海鳴温泉旅行。これは高町家で毎年恒例行事で、連休を利用したものである。恭也が忍と付き合いようになってから、アリサとすずかと知り合ってからは、高町家&月村家&おまけという大所帯で赴くことになった。で、俺は今移動中の車の助手席でボーッと流れる景色を見ていた。ちなみにユーノは後部座席の三人娘に揉みくちゃにされている。強く生きろ。月村邸でフェイトと再会して以来、ジュエルシードは一つも見つけていない。ユーノが最初から持っていたのが一個。それからなのはが封印したのが五個。そしてフェイトに渡したのが二個。今のところ八個は所在が知れてる訳だが、まだ全体の半分より少ない程度。先はまだまだ長いな。溜息一つ吐くと、俺はユーノの様子を盗み見た。なんかもう、揉みくちゃにされ過ぎてアリサの膝の上でぐったりしていた。ユーノ、何度も言うようだが強く生きろよ。俺は座席を少し傾けると惰眠を貪ることにした。背徳の炎と魔法少女 5話 旅行先にて『酷いよ、助けてくれないなんて』『あの状況で俺にどうしろってんだ?』旅館に着くと、三人娘から解放されたユーノが俺の頭に乗って念話で文句を言ってくる。俺は他の奴らの分の荷物を肩にいくつも通しながら、返す。とりあえず、とっとと荷物を部屋に持って行ってから温泉にでも浸かりたい。俺達が寝泊りする部屋は大所帯故に大部屋だ。毎年利用しているから宿の従業員も気を利かせてくれる。持ってきた荷物を全て叩き込むと、俺は自分のバッグから替えの下着とタオルを取り出し、部屋備え付けの浴衣(当然子ども用)を持って出た。「あれ? お兄ちゃんもうお風呂入るの?」部屋から出てきた俺が持つ物を見て、なのはが不思議そうにする。「まあな」「ユーノくんも?」「ああ、このままじゃアリサとすずかに女湯に連れてかれるだろうからな。本人たっての希望でユーノは男湯に連れてく」「え~」「つーことで、あばよ」なのはは不満気にしていたが、ユーノが自分と同年代の男の子だと知ったら納得するだろう。『助かったよソル』『まあ、さすがにな』ユーノの正体はなのはを除く高町家の人間には全員バレているので、家の中でのユーノはペット扱いされていない。フェレットが居候してる感覚で接している。当然、制限も多い。基本的にはケージの中、俺やなのは以外はケージから出そうとしないし、本人の許可無しに部屋に入ることは許されない。勿論入ったことのある部屋は俺の部屋となのはの部屋だけ。まあ、多少制限を緩くはしたがケージの中に居るのは窮屈だろうから、常に俺が傍に居てそんな思いをしないようにしてやってるんだが。しかし、なのはと他の面子はそのことを知らないので当たり前のようにペット扱いする。それが微妙に男としてのプライドを傷つけるようなので、なるべくそうならないように俺が気を遣ってやっている訳だ。閑話休題。脱衣所には俺の他に人影は見当たらない。一応、外の廊下も警戒してすぐには人が来ないか確認する。「よしユーノ、元に戻ってもいいぜ」「うん」OKサインを出すと、ユーノがフェレットから人間へと姿を変える。俺もユーノも自分の分のカゴを確保して服を脱ぐ。「ほら、お前の分のタオル」「ありがとう」さっき部屋から出る時に余分に持ってきたタオルを手渡す。とっとと脱ぎ終わると、まだ民族衣装に四苦八苦しているユーノを残して浴室に向かう。まず身体を洗う。俺は髪よりも先に身体を洗う派だ。今の髪は昔のようにウィッグを付けてる訳では無いので全て地毛、なので身体より少し時間が掛かるからだ。隣にユーノが座って髪を洗い始める。しばらく黙って洗っていると、ふいに視線を感じる。ユーノからだ。「………なんだ?」「ソルって………凄い身体してるよね」俺の身体を上から下まで観察するように見る。「なんていうか、鍛え込まれてるっていうか、無駄な肉が一切無いっていうか、鋼の肉体っていうか………大人というか」「最後のは何故股間を見ながら言うんだ?」「僕はこんな屈辱的な敗北感を味わったのは生まれて初めてだよ………く、くそう」「………泣かれるとリアクションに困るぞ。つーかその言い方は色々と語弊があるからやめろ」「僕だってもっと大きくなれば、きっと」(それは身体か? それとも息子の方か? どっちにしろお前が二次性徴を気にし始めるのはまだ先だぜ?)一応この世界の俺は九歳ってことになってるが、この肉体は少し成長が早いのか今の肉体年齢は十二歳から十四歳くらいだ(高町家に引き取られた時は五歳児程度だったが)。身長や体重も平均より上なのは当たり前だし、忘れがちだが俺は日本人じゃない。身体的に見れば俺が他の九歳児より成長して見えるのはごく自然のことなのだ。俺と風呂に入ろうが、なのは達と入ろうが、どっちにしろユーノの男のプライドには傷がついたらしい。これじゃ本末転倒だな。俺は掛ける言葉が見当たらず、隣でめそめそし始めたユーノを捨て置いて髪を洗い始めた。ゆっくりと気が済むまで湯船に浸かり温泉を満喫した後、俺は休憩所の売店で買った牛乳瓶を浴衣姿で一気飲みしていた。ちなみに、フェレットに変身し直したユーノは上せていたので先に部屋に置いてきた。「ふぅ」飲み終わった瓶を捨て、ダウンしたユーノの為に買ったコーヒー牛乳を手に休憩所を出る。旅館の廊下を一人トコトコ歩く。すると、向かいから歩いてくる二十歳くらい若い女と眼が合う。その女は俺を上から下まで観察するように見て、一つ納得するように頷いた後ニヤッと笑いやがった。「へぇ~、アンタかい? ソル=バッドガイってのは」「誰だテメーは?」こいつ、人間じゃねぇな。解析法術を使うまでも無ぇ、匂いで分かる。生憎この世界で人外の知り合いにはまだ出会ってねーからそっちの方じゃねぇのは分かるが、じゃあこいつは一体なんだ?確かに士郎は裏の世界で仕事をしていた時期はあったからそっちの線もあり得るが、足を洗って四年以上経ってる、今更とは考えにくい。「そんなに警戒しないでおくれよ、あたしゃ敵じゃないよ。むしろアンタにゃ感謝してるんだから」飄々とした態度の女。「イラつく女だ。誰だテメーはって聞いてんだよ。こっちの質問に答える気が無ぇなら失せろ、目障りだ。それとも灰になりてぇか?」今はヘッドギアも無ければ封炎剣も無い、浴衣姿で手にはコーヒー牛乳一本。とても戦えるナリじゃないが、一瞬で結界を張ってこいつを消し炭にすることぐらいなら可能だ。左の拳に魔力を込める、術式を構築、展開、後は魔力を術式に流せばいい段階で工程を止める。「分かった分かった答えりゃ良いんだろ!?………全く、アタシより短気じゃないか」殺気立つ俺に、女が慌てたように答えた。「アタシはフェイトの使い魔でアルフっていうんだよ。アンタの話はフェイトから嫌って程聞かされたから、一遍どんな奴なのか会ってみたくてさ」「………フェイトの、使い魔か。どうりで人間とは違う匂いがする訳だ」魔力を霧散させて術式を解く。フェイトの関係者なら、まあ、警戒しなくても大丈夫そうだ。「え? アンタ私が使い魔ってこと分かってたのかい?」「使い魔ってことは今言われるまで気付かなかったが、人外の類だってことは一発で分かったぜ」「へぇ~」腕を組んで俺を値踏みする人外の女、アルフ。「フェイトは今どうしてる?」「アタシのご主人様は今、ここら辺の近くにあるジュエルシードを探してるさ」「お前は手伝わないのか?」「だいたいの”あたり”は見当付けといたから、私はもういいってさ」後は実際に見つけて封印するだけだよー、と言うフェイトの使い魔。そうか、近くに居るのか。挨拶くらいはしとくか、知らねぇ仲でもねーし。「フェイトに会えるか?」「え? 会ってくれんの?」拒否されると思ったら意外にもあっさり承諾されてしまった。「ま、会えるんならな」「そうしておくれよ、きっとフェイト喜ぶよ。あの子ずっとアンタに会いたがってたからね」「そうなのか?」疑問を口にする。「そりゃそうだよ。ジュエルシードの話になると結局最後はいつもアンタの話になるんだよ。ソルがあの時助けてくれた、ソルは炎の魔力変換資質なんだ、ソルが魔法を使うと辺りが昼間みたいに明るくなるんだ、ソルがジュエルシードを二個も渡してくれた、ソルはぶっきらぼうだけどとても優しい人だって、何度も何度も同じ話を聞かされて耳にタコが出来ちまうよ」どうやら俺はフェイトに随分気に入られたらしい。つーか、使い魔が辟易する程俺のことを繰り返し話していたとは。「ま、アタシはご主人様が幸せそうだから良いんだけどね。案内するよ、ついて来な」アルフはそう言って歩いていくので、俺を黙って後をついて行った。フェイト視点この温泉旅館の近くにジュエルシードがあるっていうのは間違い無いみたい。でもまだ見つけられない。焦る必要は無いけど、欲しいものがすぐ近くにあるのに手にすることが出来ないのはちょっと悔しい。アルフには温泉に行ってきていいって言っちゃったし、もう少しだけ一人で絞込み頑張らなきゃ。「お~い、フェイト~」「ア、アルフ?」声のする方を見ると、さっき旅館の温泉に入りに行ったアルフが手を振ってこっちに歩いて来た。「どうしたのアルフ? 温泉は?」「いや~、温泉なんかよりもフェイトに会わせたい奴にさっき偶然会ってね!! せっかくだから連れてきたんだよ」私の疑問にアルフは嬉しそうに答える。でもアルフが私に会わせたい人って誰だろう?「もう隠れてなくていいよ、出ておいで」アルフがそう言うと、今来た道の途中にある木の陰から浴衣姿の男の子が現れた、ってあれは!!「ソ、ソル!?」驚いて大声を上げてしまう。だって、どうしてこんな場所にソルが、しかも浴衣姿で居るの!?「わざわざ隠れる必要あったのか、これ?」「えへへへ、フェイトを驚かしてやりたかったんだよ」「やれやれだぜ」ソルは呆れたように首を振ると、私の前にやってきた。「しばらくだな」「う、うん。ソルも、げ、元気だった?」「ボチボチだな」今のソルの姿は前に見た赤いジャケットに黒いジーパンという格好ではなく、水色の縦縞の浴衣姿。お風呂上りだからか髪も湿っていて、髪型も後ろで縛らないで下ろしてる。本人は気付いていないけど、浴衣の胸元が少し肌蹴ていて、その、ソルの地肌が見えてしまっている。首筋から鎖骨、鍛え上げられた大胸筋と腹筋が顔を見せる。おへそが見えそうで見えない。お風呂上りだからか、服装が違うからか、髪形が違うからか、剣もヘッドギアも無いからか、もしかしたら全部か、どれでもいいけどソルの醸し出す雰囲気が今までと違う。(なんか、色っぽい)そう。格好良いとかそういうんじゃなくて、色気がある。今のソルにだったら何を言われても「うん」と答えてしまいそうな魅力がある。「じゃ、アタシは目的を果たしたし温泉にでも浸かるよ」「えええええ!?」ちょっと待って、ソルと二人っきりになれるのは嬉しいけど今のこの状態のソルは危険だよ!! 私の理性的な意味で!!!「二人共ごゆっくり~」だけど私の心の声は届かず、アルフは笑いながら旅館の方へ歩いて行ってしまった。え、ちょ、何これ!? どどどどどうするの? ど、どうすればいいの私!? とととにかく何か話さなきゃ、え~と、う~んと………そうだ!「ソ、ソルは、お風呂に入ってたの?」「ん? ああ、ついさっきまでな。お前も折角此処まで来たんだ、ジュエルシード回収するだけじゃ味気無ぇだろ。後で入ったらどうだ?」「うん、そうする」「じゃ、これやるよ」「え?」手渡されたのは「うまいコーヒー牛乳」というラベルが貼ってある瓶。買ったばかりなのかまだ冷たい。「これは?」「風呂上りに飲め、美味いぞ」「いいの?」「気にすんな」「………ありがとう。大切に飲むね」思わず冷たい瓶を抱き締めてしまうと、「大袈裟な奴だな」と笑われてしまった。「少し歩くぞ」ソルは私から視線を外すと、「散歩道コース 300M こちらから⇒」と書かれた立て看板に従って歩き出した。私もそれについて行く。プツリと会話が途切れてしまったけど、それを寂しいと感じない。まだ出会って間も無いけど、なんとなく分かる。ソルは必要以上に喋らない。必要な時に必要なものを最低限喋る。そんな気がする。それに、根掘り葉掘り詮索しようともしない。未だに私がジュエルシードを求める理由を聞いてこないのがいい証拠だ。普通はあのユーノっていう使い魔やなのはみたいに気になって問い詰めてくる筈なのに。きっと、ソルにとってジュエルシードなんて物は本当にどうでもいいんだろう。やがて、散歩道コースの半分くらいを過ぎたところにある池に着くと、それに架かる橋の上の真ん中でソルは立ち止まり、橋の欄干にもたれ掛かった。「言っておくことがある」「………言っておくこと?」急に話しかけてきたソル。言っておくことって何だろう?「ジュエルシードを何故集めてるのかなんて今更聞く気は無ぇ。だがあの厄介な石を求め続けるなら、必ずなのはと戦うことになる」「なのはって、この前会ったソルの妹だよね?」その時の彼女の怒りの形相を思い出して身震いした。「ああ。困ったことにあいつはユーノがジュエルシードを集めることを手伝っててな。最初はマジでお手伝い感覚、普段体験出来ないようなことを楽しんでるって感じだったんだが、前に暴走したジュエルシードの所為で街にかなりの被害が出ちまったことがあったんだ」私は黙って聞いていた。「んで、それ以来決意を新たにしたというか、ジュエルシード集めに本気になったようでな。前回はなぁなぁになったが、次からはマジで来ると思う」ゴクリと唾を飲み下す。あの子はきっと強い。前回は勝てそうだった。でも、あれはたぶん彼女の戦闘経験が少ないから一瞬の隙を突けたのであって、次はからはそうはいかない。何よりソルの妹だし。対峙して分かった。あの子は凄い才能を持ってる、でも戦い方を知らないだけだって。「だからって、ジュエルシードを諦めろとは言わねぇ、なのはに手加減してくれとも言わねぇ。むしろ本気で、コテンパンにのしてくれて構わねぇ」「え?」ソルの言ってる意味が分からない。「………どうして?」「以前にも言ったが、俺個人はジュエルシードなんてどうでもいいからだ。ユーノが持ってきた厄介話になのはが巻き込まれた。最初は単に巻き込まれただけだが、今は自分の意志で首突っ込んでる。俺はそれを影から怪我の無いように見守ってるっていうのが今のスタンスだ」つまりは、とソルは続ける。「なのはとフェイトがいくらジュエルシードを求めて殴り合いなり、魔法合戦なりしようと手を出す気は無ぇ。ただ、お互いに怪我の無いようにしてくれってことだ」「ソルは、どうするの?」「俺か? 俺はこれからは傍観者だ。初めて会った時みたいに、もしなんかやばくなった時だけ手を貸してやる。基本、それ以外は見てるだけ。その時その時に見つかったジュエルシードの所有権については、平和的な話し合いとか怪我しない程度に非殺傷設定で決闘とかでもして勝手に決めろ。後は知るか」そこまで言うと、ソルは歩き始めた。私はそれを呆けた感じに見ていたけど、慌ててソルの後を追いかける。ソルは何も言わない。これ以上言う必要は無いって感じで黙り込んでしまった。先程のソルの言葉を反芻してみる。要約すると、ソルは見てるだけ。前のような私の命に関わるようなことがあったら助けてくれるけど、それ以外は知らぬ存ぜぬ。なのはは私と同じでジュエルシードを求めているから、いずれ必ずぶつかり合う。その時は怪我しない程度に勝手にしろ。それだけだ。本当にそれだけだ。ソルはどうしてこんなことを言い出したんだろう? きっと聞いても教えてくれない。「テメーで考えろ」って返ってきそう。疑問に答えが出ぬまま、散歩道コースは終わってしまう。もうちょっと一緒に居たかったけど、残念。「じゃ、俺は宿に戻るぜ」「うん、またね、ソル」「ああ、またな」ソルは踵を返して宿に向かって歩いて行った。しばらくの間、私はソルの後姿を眺めていた。眺めていた、けど、「ソル!!」気が付けば大声で呼び止めながら走っていた。振り返って頭に?を浮かべながら立ち止まるソルの目の前まで来て、一気に捲し上げた。「ソルは何にも聞いてこないけど、ソルにだけは知っていて欲しい。私がジュエルシードを求める理由は、ある人がそれを求めているから。その人の為にジュエルシードを探してる!!」「………続けろ」「ソルが私を手伝ってくれないのははっきり言って残念だし、なのはと戦うことになるのは嫌だけど、私は譲れない。これだけは譲れないんだ!!」「………そうか」「だから負けない。なのはにはそう伝えておいて」「ああ、しっかり伝えておく」「それだけだから、またね!!」私はそのままソルに背を向け走る。振る返らずに。そんな私の背中を、じっと見つめるソルの視線を感じながら。SIDE OUTなのは視点お風呂から上がってお兄ちゃん達と一緒に卓球でもしようと思ったんだけど、部屋にはユーノくんの姿があったのですが、お兄ちゃんが見当たりません。ユーノくんがお風呂から上がっていたので、お兄ちゃんがまだお風呂に入っているとは思えません。一体何処に行ったんだろう? 皆で一緒に卓球でもやろうと思ってたのに。私はさっきからお兄ちゃんの姿を求めてあっちをフラフラこっちをフラフラしています。「なのは、こんな所で一人で何やってんだ?」「あ、居た!! もう、お兄ちゃん探してたんだよ!!」そんな時です。お兄ちゃんがひょっこり姿を現します。「それよりなのは、今一人か?」「にゃ? 卓球場でアリサちゃんとすずかちゃんが待ってるけど、ユーノくんも」「そうか、なら丁度良い。ちょっと話がある、来い」「え? あ、お兄ちゃん?」突然私の手を握って歩き出すお兄ちゃん。普段、お兄ちゃんから手を握ったりとかあまりしてくれないからちょっと嬉しいです。今晩寝泊りする部屋に辿り着くと、他に誰も居ないことを確認してから私を先に部屋に入れて鍵を閉めました。あれ? どうして施錠する必要があるんでしょうか?お兄ちゃんは何時になく真剣な表情です。………え、まさかお兄ちゃん?「なのは、話ってのはだな」「ダメ、ダメだよお兄ちゃん! お兄ちゃんの気持ちは嬉しいし私もその気持ちには応えたいけど私達まだ小学校卒業してもいないしまだお互い子どもだからそういうのは良くないと思うの!! でもだからってお兄ちゃんのこと嫌いって訳じゃなくてむしろ大好きだからお兄ちゃんがどうしてもって言うんならキスぐらいは………」私は自分でもよく分からないことを言いつつもフラフラとお兄ちゃんに抱き付いてその唇を、ゴツッ!!!「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁい!?」待ち受けていたのは甘くて柔らかい感触ではなく、額に鈍い衝撃。口と口のキスではなく、文字通りの衝撃的な額と額のキスでした。「何を期待してたのかは知らんが人の話を最後まで聞け」頭を抱えてのた打ち回っているところに無常の言葉。正直、ショックが大きいです。そんな私の傍に座布団を二つ置くと、その一つにドッカと片膝をついて座り、私にも座るように促します。どうでもいいけど、浴衣姿でその座り方をすると凄くワイルドです。「さっきフェイトに会ってきた」「っ! フェイトって、すずかちゃん家で会ったあのフェイトちゃん!?」「ああ」「むうぅぅ」折角お兄ちゃんと二人っきりだというのに、自分が不機嫌になっていくのが実感出来ます。理由は分かっています。フェイトちゃんのお兄ちゃんを見る眼が自分と同じだから気に入らないのです。「で、少しだけ話をしてきた。あいつがジュエルシードを求める理由もな」そんな私の気持ちも知らずにお兄ちゃんは話し始めます。「あいつはある人の為にジュエルシードを集めてるんだとよ、そいつがジュエルシードを求めているから。お前と戦うのは嫌だけど邪魔するなら容赦しねぇ、だから負けない、だとさ」「ある人って誰?」「そこまでは聞いてねぇ。だが、決意はかなり固いみたいだぜ? 一筋縄じゃいかねぇくらいにな」「………」「どうする?」「………どうするって」そこまで言われて、私はお兄ちゃんの言いたいことがなんとなく分かってきました。つまり「お前にはあいつと同じくらいの、そこまでして戦う覚悟と理由があるのか?」と言っているんです。「何度も言うようだが、俺はジュエルシードがこの街から消えてくれればそれで構わねぇ。だから、お前がやることに文句は言わねぇ、それと同じでフェイトのやってることにも文句は言わねぇ。いざとなったら前みたいに手も貸してやる」だがな、と一回区切りを入れて私の眼をじっと見ます。「お前とフェイトがジュエルシードを求めて争うような場面になったら、俺は一切手出ししねぇ。何故ならジュエルシードの所有権云々の話は俺にとってどうでもいい。話し合いで決めるなり、怪我しない程度に非殺傷設定で決闘でもするなりして勝手に決めろ」「すずかん家の時みてーに間に入ることはもうしねぇ、それだけだ」とお兄ちゃんは立ち上がって部屋に備え付けのポットでお茶の用意をし始めました。私はお兄ちゃんが言った言葉をよく噛んで含むように整理した後、頭の中で纏めます。つまり、基本的にお兄ちゃんは見ているだけで、前みたいに私だけじゃどうしようもなく時にだけ助けてくれる。それ以外は自分で何とかしなきゃいけない。そして、フェイトちゃんとジュエルシードを賭けて戦うようになったら手出しはしない。どうしてお兄ちゃんが突然こんなことを言い出したのか分かりません。でも長い付き合いだから一つだけ分かっています。それは、お兄ちゃんがこういうことを言った時は大抵自分で考えて、自分で決めて行動しなければいけないんです。まだよく分かりませんが、なんだかお兄ちゃんらしいな、っと思いました。「ほら、飲むか?」「うん」差し出された湯呑みを受け取ります。それっきり会話は止まってしまいましたが、お兄ちゃんと二人っきりで居るとよくあることです。お兄ちゃんは喋る時は喋りますが、喋らない時はとことん喋りません。話しかければ応えてくれますが、お兄ちゃんの方から用が無い場合は話しかけられることなんて無いに等しいです。でも、それが嫌じゃありません。お兄ちゃんはそういう人なんです。特に会話も無く、ゆっくりと時間が流れていく。お兄ちゃんとこの時間を共有しているのが私は好きなんです。そういえば、最近はジュエルシードとか魔法の勉強とか槍の稽古とかで純粋にお兄ちゃんに甘える時間が前より少ないなぁと、ふと思いました。ただでさえ此処最近は、お兄ちゃんに向けられる熱視線が増えてきている気がするんです。それに、フェイトちゃんという強力なライバルが出現した以上、これまでのように油断は出来ません。そう思った私は、飲み終わった湯呑みを置き、立ち上がって座っているお兄ちゃんの背後に回り込むと、のしかかるように抱きつきました。「アリサとすずかのとこ戻って卓球しなくていいのか?」「………いいの」「後で何言われても俺は知らねーからな」「うん」そのまま私は、アリサちゃんが怒鳴り込んでくるまでお兄ちゃんに甘えていました。SIDE OUT気まぐれ後書きソル、自ら空気宣言………ウボォー