、休日と仕事と給料のバランスは自分で勝手に取れ、ということで。その反面、厳しい訓練や危険性が高い実戦が仕事の大多数を占めるので、なるべくだったら休める時には休んでおけ、という意見もある。上から休めと言われればそれに従うのは組織人として当然のことで、ティアナ達三人にはグリフィスから「明日は三人共訓練も仕事も入ってないから、午前上がりでいいよ」とお達しがあった。なので、今日は子ども達(こいつらは純粋に学校休み)と一緒に何処か遊びに行こうということになっていたのだ。というのも、これまでまとまな休日を満喫していなかったというのが大きい。あんまり訓練が厳しいもんだから休日なんてほとんど寝て過ごす、という若者からしてみればかなり勿体無い休日消化の仕方だった。最近になって漸く身体が慣れてきたのか、寝て過ごさなくてもよくなり遊びにでも行こうかな、と考えるようになって。しかし、食堂でシャワーに時間が掛かる女五人を待っていた筈のエリオは、一緒に遊びに行くことなど忘却の彼方へすっ飛ばし、ソルとフェイトとはやての三人を除いた”背徳の炎”の面子に混じってプリン争奪腕相撲大会に参戦していた。食堂では巨大な空間ディスプレイにレジアス中将が何やら演説をしていて、誰もが映像内で力説している彼に視線を注いで結構真面目に聞いているのだが、”背徳の炎”の連中はアルフが気紛れに作ったプリンのことしか見えていないのか、全く以って聞いていない。「アインは自分で作れよぉぉぉぉっ! アタシに譲ってくれてもいいだろが!!」「私が作ったプリンよりもアルフの作ったプリンの方が美味いから譲らん!! アルフが作ったプリンは、甘いものが苦手なソルが『たまに食いたくなる』と言うくらい美味いからな!!!」「テメーで作って食わせてやれよ……つーか、アタシとザフィーラとユーノ以外全員お菓子作り得意じゃねーか、桃子さんから特訓受けてたじゃん!?」「馬鹿を言うな。ソルは十年前のあの事件以来、私達の手作りお菓子なんて見るのすら嫌がるんだぞ……普通の料理なら食べてくれるのに……市販品の方が喜ばれる私達の気持ちを汲み取って負けろ!!」「それって全部シャマルの所為じゃねーか」「シャマルの所為ではない、シャマルのおかげだ。あの事件のおかげでソルの私達に対する見方が変わったのだからな、言い方を間違えるな」「それはそうだけど……もしアタシが負けたらプリンはソルが食うのか?」「何を言っている? 私が自分で食べるに決まっているだろう。そもそもアイツは今此処に居ない。今頃フェイトが運転する轢殺車に乗って主はやてと共に聖王教会でクロノ提督の無駄に長い無駄話でも聞きに行ってる筈だ」「絶対に負けねー!! 負けて堪るか、プリンはアタシのもんだぁぁぁぁぁっ!!!」手の甲に青筋を立てて腕相撲をしているヴィータとアイン。握り合った手と手にとてつもない力が込められているのか、ミシミシと音がしていて、「ふぎぎぎぃっ」「ぬぅぅぅ」と歯軋りしている二人の表情は鬼気迫るものである。人数分以上は作ってある筈なのに、どいつもこいつも食い意地張ってるのでより多くのプリンを求め、結局醜い争いが始まるのだ。ダメだこいつら、と誰かがぼやいたがそれすら聞こえていない。もしかしたら自覚しているからこそ無視している可能性もある。たかがプリン如きで何やってんだ、とこの場に居る全員が思っていることだが、本人達は割りとマジなので周囲からの冷たい視線なんぞ気にしていない。どんだけアルフが作ったプリン好きなんだ……いや、それ程美味いのだろうか? 周りの眼が気にならなくなるくらい、醜く争い合うくらい美味いのだろうか?段々、賞金稼ぎ達の関心が演説中のレジアス中将からプリンへと移っていく。その隣のテーブルでは、シグナムとなのはが腕相撲をしていた。此処でもしょうもない激しい戦いが繰り広げられている。「シグナムさん、今日のお兄ちゃんのバリアジャケットって、シグナムさんのリクエストでしょ?」笑顔でありながら手に込める力は緩めないなのは。「それが、どうした?」澄ました顔でシグナムが応じる。無論、手の力は緩めない。「お兄ちゃんって、シグナムさんに甘くない? お願い事、割と素直に聞いてる気が、するんだけど? 例えば、髪留めの交換とか、振袖プレゼントしたとか、アグスタでの夕食のお誘いとか!!」ミシミシミシミシ。「何だ? 嫉妬か? だとしたら実に下らん。私はお前達と違って普段から無茶を言わないから、私の我侭は模擬戦を抜けば聞き易いと本人が語っていたぞ、むしろもっと言ってくれないと不公平だと……お前達のは身から出た錆だ!!」ミシミシミシミシ。組み合っている手から響く異音が怖い。笑顔なのに。これ以上無いくらいに魅力的な笑顔なのに。全てはこめかみと手の甲に浮かんだ青い血管が物語っていた。「プリン譲って!!」「笑止!!」「じゃあ頂戴!!」「喧しい!!」勝負が決まる前に血の雨が降りそうだ。そしてその隣のテーブルでは、「プリン譲ってよ母さん。僕は一杯じゃなくていっぱい食べたいんだ!!」「残念でしたエリオ。母さんも一杯だけじゃ我慢出来ないの、いっぱい食べたいの!!」シャマル相手に奮闘しているエリオの姿が。親子で馬鹿をやっている馬鹿、と言う。「うおおおおっ!! 僕の胃袋が今、糖分を欲している、具体的にはプリン!!」「ぬおおおおっ!! 俺は今、舌の上に載せるだけで蕩けるような柔らかいものを口の中に放り込みたい、具体的にはプリン!!」やはりその隣のテーブルでは、腕相撲をしている人型ユーノと人型ザフィーラが居て、動物形態に慣れてしまうと人の姿の二人が、凄くうざく感じる。「アタシが作ったプリンをたくさん食べたがる食いしん坊万歳共よ。己の欲望を満たしたければ醜く争って奪い合え」どや顔でそうのたまうアルフが何故かメイド服で仁王立ちし、連中を見下している……こいつが全ての元凶か。とティアナはうんざりする。相変わらず騒々しい人達だ、と。魔性のプリンの作り手、パティシエ使い魔アルフ・高町。その堂々たる立ち振る舞いは、まさに今すぐにでも洋菓子屋さんを起業出来そうなくらいの風格が……漂っているのかもしれない、たぶん。最終的には食堂に集まっていた賞金稼ぎ達も興味を引かれ――食いっ気に当てられたとも言う――「プリン、俺も食べたいです」「あー私も食べたい」と参加表明する者達が続出。皆ノリが良い。笑えるくらいにノリが良い此処の連中は、ある意味凄く良いけど、色々とダメかもしれない。単にお祭り騒ぎが好きな馬鹿がDust Strikersに集まっただけ、という話をしてはいけない。その中には意外にも事務員であるシャーリーやアルトやルキノの姿や、ヘリパイロットのヴァイスも混じり、食堂はプリンを奪い合う為の腕相撲大会の会場と化す。火災現場、じゃなかった殺し合い、でもない模擬戦大会に発展しないだけまだマシか。「ははははは、愉快な人達ね……馬鹿だけど」このノリにも段々慣れてきた、っていうか好きになってきた、と微笑えむティアナであったが、「この数とあの人達相手に勝てっこないけどね!!!」アタシもプリン食べたかった!! という気持ちが込められた意見はごもっともだ。とりあえず女との約束なんてそっちのけでプリンの為に――勿論自分だけが食べる為に――戦うエリオの後頭部にツヴァイがドロップキックをお見舞いし、キャロと協力して死体を運ぶ要領でエリオを荷物のように抱えると、そのまま拉致同然に連れ出す。で、意識が無いのに「プリン……プリン……」とうわ言のように繰り返すエリオを引き摺ったままレールウェイにイン。他の乗客の視線が微妙に痛くてティアナは全力で他人の振りをしていたが無駄に終わる。クラナガンに到着しレールウェイから降りると、スバルが皆に問う。「何処に行く?」「美味しいプリンが食べられる場所」「この期に及んでまだ言うか」意識を取り戻し自分の足でしっかり立っているエリオが問いに答え、ティアナそれに呆れ果てた。「だって、だってアルフさんが作ったプリンですよ!? アルフさんが気が向いた時にしか作ってくれないレアプリン……甘い物が好きじゃない父さんすら自ら進んで食べたがるプリンなのに……プリン」プリンプリンうるさいエリオ。恨みがましい眼でツヴァイとキャロのことを睨んでいるが、あの面子を相手にして腕相撲で勝てるとは思えない。「アンタさっき一個食べたんでしょ!?」「一杯じゃない、いっぱい食べたかったんです!!」「ツヴァイ達は一杯も食べてないですぅ!!」「ずるいよエリオくん! 私達がシャワー浴びてる間に……許せない!!」「け、喧嘩しないの!! ……確かにプリンは美味しそうだったから腕相撲大会には出たかったけど」怒鳴るティアナ、しつこいエリオ、エリオに食って掛かるツヴァイとキャロ、そして宥め役という損な立場の癖に余計な一言を口走るスバル。「ならさ、エリオのリクエストでプリン食べに行きましょう? その後にスバルが言ってたアイス屋さん。その後はゲーセンでどう?」パンパンと手を打ち、場を纏めようとするギンガの意見に誰もが渋々ながら黙り込むのであった。『罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる 運命の歯車が王の宿命を噛み砕き 大海へと続く剥き出しの魂が謡い、大いなる生命と繋がる時 暗黒の空に幾千もの篝火が掲げられ、朝日と共に彼の翼は空へと消え行く 法の塔は道標を失い旧き秩序の夜が明け、死者達の悲願は叶い混沌の日の出が訪れ 黒き守護者が混迷を撒き散らし、常世は人の業を知る』 此処数ヶ月という短期間で追加されたカリムの予言を見て、クロノは顔を真っ青にしていた。「……騎士カリム」「な、何でしょう? クロノ提督」「一言宜しいでしょうか?」「?? 何をですか?」首を傾げるカリムに対し、クロノは立ち上がって背を向けると、窓際まで走り寄って窓を大きく開け放ち、「終わったあああああああああああああああああああっっ!!!」絶叫した。「管理局終わったああああああああああああああああああっっっ!!!」誰がどう見てもクロノは錯乱している。「お、落ち着いてくださいクロノ提督!! シャ、シャッハ、クロノ提督を取り押さえて!!」「了解しました。クロノ提督、突然どうしたというのですか!?」「アハハハハハハッ、もうダメだ、皆消し炭になるんだああああああっ!!!」聖王教会はなんか色々と大変だった。