己の意思に反して膝を着いてしまったことに、ティアナは愕然とした。「う、嘘でしょ……?」しかし、現実は非情である。嘘ではない。既に体力と魔力は共に底を突いている。気合と根性で無理やり酷使し続けていた身体は、溜まりに溜まった疲労が負債となって襲い掛かり、動かせないのだ。全身に圧し掛かる倦怠感を自覚してしまうと、本格的に身体がポンコツ寸前であることを理解する。酸素が足りない。呼吸が苦しい。手足が鉛のように重い。今すぐにでも横になってしまいたい。魔力の使い過ぎで意識を保つのがやっと。それでもクロスミラージュを手放さなかったのは奇跡だった。この場が命のやり取りをしている戦場で、自分はその戦場に居ることが、無意識の内にデバイスだけは絶対に放そうとしなかった。だが、戦場で戦うことが出来なくなった者など敵にとっては格好の的であり、味方にとっては重荷にしかならない。「ティア!?」スバルの焦燥感と絶望感を滲ませた声が響く。彼女はすぐさまへたり込んでしまっているティアナの傍まで来る。それと同時にギンガも顔を顰めながらスバルに倣った。二人でティアナを挟むような、庇うような陣形を取り、自分達の周囲を取り囲んでいる敵の群れを威嚇するように睨む。「こんな、所で……」唇から血が出る程強く噛み締めて、ティアナは言うことを聞いてくれない身体に鞭打って立ち上がろうとするが、失敗に終わる。指一本すら動かせないのだ。身体が動く訳が無い。(お願い、動いて!!)立て、動け、戦え、と。叱咤激励するように四肢に命令を送るものの、限界を迎えた身体は自分のものではないように反応してくれない。「……撤退するわよ。スバル、私が敵を引き付けておくから、その間にティアナを抱えて離脱して」そんなティアナの様子を一瞥し、ギンガが苦い顔で呟く。「くっ!!」ギンガの判断が正しいと理解していながら感情が納得しなかった。それでも従わざるを得ないと冷静に見つめる自分が無慈悲に言う。自分はもう此処までだ、と。何せ自分一人ではまともに歩くことすら出来ないのだから。「そうだね、ギン姉の言う通り、撤退しよう」姉の判断に素直に従うスバルの声にもいつもの元気が無く、その表情に濃い疲労の色が見えた。「悔しいけど私達は此処まで。後のことはソルさん達に任せましょう」そう言うギンガもかなり消耗しており、同時に本当に悔しそうである。いや、ギンガだけではない。悔しいのは三人共同じだ。また自分達は満足に仕事をこなすことが出来なかったと、三人の心に深い傷を作る。自分達は弱いのだ、ということを事実として嫌という程刻み付けてくれた。足手纏いの役立たず。誰も口には出さないが、三人は自分達のことをそう思い始めている。特にティアナが。歯を食いしばって、悔し涙が零れそうになるのを彼女は耐えた。己の無力を叩き付けられて、悔しくて悔しくて、また任務を完遂出来ない自分が不甲斐無くて、これ以上戦えない自分が情けなくて。その時、三人のすぐ傍に四角い形の魔法陣――新たな召喚陣――が顕れた。敵の増援に早く撤退しなければ、と思いながらも色が違うことに気付く。今までの召喚陣は全て紫色だったのに対し、これは桜色だ。よく見れば形も若干違う。ガジェットや虫達を送り込む為の陣は全て紫色をした正四角形だった。それが眼の前に映るのは桜色の菱形が一つだけ。菱形の召喚陣が一際輝き、桜色の魔力光が視界を覆い尽くす。優しい色だった。場違いにそう思ってしまう、そんな色。そして――「聖騎士団奥義!!」桜色に輝く魔力光の中から、鋭く凛々しい少年の声と共に巨大な雷撃が飛び出し、三人の真横を通り過ぎて敵の群れの一角を爆発四散させたのは次の瞬間だった。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat15 ホテル・アグスタの幕引き召喚陣からまず一番最初に姿を現したのは、ソルとお揃いのバリアジャケット――聖騎士団の制服を模したもの――に身を包んだエリオ。次にツヴァイ。最後にフリードを従えたキャロだった。「行くよ、ストラーダ」<エキサイティングにな!!>手にした槍型のデバイスが応えた瞬間、エリオは全身に雷を纏い踏み込む。するとその姿をかき消した。常人では視認することが不可能な速度で敵の群れに突っ込んだのである。ほぼ同時に、ティアナ達三人の視界の中でムカデに酷似した虫――冗談みたいに大きい――の長い胴体が一瞬にしてバラバラになった。「ライトニングストライク」次にエリオはストラーダを握っていない左手を頭上に掲げてから振り下ろす。声に従い発生した落雷によってムカデは欠片残さず黒焦げと化し、近くに居た虫やガジェットをも巻き込んで爆発が生まれる。焦げた肉片やら粉々になった装甲の破片やらが降る中、今しがた瞬殺した敵には目もくれず、エリオは次の敵に襲い掛かった。狙いを定められたのは大型の球体ガジェットだ。熱線を飛ばし二本のアームを振りかざして接近を阻もうとするが、超高速でジグザグに動くエリオを捉えられない。容易く間合いを詰められ懐へと侵入を許してしまう。「渾身の……ビークドライバー!!」槍の刺突が青い装甲を貫き、雷を迸らせて轟く。ガジェットは突如内部に発生したエネルギーと衝撃波に耐え切れず、膨らませ過ぎた風船のように破裂。そして、また新たな敵を倒す為に雷を帯電させ、雷光を伴って疾駆する幼き騎士。瞬きする間も無く一気に間合いを詰め、鋭く疾い斬撃で敵を斬り伏せ、雷撃で粉微塵にする。その戦いぶり、その立ち居振る舞いは、まさに迅雷。今のエリオにはそんな形容詞がぴったりだった。突然現れた応援にティアナ達三人は呆然としていると、いつの間にか傍に居たツヴァイが呪文を唱える。「アイギスフィールド」無色透明にしてドーム型の障壁が四人を包み込む。「……法術の展開を確認、っと。三人はこの法力場から、って言っても分からないですよね、とにかく此処から動かないでくださいですぅ」そう言って三人に微笑むツヴァイの背景では、キャロの竜魂召喚によって本来の体躯となったフリードが背に主人を乗せて大暴れしている。強靭な牙と顎で噛み砕き、鼻先の角で突進してぶっ飛ばし、身体を横に回転させ大きくしなる尻尾で引っ叩き、羽ばたいて飛び上がったと思ったら急降下して踏み潰す。「フリード、薙ぎ払って。ヴォルカニック・レイ」「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」口を大きく開いてから敵の群れに向かって熱線を吐き出し、そのままの状態で命令通りに横へと薙ぎ払う。一瞬の間を置いて、熱線で焼かれた地面が火山の噴火を思わせるかの如く火を噴き、敵が纏めて爆発。粉塵を舞い上げ焦土と化した。エリオとキャロとフリードによって、成す術も無く蹂躙されていくガジェットと虫の混成部隊。「じゃあ、私も加勢してきますねー」まるで遊びに興じるような気軽さでツヴァイはドーム型の障壁から出て、空高く舞い上がると、自身の周囲に二階建ての一軒家並みに大きい氷柱をいくつも生成し、それを敵の群れに雨あられと降り注いだ。神速の雷光が煌き雷鳴が轟き、雷が落ちる。竜の咆哮が響き渡り、炎が大地を舐める。殲滅目的の物量で、氷塊が弾幕のように落ちてくる。戦場はたった三人の子どもと一匹の使役竜によって完璧に支配されていた。八つ裂きにされ、焼き尽くされ、圧し潰され、完膚なきまでに破壊されていくガジェットと虫の群れ。『大自然に囲まれた高級ホテル』と謳っていたホテルの入り口へと連なっていた森は、その外観を見事に粉砕されていた。最早戦闘前の美しかった景色など微塵も残っていない。木々は一本残らず根こそぎ吹っ飛ばされ、地面は大きく陥没し真っ黒に焦げてクレーターとなっている。そこら中で放電現象が発生し、周囲の気温は殺人的な熱と冷気で上がったり下がったりを繰り返す。暫くの間はぺんぺん草さえ生えない死んだ土地となるのは目に見えた。こんな光景をホテルの従業員が見たら間違いなく四つん這いになって嘆くことだろう。自分達よりも幼い子ども達が、自分達を苦しめた敵の群れを一方的に、片っ端から滅茶苦茶にしていく様を、三人は何かの悪い冗談のように感じながら黙って見ていることしか出来なかった。「間一髪で逃げられちゃったね」<捕まえれば情報が手に入ると思っていたのですが、失敗してしまいました>なのはとレイジングハートは揃って残念そうに溜息を吐く。バインドで拘束したトーレをスターライトブレイカーでトドメを差そうとしたのだが、直撃する寸前にトーレは拘束された右腕を左手のインパルスブレードで切断、すぐさまISを発動させ離脱したのだ。直撃は避けられたが完全に避け切れた訳では無いのでダメージは通したのだが、そのまま彼女は高速機動を駆使して逃走を図り、見事になのはの追撃から逃げ切ったのである。勿論、なのはも逃がすつもりなど欠片も無かった。しかし、ある程度距離を離されてから第三者による転送魔法によって何処かへ移動したトーレを捕まえられなかった。「召喚師も逃げちゃったみたいだし」ガックリと項垂れてしまうなのはにレイジングハートがフォローするように声を掛ける。<でも、敵の増援は止みました。後は残存勢力を殲滅するだけですよ、マスター。元気出してください、手土産も一応はあることですし>「うーん、こんなのでお兄ちゃんが喜ぶとは思えないんだけどなぁ……」レイジングハートを握っていない右手に握られているのは、トーレが自ら斬り落とした右腕。冗談でもなんでもない、これこそ本当の”手”土産だ。こんなもんを義兄に持っていくのか、自分は。「お兄ちゃん、敵は逃がしちゃったけどお土産あるよ、にゃはは」という風にトーレの右腕を差し出すのか。そんなことをすればまず間違いなくソルは眉を顰めてどうリアクションをすればいいのか困るに決まっている。心情的には飼ってる猫がとっ捕まえたネズミを主人に褒めてもらいたくて持って来られてしまった飼い主だろう。他の皆にはドン引きされる、絶対にドン引きされる。ドン引きされながらも、一応は戦闘機人の腕ということで貴重な資料になり得るので怒られはしないだろうが、苦虫を噛み潰したような顔で皆が自分を見つめてくるのが容易に想像出来た。「また陰で悪魔とか魔王とか言われるんだろうな……まあ、実際言われるようなことしてるからいいけど」深く考えるのは止め、丁度肘の関節から綺麗に切断された腕を手に、なのははフェイトと合流することに決めた。オークション会場となっているホールからドア一枚隔てた廊下。人っ子一人居ないそこで、ソルは疲れたように溜息を吐く。「……やれやれだぜ」聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを解除し、黒い礼服姿へと戻る。ティアナ達三人が窮地に陥っていたので飛び出そうとしていたのだが、エリオ達が救援に駆けつけてくれたので最早その必要は無い。無いのだが――「後で説教だ」そもそも子ども達は戦闘要員でもなければDust Strikersのメンバーでもない。ソルの子どもではあるが、戦場に立つべきではない存在である。恐らく外の様子を何らかの方法で入手し、多勢に無勢な戦いを強いられているティアナ達を助けたいと思ったのだろう……叱責は覚悟の上で。つい数分前にお守りをしていたアルフから『いつの間にかダミーに入れ替わってた!!』と泣きそうな声で通信が入った時は『あのクソガキ共!!』と思ってしまうより先に『……やっぱりか』と呟いていたのだから。予感、と呼ぶよりも確信に近いものが数年前からあった。もし自分がエリオ達と同じ立場だったら同じことをするのは眼に見えていた。良い意味でも悪い意味でも、彼らはソルの子どもなのだ。まあ、だからといって説教からは逃げられないが。子ども達が優しくて勇敢に成長してくれたことが嬉しい反面、やはり心配なもんは心配なのである。しかし、よくよく思い返してみれば聖戦時代には、エリオ達と同年代でありながら最前線でギアと戦っていた少年兵なるものは存在した。カイだって似たようなものだ。それと比べれば今の自分の考え方は過保護以外の何物でもないかもしれないが、ソル個人としてはやっぱり嫌だった。複雑な心情で現状を改めて確認する。まず、はやてとフェイトとシグナム、この三人の持ち場に出現したガジェットはほぼ殲滅し終えていた。なのはは楽勝のようだったが、敵には逃げられた。ヴィータの方も終わったようだが、やはりなのは同様敵には逃げられてしまった。内容的にはヴィータ曰く『痛み分け』らしいが、どうやら敵の召喚師が状況不利と見て戦闘中のゼストを逆召喚して撤退ようだ。ティアナ達の方は、エリオ達がもうすぐ終わらせる。敵の主力は撤退し、これ以上の増援も無さそうだ。後は残存勢力の殲滅すればいい。(まあまあだな)戦闘は直に終わる。こちらに被害らしい被害は無い、敵は取り逃がしたが任務はこなした。一応、これで依頼達成だろう。(……それにしても、ゼスト・グランガイツか)ソルの思考はヴィータと相対したゼストへと向けられていた。生きていたのか、とは思わなかった。むしろ、こうなることを心の何処かで可能性として捨て切れなかった。数年前の当時、結局見つけることが出来なかった彼の遺体、否、肉体は既に敵の手に渡っていた、それだけだ。そして二人の召喚術師の存在。これも大体予想がつく。ゼスト同様に肉体を発見出来なかったメガーヌ・アルピーノと、ゼスト隊が全滅してから間もなく行方不明となったメガーヌの娘――ルーテシア・アルピーノに違いない。メガーヌが特殊な蟲を召喚して使役するということは初めて相対した時から知っていた。ルーテシアに関しては確証無いが、同じレアスキル持ちが全くの別人とは考え難い。血縁者かそれに近しい者であると考えるのが自然だ。おまけに行方知れずとなった事実が辻褄合わせをしてくれた。(これをどうやってクイントに知らせるかだな)うんざりする内心を表すように舌打ちをする。あの時にメガーヌの一人娘――ルーテシアが行方不明となったこと。これに関してソルはどうしようもなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが、仕方が無かったとしか言いようが無い。雑談程度にクイントから話には聞いていたが、そもそもメガーヌと個人的に仲が良かった訳では無いし、当時はクイントが瀕死でそれどころではなかったのだ。こんな言い方は嫌だが、色々とあり過ぎてあの時はルーテシアなど知ったことではなかった。復帰したクイントと共に捜索は続けていたが、結局、今の今まで発見することが出来なかった。その探し人が、今度は敵として眼の前に現れたことに皮肉を感じる。メガーヌとルーテシア。この二人が本当に本人達であり、自分達の敵である、という確証がある訳では無い。もしかしたら全くの別人かもしれない。同じようなレアスキルと魔力光を持っているだけかもしれない。しかし、長年培った経験と勘が告げているのだ。間違いない、見誤るな、と。(根拠なんて何一つ無ぇ癖に、毎度のことながら嫌な勘だけが当たってくれやがる)苛つく感情を吐き捨てるように、ただ一言だけ、小さく毒ついた。「……クソが」この言葉が何に対して向けられたものなのか――敵か、それともあの時助けることが出来なかった自分か、助けられなかったが故に敵になってしまった者達へか、もしくはこれら全てか――吐き捨てたソルにすら分からない。敵勢力を殲滅後、事後処理を管理局――ソルが予め呼んでおいたゲンヤ直属の部下達(地上部隊)――に丸投げし、Dust Strikersの一同はホテルのヘリポートに集合することになった。彼はポケットに手を突っ込んだまま、相変わらず不機嫌そうな仏頂面で静かに佇んで皆を待つ。ヴァイスにはいつでもヘリを出せるように言っておく。依頼を達成した以上、此処に長居する理由は無い。疲弊し切ったティアナ達には早く帰って休んでもらいたかったし、子ども達は居ても邪魔になるだけだ。エンジンに火が入れられ、ローターが回転し風を生み出す。その風がソルの長い髪を弄ぶが気にしない。ローターの回転する音が耳障りで仕方ないが、やはり気にするだけ無駄なので意識の外に出す。やがて数分もせずに皆が集まってきた。ユーノだけはまだオークション会場に居るので来ない。全員の顔をゆっくりと見渡す。身内の連中はいつもと変わらず至って自然体だ。ヴィータだけが怪我を負ったが、シャマルに回復を施されたので心配は要らないだろう。特に疲れた様子も見せず、ソルの言葉を待っていた。エリオ達の三人は怒られてることを承知で参戦した為、叱責ならドンと来いと言わんばかりに威風堂々と胸を張っている。しかし、酷いのがティアナ達だ。先の戦闘で相当神経を磨り減らしたのか憔悴しており、疲労も相まって眼が死んでいた。新鮮さが失われて売れ残った魚のように濁った瞳と、末期患者のような弱々しさは見ていて痛々しい。「まず、今日はご苦労だった。これから撤収する……その前に、各々、何かあるか?」ヘリの騒音に負けない声量でソルが問う。「私の”手”土産ってどうなるの?」スッ、と小さく挙手するなのは。”手”土産とは、当然トーレの右腕のことだ。「ゲンヤの部下に渡したさっきのあれは、本局のマリエルに詳しく見てもらう。何か分かり次第報告するようには伝えてあるが、あまり期待はするな」この答えになのはは満足したのか、小さく「そっか」と呟いて納得する。「……アタシから一言」次にヴィータが挙手をしたので、視線で続きを促す。「今回は逃がしちまったが次は逃がさねー、必ずひねり潰してやる」溢れる闘志を隠そうともせずに眼をギラつかせるヴィータに、ソルは黙って頷くだけ。「他に無いか?」改めて全員の顔を一瞥した後、何も無いことを確認すると、深い溜息を吐いてからエリオ達三人を手招きした。素直にそれに従う三人。すぅ、と真紅の眼が細くなる。「……このクソガキ共が」氷点下の声に子ども達が身を竦ませる。「あれ程戦闘には参加するなっつったよな」大きな声ではない、先程より少しトーンダウンした静かな声だ。ヘリのローターが回転している音の方が明らかに大きい。しかし、それでも彼の声はしっかりと鼓膜を叩き、心に響いてくる。本気でソルが怒っていると容易に分かる口調に、今まで偉そうに胸を張っていた三人は余裕を失って震え出す。「どれだけ心配したと思ってやがる?」深く静かに怒るソル。ついに三人は涙眼になって鼻を啜り始めてしまうが、ソルの怒りは収まらないし説教も終わらない。そんな三人のすぐ傍で、ティアナとスバルとギンガの三人はソルの声が聞こえる度に申し訳無い気持ちになってきた。自分達の所為なのに、どうして助けてくれたエリオ達が叱られているんだろう、と。分かってはいたが、本気で怒っているソルは怖い。怖いなんて表現が生温いくらいに怖い。ソルから放たれる怒気は、最早灼熱の殺気に近い。この場に居るだけで消し炭にされてしまいそうだ。刀身を赤熱化させた封炎剣を首筋に当てられているようで、呼吸をするのも苦しく感じる。正直な話、ソルに怒られた経験が無いに等しいティアナ達は自分達が怒られている訳では無いのに恐怖で漏らしてしまいそうだった。たっぷり五分は説教した後、ソルはゴキリゴキリと指の関節を鳴らす。「選ばせてやる。拳と平手打ち、どっちがいいんだ?」そんな問いに、子ども達は鼻水を垂らし涙を零しながらも全く躊躇せずに答える。「ぼ、僕は拳で」「ツヴァイも拳で」「わた、私も」此処はどちらかと言うと痛くない方を選ぶのが普通だと思うのだが……むしろ、自分達が悪いと反省しているからこそ痛い方を選んだのかもしれない。ソルは「良い度胸だ」と呟いて右の拳を振り下ろそうとした瞬間――「待ってください!!」ヘリの騒音に負けないくらいにスバルが大きな声を出したので中断させられた。「ああン?」鋭い眼光を放つ真紅の眼がスバルを射抜く。その視線に一瞬「ひぃっ」と気圧され、ビビッて小便をちびりそうになりながらも彼女は勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。「あ、あの、あの、エリオ達は私達を助けてくれたのであって、べ、別に悪いことは、してないんだと思います」しどろもどろではあるが、スバルは必死になって子ども達のフォローをする。「た、確かに三人は管理局員でもないし、Dust Strikersの正式なメンバーでもないから、戦闘に参加出来ないっていうのは分かってます」「……」「でも、私達が危ない時に助けてくれました」「で?」「だから、その」泣きそうな表情になっておろおろし始めるスバルが助けを求めるように周囲を見渡すが、自分同様に涙眼になって歯の根をガチガチ打ち鳴らしているティアナは勿論、他の誰も救いの手を差し伸べてくれそうにない。ギンガですら黙ったまま唇を噛んで震えているだけだ。「……体罰は、良くないんじゃないかと……私達が弱いから、三人は助けてくれた訳ですし……」「それとこれとは関係無ぇ」尻すぼみになって俯いてしまうスバルに対し無慈悲に告げると、ソルは子ども達をぶん殴った。エリオ、ツヴァイ、キャロの順に。「弁明があるなら言ってみろ」地面に転がった三人に向けて言う。せめて殴る前に話を聞いてあげればいいのに、とティアナ達は思ったが怖くて口に出せない。「……分かってます。僕達は父さんの言いつけを破って、勝手に戦場に出ました」立ち上がり、涙を手の甲で拭いながらエリオは応じた。「でも、自分の取った行動が間違っていたとは思いません。誰かを救うことが間違いだなんて思いたくありません」小癪にもズルズルと鼻を啜りながら口答えするエリオ。だが、ソルは黙って聞くことに決める。「誰かを助けるのに理由なんて要りません。自分にそれをするだけの力があるのに、黙って見ているなんて僕には出来ない」「だから俺の言いつけは守れない、か?」子ども達を見下ろしながら問うソルに、三人は視線を逸らさず真っ直ぐに見つめ返す。その顔は涙と鼻水でグチャグチャで、それはもう酷い有様だった。だが、その眼は光を失っておらず、強い意思が垣間見えた。「はい。僕達はきっとこれからも父さんの言いつけを破って、その度に殴られるんだと思います……何もしないで後悔するのは、嫌ですから」宣言するように己の意思を示すエリオ、その両隣では彼と同じ考えだとでも言うように小さく首を縦に振るツヴァイとキャロ。(……ガキの癖して一丁前に青臭ぇこと言うようになりやがって)知り合いの雷剣士がいかにも言いそうなことをのたまうエリオの眼差しに、ソルは内心で溜息を吐く。自分や知人の似て欲しくない部分が似てくる子ども達。嬉しいやら悲しいやらで複雑だ。――……その心意気だけは買うがな。ソルだって好きで怒っている訳では無い。エリオ達が心の底から心配で、大切だからこそ心を鬼にして説教を垂れているのだ。聖戦時代は誰もが武器を手にしてギアと戦っていた。だが、そのほとんどが無慈悲に殺された。聖戦の最初から最後までの百年間を、ギアを駆逐する賞金稼ぎとして戦場に立ち続けたのでその光景を目の当たりにしている。老若男女問わず誰も彼もが、大切な人の敵を討つんだと言って無謀にもギアに立ち向かって殺された。よりにもよって自分の眼の前で。百年もやってれば数回はそんな事態に遭遇してしまう。死んだ者達の中には、エリオ達のような子どもも居ればティアナ達のような若者も居た。救える筈だったのに救えなかった命。守れる筈だったのに守れなかった者達。そういう辛い経験を嫌と言う程味わってきたからこそ、ソルは子ども達に厳しい。過去に見てきた者達のようにはなって欲しくない。生半可な覚悟と決意で戦いに赴かないで欲しい。確かに子ども達には持って生まれた才能がある。特にエリオが持つ抜群のセンスは天性のものだ。親馬鹿かもしれないが、いずれカイを超える男へと成長を遂げると半ば確信している。その点に関してはソルも将来が楽しみだ。しかし、やはりまだ若い。若過ぎる。経験も乏しい上、若い故に思慮も浅く、視野も狭い。まだ十歳なので当然と言えば当然だが、戦場に立たせるには早過ぎる。皆が皆、カイのように幼少から最前線でギアと戦い、生き残ってきた訳では無い。あれは特例中の特例だ。カイもカイで、仲間の屍をいくつも踏み越えてきたのだから。そもそも、今回の一件で一番悪いのは自分自身だとソルは思う。ティアナ達を使うと決めたのも自分。エリオ達の同行を許してしまったのも自分。敵戦力を見誤り、ティアナ達を危機的な状況に陥いらせてしまったのも自分。エリオ達より先に動くべきだった自分。まあ、今更後悔しても子ども達に折檻した事実が消える訳では無いので何もかも後の祭りだが。「そうか。ならその度に殴ってやるから覚悟しておけ……それと、お前らはヘリに乗ってもう帰れ、ティアナ達もだ」まるでこれ以上は此処に居られても邪魔だ、と言外に冷たく言い放つ。足取り重い子ども達三人と、通夜の参列者のようなティアナ達三人をヴァイスが操縦するヘリに叩き込み、とっとと帰らせる。ヘリの姿が視界から完全に消え去るまで見送ると、なのは達に背を向けたまま自己嫌悪するようにこう言った。「父親しながら人の上に立つってのは、思った以上にままならねぇな……カイ」SIDE スバルなんで、さっきエリオ達が殴られた時、自分も殴ってくれって言わなかったんだろう?私はヘリの床を見つめながらずっとさっきのことを考えていた。本当なら、もっと自分達が強ければ、三人が自分達を庇って戦場に立つことなんてなかった。三人がソルさんから殴られることなんてなかった。叱られるべきは自分達だ。与えられた任務も満足にこなせない、弱い自分達が殴られるべきなのだ。なのに、実際に叱られたのも殴られたのもエリオ達で。弱い自分が嫌だった。だから強くなろうと思って魔導師になった。誰もが認める魔導師になって、昔の自分を助けてくれたなのはさんみたいに、今度は自分が誰かを助けるのだ、そう思って頑張ってたのに。怖かった。本気で怒ったソルさんはこれまで経験した何よりも怖かった。怒りを間近で感じただけであの様だ。あんなものが自分に向けられるのかと思うと足が竦んで、殴ってくれなんてとてもじゃないけど言えなかった。「スバルさん、スバルさん」唐突に声を掛けられ、思考を打ち切って俯かせていた頭を上げるとキャロの笑顔が眼前にあった。「さっきは庇ってくれようとしてくれて、ありがとうございます」「ありがとうですよ、スバル」「スバルさん、ありがとうございます」いつの間にか、私は三人に囲まれている。どうして庇い切れなかったのに、お礼なんて言われてるんだろう?「スバルさん達は初めて見るから驚いたかもしれないですけど、あのくらいいつものことなんですよ」「ですですぅ!! だからスバルもいい加減元気出してください」「僕達、父さんに殴られるの慣れてるから」どうしてそんなに、屈託無い顔で笑ってるの?「お父さんって怒ると怖いですけど、それだけ私達のこと心配してくれてるんです。だから、大丈夫ですよ」「父様の愛の鉄拳は、痛ければ痛い程愛が詰まってるんですぅ」「痛いけど、ちゃんと怪我しないように手加減されてますから」どうしてこの子達は、私達よりも年が下なのに、こんなにも心が強いの?なんだか私は頭の中が色んなことでゴチャゴチャになって、様々な感情が沸き上がってきて、思わず涙を零してしまった。「ごめ、ごめんね。私達が、私が弱いから、三人に助けてもらっちゃって、三人は、ソルさんから前線に出るなって言われてるのに」啜り泣く私の頭をキャロが抱えるように抱き締めてくれる。「自分で選んで、自分で決めたことです……お父さんに怒られるのは最初から覚悟してましたから」「だからって……痛かったでしょ? 怒ったソルさん、怖かったでしょ!?」「はい、とっても怖いです。おしっこちびっちゃうかと思いました」「だったら――」「それでも、あの時の皆さんを見て見ぬ振りは出来ませんでした」キャロは毅然とした態度で語ってくれた。己のデバイス――ケリュケイオンが召喚魔法の波動を感知した時から嫌な予感がしていた、と。召喚師との戦闘経験が無い私達のことが少し心配になったから、ツヴァイに無理を言ってアルフさんを出し抜いたこと。敵の群れに囲まれた私達を見て、我慢出来ずに転送魔法を発動させあの場に出てきたこと。「全部、私が画策したことなんです。だから、私達がお父さんに叱られたことにスバルさん達が気に病む必要はありません」「キャロ……」「それに、父さんがもし僕達と同じ立場だったら、絶対にそうしますから」横からそう告げるエリオに視線を向ける。「さっききもの凄く怒ってましたけど、『二度とやるな』とは言いませんでした」その言葉に私は思わず「え?」と零してしまう。傍に居たティアとギン姉も一緒だ。そうだ。確かにソルさんは最後に『ならその度に殴ってやるから覚悟しておけ』みたいなことを言っていた。「同じなんですよ、父さんも。見て見ぬ振りが出来ない、優しくて、でも凄く不器用な人だから……だから最後にあんな風に言ったんです」「でもでも、その度に怒られるんだよ?」「その程度のことは覚悟しておけってことなんですよ、きっと」「父様に怒られることよりも怖いことなんてこの世に存在しないですぅー」笑いながらそんなことを言うツヴァイにキャロとエリオはうんうん頷く。「ツヴァイ達はまだまだ未熟です。だから、いつか父様に認めてもらえるように強くなるんです」明るい口調から一転して急に真面目な口調と眼差しになるツヴァイ。……強くなる。今の私は、この言葉をこれまで以上に現実にしたい。強くなりたい。強くなりたい。力が、力が欲しい。守られているだけの弱い自分から卒業して、困ってる人や苦しんでいる人を助けられるような、強さと力が欲しい!!あの時、なのはさんの後姿に憧れた。優しくて暖かくて力強い、大きな背中だった。色々なものを背負っていると感じられる、そんな背中。なのはさんだけじゃない。ソルさんは当然として、フェイトさんやユーノさん、はやてさんやシャマルさん達だって皆大きな背中をしている。きっとあの人達は、未熟者で甘ったれの私とは背負っているものが違うんだろう。それでも――「うん、うん……強くなる。私、絶対に強くなる。ソルさんが認めてくれるくらいに強く!! だから、皆で一緒に強くなろう!!」私は顔を上げ、皆の顔を見ながら口にした。そんな私に、ギン姉とティアは微笑むと深く頷いてくれる。エリオとツヴァイとキャロの三人は、握り拳を振り上げて「おおおおーっ!!」と応えてくれた。オマケの人物設定エリオ・モンディアル原作とは違い、フェイトではなくソルに保護される。高町家・八神家に養子として迎え入れられるので保護施設育ちではなく海鳴育ち。また、父親はソル、母親はシャマルとなっている。引き取られた当時からバトルジャンキーに囲まれて育った為、本人も無自覚ながらバトルジャンキー。恐らく作品の中で最も『師』に恵まれた人物。近接格闘を主とするソルを筆頭に、シグナム、ヴィータから師事を受け、同じ槍使いのなのは、同じ属性にして同じ高速機動タイプのフェイト、更に御神流の連中も加わって接近戦がバカみたいに強い。だが、エリオの戦闘スタイルを確立させたのは空白期にて出会ったカイとシン、そして意外にもDr,パラダイムの存在が大きい。カイから懇切丁寧に聖騎士団闘法を教わり、シンからも戦いのイロハを改めて教えてもらっている上、Dr,パラダイムから法力の基礎を叩き込まれた。今まで父から教わってもちんぷんかんぷんで意味不明だった法力の基礎理論がDr,パラダイムの師事により理解出来るようになった為、これを機に父の言葉を理解出来るようになる。天才(ソル)は教えるの下手クソだが、何十年も努力を重ねて天才を超えた秀才(Dr,パラダイム)は教えるのが上手かったのだ。ツヴァイもエリオと同様。『アイギスフィールド』は元々Dr,パラダイムが使っていた防御法術で、味方の防御力を底上げし飛び道具を防ぐ効果がある。エリオの考え方が少しカイっぽいのは、二人の相性が養父のソルよりも抜群に良かったのに加え、師事を受ける際に『聖騎士団の心得』とか余計なことを吹き込まれた所為。ソルは戦い方は教えても心得のようなものは一切口にしなかったのも要因の一つ。『聖騎士団の誓句』とか教えちゃったりとかしてたり。そのことがソルにとっては若干忌々しい。ちなみに『聖騎士団の誓句』は以下に。“嵐に吹かるる民草の前に我らは盾となり巌となろう”一言後書き日常のほんわかと、シリアスのギャップが激し過ぎるwww