薄暗い研究室にて、空間モニターを見つめる男が居る。幾重にも重なりのたくる配線や、壁にズラリと並んだ生体ポッド、手術台のようなものから用途不明な謎の機器が所狭しと散らばるそこで、男は薄気味悪く口元を三日月に歪めた。紫色の髪、やや痩せ型の肉体を包み込む白衣。いかにも研究者、もしくは科学者然としたその出で立ちは、誰が見ても彼がこの研究室の主であると認識させる。ただ一つだけ付け加えるとすれば、部屋の内装と彼の瞳が狂気を孕んでいるが故に、『マッド』と付くが。Dr,ジェイル・スカリエッティ。それがこの男の名。彼は今にも声を漏らして笑いそうになるのを堪えながら、小刻みに身体を震わせていた。「ドクター」そんな彼の背に女性の落ち着いた声が掛かり、スカリエッティは薄笑いをそのままにゆっくりと背後へ振り返る。「何だい、ウーノ?」「トーレの右腕を修復する準備が整いました」ウーノと呼ばれた女性は無表情のまま簡潔に用件を伝えた。「……そうか。では、取り掛かるとしよう」今まで見ていた空間モニターからあっさり視線を外して歩き出すスカリエッティに、ウーノはやや躊躇いがちに口を開く。「ドクター。一つお聞かせください」「ん?」「クアットロの意見を採用したのは、何故ですか?」「ああ、そんなことか。簡単だよ、面白そうだからさ」問いの内容を聞いて、さも当たり前のように答える生みの親に対し、ウーノは更に問いを重ねる。「……危険ではないのですか?」此処で初めて、ウーノの表情と声に感情が表れる。それは不安に思っていながらも必死に押し隠そうとしていながら失敗する、妹のことを心配する姉としての――実に人間らしいものだった。スカリエッティはスカリエッティで、ウーノが垣間見せた人間らしさに興味を注がれつつ金の瞳を細め、やはり笑みを浮かべたまま問いに答えるだけ。「指摘された通り、危険が無いとは言い切れない。もし制御に綻びが生じていれば大惨事では済まされない事態に陥ってしまう可能性が高い」「それが分かっていながら、何故?」「言った筈だよ、ウーノ。クアットロの意見が面白うそうだからさ」先程の言葉と全く同じことを言って、彼はまだ納得仕切れていないウーノに、持論を披露したくて堪らない科学者の顔で鼻息荒く詰め寄った。「願いを叶える石、ジュエルシード。その本質は次元干渉型エネルギー結晶体で、願いを叶えるなんて文句は全く出てこない代物だが、此処で私は疑問に思う。 では、何故次元干渉型エネルギー結晶体が、生物の意思や思考、感情に反応するのか? そして、その反応が手にした生物によって顕れる結果がそれぞれ異なるのはどうしてか? これが実に興味深いんだよ、ウーノ。 もしかしたら、もしかしたらだよ? ジュエルシードには我々人間には理解出来ない”何か”が、例えば意思のようなものがあって、己を持つ者の、此処は『願い』としておこう、それを理解しようとして、その結果を現実世界に顕現させようとするロストロギアだとしたら? ジュエルシードの本質が本当は次元干渉型エネルギー結晶体ではなく、文字通りの『願いを叶える石』だとしたら? こうやって別の切り口から物事を考えていくと止まらないんだ。 もし、ジュエルシードの力を上手く使いこなし、自分が望み描いた『願い』を現実に顕現することが出来たら? それはとても素晴らしいことだと思わないかい? 確かに、安全策を取ってジュエルシードを単なるエネルギー供給源とした方が危険は少ないだろう。だが、それでは面白みが無い。そんなことをするくらいなら素直にレリックを使うよ。 重要なのは、ジュエルシードが『生物の意思や思考、感情に呼応して魔力を生産し、持ち主の願いを叶えさせようとしている点』なのだから。 ……ああ、ウーノは万が一暴走した時の次元震や次元断層、虚数空間のことを心配しているのか。すまなかった。うっかりしていたよ。 あれが次元干渉型エネルギー結晶体であることから次元震や次元断層を人為的に発生させるのが目的なのか、何かの副次的な要素によってそうなってしまうのかは分からないが、あれは本当に何なんだろうね? そもそも虚数空間とは一体何だろうか? 魔法がキャンセルされ、何も出来なくなってしまうとは言われているが、中が一体どうなっていて、何処に繋がっているのか、それは誰にも分からない。 途方もない大きな力が空間を歪曲させた結果、次元震や次元断層への切欠を作り、虚数空間が生み出される……ふむ、これなら一応筋が通っているが、私は何処か釈然としないね。 だってそうだろう? 次元干渉が本質であれば、『願いを叶える』必要は無い。『願いを叶える』のが本質であれば、次元干渉は必要無い。少し矛盾を孕んでいる気がするのさ。 まあ、これはさて置き。 クアットロの意見を採用した最大の理由は、トーレが純粋に”力”を求めているからだよ。彼女は”力”に、『強さ』に、そして何より彼に勝つことに執着している。まるで自分は彼に勝つ為に生まれたとでも言うように。 そんな彼女が、高町なのはに敗北して己の無力をどれだけ呪っているのか私には想像も出来ないが、相当辛いものだとは察しているよ。私も、私の作品が彼に負けたのではなく、彼の手下に負けたのかと思うと、腹の底から何か言葉では言い表せない激情が捌け口を求めて燻っているのを感じるから。 だから私はトーレが望む”力”を与えてやりたいし、是非彼女には彼らを打ち倒して欲しいと考える。その為のジュエルシードでもあるんだ。 だが、ジュエルシードをただエネルギー供給源として使うだけでは何か重要なファクターが足りない気がする、前々からそう思っていた……そんな時に、これを見た」吐息もかかる程の至近距離でウーノにマシンガンの如き勢いで喋りまくっていたスカリエッティは、此処で一旦距離を取って、背後で未だに表示され続けている空間モニターを指し示す。「見たまえ、騎士ゼストと戦う騎士ヴィータの姿を!! 感情を爆発させて戦う彼女の姿は、あの時の彼にとても酷似していると思わないかい? でもそれだけじゃない。むしろ、似ているどころか全く同じなんだ!!」映像に映し出されているのはゼストと戦うヴィータである。スカリエッティが言う通り、全身から魔力光を輝かせ莫大なエネルギー放出させているその姿は、彼と瓜二つだ。「ドラゴンインストール……その名の通り、騎士ヴィータには彼の”力”がインストールされている。彼程ではないが、その”力”の片鱗は見せてくれた。別人同士でありながら同一の魔力反応だなんて普通だったら絶対にあり得ない。この事実が何よりの証拠だよ」呪文を唱えるように言葉を紡ぐスカリエッティは、本当に楽しそうである。「感情に呼応する肉体、生命の揺らぎならではの”力”の発現、リンカーコアが肉体とシンクロすることによってもたらされる進化!! 嗚呼、実に素晴らしい! だから彼らから眼が離せない! だから”背徳の炎”は魅力的だ! 故にソル=バッドガイは最高の一言に尽きる! 彼こそが究極の生命だ!!」どんどんヒートアップしていくスカリエテッティは、ついにいつものようにソルを褒めちぎり始めた。「ま、待ってくださいドクター。それでは、まさかソル=バッドガイは、自分の”力”を他者に分け与えることが……!?」とある考えに至り、ウーノが戦慄する。当たって欲しくない、外れていて欲しい、そんな風に思いながらも、自分で自分の考えを否定することは出来なかった。眼の前に一つの結果と証があるのだから。「何人居るんだろうね? もしかしたら全員、彼の”力”がインストールされているかもしれない……それ程までに、彼らの強さは異常だからね」モニターの映像が次々と移り変わり、”背徳の炎”の顔ぶれが順繰りに映し出されていく。その一人ひとりが、人の皮を被った悪魔の化身に見えて、ウーノはぶるりと身体を震わせてしまう。一人でも手に負えない化け物だというのに……!!「それにしても不思議だ。彼は違法研究をこの上なく嫌い、憎んでいる筈なのにどうして彼は自分の”力”を仲間に分け与えているのか……毒を以って毒を制す? いや、違うな……やはり彼も人の性に抗えず、二律背反の末に同類を求めるのかな? クハハハハハッ」ウーノの内心など全く気にする素振りも無く、スカリエッティは乾いた声で哄笑している。……ドクターは本当に面白がっているだけなのだろう、とウーノは眉を顰めて生みの親の横顔を覗き込む。ソル=バッドガイに魅入られて以来、スカリエッティは彼のことしか見ていないような気がする。恐らくはそれは、彼のような生体兵器の理想像を自身の手で生み出したいという欲求であったり、自分と同じ作られた存在でありながらとても人間らしい感情を元に戦うソルへの純粋な憧れであったり、理由は様々だ。別にスカリエッティが自身の作品である娘達のナンバーズを蔑ろにしている訳では無い。ナンバーズを強化する為に、日夜研究を欠かさず頭を掻き毟りながら必死になっている姿を目の当たりしているので、スカリエッティはスカリエッティなりにナンバーズのことを思ってくれていると断言出来る。だが、それでも気に食わない時は存在した。ソルのことで一喜一憂し、いつ如何なる時もスカリエッティは思考の一部をソルに費やしている。今回のアグスタの件でもそうだ。トーレが高町なのはに敗北した時のリアクションは一言『そうか、トーレは負けてしまったのか』と呟くだけの、酷く淡白なものであった。それどころか、ソルの”力”がインストールされているかもしれない他の”背徳の炎”の面子に興味を惹かれたのか、これまで集めた戦闘データを一から見直し始める始末。きっとスカリエッティにとって勝敗などどうでもいいのかもしれない。ただ、彼は敵であるソルに近付きたいだけ、ソルに並び立ちたいだけなのだ。(そして私達はその為の道具に過ぎない……)初めから分かっていた――スカリエッティに生み出された時からよく理解していた事実。だが、戦闘機人がスカリエッティにとって都合のいい手駒でしかないことを改めて自覚した瞬間、心の奥底からドス黒く穢れた負の感情が沸き上がってくる。生まれて初めて抱いた感情は、怒りにも似た――大切なものを奪われたことに対する嫉妬だった。スカリエッティの心を掴んで放さない最凶の敵、ソルに対する嫉妬。そして一度この感情を認めてしまうと、自分でも歯止めが利かないくらいに、ソルのことが憎くて仕方が無くなってきてしまう。あの男が、あの男が私達の全てを、ドクターを狂わせたのだ、と。どうしてあの時、あのタイミングで現れたのか。Sランク魔導師を打ち倒し、戦闘機人が実戦で運用可能なものと証明されたあの瞬間を、まるで狙っていたかのように。ソルの所為で、スカリエッティはソルの持つ”力”に心酔してしまい、全ての予定が狂った。トーレのプライドはズタズタになった。時間が経つにつれて、ドゥーエもスカリエッティ同様、ソルに魅せられてしまった。一部のナンバーズは戦う為に生まれた戦闘機人でありながら、戦うことに躊躇や恐怖を覚えてしまった。全部、何もかもこの男の所為だ。(……ドクターの研究資料でしかない癖に)違う。そんなことは分かっている。ソルは研究資料どころか、スカリエッティが目指すべき、遠い未来の果てに存在する理想。遥か高みにその存在が許された、完璧にして完全なる完成品。だが、そう思わずにはやってられない気分なのは確かである。「良い、実に良い。今回は彼の炎を見ることが出来なかったのは残念だが、その代わり騎士ヴィータが魅せてくれた。それだけでも今回は収穫があったというものだ」隣で未だに上機嫌な顔で嗤っているスカリエッティの声が、耳障りだと感じてしまう。しかし、ウーノは結局どうすることも出来ず、ただひたすら憎悪を込めてモニターに映る男を睨み付けるだけだった。これまでに胸の内に宿った様々な感情が、誰よりも人間らしいと気付くことなく。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat19 The Pretender? PATH A「今の聞いたか? よく分かんねぇけど”背徳の炎”の連中が、既に全員インストール済みかもしれないって話」「この耳で確かに聞いたッス。もしそうだとしたら、あんな化け物集団相手にどうやって戦えっつーんスか?」スカリエッティとウーノの会話を研究室の外から――たまたまドアの隙間がほんの少し空いていたので――覗き見しつつ、ノーヴェとウェンディがコソコソと話し合う。「冗談じゃねぇよ。トーレ姉ですら高町なのはに手も足も出ねぇでボコられたってのに、そんなあいつら全員が騎士ヴィータみてぇな隠し玉持ってるってことだろ?」「騎士ゼストと互角だった騎士ヴィータを基準にすると、少なくとも残りの面子も同じくらい強いってことになるッスね……」あまりにも理不尽な現実にノーヴェは半眼になり、絶望的な未来予想図にウェンデイは青い顔だ。「そもそもあいつら、本当に人間なのかよ。疑わしいにも程があるぞ……全員が全員、ソルと同じ生体兵器なんじゃねぇのか」渋い表情で文句にも似たことを口走るノーヴェにウェンディは同意を示す。「連中が全員、生体兵器……あり得ない話じゃないッスよねぇ……とりあえず、この話を他の皆にも伝えるッス」二人は中に居るスカリエッティとウーノにバレないように、そそくさとその場を後にした。丁度良く集まっていた他の姉妹――セイン、ディエチ、オットー、ディードの四人を掴まえて先程盗み聞きした内容をざっと説明すると、まず初めにリアクションを起こしたのはこの中で一番上の姉に当たるセイン。「フッ、何を今更。ソル達がいくら強かろうと、あたしがすることは変わらない」やけに格好良いシニカルな笑みで、自信満々に言い放つ。ある意味開き直った態度のセインの様子に、誰もが心の中で感心した。「捕まりそうになったら、まずこうだ。両膝を地面に着けて正座する。で、相手に向かって平伏するように頭を垂れてから『命だけは助けてください』って――」「ただの命乞いじゃねぇかっ!!!」頭に血を昇らせたノーヴェが土下座をしているセインにサッカーボールキックをかます。蹴られたセインは「あふん」と奇妙な悲鳴と共に冷たい床に打ち付けられて悶絶する。「ちょっとでも見直したアタシが馬鹿だったよ!!」「右に同じッス」「セイン姉様、いくらなんでもそれは……」「僕も、ちょっと引くな、それは」憤るノーヴェ、苦笑いのウェンディ、純粋に引いているディードとオットー。妹達に言いたい放題言われて、散々な結果である。しかし、その中でも唯一ディエチのみが倒れているセインの上体を優しく抱き起こすと、首を振ってこう言った。「『命だけは』の前に、『知ってることなら洗いざらい吐くから』って付けなくちゃダメだってば」「そうだった、そうだったねディエチ。ちゃんと言うこと言っとかないと、待ってるのは焼却処分だもんね」「それにもっと真剣に、真摯な態度で誠心誠意を持って頭下げないと」「うん。もっと気持ちを込めて謝るよ」「畳み掛けるくらいの勢いで謝りまくって、相手に――」「オイコラァァッ!! 何の打ち合わせしてんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」何やら土下座の仕方について話し合っている二人にノーヴェは絶叫しながら詰め寄る。「うるせぇぇぇっ!! あたしだって好きで土下座の練習してる訳じゃ無いっつの!!」蹴られたことが今になって頭に来たのか、こめかみに青筋を立てたセインが立ち上がり、ノーヴェのみならず胡散臭そうなものを見るような眼を自分に向けてくるウェンディとオットーとディードにも鋭い視線を飛ばし、大真面目な顔になって口を開く。「聴覚を最大限まで引き上げてよく聞け妹共……あたしは」此処で、すぅ、と大きく息を吸い込んで、覚悟を決めて、「あたしは、ソルのことが滅茶苦茶怖いんだよ!! 火達磨にされて灰になるなんて真っ平御免だ!!」本音を暴露した。魂の奥底から響いてくるような、嘆きであった。「……」「……」「……」「……」唖然として黙りこくる妹達。点になった眼と、あんぐりと開けっ放しになって四角くなった口が、やけにコミカルに映る。「へっ、どうだ? 参ったか」そして何故か尊大な態度で胸を張るセインは、もうなんか可哀想なくらいにお馬鹿に見えるが、背伸びをしようとしている幼子を見ているような微笑ましさを覚えてしまう。「まあ、とにかく。ソルに焼き殺されそうになったら、とりあえず土下座ね。話はそれからだから」無理やり纏めるようとするディエチの言葉に、四人は最早返す言葉も無かった。しかし、土下座は土下座でも焼き土下座になることを、彼女達は誰一人として気付いていない。疼く。自ら斬り落とした右腕の傷口が、疼く。心臓が脈打つ度に、呼吸と共に。そして、高町なのはを思い出す度に、ズキリと痛みを伴って疼く。「……っ」怨嗟の声を音にしないまま、トーレは胸中で敵の名を呼ぶ。絶望的な重圧を持つ敗北感に苛まされて、情けない自分に対する怒りと敵への憎悪で腸を煮え繰り返しながら、奥歯を噛み締め、左腕で右腕の傷口を握り締めた。無様だった。高町なのはに負けたというのもそうだが、何よりも無様で許せないのは、――『御託は、要らない』必殺の一撃を放つ瞬間の、高町なのはの眼を見て、かつて無い恐怖を覚えてしまった己が何よりも許せなかった。今思い出すだけでも身震いしてしまう。その眼差しは獲物を仕留める狩人のもの。肌を突き刺すような殺気は”白い悪魔”というに二つ名に相応しい。火竜の敵を狩り殺す白い悪魔。それこそが高町なのはの本来の姿なのだろう。殺されると直感的に悟ったあの時、脇目も振らず自ら右腕を切断してバインドの拘束から逃れ、全速力で敵前逃亡を図った。逃げ切った後に感じたのは、死から逃れることが出来た事実に対する安堵。それは生物が持つ生存本能として当たり前のものであったが、トーレが考える己の在り方――戦闘機人としての存在意義には反していた。敵前逃亡など言語道断である。「化け物めっ……!!」今度は、声に出して罵った。敵は、赤い火竜と白い悪魔。恐怖がない交ぜになった憎しみと、圧倒的な力を持つ奴らに対する嫉妬をこの場に居ない敵に叩き付ける。戦う為に生まれた戦闘機人が恐怖を刻み込まれるなど、屈辱以外の何物でもない。恐怖で戦わない戦闘機人など、まるでただの人間ではないか。この身はスカリエッティによって生み出された戦闘機人。戦う為に生み出された、戦うことが存在意義の生体兵器。それが、敵に恐れ慄き、戦えないだと?「……違う……違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!」口から怒りも憎しみも恐怖も情けなさも敗北感も、全ての激情を吐き出すように叫び、頭を抱えて首を激しく左右に振り乱す。「私はNo,3トーレ、Dr,ジェイル・スカリエッティによって作られた戦闘機人!! 戦う為に生まれた存在だ!! 私が戦えない訳が無い、戦えない筈が無い、戦って――」そして無様に負け、おめおめと逃げ帰ってきた結果がこれだ。「……私は、私には……生きる価値が、あるのだろうか……?」力無く項垂れ、暴れていたのが嘘のように片腕で両膝を抱え、蚊の鳴くような声で問いを投げ掛けてみても、虚空に投げられた言葉を聞き入れる者はこの場に居ない。問いはただの空気の振動でしかなく、狭い部屋に響いただけ。……もう、諦めた方がいいのかもしない。初めから理解していたことなのだ。ソル=バッドガイが究極の生体兵器で、自分では彼の強さに追いつくことが出来ないと。理解はしていた。しかし、ただ純粋に納得出来なかった。認めたくない、否、認める訳にはいかなかったのである。この数年間、我武者羅に強さを求め、ソル=バッドガイを打倒する為に日々を訓練に費やしていたが、結果は無惨なもの。ソル=バッドガイはおろか、その義妹の高町なのはにすら勝てなかった。最早己には戦闘機人として戦う価値も生きる意味も見出させない。己の存在意義が失われた瞬間である。だとしたら、どうなるのであろうか?価値も意味も無い今の自分は、人の形をした肉塊と機械の寄せ集めに過ぎない、ガラクタも同然だ。いっそ潔く死のう。これ以上存在し続けても恥の上塗りを繰り返すだけで、惨めでしかない。そんな時だった。その光を捉えたのは。壊滅的なまでに後ろ向きな思考を途中で遮ったのは、視界の端に過ぎった青い光。光に引き寄せられるように首を僅かに動かす。虚ろな瞳に映ったのは、淡い光を放つ小さな宝石。菱形の青い石。何の前触れも無く突然現れたそれは、まるで何かを待つように部屋の中に、虚空に浮かんでいる。「ジュエル、シード?」何故こんなものがこんな所に?理由も分からぬまま、思わずそれに手を伸ばそうとして、伸ばそうとした腕が無いことに気付き、苦笑した。それから改めて左腕を伸ばそうとした刹那、青い石は突如として強い光を放ち、トーレの眼を灼く。「何がっ、ぐあああああっ!!」起きている、と続けることは不可能だった。ジュエルシードの輝きが強まった瞬間に呼応するように、右腕の傷口に焼きごてを押し付けられたかのような激痛が発生したからだ。あまりの痛みに表情を歪め、唇を噛み締め耐え忍びながらも、視線だけは強い光に眼を細めたまま青い石から離さない。やがて、青い石は脈動を始める。ドクンッ、ドクンッ、と。生物の心臓のように。規則正しく。リズムを刻むかの如く。更に放たれる光が強くなり、今度は瞼を開くことすら出来なくなってしまう。眼の前で起こっている現象に一切理解が及ばない。仕方が無いので、トーレは成り行き任せに事態を見届けることに決めた。これから先、一体どのようなことが起きようと一度死を選んだ身である以上、恐れることは何も無い。そして――部屋の中を満たしていた青い光が消え、元の殺風景な部屋に戻る。変わったことなど何一つとして見当たらない。青い菱形の石も、何処かへと消えてしまっていた。今しがた見た光景は一体何だったのか? 白昼夢か何かだったのだろうか?そんな風に疑問に思いながら”右手”で前髪をかき上げて、違和感に気付く。”右手”?「そんな筈は――」――ドクンッ、ドクンッ。無い筈の”右腕”が、確かにあった。――ドクンッ、ドクンッ。まるで別の生き物のように、トーレの心臓とは違うリズムで脈打っている。――ドクンッ、ドクンッ。あきらかに自分のものではない、”右腕”。――ドクンッ、ドクンッ。理解出来なかった先程の現象が、”右腕”から直接脳に流れ込んでくる情報によって、漠然とだが理解出来た。――ドクンッ、ドクンッ。そう。『願い』は叶えられたのだ、と。――ドクンッ、ドクンッ。「はは、ははは、はははははははははははははははははははははははははははっ!!!」狂ったように嗤うトーレの顔は、これまで経験したことが無い程の歓喜に、いや、狂喜に満ちていた。嗤わずにはいられなかったと言った方が正しいのかもしれない。何故ならトーレは、この日、青い石の”力”を我が物としたのだから。新しい”右腕”と共に。想定外のことが起きた。まさか、トーレの新しい右腕の修復作業とジュエルシードの移植手術を行おうとしたら、強奪した十一個の内の一個が忽然と姿を消してしまった。いくら数え直しても一個足りない。慌てて周囲を片っ端から探し回っても見つからない。マズイ、マズイマズイマズイ!! あんなものを、世界を滅ぼす力を秘めたロストロギアを失くしてしまったとなれば、笑い話にもならない。頬を引きつらせて駆け回っていたクアットロであったが、彼女の心配も杞憂で終わる。何故なら、失くなったと思っていたジュエルシードはトーレが持っていたからだ。正確には、ジュエルシードが”トーレの右腕になっていた”と表現すればいいのか。詳しい経緯を聞いてもトーレは”新しい右腕”を掲げつつ「突然眼の前にジュエルシードが現れたと思ったら、気が付いたらこうなっていた」としか答えず。どういうことなのかさっぱり。分かることは一つ。トーレの肉体がジュエルシードを取り込んだ、否、ジュエルシードがトーレの『願い』を叶えたのだろう。(面白半分に進言したことが予想以上の結果を生み出す打なんて……)初め、クアットロはジュエルシードを単なるエネルギー供給源として使うことに、スカリエッティ二人と揃って『何かが足りない』と思っていた。だからこそ、ジュエルシードの『持ち主の感情に呼応する』という性質に興味を持った。そして、暇があればスカリエッティが閲覧しているソル=バッドガイの戦闘データを思い出し、あることを思いついたのである。紅蓮の焔と紅の魔力光を全身から無制限に放ち、莫大なエネルギーを生み出す生命体の感情を。凄まじい、と言わざるを得ない激しい憎しみは、まるでソル=バッドガイの”力”の源に見えた。生体兵器でありながらとても人間らしい感情で戦うその姿は、スカリエッティが重要視している『生命の揺らぎ』を内包しているが故に、彼が目指す理想に近い。だからこそスカリエッティはソルにこだわるのだ。ただの機械などでは絶対に出せない輝き。その輝きがあるからこそ、素材としての生命は美しく、素晴らしいとスカリエッティは語る。それにしても、だ。ジュエルシードを移植して、新しい右腕を付け直すつもりだったのに、まさかジュエルシードそのものが右腕となってしまうなんて誰が予想出来ようか。不可解な点は他にもある。強奪してから倉庫の中で厳重に保管していたジュエルシードの内の一つが、私室で腐っていたトーレの眼の前に現れる、という現象。(ジュエルシード……これって本当に何なのかしら?)願いを叶える石。次元干渉型エネルギー結晶体。それが持つ何万分の一の力で世界を破滅へと追いやり、次元震や次元断層を発生させることを可能とする危険なロストロギア。持つ者の意思に呼応して”力”を生み出す青い宝石。(見た目はただの石ころでしかないのに)そんなことを言い出したらレリックも見た目は単なる結晶体なのだが。こんなものがヒトの意思を理解しようとしているとは……まあいい。使えるものは何でも使う、それが自分達の流儀だ。精々使いこなしてやろうではないか。と言っても。他のナンバーズに移植、というのは考え付いたが、忌々しいことにセッテ以外の妹達は皆拒みそうだ。現に、つい先程チンクにこの話を振ったら「私は絶対にそんなものに頼らない!!」と断言されてしまったのである。理由を聞けば失笑ものであったそれは、チンクなりのこだわりなのかもしれない。――『今度こそ、私は私自身の力でユーノ・スクライアを倒してみせる』辛勝を得たあれ以来、チンクはユーノ・スクライアをターゲットとして定めたのか他のナンバーズ――特に後発組には、あいつは姉の獲物だから手を出すな、と言い聞かせていた。あまり気にはしていなかったが、流石にジュエルシードの移植を拒む程のこだわりがあるとは思っていなかったのが正直な話。思い返してみると、チンクは妙なことにこだわる――スカリエッティ曰くそれがチンクの個性らしい――そういう個体だ。ゼストとの戦闘で失ってしまった右眼も、自戒としてあえて修復していない。はっきり言ってしまえばチンクのこだわりはクアットロにとって理解に苦しむものであったが。「あれもこれも全て、ドクターがいつも口癖のように言ってる『生命の揺らぎ』とでもいうやつなのかしら」小馬鹿にするように、フッ、と鼻で笑ってしまう。嗚呼、それならば納得だ。敵であるソルは勿論、スカリエッティも、ウーノも、ドゥーエも、トーレも、チンクも、セインも、ディエチも、他の姉妹達も、アルピーノ親子やゼストも、そしてこの自分ですら、懸命に今を生きている。どいつもこいつも純粋な人じゃない存在なのに、その在り方は酷く歪で、だのにとても人間的で、矛盾を孕んだそれは実に滑稽だ。「アハ、アハハハハハッ」クアットロにしては珍しい、というか普通ならあり得ない、童女のように無邪気な笑みで――邪悪に嗤う。――もし、今敵対している”背徳の炎”が自分達の出生を知ったら、連中はどうするんだろうか?これからいずれ起きるであろう面白そうなことに、胸を期待で膨らませながら。後書きどうやらトーレが”アオ”の力を手にしたようです、この流れだとセッテもwww仕事が忙しくてエイプリルフールねたを書き切れなかったのが、残念です。シャマルEND?的なことを書こうと思ってたのに。ではまた次回!!